世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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勇者の騎士学校生活。決着全裸編

 槍という武器の特筆すべき強みは、やはりなによりもそのリーチにある。

 剣よりも間合いが長く、急所を的確に突き穿つ。槍使いと相対した時、もしもこちらのリーチが相手よりも劣っているならば、まず最初に考えなければならないのは、その間合いの差をどうやって埋めるか、である。

 とはいえ、今のおれには槍に対抗できる得物どころか、服すらもない。おれの股間の槍は決して小さくないし立派だが、さすがにあの槍とは打ち合えないし……

 

「困ったな」

「言うほど困っているようには見えないな! 器用に避けるじゃないか!」

 

 称賛と共に繰り出される槍撃を、避けて、かわして、また避ける。

 レオの操る槍は、普通の兵士が持つようなそれと比べてかなり長大だった。手持ちの槍、というよりも馬に跨がる騎士が使うような巨槍に近い。

 それを至近距離でぶん回してくるのだから、本当におっかないことこの上ない。

 

「危な……お前、おれの大切なイチモツに何かあったらどうする気だ!? おれが子ども作れなくなったら責任取れるのか!?」

「心配しなくていいよ。決闘魔導陣は魔法全盛の時代に作られた、高位の魔術だ。致命傷に至るような攻撃が判定されたり、中の人間が意識を失えば、そこで決闘は終わる」

「あ、そうなの?」

 

 なんだよかった。あまりにも自然に抜き身の刃を向けてくるから、普通に死ぬまで戦うような野蛮人の結界かと思った。

 

「この中で戦う人間は絶対に死なないし、万が一怪我を負ったとしても決闘が終わればすべて回復する。だから安心してボクに突き殺されるといい」

「今、殺すって言わなかった? 今殺すって言ったよな?」

「そもそもキミと姫様だって、昨日屋上で決闘に近いことをやっているだろう? ボクとしては、場も整えずに戦うキミたちの行いの方が、よほど危険だと思うんだけどね」

 

 くっ……反論しにくいことを。

 いけ好かないイケメンの指摘は、たしかに的を得ている。おれとアリアはその場のノリと勢いで剣を交えて、初日から生傷を作りまくって保健室の先生のお世話になっているので、本当に何も言えない。

 ちらりと結界の外を見ると、お姫様は気まずそうな表情で顔をぷいっと横にそらした。いや、今あなたのことを言ってるんですけど……

 

「なあ、金髪イケメン」

「ボクはレオだ」

「なあ、レオくん。決闘をやりたいのはわかったから、とりあえずこの結界解かないか? おれ、武器ないし、全裸だし。とりあえずおれを文明人として最低限の生活が保障されている格好にしてほしい」

 

 具体的には服を着せてほしい。

 派手な結界の展開に釣られてか、アリアや憲兵のおじさん以外にもわらわらとギャラリーが集まりつつあるので、このままだとおれが全裸を晒す人間が加速度的に増えていくことになる。

 しかし、金髪イケメンは槍を振るいながら悲しそうな表情で首を横に振った。

 

「そうしたいのは山々なんだが、この結界は一度展開すると勝者が決まるまで解除できないんだ」

「なんでそんなもん展開したんだよ」

「ボクがその場のノリで挑んだら、キミも了承してくれたし……」

 

 いや、たしかに「来いよ」とは言ったが……それだけで出られなくなるのはもはや罠だろ? 決闘開始の判定があまりにも緩すぎる。

 

「くそがっ!」

 

 槍を避け、受け流して後ろに下がり続けていたので、背中が結界の壁に当たる。

 やばい。逃げ場が……! 

 

「さて、追いかけっこは終わりだ」

「ちっ……」

 

 魔法を、使わざるを得ないか。

 戦闘を開始してから、はじめて。おれは振るわれる槍の一撃を、まともに浴びた。

 構えたおれの腕に当たった槍が、火花を散らして高く硬質な音を立てる。

 

「おっと?」

 

 生身の腕で、槍の穂先を弾いた。その事実に少しは怯むと思ったのだが、優男はまったく躊躇せず、すぐに体勢を整えて連撃を繰り出してきた。

 何発も鋭い突きを受けてはいられない。体を転がして、もんどり打つように回避。一目散に、金髪の横を駆け抜ける。それでなんとか、結界の端に追い込まれた状態から脱することができた。

 

「追い詰めたと思ったのに。すばしっこいね」

「そりゃどうも」

 

 なるほど。たしかにこの結界の壁は凄まじい強度を誇っているようだ。半透明で外は見えるがわりと分厚い造りのようだし、槍の穂先が掠めても傷一つ付く様子がない。どんな魔術で構築されているのかは知らないが、鉄よりも鋼よりも硬いのは間違いない。あれを壊して脱出するのは諦めた方がいいだろう。

 となると、やはり決着をつけて外に出るしかない。

 

 全裸で? 

 

 考えを巡らせながら、間合いを測り直す。互いに、距離を取って再びぶつかるタイミングを測り合う。

 

「ふむ」

 

 ぐるぐる、と。

 巨槍をルーティンのように片手で回転させながら、優男は顎に片手をあてた。

 

「おかしいね。さっきの一撃、腕が取れてもおかしくないくらいには、強く打ち込んだつもりだったんだが」

「ああ、そうだな。まともに受けてたら危なかった」

「いいや、誤魔化さないでくれ。あれはクリーンヒットだ。手応えはあった。しかし、その手応えが妙だった」

 

 とんとん、と。

 ブーツの踵が回る思考を整えるように、リズムを刻む。

 

「キミの身のこなしはたしかに素晴らしいが、ボクの攻撃を捌いている間、常に一定の余裕を保っていたね? それはつまり、ボクの槍を正面から受けても問題ない、防御手段があったということだ。先ほどの腕への直撃、その感触から鑑みるに……」

 

 つらつら、と。

 事実と分析を端的に並べたてながら優男は笑う。

 

「キミは魔法を持っている。そして、その魔法は防御に特化したもの。体を硬くする類いの効果があると見た」

 

 なんてこった。

 このイケメン、救いようないバカだと思っていたが……どうやら、ただのバカではないらしい。

 

「さて、どうだろうな」

「ああ、答え合わせはいらないよ」

 

 おれの苦し紛れの返答をさらりと流して、優男は……否、おれの目の前に立つ強敵は、再び槍を構えた。

 

「これから、自分で確かめる」

 

 刹那、加速があった。

 溜めがあったわけではない。まるで、一迅の風が吹き抜けていくかのような。自然体の踏み込みから繰り出される、瞬間の突貫。槍が届かない間合いを保っていたはずなのに、その間合いが一瞬で潰される。

 赤い肩幕が翻ったと思った時には、おれの腹部に一撃が突き刺さっていた。そのインパクトに、体全体が押し出され、踏み留まった足の裏が削れる感触に顔をしかめる。

 

「ぐっ!?」

「やるね。この速度でも硬化は反応するのか。ああ、それとも、致命的な一撃には、オートで発動するのかな?」

 

 言いながら、さらに一撃。繰り出された一閃は今度はおれの頭部を捉え、体が大きく仰け反った。

 先ほどまでとの小手調べとは、まるで違う。繰り出される槍の軌道が、穂先の動きが、まったく読み切れない。

 

「突いても突いても弾かれる。はじめての経験だ。人間の体じゃないみたいだね。本当に、鋼か何かに打ち込んでいるみたいだ」

「そりゃ、どうも……!」

 

 皮肉に、言葉を返すのが精一杯だ。

 レオがおれの回避を観察していたように。おれもまた、レオの槍の動きを観察していた。その一撃一撃は洗練されていて、美麗とも言える鋭さを伴っていたが、攻撃の軌道そのものは一直線で、避けきれないほどではなかった。

 だが、それが切り替わった。まるで穂先が自由自在にしなっているかのように、槍の軌道が読み切れない。おれの防御に魔法というタネがあるように、この攻撃にも何らかの秘密があるのは明らかだった。

 しかし、呑気に思考を回している余裕はない。

 

「やはり、思っていた通りだ」

 

 まるでおもちゃを見つけた子どものような、嬉しげな声と共に。

 おれの膝から、薄く血が流れ出た。

 

「魔法を発動させる際の、意識の差かな? 可動する()()()()()()()()()()()()とみた」

 

 おいおい。本当に、勘弁してほしい。

 執拗に上半身を狙ってくると見せかけての、下半身狙い。この金髪、技の冴えだけじゃなく、対峙する相手への分析が尋常じゃなく早い。腕だけでなく、頭もよく回るタイプだ。

 おれは、胴体を腕の前で交差させ、防御の体勢を取った。

 

「おや、もう避けないのかい?」

 

 されるがままに、連撃を浴びせかけられる。おれの『百錬清鋼(スティクラーロ)』は、防御に秀でた魔法ではあるものの、その衝撃まで緩和することはできない。体の表面を切り裂かれることはなくても、今この状態は鉄の棒で全身を強打されているに等しい。

 少しでも動けば、関節を狙われる。だから全身を硬化させて、ここは耐える。

 その思考そのものが、大きな油断だった。

 

「は……?」

 

 関節部、ではない。

 おれの両腕が薄く裂け、出血した。

 

「驚くことじゃないさ。ボクがキミの硬さに慣れてきただけだ」

 

 事も無げに言われて、絶句する。

 

「ボクの槍は、鋼だって貫く」

 

 連撃がほんの一瞬静止し、溜めの気配があった。

 全身の感覚が、全力で警鐘を鳴らす。

 足に魔力を込めて、おれは背後へと跳躍した。

 

「いや、よく避けたね」

「バカ言え。当たってるわ」

 

 掠っただけ、と言えば聞こえはいいが、掠る程度にはぎりぎりの回避だった。

 へその上あたりに、真一文字に赤い線が入ってしまった。致命傷でもなんでもないが、これが直撃していたら、と思うとぞっとする。

 大きく飛び退いて回避してしまったので、もう逃げ場もない。背後の壁は、手を伸ばせばもう届く距離だ。これ以上下がることもできない。

 

「フッ……心なしか、キミの股間の槍も先ほどより小さくなっているようだ」

「は? どこ見てんだよ。ちょっとひゅんってなっただけだ」

「ひゅんしてる事実は否定しないようだね」

「ひゅんしてるのは事実だからな」

 

 手強い。魔法の分析に関しても見事だったが、おれの全身を観察して精神状態まで見抜いてくる。今のおれは魔法の性質も含めて、丸裸にされているに近い。

 いやまぁ、裸にされるまでもなく全裸なんですけど……

 

「じゃあ、そろそろ終わりにしていいかい?」

「ちょっとまってくれ。お前のその槍、迅風系の魔術を併用してるだろ?」

 

 少しでも情報面でアドバンテージを取りながら時間稼ぎをするべく、おれは口を開いた。それまで常に余裕を保っていた優男の表情に、ほんの少しだけ驚きが混ざり込む。

 

「……へえ。そう思う根拠は?」

「槍のデカさに比べて、動きが機敏過ぎる」

「魔力による身体強化で、振り回しているだけかもしれないよ?」

「それにしては動作の起こりや繋ぎがしなやかだし、さっきの連撃はまるで突いたあとに攻撃の軌道が変化してるみたいだった」

 

 つまり、槍そのものから圧縮した空気を噴射して、攻撃の加速に利用している。そう考えるのが、最も自然だ。

 

「素晴らしい。立ち会ってすぐにここまでバレたのは、はじめての経験だよ」

「お前もおれの魔法を見抜いてるから、おあいこだな」

「ああ、そうだね。たしかにおあいこだ」

 

 でも、と。やわらかい顔つきに不似合いな好戦的な笑みを浮かべて、優男は告げる。

 

「いくら仕掛けがわかったところで、キミはボクの攻撃を防げない」

「なら、試してみるか?」

 

 もう逃げない、という意思を示すために。

 おれは腰を低くして完全に受ける体勢に入った。

 

「もしかして、さらに体を硬くすることができるのかな?」

「試してみたらどうだ?」

「矛と盾、というわけだね。いいだろう。それこそ、ボクの槍の本領だ!」

 

 もはや隠す気もないのだろう。意気揚々を構えられた槍から、髪を吹き上げるような勢いで旋風が荒れる。

 先ほどの言葉は、ただのはったりだ。『百錬清鋼(スティクラーロ)』はあくまでも、自分自身と触れたものの硬度を、鋼に近いレベルまで引き上げる魔法。それ以上硬くすることは、絶対にできない。

 だが、それでいい。

 

 瞬間、槍そのものが、消えたように見えた。

 

 受ける、と見せかけた。ぎりぎりまで引きつけた一撃を、右か左か。半ば勘だけに従って避ける。避けることが、できた。

 銀色に輝く巨槍が、魔導陣の壁を突き刺す。

 

「なっ……!?」

 

 そして、鋭利な切っ先が、絶対に壊れないはずの壁を貫いた。

 その一撃を打ち放った張本人の表情が、驚愕で歪む。

 

「どうして……!?」

「お見事。本当に鋼を貫く威力があるんだな」

 

 おれは今、後ろ手に結界の壁に触れている。触れたものを鋼の硬さに変える……というのは、何も硬くするだけじゃない。

 

 発想を、逆転する。

 

 物質の硬度を変える、ということは。例えば鋼よりも硬い物質を、()()()()()()()()()()()()()()ことも可能だということだ。

 勝負とは駆け引き。どんなに力で負けていても、どんなに速さで負けていても、持っているものを最大限に利用すれば、勝機が見えてくる。

 

 全裸の、身一つでも勝てる。

 

 あの一撃の回避に成功した時点で、おれは優男との駆け引きに勝っていた。

 

「結界の強度を、魔法で下げた……? まさか、これを狙って壁を背後に!?」

 

 どんな高位魔術で作られた物質であろうと、それは所詮どこまでいっても魔術止まり。

 魔法を使えば、いくらでも書き換えることができる。

 

「くっ!」

 

 渾身の力で壁に突き立てられた槍は、そう簡単には抜けない。

 そして、この距離ならおれが今、唯一まともに使える武器が届く。

 

「何か、言っておくことは?」

 

 拳を握り締めてそれを問うと、優男は槍を引き抜くことを諦めて両手を上げた。

 

「フッ……決闘を強行して、済まなかった」

 

 それから、と言葉を繋げて、

 

「キミとは、良い友達になれそうだ。是非、思いっきりやってくれ」

「ああ」

 

 諦めが良いというよりも、潔いと言うべきだろう。

 おもしろいヤツだ。

 

「これからよろしくな、レオ」

 

 そしておれは、きれいな顔面に全力の拳を叩き込んだ。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 魔導陣によって形作られた結界が、消失していく。

 

「……勝ちやがった」

 

 憲兵は、言葉を失ってその光景を眺めていた。

 レオ・リーオナインの噂は、一般の憲兵である彼すらも耳にしていた。今年度の騎士学校の主席入学者。間違いなく次代を担うであろう、新星の1人。

 そんな実力者が、全裸の少年の前に倒れ伏してしまった。自分だけでない、戦闘の音を聞きつけ、結界を見て駆けつけてきた見物人たちも皆、一様に絶句している。

 ごそごそ、と。気絶したまま動かないレオの体から少年は『肩幕(ペリース)』を引き剥がした。これで、彼は騎士学校の頂点に位置する7人として、その資格を手にしたことになる。

 だが、全裸の少年はあろうことかその資格を腰に巻いて満足気に頷いた。

 

「よし」

 

 ──いや、よしじゃないが? 

 

「アリア! 学校行こう! 間に合わなくなるぞ!」

「え、あ、うん……じゃなくて! もしかして、そのまま学校行く気!?」

「いやだって、初日から遅刻はまずいだろ。不良になっちまうよ」

「いやもうその格好がすでに……」

「とにかく行くぞ!」

「あ、あたしの上着、着れるかな? 上裸に上着……?」

「姫様! その人、やっぱり知り合いなんですか!? ああ、ダメです! 上着を脱がないでください! 姫様の制服を貸すくらいならわたしが!」

「え。ほんとに?」

 

 騒ぎながらギャラリーの間を器用に縫って、彼らは人波に紛れて消えていく。

 そこで、憲兵はようやく自分の職務を思い出した。

 

「む! しまった、逃げられる!」

「いいじゃないか。今日のところは、とりあえず見逃してあげなさい」

 

 喧騒の中で、しかしその声だけははっきりと憲兵の耳に届いた。

 振り返れば、倒れている金髪の少年を助け起こす、1人の騎士の姿がそこにあった。

 

「……団長」

「お(はよ)う。朝から大変だったな」

「いつからご覧になっていたんですか?」

「んー、お前が全裸の不審者を見つけて「詰め所までご同行願いたい」って言ってるところから、かな」

「最初からじゃないですか」

「はっはっは」

 

 鍛え上げられた、明らかに体格の良い体を存分に活かして、気絶したままの少年を騎士はひょいと抱え上げた。

 

「今年の新入生はどいつもこいつも、活きが良くて良いな。実に結構だ」

「笑い事ではありませんよ。入学初日の朝から、全裸で肩幕を懸けた決闘を行うなんて、前代未聞です。必ず騒ぎになります。あんな少年が本当に騎士になれるのかどうか……」

「ふむ……そうだなぁ。たしかに、礼節を弁えた立派な騎士にはなれんかもな」

 

 顎に薄く生やした髭をさすりながら、騎士は答えた。

 

「しかし、ああいうおもしろい人間が案外、世界を救う勇者になるのかもしれないぞ」




 勇者が現第三騎士団団長、レオ・リーオナインから肩幕を勝ち取った逸話は、現在でも語り草になっている。誇り高い騎士であるリーオナイン団長はその敗北を隠すどころか、今でも部下たちに自慢気に語って聞かせているらしい。
 銅像の前では観光客向けに転写魔術の記念撮影が行われているが、もしもリーオナイン団長がそこに居合わせてくれたら幸運である。サービス精神旺盛な彼は、観光客と一緒に写真に入ってくれるという。もちろん、地面に倒れた姿で。

〜王都ガイドブック・勇者名所十選より〜

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