世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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あけましておめでとうございます
今年の目標は本作の完結です。よろしくお願いします


勇者の魔剣/大乱戦の前哨戦

 昔の話である。

 

「これ、結局どういう剣だと思う?」

 

 勇者の問いかけに、シャナは目を細めて答えた。

 

「よくわかりません」

「いやいや、よくわかりませんって……」

「いくら天才の私でも、わからないものはわかりませんよ。仕方ないでしょう」

 

 ゼアート・グリンクレイヴがその命を落としてから、数週間後。

 吸血女帝から「決着をつけられなかった、せめてもの詫びに」と送り届けられたのは、ゼアートが愛用していた魔剣だった。

 さすがにアリアの大剣ほどではないものの、ずっしりと重い長柄の両刃剣。目の前で幾度も振るわれ、命を奪われかけた曰くつきの一振りだ。

 シャナから少し離れて、魔剣を構える。

 

「シャナ。ちょっと魔術撃ってみてくれ」

「またそうやって私を便利に使う。いやになりますね」

 

 文句を言いながらも、シャナは初歩的な炎熱系魔術を放った。仮に当たったとしても、軽い火傷で済むような、本当に下級の炎熱系魔術の火球。

 そんな小さな火の玉が、魔剣に触れた瞬間に霧散する。

 火球を斬ったわけではない。触れた瞬間に消え失せた、というのが、ぴたりと当てはまる。不可思議な現象だった。

 

「もっかい聞くけど、どう思う?」

「やれやれ。本当にこういうときは私がいないとだめですね」

 

 フードの下でドヤ顔を浮かべながら、シャナは言った。

 

「その魔剣に触れた魔術は、おそらく効力を失います」

「うん」

 

 俗に魔術無効(アンチマジック)と呼ばれる効果。

 魔術を無効にする道具というのは、実は飛び抜けてめずらしいものでもない。魔封じの呪符や、魔術攻撃を弾き返す聖鎧など、一定数のアイテムは世間に認知された存在だ。簡単に手に入るものではないとはいえ、金や権力の使い方によっては、手に入る可能性もある。

 しかし、この剣が持つ特性と真価は、おそらくその先。

 

「……魔術だけかな」

「もったいぶってないで、結論をどうぞ?」

「この魔剣、()()()()()にできるんじゃないかって」

 

 実際に、そういった効果が発揮されているところを、見たわけではない。

 ゼアート・グリンクレイヴはこの魔剣を、本当に()()()()として運用していた。だがそもそも、触れたものすべてを消し去る『死離滅裂(ラーゼ・ドート)』という魔法があるなら、徒手空拳と魔法で戦った方が圧倒的に強いわけで。

 にも関わらず、この魔剣で人を斬ることに拘った理由は……

 

「自分の手で、人を殺す感触を消さないため……?」

「馬鹿みたいな理由ですね。それ」

「でも、バカみたいなクソジジイだったからな」

 

 ゼアートが死に際に暴発させ、何もかもが消え去った爆心地の、その中心にこの魔剣は突き刺さっていたのだという。

 この世すべてのものを区別なく平等に消し去り殺す。

 あの『死離滅裂(ラーゼ・ドート)』という魔法にすら、耐え切ったのであれば。

 この魔剣の切っ先は、リリアミラ・ギルデンスターンや、魔王の命にも届き得るかもしれない。

 

「なんていう名前なんですか」

「え?」

「その魔剣の(めい)ですよ」

「ああ……」

 

 生前のゼアートから、勇者はそれを聞いている。

 この魔剣の銘は──

 

 

 ◆

 

 

「──煌芒死剣(クラルムア)

 

 勇者が、駆ける。

 シャイロックが、下がる。

 それは、半ば反射的な行動だった。

 得体の知れない力に対する、警戒心。正体不明の力に対する、慎重さ。

 あるいは、

 

(なんなんだ、あの剣は)

 

 より原始的且つ根源的な、天敵に対する恐怖か。

 

「『燃え上がれ』」

 

 一節詠唱。シャイロックの手持ちの中でも、威力の高い炎熱系の高火力魔術。

 しかしそれは、勇者に届く前に霧散する。

 

「っ……! 『断ち穿て』」

 

 再びの一節詠唱。シャイロックの手持ちの中でも、照準の早さと速度に長けた迅風系魔術。

 やはりそれは、勇者に届く前に霧散する。

 シャイロックは、絶句する。

 撃ちだす魔術。その尽くが、消えていく。

 勇者の戦闘スタイルは、元々が超接近戦特化。近づき、殴る。どこまでもシンプルに、突き詰めた近接格闘を至上とする。

 近接戦を得意とする相手への対策は、そもそも近づけないこと。離れた距離から、手数で押し潰すこと。元より遠距離戦を得意とするシャイロックも、基本に則り、遠距離からの魔術の乱射で勇者を押し潰すつもりでいた。

 その大前提が、覆る。

 繰り出す魔術の一切が、勇者に届かない。魔術による遠距離攻撃という、勇者の明確な弱点を塗り潰す魔剣の存在が、均衡の天秤を、一気に逆転させる。

 

「いつまで格上ヅラしてるつもりか知らないが……わかってるか?」

 

 魔剣を構えたまま、一切の防御動作すら取らず、勇者は突貫する。

 

 

 

「相性最悪だぞ。お前」

 

 

 

 勇者の斬撃が、遂にシャイロックの胴を捉えた。

 傷は浅い。上衣を掠めて斬っただけ。

 

「はっ……掠り傷でイキがるなよ」

 

 しかしそれは明確に『勇者の攻撃は口遊むシャイロックに届き得る』という、証明でもあった。

 

(予想以上に厄介だな。あの剣)

 

 シャイロックは、苦笑する。

 魔剣を抜いた瞬間から、勇者の立ち回りが明確に変化した。

 それまで『哀矜懲双(へメロザルド)』の瞬間転移に頼っていた回避を、一切行わなくなった。当然といえば当然だ。魔術はすべてあの魔剣が弾いてかき消すのだから、そもそも回避などする必要がない。

 ただ真正面から、突貫し、突撃し、接近して、圧倒する。

 どこまでも力任せな……それでいて理に叶った、英雄の戦い方。

 

「……いやになるね」

 

 シャイロックは、周囲を見回した。

 控えめに戦りあっていたとはいえ、街の中だ。いつの間にか、周囲には人だかりができていた。ちらほらと「ケンカか?」「大会前に魔法使いが揉めてんだろ」「人呼んで来いよ」などと。様々な声が聞こえてくる。

 率直に言えば、そろそろ潮時と言えるタイミングだ。

 シャイロックには、打てる手も、切れるカードもまだある。しかし、街中で自分の魔法を……『黄奇怪怪(ショウ・クィン)』を全力で行使した場合、周囲の被害が大きすぎる。街をさらに破壊し、大勢の人を巻き込んでしまうだろう。戦いの気配を嗅ぎつけられて、腕利きの魔法使いたちが集まってきても面倒だ。

 決着に拘らず『黄奇怪怪(ショウ・クィン)』を使って退却すれば、まだ逃げ切れる。

 

 ──逃げる? 

 

 心の奥が、ざわついた。

 

 魔王(あの子)を殺した勇者(かたき)を目の前にして、逃げる? 

 

「ちっ……」

 

 舌打ちを漏らすシャイロックを見て、勇者は小さく呟いた。

 

「安心したよ」

「……何がだよ、勇者」

「エルフの村で会ったときは、お前の顔が見えなかった。でも、こうしてツラを拝ませてもらって、わかった。意外と人間臭い顔してるよ、お前」

「うるせぇヤツだな……!」

 

 退却は、自分の心情が許さない。

 かといって、周囲の人間を巻き込みたくはない。

 故に、揺れるシャイロックの選択を、決定づけたのは、

 

 

 

「なーんか、こまってるみたいじゃん。シャイロック」

 

 

 

 新たな乱入者の存在だった。

 

「トリンキュロ……!」

「助けにきたよ。いやあ、災難だったねぇ。シャイロック。まさか、こんな街中で勇者と遭遇するなんて、いや、逆にラッキーというべきかな?」

 

 けらけらと笑いながらシャイロックの隣に降り立った最上級悪魔は、そのままつくりものの笑顔を勇者に向けた。

 

 

「──や。ひさしぶり、勇者。会いたかったよ」

「──なんで生きてんだ、お前」

 

 

 勇者の表情から、感情の一切が抜けて落ちる。

 それでもなお、トリンキュロ・リムリリィはにこやかに手を振ってみせた。

 

「いやだなあ……図太く、しぶとく、諦めない! 不屈の心こそがボクの最大の強みであることを、きみはよく知っているだろう!? ま、ほんとうはきみたちの船を落としたときにリベンジしたかったんだけどさぁ。いろいろあって、駆けつけることができなくてね」

「……お前ら二人が繋がっているなら、たしかに色々と納得できることは多いな」

 

 トリンキュロとシャイロックを見詰めて、勇者は吐き捨てる。

 

「そうだろうそうだろう! ボクとシャイロックは今や固い絆で結ばれた仲間! 心を通わせた真の友なのさ!」

 

 というわけで、と。

 そこで言葉を区切ったトリンキュロは、自分たちの周囲に集まりつつあった野次馬のギャラリーを見回して。自身が人間ではないことをなによりも明らかに示すために、普段は決して見せることのない翼を、大きく広げて、

 

 

「はぁい! 人間どもぉ! ボクはトリンキュロ・リムリリィだ! 死にたくなければ、さっさとこの場から離れた方が身のためだぞ!」

 

 

 叫ぶ。

 通常の戦闘時は防御に用いる青の色魔法……『青火燎原(ハモン・フフ)』の魔法効果による『拡散』を最大限に活かした発声。大音量で響き渡るその宣言の、効果は覿面だった。

 トリンキュロ・リムリリィは、魔王軍四天王の第一位。かつて、暴虐と殺戮の限りを尽くした、最悪の悪魔。隣国のアンデーヌでの捕縛騒動に「トリンキュロは処刑される前に逃げ出した」という噂の補強。四天王の第一位が健在であるかもしれない……という恐怖が、人々の間に伝播する土台は、すでに敷かれていた。

 トリンキュロ・リムリリィ、という名前には、それだけの力がある。

 

「う、うわぁぁぁあ!!」

「逃げろ……! 逃げろっ!」

「に、ニセモノかもしれないだろ!」

「ニセモノでもあれは悪魔だ! 喰われるぞ!」

 

 恐れは、瞬く間に伝播する。

 悲鳴と叫びと、混乱と。逃げ出していく人々の背を眺めて、トリンキュロは満足気に口の端を歪めた。

 

「ふふ……虫の子を散らす、とはまさにこのことだね」

「……どういうつもりだ。トリンキュロ」

「そんなにこわい顔するなよ、シャイロック。きみが本気を出せるように、舞台を整えただけだろ? 大会に出て、正攻法で優勝賞品である魔王様の魔法を獲る。もちろん、それも悪くない。ボクもお祭りは大好きさ。けどさぁ……目の前に勇者がいるのに指を咥えて待てができるほど、ボクは我慢強くもないんだよねぇ!」

 

 どこまでもわかりやすい舌舐めずりをして、トリンキュロは爛々と光る眼を、勇者に向ける。

 

「さぁ! 勇者ァ! 最近は運動不足だったんじゃないか!? ゼアートの魔剣を引っ張り出してきたことは感心するけど、ほんとにそれだけで()()()()に勝てるか試してみるかい!? ボクは敗北の苦渋を糧に、成長する悪魔だ! きみたちに敗北して、ボクは学んだ! そう! 仲間の大切さを!」

 

 勇者の背後に音もなく、褐色の踊り子が現れる。

 横合いからは、仮面を手に持った小さな少女が。

 そして、上空からはピスケス・ドライが降り立つ。

 総勢五名。最上級悪魔と、魔法使いの混成パーティーが、勇者を取り囲む。

 

「……そこの色男以外の、お仲間か。お手々を繋げる仲間ができたのは嬉しいか? クソ一位。せっかくだから、一人ずつ紹介してくれよ」

「はっはぁ! おもしろいジョークだ! 名前が聞こえないきみに紹介しても意味ないだろうが! さあ、はじめるぞ勇者! 最強の魔法使いを決める戦いなんて、もうどうでもいい! きみが負けて、ボクが勝つ! そういう戦いをはじめ──」

 

 

 

「──灯火の一番(イグニス・ワン) 『レイバーン』」

 

 

 

「──ぎぃあああぁああ!?」

 

 最高潮に登ろうとしていたトリンキュロの言葉を、容赦なく撃ち貫く火炎があった。

 両手を広げ、声高々に宣言しようとしていた四天王第一位は、炎に穿たれ、シャイロックの隣から転がり落ちるように吹き飛んだ。

 

「……え。アレ、敵よね? 悪魔よね? 撃ってよかったのよね? 大丈夫? アタシやっちゃった?」

 

 ひょっこりと顔を出した魔女……ベルフィール・バーナーダインは、気まずそうに勇者に聞いた。

 完全に「今来たところだけどよくわからなかったからとりあえず人間じゃないヤツを攻撃しました」という口調だった。

 

「加勢してくれんの? 魔女さん」

「もちろん。恩人さんには恩を返さないと」

「すごく助かるけど、大丈夫? 多分こいつら、かなり強いけど」

「あら、そういうことならますます心配ご無用よ」

 

 真火の魔女が、世界を救った勇者の隣に並び立つ。

 

「アタシ、最強だから」

 

 勇者の手元で、勇者にだけ聞こえる声で、魔剣が呟いた。

 

 

 

 

『……また新しい女が増えた』




こんかいの登場武器

『魔剣さん』
 ツンデレコメント毒舌型魔剣。煌芒死剣・クラルムア。
 対魔術、対魔法っぽい特性を持ち、シャイロックが勇者に向けて撃ち放った魔術の一切を無効化した。イト・ユリシーズの蒼の魔法も『断絶』によって魔術攻撃を切り捨てることが可能だが、こちらは斬るという動作すら介さず、所有者である勇者に魔術が直撃する前に霧散する現象が起きている。
 近接戦闘特化型である脳筋勇者との相性は抜群で、この魔剣を抜刀することにより遠距離攻撃魔術のほとんどを無効化することが可能。多くの魔法を失った現在の勇者は、シャナやアリアに遠距離攻撃で引き撃ちされるとかなり不利になるが、魔剣さんを抜くだけでそれらの不利を一気に覆すことができる。すごいぞ魔剣さん、強いぞ魔剣さん。
 なお、生前のゼアート・グリンクレイヴは、自身の魔法で相手をかき消す……『消滅』させる殺し方をよしとせず、この魔剣によって直接相手を斬ることを好んでいた模様。


コミカライズも更新きております
赤髪ちゃんの愛の回です。すてきに仕上げていただきました。ぜひ!

https://to-corona-ex.com/comics/138024458977370
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