難産回でした
好きな人のために、何かをしてあげたい。
それは、人という生き物が好む異性に対して抱く、あたりまえの感情だ。
自分以外の誰かに何かを与える、ということは。
ある意味、誰かを自分の色に染めてしまうということで。
だから、かつて魔王だった少女は考える。
自分の中には、人を変えるだけの心の色があるのか?
そもそも自分は、何色になりたいのか?
「虹を見上げて、その根本を目指して進む。冒険なんて、そんなもんだ」
少女を助けてくれた彼は、そう言った。
生まれてはじめて、宿屋に泊まった。ダンジョンに潜った。カジノでゲームをした。空飛ぶ船に乗って、ドラゴンと追いかけっこをした。エルフの村に行った。
たくさんのはじめてを、少女は彼からもらった。
そして同時に、様々な人の、色々な愛の形をみてきた。
──わたしが絶対、キミを幸せにしてあげる
蒼の剣士の告白は、いっそ清々しいほどで。
──ルナローゼ。オレは、お前を
とある悪魔の告白には、言葉にしきれないほどの想いが込められていて。
──私の愛が、最も多い。彼を想う気持ちで、負けるつもりはありません
仲間から友達になった賢者の恋心は、いつの間にか美しく色づいていて。
愛という感情は決して一方通行ではなく、互いにあたえあうものなのだ、と。
そう理解するのと同時に、いつか自然に考えてしまうようになっていた。
じゃあ、わたしは?
わたしは、彼になにをあげることができただろう?
少女は、考える。
なにもあげられていない。
なにも助けられていない。
あたえられてばかりで、あたえることができていない。
赤髪の少女は考える。
自分は、彼からたくさんのはじめてをもらった。
だから今度は、自分がそれを返す番だ。
──は、考える。
そのために……自分が使える最大の武器は──
◆
「ご質問をよろしいでしょうか。閣下」
かつての魔王の魔法『
吸血女帝、ライラ・オフィリア・アーズヘイムが宣言したその名に、会場内の誰もが気圧される中。
口火を切ってその静寂を破ったのは、他でもない冒険者最強の男……ミック・メル・エギュチークだった。手元をハンカチで拭いながら、周囲の注目をものともせず悠然と歩を進める彼の姿に、ライラは僅かに目を細めた。
「許そう。なんなりと申せ。エギュチーク」
「では、恐れながら。その杯に収められている魔法に、本当に優勝賞品としての価値があるのか否か。その証明をいただかない限りは、納得できぬ参加者もいるのではないか、と」
「妾の言葉を信じられぬ、と。其方はそう言うのだな?」
「重ねて、恐れ入ります。面倒な性分であることは自覚しているのですが、己の目で見たものしか信じられないタチでして」
慇懃無礼ながらも、筋の通った主張だった。
ミックの発言を受けて、パチパチ、と。ライラの背後から、一人分の拍手の音が、乾いて響く。
「さすがは、ミック・メル・エギュチーク。ライラ閣下を前にして物怖じせぬその言葉。実に素晴らしい。高く買いたい度胸ですね」
「……閣下。そちらの方は?」
「ふむ。其方も、フェルド・フォン・アンジェロンの名前くらいは聞いたことがあろう?」
「なるほど。アンジェロン商会の……」
納得を滲ませて、ミックは呟いた。
フェルド・フォン・アンジェロン。騎士国家アイアラスに本社を構える『アンジェロン商会』の長にして、北部ギルド連合を牛耳る
ライラの背後に控えていたフェルドは、ミックを値踏みするように視線をやった。
「貴殿のご指摘はもっともですが、ご心配には及びません。今大会のスポンサーには、我々アンジェロン商会も名を連ねさせていただいております」
「つまり?」
「この賞品を商品にできるということですよ」
銀髪のオールバックを撫でつけながら、フェルドはライラが手に持つ杯を指し示す。
「みなさん! 私はアンジェロン商会の、フェルド・フォン・アンジェロンです! ご存知でない方もいらっしゃると思うので、ご説明させていただきましょう! 我が色魔法の名は『
仕立ての良いスーツの上着。
それが脱ぎ捨てられると同時に、鮮やかな手品のように、コインの山に変化する。
「物品を金銭に変える! 我が魔法と価値を見極める審美眼は絶対でございます」
どよめく声に一礼をし、またフェルドがコインの山に触れた次の瞬間には、コインは元の上着に戻っていた。
群衆を見回して、商売人はさらに声のボリュームを引き上げる。
「此度の優勝賞品! その価値は、我が心に宿る魔法とアンジェロン商会の信用にかけて、保証させていただきましょう! 優勝者様が魔王の魔法にご興味がない場合は、我々が責任を持って優勝賞品を買い取らせていただきます!」
「へえ! いくらで買い取ってくれるってんだ!?」
すかさず飛んできた野次に向けて、フェルドは指を三本立ててみせた。
簡潔な提示に、魔法使いたちがざわつく。
「三百万かぁ」
「イイ値段じゃねぇか」
「そうかぁ? 天下のアンジェロン商会サマならもうちょっと出してくれたって……」
「いえ、三億です」
文字通りの、桁違い。
提示されたあまりの巨額に啞然とする魔法使いたちを見下ろして。
金融王、フェルド・フォン・アンジェロンは、大きく両手を広げて、叫ぶ。
「当然でしょう! ライラ・オフィリア・アーズヘイム閣下が国をあげてご用意してくださった、最強の魔法使いを決める。最高の舞台! それこそが極彩天武会! 優勝者にあたえられるのが最強の栄誉だけでは……あまりにも、色気というものがないっ!」
誰かが言った。
人の心は、金では買えない。
心とは、目に見えないもの。目に見えず、価値を定められない以上、金では買えないもの。
しかし、触れたすべてを金に変えてしまう商売人は、心すらも値踏みし、その価値を貨幣という尺度で決定づける。
「さあ! 魔法使いのみなさん! 最強を目指して戦い抜いてください! 我がアンジェロン商会が、最強の魔法使いの栄誉を! ささやかながら、全力で! 彩らせていただきましょう!」
曲者揃いの魔法使いたちの闘争心が、煽られる。大歓声が爆発する。
品のない、けれどたしかな熱の宿った歓声。満足したように下がるフェルドを横目で見て、ライラは口元を歪めた。
「相変わらず、口がうまいの」
「これでも、商売人ですので。またご入り用でしたら、ぜひお買い上げください」
自分自身の弁舌すらも売り込んでくるのは、したたかというべきか。がめついというべきか。
しかし、前夜祭をこうして盛り上げてくれた手腕は、見事という他ない。
そのまま自分も壇上を降りようとして、しかしライラは足を止めた。遠目で見ても一際目立つ赤い髪色の少女が、何かを問いたいことがあるように、こちらを見据えて、すっと手を伸ばしていたからだ。
しかも、その少女は勇者のすぐ側に立っていた。シャナやランジェットといったパーティーメンバーと変わらない距離感の、自分が知らない勇者の関係者。
興味が湧いた。ライラは、少女を指で指し示した。
「そこの……赤い髪の少女。エギュチークと同じように、其方も妾に問いたいことがあるのなら、聞こう」
「ありがとうございます」
場内の興奮と喧騒がまだ収まっていないことを考慮したのか。
赤髪の少女の隣に立つ賢者がすっと彼女の口元に杖を寄せて、拡声の魔術で声を大きくする。
「わたしが閣下にお尋ねしたいことは、一点のみです。魔王の魔法が収められているその杯に、三億という大金の価値があることは、よくわかりました。ですが、その杯を手にしたとき……魔王の魔法を手に入れたとき、その魔法が誰にでも扱えるものであるという保証は、まだありません。閣下はそのことについて、どのようにお考えですか?」
会場内のざわめきが、また大きくなる。
優勝賞品に、三億の価値があるのはわかった。その価値を、大陸最大の商会が保証してくれるのも、理解した。しかし、自分が欲しいのは金ではなく、魔法の方である。だから結局、中身の魔法が使えるという保証はないじゃないか、と。
赤髪の少女は、豪胆にもそう主張していた。
仮にも一国の主に対して。しかも、吸血女帝と呼ばれる絶対的な王に向けた、あまりにも強気な問いかけ。
「おもしろい! 気に入ったぞ、少女よ! 良い問いである! 」
それを誰よりも先に褒め称えたのは、他ならぬライラ本人だった。
「はっきり言おう。完璧な保証はない。ものに価値をつけるアンジェロンの魔法と審美眼を信じて、妾はこの杯に対して三億という価値を提示させた。なぜならば、金額で示す価値が客観的に最もわかりやすく、信頼できるものだからだ」
「はい。そのお考えは、正しいものであるとわたしも感じています」
そこまで言葉を紡いだときには、すでに会場内の喧騒は静まっていた。
魔法使いたちは、ライラと赤髪の少女の会話に聞き入っている。
「保証はない。しかし、懸けることはできる」
「……どういう意味でしょうか?」
「優勝者がこの杯を用いて望む奇跡を手にできなかった場合……妾はこの国の玉座から身を引く。そう約束しよう」
今までとは、まったく種類の違うどよめきが起きる。
一国の王が、自らの玉座を代価とする。それは、命を懸けるというに等しい宣言だった。
赤髪の少女に向けて、ライラはゆったりと笑いかける。
「少女よ。其方はなぜ、魔王の魔法を欲する? どのような、叶えたい奇跡がある?」
「……絶対に解けないと言われている呪いを、解きたいと。そう思っています」
いつの間にか。
問う側と答える側の立場が逆転していた。
「己の望みを叶えるためではなく、誰かを助けるために奇跡を望む、か。献身的よな」
「いえ。これは純粋に、わたしの望みです」
「良い返答だ。うむ。ますます良い」
赤髪の少女に向けて。そして会場内の、すべての魔法使いに向けて。
今一度、再確認させるように、ライラは魔王の魔法が収められた杯を、高く掲げる。
魔王の魔法は、奇跡を起こす。
彼女の死後から一年以上の月日が流れて『
本当に魔王の魔法は、奇跡を起こしたのか。
今となっては、それを確かめる術は、もうどこにもない。
「全力で獲りにくるがいい。奇跡は、ここにある」
確かめたいのなら、勝ち取ってみせろ。
この杯の中にはあるのだ、と。
吸血女帝は、どこまでも声高に、そう宣言する。
舞台を降りる前に、ライラは最後の問いを少女に向かって投げた。
「せっかくだ。赤髪の少女よ。其方の名を聞いておこう」
せっかくだから、この度胸のある少女の名を覚えておこう。
ライラにとっては、その程度の考えから口を突いて出た言葉。ただの戯れでしかなかった。
「リアです」
「…………あ?」
しかし、少女が口にしたそのたった一言が、ライラの思考を一瞬で停止させた。
この日。会場内のすべての人間を手玉に取り続けてきた女帝は、はじめて純粋な驚きから言葉を失った。
ライラが手に持つ黄金の杯を見上げて。
赤髪の少女は、誰もが口に出すことを躊躇する……その魔法の主の名を、はっきりと。
「──わたしは、エトランゼ・リアです」
己の名として、宣言した。
◇
「あーあ。まじで名乗っちまいやがったよ」
シーザァルトの中心から、やや離れた郊外の隠れ家。
遠見の水晶で会場内の様子を監視していたシャイロックは、ため息を吐いて天井を仰いだ。
エトランゼ・リアという名は、忌み名だ。世のほとんどの人間が彼女の名を口にすることを避け、単純に『魔王』と。恐怖の象徴としての記号の名で呼ぶ。
──あなたがわたしのことをどう思っているかは知りませんが、勝手にわたしの名前を決めつけて呼ばないでください
エルフの村で、赤髪の少女はシャイロックに向けてそう言った。
自分は魔王ではない。自分は魔王とは違う存在だ、と。
しかし、そんな彼女が、魔王の名を自分の名として使うことを選んだということは。
彼女の中で、今までとは違う種類の決心がついたということなのだろう。
それを決心させたのが、誰のなのか。推測の必要はなく、考えることすら馬鹿馬鹿しい。
「ほんと、罪な男だね。勇者は」
彼女とは、似ても似つかない。
赤髪の少女の横顔を見詰めながら、シャイロックは思い返す。
──人の名前に、意味なんてないわ
かつて魔王である少女は、シャイロックにそう言った。
けれど、目の前で繰り広げられている結果は、その真逆だ。
天井を見上げたまま、目を閉じて。噛みしめるように、四賢は呟いた。
「……きみの名前は、世界を動かし続けているよ。エトラ」
◇
もう、後戻りはできない。
会場のすべての視線と嫌悪を、赤髪の少女は一身に浴びる。
後悔はない。彼の呪いを解くために、この大会を勝ち残るために。使えるものはすべて使うと、そう決めた。
魔王の名を、大衆の面前で名乗る。
これは、腕利きの魔法使いたちが集う魔境で、彼女が勝ち上がっていくための下準備。その第一段階に過ぎない。
この前夜祭で、誰もが彼女の存在を認識した。無名の少女から『魔王の名を騙る愚か者』として、全員が彼女を知った。
事態をまだ理解できていないのは、たった一人だけ。
場内の誰もが、彼女の『エトランゼ・リア』という名に、耳を疑う中で、
「……赤髪ちゃん?」
世界を救った勇者だけが、彼女の名を聞くことができない。
こんかいのとうじょうじんぶつ
勇者くん
置いてけぼりの男。コイツは何も聞けない
赤髪ちゃん
カムバックメインヒロイン。
魔王様の名前を名乗るのがどれくらいヤバいかというと、ホグワーツの入学式で「ヴォルデモートです!よろしくお願いします!」と自己紹介するくらいヤバい。ジョークになってない
女帝様
ライラ・オフィリア・アーズヘイム。おもしろい女いるやんけ〜とつつきに行ったらとんだ藪蛇だった。かわいそう
商売人さん
フェルド・フォン・アンジェロン。お金以外あんまり信じてないタイプのコテコテのスーパー成金野郎。大陸全土の物流を支配する商会を軸に、いろんな企業をいろんな国で設立して経済を支配しようとしている金融王。本拠はステラシルドに構えており、騎士ちゃんパッパとはズブズブの関係。
一時期、死霊術師さんの会社のドラゴンスーパー空輸に業績をズタズタにされかけたことがあり、かなり目障りに思っている。死霊術師さんはみんなに嫌われている。
魔法『
瑠璃色の色魔法。触れたものを『換金』する魔法効果を持つ。今回は、着ている高級背広をコインの山に変えてみせた。
触れたものを『換金』する解釈はフェルド本人の自由であり、フェルドが『金と認識できるもの』ならば概ね有効。例えば高い価値のある名剣に振れれば、それを
・札束(各国の紙幣)
・硬貨、コイン(こちらも各国のもの)
・純金(延べ棒の形にすることが多い)
・宝石(ダイヤ、ルビーなど)
などのいずれか、好きな形に変換することができる。また、換金したものは触れている状態で、換金した対象がすべて揃っていれば、もとに戻すことも可能。この手の『AをBにする』魔法にしては珍しく、巻き戻しもきちんと効く。
フェルドは没落貴族の家柄からこの魔法と商才だけで成り上がり、莫大な富を築き上げた。
冒険者最強(嘘)
ミック・メル・エギュチーク。うんこしてすっきりして帰ってきたらなんか重要そうな話がはじまっていたので、あわてて割り込んだ。特に思惑とか考えはない。ノリと勢いで生きてる
次回、大会開始