世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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シリアスが限界でした


混浴と魔法/水面下の攻防

 アクアリウスの試合を見届けたあと。

 おれはシーザァルト城内にある温泉にやってきた。

 

「ふぅ」

 

 露天風呂は最高だ。

 身体を洗い、湯船に浸かる。体の芯までじんわりと染み込んでいくようなやさしい温かさに、思わず息が漏れる。

 閣下曰く「夜のパーティーまではまだ時間がある。急な戦闘に巻き込まれて其方も疲労が溜まっておるだろう。我が国自慢の名湯に存分に癒されるが良い」との寛大なお言葉。とくに断る理由もなかったので、お言葉に甘えさせてもらった次第である。

 シーザァルトは沿岸部に位置する貿易国家であると同時に、観光大国だ。豊かな源泉とそれを活かした湯治は、国のウリの一つになっている。

 先生も誘ったのだが「さすがに陛下を放っておいて俺だけ温泉を満喫しにいくとケツをしばかれる」とのことらしく、護衛に戻ってしまった。

 客人の身の上とはいえ、こんな良い湯を独り占めしてしまっていいものかと。そんな不思議な罪悪感に苛まれる。

 

「かかっ。天下の勇者サマも風呂の中じゃあそんな緩みきった顔になるんだなぁ、おい」

 

 ちがった。

 全然貸切りじゃなかった。よくよく目を凝らしてみると、湯気の向こうには、絞ったタオルを頭の上に乗せている最上級悪魔がいた。

 それはどこからどう見ても、つい先ほどまで闘技場で死闘を演じていたアクアリウス・ツヴァイだった。

 

「なんでお前がここにいるんだ」

「そりゃあこっちのセリフだな、勇者。お前がどうしてここにいやがる? この城内の特別温泉はチャンピオンである俺様の貸切りだぜ?」

「え。そうなの? いや、なんか閣下がここの温泉入っていいよって言うから……」

「なにぃ!? 閣下が!? じゃあいいぜ。ゆるす」

「いいんだ……」

 

 いいらしい。お言葉に甘えて、おれはアクアリウスの隣に移動した。

 コロシアムでの言動に違わず、どうやらこの悪魔は閣下への忠誠心は本当に厚いらしい。

 

「不思議なもんだなぁ。戦場で命を削り合った宿命の相手である俺様たちが、今はこうして同じ湯船に浸かっている。運命ってのは、わかんねぇもんだ」

「ああ。そうだな」

 

 おれはゆったりと頷いた。

 戦場で命を削り合った宿命の相手、の部分に全然思い当たる節がなかったが、とりあえず頷いておくことにした。こういうときは空気を読むのも大切である。

 それに、明確な敵対関係にない最上級悪魔と出会うのは、ひさしぶりだ。なんとなく目の敵にされているというか、目をつけられている節はあるが、少なくともアクアリウスは急に襲いかかってくるような最上級悪魔ではない。そういう意味では、サジタリウスのときと似たものを感じる。

 

「悪魔と裸の付き合いをするっていうのも、悪くないって。おれもそう思うよ」

「ほぉ。世界を救った勇者サマも、随分と丸くなったもんだ」

「なんだそれ。皮肉か?」

「褒めちゃいねぇが、べつにけなしてるわけでもねぇよ。これは俺様の持論だがな。張り詰めて肩肘張ってるヤツよりも、肩の力抜いて余裕持ってるヤツの方がつえぇだろ?」

「つまり?」

「昔の、キレたナイフみてぇなツラしてた頃とは、ちがう強さを持っているてめぇに……俺様は興味がある」

「いや、真っ当に弱くなってると思うけどな。おれ」

 

 やたらと過大評価してくれているようだが、おれが昔よりも弱くなっているのは紛れもない事実だ。というか、ついさっきあのクソ行商人とロリ悪魔のパーティーに負けてきたばかりなので、まあまあ現在進行形でおれの自信はバキバキである。バキバキに折れてる。

 

「てめぇがどう思ってるかは関係ねぇよ。俺様がどう感じているかだ」

「横暴な悪魔様だな。お前、もうこの国で最強なんだろ? べつに、今のおれに勝ったところで、何かが変わるわけじゃないだろ」

「変わるさ。俺様の中で、変わるものはある」

 

 立ち上がったアクアリウスは、湯に浸かったままのおれをじっと見下ろした。そのまま手を壁に突いて、冷めた鋭い目が細くなる。

 

「てめぇは『    』の旦那のことを覚えているか? あぁ、聞き方が悪かったな。四天王第三位だ」

「……あんな強いクソジジイのことを、忘れろって方が無理だろ」

「かかっ! そりゃあそうだ」

 

 粗野ではあっても、比較的フラットな口調で、アクアリウスはおれに告げる。

 

「俺様は旦那との決着から逃げた、てめぇが許せねぇ。旦那の形見の魔剣を我が物顔で振るっている、てめぇも許せねぇ」

「……」

「今回の大会で優勝したら、閣下は俺様の願いを一つ、聞き届けてくれると言った。俺様は世界を救った勇者に決闘を申し込むつもりだ」

「……さっきも言ったけど、今のおれにその価値はないよ」

「関係ねぇな。人間の魂の価値を値踏みできんのは、悪魔である俺様の特権だ。てめぇにどうこう言われる筋合いはねぇよ。俺様が戦いてぇのは、勇者だ」

 

 冷めた瞳の中に、たしかに宿る熱。

 温泉ではなく、べつの意味でのぼせてしまいそうだ。

 

「…………おれがなにを言っても言い訳に聞こえると思うし、事実としてこれは言い訳みたいなもんだけど」

 

 まどろっこしい言葉をあえて選び取って、言う。

 

「たった一人だけ。おれが勝てなかった魔法使いが、あのクソジジイだ。あの世に勝ち逃げされてくやしいって気持ちを、忘れたことはない」

 

 アクアリウスの反応は、不思議なものだった。

 何かに驚いたように目を丸くしたあと、次に言葉を紡ごうとして口をパクパクとさせて、しかし何の言葉も紡ぐことができず、そうして遂に堪えきれなくなったように、大きく吹き出した。

 

「はっはぁ! なんだよ、おい! 最高だな!」

「なんだ? おれ、そんなにおもしろいこと言ったか?」

「ああ! 俺様にとっては百点以上の答えだったぜ! てめぇもちゃんと旦那のことを引きずってるって、よくわかったからよぉ!」

「恋を引きずってるみたいな言い回しはやめてくれ。背中が痒くなる」

「いやぁ、いい! 良いじゃねぇか! やっぱ裸の付き合いってぇのはいいなぁ! 言葉に噓がねぇ! 同じ風呂に入ってよかったぜ!」

「声でか……」

 

 

「ほんとよアンタたち。温泉は公共の場なんだから、男同士でバカ騒ぎするのはやめてちょうだい。お酒がまずくなっちゃうでしょ」

 

 

「あ?」

「ん?」

 

 唐突に聞こえてきた三人目の声に、おれとアクアリウスは顔を見合わせた。

 幻聴ではない。明確に、湯気の向こうに三人目がいた。

 黒髪の、美人さん。

 それはどこからどう見ても、今日おれがゲロを吐きかけられ、その場の流れで共闘した魔女さんだった。

 

「……魔女さん。なんでいるの?」

「なんでってそりゃあ、温泉があったら入りに来るでしょ」

 

 長い黒髪をタオルでまとめた魔女さんは、お盆の上にお酒をのせて、もう一杯キメていた。この酒カス、飲みはじめるのがあまりにもはやすぎる。酒カスのくせに杯を傾けている姿が無駄に優雅で艶めかしいのも腹が立つ。

 

「いや、あの……おれたち、いるんだけど」

「この温泉、混浴よ。知らなかったの?」

「そうなの!?」

「そうだったのかぁ……!」

「お前は驚くなよ」

「いやぁ……普段はほぼ俺様しか入らねぇからなぁ……!」

 

 一瞬納得しかけたが、隣のアクアリウスが一緒に驚いているので、魔女さんが口からでまかせを吐いてる説も否定できない。既にちょっと酔ってそうだし。

 アクアリウスの肩を軽く小突きながら、小声で聞く。

 

「おい。どうするアクアリウス? おれたちはもう出るか?」

「けっ。ガタガタ騒ぐんじゃあねえよ。女が一人入ってきた程度で、天下の勇者サマがうろたえてんじゃねえぜ。みっともねえ。堂々としてりゃあいいんだよ」

「でも、アクアリウス。お前堂々と鼻血出てるけど大丈夫か?」

「大丈夫だ。問題ねぇ」

「大丈夫そうじゃないから大丈夫かって聞いてんだよ」

 

 魔女さんの方をちらちらと見ながら、天下のコロシアムチャンピオン様はぽたぽたと鼻血を流していた。あまりにもわかりやすい反応だが、魔女さんは見た目だけはかなり美人なうえにナイスバディなので仕方ないといえば仕方ない。

 心配するおれを、アクアリウスは鼻血を拭いながら手で制する。

 

「問題ねぇって言ってるだろ。俺様の『解衣水食(アクアマーレ)』は『補充』の魔法だ。当然、流した血も補充できる。最強である俺様に貧血はありえねぇ」

 

 すごい。大丈夫な理由にちゃんと説得力がある。

 すごいけど、今まで生きてきた中で、最も無駄な魔法の説明な気がする。

 

「ていうか、魔女さんはいいの? 混浴でも」

「べつにアタシは気にしないわよ。そっちのチャンピオン様と同じで、アタシも魔法あるし」

 

 魔女さんはそう言うと、湯船の中からおもむろに立ち上がった。

 当然のように、前は隠されていない。タオルもない。このままでは大事なところが見えてしまう……と思いきや、

 

「も、燃えてる……!」

「そうよ。アタシ、炎だから」

 

 魔女さんの大きめな胸のてっぺんあたり……決して見えてはいけない大事な部分が、小さく揺らめいて、燃えていた。

 

「アタシの『火翼連理(トト・フランメ)』は自分自身と触れたものを『火炎』にするわ。だから、身体の一部を燃やすこともできる。これなら、水着着てるのと同じでしょ? 混浴なんて、要するに見えちゃいけないところが見えなきゃいいんだから」

 

 なるほど、と。

 納得しかけたけど、そうか? 本当にそうか? 

 わりと酔っ払いの戯言じゃないか? 

 

「かかっ……なるほどなぁ。火翼の魔女の噂は耳にしちゃあいたが……その繊細な魔法のコントロール。予想以上にやるじゃねぇか。気に入ったぜ」

「アクアリウス。鼻血増えてるけど大丈夫か?」

「心配すんな。俺様はまだやれる」

 

 男だな。アクアリウス。悪魔だけど。

 まあ、魔女さんもおれたちがいることをそんなに気にしてないみたいだし、魔法で大事なところも隠れるみたいだし、そういうことならもう少しゆったり湯船に浸かっていても大丈夫だろう……

 

 

 

「……失礼をするっ! おおっ! これは素晴らしい! 噂に聞いた以上の名湯の雰囲気! これなら疲れも取れるというもの!」

 

 

 

 ……というおれの期待は、やってきたもう一人によって粉々に打ち砕かれた。

 

「ややっ! これは我が婿殿! こんな場所でお会いするのも、運命の巡り合わせか!」

「……どうも、騎士ちゃんのお姉さん」

 

 おれよりも高い、180を超える長身。以前会ったときはサイドテールにまとめられていた銀髪は、今は後ろで軽く結わえられている。そして、風呂中に響くようなよく通る声と割れた腹筋。死霊術師さんよりもでかい胸。そして、なぜかおれを「婿殿」と呼んでくるヤバい距離感。

 どこからどう見ても、騎士ちゃんのお姉さんだった。

 

「せっかくだ! ぜひ婿殿のお背中を流させていただきたいっ!」

「大丈夫です。遠慮します」

「そう照れずともいいではないか!」

「照れてません。普通に遠慮しています」

「おい勇者ぁ……婿殿ってのはどういうことだ? てめぇの嫁さんか?」

「ちがいます。勝手に婿殿って呼ばれてるだけです」

「お、おぉ……? イカれた女じゃねえかぁ……!」

「そうなんだよ」

「あ、姫様だー! 姫様も一緒に一杯どうですか?」

「うむ! それも悪くないなっ!」

「あれ? 魔女さん、知り合いなの?」

「知り合いも何も、雇い主みたいなもんよ。アタシ、この姫様の国の宮廷魔導師だから」

「そうなんだ……!」

「しばし待たれよ、婿殿! すぐにお隣にお邪魔させていただきたいが、まずは身体を湯で清めるのが公共の礼儀!」

「アクアリウス。おれ、先にあがるわ」

「待たれよ!」

 

 言いながら、騎士ちゃんのお姉さんは申し訳程度に引っ掛けていたバスタオルを脱ぎ去った。

 同時に、謎の光がおれたちの目を焼く。騎士ちゃんのお姉さんの見えてはいけない大事な部分は、なぜか光の反射でピカピカに輝いていた。

 

「うおっ……! まぶしっ!?」

「誠意ある婿殿のことだ! 私との正式な婚姻関係に至る前に、私の裸を目にしてしまうことを気にしておられるのだろう!?」

「いやあなた前も裸みたいな格好だったじゃないですか」

「しかし心配はご無用! 我が魔法『鏡存共栄(キラ・スペッキオ)』は私自身に触れたものを『反射』する! 体の一部で光を反射させれば、このように見えてはいけない部分を隠すことが可能なのだっ!」

 

 すげえ。

 なんて便利で不思議な光なんだ。

 ほんとに魔法の無駄遣いすぎる。

 滴る血の赤を滲ませながら、アクアリウスが呻く。

 

「かかっ……なるほどなぁ。絶対防御、生涯不敗の勇猛名高い姫将軍サマが痴女みたいな真似をしやがると思ったが……なかなかどうして、技巧的な魔法の扱いじゃねえか。昂ぶってきたぜ」

「なあ、アクアリウス。もう出ようぜ。あがって一緒に牛乳でも飲もう」

「うるせぇぞ、勇者。俺様は元気だ」

「下半身が?」

「やかましい」

 

 バカだな。アクアリウス。悪魔だけど。

 まあ、スケベ寄りのバカは嫌いじゃないし、騎士ちゃんのお姉さんも以前のように急に襲いかかってくるような雰囲気じゃないし、魔女さんとも知り合いみたいだしいいか……と。

 

 

「あら〜! 勇者さま、美女のみなさまを侍らせて、すっかりごきげんな絵面になっているではありませんか〜!」

 

 

 そう考えていたところに、あまりにも聞き覚えしかない高い声が聞こえてきたので、おれは片手をあげた。

 

「あ、死霊術師さん」

「わたくしですわ〜」

 

 とくに目を凝らして確認するまでもなく、死霊術師さんだった。なんだか会うのがひさしぶりな気もするし、そこまでひさしぶりではない気もする。

 

「お湯はいかがですか?」

「すげぇいいよ。超気持ちいい」

「あら、いいですわねぇ。では、わたくしも失礼して、と」

 

 タオルをそのあたりに放り出して、生まれたままの姿で湯船に飛び込んだ死霊術師さんは、するりとおれの隣にやってきた。のんびりと腕と足を伸ばした死霊術師さんは、艶っぽい吐息を隣で漏らした。

 

「あ〜、極楽ですわねぇ」

「良い湯だよねぇ」

 

 ふと横を見ると、魔女さんと騎士ちゃんのお姉さんが、揃って真顔でかたまっていた。心なしか、先ほどよりも顔色が赤い。

 魔法を巧みに操って、大事なところを隠している二人に向けて、死霊術師さんがにこやかに問う。

 

「あらあらあら。お二人とも、如何いたしましたか?」

「いや、その……アンタ、何かで隠したりとかは」

「いたしません」

「貴様っ……恥じらいはないのか!?」

「ございません」

 

 そこまでやりとりが進んで、おれはようやく……普通の、極めて一般的な倫理観で考えたとき、現在の死霊術師さんの格好がおかしいことに気がついた。

 ああ、そうか。

 

 

 ──裸か

 

 

 死霊術師さんの裸、見慣れすぎていてもはやなんとも感じないんだよなぁ……とはさすがに言い難いので、おれは隣の悪魔の肩をゆすった。

 

「アクアリウス。やっぱりおれたちはそろそろあがろうか」

「……」

「アクアリウス?」

 

 返事はなかった。

 血を流しすぎたアクアリウス・ツヴァイは、湯船のなかに鮮やかな赤を描いて、ゆったりと浮かんでいた。




今回の入浴者たち

勇者くん
身体は指先から洗う派。死霊術師さんのせいで女性の裸体に対する恥じらいがちょっと麻痺している。紫に染められている。

アクアリウス・ツヴァイ
むっつりすけべ。身体は顔、口元から洗う派。混浴においては興奮による鼻血の出血を魔法の『補充』でフォローする高い実力を誇る。最弱。

魔女さん
ベルフィール・バーナーダイン。酒カス。身体は脚から洗う派。混浴においては大事なところを魔法で燃やしてカバーする高い実力を誇る。

お姉さん
レイア・ミラージュ・アイアラス。姫将軍。騎士ちゃんのお姉さん。身体は背中から洗う派。混浴においては大事なところを光の反射でぴかぴかさせてカバーする高い実力を誇る。

死霊術師さん
リリアミラ・ギルデンスターン。身体は胸元から洗う派。混浴においては魔法が特に役立たずなので自然体で入浴する。最強。
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