世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

212 / 223
『黒輝の勇者』VS『口遊むシャイロック』

「大将。ちょっと急用できたから、外出るわ。おれが頼んだもんはこの魔女のお姉さんに食べさせてあげて。勘定はここに置いておくから。悪いね」

「おいおい! ちょっと待て! それはいいが、こりゃ明らかに多すぎるだろ! 三倍以上払ってるじゃねえか!」

「迷惑料だよ。あとごめん。このジョッキとビールだけもらっていくわ」

「いや、構わねぇけどよぉ……」

 

 立ち上がった勇者を見て、シャイロックも腰をあげた。

 これはもう、仕方がない。

 

「ピスケス。オレもちょっと出てくる」

「え。頼んだものどうするんですか」

「代金は置いていくから、適当にやっとけ。トリンキュロ以外には連絡手段持たせてあるだろ? オレの奢りで居酒屋ランチすればいい。ビールだけはもらっていく」

 

 目も合わせず、言葉も交わさず。

 しかしまるで示し合わせたように、勇者とシャイロックは店を出た。

 そのまま歩いて、人気のない路地に向かう。

 

「羽振りが良さそうでなによりだな、()()()()()

「……いやぁ、ピスケスの名前を呼んじまったのはオレの迂闊とはいえ、随分と気づくのがお早い。一応、顔を見せてはなかったはずなんだが」

「エルフの村では監禁されたうえに散々恨み言吐かれたからな。あんなでかい声出されたらわかるさ」

「ははぁ。左様で」

 

 勇者が、ジョッキを掲げる。

 

「どういうつもりで?」

「あそこの店主とは顔馴染みなんだ。出してくれたもんを粗末にされると申し訳なくなる」

「そりゃあ殊勝なことで」

 

 シャイロックもそれに倣い、杯を合わせた。

 

「乾杯」

「ああ」

 

 安物のジョッキだったせいか。それとも、互いに手に持つ杯を強くぶつけすぎたせいか。

 がちん、と。硬く短い音が響くほどの間もなく、消える。

 

「酒を一杯。飲む間をくれたってことは、話し合いの意思はあるってことでいいのかね?」

「お前らの目的によるな。店にいたメガネ悪魔と妙なことを企んでないなら、見逃してやってもいい」

「魔王の魔法が欲しい。以上。終わり」

「正直者だな」

「前回お会いしたときは散々騙しちまったんでね。今回は素直にいこうかと」

「浅ましいやつだな。賞品に釣られてほいほいこんな表舞台に出てくるなんて、四賢の称号はおれが思ってるよりも軽いらしい」

「よく言うぜ。オマエさんも似たようなもんでしょうがよ。世界を救った勇者サマが最強の魔法使いを決める戦いに参加する……そりゃあズルってもんだ。英雄の自覚があるなら、大人しく後進に道を譲るのが筋では?」

「おれはべつに大会に出る気はないよ。ただ、お前らみたいに悪企みしてるやつを排除したいだけだ。企んでること、知ってること、全部吐け」

「やなこった」

 

 淡々と言葉を投げ合う。

 淡々と杯の中身を干す。

 平行線だ。どこまでも、相容れない。

 シャイロックは、これ見よがしに首を傾げながら、勇者に向けて問いかけた。

 

「そういえば勇者サマのせいで刺身を食い損なっちまったんだが……あの店、ちゃんと美味いのか?」

「美味いよ。味は勇者であるおれが保証してやる」

「そいつは、大変結構」

 

 喉を鳴らして、アルコールを体内に入れる。

 ジョッキの一杯程度で酔うほど、やわではない。そんなことは、互いに理解している。

 しかしそれでも、勇者とシャイロックにとって、この一杯は必要な燃料だった。

 

「オマエさんをブチのめしてからの方が気持ちよく吞めそうだ」

「やっと気が合ったな。本当に同意見だ」

 

 目の前の敵を殺すため。

 闘争本能に火を点けるための、着火剤。

 おだやかな昼下がりの時間が、一瞬で殺し合いに変貌する。

 合図はなかった。

 

 

「『哀矜懲双(へメロザルド)』」

「『ぶっ飛ばせ』」

 

 

 勇者が呼んだ名が、魔法を発動させる。

 シャイロックが口遊んだ一言が、魔力を帯びた風になる。

 大の大人を容易く吹き飛ばせるほどの旋風は、しかし勇者には直撃せず。代わりに、空の木箱を吹き飛ばして、粉々にする。

 ジェミニ・ゼクスの転移の魔法。自分自身を含めた対象物二つの、位置の入れ替え。勇者が用いる、回避の常套手段。

 即座に背後を振り返り、シャイロックは笑う。

 

「初手が回避ってのは、世界を救った勇者サマにしちゃあ弱気に過ぎるんじゃないか!?」

「言ってろ」

 

 まずは一撃。

 勇者の拳が、シャイロックを捉える。交差した腕の、ガードの上から吹き飛ばす。

 

「良いパンチ持ってんな」

「噓つけ。効いてないだろ」

 

 軽く拳を振りながら、勇者は思考する。

 

(大体、師匠から聞いた通りっぽいな)

 

 シャイロックの戦闘スタイルについて、彼と交戦したムムから、ある程度の情報共有は済ませてある。

 振るう魔術は、属性を選ばず万能。なによりも特筆すべきは、杖も魔導陣も用いずに、口先一つで魔術を発動させること。

 杖を使わないということは、構えがないことを意味する。構えがなければ、照準は読めない。

 魔導陣を使わないということは、魔術の発動に生じる溜めがないことを意味する。溜めがなければ、回避は直感に頼らざるを得なくなる。

 杖の構えや魔導陣の発生から、射程や規模、照準を読み、距離を詰めて叩くのが対魔術戦の基本である。しかし、口遊むシャイロックには、それらのセオリーが一切通用しない。

 だからこその、四賢。

 

(あんまり派手に戦って、街や人間を巻き込みたくない。いつも通り『哀矜懲双(へメロザルド)』メインでなるべくコンパクトに立ち回るか)

 

 勇者と同様に。

 対峙するシャイロックもまた、思考を回す。

 

(想定通りの近接バカ。近づいて敵を殴り倒すことしか考えてないワンパターン野郎だな)

 

 勇者の戦闘スタイルについて、彼と幾度も交戦したトリンキュロから、ある程度の情報共有は済ませてある。

 距離を詰めて殴る。単純な戦い方だが、しかし逆に言えばそんな単純な戦い方だけで、勇者は数多の敵を屠ってきたということ。シンプルであることは強さだ。

 

(建物が邪魔でちょっとばかりやりにくいか? ここいら一帯、魔術で薙ぎ払ってもいいが一般人には被害を出したくないんだよなぁ……こっちの『黄奇怪怪(ショウ・クィン)』のタネは割れてねぇだろうし、魔法メインで組み立てるか)

 

 勇者は、近づいて殴ることが基本の、超接近戦型。

 シャイロックは、魔術の連射による圧殺を好む、遠距離型。

 勇者とシャイロックは、その戦闘スタイルすらも対極にある。

 街は壊したくない。人は巻き込みたくない。

 一致する思考の中で、最も共通する、一点。

 

 

 ──どのように目の前の相手を殺すか

 

 

「『切り裂け』」

 

 細かい狙いを定めやすい迅風系の魔術を主軸に据えて、シャイロックは攻め立てる。対する勇者も『哀矜懲双(へメロザルド)』の転移を繰り返し、シャイロックに狙いをつけさせない。

 

「『切り裂け』」

 

 シャイロックが撃つ。

 勇者が避ける。

 

「『切り裂け』」

 

 シャイロックが撃つ。

 勇者が避け、さらに距離を詰める。

 地面を踏み込む。大きな一歩。明確に拳が届く間合い。

 しかし、その拳が届く前に、シャイロックの姿が唐突に消え失せる。

 

「っ!?」

「『突き上げろ』」

 

 勇者の足元の、地面。

 それが唐突に隆起し、打撃を繰り出した勇者の腕を飲み込んだ。

 

「『捻じ折れ』」

 

 ばきん、と。無機質に、何かを折り割った音が響く。

 それは明確に、勇者の右腕の骨が折れた音だった。

 

「ぐっ……」

「悲鳴一つあげねぇとは、大したもんだが……」

 

 まずは、腕一本。

 再び勇者の背後に現れたシャイロックは、笑みを深める。

 これで、片腕は使えない。近接戦闘能力は奪い去った。

 苦し紛れに放たれた左の拳を、シャイロックは身のこなしだけで回避し、

 

 

「コール。タウラス・フェンフ。『牛体投地(ブルアドラティオー)』」

「がっ……おぁ!?」

 

 

 折れたはずの右腕による、勇者の全身全霊の打撃がシャイロックの胴の中心を捉え、吹っ飛ばした。

 もう使われていない廃屋に叩きつけられ、はじめてシャイロックは明確に呻いた。乾いた地面に、吐き出した血反吐の赤色が落ちる。

 

「ごほっ……あー、そういえばタウラスの魔法も持ってるんだっけか」

 

 それにしたって、折れた腕の骨を無理やり『維持』して殴るだろうか? 

 普通は殴らないだろう。だが、勇者なら殴る。

 

「イカレてんな。おい」

「どうも」

「だが、その魔法の『維持』は何分持つ? 折れた腕を無理やりくっつけておくのにも限度ってんもんがあるだろ」

 

 その答えを勇者は表情には出さなかったが、シャイロックの指摘は正しい。

 勇者が『牛体投地(ブルアドラティオー)』で行える対象の『維持』は、およそ五分と少しが限界。その時間を過ぎてしまえば、右腕はもう使い物にならなくなる。

 

「さっきのパンチはかなり効いたが、オレはもうお前を接近させない。のらりくらりと時間切れまで粘って卑怯に勝たせてもらうぜ」

「せこいやつだな」

「慢心して負けたくないんでね」

 

 シャイロックの言葉は、やはり正しい。

 射程距離、攻撃威力、魔法の特性の有無。

 およそ、考え得るすべての駆け引きの手札において、シャイロックは世界を救った勇者を、単独で上回っている。

 

「大地よ。『突き衝け』」

 

 シャイロックが放ったのは、先ほどよりも大技の砂岩系魔術。勇者が立つ地面の、周囲すべてが鋭い槍となって、襲いかかる。

 この状況なら『哀矜懲双(へメロザルド)』の転移を使わなければ、回避は不可能。そして『哀矜懲双(へメロザルド)』の瞬間転移の対象は、視線の先。回避を読んで、さらに追撃を浴びせかけ、揺さぶりを繰り返し、潰す。

 口遊むシャイロックの、勇者を殺すための組み立ては、やはりどこまでも正しい。

 

「仕方ない」

 

 ただ一点。

 

 

「──そろそろ起きろ。魔剣さん」

『……仕方ないわね』

 

 

 

 その剣の存在を、除いては。

 

「……は?」

 

 勇者は動かなかった。回避も、魔法も使わなかった。

 ただ、腰の剣を抜き、地面に突き立てただけ。

 たったそれだけの動作で、シャイロックの魔術のすべてが解け、霧散する。

 

「──それか」

 

 はじめて。

 それまでずっと余裕を保ってきた口遊むシャイロックの表情に、怒りと葛藤の色濃い感情が浮かぶ。

 

「それが、魔王(あの子)を殺した剣か」

 

 世界を救い終わってから、はじめて。

 魔王を殺してから、決して抜くことのなかった一振り。

 勇者は、かつて愛剣を構えた。

 

「……ようやく良い顔になったな。色男」




殺伐しちゃってるけど今年も一年ありがとうございました!
みなさんの応援のおかげでお話を続けることができています!良いお年を!

おまけ
もしも世救世界に正月があったら

勇者くん
意外と家に引きこもるタイプ。何もなければ延々とコタツでみかん剥いてる

赤髪ちゃん
おもちおせちお雑煮年越しそばァ!

賢者ちゃん
かなり家に引きこもるタイプ。おそらくコタツから出ることすら渋る。初詣すら渋る。シャナはほぼ猫

騎士ちゃん
かなり初売りとか行きたいタイプ。初詣行かないと満足できないタイプ。出不精なみなさんを引きずってアクティブに動く。料理もめっちゃつくる。もうあなたが嫁でいいです

武闘家さん
うおおおお修行修行修行!
元日の朝から走り込みも打ち込みもする。休みとかない。ストイック極まる

死霊術師さん
酒飲んで寝てる

先輩
もちを喉につまらせてる

聖職者さん
寝てる
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。