予選開始/勇者参戦
赤髪ちゃんが、魔王の名前を名乗ったらしい。
それも、大会の前夜祭という要人も参加選手も勢揃いしている場所で。
名乗ったらしい、という伝聞系の表現になってしまっているのは、今さら説明するまでもなく、おれが例の魔王の呪いで人の名前を聞くことができないからだ。
「で、なんでそんなことしたの?」
「つ、つーん」
前夜祭が終わったあと。
腕を組んで問いただすおれの前で、赤髪ちゃんはつーんととそっぽを向いていた。
口で「つーん」って言っちゃうのかわいいな……いや、違う、そうでなくて。
「いいかい? 赤髪ちゃん。魔王の名前っていうのはさ、忌み名なんだよ。基本的に、公衆の面前では口に出すのも憚られるほどのタブーなんだ」
だから魔王の名を騙るという行為は、そこそこまあまあ、良くない。
口にしてはならない名前を出した上に、その名を自分のものとして語っているわけで。
周りから白い目で見られるだけならまだしも、大会がはじまったら標的にされてしまう可能性もある。
「……それは、わたしだって知っています」
「じゃあ、なんで」
「大会で勝ち残るためです」
こちらの疑問に対して、赤髪ちゃんは端的に即答を返した。
「わたしの実力は、騎士さんや賢者さんと比べると、圧倒的に見劣りします。勇者さんのパーティーの一員だったみなさんと比べて、知名度だってありません。だからこうして、事前に注目を集める必要があると思ったんです」
「なんでそこまで……」
「まったく。さっきから散々言ってるじゃないですか。作戦ですよ、作戦。今回の大会は、まず予選で人数を絞るという話ですからね。彼女なりに足りない頭で考えた、大会で勝ち残るための戦略ってやつですよ」
と、そこで口を挟んできたのは賢者ちゃんだった。
赤髪ちゃんが魔王の名を名乗ろうとしても止めなかったあたり、賢者ちゃんもおそらくグルなのだろう。最近、明らかに赤髪ちゃんと仲良いし。
二人が仲良しなのは大変喜ばしいことだが、あまり危ないことを企てられるのもこまる。
「今からでも棄権しよう。赤髪ちゃん。魔法使いが集まる大会で、自分からヘイトを集めるのが前提の作戦なんて危険すぎる」
「いやです」
またもや即答だった。
いつもにこにこと綻んでいる口元は、今はぎゅっと引き結ばれていて。
赤い瞳が、真っ直ぐにおれを見詰め返してくる。
……まいったな。
普段は素直すぎるくらい素直なくせに、この子が一度こうなると驚くほど頑固になるのは、さすがに長い付き合いでわかってきた。だから、こまる。
頭の中で言葉を選びながら、語りかける。
「おれの呪いを解くために、がんばってくれるのはうれしい。でもそのために、きみに危険な目にあってほしくない」
きっ、と。
赤髪ちゃんが、上目遣いでおれを睨んだ。
多分、出会ってからはじめて。本気で、この子に睨まれた。
一瞬、身が竦んだその瞬間に、身体二つ分空いていた距離を、大股で一歩。詰め寄られる。
「わたしのっ! 勇者さんへの好きって気持ちは!」
下がろうとして、背中が壁だったことに気付く。
そのまま、逃げ場をふさぐように。片手を壁に突かれて、ぐい、と。背伸びをされる。
「自分が危険な目に遭っても構わないから! それでも名前を読んでほしいっていう! それくらいの好きなんです! わかりませんかっ!?」
一息に、言い切られて。
今度は「つーん」ではなく「ふんす」と鼻息荒く。
肩で風を切って、赤髪ちゃんは部屋から出て行ってしまった。
ずるずる、と。
尻餅をついてへたりこむおれを、賢者ちゃんが横目で流し見る。
「なんというか、いろいろと言いたいことはありますが……」
ごつん、と。
手に持った杖でおれの頭を小突いて、翡翠の瞳がにしゃりと笑う。
「ほんと、そういうところですよ。にぶちーん」
本当に言いたいことだけ言って、賢者ちゃんも赤髪ちゃんを追いかけるために部屋を出ていった。
「……はぁ」
自己嫌悪と苛立ちとやるせなさと。本当にいろいろな感情をごちゃ混ぜにしたため息が、自然と口から漏れ出る。
「あは〜。モテモテだねぇ。青春してるねぇ。思い悩んでるねぇ。ゆうくん〜。おねーさんが慰めてあげよっか〜?」
「…………ならもっとはやくフォロー入れてよ。聖職者さん」
「あは〜。おもしろいからやだ〜」
おれと赤髪ちゃんがやりあってる間、一言も声を発さなかった聖職者さんだけが、それはもうニコニコと楽し気な笑みを浮かべていた。
◇
翌日。
おれは自分でもわかるほどの不機嫌極まる険しい表情で、闘技場の観覧席に座っていた。
「不景気なツラだなぁ。天下の勇者サマだろ? もっと楽しそうにしろよ」
おれの隣に座るアクアリウス・ツヴァイは、クソデカい杯に並々と注いだビールを煽りながら、そう言った。
そう。アクアリウスである。最上級悪魔である。
「……なあ、アクアリウス。なんでお前、おれの隣の席なんだ?」
「かかっ。そんないやそうな顔すんなよ。同じ風呂で汗を流した仲じゃねーか」
「ああ。鼻血も流してたな」
「うるせえ。それは忘れろ」
これからはじまる予選を観覧するために、おれが案内されたのはアクアリウスと二人きりのボックス席だった。
陛下や賢者ちゃん、聖職者さんといった他の要人のみなさんは別の席にご案内されているので、おれだけアクアリウスの隣に通されているのは、なんというか閣下のいたずら心を感じざるを得ない。絶対、勇者と最上級悪魔をセットにしたらおもしろいとか思ってるだろ。
「ほれ。ビールもあるぜ」
「大会はじまる前からチャンピオン様が飲むなよ」
「いいんだよ。俺様の出番は予選が終わって本戦がはじまって、勝ち残った最後の一人が出てきてからだ」
とはいえ、おれも昼間から飲むビールは嫌いではないのでありがたく頂戴する。飲まなきゃやってられない気分、というのもある。
飲みながら横を見てみれば、ごくごくと勢いよくビールを飲み干したはずのアクアリウスのクソデカい杯に、まるで泉のように追加のビールが湧き出している。こいつの魔法『
つまり、いつでもビールが飲み放題ということ……!
なんて最強な魔法なんだ。ちょっと欲しい。
「何が原因で気を揉んでるかは知らねぇけどよ。まあ、外ヅラは良くしとけよ。観客たちもみんな見てんだ。世界を救った勇者と魔王の使徒である最上級悪魔が、仲良く一緒に酒を飲んでる。そういうポーズにも、一応意味ってもんはあるんじゃねえか?」
乱雑に強引におれと乾杯しながら、アクアリウスはそんなことを言う。
粗雑で粗暴なようでいて、いろいろと気が回せるやつだな、と思う。現在の契約者である閣下の教育がいいからだろうか。
あらためて、コロシアムの中を見回してみる。シーザァルトの闘技場の熱気は、独特だ。
おれも師匠に出会う前はいくつかの武闘大会を荒らしたりしていたので、戦いを見世物にする空気感には多少の慣れがある。
しかし、
この国には、種族による差別はない。代わりにあるのは、
「強さへの絶対的信奉。それが、この会場の一体感をつくってる。心地いいもんだろ?」
得意気にそう語るアクアリウスの言葉も、あながち間違いではないだろう。
おれの隣に座るこいつが、最上級悪魔でありながらシーザァルトの国民の……様々な種族の支持を集めているのが、なによりも雄弁な証明だ。
「で、勇者サマよ。不機嫌で心配そうなツラしてる原因はどの女だ? 姫騎士か? 賢者か? それとも、風呂に乱入してきた痴女の誰かか?」
「なんで最初から女の問題って決めつけてんだ」
「英雄、色を好むっていうだろ? いいから教えろよ。俺様とてめぇの仲じゃねえか」
「いちいち慣れなれしいやつだな……」
もう軽く酔っているのかもしれないが、酒杯を片手に肩を組んでくるのでこの悪魔、本当に慣れなれしい。
しかし、半分以下に減ったおれのビールの杯に指先で触れて満杯にしてくれているので、無下に振り払う気にもなれない。厄介な悪魔だ。
観客席から、闘技場の中に集まっている参加者を見る。
二百人以上の参加者がいる中で、ぽつんと。周囲から距離を取られて遠巻きに見られているのが、赤髪ちゃんだ。身体全体をすっぽりと覆い隠すローブとフードのせいで、服装も表情も見えない。だからこそ、余計に心配になってしまう。
おれの視線の向かう先を見て、アクアリウスは納得したように頷いた。
「おうおう。なるほどなぁ。前夜祭で魔王様の名前を名乗った、あの赤髪の嬢ちゃんか。たしかに、周りからは狙われそうだなぁ。だが、自分でわかっててやったことだろ? 少なくとも俺様は、あの子の目からそういう種類の覚悟を感じたぜ?」
知った風な口を利くアクアリウスの額を、おれは反論も兼ねて小突いた。
「お前だって、自分の主が前に出て戦いたいって言い出したら心配で止めるだろ? それと同じことだよ」
「俺様が閣下を止める? そりゃあ、ありえねぇ前提の話だな。そもそも俺様如きが止めたところで、ウチの閣下は聞かねぇぜ?」
まあ、たしかに。あの吸血女帝様なら、誰かに守られる前に自分から前に出て戦うだろう。
目を細めて、アクアリウスはさらに言葉を続ける。
「てめぇにとってあの嬢ちゃんは守るべき対象なのかもしれねぇけどな。男だから守りたい。女だから守らなきゃなんねぇ……なんてのは、それこそ差別だろ?」
「……むぅ」
なかなか、痛いところを突かれた気分になって、押し黙る。
べつに論破するつもりはなかったのか、アクアリウスは気分を切り替えるように、おれの背中を無遠慮に叩いた。
「ま、とりあえずは俺様と一緒に高みの見物。気ままな観戦と洒落こもうぜ。たまには見守る側になるってのも悪くは……」
「参加者の諸君に、今大会のルール説明を行う!」
「お。噂をしてたら、はじまったな」
吸血女帝閣下が、会場の最も高い場所から、おれたちを見下ろしていた。
おれたちよりも高い場所に陣取っているのは、さすが閣下という感じだ。
「最強の魔法使いを決める極彩天武会! 集まった参加者は二百人を超える! しかし、だらだらとつまらん戦いを見せられるのは、観客の諸君も窮屈であろう」
白く美しい華奢な手を、けれど力強く掲げて、吸血女帝は宣言する。
「八人だ! この初日の予選で、まずは参加者を八人まで絞る! 予選の舞台は、我が国の沖合いに位置する無人島! これより参加者諸君を転送魔導陣で送り込み、全員で腕を競ってもらう!」
思い切った宣言に、動揺の声が広がった。
たしかにこれだけの人数の腕利きたちを、一騎打ちで競わせていたら途方もない時間がかかる。それなら、バトルロワイアル形式で一気に振るいにかけた方が、手間も省けるだろう。
「生き残りの条件は二つ! 規定の人数に達するまで生き残ること! 逃げてもよし! 隠れてもよし! 他の参加者と同盟を組んでもよし! 手段は問わぬ! 己の持つ技術! 魔術! 魔法! 持てるすべてを駆使して生き残れ!」
そして、もう一つ、と。
指先を伸ばして、女帝閣下はにやりと笑った。
「これより島内へ転送する標的の二人を倒した場合! その者は、無条件で決勝への進出決定となる!」
大型の投影魔術で映し出された、女帝閣下の背後。
そこに、おれとアクアリウスの顔が大写しで浮かび上がった。
……んんっ?
おれの隣でアクアリウスがビールを思いっきり吹き出した。
「世界を救った勇者と! 我が国最強を誇る最上級悪魔のチャンピオン! 両者を倒して名を挙げる、絶好の機会である! 皆の者、全力で討ち取るが良い!」
一気に熱が引き上がった歓声が沸き起こるのと、同時。
おれとアクアリウスの足元に、転送魔導陣の輝きが浮かび上がる。
背後を振り返ると、カーテンの先に杖を構えた一人分の人影。
「では、まずは二名様ご案内です」
ご丁寧におれの視界をばっちり封じた賢者ちゃんの声を最後に、視界が真っ白に染まって。
◇
そして、おれとアクアリウスは二人仲良く、無人島へと転送されたようだった。
青い空。白い雲。鬱蒼としげる森の緑。
周囲の大自然をぐるりと見回して、おれは隣のチャンピオン様に声をかける。
「……で、なんだっけアクアリウスくん。高みの見物で気ままな観戦、だっけ?」
「…………かかっ。さすが閣下だ……閣下のやることは、いつも俺様の想像を上回るっ……!」
とか言いながら手に持った杯を握力で叩き割ってるあたり、どうやらこいつも閣下にはめられた側であることは明白だった。
「いくぞ勇者ぁ! 組まされるのは不本意だが、今日限りの最強タッグの結成だっ! 俺様とてめぇで、島内の魔法使いどもを、全員ぶっ倒す!!」
「全員倒したらだめなんだよ。大会終わっちゃうんだよ」
こんかいの登場人物
勇者くん
ターゲットその1。大切な人との会話の選択肢をミスるとわりと長めの自己嫌悪に陥るマン。雑に扱っているが、じわじわとアクアリウスへの好感度が上がりつつある。
アクアリウス
チャンピオン。ヤンキー。バカ。無限ビールサーバー。
空気は読まないし読めないが、相手のことを思って何かを言うことができるのでわりとクリティカルなことを言うこともあるタイプのアホ。
赤髪ちゃん
壁ドン女。バトル用新衣装スタンバイ中
賢者ちゃん
最近姉力とフォロー力に目覚めてきたメスガキ。なお、勇者くんたちを無人島まで吹っ飛ばしたのは賢者ちゃんAなので、普通に賢者ちゃんBは大会に参加する。賢者ちゃんCは陛下たちを護衛している。相変わらず過労死
聖職者さん
あは〜