自分は、昔よりも強くなった。
最近、そう感じることが増えた。
良いことか悪いことかと言えば、それは良いことなのだろうと思う。
「うわぁあああああ! 誰か! 誰か助けてくれぇ!」
「はい。助けますよ」
大口を開けた魔獣の口に、剣を投擲して黙らせる。
血だらけの満身創痍で絶叫していた冒険者は、我に返ったようにこちらを見た。
「大丈夫ですか?」
「あんた、もしかして
「どうも。勇者です」
おれの異名もそれなりに広まってきたようでなによりだ。
冒険者さんを助け起こしつつ、周囲を見回す。
ひどい有様だった。
むせかえるような血の匂いと死体の山。目に見える範囲だけでも、息絶えた魔獣より、冒険者や兵士の死体の方が多い。
防衛の要である砦は今にも落とされそうで、ここを破られたら腹を空かせた魔獣たちが都市になだれ込むだろう。
「戦況をお聞きしても?」
「最悪だ。敵は
「おお。よかった」
「よかった!?」
おっと。口が滑った。
とはいえ、よかったと思ったのは事実なので仕方がない。
四天王の第三位。
そろそろ、直に手合わせしておきたかった相手だ。
おれは外套を羽織りなおして、背後に指示を出す。
「シャナは右翼の敵に制圧射撃。負傷者をまとめて下がらせて。とにかく砦を死守する方向で頼む」
「了解です」
「ランジェさんは死にそうな人を片っ端から治療」
「あは〜! おっけー! 今日も救っちゃうぜ〜!」
「アリアはおれと一緒に左翼に突撃」
「了解」
「……あれ? 師匠は?」
「あっちでもう敵さん殴り倒してるよ」
「あららぁ……」
あきれたように、そしてやや尊敬するように。
アリアが指さした方向を見ると、ムムさんが一人で巨大な鬼を相手に大立ち回りを演じていた。
パーティーに加わってまだ日が浅いので仕方がないとはいえ、師匠はいつもマイペースだ。
「まあ、いいや。師匠をひろいつつ、おれたちも場をかき乱そう」
「そうだね」
「それでは姫、お手を拝借してもよろしいかな」
「はいはい。さっさとやって」
雑に応じたアリアの手を取り、魔法を発動。
「コール。ギール・マーシアス『
浮遊の魔法で、空中へ。
そして、定めた目標に向けて、射出。
まるで弓に番えた矢のように、おれたちの身体は勢いよく撃ち放たれる。戦場の中心へ、真っ直ぐに飛び込んでいく。
目標は、見上げるような巨躯の大鬼の頭部。『
「『
シエラの魔法を付与した、蹴撃。
どれだけ図体がデカかろうが、顎に一撃を入れれば、大抵の生き物は落ちる。それが、鋼の硬さの足であれば尚更だ。
おれが着地している間に、アリアも飛び降りるような袈裟切りで、もう一体を切り倒していた。最近は、空中から仕掛けるこの連携もかなり馴染んできた。
「アリアも空飛ぶのかなり慣れてきたな」
「あんまり慣れたくないんだけどね。ていうか『
「ぬるい速度で飛んだら的にされるだけだろ」
「じゃあ空中の機動性なんとかしてよ。羽生やす魔法とか獲ってきて?」
「姫様は無理を仰る……」
などと、くだらないやりとりをしているおれたちを逃すつもりはないのか。
人間を縦に三人繋げてもまだ足りないような長さの棍棒を振り上げて、
ちょうどいい。
足元に落ちていた、質の悪い剣をひろいあげる。
対峙する巨躯を見上げて、小さく呟く。
「コール。シャルミール・ヘレン──」
おれが欠片ほどの力すら込めずに、無造作に振った小枝のような剣。
「──『
それらが激突し、
得物を失った図体がでかいだけの木偶の坊を、すかさずアリアが斬り伏せる。振り返ったうちの騎士さまは、頬の血を拭いながら笑った。
「いい感じだね。この前獲った雨色の魔法」
「うーん」
「あれ? かなり使えると思うけど、まだ馴染まない?」
「使える、けどちょっと魔法を差し込むタイミングを掴むまで、時間がかかりそうだ」
「ふーん? じゃあ、はやく慣れて」
「姫様は無茶ばかり仰る……」
まあ、他者から奪った魔法は使い込んで特性を掴むしかないので、たしかにさっさと慣れるしかないのだが。
大剣を背に負いつつ、アリアは目を細めて遠方を見る。
「左から潰すのは右の敵を釣り出すため?」
「ああ。シャナの魔術の遠距離砲撃で、大抵の敵は潰せるからな」
「いやぁ、あたしたちシャナにおんぶに抱っこだね。今回も戦い終わったらいっぱいなでなでしてあげよう」
「アリア。気づいてないなら教えておくけど、最近シャナにうざがられてるぞ」
「はぁーっ!? あたしの愛に溢れたスキンシップがウザがられてるわけないでしょ!? パパに対して反抗期なだけでしょうが」
「誰がパパだ」
「む。おとうさん。大体こっち片付いた」
「師匠。悪ノリするのやめてください」
とてとてと近づいてきた師匠の背後には、すでに
近接格闘が効く相手だと、適当にどこに放り込んでも仕事をしてくれるので、ムムさんの存在は大変にありがたい。最近はシャナを後衛に配置して、ランジェさんをその護衛につけつつ、現場の負傷者を引き上げて
「突っ込むときは、ちゃんと一言くださいね」
「そうだよムムさん。迷子になったらどうするの?」
虫の息の魔獣の首を切り飛ばしながら、アリアがぽんぽんと師匠の頭を撫でる。
アリアがまたおかんになってる……!
「む。わかった。次からは、一緒に殴りに行く」
「そういうことじゃ……いやまぁ、そういうことか?」
腕を組んで悩んでいると、砦に陣取っているシャナからの発光信号が上がった。
色は黄色。意味は「敵がそちらに向かっているから処理してください」だ。
こちらの狙い通り。派手に暴れたおかげで、右翼の敵も釣り出せたらしい。
「魔術砲撃くるかなぁ」
「くるんじゃない?」
「師匠。捌いてください」
「うむ。愛弟子の頼み」
言ってる側から、予想通りの発砲音。しかし、着弾に備えたおれたちの裏をかくかのように、爆発の衝撃はなく。空中で炸裂したそれらは、白い煙となって、おれたちの視界を覆い尽くした。
「おっと……?」
「凝ったことしてくる敵だね」
煙幕だ。
目くらましでこちらの視界を奪って揺さぶり、突入して分断。各個撃破という構えだろうか。
なるほど。回す頭のない魔獣だけではこうはいかない。冒険者と兵士の即席連合軍が総崩れになるわけだ。
あちらにも、きっちり
「これじゃ視界効かないよ。炎で吹き飛ばす?」
「いや、いい。こっちで索敵する。コール。ピック・ガル・ボトム──」
せっかくなので、もう一つ。新たに得た魔法を使わせてもらおう。
この魔法は……自分を中心に、広く円を広げるイメージだ。
「──『
目と耳と、肌で感じる空気の流れが、一気に鋭敏になるような、不思議な感覚。
同時に、こちらに敵意を持つ存在を、塊のようなイメージで『探知』する。
捕捉完了。
右から突っ込んでくるのが、九体。上から飛んでくるのが六体。左から一番速いのが一体と、遅れて一人。
「右から九。上から六。左から、上級以上が一匹と一人」
「わかった。右はわたし」
「了解。上はあたしがやるよ」
「じゃあ、左の強そうなのはもらうぞ」
短いやりとりで役割を決め、受け持つ。
煙幕を切り裂くように飛び込んできたのは、一対の翼と爪。己が悪魔であると、雄弁に主張する特徴。
しかし、それ以外は人間とまったく同じ人型だった。繰り出された一撃を捌いて、向かい合う。
「はっはぁ! よく凌いだ! 硬ぇじゃねえか! 不意打ちだったはずだが、良い眼でも持ってんのか!?」
「教えるわけないだろ」
「噂の勇者ってのはテメェか!?」
「質問ばっかり多いヤツだな」
翼や爪があるにも関わらず、人間と変わらない姿……噂にだけ聞いたことがある『最上級』ってヤツだろう。
どうやら、なかなかの当たりを引いたらしい。
背後にも、もう一人。フードを被った細身の女。腰には太刀。剣士だろう。おそらく、魔法持ちの手練れ。
「俺様はグリンクレイヴ軍の特攻隊長! アクアリウス・ツヴァイ! テメェをぶっ殺す悪魔だァ! 名乗れよ勇者! それが礼儀ってもんだろ!」
「……『
気持ちよく名乗りをかましているところ、申し訳ないが。
残念ながら、不意打ちをしてくる悪魔に教えてやる名前などない。
地面に手をつき、魔法を発動。おれが触れている地面を、丸ごと『浮かせて』、即席の舞台に作り替える。
「な、なんだぁ!?」
上を見る。
うん、今日はよく晴れている。おかげで、雲がよく見えた。
「『
打ち上げる。
最大加速、最大距離で『
最上級悪魔様を、空への弾丸旅行にご案内する。
「て、てめぇ! いくつ魔法持ってんだよ!?」
それもノーコメントだ。
しかし、両手を地面について堪えながらも、アクアリウスと名乗った悪魔は、おれを見て笑った。
「おいおいおい! そんなに一騎打ちがお望みなら……ごばぁ!?」
足場を浮かされて、打ち上げられて、体勢を崩されて、宙を舞うその勢いに耐えながら、大空の舞台で殴り合いができる人間がいるだろうか。
普通はいない。
が、おれは最近できるようになってきた。
なので、殴る。分断に成功し、動揺を誘った時点で、近接に持ち込んで、一方的に殴り潰す。
「ぐ、ぐふっ……いい拳じゃねえか! いいだろう! 俺様の魔法も拝ませてやるよ! 覚悟し……がっはぁ!?」
懲りずに言葉を紡ぐ顔面に、もう一発。
バカかコイツは。
魔法を使う暇なんて与えるつもりはない。どうせ奪うのだから、関係ない。奪ってから性能は確かめさせてもらう。
顎に一撃をいれて、ふらつかせる。腹に二発を入れて、膝をつかせる。踏ん張って堪えたところに、背中の羽を掴んで、もぐ。絶叫するその顔面に、さらに一発。
師匠から学んだ打撃は、一撃を入れるたびに良い音が鳴る。
とどめに首筋に蹴りを叩き込もうか、と。そう思ったころには、最上級の悪魔は白目を向いていた。
さて、あとはもう一人。
拳から血を滴らせるおれを見て、フードの剣士は小さく息を吐いた。
「……粗雑な戦いだ。それでも勇者と呼ばれる男か?」
「うん。よく言われる」
「グリンクレイヴの一番槍。キルカ・レアティーズ。いざ尋常に、手合わせを願う」
さっきの悪魔も特攻隊長って名乗ってたし、命知らずが多いのか?
などと、皮肉を言っている暇はなかった。
「参る」
咄嗟に身を引いた、刹那。横一文字に、斬閃が駆け抜ける。
腰の太刀の柄に手をかけ、踏み込み、一閃。それらの動作が、異常に速い。
そして、気がついたときには、太刀はもう鞘に収められていた。
グレアム先生から、聞いたことがある。脱力からの瞬発力が肝の抜刀術。居合いというヤツだろう。正直、驚いた。抜刀から一閃する、その速度だけを切り取って見るなら、おそらくイト先輩よりも速い。
おれのお気に入りのマントが、真っ二つに切られ……
「その外套を使って……『硬化』させて、我が剣の切っ先を鈍らせたか」
「ご明察」
「見事。よくぞ凌いだ。しかし、理解しただろう。貴様が鋼の硬さを誇ろうと、無意味だ。我が剣は、鋼鉄をも斬る」
「みたいだな」
「次はないぞ」
「そうだな。次はもうない」
斬り合いはやめよう。
おれは、足先で触れている地面の……『
「なっ……!?」
飛べる悪魔の翼をもいだ時点で、もう勝負はついている。
おれは浮けるが、敵は飛べない。
なら、あとは落としてやるだけでいい。
真っ逆さまに落ちていく女剣士は、おれを向かって手を伸ばしながら絶叫した。
「貴様っ!? それでも武人か……!?」
「いや? 勇者だよ」
「ちょっと!? 魔法で飛ばした足場、急に落としてくるのやめてっていつも言ってるじゃん! あたしたちが下敷きになったらどうするの!?」
「ごめんごめん」
下の方も、既に片付いていた。
ぷんぷん怒っているアリアを拝み倒して謝りつつ、粉々になった岩や盛り上がった土をのけて、先ほどの一匹と一人を探す。
「くそっ……くそ、くそがっ……!」
驚くべきことに、おれはまだ魔法を
両者ともに、あの高さから落ちて健在。最上級悪魔の方は、身体の造りからして人間と違うからまだわかるが、キルカと名乗った女剣士まで生きているのには、少しびっくりだ。
まあ、両足が折れてもう動けないようなので、勝負はついているが。
遠方で、勝ち鬨の声が聞こえた。
どうやら、あちらさんの軍勢は退いていくらしい。敵ながら、鮮やかな引き際だ。
しゃがみ込むおれを見上げて、這いつくばって、汗と涙を流しながら。つい先ほどまで涼しい顔をしていた女剣士は、こちらの首に嚙みつくような勢いで、怨嗟の言葉を吐き捨てた。
「なにがっ……なにが勇者だ。貴様のような卑怯者に……!」
「御託はいい」
本当なら、魔王に与している人間と、話すことなんてほとんどない。
しかし、今回は少々事情が違う。興味がある。
本来は人間を喰らい、脅かすだけの、魔物や魔獣の群れ。しかし、それらを軍隊のように指揮する存在が、獣の群れでしかなかった集団の呼び名を『魔王軍』に変えた。少しずつ、しかし確実に。魔王の傘下へと降る人間の数は、増えつつある。
アクアリウスと名乗った最上級悪魔も、キルカというこの女剣士も、己の所属は『グリンクレイヴ』だと名乗った。魔王よりも先に、その名が出てくる意味は明確だ。
あの女と……魔王と同等の畏敬と崇拝を集める、人間の将軍。四天王の第三位。ゼアート・グリンクレイヴ。
どんな人間なのか。どんな魔法の持ち主なのか。どんな心の色合いをしているのか。
おれは、興味がある。
そして、奪いたい。
「お前らの大将はどこだ?」
こんかいのとうじょうじんぶつ
勇者くん
全盛期一歩手前くらいの完成度合い。鋼の硬さで基本防御◎。単独飛行の真似事が可能。広域索敵能力も備える。師匠の教えで格闘センスもマシマシに。搦手も平気で使う。ちょっと今よりも黒い勇者。やんちゃな頃
アリア
まだ鎧がない頃。でも十分強い
シャナ
仕事が多すぎる。遠距離戦の要
ランジェさん
あは〜!楽しそう。たぶんこの頃が人生一番エンジョイしてる
ムムさん
そんなに変わらない
アクアリウス・ツヴァイ
十二柱の一柱。第二位の水瓶。魔法を使う間もなくボコボコにされた。ヤンキー気質なヒャッハー系戦闘狂。あんま強くない。具体的にはサジタリウスよりちょっと強いくらい。かわいい
BLEACHで檜佐木が卍解せずにボコされたときはいやもうほんとがんばれよと思ったものだが、しかし最近は「十全な実力を見せられる前にやる・倒す」というのも戦術や戦い方なのだな、と考えられるようになりました。あと小説版の檜佐木の卍解はめちゃくちゃ強かったです
キルカ・レアティーズ
女剣士さん。人間だけど魔王軍に与してるタイプの魔法使い。旧イト先輩より剣を抜くのが速いらしい
勇者の卑劣な盤外戦術で両足粉砕複雑骨折でくっころ状態。お大事に
こんかいの登場魔法
①『
お馴染みのやつ。自分自身と触れたものを『硬化』させる。この頃になると体だけでなく「身につけたマントを硬化させて即席防御に用いる」みたいな使い方もしていた。元の所有者はシエラ・ガーグレイヴ。
②『
お馴染みのやつ、その二。自分自身と触れたものを定めた目標に向けて『射出』する。晴れた日に雲とかに照準すると、一番長く飛べる。軌道が一直線なのが難点。元の所有者はゲド・アロンゾ。
③『
地味に便利なやつ。自分自身と触れたものを『浮遊』させる。地面を浮遊させて周囲一体を浮かせる、みたいな芸当も可能。元の所有者はエルフカス村長でお馴染みのギール・マーシアス。
④『
名前だけ出てたやつ。今回初使用。自分自身を中心に『探知』を行う、便利な索敵魔法。元の所有者は悪徳貴族のピック・ガル・ボトム。
⑤『
完全に初出なやつ。今回初使用。詳細不明。雨の色魔法。元の使用者はシャルミール・ヘレン。