世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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最強パーティーの二周目な冒険
金がなければ冒険はできない


 なんとか辿り着いた人間のいる場所は、街というよりも村といった方がしっくりくるような、辺鄙なところだった。とはいえ、無理もない。村人に話を聞いてみると、どうやらこの村は魔王討伐後に住民が移り住んだ、開拓地の一つらしい。つまり、できてまだ一年足らずの村だということだ。

 北部と極東は魔王軍側の勢力が強く、当時のおれたちは旅をするのに随分苦労したが、今では人が普通に住んで暮らせるようになったんだなぁ、と。少ししんみりしたりしなかったり。

 あらためて、地図で村の詳しい場所を確認してみたが、やはり栄えている街までは行くにはそれなりにかかることがわかった。賢者ちゃんが敷設している転送魔導陣がある街か、もしくは死霊術師さんの運送会社のドラゴンが立ち寄るような商業都市に向かわなければならない。まずはこの村を拠点に装備や準備を整えて、それから出発しよう……と、とりあえず宿を取ったまではよかった。

 

「路銀が尽きました」

「は?」

 

 賢者ちゃんの無慈悲な宣告に、おれは思わず真顔になった。

 テーブルを囲むみんなも、きょとんとした顔になっている。

 

「路銀が尽きた、というのは?」

「要するに、もうお金がありません」

「いやいや、いやいやいや!」

 

 そんなはずはない。腐ってもウチは、世界を救ったパーティーだ。お金がなくなるなんて、そんなことはありえない。

 

「いや、だって騎士ちゃんとか」

「ごめん。あたしそんなにお金を持ち歩く習慣なくて」

 

 このリアルプリンセスが! 

 そういえば冒険はじめたての頃は金銭感覚の違いにかなり苦しめられたのを思い出したわ! 

 

「師匠は?」

「人間は、金がなくても、生きられる」

 

 五七五。俳句ですね。含蓄があります。そうじゃねぇんだよ。

 

「死霊術師さんは?」

「わたくしが身につけていたものは、みなさんに盾にされまくった時にすべて吹き飛んでいるので、すかんぴんですわ」

 

 それについてはごめんなさいって感じだな。

 死霊術師さんが持ち歩く用に、吹き飛ばしても大丈夫なお金とか欲しくなってくるね。うん。

 

「賢者ちゃんは?」

「わたしを誰だと思っているんです? そこらへんの宿屋なら一ヶ月滞在できるくらいの金額は持ち歩いていましたよ」

「で、そのお金は?」

「さっきスられました」

「ドアホのクソバカ」

 

 賢者ちゃんは頭がいいし、とてもしっかりしているが、こういう時になんというか、年齢相応のドジを踏む。

 

「……」

「……」

 

 最後に赤髪ちゃんを見つめて、しばらくたっぷり無言で見つめ合って、おれは溜め息を吐いた。

 

「どうすっかなー」

「どうしてわたしには何も聞かないんですか!?」

 

 うがーっと食って掛かってきた赤髪ちゃんの頭を、ぐいぐいと片手で抑える。

 おれはさらに深い深い、それはもう深いため息を吐いた。

 

「あのねぇ、赤髪ちゃん」

「はい」

「例えば赤髪ちゃんは、捨て犬を拾ったら毛皮までひん剥いて、何を持ってるか確かめたりするかい?」

「そんなことするわけないじゃないですか」

「だからそういうことなんだよね」

「犬なんですか!? 犬なんですかわたし!?」

 

 しかし、これは深刻な問題だ。

 

「マジで少しもないの?」

「ほんとに一銭もないですね」

 

 ですが、と賢者ちゃんは言葉を繋げて声を小さくした。宿屋の人に聞かれないようにするためだろう。

 

「不幸中の幸いというべきでしょうか。この宿の代金は先に一週間の滞在分を先払いしているので、晩ごはんと寝る場所の心配はしなくて済みます」

「なるほど」

「一週間程度なら、最悪、一日一食でもいい」

 

 ちまちまとパンを摘みながら、師匠が言う。同じくちびちびとシチューを飲んでいる賢者ちゃんも、こくりと頷いた。

 

「まあ、そうですね。べつに、死ぬわけじゃありませんし」

 

 だが、それで満足できるのはこの2人だけだ。

 

「えーっ!? 無理です無理です! 一日一食なんて、絶対死んじゃうに決まってますよ!?」

「そうだよ! あたしに一週間も禁酒しろっていうの!? 夜にビールを飲めなかったら何を楽しみに生きていけばいいの!?」

「そうですわそうですわ! わたくしなんてそもそもまだ服もありませんのよ! 衣食住の最初の一字は衣という字です! 文明人としてまず衣服を身に纏う権利がわたくしにはあるはずです!」

 

 赤髪ちゃん、騎士ちゃん、死霊術師さん。3人の心の叫びと抗議の声に、賢者ちゃんはそこらへんに落ちてる生ゴミでも見るような目で、舌打ちを漏らした。

 

「どいつもこいつもうるせえですね」

「なんで賢者さんはそんなに落ち着いてるんですか!?」

「そうだよ! そもそも賢者ちゃんがお金を取られてなかったらこんなことになってないんだからね!」

「そうですわそうですわ! そこの貧乳コンビは胸と同じで欲がないのかもしれませんが、わたくしたちは違いますのよ! 人間としてそれ相応の欲があるのです!」

「じゃあ今すぐ一週間分の宿代払ってくださいよ。払えないならそれでいいですよ。3人叩き出せば、私と勇者さんと武闘家さんで滞在期間を二週間に伸ばせますからね」

「ごめんなさい」

「すいませんでした」

「靴を舐めますわ」

 

 変わり身早いなコイツら……

 

「まあ、でもとりあえず宿代が払えてるのは不幸中の幸いだったな」

「そうですね。とにかく一週間は寝る場所があるわけですから、その間にお金を稼げばいいわけですし」

「ですわね。衣食住の最後の一字は住という字です。住居の確保は文明人としての生活を支える根幹の問題ですもの」

「死霊術師さんは今日から野宿ですよ」

「靴を舐めますわ」

「胸にぶら下げてるそのデカい脂肪があればしばらく生きていけるでしょう」

「わたくしラクダですの?」

 

 とはいえ、そううかうかもしていられない。さっさと手早くお金を稼いで、王都に帰るだけの手段、もしくは長旅に耐えうるだけの、きちんとした装備を整えたいところだ。

 

「金かぁ……お金にはしばらく困ってなかったから、懐が寂しくなるのもなんだか懐かしい感覚だなあ」

「成金のクソ野郎みたいなこと言うね、勇者くん」

 

 きみも冒険に出るまではお金に困ったことがないお姫様だったでしょうが……と言うのは抑えつつ、おれは賢者ちゃんに問いかけた。

 

「どうしようか。みんなで日雇いの仕事でも探す?」

「安心してください。わたしに、良い考えがあります」

 

 

 

 

 

 

 ボロ布を被ったその少女を見て、荷物を抱えた商人は足を止めた。

 魔王が討伐され、昔より格段に魔族の被害が減ったとはいえ、親のいない子はめずらしくない。冒険者や荒くれ者が多い開拓村ならなおさらだ。

 

「お嬢ちゃん、どうしたんだい?」

「あの、私……昨日から、何も食べてなくて……行くところもなくて、それで」

 

 旅は道連れ、世は情けともいう。

 見るから人の好さそうな商人は軽く頷いて、荷物を下ろして探る。そして、ボロ布を被った少女に向けて硬貨を数枚、差し出した。

 

「かわいそうに。わたしも旅の身だ。こんなものしか渡せないが、今日のご飯くらいはなんとかなるだろう?」

「いいの? おじさん、ありがと……」

 

 めちゃくちゃ人の好さそうな商人のおじさんが硬貨を渡す前に、物陰からその一部始終を見守っていたおれは、飛び出して少女の背中を蹴り倒した。

 

「は?」

「すいませんごめんなさいこれ身内なんです失礼します!」

「あー」

 

 そのままずるずると路地裏まで少女を引きずっていき、いつもより乱暴に放り投げる。

 

「ちょっと何するんですか勇者さん」

「逆に聞きたいけど何してるんですか賢者さん」

 

 いつものローブを脱ぎ捨て、いい感じに顔を泥で汚し、頭からボロ布を被っている少女……もとい賢者ちゃんはとても不満気な様子で頬を膨らませた。

 

「見てわかりませんか? 身寄りのいない不幸な少女を演じて、お金を恵んでもらおうとしてたんですよ」

「良い考えってこれ? バカなの? 賢者ちゃんバカなの?」

「はー? 私は賢者ですが? 頭が良いに決まってるでしょう」

 

 ない胸を張りながら、賢者ちゃんは言うが、これっぽっちも頭が良さそうに見えない。

 隣でおれと一緒に賢者ちゃんの奇行を見守っていた赤髪ちゃんが、おずおずと片手を上げる。

 

「あのー、ちょっといいでしょうか?」

「なんです?」

「仮にお金を恵んでもらったとして、硬貨数枚じゃ、わたしたちのご飯代にもならないと思うんですけど……」

「わかってませんね。これだから巨乳はダメなんですよ」

「おいやめろお前。死霊術師さんにさっき言われた分を赤髪ちゃんに当たるな」

 

 おれの注意は無視して、賢者ちゃんは足元の小石を拾った。

 

「いいですか? 私の魔法『白花繚乱(ミオ・ブランシュ)』は、触れたものを100までなら増やすことができます」

 

 ぽんぽん、と。いつものように手品の如く小石を増やして手の中で玩び、賢者ちゃんはちょっと悪い笑みを浮かべる。

 

「つまり、たった1枚のコインでも、それを増やして100枚に……さらに増やした100枚を両替していけば」

「なるほど! いけますね!」

「なるほどじゃない!」

 

 おれは2人の脳天にチョップをかました。

 

「はうっ!」

「なんですか勇者さん! 何が不満なんですか!?」

「全部不満に決まってるだろ! そもそもお金は増やしちゃダメだって旅を始めた頃に教えたじゃん!」

 

 う、と。賢者ちゃんが親に叱られた子どものような顔になる。

 

「それは、その、なんというか……今は非常事態ですし」

「ダメなものはダメ」

「えー」

「えーじゃありません!」

 

 頭の痛いことに、賢者ちゃんの魔法は、戦闘だけでなくこんな場面でもその力を発揮する。『白花繚乱(ミオ・ブランシュ)』によって増やされたものは、そもそも真と偽の区別すらつかないので、賢者ちゃんはやろうと思えば無尽蔵にお金を増やすことすらできるのだ。まあ、やりすぎると明らかに貨幣経済が崩壊するので、絶対にダメだと教えてあるのだけど。

 

「まさか、おれの見てないところで変なもの増やしたりはしてないよね?」

「……してませんよ」

「なんで目ぇ背けてんの? こっち見て答えてごらん」

「してません、してませんよ。わたしはちょっと歴史的価値のある美術品を増やしたりしてるだけで、べつにお金を増やしたりとかは……」

「もっとダメだ! それから……」

 

 また脳天へのチョップを警戒して頭を押さえる賢者ちゃんの頬を掴んで持ち上げ、自分で泥だらけにしたその整った顔を、ぐりぐりと手荒く拭いた。

 

「あうっ……」

「自分から物乞いのふりをしたり、そういう自分自身の価値を貶めるようなこともダメ。斜に構えて自分のことを蔑ろにするの、良くないって何回も言っただろ?」

 

 そういうこところは本当に相変わらずだな、と。おれは懐かしくなる反面、少し言葉を厳しくした。

 昔の境遇のせいか、その魔法のせいか、賢者ちゃんは自分という存在のことを軽く扱う節がある。それはよくないし、おれも悲しい。だから、ちょっと怒る。

 

「……はい。ごめんなさい」

「うん、わかればよろしい。ほら、杖持って。ローブ……あれ? 赤髪ちゃん賢者ちゃんのローブ知らない?」

「ああ、それならさっき死霊術師さんが……」

 

 すると、タイミングを見計らったようにドタドタと足音が近づいてきて、騒がしい黒髪が顔を出した。

 

 

「勇者さま〜! 見てくださいまし! 賢者さまのローブをパクって羽織ってみましたが、全っ然前が閉まりませんわ!」

 

「せいっ」

 

 

 賢者ちゃんは真顔で杖を死霊術師さんのケツに向けてフルスイングした。

 

「痛い!? 杖の先端が痛っ……あ、賢者さま、前が閉まらなくてもいいので、このローブ増やしてくださいな。前が閉まらないのも、これはこれで殿方には惹かれる魅力があると思いますし……」

「絶対増やしません。早く返せ」

「剥ぎ取らないで! 剥ぎ取らないでください!」

 

 組んずほぐれつしはじめた2人を呆れた目で見ながら、赤髪ちゃんはおれに視線を移した。

 

「勇者さん……もしかして、明日のご飯は晩御飯だけになっちゃうんでしょうか?」

「あー、大丈夫だよ。赤髪ちゃん。今頃、騎士ちゃんと師匠が……」

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 

 扉が開き、下卑た男達の視線は一斉にその女性に吸い寄せられた。

 

「おい、見ろよアレ」

「ほほう……へへっ」

 

 女の冒険者は、べつにめずらしい存在ではない。しかし、このあたりでは見ない顔の冒険者が……しかも、まだ10にも満たないような小さな子を連れてやって来るのは、とてもめずらしい。それが、どこに出しても恥ずかしくないような、美しい金髪の上玉なら尚更である。

 

「よう、アンタ。まるで姫さんみてぇだな」

「ええ、どうも。よく言われる」

 

 褒め言葉をさらりとあしらう、その尊大な態度がますます好みだ。昼間からやることもなく、酒を呷っていた冒険者の男の心を掴むには、彼女の外見と態度は充分過ぎた。

 

「なあ、どこから来た? こんな小さな嬢ちゃんを連れて訳ありだろう? このあたりに来るのは、はじめてなんだよな? 俺が案内してやるよ」

「申し出はうれしいけど……お断りしておくね」

「つれねぇこと言うなよ。俺ぁこの村を拠点にして長いんだ。それなりに顔も利く。なんなら……」

「ねえ、お兄さん」

 

 そこでようやく、金髪の女性の瞳が正面から男を見た。

 

「あんまり女性にしつこく言い寄ると、火傷しちゃうって習わなかった?」

「……ははっ! いいねぇ! おれを火傷させてくれるような女は、大歓迎だぜ!」

 

 冒険者の男は、迷わなかった。

 そのまま、女性の腕を無遠慮に掴み取って、

 

 

「あ……熱っ!? ぎぃやぁぁぁ!?」

 

 

 次の瞬間には、手のひらをフライパンに押し付けたような、その熱さに絶叫した。

 

「あーあ、もう……だからあたし、ちゃんと()()()()って教えたのに」

 

 手のひらを抑え、床に倒れて這いつくばる男を見下ろして、金髪の女性は息を吐く。

 その熱とは対照的な、まるで氷のような冷たい瞳に見下されて、男はガタガタと全身を震わせた。

 

 ヤバい、この女は明らかにヤバい。

 

「ひ、ひぃ……」

 

 そそくさと退散していった背中を見送って、金髪の女性はやれやれとポニーテールの頭を振る。そうしてようやく、ここに来た目的を果たすために、口を開いた。

 

「騒がしくしてごめんなさい、受付のお姉さん」

 

 同性でも思わず見惚れてしまうような、微笑みを伴って。

 アリア・リナージュ・アイアラスはギルドの受付嬢に問いかけた。

 

「ところで、何か良い『依頼(クエスト)』ありますか?」




今回の登場人物

・勇者くん
 金銭感覚はわりときちんとしてる。こう見えてお金はコツコツ貯金するタイプ。

・赤髪ちゃん
 金銭感覚は破滅している。このご飯いくらですか!?

・賢者ちゃん
 金銭感覚は麻痺している。幼少期はパン一切れすら貴重な身の上だったので、お金を稼いでも使い道があまりなくて困るタイプ。ただし、魔術書関連に関してはぽんと大金を出す。勇者くんに怒られてからお金は増やさないように気をつけている。魔術書はぽんぽん増やして将来有望な魔術師に配り歩いている。

・騎士ちゃん
 金銭感覚は昔よりは多少マシになった。多少マシになっただけなので、妙なところでお姫様感覚が抜けていない。魔法のおかげで痴漢対策は万全。基本的に人当たりが良いが、腐ってもお姫様なので不躾な相手には塩対応。

・武闘家さん
 金銭感覚がそもそもない。昔のお金を溜め込むと、なんか高く買い取ってもらえてお得だと思っている。

・死霊術師さん
 金銭感覚にかなり優れている。良いものと悪いものの区別がはっきりつき、それに対して適正価格を付ける判断もブレない。良家での教育が活きている。魔王軍にいた頃は、死霊術師さんが財源の管理の一部を担当していたほど。しかしまだ服は着れてない。

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