「わかりました。誠心誠意、心を込めて足を舐めるのでまず魔剣さんの足がどこなのか教えてください」
『気色悪いわね。触らないで頂戴』
「どうしろと?」
床に両手両足をつき、全力で媚びを売る用意をしていたというのに、おれの誠意はあっさり拒絶された。くそっ……舐めやがって。おれはまだ舐めてないのに、完全にこちらのことを舐め腐っている。相変わらず高飛車で高慢で気位が高い性格である。あと、声がかわいい。
仕方ないので、両手で鞘を持ち上げたまま王様に献上するような姿勢で崇め奉っていると、これ見よがしに『はぁ……』とため息を吐かれた。昔から思ってたけど、口もないのにため息を吐けるの、地味にすごいと思う。
『変わらないわね、勇者。その図々しさと厚かましさ、本当に癪に障るわ。人を一年近くも漬物石にしておいて、よくも平気な顔で話しかけられるものね』
「魔剣さんは人じゃなくて道具でしょ」
『あ?』
「すいませんジョークです。それに関しては本当に申し開きの余地もなく……いやでも、ちょっとだけ言い訳させてもらってもいいですか?」
『何よ』
「魔王を倒したあと、魔剣さんほとんど喋らなくなったじゃないですか」
『私は元々、必要がなければ喋らないわよ。ていうか普通、剣は喋らないでしょう? 道具なんだから』
「それは、そうなんですが……」
魔法や魔術に由来する様々な不思議があたりまえなこの世界でも、喋れる武器というのはわりとめずらしい。
迷宮から発掘される特殊な装備群……俗にいう『遺物装備』は使用者を選ぶという。うちのパーティーでいえば、騎士ちゃんが二振りの聖剣である
『本当にあなたはグズね。私を使い始めたときからこれっぽっちも成長してないわ。私が喋らなくなった理由、わかる? 魔王を倒して典型的な燃え尽き症候群になったあなたが見てられなかったからよ。私はべつに剣としてあなたに握られる分には抵抗はないのに、こんなところで漬物石代わりにして押し込めて……正直、今の私のあなたへの好感度はときどきぬか床をかき回しにきてくれる隣りのおばちゃん以下よ? わかる? あなたの好感度は、おばちゃん以下! わかったらきちんと私をいい感じの場所で飾って毎日崇め奉って信頼を取り戻しなさい』
「めっちゃ喋るじゃん……」
そう。おれの魔剣さんはすごく喋る。
いや、ひさびさに会話したけど本当にめちゃくちゃ喋るな……この魔剣。文句がノンストップ過ぎる。漬物石代わりに使っていたおれが全面的に悪いとはいえ、ちょっとうるさい。
「追加で重ねて言い訳させてもらうと、世界が平和だと、あなたみたいな物騒極まる能力持ってる魔剣の出番が減るのは仕方ないっていうかぁ……」
『はあ? なに言ってんの。あなたが私をしまい込んで使わなくなったのは、
「……」
『はい黙った。私の勝ち。あなたの舌の切れ味、剣以下!』
「まじでうっせぇな」
本当にうるさい。なんかもう逆に感動するくらいうるさい。
黙らせたいけど、物理的に黙らせる口がないから黙らせられないのも致命的すぎる。
『はぁ……旦那様が私を使っていたころはよかったわ。毎日毎日、戦場で血化粧が尽きることはなく……それでいて、手入れはどこまでも丁寧で完璧。あれだけ敵を斬るために使われたら、それはもう魔剣冥利に尽きるってものよ』
うっとりとした声で、魔剣さんは語る。
この場合、魔剣さんが言う『旦那様』とは、いうまでもなく前の持ち主の
「魔剣さん。どうしたら機嫌なおしてくれる?」
『レディに向かってそんなことを面と向かって聞くなんて、ほんとうにまだまだボウヤね。世界を救った勇者が聞いてあきれるわ。だからいまだにふらふらして身を固めることもできないのよ』
「うす。すんません」
舌戦では勝てないので、おれは抵抗を放棄する。
『連合まで遠出するのでしょう? 連れていくことは許してあげる。でも、私を
「じゃあ、魔剣さんのいう『おもしろい男』とやらの定義を教えてくださいよ」
『おもしろくて、破天荒で、ぎらぎらしたヒト』
艶やかで可愛らしい声音の即答に、思わずあきれて息を吐く。
どれもおれには当てはまりそうになかった。
◇
あまり厳密な定義があるわけではないのだが、大陸にある国の中で『王国』といえばうち。『帝国』といえばそのお隣の騎士ちゃんの国。そして『連合』といえばここ、シーザァルト連合王国を指す。
海岸線に沿って長く細い領土を持つこの国は、海沿いの領土だけでなく海洋に点在するいくつもの島国も内包した巨大な連合国家であり、大陸最大の海洋国家でもある。
「つきましたーっ!」
「ついたねぇ」
赤髪ちゃんが両手をあげて喜んでいる横で、おれも軽く伸びをする。
でかい港町というのはいつも心躍るものだ。おれと赤髪ちゃんがバカンスした死霊術師さんの拠点もかなり大きな港町だったが、シーザァルトの首都はさらに活気がある。大陸の東南で最も栄える港湾都市……という評価も納得の賑わいだ。
「それにしても、噂には聞いていましたが……なんだか本当に異国情緒あふれる国というか……」
「いつもとはちがう国に来た、って感じがすごいよね。わかるよ」
赤髪ちゃんはさっきからきょろきょろと周囲を見回して、おのぼりさんっぽいムーブをしている。とはいえ、その気持ちはよくわかる。
右を向けば当たり前のように
「ビタンの海戦と呼ばれる魔王軍との戦い以降、ばらばらだった亜人の各国家群は巨大な連合を形成。海運を中心に発展し、現在に至る……それぞれの種族を尊重しながら、国として成り立っている。素晴らしいことですね」
と、隣から解説を入れてくれたのは賢者ちゃんである。エルフ耳をいつものようにフードの中に隠しているので、どこか皮肉めいた響きが多分に含まれている気がするが、まあ気のせいだろう。うん。
「賢者ちゃんはこっちにいて大丈夫なの?」
「問題ありません。陛下の入国は少し遅れますが、あちらにも一人、騎士団長と一緒に護衛として私がついていますし。すでに入国しているもう一人は、死霊術師さんや騎士さんと一緒に諸々の下見中です」
「今回は三人、こっちに来てるってこと?」
「おや。算数がはやくなりましたね、勇者さん」
「ばかにしすぎだろ……」
自由に増えたり消えたりができなくなった賢者ちゃんだが、魔法の使い方には上手く折り合いをつけているようだ。
「陛下の護衛に一人。大会の運営補佐に一人。そして、大会に出場する私の、計三人です」
「賢者ちゃんも出るのね……」
「当然です。魔法使いとしてはもちろん、私の賢者としての名声を高める良い機会ですからね」
言いながら、賢者ちゃんはおれの腰に目を向けた。
「勇者さんこそ、戦うわけでもないのに随分と良い剣を持って来ているじゃないですか」
「魔法使いがたくさんいるなんて、それだけで物騒でしょ。念には念を入れておいて損はないよ。いざとなったらかわいい陛下を守らなきゃいけないわけだし」
おれの腰には、ひさびさに持ち出した魔剣さんがぶらさがっている。
「使わないのなら寄贈するなり売り払うなりにすればいいのに……と。私は前々から思っていましたが、しかしこうしてひさびさに腰から下げているところを見ると、それなりに様にはなりますね」
「どうも」
「まあ、そんな物騒な剣を律儀に持ち続ける気持ちは、私にはやはり理解できませんけど」
「一応、愛剣だからさ」
賢者ちゃんに好き勝手に言われても、魔剣さんは一言も声を発さない。
魔剣さんはおれと二人きりになると饒舌になるが、他の人間がいるとまったく喋らなくなるのだ。なので、魔剣さんが喋れることを知っている人間は、実はパーティー内にも一人もいなかったりする。
「さて。私と赤髪さんは軽く観光してきますが、勇者さんは何か用事があるんでしたっけ?」
「うん。昔馴染みに会ってくる」
「わかりました。開会式は明後日だそうですし、合流は宿にしましょう。その頃には、陛下たちも到着して落ち着いているでしょう」
「了解。じゃあ、またあとで」
ひらひらと手を振って、おれは二人とわかれた。
◇
そんなわけで、一人きりの自由時間である。
「海鮮焼きとたこわさください。あと、刺身の盛り合わせ」
「お飲み物はァ!?」
「ビール。大で」
「あいよぉ!」
ここは海沿いの港町。亜人が多く、異文化を取り入れる懐の広さ。海産物も輸入品もがっぽがっぽと入ってくるお土地柄。
当然、メシが美味い。しかも昼間っから呑める店も多い。
最高である。
腐ってもおれは勇者なので、様々な場所を旅して、色々なメシを食ってきたが、なんだかんだこの街のメシが一番好きかもしれない。
「まさかまたきてくれるたぁ、うれしいぜ勇者サマ!」
「サマ付けはよしてくれ、大将。昔みたいに『クソガキ』呼びでいいよ」
「はっはぁ! そういうわけにもいかねぇよ!」
賢者ちゃんに言った「昔馴染みに会う」というのは一応嘘ではない。この酒場をやっている魚人の大将は元船乗りで、いろいろと世話になった。魚人は船を降りて引退したり、冒険者の第一線から退いたりすると、居酒屋をやる人間が多いらしい。曰く「リタイアした魚人は闘争本能を持て余して共食いを勧めてくる」というのが、マーマン共通のブラックジョークらしい。
「けど、いいのかよ? 勇者サマがこんなさびれた店で真っ昼間から酒飲んで。酔い潰れても知らねぇぞ?」
「おれ、もうそろそろ二十四だよ? ビールのジョッキ一杯程度じゃ潰れないって」
「はっ! クソガキがそんだけ吞めるようになりゃ、オレも老けるわけだぜ!」
「大将は全然老けてないでしょ」
下半身が完全にお魚の
喉を鳴らしてビールを飲む。新鮮な刺身をつまむ。あぶられたいかの香ばしさを感じつつ、口の中で噛みしめたそれの風味が残っているうちに、また酒を進める。いやぁ、たまらん。
異国の料理をたくさん食べる赤髪ちゃんも見たかったが、それは夕飯でいい。明日からは国外から招かれた主賓としての立場もあるので、こんなところで好き勝手に飲む時間もない。初日の隙間時間に許された、おれだけの至福タイムだ。
「あ〜、美味い。きてよかったぁ……」
「おまえさんもすっかり呑めるクチになったなぁ。誰に飲み方習った?」
「……べつに酒の飲み方なんて男なら自然に覚えるもんでしょ」
などと大将に返しつつも、脳裏にクソジジイが浮かんでしまったのが本当にだめだった。実によくない。魔剣さんを近くに立てかけて置いているから、あのクソジジイを連想してしまった。そういうことにしておこう。
「う、うぅ……」
「ん?」
ふと、うめき声が聞こえた。
二つほど隣のカウンター席を見てみると、女性がいた。黒のパンツスーツにローブ。いかにも「魔導師です!」と言わんばかりの格好だ。空いてる席に魔女帽まで放り出してあるのが、またわかりやすかった。
それにしても、顔色が悪い。すごく悪い。すげえ整った顔立ちの黒髪の美人さんなのに、もう今にも死にそうだ。この店で飲み過ぎた、とかではなく、間違いなく昨日から引きずってる二日酔いだろう。
おれは推理する。
痛む頭を抑えながら復活するためにがんばってしじみ汁を飲み来たけど、そもそもまだ起き上がれるコンディションではなかった……という感じだろうか。わかるよ。おれにも似たような経験があるから。
「すいません。お節介だったら申し訳ないんですけど……大丈夫ですか? 追加のお水とかいります?」
「あ、ありがとう⋯……でも、お構いなく……うぷっ」
あ、これダメだな。
おれは直感でそう判断した。
──トイレにつれていくか?
ダメだ。間に合わない。それよりも、彼女の口から胃の中身がリリースされる速度のほうが、圧倒的に早い。
今ここで吐かれてしまったら、大将に迷惑がかかるし、なによりも⋯……おれの優雅で素晴らしい昼飲みが台無しになってしまう。それだけは、避けなければならない。
それ以上を思考するよりも先に、おれは動いていた。
「『
ちょうど空になった手の中のジョッキ。
視線の先にあるゴミ箱。
それらを、直感と反射で入れ替える。
そして、滑り込むように彼女の口元に突き出す。
しゃがみこんでしまった彼女の口から溢れだした……具体的な言及を避けて例えるなら虹色の何かは、床にぶちまけられる前にぎりぎりのところでゴミ箱の中に吸い込まれた。
「……ふぅ」
セーフである。セーフだと思ったので、おれは油断してしまった。
立てかけておいた魔剣さんが、おれが立ち上がった勢いに揺られて、床に倒れる。ほんの少しだけ、ゴミ箱から跳ねた虹色の何かが、飛ぶ。
そして、飛んで、跳ねた、虹色の何かが、魔剣さんの鞘に付着する。付着、してしまった。
「あ。やべ」
『ぎぃあああああああああああああああ!?』
狭苦しい店内に、魔剣さんの甲高い絶叫が響いた。
こんかいのとうじょうじんぶつ
勇者くん
孤独のグルメ。自分がわりと二日酔いになるタイプなので酔っ払いの対処は手慣れてる方
魔女さん
ゲロノルマ達成。今回は前日に4軒ほどハシゴし、徹夜で飲んだあと店を叩き出され、宿に戻らねばと思いつつもふらふらで足元が定まらずせめてあたたかいしじみ汁でも飲もうと入った店で限界を迎えた形である。一敗
魔剣さん
漬物の香り→美女のゲロNEW!!!
そろそろ泣いていい不憫属性の魔剣さん。声がかわいいのが特徴。あとツンデレ