世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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勇者と吸血女帝/目覚めのキスは血の味

 たった一人の騎士の登場によって、すべてが狂ってしまった。

 折れた片腕を応急処置で固定しながら、シャイロックはグレアム・スターフォードを見る。

 

(こりゃあ、撤退した方が良さそうだな)

 

 人間として至ることができる、魔力強化による最高峰の身体能力。積み重ねた戦闘経験に基づいた、迅速な対応能力。トリンキュロが繰り出す数多の魔法は、グレアム・スターフォードという騎士のシンプルなスペックによって、的確に捌かれ続けている。

 なによりも厄介なのは、これだけ戦ってなお、()()()()()()()()()()()()()ことだ。

 勇者すら沈めたルルの初撃を避けた、超速の回避。

 宙を飛ぶトリンキュロの翼を裂いた、遠隔の斬撃。

 気がつけばその手に展開されていた、新たな武装。

 いっそ不可解なほど一方的に詰められる、間合い。

 純粋な身体能力の高さに圧倒されながら、こちらはグレアムの魔法を推測しなければならない。

 

(おそらく、もう魔法は使っているんだろう。が、魔法の名を口にしていないってことは、勇者やクロエのように、口述での発動条件があるタイプじゃない。オレらをこれだけ圧倒しているなら、自分から魔法の性能を晒すような攻撃をする可能性も低い、ときた)

 

 魔法の性能がわからないまま魔法戦を続けるほど、愚かなこともない。

 しかし、あのバケモノのような騎士から逃げる間が必要なことも、事実。

 トリンキュロ一人だけに前衛を任せるのには、限界がある。ルルもまだ意識を失ったままだ。

 シャイロックは、戦闘に巻き込まれない程度に距離を取って下がっているピスケスに向けて、大きく声を張り上げた。

 

「ピスケス! 『五号』を使うぞ!」

「いいです……いやダメですよシャイロックぅ!? 五号はまだ調整が万全では……」

「そういうのを現場でなんとかしていくのが醍醐味ってもんだろ……せっかく用意したんだ。こういうときに使わずに、いつ使うんだよ」

 

 ピスケスの反対の一切を無視して、シャイロックは掲げた手のひらを開いた。

 

「いくぜ……『黄奇怪怪(ショウ・クィン)』」

 

 自らの魔法の名を告げた、その瞬間。

 シャイロックの傍らに、新たな一人が現れる。それは灰色のローブを目深に被った、大柄な男だった。

 敵の人数が増えた。その事実に、トリンキュロを殴り飛ばしたグレアムの足が、少しだけ止まる。

 

「まだ仲間がいたのか。しかし、雑魚をいくら増やしても、結果は同じだぞ?」

「ああ。同意見だ。アンタ相手なら、いくら相手を増やしたところで同じだと思うぜ」

 

 グレアムの端的な指摘を、シャイロックは笑って肯定する。

 その通りだ。

 グレアム・スターフォードを前に、生半可な魔法使いを投入しても、結果は目に見えている。

 ならば、単純な話。()()()()()()()()()使()()を投入すればいい。

 

「……いけ、五号」

 

 五号と呼ばれたローブの男が、動く。

 グレアムに狙いを定めた、いたって単純な直進。駆け引きの余地すらない、馬鹿の一つ覚えのような突撃だった。

 短く嘆息したグレアムは、当然のように迎撃の破城槌を振るい、そして止まった。

 

「……なに?」

 

 そう。()()()()()のだ。

 地面を踏み締め、割り砕きながらも、ローブの男は破城槌を交差させた両の腕で防御し、受け止めていた。

 戦闘を開始してから、はじめて。グレアム・スターフォードの振るった攻撃が、明確に受け切られる。

 

「ほう。やるな」

 

 即座に槌を捨て、グレアムは瞬時に距離を詰めた。

 長物の武器の間合いから、さらに近い。相手を直接殴れる間合いへ。

 幾重にも、幾重にも。篭手に包まれた拳が、風を切る。トリンキュロという最上級悪魔が一撃で殴り飛ばされた打撃を、ローブの男は紙一重で避け、受け流し、さらには反撃の殴打すら交えて、打ち合っていく。

 轟音が響く。それは、拳と拳がぶつかる音だ。

 突風が吹き荒れる。それは、魔力により強化された打撃が衝突し、せめぎ合う結果だ。

 それまで淡々とトリンキュロを狩ろうとしていた最強の騎士の顔に、尊敬の色が浮かぶ。

 

「ますますやるな」

 

 打撃の衝撃によって、男の被っていたフードが捲れた。髪の色合いは銀。しかし、顔は見えない。男の顔は、鬼のような面で覆われていた。僅かに見える首筋の肌の色も、死人のようだ。

 

「これは……」

 

 血色の失せた肌。明らかに常人を超えた膂力。シャイロックの指示通りに動く、操り人形のような行動。表情を覆い隠す、鬼の面。

 

「……死霊魔術か!」

「当たらずも遠からずってところだな。じゃあ、今回は失礼するぜ」

 

 予想以上の成果だ。五号でグレアムの動きを牽制している間に、気絶したルルを折れていない方の腕で抱え、シャイロックは撤退の構えに入った。

 これで安全に離脱できる、と。

 そんなシャイロックの安堵を穿ったのは、一発の火閃だった。

 

「……おいおい。ちょっと待て。なんでもう動けんだよ」

「──そっちこそ、なんでもう終わったみたいな感じになってんのよ?」

 

 氷の柱が、溶け落ちる。溶けて水となったそれらを踏み締め、怒りで蒸発させながら、ベルフィール・バーナーダインはぎらついた瞳をシャイロックに向けた。

 

「ちょうどいい感じに家もぶっ壊れてるし、もう人もいない……これなら火力出してもいいわよねぇ!?」

 

 ベルフィールが立つ、足元。土と砂と岩。地面を構成する地層が加熱され、ぐつぐつと煮えたぎっていく。火色の魔法『火翼連理(トト・フランメ)』によって、大地が燃える。灼熱によって岩漿……マグマとなったそれらを押し固めて、ベルフィールは緋色の魔導陣に砲弾として装填していく。

 それは、ベルフィールが今まで控えていた高火力射撃。自身の魔法と、炎熱系魔術と、砂岩系魔術の、トリプルハイブリッド。

 

「おいちょっとまて魔女のお嬢ちゃん! それはさすがに……!」

「ピスケス! トリンキュロ! 離脱するぞ!」

 

 グレアムがぎょっと目を見開き、シャイロックが叫ぶ。

 火翼の魔女が誇る、遠距離炸裂爆撃砲術。

 その名を、

 

 

砲火の四番(イグニス・フォー)──フラムメテオ」

 

 

 シャイロックも、トリンキュロも、グレアムも、ローブの男も。

 すべてを平等に巻き込んで、燃える流星が、爆発と轟音を撒き散らした。

 

 

 

 ◇

 

 

 目が覚めた。

 

『やっと起きたわね。バカ勇者』

 

 やけに寝心地のいい、馬鹿でかいベッドの上だ。

 目覚めて早々、魔剣さんのキツイ声が聞こえた。起き上がって横を見ると、少し離れた机の横に、魔剣さんが立て掛けられていた。

 クソ行商人とやりあって、クソロリの第一位が生きていて。魔女さんに助けてもらって。そこまでは覚えている。そのあと、敵のパーティーの踊り子に……

 

「くそっ……おれは負けたのか」

『そういうことになるわね。弱小勇者。私を使っておいて負けるなんてほんとありえないから。最低。雑魚すぎ。ボケナスのアホ』

 

 寝起きの頭によく響く罵倒だ。

 

「魔女さんはどうなった?」

『起きていきなりゲロ女の心配? ほんとにどこまでも私の好感度判定を下げていく勇者ね。あの魔女なら無事よ。安心しなさい』

「ありがとう。でも、誰が助けてくれたんだ? 魔女さん一人であいつら追い払ったのか?」

『あなたが気を失ったあと、騎士団長が助けに駆けつけてくれたの。初見の魔法にまんまとやられた情けない勇者様とは違って、強くてかっこよかったわよ? 顔はヒゲだったけど』

「はいはいすいませんね……」

 

 顔がヒゲということは、先生か。たしかに先生の強さなら、あいつらと正面からやりあえても不思議じゃない。

 それにしても……

 

「あー、初見の魔法に良い様にやられるとか、ほんと情けねぇ……」

『ほんとにそうよ。まじで情けないから。反省して悔い改めて懺悔した方がいいわ。あと私に謝って。上手く使えなくてごめんなさいして』

「魔剣さんはあの踊り子の魔法、なんだと思う?」

『なに無視してんのよ。まじで斬るわよ』

 

 あの踊り子の動きは、あまりにも早かった。

 おれの『哀矜懲双(へメロザルド)』のように転移する魔法か、それとも……

 

「ん?」

 

 腕に何か、やわらかいものが触れた。馬鹿でかいベッドのせいで気がつかなかったが、隣に誰かかが寝ている。

 ふわふわの毛布を、ばっと剥ぐ。

 ピンク色のネグリジェを持ち上げる双丘。年齢不詳の整った顔立ちに、真っ白なシーツの上に流れる金の長髪。そしてなにより、完璧に形作られた肢体の中で、唯一欠損している右腕。

 シーザァルト連合王国の長。吸血女帝が、おれと同じベッドですやすやと眠っていた。

 

「……おぁ」

 

 喉から変な声が出た。

 とりあえず見なかったことにして、おれは毛布を戻した。

 

「あのさぁ、魔剣さん」

『悪いけど私は役に立てないわよ。これから必要になるのは私のような魔剣じゃなくて、あなたの股間の剣よ。さあ、抜きなさい。変態勇者』

「まじでうるせぇな」

 

 寝起きに可愛らしい声でど下ネタをぶち込んでこないでほしい。

 

「む……起きたか。勇者」

「……おひさしぶりです。女帝陛下」

 

 魔剣さんへのツッコミで、女帝様の目も覚めてしまってらしい。片腕だけで目元を擦りながら、ふわ……と欠伸を漏らす。大きく開けた口元からは、人間とは違う牙が見えた。

 おれは思わず、ベッドの上で居住まいを正した。ベッドの上で居住まいを正すってなに? どういう状況? 

 

「ひさしいのぅ」

「ああ、はい。本当にご無沙汰しています。あの……ところでこれは……」

「では、いただきます」

「ふぐっ!?」

 

 一切の遠慮も、躊躇もなく。

 吸血鬼の女帝様は、おれの唇を奪い、それが当然の権利であるかのように、舌をねじ込んできた。

 馬乗りにされる。軽い身体が、おれの上に乗る。

 口腔の中が、蹂躙される。生き物のように暴れる舌先が、おれの舌と触れ合って、ぴちゃぴちゃと品のない音を鳴らす。背けようとした顔を固定するかのように、左の細腕がおれの頭の後ろを鷲掴んで、がっしりと離さない。

 逃げるように浮いたおれの舌先を、二本の牙がゆったりと喰んで、噛んだ。

 

「ぃっ……!」

『けっ……お盛んなことで』

 

 魔剣さんの皮肉に、もはや応える余裕すらない。

 ぢゅっ、ぢゅっ、ぢゅっ、と。

 舌先から、おれの血が吸われていく。唇は触れたまま、牙で血を吸う間近の表情が、とろんとした恍惚の色に染まっていく。

 ちゅぱ、と。

 ようやく満足したかのように唇を離した吸血鬼の暴君は、口元から垂れる唾液の糸を拭って、うっとりと笑んだ。

 

「はぁ……おいし」

 

 

 

「はっはー! 起きているか! 我がかわいい教え子よ! 負けてへこんでないか!? まあ、とりあえずメシでも食って元気を出せ……ば」

 

 

 

 筋力と遠慮のなさを伴って開け放たれたドアの先に立っていたのは、よく見て確認するまでもなく、やはり先生だった。

 息を荒くして頬を紅潮させている女帝と、その女帝に馬乗りにされているおれ。

 明らかにヤバい状況を確認して、ステラシルド最強の騎士が、硬直する。

 そうして、しばらく事実を確認するように、おれたちを交互に見た先生ののヒゲ面は……まるで乙女のように、ぽっと赤くなった。

 

「……ごゆっくりどうぞ」

 

 扉が、先ほどとはまるで正反対に、ゆっくりと丁寧に閉められる。

 

「……どうするんですか。これ」

 

 おれの問いかけに、女帝様はにっこりと微笑んだ。

 

「もう一口、いいかの?」

「だめに決まってるだろ……!」




こんかいのきゅうけつき
女帝さん
ライラ・オフィリア・アーズヘイム。シーザァルト連合王国を統べる女帝。亜人の王とも呼ばれる傑物。昔、勇者くんを助けるために腕一本を犠牲にしているすごい女傑。でかい借りをつくってあるので、勇者くんが自分に逆らえないことを見抜いて押し倒している策士。
キスをしながら舌先を牙で噛み、血を吸うのが大好き。男も女もいけるクチ。かつては死霊術師さんを減らない無限血袋にして永遠に飼おうと画策したことがある。リリアミラは不死身だがめちゃくちゃトラウマを負った。
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