世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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シャイロックの敏腕スカウト/最強の定義

 この世に、同じ魔法は一つとして存在しない。

 人や物に触れて発動する、という大原則はあるものの、発動までのタイムラグ、条件などは多岐にわたる。人の心に同じものがないように、魔法の種別と特性は、正しく千差万別。とくに色魔法は、同じ色の所有者が同じ時代を生きることはない。

 ただし、結果的に運用される魔法が似通った効果をもたらすことは、ある。

 例えば、触れたものを前方へ『突進』させるトリンキュロの『猪突猛真(ファングヴァイン)』と、触れたものを定めた目標へ『射出』する勇者の『燕雁大飛(イロフリーゲン)』。これらの魔法は速力や効果時間に違いこそあれど『触れたものを前方に移動させる』という効果だけに絞って見るなら、その魔法性能に大きな差はない。

 同様に、『模倣』した魔法を己のものとして振るうトリンキュロの『麟赫鳳嘴(ベル・メリオ)』と、殺した相手の魔法を『簒奪』する勇者の『黒己伏霊(ジン・メラン)』は、過程(プロセス)に違いこそあれど『他者の魔法を自分のものにする』という結果だけを見るなら、やはりそこに大きな違いはない。

 そう。大きな差や違いはないのだ。

 

「ベイルバル・ヘクター。『海山倒魁(タイラン・ゼー)』」

 

 世界を救った勇者や、かつての四天王の第一位が、実際に他者の魔法を操って最強の頂に登ったのならば。

()()()()()()()()()()()()()()()()使()()がいたとしても、何ら不思議はない。

 名前と、魔法の名を呟くのと、同時。

 クロエと呼ばれた少女の手には、いつの間にか赤い仮面があった。その仮面を被ったのとは、逆の手。無造作に横薙ぎにされた腕が、まるで風船のように一瞬で膨らみ、シャイロックたちが立っていた場所を粉々に破砕する。

 

「おいおい。かわいい見かけによらず大味のパワー系だな」

 

 トリンキュロを小脇に抱えつつ、シャイロックは背後へと跳躍した。

 砕けた石のブロックが、深緑の絨毯に突き刺さる。逃げるように躍り出たのはちょうど、王城の中庭だ。

 

「ね? ね!? シャイロック! ヤバい魔法でしょ! アレ!」

「仮面被ってんのが気になるな。『憑依(ひょうい)』の魔法と見た」

「どうだろうね。『降霊(こうれい)』とかじゃない?」

「同じだろそれは」

「細かいニュアンスの違いは大事でしょ。魔法使いならさ」

「どっちでもいい。まあ、オマエさんの真似っこよりも上等な魔法効果であることは間違いないさ」

「心外だなぁ!? 逆だよ! 逆! ボクの『模倣(もほう)』をあっちが真似してるだってば!」

「模倣のまねっこか。とんちじみてきたな」

 

 とはいえ、トリンキュロの言い分はそれなりに正しい。

 このクロエという少女は、明らかに勇者やトリンキュロに近い魔法の運用を()()()()されている。

 それを成したのは、考えるまでもなく

 

「どうですかトリンキュロぉ!? 私の優れた教育によって導いた、新たなる魔法使いの最高傑作ぅ! あなたとは異なるアプローチで複数の魔法を操る、超新世代(スーパーニューエイジ)ィ! これが、クロエ・ラシャスの『鬼哭啾愁(オウガアッハ)』の力なんですよぉ! うっはははは!」

 

 少女の背後で、ピスケスのいやらしい大笑が響く。

 小物臭さもあそこまでいくと、一種の才能だろう。

 

「おい、トリンキュロ。あのクソメガネ悪魔は育成が趣味のロリコンなのか?」

「どうなんだろね。少なくともボクが知る限りは、人間のことはただの餌くらいにしか思っていなかったはずだけど。何か、きみみたいなロリコンになるきっかけがあったのかもね」

「オレはロリコンじゃないっていつも言ってるだろ……火炎よ。『燃やせ』」

 

 くだらないやりとりをしながらも、シャイロックは再び詠唱を行った。ターゲットは鬼面の少女と、その背後にいるピスケス。炎熱系の大魔術に匹敵する火炎の渦が、紡がれた一言を引き金として、襲い掛かる。

 しかし、そんな炎の渦を前にしても、少女は揺らがず、動じず。

 

「──コール。ジャルア・マクダフ。『志装堅固(グランガイツ)』」

 

 ただ、淡々と。次の魔法を繰り出すことで、シャイロックの魔術を捌いてみせた。

 見えない壁に阻まれるように霧散した火炎を見て、シャイロックは確信する。ピスケスが自信満々にひけらかした言葉に、噓偽りはない。やはり、あの少女は勇者やトリンキュロのように複数の魔法の使い分けができる。

 鬼面の少女が行った動作は、二つ。

 名前を呼ぶこと。

 そして、仮面を付け替えること。

 これらの動作と条件から、大まかに魔法の発動条件も見えてくる。

 

「他者の魔法を、心を仮面にして被る魔法、ってところか。たしかにヤバい魔法だな」

「ヤバいよねえ」

 

 シャイロックとトリンキュロは、互いに頷き合う。

 

「欲しいな。あの魔法」

「うん。是が非でも」

 

 あくまでも上からものを言う、シャイロックとトリンキュロに対して。

 

「舐めすぎっしょ。できるもんならやってみろし」

 

 どこまでも加速する春迅の武術家の拳が、再び唸る。

 

 

 

 

 

 

「勇者さんに、聞きたいことがあります!」

 

 騎士ちゃんに一方的に唇を奪われ、しかしその意味を問い詰めることもできず、あの場は流してしまったけどもしかしなくても普通に流しちゃダメなヤツだったよなアレ、と考えつつも、いやでも本人がきたら話せばいいかとか思いながら待っていたら、あれ以来ウチに現れる気配がこれっぽちもなく、その結果おれだけがなぜか悶々とする羽目になっている午後の昼下がり。

 赤髪ちゃんに勢いよくそう聞かれ、おれは顔を上げた。

 

「何かな?」

「勇者さんが考える、強い魔法使いの特徴を教えてください!」

「なんで?」

「えっと……今度、強い魔法使いを決める大会があるらしいじゃないですか! 見に行く前に、予備知識として勇者さんの意見を聞いておきたいなぁ、みたいな!」

「なるほど?」

 

 なんとなく、赤髪ちゃんの発言にはまだ含みがあるような気がしたが、おれは腕を組んだ。

 いくら考えても答えが出ない騎士ちゃんのキス問題と、おれの結婚相手国際的に決まっちゃうんじゃね? 問題に一旦区切りをつけて、真面目に考える。頭のリフレッシュだ。

 

「……近接格闘(ステゴロ)が強いこと、かなぁ」

「や、野蛮だ!」

「いや、そう思うかもしれないけどね。結局のところ、どんな魔法使いが強いかっていうと、近接に強い魔法使いがおれは一番イヤかなぁ」

 

 おれ自身が、ごりごりに近づいて殴る戦法を好んでいるから、というせいもあるかもしれないが。

 ほとんどの魔法が『触れること』をトリガーに効果を発揮する以上、相手に近づいて戦うことが基本になるのは、ある意味必然である。

 

「前に強い魔法について聞いたとき、勇者さんは魔王の魔法を即答していましたよね?」

「ああ。うん。『輝想天外(テル・オール)』ね」

「魔王は……と雷撃の魔術が強かったから、そもそも近づいて戦う必要がなかった、ということですか?」

「いや、あいつは近接も無駄に強かったよ。おれ、何回足蹴にされたか記憶にないくらい蹴り飛ばされてるし」

「えぇ……?」

 

 赤髪ちゃんがひいている。

 魔王は、強くて万能であるからこそ魔王なので、仕方がない。

 

「あとは、魔法以外にも一芸があって、それを魔法と組み合わせてくる魔法使いは、やっぱり安定して強いかな」

「賢者さんは魔術が得意、みたいなことでしょうか?」

「うん。師匠が強いのは『静止』の魔法があるからってよりも、単純にずっと鍛錬してきた拳があるから。先輩の『断絶』も、間合いや近接の駆け引きを熟知した剣の技量があってこそ。魔法の特性にもよるけど、自分の必勝パターンや戦い方(スタイル)を確立させてる魔法使いは、やっぱり手強いよ」

「昔の勇者さんの戦い方(スタイル)はどんな感じだったんですか!?」

「……状況に応じて、様々な魔法を臨機応変に使い分ける、対応力が強みだった、かな」

「なるほど! かっこいいです! ためになります!」

 

 あぶねえ。

 全盛期は魔法の手数と近接格闘でゴリ押ししてました、なんていうと格好がつかない。なんかちょっといい感じに言えてよかった。

 

「あとは、そうだなぁ……魔法って、扱う人間の心を表すものでしょ?」

「そうですね」

「だから、戦ってるうちになんとなく、魔法使いの性格や人格って見えてくるもんなんだよ」

「はい。なんとなくわかります」

「うん。だからおれは……いくら戦っても()()()()()()()()()()()()()()が、一番こわいかな」

 

 

 

 

 おかしい。

 ルル・ファルク・ルセッタはフェイスベールの舌で、唇を薄く噛む。

 あれほど通っていた打撃が、一切当たらなくなった。

 

「……それが、あんたの魔法?」

「さて、どうだろな、魔法かもしれないし、魔術かもしれない」

「……ほんっとに、うっっざ」

「お嬢さんみたいな美人に睨まれながらそれを言われると、もうご褒美だなぁ」

 

 あくまでも飄々と、シャイロックは笑う。

 ルルの魔法『春速万変(マーチ・エアル)』は、自分自身と触れたものを『加速』する魔法効果を持つ。速さは力。速度が勝れば、必ず先手を取れる。自身を『加速』させ、シンプルに速度をのせた拳を打てば、大抵の相手は落ちる。

 今回も、そのはずだった。

 けれど、当たらない。再び接近し、打ち込んだルルの拳は、空を切る。

 殴る。当たらない。蹴る。当たらない。数発を、連続して打ち込む。何度でも、当たらない。

 逃げているなら、まだわかる。避けようとしているなら、説明もつく。

 シャイロックは、逃げも避けもせず、ただの一歩も動かず()()()()()()()()()、ルルの打撃を回避し続けていた。

 

「……意味わからんし」

「簡単には理解できないのが、人の心だよ。ていうか、そんなにゆっくりしていていいのかい、お嬢さん? そろそろ、こっちの仕込みも終わるけど」

「……どういう意味?」

 

 物理打撃が、通らない。シャイロックの魔法のカラクリを看破しなければ、ルルたちに勝機はない。

 しかし、魔法を見極めるための必要経費として払っていた時間という代償は、対峙する賢者にとって反撃するのに十分すぎるほどの隙だった。

 

「大地よ。『荒れ狂い、突き上げろ』」

 

 口遊む、二節の詠唱。

 シャイロックが立つ場所を中心として、地面が槍のように突き上がり、無数のそれらが針山のように連なって、襲い来る。

 ルルの『加速』による超速の回避を踏まえた攻撃。自身の周囲、全体広範囲に対して放つ砂岩属性の攻撃。同時に、隆起した大地を壁にして、クロエとの連携も分断される。

 だが、その程度の対処は、ルルにとって何ら障害には成り得ない。

 

「『散速(サード)』」

 

 心の内で、ギアを踏み込み、加速する。

 『春速万変(マーチ・エアル)』の、第三加速。特殊な歩法を加えたそれは、ただ加速するだけではなく、対峙する相手に別の視覚効果をもたらす。

 

「すごいな。分身かよ」

 

 姿を追うシャイロックの目には、ルルが十数人に分身したように見えている。それらすべてに正確に攻撃を当てることは、凄腕の魔導師でも難しい。

 

「火炎よ。『狙い穿て』」

 

 四賢、口遊むシャイロックなら、それが可能である。

 撃弩(クロスボウ)のように引き絞った、十数発の火炎の矢。それらすべてが、正確に、十数人の踊り子たちを撃ち抜き、そして。

 

 

「……残像っしょ」

 

 

 霧散する。

 魔法によって打撃に対応されているのであれば、魔法を発動させるという思考が追いつかない速度とタイミングで、打撃を通す。

 完璧に裏を取った。狙いは、背中の首筋。男にしては細身の体を、拳でぶち抜く。

 全身全霊のルルの打撃が、シャイロックを完璧に捉え、そして。

 

 

「ぐぼぅ!? あぐっぁあ!?」

 

 

「……へっ?」

 

 直撃する。

 唐突に、シャイロックとルルの間に現れたトリンキュロ・リムリリィが、それらすべての必殺の打撃を一身に受けて、絶叫を響かせた。

 

「み、味方を盾にっ……!?」

「トリンキュロバリアーだ。『縛り上げろ』」

「っ……!?」

 

 今度こそ。隆起した大地に手足を拘束されて、ルルは捕縛された。

 『春速万変(マーチ・エアル)』の『散速(サード)』は『逸速(ファースト)』よりも加速時間が長く、身体への負荷が大きい。味方を盾にする卑劣な手に、動揺した。

 言い訳はいくらでもできたが、捕らえられたという事実は変わらない。

 両手両足を大きく広げられた状態のまま、ルルはシャイロックを上目遣いに見上げる。

 

「……ウチの負けだわ。殺せ」

 

 言われたシャイロックは、ルルを見下ろしたままだ。

 必殺の打撃を一身に浴びて、ずたぼろになったトリンキュロが、芋虫のように這いながら、腫れあがって原型のない顔で呻いた。

 

「よ、よくやっだぁ……シャイロック。いろいろ、言いだいごどはあるけど、ボクがこの女の魔法を取るから、手枷を取って……」

「ばぁか。それじゃダメなんだよ」

「ぶべぇ!?」

 

 満身創痍で死にかけのトリンキュロを蹴り飛ばして、シャイロックはルルと目線を合わせた。

 

「なあ、お嬢さん。アンタ、いくらだ?」

「は?」

「いくらであのクソメガネ悪魔に雇われた?」

 

 一方的に命を奪える状況。一方的に魔法を模倣し、奪うことができる状況。

 しかし、だからこそシャイロックは、ルルと語らうことを選択した。

 奪うのではなく、仲間にするために。

 シャイロックのことを金ヅル、とルルは呼んだ。大金で雇われた、という情報やフルネームを踏まえると、この踊り子が金に執着が強い性格であることは簡単に想像できる。

 故に、シャイロックは提案する。

 

「アンタは殺さない。魔法も奪わない。オレが、あんたの新しい雇い主になる。悪い提案じゃないだろ」

「舐めんなし」

 

 フェイスベールの下で、ルルはシャイロックの提案を鼻で笑った。

 

「ウチは、そんなに安い女じゃ……」

「前金として、これだけ出そう」

 

 シャイロックは、指を三本たてた。

 

「三十万? 話にならんし。そんな二ヶ月も暮らせない額で雇われるわけないっしょ。せめて倍額は……」

「違う。三千万だ」

「…………ほぇ?」

 

 ルルは絶句した。

 純粋に、聞いたことのない額に、言葉を失った。

 

「く、口だけならなんとでも言えるし! そんな金額用意できるわけ……」

「ほれ」

 

 何もない場所から、トリンキュロを取り出して盾にしたのと同じように。

 シャイロックは、無造作に札束を取り出して、それらを山積みにした。

 

「え、え……へ?」

「見ての通り、懐はあったかい方でね。ステラシルドの貨幣が一番安定していると思うけど……まあ、お望みならそれこそ金塊でも宝物でもいい。好きな形式で用意する」

「ちょ、まっ……」

「申し訳ないが、待つことはできない。オレはいつでもアンタを殺せるし、オレはまだ戦闘中だし、おまけにオレの仲間はずたぼろで死にかけだ。急いでやらないと、な?」

「い、いやっ……」

「オレは、アンタが欲しい。どうする? ルル・ファルク・ルセッタ」

 

 ぺちぺち、と。

 掴んだ札束で、シャイロックは踊り子の頬を叩く。

 あれほど鋭利だった冷たい瞳が、ぐるぐると、ぐるぐると、回る。

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ピスケス。マジごめん。ウチ裏切るわ」

「なぜですかぁあああ!? ルルさんんんっ!」

 

 ギャルを堕とした。

 自分にぴったりとくっついてくる褐色の踊り子を侍らせながら。

 死にかけのトリンキュロを足元で転がしながら。

 シャイロックは、絶叫して頭を抱える悪魔と、無表情のまま佇む、鬼面の少女を見据える。

 

「武術家はゲット。次は死霊術師だな」

「ふ、ふざけやがってぇ……! 調子に乗るのも大概にしてくださいよぉ……! かくなる上は……!」

 

 ピスケスは、地面に膝をついた。

 脚を折り畳み、手も同様に地面に着ける。

 そして、メガネを取り、誠心誠意、己の意志を明確に示すために、額を深く深く地面に擦りつけた。

 

 

 

 

「降参しまぁぁぁぁす!!」

 

 

 

 

 最上級悪魔の、見事な土下座だった。

 




こんかいのとうじょうじんぶつ

シャイロック
トリンキュロバリア!!!!
四天王第一位を武器として完璧に使いこなしている男。褐色踊り子ギャルの頬を札束でぺちぺちして落とした。金がある

トリンキュロ
そろそろ死にそう

ルル・ファルク・ルセッタ
褐色踊り子ダウナーギャル。お金には勝てなかったョ

クロエ・ラシャス
仮面被る系死霊術師ゴスロリロリっ子。トリンキュロとは似て非なる真のロリ。
余談だが、今回使用していた二種の魔法は、魔王様がぶっころしたかつてのステラシルドの騎士団長たちのものである。

ピスケス・ドライ
土下座。
嫌味でプライドが高く陰湿だが、命が何よりも大切であることを理解し、引き際を弁えている最上級悪魔。
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