世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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臆病者のグレアム/不敗のスターフォード

「あーあ。ワタシが行きたかったなぁ! シーザァルト」

「くじで負けたのだ。仕方あるまい」

 

 机に上半身を投げ出して、イト・ユリシーズは不満をぶちまけていた。

 対面で腕を組むジャン・クローズ・キャンピアスは、いつも通りの冷たい声だ。

 

「でもでも、キャンピアス卿も行きたかったですよね?」

「当然だ。勇者殿に同伴したかったのはもちろんだが、アリア嬢の修行の成果も……晴れ舞台でこの目に、焼きつけたかった……! なぜ、スターフォードなぞに……!」

 

 イトも噂でしか聞いていないが、ここ数週間のアリアは、キャンピアスの元で修行に励んでいたらしい。

 最近のこの人、すっかり全身甲冑世話焼きおじさんになっているな……と。イトは片目でキャンピアスを流し見た。頭兜の下の表情が気になる。自分よりも悔しがっていそうだ。

 

「ユリシーズ団長。キャンピアス団長。失礼いたします」

「お、アザカちゃんじゃん。おっすおっす」

 

 入室してきた新任の副団長に、イトは片手を挙げて応じた。

 アザカ・フィール・グロスタは若くして第一騎士団の副団長に抜擢された、眼鏡が似合う才女だ。黒髪で線の細い頭が切れる美人……という属性で、王族や貴族の護衛に就くことも多い第一騎士団において、グレアムのむさ苦しさを中和し、式典における華やかさを一手に担っている。

 生真面目で若いアザカが、イトは好きだった。からかい甲斐があるからだ。こういう気が強い女はイトの好物である。

 

「なんだか機嫌が悪そうだねえ。アザカちゃん」

「率直に申し上げるのであれば、おもしろくありません。陛下の護衛に副団長の私を同伴させなかった団長の判断は……率直に言ってカスです。あのヒゲダルマは何もわかっていません。万死に値します」

「お、おう」

 

 思っていたよりキレていた。イトは軽くひいた。

 

「まあ、護衛だけならグレアムおじさんだけで大丈夫だとは思うよ?」

「納得できません。なぜなら、私は団長が戦う姿を見たことがないからです」

「ああ、うん……それはそうかもだね」

 

 アザカは若手だ。副団長に就任してから、まだ一年も経っていない。そして、前線に赴くような任務があっても、グレアムは第三騎士団から引き抜いたベテランの精鋭を引き連れていくことがほとんどだった。

 イトとしては新人を過保護に育てているな、という感想しか抱けないが、アザカがおもしろくない気持ちも、わからないでもない。

 

「つまり、アザカちゃんはグレアムおじさんの強さが信じられないんだ」

「そこまでは申し上げておりません。ただ、私は自分の目で見たものしか信じないことにしております」

「だから自分の団長が戦ってるところを、ちゃんと見たいってわけだ」

「貴族派の中には、未だに団長のことを魔王に負けて逃げ帰ってきた『臆病者のグレアム』と……そんな心無い言葉で馬鹿にする者もおります。そういった疑念を払拭するためにも、私は団長の戦いを間近で学ばせていただきたいのです」

 

 臆病者のグレアム。

 それは、かつての魔王との戦いで、唯一生き残って帰ってきたグレアムを、揶揄する通り名だ。

 ほとんど聞かなくなってひさしいとイトは思っていたが、平和な今の時代だからこそ、こういった噂はぶり返すものなのかもしれない。

 

「くだらんな」

 

 短く、キャンピアスが吐き捨てた。

 

「ステラシルドに、ヤツ以上の騎士はいない。それがすべてだ」

 

 相も変わらず表情は見えないが、キャンピアスの言葉は重い。

 イトは立ち上がって、アザカの肩を叩いた。

 

「魔王に負けたことがあるってことはさ。その逆も考えられるよね」

「逆、ですか?」

「うん」

 

 イトの意見も、完全にキャンピアスと一致している。

 

「うちのおじさんは、魔王以外に負けたことがないんだよ」

 

 グレアム・スターフォードは、最強にして最高の騎士だ。

 

 

 ◇

 

 

「急に出てきて、えらそうに」

 

 ルル・ファルク・ルセッタはたった一人で現れた騎士団長に対して、端的にそう吐き捨てた。

 ステラシルド王国第一騎士団、団長。グレアム・スターフォード。

 その名と噂は、もちろんルルも聞いたことがある。ステラシルド最強の騎士。勇者の力が失われた今、彼こそがステラシルド最強の魔法使いと呼ばれていることも。

 

「だからなんだし」

 

 たった一人でやってくるなんて、バカな敵だ、と。フェイスベールの下で、ルルは薄く笑む。拳を構え、地面を踏み締める。

 『春速万変(マーチ・エアル)──逸速(ファースト)』。

 ルル・ファルク・ルセッタの、加速の魔法。その基本にして奥義である、第一加速。

 初見とはいえ、黒輝の勇者すらも仕留めた超高速。背後を取り、意識を刈り取る打撃。それを初手から繰り出そうとし、

 

(え……?)

 

 ルルは気づく。

 グレアム・スターフォードの姿が、忽然と消えていることに。

 見失った? 

 相手が自分を見失う、ならともかく。

 最高速で加速したこちらが、逆に相手を見失った? 

 

(どこに……?)

「速いなぁ。お嬢ちゃん」

 

 背後から、間延びした声が聞こえてきた瞬間に。

 ルルの意識は、背後からの手刀によって刈り取られていた。

 褐色の身体が、糸の切れた人形のように倒れ伏す。動かなくなった踊り子を乾いた瞳で見下ろしながら、グレアムはのんびりと息を吐く。

 それは欠伸(あくび)だった。

 

「いい魔法使いを連れてるじゃないか、シャイロック。不意打ちの初見殺しとはいえ、ウチのバカ教え子がやられるわけだ。スカウト旅でもやってたのか?」

 

 黒輝の勇者を仕留めた、ルルの背後からの急襲。

 その流れをそのままなぞったかのように。片手間で、最速の魔法使いが仕留められる。

 やられた、という明確な事実に、シャイロックの中の警戒が、最大を超えて高まる。

 

「……ピスケス。クロエを連れて下がれ。コイツとは、オレとトリンキュロでやる」

「ええ、ええ。あんなバケモノと戦うのはごめんですからねえ。言われなくてもそうしますよぉ」

「なんだ? 全員まとめてかかってこないのか?」

 

 もはや会話に答えている余裕はない、とシャイロックは判断した。

 

「『撃ち抜け』」

 

 迅風系の一節詠唱。ピンポイントで頭部という人体の急所を狙う、風の弾丸。

 正確に、存分な殺意を伴って放たれた一発。

 それを、グレアム・スターフォードは片手で払いのける。

 

「この威力の魔術を、魔導陣も杖もなしで撃てるのか。なるほど。たしかに脅威だな」

「……マジかよ」

 

 回避したわけではない。勇者のように魔剣を用いて無効化したわけでもない。

 魔術が直撃した上で、それを一切意に介していない。

 端的に、シャイロックは絶句した。

 硬い。あまりにも、硬すぎる。少なくとも、人間という生物の常識的な硬さではない。

 

「『風よ。撃ち抜け。幾重にも』」

「芸がないだろう。それは」

 

 常人ならまともに喰らうだけで吹き飛びかねない、風の弾丸の三連射を、騎士団長はそよ風を撫でるように、払いのける。抜刀すらしない。小手調べであれば剣は不要と言わんばかりに、徒手空拳のみで、四賢の魔術に対処する。

 ならば、と。シャイロックの援護を受けて、トリンキュロが駆ける。

 

「真正面からいざ尋常にぃ! 勝負といこうかぁ! 騎士団長ぉ!」

 

 叫びと同時に、トリンキュロは全身全霊の打撃を繰り出した。

 トリンキュロ・リムリリィが愛用する模倣魔法『我武修羅(アルマアスラ)』は『強化』の魔法。最上級悪魔の膂力にシンプルな『強化』が組み合わさった打撃は、地面を容易く砕き割る威力を誇る。

 

「いいぞ。元第一位」

 

 黒輝の勇者ですら勢いを殺し、いなすことで対処したトリンキュロの打撃を。

 グレアム・スターフォードは、避けない。

 

「力比べなら、大歓迎だ」

 

 轟音が響いた。

 それは、グレアムが地面を踏み締めた衝撃の拡散であり、グレアムが振るった拳が最上級悪魔の打撃を弾いた証明でもあった。

 力負け、である。

 勇者やムム・ルセッタのような、積み重ねた近接格闘の技術の結果ではない。

 ただ、繰り出した拳を、同じ拳で払いのけられた。それだけのこと。

 もっと純粋に、より単純な事実として、トリンキュロ・リムリリィは現時点で出力できる最大限のパワーにおいて、グレアム・スターフォードに力負けしていた。

 トリンキュロの頬を、冷や汗が伝う。

 

「噓だろ。おい。人間かよおまえ……!」

「ああ。三十二歳独身。彼女募集中だ」

 

 くだらない呟きと同時に、トリンキュロの視界からグレアムの姿がかき消える。

 巨体に対して、あまりにも不釣り合いなスピード。戦闘において、蹂躙する側が常であるはずのトリンキュロが、守勢に回らざるを得ないほどの、速力。

 

「はやっ……!?」

 

 そして次の瞬間には、トリンキュロは横合いからの衝撃を受け、吹き飛ばされていた。

 グレアムの手には、瞬きの間に武装が握られていた。白銀の破城槌。もっと簡潔でシンプルな表現をするのであれば、巨大なハンマー。

 それに殴り飛ばされたのだ、という認識が追いつく前に、トリンキュロは反射で翼を広げ、空中に身を留めた。

 多人数に囲まれた、リリンベラでの戦闘とは違う。

 狂気を以て自分に追い縋ろうとした、聖職者との戦闘とも違う。

 純粋に、勇者以外の『強く優れた人間の個体』が、眼下にいる。その事実に、トリンキュロ・リムリリィの精神が昂る。

 

「シャイロックぅ! もういいよねぇ!? 出し惜しみしてる場合じゃないだろ!」

 

 叫びながら、トリンキュロは両の手を合わせた。

 模倣した魔法を混ぜ合わせ、意のままに振るうトリンキュロ・リムリリィの真骨頂。

 

冷艶(れいえん)なる紅蓮(ぐれん)の──」

「──撃たせるわけがないだろう」

 

 発動までのタイムラグ。それを、グレアム・スターフォードは決して見逃さない。

 宙を踊るトリンキュロの黒い翼は、グレアムの呟いた一言を伴って、唐突に両断された。

 

「……ぁえ?」

 

 攻撃をされた。その事実はわかる。

 しかし、理解ができない。何をされたのかが、わからない。

 数多の魔法を以て、幾多を蹂躙してきたはずの四天王第一位が、トリンキュロ・リムリリィが、たった一人の人間を相手に、どこまでも後手に回り続ける。

 

「くそっ……!」

 

 態勢が崩れる。空を飛ぶための器官を失って、トリンキュロは落下する。

 否、落下する前に。

 すでに地面からの跳躍を完了させた巨体は、トリンキュロの前で武器を振りかぶっていた。

 人間に、翼はない。悪魔のように、飛ぶことはできない。

 しかし、グレアム・スターフォードは宙を駆ける。純粋に、常軌を逸したその脚力と肉体によって、空を舞う。

 

「落ちろ」

「ぐぼぁああああああああああ!?」

 

 絶叫と共に、トリンキュロは地面に叩き落とされた。

 だが、トリンキュロという貴重な肉壁が稼いだ時間と隙を、シャイロックは逃さない。騎士団長を仕留めるに足る大技を撃つために、即座に詠唱に入る。

 

「我が炎に、命を宿す。鋼鉄を焼き切る──」

「──本当に。異名の通りだな。シャイロック」

 

 姿が消える。そして、現れる。

 シャイロックの顔に、影が落ちた。

 音もなく眼前に降り立った巨体は、昂るわけでも驕るわけでもなく、淡々と武装を構えていた。

 時があった。隙があった。

 普通の敵が、相手であれば。

 

「おい。寝惚けているのか? 四賢」

 

 グレアム・スターフォードを前にして、そんなものは存在しない。

 

口遊(くちずさ)む暇など、あたえるつもりはないぞ」

 

 振るわれた破城槌の打撃を浴びて、シャイロックの細い体は紙切れのように吹き飛んだ。家屋の壁に叩きつけられる前に、トリンキュロがシャイロックを受け止めてフォローする。

 

「ははっ……生きてるかい? シャイロック」

 

 トリンキュロという勝手気ままな最上級悪魔が、味方のフォローに回った。

 その事実が、今現在直面している事態のすべてだった。

 

「……右腕折れたわ。だめだな、こりゃあ。オマエは受けれても、オレは死ぬわ」

「だろうねぇ」

 

 端的に負傷を報告しつつ、シャイロックは苦笑する。

 繰り出される一撃が、重すぎる。もう一発を浴びれば、確実に意識が持っていかれるだろうという、いやな確信があった。

 

「まいったな。まさかここまでとは」

「本当にね。噂以上だよ、最強の騎士」

 

 最強の定義は、その捉え方によって、変化する。

 火力の高さ。防御の上手さ。固有の能力。求められる状況によって、最強の定義は揺らぎ、様々に形を変える。

 しかしその中で、揺らがないものがある。

 たとえば、スピード。グレアム・スターフォードは、速い。

 たとえば、タフネス。グレアム・スターフォードは、硬い。

 たとえば、パワー。グレアム・スターフォードは、重い。

 

 ──速く、硬く、重い。

 

 どこまでも単純に、なによりも純粋に、突き詰めた暴力の一つの答えが、目の前にある。

 

「最強? バカなことを言うな」

 

 しかし、そんな暴力の化身は、シャイロックとトリンキュロの言葉を、鼻で笑った。

 

「俺は最強じゃない」

 

 

 ◆

 

 

 グレアム・スターフォードという男の人生は、苦難には満ちていても、比較的恵まれたものだった。

 グレアムには、力があった。才があった。そして、それを認めてくれる人との出会いがあった。

 当時の第二騎士団団長に見出され、グレアムは剣の道に進んだ。

 平民の出でありながら、ひたむきに努力を重ね、王国に五人しか存在を許されない騎士の頂点……第三騎士団長の座にまで登り詰めた。

 魔法がなくても、自分は強いと思っていた。

 鍛え抜いた肉体と、磨き抜いた武があれば、倒せぬ者はない、と。

 

「残りは、あなただけね。グレアム・スターフォード」

 

 そうして、魔王に挑んだグレアムは、完膚なきまでに敗北した。

 みんな、死んでしまった。

 グレアム以外の騎士団長は、全員が倒されてしまった。

 第一騎士団のミラン・レザード・ジュリアスも。

 第二騎士団のライアット・フリーアンスも。

 第四騎士団のジャルア・マクダフも。

 第五騎士団のベイルバル・ヘクターも。

 自分以外の騎士団長は、全員がやられてしまった。

 すべてが、魔王には通じなかった。何一つとして、魔王には彼らの魔法が通用しなかった。

 ミランの『血者不言(コーム・ブルート)』もライアットの『快刀乱魔(ディアスパーダ)』もマクダフの『志装堅固(グランガイツ)』もヘクターの『海山倒魁(タイラン・ゼー)』も。

 なにもかもが、魔王の光の前には無駄だった。

 

「おもしろいわね。色無しなのに、あなたが一番良かったわ」

「はぁ、はぁはぁ……」

「残念。見所がある男を殺すのはとても惜しいのだけれど……」

「っ……!」

 

 人生ではじめて、剣を持つ手が震えた。

 足が竦んだ。声が出なくなった。

 これが恐怖という感情なのだと、グレアムは理解した。

 そして皮肉にも、魔王の前で、奇跡は起きた。

 

「……あら?」

 

 窮地に陥ったグレアムの身に『魔法』が宿ったのだ。

 淡々と騎士団長たちを処理していた魔王の目の色が、はじめて興味と好奇心に彩られて、明確に変わった。

 

「へえ! おもしろい! この土壇場で覚醒するなんて……しかも、その『色』なのね」

 

 奇跡は起きた。

 あるいはその魔法を以てすれば、魔王と戦うことも、立ち向かうことも、できたはずだった。

 しかし、グレアムの心は、その奇跡に応えられるだけの器を持っていなかった。

 

「えぇ……? うそ。()()()()()()?」

 

 グレアムは、逃げ出した。

 剣を捨て、死んだ仲間の遺体を捨てて、逃走した。

 はじめて覚醒した力を、己の心に宿った魔法を、魔王から逃げるためだけに用いた。

 

「残念だわ。でも、仕方ないわね」

 

 姿を消したグレアムを追おうともせず、魔王は呟いた。

 

「みんなが()みたいに勇気があるわけじゃないもの」

 

 魔王の落胆の声を、グレアムは背中で聞いた。

 その瞬間に、どうしようもなく悟ってしまった。

 自分には、勇気がない。

 自分は、世界を救う勇者にはなれない。

 

 

 ◆

 

 

 魔王との戦いから唯一生還したグレアムを、多くの人間は責めなかった。

 よく生きて戻った。帰ってくれただけで良い、と。そうグレアムの肩を叩いた。

 少数の人間は、グレアムを罵倒した。

 ヤツは裏切り者だ、と。なぜ一人だけ生きて戻ったのか、と。

 すぐに『臆病者のグレアム』という呼び名が、定着した。

 その通りだと、自分でも思った。

 この身に、騎士団長の重責を担う資格はない。やめてしまえばいい。何度も、そう思った。

 しかし皮肉にも、グレアムは以前より強くなっていた。

 色魔法に目覚めたことも、もちろん強さの理由ではあった。しかしそれ以上に、心の持ち様が変わった。

 グレアムは、戦いを恐れるようになった。

 また負けるのが、こわい。

 死ぬのがおそろしい。守れないことがこわい。

 死にたくない、という感情は鍛錬に挑む熱を格段に引き上げた。

 おそろしい、という感情は戦場において有効に働いた。

 故に、誰よりも臆病になったグレアム・スターフォードは、勝って、勝って、勝ち続けるようになった。

 ステラシルドを守る国境の防衛戦を、グレアムは支え続けた。モンスターの王であるドラゴンを、単独で討ち倒した。国内に巣食っていた魔王の腹心……四天王第四位、アリエス・フィアーすらも打倒した。

 魔王に負けたあと、グレアムは負けなくなった。

 けれど、輝くような名声も、増えていく勲章も、グレアムにとってはすべてが霞んで、皮肉に見えた。

 あの日抱いた、自分の中の恐怖を塗り潰すように。グレアムはひたすらに戦って、戦って、戦い続けて。

 ある日、魔王が勇者に倒されたことを聞かされた。

 ようやく終わった、と。そう思った。

 喜びと、安心があった。

 魔王の討伐後。グレアムは、すぐに彼と再会した。

 自分が倒せなかった魔王を討ち倒した勇者。グレアムの最も愛する教え子は、

 

「すいません。先生。おれ、もう先生の名前が、わからなくて……」

 

 魔王の呪いによって、大切なものを失っていた。

 勇気を持てなかった自分とは違う。

 それは、世界を救った勇者の支払った、重すぎる代償だった。

 

 

 ◆

 

 

 騎士とは、一般的に魔力を身体に流し、己の体を強化して戦う人間の総称である。

 体内の魔力を魔術という形で放出する魔術士や魔導師とは異なり、騎士は基本的に己の体に魔力を纏う。その結果、魔力によって基礎的な身体能力が引き上げられ、常人を超えた膂力を発揮する。

 イト・ユリシーズやジーク・ラヴェルのような新世代は、魔術と身体強化の両立を模索してきた。しかし、彼らのような新世代とは対照的に、グレアム・スターフォードの魔力運用は騎士の在り方に忠実で、基本の道から外れないものだった。

 グレアムは、鍛錬を繰り返した。元々恵まれていた魔力の量を、さらに増やした。訓練と実戦を幾重にも重ね抜いて、身体に流す魔力のロスを極限まで削ぎ取っていった。

 魔力が増えれば、身体機能は高まる。しかし、元々の肉体が強靭であれば、その恩恵はより明確なものになるはずだ、と。元々恵まれていた身体をいじめ抜いて、愚直なトレーニングを以て、グレアムは己の肉体を磨き上げた。

 特別なことは何もしていない。グレアムが積み重ねてきたことのすべては、人類が蓄積してきた訓練や鍛錬の、延長線上にあるものでしかない。

 ただ、誰よりも訓練を重ね、誰よりも実戦に赴き、誰よりも剣を振るった。

 誰よりも才覚に溢れた身でありながら、グレアム・スターフォードはたった一度の敗北を嚙み締めて、凡才のような努力をどこまでも愚直に繰り返した。

 理由はある。

 もう二度と、負けたくないからだ。

 すべては、魔王に膝をついた、あの日の敗北を塗り替えるため。

 この身に、あの日失った勇気をもう一度宿すために。

 

「俺の教え子は、世界を救った」

 

 恐れはない。

 怯えもない。

 今の彼には、それだけの力がある。

 

「俺は、世界を救えなかった。魔王には勝てなかった」

 

 後世の歴史家たちは、この時代を、ある種の特異点として語る。

 この時代、最強の賢者は、シャイロックである。

 この時代、最強の悪魔は、トリンキュロである。

 魔導の祖の血を引く希代の天才と、魔王が第一位の座を与えた最上級悪魔の最高傑作。

 ならば、それらを圧倒する、ただの人間がいるとすれば? 

 最強の賢者でも、最強の悪魔でもなく、その存在こそが、最も異常ではないか? 

 故に、後世の歴史家たちはグレアム・スターフォードを、簡潔にこう評価する。

 

「だが、魔王に勝てなかった俺でも……救われた世界で浅ましく蠢く、お前たちのような悪の芽を刈り取ることはできる」

 

 魔王以外には、決して敗北しなかった男。

 個人として完成し尽くした、騎士という武力の到達点。

 後に連なる歴史の中でも、決して塗り替えられることのない……最高最優の騎士を、敬意を込めて呼ぶ。

 

 ──不敗のスターフォード、と。




今回のおじさん

グレアム・スターフォード
ステラシルド王国第一騎士団団長。不敗のスターフォード。
主人公の師匠をしたあとめちゃくちゃ挫折してまた強くなったタイプのめずらしい先生。他の騎士団長と一緒に魔王様にズタボロにされてメンタルも折られたのでクソ鍛えなおした。だらしない先生ですまない……
なお、魔王様に負けた魔法なしの状態で当時の他の騎士団長たちに張り合えるくらいには強い。不思議な筋肉
異能バトルの香りがつよい本作において、フィジカルで最強を押し通していくスーパー脳筋ヒゲダルマゴリラ。魔法と魔術の世界で一人だけワンパンマンのサイタマをやっている。魔力を身体に流す技術については本文中で触れたが、そもそもの魔力量もシャイロックと同等レベルで多い。元々多かったしめちゃくちゃ鍛えた。才能のある筋肉が努力しまくるとこうなる。
力も才も魔法もあり、ともすれば魔王を倒せたかもしれないのに、勇気だけが足りなかった男。勇者のなり損ない。
魔王が消え、勇者が力を失った世界で、最強の騎士は己の過去を悔い続ける。

魔法『    』
グレアム・スターフォードの色魔法。既に戦闘で多用している。魔王様から逃げるのにも使った。
なお、この魔法の発現を目撃した魔王様は、かなり目の色を変えてウキウキした。
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