「アンタ得意なのどうせ
「いいの?」
「いいわよ。合わせてあげる。とりあえず、好きに暴れなさいな」
自分は後衛で、お前は前衛だと。
魔女さんは、はじめて組む相手であるおれに向けて、簡潔に役割分担を振った。
「おやおやおやぁ!? これはこまりましたねぇ!? 四天王の第一位様がやられましたよぉ!?」
「どうせ起き上がってくるからほっとけ。つーか、嬉しそうにしてねぇで、注意しろ。ピスケス。なかなか強そうなねーちゃんだ。油断してたらオマエも一発だぞ」
「うれしい高評価ね」
振り向かなくても、おれの背後で魔女さんが強気に笑ったことは、なんとなくわかった。
元より、さっき酒場で袖振り合ったばかりの急増コンビだ。魔女さんが察してくれているのはわからないが、近接主体で瞬間移動持ちのおれは、相手に合わせるよりも勝手に突っ込んだ方がいろいろと仕事もしやすい。
合わせてくれる、ということなのであれば。ここはお言葉に甘えて合わせていただこう。
「じゃ、好きにやるんでよろしく」
「ええ。勝手に援護するので、どうぞ」
おれが踏み込むのと同時。背後から、数条の火閃が奔った。
先ほどクソロリ四天王を正確に穿ち焼いたそれらの火閃は、こちらを包囲する敵パーティーの全員に向けられ、回避を強要し、かき乱す。
威力があるだけでなく、巧い。一撃でそうわかった。
敵パーティーを再確認する。
明らかにやる気のなさそうなメガネ悪魔のピスケスは下がり気味。褐色の踊り子はおれと同じで近接主体っぽいが、踏み込んでくる気配はなし。四賢のクソイケメンが遠距離タイプであることは、先ほどの交戦で割れている。
もう一人。おれは、右斜め前の少女を見た。
やりにくい、と思うと同時に。手加減はできそうにない、と。直感がそう告げる。
おれが、魔剣さんを構えるのと。少女が、鬼を模った面を取り出すのは、同時だった。
「コール」
「コール」
そして、紡いだ言葉も同じだった。
その事実に、反応が明確に出遅れる。
「─────・────。『
名前は聞こえなかった。
しかし、魔法の名を口にして呼んでいるのは、はっきりと聞こえた。
次の瞬間には、女の子の巨大化した右腕が無造作に振るわれて、家屋数軒をまとめて薙ぎ払っていた。
『あら。なにあれ。なんかアンタのパクリみたいなヤツいるじゃない』
「なんなんでしょうねほんと……」
手に持つ魔剣さんの素っ気ない論評に、苦笑を返す。
魔法の詳細はまだわからないが、とりあえず油断できない相手なのはたしかだ。
「ちっ……相手が家壊してくるなら、もうこっちも家壊しちゃっていいんじゃないの!?」
「とか言いつつ、魔女さん攻撃全然建物に当ててないじゃん。えらいよ」
「ったりまえでしょ! アタシの魔法だと家燃やしちゃうのよ! 一般人の家燃やせるわけないでしょうが!」
酒カスのくせに、魔女さんにちゃんと良識があってほっとする。
おれは振り返って、
「っ……魔女さん! 後ろだ!」
警告を叫んだときには、既に遅かった。
魔女さんの背後には、音もなく背後に回り込んだ、四天王第一位の影があった。
「魔導師なら、接近戦は避けたいよなぁ!?」
背後を取った手刀が、魔女さんの心臓を捉える。
しまった、と。おれが思うよりも先に。
最悪の想像とは違う結果が、目に映った。
悪魔が貫いた指先。本来なら、鮮血が迸るはずのそこから……血の代わりに飛び散ったのが、赤色の炎だったからだ。
「は?」
「魔導師がぁ? 接近戦に弱い?」
振り返った笑みが、その決めつけを嘲笑う。
「いつの時代の話してんのよ?
細い指先が、力強い拳を形つくる。
「──『アグルガンツ』」
「ぐほぉあ!?」
炎の噴射によって加速した拳が、悪魔の顔面を捉え、一撃で殴り抜く。
炎拳を浴びた小さな体が、また先ほどの焼き直しのように吹っ飛んでいった。
「えー、つっよ……」
単純に、おれはややドン引きした。
体格の小ささに反して、純粋な魔力出力と『
というかそもそも、手刀で穿たれたはずの身体の穴が
最初は腕の良い炎熱系の魔術師だと思ってたけど、これもう魔術じゃないよな? どんな魔法だこれ?
「魔女さん。もしかしなくてもすごい魔法使いだったりする?」
「ご覧の通り、すごい魔導師でありながら、超すごい魔法使いよ。崇め奉りなさい。ていうか『──────・───────』って名前くらいは聞いたことない?」
「あ、ごめん。おれ、人の名前聞こえないから」
「はあ? なに勇者みたいな冗談言ってんのよ」
勇者なんだよなぁ。おれ、全然勇者なんだよなぁ。
どうやって説明しよう、と。頭を悩ませている暇は、残念ながら戦闘中にはない。
「ちっ……『押し流せ』」
敵の次手は、流水系魔術の一節詠唱。
まるで、蛇口の栓を全開にしたように。街路を埋め尽くす濁流が押し寄せてくる。おれを狙ったピンポイント攻撃ではなく、周囲全体への広範囲魔術。魔剣さんでは対処しにくい攻撃だ。しかも、炎熱系メインの魔女さんへの対応も兼ねた一手。
『さすが四賢。見極めがはやわいね。イケメンだし』
「イケメンは関係ないだろ……魔女さん! 回避を!」
「いらないわよ」
不遜に笑む魔女さんは、押し寄せる水の暴力を避けようともしなかった。むしろ、おれを守るように前に出る。
「この程度
火に水をかけたら消える。
そんな当たり前の常識が、根底から覆る。魔女さんに触れた側から、触れた水分が沸騰し、蒸発していく。本来、相性が悪いはずの魔術を、意にも介していない。
立ち昇る水蒸気が、視界を塞ぐ。それを手で払いながら、おれは思わず息を漏らした。
「うお。すげっ」
『私にゲロかけた女のくせにやるじゃない。私にゲロかけた女のくせに』
ぐちぐちと魔剣さんが文句を言っている。が、純粋に魔女さんの実力は、おれの見立てよりもかなり高いようだ。
これなら、協力すればなんとかなるかもしれない。
「魔女さん! 水を蒸発させるのはいいけど、視界が悪い! 奇襲には注意を」
「『
そう考えた、瞬間に
「──
背後からの衝撃で、おれの意識はぶつりと途切れた。
◇
手札が揃った時点で、勇者を倒すためのシャイロックの組み立ては完了していた。
見せ札は、自分とトリンキュロの二枚。単独で交戦し、ある程度手の内を晒した自分と、元より指示通りに動かないトリンキュロを自由に動かして、勇者の意識を割いた。
囮には、クロエを使った。もちろん、クロエ単体では勇者を仕留める駒には成り得ない。しかし、シャイロックとトリンキュロでさえ、クロエの『
そして、切り札とトドメには、ルルを用いた。
ルル・ファルク・ルセッタの『
すべての勝因は、シャイロックが『最速』という切り札を、最後まで伏せていたことだった。
勇者の首筋に一撃を入れ、昏倒させる。己に振られた役割を完遂したルルを、シャイロックはねぎらった。
「ご苦労さん。ルル」
「いいけど……こんな初見殺しみたいな真似はしたくなかったかも」
「初見殺しでいいんだよ。魔法使いの戦いなんざ、相性一発で決まることも多い。伏せてる札を開くだけで勝てるなら、それが最善だ」
フェイスベールの下で唇を尖らせて不満を口にするルルを、シャイロックは諌めた。
もっとも、そういう意味では人数の有利不利に関わらず、最初から勇者は負けていた。世界を救った英雄である彼は、もとより『世界で最も知られた魔法使い』でもあるのだから、情報アドバンテージの面で圧倒的な不利がある。その魔法のほとんども今は使えない。故に、近接戦でごり押しに頼るしかない。
最初から、勇者には手札が足りなかった。唯一、シャイロックが意表を突かれたのはあの『魔剣』だったが、それも振るう人間がいなければ意味を成さない。
「さて、まだやるかい? 魔女さん」
孤軍奮闘の状態になったベルフィール・バーナーダインを見据えて、シャイロックは問いかける。
最強の賢者の問いを、魔女は不遜に笑い飛ばした。
「やるに決まってんでしょ」
「ボクらはべつに相手してあげてもいいけどさぁ。きみが戦う理由、そんなにないんじゃないの?」
「……どういう意味よ」
「だってきみ、バーナーダインだろ? で、薄々感づいてると思うけど、そこで倒れてるヤツは本当に正真正銘の勇者様だぜ?」
いつの間にかまた復活していたトリンキュロが、シャイロックとベルフィールの会話に割り込んで、せせら笑う。
「きみの親父の、朱炎のバーナーダイン。そこの勇者に殺されてるんだから、普通に親の仇じゃん? 助ける義理あんの?」
客観的な指摘は、正しく悪魔のようで。
ベルフィールの瞳がその一言に揺らいだ瞬間を、シャイロックは決して見逃さなかった。
「『凍てつけ』」
口遊むその一言で。
炎の魔女の全身が、凍結した。
「やるねえ、シャイロック」
「……やってるのはオマエだろ。本当に性格が悪いな、トリンキュロ」
「ボク、悪魔だからねぇ」
「性格が悪い自覚はあるんだな」
「うるさいなぁ。こいつを動揺させる隙は欲しかったでしょ? いやぁ、それにしてもすごいねえ。ほんとに魔術ならなんでも使えるんだ。氷雪系なんてアリエス以外に使ってるとこ見たことないよ。てか、こいつ炎なのに凍るんだね?」
「仕込みをしておいたからな。しばらくは保つだろ」
「ああ。あの津波みたいな攻撃……目くらましのためかと思ったけど、水をばら撒いて氷雪系の魔術に繋げるためだったんだ」
「その方が凍りやすい。オマエの見立て通り、目くらましの目的もあった。両方兼ねてる。それだけだ」
簡潔に連携の総評を述べながら、シャイロックは軽く伸びをした。
自分たちのパーティーの連携を確認するには、良い機会になった……と思う。まずトリンキュロを暴れさせ、クロエで意識を散らし、シャイロックがバランサーとなって戦況をコントロールし、魔法の上から打撃を通せるルルに最速でトドメを任せる。詰めるべき点はまだあるだろうが、我が強い魔法使い同士の連携は、この程度の緩さのほうがいいのかもしれない。
「ほとんどの敵はこの流れで狩れそうだな」
「ボクをもっと頼ってくれてもいいんだよ? シャイロック」
「オマエはすぐ突っ込むからダメ」
「私ももっと頼ってくださっていいのですよ。シャイロック」
「オマエはなんか後ろにいてくれるだけでいいぞ。ピスケス」
シャイロックは倒した敵たちを見る。
倒れ伏した勇者と、氷像と化した魔女。
「どうする?」
「そうだねぇ。人質にして交渉材料にしちゃおっか」
「悪くないな。ダルい大会に参加する必要もなくなる」
そこまで言って、シャイロックは言葉を止めた。
周囲に、人の気配はなかった。晴れつつある水蒸気の霧と、クロエが倒壊させた複数の家屋の残骸で、視界は極めて悪い。
しかし、だからこそ、人っ子一人いない街の中を、肩で風を切って悠々と歩いてくるその騎士の姿は、ひどく悪目立ちした。
「シャイロック様。誰かきたよ?」
「……」
「シャイロック様?」
ルルの言葉に、シャイロックは答えない。答えられない。
トリンキュロも同様に、誰が来たのか……なにが
この国には今、数多くの魔法使いが集まっている。手練れがやってくる可能性も加味して、これ以上戦闘を広げるのは避けるつもりだった。
だからこそ、思う。シャイロックは、思ってしまう。
「……よりによって、アンタが来るのかよ」
「ああ。船が予定よりも早く到着してな。おかげで間に合ったようでなによりだ」
想定はしていた。
王であるユリン・メルーナ・ランガスタがこの国にやってくる以上……
しかしこれは、想定の中で、最も最悪だ。
ジャン・クローズ・キャンピアスではなく。
イト・ユリシーズでもなく。
ギルボルト・ヴァノンでもなければ。
レオ・リーオナインでもない。
この世に生きる『騎士』という概念の頂点が、シャイロックたちの前に立つ。
ステラシルド王国、第一騎士団、団長。筆頭騎士。
「グレアム・スターフォード……! どうしてお前がここにいる」
トリンキュロの問いかけに、史上最強の騎士は、極めて簡潔に答えを述べた。
「あみだくじで勝ったからだ」
描写する機会なかったのですが、魔剣さんは『ばかばかばか!私使ってくせになに簡単やられてんのよ!はやく起きなさいよバカ勇者!アホ!ドジ!マヌケ!しっかりしなさい!』と勇者くんにしか聞こえない声で言っています。ツンデレ
加えて、余談と言い訳になるのですが、更新ちょっと遅れたのは「たまには物語の行く末をランダム要素に任せてみるか……」と五分の一のランダムを振ってみたら、ほんとに五分の一でグレアムおじさんを引いてしまい、章全体のプロットがズタズタに破壊されたからです。バカな作者ですいません。でも組み直した分おもしろくなってると思います
更新ペース今まで通りに戻ると思うので、よろしくお願いします