世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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鏡華に挑む紅蓮/姫騎士はキスをする

 ──すげえ。ビキニアーマーだ。はじめて見た

 

 陛下にお呼ばれしたので城下で適当に時間を潰してから王宮に向かおうと思っていたら、なんかうっすらと戦闘音が聞こえてきたので第二騎士団の訓練場にひっそり潜入。そしたら騎士ちゃんと黒騎士さんがバチバチに模擬戦してたので、こっそり見学することに。いやあ、黒騎士さんの魔法まじでかっこいい。あの鎧おれも欲しいわ。賢者ちゃんに今度増やしてもらおうかな……などと考えていたら、ほぼ下着みたいな鎧の銀髪のおねえさんが出てきて、しかも本当に騎士ちゃんのお姉さんらしい。姉妹の感動の再会だ! とか思ってたら騎士ちゃんがめっちゃ泣き出したので、思わず飛び出そうとしたところで、颯爽と割って入る黒騎士さん。うおおおおおお黒騎士さんまじかっけえ! と心の中で喝采を送っていたら、黒騎士さんもまあまあキレていたのか、魔導陣なしで急に戦闘がはじまる始末。仕方ないのであわてて『哀矜懲双(へメロザルド)』で止めに入りましたとさ。

 それにしても、ビキニアーマーだ。

 ビキニアーマーである。どこぞの悪友と回し読みしてたちょっとエロい本でしか見たことがない。本物のビキニアーマーだ。

 まったく、こんな状況でなければ、もうちょっと吞気に鼻の下を伸ばせたのに、そうも言ってられない状況なのが惜しい。

 

「……勇者殿」

「黒騎士さん。ここまでにしておきましょう。おれの仲間のために怒ってくるのはうれしいですが、これ以上はさすがにまずい。国同士の問題になります」

「……承知した」

 

 がしゃり、と。黒騎士さんは腕を下げて、臨戦態勢を解く。

 いやぁ、黒騎士さんの本気パンチまじで重いわ。まだ止めた拳がじんじんしてるもん。すごいね。

 まあ、こちらはいい。黒騎士さんは多分おれの言うこと聞いてくれるだろうと思っていたから、問題ない。

 問題は、血の気の多いビキニアーマーお姉さんの方だ。

 

「お、おおぉぉ……本物の勇者だぁ……!」

 

 騎士ちゃんのお姉さんは、なぜか目をキラキラさせて、おれを見ている。

 艶やかに輝く銀髪。深い紅色の瞳。金髪に蒼い瞳の騎士ちゃんの容姿とは、おもしろいくらいに正反対。ただ、顔立ちには少し似たものを感じる。さすが姉妹と言ったところだろうか。

 

「気をつけろ、勇者殿。その女はイカレている」

「いやいや黒騎士さん。さすがにそこまではっきり言うのはまずい……」

「はじめましてだな! 婿殿っ!」

 

 ほんとだ、イカレてる! 

 まさかの初対面の挨拶から婿殿呼びである。黒騎士さんの言う通りだ。ちょっとヤバい女感がすごい。

 

「魔王の呪いで名乗りは意味がないのだったな! まあ、いい! 私はそんな細かいことは気にしない! あなたを娶る、将来の嫁だっ! ぜひとも末永くよろしく頼む!」

 

 何が、何の、何? 

 意味のわからない挨拶をしながら、お姉さんは剣戟を繰り出してきた。

 おい、剣おろせって言っただろうが。なんで元気にチャンバラしようとしてんだ。おれの話聞いてないのか? 聞いてないんだろうな……

 

「仰っていることの意味がわかりませんが……聞こえてなかったかもしれないので、もう一度言っておきますね。その剣、おろしていただけますか?」

「照れるなよ、婿殿っ! 私たちは初対面だ! 自己紹介は必要だろう!」

 

 この人、さては本当に人の話聞かないタイプだな? 

 それなり以上に殺意を伴って唸る剣閃を捌きながら、重ねて問いかける。

 

「あなたは、騎士ちゃんのお姉さんなんですよね?」

「如何にもっ! 腹違いだが、紛れもなく我が愛しの妹だっ!」

「数年ぶりの再会だったんですよね?」

「もちろんっ! 私は再会を心待ちにしていたっ!」

 

 ふう、と。

 おれは、短く息を吐いた。

 目元を泣き腫らして、ぐちゃぐちゃになっている騎士ちゃんの顔を、横目で見る。

 自然と、握る拳に力が入った。

 

 

 

「──じゃあ、なんでうちの騎士を泣かせてんだよ」

 

 

 

 剣を握る腕を払い、拳を胴に叩き入れる。

 初対面の女性に向けるにはあまりにも強烈な打撃。容赦なく打ち放った一撃をもろに浴びて、騎士ちゃんのお姉さんの体はあっさりと吹き飛んだ。

 ……やべえ。黒騎士さんにやめろとかえらそうに言ってたのに、結局、おれが手を出しちゃったよ。

 

「素晴らしい。ナイスパンチだ。勇者殿」

「ほんとはあなたが止める側なんですよ?」

 

 おれの背後で黒騎士さんが両手を挙げて喜んでいる。かわいいなこの人。

 しかし、さすがは騎士ちゃんのお姉さんというべきか。

 正直、軽く気を失ってほしいくらいだったのだが、お姉さんは派手に吹っ飛んだ距離とは裏腹に、むくりと起き上がってきた。さっきよりもさらにきらきらした目で、こちらを見てくる。

 

「良い! 良いぞ! 魔法をほとんどを失って弱体化したと聞いていたが、十分だ! その強さ! それでこそ、屈服させる甲斐があるというものっ!」

「……結構強く打ち込んだつもりだったんですけど、もしかしてあんまり効いてませんか?」

「ああ! 私は腹筋が割れているからな!」

 

 関係ないだろ。

 

「気をつけろ。勇者殿。彼女の魔法は……」

「我が魔法の名は『鏡存共栄(キラ・スペッキオ)』! 私自身に触れたものをすべて『反射』する! しかし、さすがは噂に名高い黄金の拳! 我が魔法の防御を貫通して打撃を通すとは、恐れ入ったぞ! ますます素晴らしい!」

 

 すげえな。全部喋るじゃんこの人。

 黒騎士さんが気を遣ってしてくれようとした忠告が、すべて無駄になった。本人がバカみたいにデカい声で全部喋るからだ。

 しかし『反射』か。思っていたよりも、防御寄りの効果だ。あのバカみたいな格好のビキニアーマーにも、一応理由があるということだろうか。触れる肌面積を増やして魔法を運用するやり方は、ちょうどこの前戦った三つ編みちゃんの『藍毀骨立(キル・キュアノス)』に近いかもしれない。

 この手の防御に特化した魔法効果は、遠距離攻撃の類いがあらかた封じられてしまう。とはいえ、師匠直伝の拳があるおれにとしては、比較的やりやすい相手だ。

 どこぞの四天王第一位と同様に、触れたという認識が追いつく前に打撃を通し続ければいい。

 

「さあ、いくぞ! 勇者殿!」

「そろそろ退いてくれませんかね?」

「ダンスの誘いを男が断るのか!? ノリが悪い男は嫌われるぞっ!」

「……では、もう二、三発入れてお帰りいただきますよ」

 

 ここまで一方的に剣を振るわれたら、もう外交問題だなんだと言っている場合ではない。

 再び向かってきた彼女に、容赦なく打撃を叩き込み、

 

「……は?」

 

 おれの拳は、()()()()()()()()()()かのように、阻まれた。

 

「言ったはずだっ! 我が『鏡存共栄(キラ・スペッキオ)』は絶対防御だと!」

 

 

 ◆

 

 

 昔の話をしよう。

 アリアが、腹違いの姉であるレイアと出会ったのは、母の葬儀が終わったあと。アリアの住居が、アイアラスの王宮へと移ったときのことだった。

 一番上の姉は、そもそもアリアとまともに言葉を交わそうとはしなかった。使用人も、執事も、大臣たちも、誰もがアリアを遠巻きに眺めていた。

 

「アリア! 会えてうれしいぞっ! 私がお姉ちゃんだ! こまったことがあれば、なんでも頼れ! すぐに言え! 私は、お前の味方だ!」

 

 はじめて会ったときに言われたその言葉を、アリアは多分、一生忘れない。

 口で言うだけなら、そういった言葉を使ってすり寄ってくる輩は今までもいた。

 しかし、レイアはその言葉を態度で示した。

 アリアの食事が一人だけ違うものになっていたならば、レイアはそれを自分のものと交換し、自らの口に運んだ。アリアのことを悪く言う者がいれば、レイアは正々堂々とよく通る声で、それを問い詰めた。

 どす黒い感情に晒され続けた王宮での生活の中で、唯一。血のつながる親族の中で、たった一人だけ。レイア・ミラージュ・アイアラスだけが、アリアのことを『家族』として扱ってくれた。

 

「……姉様、お聞きしてもよろしいですか?」

「なんだ?」

「姉様はどうして、あたしのことを家族として扱ってくれるのですか?」

「母上がな! よく私に言っていたのだ!」

 

 アリアの頭を撫でながら、レイアは朗らかに笑った。

 

「人間は鏡だ。私が笑えば、相手も笑う。私が泣けば、相手も泣く。私が満ちれば、相手も満ちる。私は、母上のこの言葉を、己の王道として捉えているっ!」

「姉様の、王道……」

「うむ! だからな、アリア! 私がお前を愛しているのは、何も特別なことではないっ! とても自然なことなのだ!」

 

 苛烈な人格こそあれど、レイア・ミラージュ・アイアラスは間違いなく、王の資質を持っていた。

 最初は、姉のことを尊敬していた。姉にもらったものを返せるようにと、アリアも懸命に努力を重ねた。

 しかし、数年の時を重ねる中で、アリアは気がついた。

 自分は、姉には勝てない。

 学問も、剣も、資質も……心に抱く魔法すらも、すべてにおいて、アリア・リナージュ・アイアラスはレイア・ミラージュ・アイアラスの劣化だった。

 腹違いの、つまはじきもの。最初は、周囲から受けるその評価を、覆してやろうと思っていた。積み重ねていけば、いつかは変えられるはずだと、心のどこかで信じていた。

 無理だと、悟った。

 すべてにおいて自分を上回るレイアがいる限り、自分の居場所は王宮にはない。

 レイアは、アリアに他者は己を写す鏡だと語った。その言葉は、きっとどこまでも正しい。

 レイアという鏡を通して見る自分の姿は、醜く、滑稽で、どうしようもないコンプレックスに塗れた、矮小な存在だった。

 だから単純に、アリアはこわくなった。

 

 ──この人に、愛されなくなったら、どうしよう? 

 

 この人だけが、自分を妹として扱ってくれるのに。

 この人だけが、自分を家族として見てくれているのに。

 

「大丈夫だ、アリア! 姉にすべて任せておけっ!」

「……はい。姉様」

 

 姉の存在は、やがてアリアにとってどうしようもない重圧に変わっていった。

 そうして、アリアは逃げるように王宮を出た。

 弱いままだ、とレイアはアリアに言った。

 その通りだと、自分でも思う。

 自分はいつも助けられてばかりで、少しも前に進めていない。

 

 ──だけど。

 

 

 ◇

 

 

「……何の真似だ。アリア」

 

 レイアの追撃の手は、止まっていた。

 勇者とレイアを分断するように出現した、氷の壁によって。

 

「おやめください。姉様」

「私は、何の真似か、と聞いている。お前は、私と勇者殿の心躍る逢瀬を邪魔立てするのか? お前は、姉であるこの私に刃を向けるのかっ!?」

「はい」

 

 アリアの即答に、レイアは僅かに目を見開いた。

 

「今のあたしは、アイアラスの姫である前に……勇者である彼の騎士です。姉様が彼に剣を向けるのであれば、あたしにはそれを止める義務があります」

 

 ゆったりと掲げられた大剣の切っ先が、レイアをさす。

 

「ははっ! よく吠えた! その意気や良し! だが、どうする!? アリア……お前は、昔と変わらず弱い! 私と勇者殿の婚姻は、父上の意向でもある! 父上の意思は、アイアラスの意思だ! お前に、アイアラスという国が止められるか!?」

「姉様は、殿方とキスをしたことがありますか?」

「……は?」

 

 アリアの問いかけは、会話の流れを無視した、あまりにも唐突なものだった。

 

「……いや、私は、ないが」

「そうですか」

 

 そこに、感情の熱はない。冷たい声でアリアは頷いて、自然な調子で勇者の隣に近づいていった。

 大剣を地面に突き刺し、つま先で背伸びをして、腕を肩に回して、アリアは勇者に口づけをした。

 まるで、それが当然であるかのような。

 まるで、それが必然であるかのような。

 当たり前に許された権利を、当然のように消化するような、自然なキスだった。

 

「…………ぇ」

 

 喉の奥の、さらにその奥から絞り出したような声が、レイアの口元から漏れた。

 見せつけたキスを終えて、振り返ったアリアは、レイアを見つめ返す。まだ涙の跡が残る蒼い瞳で、彼女を見据える。

 

「だめです。姉様、あなたに、彼は渡せません」

 

 生まれてはじめて。

 アリア・リナージュ・アイアラスは、ずっと従ってきた姉に反逆する。

 

 

「彼は、あたしのものです。だから、姉様にはあげません」

 

 

 そして、アリアは、レイアに剣を向けた。

 

「姉様も出るのですよね? 極彩天武会に」

 

 歪な愛に、縋りつく必要は、もうない。

 もっと真っ直ぐに、自分のことを好いてくれる仲間と、大切な人が自分にはできたから。

 なによりも。

 彼を婿だと主張する、その身勝手な在り方に。

 彼を貰うと主張する、その我儘なやり方に。

 彼の存在を政治の道具にする、その傲慢な方法に。

 この胸の内で渦巻く怒りと嫉妬の熱は、もう抑えきれそうにない。

 だから、

 

「あたしが、姉様を倒します。姉様に勝って、彼を守ります」

 

 紅蓮の騎士は、鏡華の姫将に宣戦を布告する。

 

「くくっ……ふはははは! 素晴らしい! よくぞ言った、アリア! それでこそ、我が妹だ! いいだろうっ!」

 

 レイアは、大笑する。

 

 

「優勝賞品は魔王の魔法、という話だったが……我らにとっては、それだけではないっ! きたる、極彩天武会! 我々が賭けるのは、勇者との婚姻の権利だ! 勝った方が、勇者を奪う! 実にわかりやすいではないかっ!」

 

 

 勇者の肩を、軽く叩きながら、

 

「勇者殿。勝負は預ける。次こそは、あなたを組み伏せて良い声で鳴かせてやる。楽しみにしておけ」

 

 姫将軍はそれ以上振り返らず、去っていった。

 

 

 

 

 

 

「……なんか、勝手におれの将来、賭けられてない?」

 

 ぽつんと呟いた勇者を慰めるように、キャンピアスがうんうんと頷いた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「よろしかったのですか? レイア様。アリア様を連れ帰るまでが王のご命令では?」

「構わんっ! この世に、妹の成長を喜ばない姉がどこにいる! 私はうれしい! アリアが私に異を唱えるなど、はじめてのことだっ!」

 

 遠ざかっていくステラシルドの街並みを、馬車の窓から眺めて、レイアは笑う。

 

「反抗期に入った妹を、全力で叩き潰すっ! それもまた、姉の務めだ!」

「……やる気に満ちているのは大変素晴らしいことですが、どうか慢心はなさらないでください。他の参加者の情報にも、注意を払っていただきたく」

「うむ。わかっているさ。しかしなぁ……ベルフィールも出るとなると、私とあやつで大抵の参加者は喰ってしまうぞ。私が一番戦いたかった相手は、もう出れんだろうし」

 

 従者から渡された報告書をめくって、レイアはつまらなそうに息を吐いた。

 

「まさか、トリンキュロ・リムリリィがアンデーヌのような小国で捕縛されるとはな。捕まえた魔法使いは誰だ?」

()()()()でございます。姫様」

 

 次のページを捲って、レイアの反応は真逆になった。

 感嘆の息が、思わず漏れる。

 

「ルル・ファルク・ルセッタ、か。なるほど。黄金の拳聖の血筋は、途絶えていなかったのだな」

 




こんかいのとうじょうまほう

鏡存共栄(キラ・スペッキオ)
 レイア・ミラージュ・アイアラスの鏡の色魔法。自分自身に触れたものを『反射』する魔法効果を持つ。
 矢や魔術といった遠距離攻撃の類いはもちろん、剣の振り下ろしなどの斬撃も『反射』させることが可能。レイアは戦闘中は基本的にこの魔法をオートで働かせているため、直接攻撃での有効打はほぼ望めない。
 ムム・ルセッタ直伝、魔法殺しの拳は『触れたという認識が追いつく前に炸裂する衝撃を伝播させて殴り飛ばす』ため、この魔法に対しても有効。事実、勇者は割って入って攻撃を止めたタイミングと、激昂したタイミングの二回、レイアに対して有効打を入れている。
 しかし、レイアはその後の勇者の打撃を何らかの方法で対応。絶対防御の名に違わず、勇者の打撃を防ぎきってみせた。



次回、トリンキュロ・リムリリィ処刑
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