世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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勇者がみた最強/死煌の魔将

 結局、酒を飲んだ日に殺し合いをすることはなかった。

 ゼアート・グリンクレイヴというクソジジイは話したいだけ話し、食べたいだけ食べ、そして飲みたいだけ飲んで、悠々と帰っていった。

 あのジジイは、約束はきちんと守るタイプだったらしい。

 何の契約書も魔術用紙も介さなかった口約束だけの侵攻停止はそれが当然であるかのように守られ、むしろ一日長い四日間の猶予を以て、一般人を含めたすべての人間を最前線から逃がすことができた。領主からは「勇者殿の交渉のおかげだ!」と何度も頭を下げて感謝されたが、正直なところおれは何もしていない。ただ突き出された酒をぐびぐびと吞んでいただけである。

 

「気に入られたのでは?」

 

 と、ムムさんにはそう言われた。

 これから殺し合いをする相手を、殺さなければならない相手を気に入ってどうする? とおれのような凡人は思ってしまうのだが、師匠曰く「お前は歳上に好かれやすい。ほどよく無鉄砲でそこそこに将来性があり、根が素直で叩けばよく伸びるから」とのことらしい。ところどころ納得したくない部分があったが、おれより千年長く生きてる人がそう言うのなら、まあそうなのだろう。

 そして、師匠の言葉が事実であったことを証明するかのように、ゼアートと酒を酌み交わす次の機会は、意外なほどはやくやってきた。

 一ヶ月後。シーザァルト連合王国のほど近く。離反したゴブリンの亜人国家が起こした「人間をすべて魔王様に捧げるので我々だけでも助けてください」という暴動を鎮圧するために、冒険者たちを束ねているときだった。

 

「奇遇だな、ボウズ!」

「奇遇じゃねえよ。なにしてんだよクソジジイ」

 

 ゼアートのクソジジイは、あろうことか冒険者に紛れていた。袈裟を被って特徴的な銀髪を隠し、薄汚れた格好をしていたが、相変わらず瞳がギラつきすぎていて、すぐにわかった。

 

「椅子にふんぞり返って盤上から見る戦場も、おもしろいがな。たまにはこうして一兵卒として動かなければ、身体が鈍るのよ。ゴブリンどもを鎮圧しにいくのだろう? 儂も付き合おう! そして、終わったらまた一杯やろう!」

「ふざけんな。殺すぞ」

「まてまて。それはダメだ。今ここで儂とやりあったら、この場にいる百二十人ほどの冒険者は全員死ぬぞ? 腕利きの魔法使いも何人か引っ張ってきているのだろう? 彼らを巻き込んで殺すのは、貴様としても本意ではないはずだ」

「脅しているのか?」

「違う。事実を述べて、願っているだけだ。どうする? 貴様が迷っている間にも、ゴブリンどもに無辜の民が虐げられているかもしれんぞ?」

 

 たまらず、おれは唸った。

 集まってくれた冒険者たちをそれぞれ指揮するために、今回はアリアたちとは別行動。パーティーメンバーの中では唯一、魔法で増殖しているシャナが後ろに付き従ってくれているが「その判断はリーダーに任せますよ」と言わんばかりに、首を横に振っていた。一方の種族がもう一方の種族を犠牲にして自分たちだけ助かろうとする……というこの状況に、シャナはかなり思うところがあるだろうし。付け加えるなら、アリアとは違い、シャナは年のわりに「目的を達成できるなら黙って清濁併せ吞む」タイプだ。

 つまり、このクソジジイの正体を知ってどうこうできる人間は、今はおれしかおらず。使うかどうかの判断もすべておれに委ねられている。

 

「っ……! だぁあああ! 絶対おれの目の届くところにいろよ!? 妙なことした瞬間に後ろから刺すからな!?」

「わははは! それで良い! あと、儂は不意打ちなどというつまらん真似はせんが、貴様は儂に隙があると思えば、いつでも後ろから刺せば良い! 儂の魔法が奪えるぞ!」

 

 結局、おれは『かなり歳いってるのにクソ強いジジイの冒険者』と肩を並べて敵の本丸に突撃する羽目になってしまい、鎮圧はすぐに終わった。せめて少しでも魔法を使ってくれれば情報を得られる……と思っていたのだが、クソジジイは剣一本で無双していた。当然のように、欠片ほどの隙もなかった。実にくそったれである。

 無事の解放に沸く歓声の片隅で、前回とはちがい、今回は安い酒で乾杯した。

 

「なんで手を貸してくれたんだ?」

「理由などない。山があったら人は登るだろう? 戦場があれば剣を握って突っ込みたくなるのだ。儂のような人間はな」

「あんたしかいねぇだろそんな人間」

 

 喉を鳴らしてエールを飲み干してから、クソジジイはふう、と息を吐いた。

 同じものを目の前で美味そうに飲まれると、それが本当に美味いものであるかのように錯覚してしまう。あと、張り合いたくなる。おれも、同じようにジョッキの中身を枯らすことに努めた。正直、そこまで美味いとは思えない。

 

「我らの主のやっていることは、言ってしまえば『選民』だ。選ぶ基準に思想が噛んではならないし、平等に救うのであれば、平等に滅ぼなければならない。とくに『誰かを差し出せば自分だけは助かる』などという思想は、以ての外だ……など、と。それらしい言い訳はいくらでも紡ぐことはできるが、べつに貴様はそんなくだらん言葉を聞きたいわけではなかろう?」

「そろそろボケそうなジジイの戯言を聞いてもな。あんたが言うと噓でも本当っぽく聞こえるからタチが悪い」

「相手を上手く転がす会話の秘訣は、噓を適度に混ぜ込むことだ」

「クソジジイがよ……!」

「わはは! こんなつまらん話をするなら、好みの女の話でもした方が百倍有意義だ。ああ、そういえば一つ、聞きたいことがあった。ボウズ。お前、周りを女で固めているが、本命は誰なんだ?」

「ジジイが若者ぶって恋バナしようとすんな」

「儂は貴様の隣によくいる騎士が良いと思うぞ。アレは良い女だ。尻も引き締まっている」

「聞いてねえんだよあんたの好みは」

「そう照れるな。貴様の本命が我が主なのは理解しているつもりだ。殺したいほどなんとやら、だろう?」

「……」

 

 安い酒は、やはり苦い。

 都合の悪い質問を流すために、おれは話を振りなおした。

 

「なあ。どうしてまたおれと酒を飲もうと思ったんだ?」

「どうして、か。真面目に答えようか」

 

 ばりぼり、と。

 いつの間にか、壺ごとくすねてきたのだろう。ゼアートは、漬物を音をたてながら頬張った。おれも、一掴み分ほどをもらって口に入れたあと、酒で塩気を洗い流す。

 

「殺し合いの純度は、相手を如何に想うかで決まる。戦場ではじめて会う相手と研ぎ澄ました技をぶつけ合うのも、もちろん悪くない。しかしな。酒杯を酌み交わしたような間柄の人間と全力で殺し合うのも、またちがった趣があるものよ」

「理解できない」

「貴様もそのうち理解できるようになるさ」

 

 戦いを楽しむ。

 戦いに意義を見出す。

 おれには、どうしてもその感覚が理解できない。

 

「戦いは手段であって、目的じゃない。戦うことを目的にしているあんたは、おかしい」

「そうだな。正常か異常かでいえば、儂は異常だ。しかしな、この歳まで生き方が変わらんと、諦めもついてしまうというものだ」

 

 やはり、どこまでも決定的に、ちがう。

 おれは、このクソジジイとはちがう。

 

「おれは世界を救うために戦う。その目的は、絶対に揺らがない」

「そのために魔王を殺すのか? 貴様自身が、彼女に惹かれているのに?」

「ふざけたことぬかすな。あんな目的を聞かせておいて、どの口でほざく」

「ほざくさ。目的を聞かせて、貴様が我々に寝返ってくれるのであれば、それほどうれしいこともない」

 

 酒をすべて飲み干して、今度はおれの方から立ち上がった。

 

「奪うために戦うんじゃない。守るために戦うんだ」

「それは詭弁だ。戦いは命の奪い合いだよ、ボウズ」

 

 おれの胸のあたりを指差して、ゼアートは笑った。

 

「なによりも、貴様自身の魔法がそれを雄弁に証明している」

 

 そうやって、また言いたいことだけを言って、クソジジイは帰っていった。

 

 

 ◇

 

 

 その後も、おれはゼアートと幾度となく刃を交えた。おれは出会う度に本気で殺しかかっていたが、クソジジイはいつものらりくらりとこちらの攻撃をあしらって、ある程度戦うと満足したように撤退していった。

 ゼアートは、おれに「仲間になれ」と言ってくることが増えた。最初はただの戯言だと切り捨てていた。が、いつまでも本気でやりあおうとしないので、あのクソジジイはどうやら本気でおれのことを仲間にできると思っているようだった。

 

「また会ったな! ボウズ! さあ、今日も……」

「なあ、ゼアート・グリンクレイヴ」

 

 その日。ステラシルドの国境にほど近い、山間部の渓谷で。

 おれは、はじめてクソジジイの名前をフルネームで呼んだ。

 

「あんた、本当に魔王を裏切る気はないのか?」

「……なんだ? 貴様が儂に勧誘とは。いつもの逆か?」

 

 おれが、いつもそうしているように。

 おれが、ジジイの提案を鼻で笑うように。

 やはり、ゼアートはこちらの問いかけを心底下らないものであるかのように、軽く笑った。

 

「それは絶対にありえん。魔王軍の四天王が、主を裏切ることは、万に一つもありえない。儂が貴様に提示できる選択肢は、貴様がこちらに降ること。それができないのなら、殺し合うしかあるまいよ」

「そうか……なら、本気でやろう」

 

 その返答を確認してから。

 おれは、手を高く掲げて、周囲に合図を送った。

 

「あんたの大好きな殺し合いをしよう」

 

 伏せていた兵を、開示する。

 今回の作戦のために借り受けた、駐屯地の騎士団員、百余名。そして、加勢に名乗り出てくれた冒険者パーティーが十数。おれという勇者が、これまでの冒険と活躍の積み重ねで得てきた信頼のすべてをかき集めた、全戦力。

 それを、たった一人の四天王第三位に差し向けて、取り囲み、包囲する。

 もちろん、それだけではない。合図と同時に、おれは後ろに飛び退いた。

 

「撃て」

 

 おれの背後で数十名に増殖したシャナが、魔導陣を幾重にも連ねる。アリアの炎とランジェさんの竜の息吹が、合わさって爆発力を高める。間違いなく、現時点で持ち得る最高火力が、おれの合図と同時に余すところなく叩き込まれた。

 ゼアート・グリンクレイヴの剣の技量は高い。戦術眼も、立ち回りも、身のこなしも、すべてが戦士として一流だ。近接戦闘では、経験の差がもろに出る。だからこそ、まずは遠距離で削る。

 これで倒せるとは、思っていない。しかし、多少なりとも削れるはずだ、と。

 

「……よく準備をしてきたな。まず、数を揃えるのは戦の常道。儂に対して安易に距離を詰めない、その判断も素晴らしい」

 

 そんなおれの甘すぎる予測を、四天王第三位は悠々と超えてきた。

 魔術砲撃で抉れるように変化した地形の中で、直立不動のままのゼアート・グリンクレイヴは、まったくの無傷だった。

 

「……まずいですね。やっぱり、遠距離攻撃の類いは有効打にならないようです。このままだと、私やランジェさんは死に駒ですよ」

「問題ない。シャナたちはそのまま援護。他のパーティーのフォローと防御を。騎士団も前には出すな。ヤツを逃がさないように包囲だけしてくれればいい。おれと師匠とアリアで……」

 

 魔法は、自分自身と触れたものに作用する。

 その原則を理解しているからこそ、おれは慎重に立ち回ることを選択した。ゼアートの魔法の詳細がわからない以上、まずはその性能を見極めることを、最優先に作戦を組み立てた。

 ただ一点。見誤っていたとすれば、

 

 

 

死離滅裂(ラーゼ・ドート)

 

 

 

 おれはそもそも、()()()()()()()()()()()を、正しく理解していなかった。

 ゆったりと呟かれた、ゼアートの『死離滅裂(ラーゼ・ドート)』という魔法の名。それを認識した瞬間に、体が宙に浮くような感覚があった。

 

「え」

 

 感覚、ではない。

 実際に、おれの体は宙に浮いていた。

 移動させられたわけではない。おれ自身が、宙へと飛び上がったわけでもない。

 

 ただ、消えた。

 

 踏み締めていた地面が、消失した。ゼアートの足場だけを、細い柱のように残して、周囲にあったはずの地形すべてが、消え失せていた。

 

「あ──」

 

 落ちる。落下する。落ちたらどうなる? 

 死ぬ。

 死んでしまう。

 

 ──()()()()()()()

 

 咄嗟に、すぐ隣にいたアリアとシャナを叩くように、触れた。

 

「──コールッ! ギール・マーシアス! 『雲烟万理(プレオヌーベ)』!」

 

 脳で考えている暇はなかった。ただ、脊髄の反射で、浮遊の魔法の名を口にする。それだけで、おれたちの落下は防ぐことができた。

 ランジェさんは変身で飛べる。師匠は落下する自分自身を静止できる。

 でも、他は無理だ。

 増殖していたシャナを含めた、百余名以上が、一瞬で底の見えない奈落の底へと、吞まれていく。

 おれが助けられなかった人たちの絶叫が幾重にも響いたのは、ほんの一瞬で。

 ただの一歩も動かず。四天王の第三位が魔法の名を口にしただけで、百を超える命が、一瞬で失われた。

 絶句する。

 これが、魔法? 

 ヤツは、一歩たりとも動いていないのに。

 たった一言を呟かれただけで、おれが判断を誤っただけで、何人が死んだ? 

 

「何を呆けている?」

 

 こちらを見下ろして、ゼアートは言った。

 

()()()()()()()()()()。貴様もアクアリウスたちに使っていた手だろう?」

「……なに、を」

「何もしていない。魔法を使っただけだ。儂の『死離滅裂(ラーゼ・ドート)』は、触れたものを『消滅』させる。儂は今、足先で触れている地面を消した。ただ、それだけのことだ」

 

 見下ろす瞳に、光はなかった。

 

「なあ? 本気でやるのだろう。次はどうする? 勇者よ」

「『燕雁大飛(イロフリーゲン)』っ!」

 

 冷たく笑う老人を見据えて、おれは叫んだ。

 怯めば負ける。退いても負ける。

 おれには、前に進む以外の選択肢は残されておらず、

 

「素晴らしい勇気だな」

 

 端的にそう評したうえで、ゼアートは突貫したおれの殴打を、無造作に払いのけ、捌いた。

 そうして、気がついたときには。

 打撃を繰り出したおれの右腕の()()()()()()()していた。

 斬られたわけではない。もがれたわけでもない。ただ、身体を構成するパーツの一部分が消えたという事実。

 その事実に頭の認識が追いつくのを、待っていたかのように。

 行き場をなくした血液が、濁流のように溢れだした。

 

「がぁあああああああっ!?」

 

 絶叫する。

 恥も外聞もなく、敵の前で、絶叫する。

 

「どうした? ボウズ」

 

 流れ落ちる血が、熱い。

 意識が、遠退いていく。

 

「人から奪うのは得意なくせに、自分が奪われるのはやはりこわいか?」

 

 あつい。

 なくなったはずの、手のひらが。

 なくなったはずの、手首が。

 なくなったはずの、腕が。

 

「恐れを知らぬ者は真の勇者ではない」

 

 灼けるように、痛く、熱く。

 それは、おれにとって、はじめての経験だった。

 腕を失ったことが、ではない。

 もっと根源的な、戦いにおける当たり前の感情。

 こわい。

 目の前に立つ敵が、なによりも、おそろしい。

 そう感じることが、はじめてだった。

 

「おめでとう。恐怖を知った貴様は、真なる勇者への第一歩を今日、踏み出した」

 

 贈られた祝福の言葉に、おれは呆然と呟いた。

 

 

「…………勝てない」

 

 

 こわい。

 おそろしい。

 叫びたい。

 逃げ出してしまいたい。

 

 けれど。

 

 そんな恐怖を塗り替えるような感情が、もうひとつ。

 

 

 ◇

 

 

 勝てない、と。

 絞り出すように呟いた少年の言葉を聞いて、ゼアート・グリンクレイヴはひどく落胆した。

 ゼアートは、普段の戦闘で自身の魔法を使うことは、ほぼない。すぐに決着がついてしまうからだ。自分の『死離滅裂(ラーゼ・ドート)』の強さを理解しているからこそ、ゼアートは己の手で剣を握り、自ら敵を斬ることを好む。

 勇者と呼ばれる少年が、主である魔王から目をかけられている理由を、ゼアートは知っている。だからこそ、こちら側にくればより効率的に彼を鍛え、黒の魔法をより鋭く磨き上げ、魔王を超える存在に仕上げることができるのではないか、と。ゼアートはそう考えていた。

 しかし、同じだ。

 結局のところ、魔法を開帳してみれば、世界を救うと大口を叩いていたあの少年も、他の有象無象と何も変わらない。悲鳴をあげ、恐れを抱き、一目散に逃げ出す。ゼアートの魔法を見た敵は、誰もがみな、そうなってしまう。

 それでは、だめだ。だめなのだ。

 ゼアート・グリンクレイヴが望む、最高の命のやりとりは、そんな腰抜けとの一騎打ちでは、決して成立しない。

 

「また、期待外れか」

 

 勇者のパーティーは、すでに彼を抱えて撤退に移行しようとしていた。

 正しい判断だ。そして、どこまでもつまらない判断だ。

 もう少し。時間の許す限りは育ててみようと考えていたが、このあたりが摘み時なのかもしれない。

 息を吐いたゼアートは、腰に下げた魔剣の柄に手をかけて、

 

「…………今は、勝てない」

 

 絞り出すような、少年の呟きを聞いた。

 翼を広げた聖職者に抱えられながら。

 失った腕から血を流しながら。

 意識を、半ば失った状態で。

 夢に浮かされた、うわ言のように。

 それでもなお、その少年は片方だけ残された腕でゼアートを指差して、言った。

 

 

 

「次は、勝つ」

 

 

 

 はじめて、敗北を喫した勇者の、死にかけの呟き。

 どうということはない、敗者の負け惜しみ。

 

「……はは。くくっ……ふ、ふふ」

 

 しかし、ゼアートにはわかった。

 少年の瞳に宿る、これまでにはなかった明確な熱。

 それは、戦いを望む本能であり、生存を望む意欲。

 

 相手に『勝ちたい』という、どこまでも原始的な欲求。

 

 ゼアート・グリンクレイヴが、彼の心に宿ることを待ち望んでいた、純粋な感情だった。

 

「わははははははっ! 良い! 良いぞっ! それでいい! それでこそ、世界を救う勇者だ!」

 

 ゼアートは、笑った。心の底から、歓喜した。

 笑って、笑って、笑い尽くす。

 ずっと死んでいた心が、水を得て生き返るような気持ちだった。

 主である魔王は、ゼアートを部下にする際に、約束を交わした。

 

 ──わたしがあなたに、最高の戦いと死に場所をあげる

 

 ずっと、彼女がそうなのだと思っていた。

 しかし、ちがう。理屈ではなく、本能で理解した。

 あの少年だ。彼だけなのだ。この命に手をかけることができるのは、これから世界を救うであろう、あの勇者しかいない。

 

「……ああ、楽しみだ」

 

 撤退していく勇者のパーティーに、一切の追撃をくわえることなく。

 彼らの背中が、無事に空の彼方に溶けて消えていくのを、見送ってから。

 

「…………ごほっ」

 

 ゼアートは、喉の奥からこみ上げてくるそれを堪え切れず、吐き出した。

 血の赤が、地面に点々と染みをつくる。どうしようもない虚脱感に苛まれ、膝をつき、息を整える。

 ゼアート・グリンクレイヴは、理解している。

 自分が、老いてしまったこと。病に侵されたこの身体が、もう長くはないことを。

 けれど、まだだ。あと少し。もう少しだけ。

 

「……はやく戻ってこい。ボウズ」

 

 酒を酌み交わしたあの少年と、決着をつけるまでは。




こんかいの主人公
勇者くん
シエラ母さんからもらった魔法が防御性能最高で過保護すぎたせいで、今まで「あ、おれ死ぬかもしれねぇ」という危機感が薄かったバカ野郎。今回はじめて恐怖を学んだ。
人生ではじめて明確に「コイツに勝ちてぇ」と思った。
あと、片腕がきれいに吹っ飛んだ。


こんかいのクソジジイ
ゼアート・グリンクレイヴ
魔王軍四天王第三位。死煌の魔将。齢六十を超えながらも、最期の瞬間まで戦場に立ち続けていたことで知られる、最高最悪の戦士。彼の魔剣は勇者に受け継がれ、打倒魔王の助けになった……と一般的には知られている。
豪放磊落にして、意気軒昂。戦場に立つことをなによりの喜びとする、ハイパーバトルジャンキークソジジイ。本人は戦い第一で行動しているが、人並みの倫理観や常識は持ち合わせているため、なぜか人からも悪魔からも尊敬の念を抱かれるマジで無駄なカリスマも併せ持つ。酒と漬物が好き。

こんかいのクソ魔法
死離滅裂(ラーゼ・ドート)
ゼアート・グリンクレイヴの有する死色の色魔法。触れたものを『消滅』させる魔法効果を持つ。
防御性能、攻撃性能ともに最強格ともいえるチート魔法。ただ触れるだけで敵は跡形もなく文字通り消し飛び、遠距離攻撃の矢や魔術の類いは、彼に触れただけで消え去る。
老齢に至るまで自身の魔法に向き合い続けてきた結果、魔法のコントロールにも抜群に優れており、足先で触れただけで『自身の周囲の地面を消す』芸当も可能。ゼアートが本気で魔法を行使した場合、飛行、ないしそれに近い能力を有していなければ勝負の土俵に立つことすら許されない。
ただし、ゼアートは戦闘においてこの魔法を乱用することを好まず、防御に用いることがほとんど。「敵と剣を交え、斬り倒し、噴き出す血の赤の高揚を感じられない戦に価値はない」として、攻撃には基本的に愛用の魔剣を用いていた。
なお、勇者はこの魔法を奪うことができていない。
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