世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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英雄になった勇者/英雄になった悪魔

 国を捨てて亡命しろ、と。

 吸血鬼の女帝閣下は、おれに向かってそう言っていた。

 

「英雄は、戦場では苦悩しない。英雄が苦しみ、悩むのは……目的を果たして、戦いから帰ってきたあとだ」

 

 魔王の魔法が収められた器。まるで水を注ぐ豪奢な杯のようなそれを指先で撫でながら、閣下は語る。

 

「魔王を殺して、世界を救ったあと。其方が一年もの間隠居していたことを、妾は正しかったと思っておる。世界を救った勇者……という其方の存在の重さ。その価値と地位が落ち着くには、それくらいの時間が必要だったからだ」

 

 本当は魔王に遺された呪いの厄介さに塞ぎ込んでいただけなのだが、閣下はおれの隠居生活を端的に正しかった、と評してくれた。

 まあ、言いたいことはわからないでもない。

 

「おれの存在が、政治に……国同士の駆け引きに、利用されるからですか?」

「左様」

 

 やはり端的に、閣下は一言で肯定した。

 

「其方という勇者はな。其方が思っている以上に英雄なのよ。いや……魔王という存在の恐怖が、其方が思っている以上に大きかった、というべきかの? 世界を救った勇者である其方の発言や行動は、其方が思っている以上に重く、有用であると心得よ」

「過分なお言葉、痛み入ります」

「ふん。取り繕うような言葉はよせ。妾は自己評価が低い男は好かぬ。知っておろう?」

 

 そう言われてもなぁ、というのが正直な感想である。

 

「おれはべつに政治とかやるつもりはありませんよ。そんなに頭良くないんで」

「ほう! 自分の頭の出来がそこまでよろしくない自覚はあったのか! 良いぞ。自分のことを正しく認識できる男は好ましい」

 

 この女帝さま、好き勝手言いやがってよぉ……! 

 相手が賢者ちゃんや死霊術師さんなら言い返していたが、さすがに国家の代表相手にそれをやるのはまずいので、曖昧な笑みを浮かべて流しておく。

 

「いや、構わぬぞ。其方が馬鹿で阿呆でも、一向に構わぬ。妾が其方を上手く使えばそれで済むからの」

「横暴だ……!」

 

 つくづく暴君な女帝さまに、おれはとうとう苦言を呈した。

 そろそろ隣の先生に助け舟を出して欲しいところなのだが、先生は政治的な駆け引きはすべておれに任せるつもりなのか、まったく会話に入ってこない。隣で笑っているだけだ。まったくもって役たたない最強の騎士だ。女帝さまのおっぱいを見る以外にもやることがあるだろ。

 仕方ないので、おれが続けて口を開くしかなかった。

 

「恐れながら、閣下。閣下が今回の大会を開くに至ったのは、国家間のパワーバランスを取るためですか?」

「ほう。其方にしては察しがいいの。隠居しとる間に勉学にでも励んだか?」

「いちいちおれを馬鹿にしながら会話進めるのやめていただいていいですか」

「其方の見立てで、概ね正しい。征服を正義だと勘違いしている騎士王や、人民の幸福の定義をそもそも履き違えているキドンのクソジジイ。ああいった愚王どもを牽制し、御するためにはこういった祭りが必要だ。たとえ、形だけのものになったとしても、な」

 

 やはりおれの苦情を一切無視する暴君っぷりを発揮しながら、閣下は口元を歪めて笑う。

 

「さて、勇者よ。一つ、問わせてもらおう。思想が違う者。種族が違う者。反抗的な者。そういった者たちの尊敬を集め、支配するにはどうしたらよい?」

「え。強ければいいんじゃないんですかね?」

 

 わりとシンプルな質問だったので、おれは即答した。

 隣で、先生が笑いを堪えきれず吹き出した。

 対面で、閣下が人目も憚らず大笑した。

 

「わはは! 良い! 良いぞ! 其方のそういう素直な部分で単純な部分は非常に好ましい!」

「褒めていただいているんですかね。それは」

「もちろん! 馬鹿にしておる!」

 

 バカにしてるじゃねえか。

 おれがさらに抗議の言葉を紡ぐ前に、閣下は椅子から腰を上げた。

 

「先ほどの誘いに関しては、今すぐ答えを出さなくてもよい。考える時間をもつことを許す。それよりも、そろそろ時間だ。供をせよ、勇者」

「……どちらに?」

闘技場(コロシアム)だ!」

 

 片方だけある腕。その手の甲に()()()()()()()()()()()()を浮かべて、女帝閣下は今までとは違う、子どもっぽい笑みを浮かべた。

 ……やれやれ。

 噂には聞いていたし、さっきの臣下たちとの会話の中で()()()()()()()()()()()()()()()()ので、なんとなく察していたが、

 

 

「其方に、我が契約した最上級悪魔、アクアリウス・ツヴァイを! 今のシーザァルトの『最強』を見せてやる!」

 

 

 差別を許さない女帝閣下は、どうやら悪魔も平等に召し抱えているらしい。

 

 

 ◇

 

 

「第一回、グレアム・スターフォードをなんとかしようぜ会議〜!」

 

 どんどんぱふぱふ、と。

 どこから持ち込んだかもわからないおもちゃをがちゃがちゃと鳴らして、トリンキュロ・リムリリィは「いぇーい」と腕を振り上げた。

 

「はい。もうね。わかってると思うけど、問題はグレアム・スターフォードだ。とにかく、グレアム・スターフォード。ボクたちが魔王様の魔法を手に入れるためには、グレアム・スターフォードをなんとかしなきゃならない。というわけで、あの理不尽な最強極まる騎士団長さまを攻略するために……みんな、何か良いアイディアはあるかな?」

 

 魔王軍四天王第一位は、大真面目な顔でそう言う。

 撤退に成功したシャイロックたちは、顔を突き合わせて今後の方針を話し合っていた。そして、トリンキュロに今さら言われるまでもなく、シャイロックのパーティーが直面する問題は明確である。

 即ち、グレアム・スターフォードという最強の騎士を、どう攻略するか、だ。

 

「会場を襲って魔王様の魔法を奪う、という当初の目論見は崩れてしまいましたからねぇ……あの騎士団長が会場を守っているだけで、我々は迂闊に手を出せない。まったくこまったものですよ」

 

 どこまでも厭味ったらしく、ピスケスがため息を吐いてみせた。

 トリンキュロはせせら笑う。

 

「きみは何もしていなかったもんねぇ。ピスケス」

「ええ。おかげであなたのように無様を晒さずに済みましたよ。トリンキュロ」

「あ?」

「ふふ」

「おい、そこ。いきなり喧嘩すんな!」

 

 早速もめはじめた最上級悪魔二人組の間に、シャイロックは割って入った。

 

「ありえんし。ウチが速さで負けるとか……」

 

 会話の輪から少し離れ、両膝を抱えていたルルが、ぽつりと呟く。褐色の踊り子は、わかりやすく気を落としていた。

 ルルは意外と打たれ弱い部分があるのかもしれないな、と。シャイロックは思う。

 どうやら、先ほどの戦闘で最初にやられてしまったことをかなり気にしているらしい。フェイスベールで口元が見えなくても、唇を噛みしめていることはなんとなくわかった。隣に座るクロエがルルの頭を撫で続けているが、それだけでは効果が薄いらしい。

 パーティーメンバーのメンタルを整えるのも、リーダーの役割だ。ピスケスの長髪を引っ張るトリンキュロを抑えながら、シャイロックはルルに声をかけた。

 

「あんまり気にするなよ、ルル。べつにオマエはあの騎士団長に速さで負けたわけじゃない」

「……シャイロックさま。それ、どういう意味?」

 

 ピスケスの眼鏡を割ろうとするトリンキュロを抱えて引き剝がしながら、シャイロックは言葉を続ける。

 

「純粋な速度なら、オマエの『春速万変(マーチ・エアル)』のスピードに勝てるヤツはいない。これは完全にオレの予想だが、グレアム・スターフォードの場合は、速いように見せかけているだけだ。多分、な」

「その口ぶり……彼の魔法の正体に、おおよその予想がついたのかい? シャイロック」

「ああ。大まかにな」

 

 トリンキュロの興味が、ようやくピスケスをいじめることから、グレアムの攻略に戻る。

 この四天王第一位が存分にサンドバッグになってくれたおかげで、最強の騎士の戦闘スタイルと魔法のタネはうっすらと見えてきた。

 

「さすがはシャイロックぅ! ならば、次は策を労せずとも勝てるのではありませんか?」

「そう簡単にはいかねぇよ。いくら魔法の仕掛けがわかったところで、グレアム・スターフォードはそもそも基礎スペックが天井を叩いてるタイプだ。タネも仕掛けも割れたところで、ヤツは強い」

 

 魔法使いは、魔法の詳細が割れる前の初見殺しが強い。

 しかし、魔法以外に単純な強みを持っているのであれば、魔法が攻略されたあとでも強い。

 グレアム・スターフォードを攻略するためには、単純な分析以上の搦め手が必要になる。

 

「開会式で無理やり会場から優勝賞品を奪うのは、とりあえずなしだ。予定通り、オレとルルは明日からはじまる大会に参加して、機会を伺う」

「いいんですか? 会場に入った瞬間に捕縛されるかもしれませんよぉ?」

「ルルとオレの魔法なら、逃げに徹すれば問題ない。会場には協力者様もいることだしな」

「例の人物ですね。信用できるのですかぁ? あなたの判断だから従いますが、正直なところ、私はまだ半信半疑ですよ」

「しかし、おかげでクロエの蘇生人形が有用に使えているわけだろ?」

「それはそうですが……」

 

 シャイロックは、手札を整理する。

 トリンキュロ、ピスケス、クロエ、ルル、そして自分。魔法使いと最上級悪魔による混成パーティー。

 クロエの魔法『鬼哭啾愁(オウガアッハ)』とピスケスの『契魚ノ交(カラコリア)』を組み合わせ、協力者の手によって完成した『魔法使いの憑依人形』が五体。

 さらに、後ほど合流することになっている、ヴァルゴとリブラの二人の最上級。

 小国程度なら片手間に落とせそうな戦力だが、それでもなお、グレアム・スターフォードという最強の砦を攻略するには不安が残る。

 

「そういえば、今はライラ・オフィリア・アーズヘイムと契約している最上級悪魔……アクアリウス、だっけか? ソイツは仲間として抱き込めないのか?」

「あー、それはちょっと無理だし、意味がないと思うな〜」

「意味がない? どんなヤツなんだ?」

 

 先ほどまで子どものような喧嘩をしていたはずのピスケスとトリンキュロは、シャイロックの質問でようやく意見の一致を得たように、顔を見合わせた。

 

「まあ、なんだろ。一言で言えば……雑魚?」

「あと、バカのアホです」

 

 本当に、散々な意見の一致だった。

 シャイロックに抱きかかられたまま、トリンキュロはぶらぶらと足を揺らす。

 

「アクアリウスって、好戦的でやる気はあったからゼアートのジジイの下に配属されてたんだけど、あんまり強くなかったんだよね」

「下から数えたほうが早いというか、サジタリウスの次に弱かったイメージがありますねぇ。あの単細胞は、魔法もあまり戦闘向きではなかったですし」

「サジのヤツも弱くてアホではあったけど、なんだかんだで頭はよく回ったからな〜。率直に言うなら、ボクの中では最上級の十二柱の中で評価は一番低いよ。一番キライなのはそこのメガネだけど」

「その言葉、そのままそっくりお返ししますよぉ」

 

 面倒になってきたので、シャイロックは抱きかかえていたトリンキュロを手放した。ピスケスの甲高い悲鳴とトリンキュロの嗜虐的な笑い声が同時に響く。

 

「ふーむ……‥」

「どうしたの? お兄ちゃん」

「いや、少し妙な話だと思ってな」

 

 クロエに問われて、シャイロックは腕を組んだ。

 トリンキュロやピスケスの、アクアリウスという悪魔への評価を疑っているわけではない。トリンキュロには実力があり、ピスケスには頭脳がある。それらについて認めているからこそ、シャイロックは彼らを仲間に引き入れている。多少の私情や好悪の感情が混じっていたとしても、アクアリウスへの評価はおそらく間違っておらず、妥当なものなのだろう。

 しかし……

 

「シーザァルトの闘技場(コロシアム)といえば、騎士も戦士も魔法使いも犯罪者も、すべてが一緒くたにされて闘う、ルール無用の殺し合いの極致みたいな場所だ。そんな場所でチャンピオンやってるヤツが弱いなんてことがあるか?」

「……強くなったんじゃない?」

 

 丸く大きな瞳でシャイロックを見上げるクロエは、ぽつりとそう言った。

 

「……そのひとは、ピスケスたちが知ってる弱い頃よりも、めちゃくちゃがんばって……とっても強くなったんだと、思う」

「……ははっ。そうかもな」

 

 シャイロックは笑った。小さな女の子らしい、純粋で、けれどかわいらしい意見だ。

 シャイロックは、クロエの頭を軽く撫でた。

 

「努力する悪魔か。そりゃあ、ロマンがあっておもしろい」

 

 ピスケスの眼鏡がトリンキュロに叩き壊され、砕け割れる音が響いた。

 

 

 ◇

 

 

 シーザァルトの闘技場は、今夜も満員の観客たちと共に、熱狂を迎えていた。

 明日からの開催を控えた、最強の魔法使いを決める戦い。極彩天武会。その前夜祭として、今夜はコロシアムのチャンピオンである彼が戦う。

 石畳でつくられた、決闘場。その中央に、翼を広げた悪魔が舞い降りる。

 本来、彼は人類の敵。決して許されることのない、魔王の使徒。

 しかし、そんな世界の常識は、人々の熱狂と興奮で、簡単に覆る。

 

「待たせたなぁ! てめぇら!!」

 

 瞬間、観客たちの静寂は、爆発的な歓声へと変貌を遂げた。

 

「アクアリウスーっ!」

「アクア様ぁ!」

「アクア! アクア! アクア!」

 

 種族を問わないシーザァルトの国民たちからの声援。それらすべてを全身で浴びるように、最上級悪魔は両手を広げて、観客たちへと問いかける。

 

「目を開け! 耳を済ませろ! 諸手を挙げて、叫ぶ用意はできてんだろうなぁ!?」

 

 チャンピオンからの問いかけに、声援の熱が一段と増す。

 

「今夜も俺様が! このアクアリウス・ツヴァイが! 退屈に渇いたてめぇらの心を、熱い興奮で満たしてやるぜ!」

 

 遂に、この日がやってきた。

 アクアリウス・ツヴァイは、観客席の最上……女帝と国賓の観覧席に向けて、一礼を行った。粗暴な言動とは裏腹に、それは完璧に洗練された礼だった。

 

(俺様は、この日が来るのを待っていた)

 

 アクアリウスは、主であるライラを見る。

 魔王が死んだあの日から……アクアリウスの戦いは、すべて新たな主である吸血女帝のために捧げられてきた。

 しかし、もう一人だけ。

 アクアリウスという悪魔が執着して止まない人物がいる。

 

「この戦いは、我がシーザァルトの連合王国の愛すべき国民たち! 我が敬愛する主、ライラ・オフィリア・アーズヘイム! そして──」

 

 完璧に整った一礼から、一転。

 どこまでも傲岸不遜に、最上の観覧席の一点を……ライラの隣に座る勇者を指差して、アクアリウスは叫ぶ。

 

 

「──我が因縁の宿敵! 世界を救った勇者に捧げよう!」

 

 

 歓声が、限界を突破する。

 観客たちの熱狂と声援とは裏腹に、観覧席に座る勇者の表情に、動揺はない。むしろただ静かに、アクアリウスを見下ろしていた。

 まるで、現在のアクアリウスの実力を、その力を、見極めるかのように。

 

(かかっ……さすがだな。だが、てめぇはそれでいい。今は、そこで見ているがいいさ)

 

 観覧席に背を向けて、水瓶の悪魔は、決闘場の中央へと進んでいく。

 

(さぁ……最強の座に登り詰めた、俺様の戦いを! その目に焼きつけろ! 勇者!)

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは粋な演出だな。あの悪魔と、どんな因縁があったんだ?」

 

 グレアムの問いかけに、世界を救った勇者は表情を小揺るぎもさせず、真顔のまま静かに答えた。

 

「それが……」

「うん?」

「……覚えてないんですよね。あいつ誰だっけ……!」

「マジかよお前」




こんかいの登場人物

勇者くん
思い⋯…出せない!
権力を持っても政治とかはやりたくないタイプ。ゼアートとかいうクソジジイのインパクトが強すぎたせいで、一回戦っただけのアクアリウスのことをあまり覚えていない。

女帝閣下
ライラ・オフィリア・アーズヘイム。傲岸不遜スーパーカリスマ有能暴君。金髪でやや細めのしなやか色白ナイスバディ(片腕欠損)。
バカでアホな男が好きなので、勇者くんが欲しい。

グレアム・スターフォード
おっぱい。五条悟のように敵から対策を練られている煩悩筋肉

口遊むシャイロック
四賢。ロリコン

トリンキュロ・リムリリィ
元魔王軍四天王第一位。メガネを割った

ルル・ファルク・ルセッタ
褐色踊り子の舞踏家。負けを引きずる意外と打たれ弱いタイプらしい。かわいい

クロエ・ラシャス
ロリの死霊術師。かわいい。ルルはメロメロ。シャイロックもメロメロ

割れたメガネ
ピスケス・ドライ

アクアリウス・ツヴァイ
かつての魔王の最も尊き使徒。十二柱の一柱にして、第二の水瓶。現在はシーザァルトのコロシアムチャンピオン。
マイクパフォーマンスが上手い単細胞おバカヤンキー。一回戦ってボコボコにされただけの勇者を勝手に『因縁の宿敵』認定しているアツい漢。
過去編で勇者に一蹴されているように、戦闘能力はお世辞にも高くないようだが……?



お知らせです
漫画版最終巻が発売されました!

https://www.tobooks.jp/contents/21182

電子限定での発売となってしまいましたが、今回も特典小説を書き下ろしているので、お手に取っていただければ幸いです。勇者と魔王様がディナーを一緒に食べるお話。本編に先行して、魔王様の魔法効果とかが出てます。よろしくお願いします
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