はやいもので、おれが騎士学校に入学して一週間が経った。
今までずっと辺境の土地で暮らしてきたので、王都での生活は結構楽しい。山奥で極貧生活を送っていた頃に比べると、衣食住と学びの環境が保証されているのが、もう本当に最高すぎる。これ以上ない贅沢だ。
一緒に授業を受ける同級生とも大体顔見知りになって、仲良くなることができた。
唯一、問題があるとすれば……
「おはよう、全裸くん」
「お、全裸野郎は今日も早いな」
「ぜんらっち! 昨日の宿題やった!? やってたら見せて! お願い!」
おれのあだ名が『全裸』で固定されつつあることくらいだろう。
「おれの名前は全裸じゃないんだが」
「知ってるよ」
「知ってるなら直せよ」
今度飯奢ってくれ、と交換条件を提示しながら、課題のノートを手渡す。
クラスメイトたちがフレンドリーに話しかけてくれるのはおれとしてもとてもうれしいが、あだ名が『全裸』で固定されつつあるのは、実に悩ましい、由々しき事態である。もちろん、原因はわかっている。
「おはよう! 諸君!」
この金髪バカイケメンのせいだ。
「レオ……」
「やあ、親友。ひどいじゃないか。一緒に登校しようと思っていたのに」
「お前が身支度の準備に時間をかけ過ぎるのが悪いんだよ。あと親友はやめろ」
「何を言うんだ。騎士たるもの、服装の乱れに気を配るのは当然だろう」
「だからって鏡の前で女子みたいにいつまでも髪整えなくてもいいだろ」
「フッ……ボクはくせっ毛だからね。整えるのに少し時間がかかってしまうのは仕方ない」
「レオっちとぜんらっち、仲良いよね〜」
「よくない」
「良いとも」
くそっ!コイツがさも「彼とは昔からの友人なんだ」みたいな顔で隣にいるのが腹立つ!
べつに悪いやつじゃないから普通に話してて楽しいのもなんか逆に腹ただしい!
「しかし、レオも災難だよな。入学早々、
「まったくだよ」
「待ってくれ。災難だったのはおれの方だろ。全裸だったのにコイツに無理矢理決闘申し込まれたんだぞ?」
「それはそもそも全裸だった全裸が悪くない?」
ぐうの音も出ない正論に押し黙る。
正直、全裸で町中で決闘とか、やらかし以外のなにものでもなかったので厳罰を覚悟していたのだが、意外にもおれへのお咎めは反省文の作成だけだった。まあ、仕掛けてきたのはレオの方だし、全裸になった遠因もレオの方にあるので、悪くないといえば悪くないのだが、思っていた以上に軽い措置である。
おれの目の前で、レオが胸を張る。
「ボクの説明がよかったからね。感謝してくれたまえ、親友」
「いや、それくらいは当然だからな? あと親友はやめろ」
「
「じゃあ、またこれ賭けて再戦するか? 今度はちゃんとした場所で」
一応、規則ということで制服の上から身に着けている
加えて言えば、現在のレオとおれの実力差は、ほとんどないように感じる。この前は全裸で勝つことができたものの、あれは偶然に偶然が重なった奇跡のようなものだ。また戦えるなら、ぜひ戦いたい。強いヤツと戦うのは成長への近道だし。
「いや、遠慮しておくよ。キミの股間に触れた肩幕を着用したくはないからね」
レオの一言で、おれの周囲のクラスメイトたちがさっと距離を取った。
おいおい。そんな汚いものから距離を取るような反応をされると、さすがにおれも傷つくな。
「は? ちゃんと洗ってるんだが?」
「ちゃんと洗っててもいやだよ。ボクはまた適当にキミ以外の相手を倒して肩幕を取ることにするさ」
「遠慮するなよ」
「遠慮はしてない」
なぜかレオもおれの肩幕からじわじわと距離を取る。なんだよ。一回腰に巻いただけだぞ。
また文句を言ってやろうかと思ったが、騒がしい足音を伴って、教室の扉が開いた。
「ゼンラ! ゼンラはいるか?」
入ってきたのは、おれたちのクラス担任のナイナ・ウッドヴィル先生。銀髪で褐色で巨乳が特徴。見た目がキツめの美人である。外見に違わず言動は厳しいが、生徒想いで冗談も返してくれる良い先生だ。
「ウッドヴィル先生、その名前っぽいイントネーションで呼ぶのはやめてください。あとおれの名前はゼンラじゃないです」
「ああ、すまない。生徒の顔と名前はいつも早く覚えるように努力しているんだが、まだきみたちが入学して一週間だからな」
嘘つけ絶対わざと呼んでるだろ。
「その
「まさか先生も汚いっていうんですか?」
「ん? 汚したのか? 綺麗に身に着けていて感心だと思ったんだが」
「いえ、なんでもないです」
汚れていたのはおれの心だったようだ。
「リーオナインもそうだったが、入学して一週間も経たずに七光騎士になった一年生は、ほとんど前例がない」
「フッ……照れますね」
「お前もう落ちてるだろうが」
いつの間にかレオがおれの隣に並んでドヤ顔をしていた。コイツ気配消すの異様に上手いんだよな。なんか気がついたら隣にいるからやめてほしい。
「
「じゃあ、おれがその生徒会長に決闘を挑んで勝ったら、一気にトップに立てるってことですか?」
「きみの発想は蛮族のそれに近いな……」
でも、一番強い人間が、生徒たちのトップに立つってことでしょ? わかりやすいシステムだ。
肩幕に備わっている結界魔術も、決闘を推奨するような仕様だったし、上の立場に就きたいなら実力で奪い取れ、ということなのだろう。
「これは親友としての忠告だけど、やめておいたほうがいいよ。当代の生徒会長は、歴代でも屈指の実力者と言われている。入学式でも挨拶をしていただろ? ほら、黒い
「いや、おれ入学式出てないし……」
「ああ……」
レオに遠い目をされてしまった。
まあ、ウッドヴィル先生が伝えたいことは大体わかった。
「とりあえず、おれもその生徒会の仕事に参加しろってことですよね?」
「うむ。私としては、初日から屋上を爆破し、二日目に全裸で決闘をしたバカ者を生徒会に参加させるのは、誠に遺憾なんだが」
「そう言わないでください、先生。おれほど模範的な生徒はなかなかいませんよ」
「鏡をみてこい」
「精悍な顔つきのやる気に溢れた若者が写るだけだと思いますよ」
「フッ……照れてしまうな」
「お前の話はしてないんだよ」
おれとレオと漫才をしていても埒が明かないと思ったのだろう。先生は呆れを隠そうともせずに手を軽く振って話を締めた。
「とにかく放課後、授業が終わったら生徒会室に行きなさい。きみもそれを身に着けるからには、他の生徒からも先生方からも注目される。皆の模範にならなければならない立場になったということだ。わかったな、ゼンラ」
「先生、その名前だと模範になれません」
「全員着席! 授業をはじめる!」
この人絶対わざと呼び続ける気だろ。
騎士とは、王から認められ、叙任を受けた人間の総称である。古くは各地の諸侯が王都に赴き、国王から騎士の称号を賜ることで任命されていたが、それはもう昔の話。現在では専門的な訓練を受けた王都直轄の兵士の総称として認識されている。
騎士学校では、三年間の訓練過程を経て、卒業と同時に騎士の称号を取得。各地の騎士団や王都の守護として配属されるのが基本的な進路になる。まあ、おれは強くなったらそのまま世界を救いに行きたいので、騎士になる気はないんだが……この学校を卒業しても職業騎士にならない人間はいくらかいるらしいので、べつに大丈夫だろう。おれの就職希望は勇者一択である。
「……」
レオと同じクラスになったことも驚いたが、アリアと同じクラスになったことにも驚いた。そういえば、ウッドヴィル先生は「問題児はまとめて見ることになった」とか言っていたので、それを中和するためにおれやアリアのような模範的な生徒を固めているのかもしれない。レオは間違いなく問題児だ。
隣の席のアリアは、真面目という言葉をそのまま形にしたような表情で、ノートにペンを走らせていた。窓から漏れる太陽の光が、うしろで二つにわけたツーサイドアップの金髪を照らしている。こうしてふと横に目をやると、本当に美人だなと思う。
すっ、と。ノートの切れ端が差し出される。見てみると、そこにはきれいな文字が綴ってあった。
『授業中の盗み見は罰金だよ? 』
なんだコイツ。全然集中してないじゃねぇか。
視線を黒板の方へ戻しつつ、おれも切れ端に返事を書き込んだ。
『これは失礼しました。お姫様』
『全裸くん、最近人気者だね』
『全裸はやめてくれ』
『上の学年の人たちも、全裸くんの噂で持ち切りらしいよ』
『レオが無駄に広めたからだろ』
視線はお互いに前の黒板に向けたまま。テンポよく言葉を書き込んで、切れ端をやりとりする。
『いいなぁ。あたしもみんなとお話したい』
『すればいいじゃん』
『なんかまだ距離とか遠慮があるみたいで』
『やっぱりお姫様だからじゃない? 』
『きみまでそういうこと言う』
『ごめんて』
こういうやりとりが、案外楽しい。
『放課後はひま? 』
『生徒会から呼び出し受けてる』
『やっぱり人気者だ』
『茶化すなよ』
『ごめんごめん。じゃあその用事がおわったあとでいいから』
さらさら、と。ペン先が紙の上を踊る。
『放課後、一緒に遊びに行こうよ』
くすり、と。前を向いたまま、横顔が笑った。
「間違いないね、それはデートだよ」
「やっぱり!? やっぱりそうだよな!?」
昼休み。
おれはレオを裏庭のベンチまで引きずっていき、先ほどのアリアとのやりとりについて話していた。
「やるじゃないか。まさか入学早々に、しかもプリンセスと放課後デートの約束を取り付けてくるなんて。ボクも鼻が高いよ」
「お前はおれの何なの?」
「親友だとも」
サンドイッチをもぐもぐと頬張りながら戯言をほざいているこのバカに相談を持ちかけるのは癪だったが、しかし背に腹は代えられない。おれは思い切って、次の言葉を紡いだ。
「それで、ちょっと聞きたいことがあってだな」
「相談!? キミがボクに!? これはめずらしいね。はじめてじゃないかい?」
そりゃまだ知り合って一週間しか経ってないからな。
「おれ、王都に来たばかりで右も左もわからないんだけど、その……なんというか、女の子が喜びそうな店とか、そういうのを教えてもらえると助かるというか……」
「ふむふむ」
「あと、なんかこう……女の子と二人で歩く時に気をつけるべきこととか、そういうことがあるなら」
「童貞丸出しだね、親友」
おれは立ち上がった。
「お前に頼んだおれがバカだったよ」
「冗談だよ。そう怒らないでくれ」
くっ……恥を偲んで頼んでいるとはいえ、やはりこの恥ずかしさは耐え難いものがあるな。
しかし、レオはどこに出しても恥ずかしくないタイプのイケメンである。すでに性格の方が残念であることはクラスメイトに周知されつつあるものの、他クラスや上の学年の女子からの人気は相変わらず高いらしい。入学早々、七光騎士になったが全裸の変態に負けてしまった悲劇の貴公子、というのがコイツに対する大まかな印象なのだという。なんかおれが変態扱いされてるみたいで腹立ってきたな……
とはいえ、繰り返しになるがレオはどこに出しても恥ずかしくないタイプのイケメンである。認めたくないが、おれよりも女性経験は断然豊富だろうし、力にはなってくれるはずだ。自称親友だし、現在進行系で訳知り顔で頷いているし。
「なるほど。理解したよ。キミの力になってあげたいのは山々なんだが、しかし一つ問題がある」
「なんだ?」
「ボクも童貞だ。レディの手とか握ったこともない」
おれは立ち上がった。
「お前に頼んだおれがバカだったよ」
「冗談じゃない。これは真実だ」
冗談であってほしい。
なんでこんなナルシストの金髪イケメンで売っているようなヤツが、女の子の手も握ったことがないタイプの童貞なんだよ。それは詐欺だろ。
「待ってくれ親友」
「待たないぞ童貞」
「ボクは今まで己の研鑽に全力を注いできた。だから女性経験を積むような遊びにかまけている暇がなかったんだ」
「ものは言い様だな」
「でも、キミと違って王都には何度も来たことがある。商家の息子として、女性が喜びそうなお店に心当たりがないわけじゃないよ。どうする?」
「よろしく頼むぜ親友」
「素直で結構だよ」
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。聞くと愚か者に見えるが、聞かなければ本当の愚か者になる、とも言う。おれはレオに向かって深く頭を下げた。
うむうむ、と満足そうに頷いて、今度はレオが立ち上がった。
「じゃあ、ボクは次の授業の準備を手伝うように言われてるから、先に行くよ。デート先の候補はあとでリストアップして渡してあげるから、キミは口説き文句でも考えておくといい」
「……困るなぁ」
「最初から弱気なのは良くないよ、親友。女性を落とすのも勝負事と同じさ。弱気だと、勝てる勝負も勝てなくなるだろう?」
めちゃくちゃ良いこと言ってくれてるけど、コイツもめちゃくちゃ童貞なんだよな。
レオを見送って、ベンチに座ったままぼーっと空を見上げる。先日の全裸決闘事件以降、アリアのおれに対する態度はちょっと余所余所しくなっていたが、今日はなんとなく普通に話せた気がする。話せたというか、切れ端に書き込んでやりとりをしただけなんだけど……
「……ん?」
ガサゴソ、と。物音が聞こえた気がした。
ベンチの裏。植え込みで死角になっている方からだ。もしかして、猫でもいるのだろうか。ちょうど良い、猫は好きだし、話し相手になってもらおう。
「へーい。猫ちゃーん。出ておいで〜」
ガサゴソ、と。植え込みをかき分ける。
が、そこにいたのは、断じて猫などではなかった。
「……」
そこにあったのは、形の良い女性の臀部だった。
要するに、お尻である。
厳密に言えば、スカートが捲れ上がり、黒のタイツに包まれたパンツが薄く透けている……そういうお尻だった。ついでに言えば、色は白である。アリアの時といい、おれは白パンツに縁でもあるのだろうか。
とにもかくにも、上半身を壁に空いた穴に突っ込み、パンツを見せびらかしている下半身が、おれの目の前にあった。
なんだろう、これは。
「こんにちは」
ケツが、喋った。
「え、あ、はい。こんにちは」
「驚いているようだね」
そりゃ、いきなりケツに話しかけられたら、誰だって驚くだろう。
とりあえず、見るに耐えないのでおれは捲れ上がっているスカートをそっと戻してあげた。すると、ケツが左右に動いた。
「今の感触。もしかして、スカートを戻してくれたの?」
「ええ。まあ」
「紳士な後輩だ。感心感心。もしかして、ワタシのパンチラには魅力がなかったのかな?」
パンチラじゃなくてパンモロの間違いだろう。
「ところで、ちょっとお願いを聞いてほしいんだけど」
ケツがさらに言葉を紡ぐ。
「な、なんでしょう?」
「実は猫さんを追ってたら、見ての通り壁の穴に嵌って抜けられなくなっちゃったんだ。ぐいっと引き抜いてもらえるとうれしい」
「な、なるほど……?」
しかし、見る限りケツさんが通り抜けようとした穴はかなり小さく、腰の部分で完全に詰まってしまっている。引っ張っても抜け出すのはちょっと難しそうだ。多分、周りの壁を壊して出してあげた方が早い。
「ちょっと音が響くと思いますけど、踏ん張っててくださいね」
おれは拳を魔法で硬くして、壁に向かって振り上げた。
「うわっ!?」
雑に殴った壁が、雑に砕ける。元々穴が空いてたみたいだし、こんなものでしょう。
ぶっ壊した勢いで嵌っていたお尻が抜けて、こてんとこちら側に倒れてきた。それでようやく、おれは彼女の下半身だけではなく、上半身も確認できた。
首元のタイの色は、最上級生を示す青。対して、腰まで伸びる髪の色は漆黒。ブレザーの下に重ねているカーディガンも、髪色と同じ黒だった。きれいに切り揃えられた前髪から覗く琥珀色の双眸が、こちらを見上げる。
おれは、思わず固まってしまった。
それは彼女が美人だから、とか。見惚れてしまったから、とかではなく。壁の向こうに隠れて見えなかった上半身に、
──ほら、黒い
朝聞いたレオの言葉が、頭の中でフラッシュバックする。
「ありがとう〜! 助かったよ! 後輩くん」
その
「お礼は、デートの相談でいいかな?」
今回の登場人物
勇者くん
あだ名が『全裸』で固定されつつある悲しき存在。わりとカタカナで『ゼンラ』って語感は主人公として悪くないと思う。
アリア・リナージュ・アイアラス
アオハルプリンセス。勉強は好きじゃないが育ちが良いので字はきれい。まだ勇者くんとの距離感とか、そういうのを探ってる時期。はやく仲良くなりたい気持ちでいっぱい。というか友達がほしい。
レオ・リーオナイン
勇者くんの親友。王子様キャラぶってるが恋愛耐性がない。月刊少女野崎くんの御子柴から可愛げを取り除いてギャグに全振りしたような存在。顔だけはイケメン。サンドイッチはかぶりついて食べるタイプ。
ナイナ・ウッドヴィル
銀髪、褐色、巨乳の先生。以上です。これ以上何か必要でしょうか?
壁尻さん
パンツを見られても気にしないタイプの黒髪ロング先輩。七光騎士第一位。生徒会長。最強。