世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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勇者と女騎士ちゃん

 賢者ちゃんの協力で、騎士ちゃんが治めている領地にやってきたおれ達は、早速ピンチに立たされていた。

 

「ご、ごめんなさい……勇者、さん」

「大丈夫。きみが謝ることじゃない」

「でも、わたし……もう、ダメかもしれません」

「大丈夫だよ。全部吐き出せ。おれが、受け止めてあげるから」

「ゆ、勇者さん……っ」

 

 綺麗な真紅の瞳を潤ませた赤髪ちゃんは、肩を震わせながら頷いて、

 

 

 

「うぉええええええ」

 

 

 

 

「よしよし。全部げーってしなさい。げーって」

 

 はい。赤髪ちゃん、絶賛リバース中です。

 理由は単純で、どうやら転送用魔導陣の独特の浮遊感がダメだったらしく、一発で酔って気分が悪くなってしまったようだ。文明の利器、便利だけどまあそういうこともあるよね。

 背中をさすりながら、おれは奥に向かって叫んだ。

 

「おばちゃーん! やっぱバケツもう一個ちょーだい! あと水と布巾!」

「あいよ! ちょっと待ってな!」

 

 このあたりには何回か来たことがあったので、土地勘があったのが幸いだった。こうして、知り合いのおばちゃんがやっている宿屋に緊急避難して、赤髪ちゃんを介抱することができる。

 

「ほら、嬢ちゃん大丈夫かい? しっかりしな?」

「うぅ……すいません」

「いや、きみは喋らなくていいから。とにかく楽になるまで、げーってしなさい。げーって」

「やっぱ魔導陣の転送って、酔う子は酔っちまうんだねえ。王都までひとっ飛びできるのはありがたいけど、アタシはあんまり使いたくないよ」 

 

 魔術による長距離転送は、距離が長くなればなるほど酔いやすいらしい。おれの家がある町から王都まではそこまで距離がなかったので問題なかったが、ここは辺境の土地。かなりの距離を魔術に頼って移動してしまったので、無理が祟ったのだろう。

 

「おれ達が来る前に、あの転送魔導陣、誰か試したの?」

「そりゃもう、あのかわいらしい賢者ちゃんが設置したら、いのいちばんに姫様が試したよ」

「どうだった?」

「吐いてたよ」

「ダメじゃん」

「ダメだったねえ」

 

 姫様、というのは騎士ちゃんのことだ。ていうか、アイツも吐いてるんかーい。

 なんか酔い止めの魔術とかないのかな? 船用に酔い止めの薬草とかは売られてるし、それを使えば気休めくらいにはなるか? 今度、賢者ちゃんに改善案出しておくか。

 

「それにしても、やっぱ世界を救った勇者さまはモテるねえ。こんなかわいい子を」

「おろろろろ……」

「……こんなかわいい子をひっかけてくるなんて」

 

 赤髪ちゃんの見た目は文句なしに美少女だったが、リアルタイムで汚いものをリバースしている美少女を美しいと言うのは少し無理があったのか、おばちゃんは言い淀んだ。仕方ないね。

 

「いろいろと訳ありでね。この子を騎士ちゃんに紹介してあげたいんだ」

「まったく……人助けはいいことだけど、ひさびさに顔を見せたと思ったら女連れなんて。『   』様が悲しむよ」

「騎士ちゃんはそういうこと気にしないよ」

「けどねえ、『   』様はアンタのことを」

「おばちゃん」

 

 トントン、と。おれは赤髪ちゃんの背中ではなく、自分の耳を叩いてみせた。

 

「あ、ああ……ごめんよ。気をつけていたのに、つい……」

 

 おばちゃんも最初は騎士ちゃんのことを『姫様』と呼んでいたが、喋りに熱が入るうちに、無意識に彼女の名前を言ってしまっていたらしい。

 おれには、彼女の名前は聞こえない。

 

「いやあ、全然大丈夫だよ。ただ、聞こえないから気をつけてね、ってだけ。むしろ、気を遣わせちゃってごめん」

「……アンタが謝ることじゃないだろう」

 

 くしゃっと。顔を歪ませたおばちゃんは「追加の水をとってくるよ」と言って、カウンターの奥に引っ込んでしまった。

 ああいう気持ちの良い元気なおばちゃんに、あんな顔をさせてしまうのは、ちょっとつらい。

 

「うぉおおおえ……」

「はいはい。よーしよしよし」

 

 いやだめだ。やっぱこっちの方がつらそうだ。

 コイツ、よく食ってたからほんとよく吐くな……

 

 

 

 

 

「すいません。ごめんなさい。申し訳ありませんでした」

「謝罪のフルコースみたいだ」

 

 赤髪ちゃんが回復したので、宿屋のおばちゃんにお礼を言って、騎士ちゃんの屋敷に向かう。

 

「謝らなくていいよ。それより大丈夫? すっきりした?」

「はい! 全部吐いたからバッチリです!」

 

 ふんす!と赤髪ちゃんはガッツポーズする。まあ、気持ち悪いのって基本的に全部吐いてしまえばすっきりするからね。根拠は死霊術師さんと飲んでる時のおれ。あの人マジで酒強すぎておかしい。

 

「ところで勇者さん」

「はいはい」

「騎士さんは、勇者さんとは一番付き合いが長い人なんですよね?」

「そうなるな」

「最初は、どちらでお知り合いになったんですか?」

「えーと、まず騎士学校で出会って、退学になって」

「退学!? なんでですか?」

「いやほら、なんというか、おれもちょっとバカをやってた時期があってね……」

 

 そうなんだよ。おれ、高等学校中退してるんですよ。学歴があかんことになってる。今回の件が片付いたら、賢者ちゃんに魔術学校通わせてもらえないか頼んでみよっかな……

 

「まあ、とにかく。そこから一緒にパーティ組んで、冒険はじめてからは基本的にずっと一緒だったから……かれこれ六年くらいは、一緒にいた計算になるか」

「ほえー、すごい。どんな方なんですか?」

「まず、めちゃくちゃ強い」

「は、はい」

「次に、美人」

「お、おぉ」

「あと、隣国の第三王女」

「えっ!? お姫さまなんですか?」

「言ってなかったっけ?」

「聞いてませんよ! そんな高貴なお家柄だったなんて……じゃあ勇者さん、お姫さまと一緒に六年以上も旅してたってことですか?」

「そうなるね」

「す、すごいなぁ」

 

 うう、となぜか赤髪ちゃんは肩を落として、体を固くした。

 

「わたし、記憶喪失なので隣のお国のこととか全然わからないんですけど」

「そうだろうね」

「でも、本物のお姫さまに会うなんて、多分はじめてですよ」

「記憶喪失になる前に会ったことあるかもしれないじゃん」

「また勇者さんはそういう屁理屈を言う!」

 

 ぽかぽか、とじゃれてくる手をいなしながら、メインの街道から外れて、脇道に入っていく。家や商店の数はめっきり減り、畑ばかりが目立ってきた。というか、ここまで来るともう畑しかない。

 

「……なんか、街の中心から外れているように感じますけど、こっちで合ってるんですか?」

「うん。合ってる合ってる。そろそろ会えると思うよ」

「うぅ……本当に緊張してきました。わたし、無礼なこととか言ってしまったらどうしましょう。勇者さん、ちゃんとフォローしてくださいね」

「だから大丈夫だって」

 

 赤髪ちゃんは記憶喪失のわりに、言葉遣いや礼儀作法がしっかりしているので、そこの心配はしていない。初対面でも、相手ときちんとコミュニケーションを取れる。賢者ちゃん? あれは精神的にまだメンタルクソガキなところあるから例外です。

 

 

「おーい! 勇者くーん! こっちこっちー!」

 

 

 畑のど真ん中から大声が響いて、赤髪ちゃんがぎょっと振り返った。

 遠目でもわかる、女性にしては高い背丈。長く艶やかな金髪は後ろで括られ、ちょうど収穫期の稲と同様に、ぴかぴかと輝いている。

 おれも、手をあげて大声で叫び返した。

 

「こっちだと思ったよ!」

「ははっ! 相変わらずいい勘してるねー! ほんとは屋敷の方で待って、ちゃんと出迎えようと思ってたんだけど。人手が足りないから、収穫に出てきちゃったよー! ごめんねー!」

「相変わらずよく働いてるな!」

「そりゃもちろん、領主ですからー!」

 

 庶民と変わらない作業着に、大きめの帽子。汚れが目立たない紺色のズボンに、首元には汗を拭うためのタオルをぶら下げている。

 

「おひめ、さま……?」

 

 うん。赤髪ちゃんの困惑はわかる。

 

「うちのパーティーの姫騎士様、めちゃくちゃ庶民派のいい子なんだよ」

 

 

 

 

 

「さあさあ、遠慮せずに食べて食べて!」

「いただきます!」

 

 田舎のメシというのは、得てして味つけが濃くて、量が多い。要するに、雑に美味い。

 じゃがいも! なんかデカい肉! トマト! 土地のパン! デカい器に並々のスープ! そんな感じのメニューだ。

 騎士ちゃんの屋敷に案内されたおれたちは、テーブルの上に所狭しと並べられたご馳走にありついていた。

 

「おいしい〜!」

 

 胃の中身がからっぽになってお腹が空いていたのか、赤髪ちゃんはもりもりと皿の上の料理を口に運んでいる。すごいなコイツ。さっきまで胃の中身吐き出していたのに……いや、胃の中身を出したからこそ、これだけ入るのだろうか。

 

「今年は野菜が全体的に良い出来でね〜。ほら、賢者ちゃんが転送用の魔導陣置いてくれたじゃない? だからアレで勇者くんのところに野菜送ろうと思ってたんだよね」

「ああ。騎士ちゃん、あれで移動して吐いたんだって?」

「うぇ!? ちょ、誰に聞いたの!?」

「宿屋のおばちゃん」

「も〜、ほんと口が軽いんだから、恥ずかしい……」

「いや、わかるよ。昔から船とか乗ると絶対酔ってたもんな。思い出したわ」

「それも言わないでよ!」

 

 短いやりとりの合間にも、喜怒哀楽がくるくると切り替わる。

 矛盾していることを承知で言うが……表情豊かな美人は、とてもかわいい。

 騎士ちゃんは、よく笑い、よく喋り、よく食べ、よく飲む。死霊術師さんほどじゃないが、実はこの子も結構酒に強い。

 

「はい、勇者くん。お姫様がお酌をしてあげよう」

「ははっ……ありがたき幸せ」

 

 それっぽく頭を下げて、土地の酒を騎士ちゃんに注いでもらう。美人にお酌してもらって申し訳ないね。

 昼間から酒なんて、冒険していた頃には考えられなかった贅沢だけど、なんだかんだ一年ぶりの再会だ。たまには豪勢にいかせてもらっても、バチは当たらないだろう。そもそもおれ、神様とか信じてないし。

 

「それにしてもやりますなあ、勇者くん。ぐだぐだ引退生活を満喫してると思ったら、こんなかわいい子を連れてくるなんて!」

「それさっき言われた」

「え、誰に言われたの!?」

「宿屋のおばちゃん」

「あたし、宿屋のおばちゃんと一心同体じゃん!?」

 

 騎士ちゃんの叫びに、ついに給仕に徹していたメイドさんが、くすっと吹き出した。

 ふと、横を見るともりもりとご飯を食べていた赤髪ちゃんが、手を止めて騎士ちゃんを見ていた。

 

「ん? どうかした? 何か足りないものがあるなら、持ってこさせるよ」

 

 その視線に気がついた騎士ちゃんが、横目でにこりと微笑む。

 そのやわらかい笑みには、ほんのりと気品が感じられた。

 

「それとも、お料理がお口に合わなかったかな?」

「そ、そんなことないです! とってもおいしいです!」

「よかったよかった。それ、あたしが作ったやつだから、うれしいよ」

 

 じゃがいも料理を指差して、騎士ちゃんが言う。赤髪ちゃんも表情が豊かな方なので、目を丸くして驚いた。

 

「お姫さまが!? お料理、されるんですか?」

「するよ? バリバリやっちゃうよ。あなたも食べるの好きなら、お料理は習っといた方がいいぞ〜。男を掴むためには、まず胃袋からって言うしね」

「な、なるほど」

「あたし、こう見えても騎士だから、聖剣を二本持ってるんだけどね。そのじゃがいもは炎が出る方で、こう、パパーっと」

「焼いたんですか?」

「焼くわけないじゃん。フライパン使うでしょ普通」

「えぇ……ゆ、勇者さん!?」

 

 おもしろいくらいに。からかわれている。

 赤髪ちゃんに助けを求められたけど、おれは視線をそらして料理を口に運んだ。じゃがいもうめぇ。

 

「酒入ったらこんなもんだよ。慣れな」

「えええ……」

「この子、かわいくておもしろいね〜」

 

 よしよし、と。騎士ちゃんは赤髪ちゃんに横から抱きついて、頬擦りする。美少女と美人が絡んでいると、大変眼福ですね。ありがとうございます。

 

「あの、す、すいません……お姫さまに対して、失礼に、あたるかもしれないのですが」

「いや、赤髪ちゃん。おれは一方的に頬擦りしてくるヤツの方が、普通に失礼だと思うぞ」

「勇者くん、うるさい。まぁたしかに、そんなにかしこまらなくても大丈夫だよ。で、なになに?」

「ええっと、お姫さまって……隣の国のお姫さま、なんですよね?」

 

 おそるおそる、といった様子で赤髪ちゃんが聞く。

 なんか謎掛けみたいだな。

 

「あぁ、うん。あたし、お姫様っぽくないでしょ。よく言われるよ」

「実際、お姫様やってた期間より、おれと冒険者やってた期間の方が長いまであるからな」

「それはある」

 

 横から茶々を入れると、騎士ちゃんは大仰に腕を組んで「うんうん」と頷いた。

 オンオフはしっかりしているが、騎士ちゃんは元から堅苦しいのは好きではない性分だ。

 

「だからさ。あたしは勇者くんがせっかく連れてきてくれたあなたとも仲良くなりたいなって。あたしのことは、気軽に『騎士さん』とでも呼んでよ」

「……はい! わかりました、騎士さん!」

「よしよし。それで、何か聞きたいことはあるかな?」

「そうですね、じゃあ……勇者さんの恥ずかしい思い出、とか?」

「急にぶっこんでくるのやめない?」

「いいね。長くなるよ」

 

 やめてやめて。長くしないで。

 

 

 

 

 

 

 長くなった。

 日が落ちて、もう外はすっかり真っ暗だ。おれと騎士ちゃんは、酒のグラスを持ってテラスに出た。アルコールで火照った体に、風が気持ちいい。

 

「赤髪ちゃん、寝ちゃったね」

「お腹いっぱいになって寝ちゃうのは、完全に子どもなんだよな……」

「かわいいよ、あの子」

「それは間違いない」

「記憶喪失っていうのが、いまいち実感が湧かないけど」

「普通に会話はできてるからなあ。話していても、違和感はそんなにないし」

「どこで助けたの?」

「ウチの街外れの、森と荒野の間。馬に乗って、追手から逃げてた」

「あなたのことだから、どうせ追手は全員ぶっとばしてそのままにしちゃったんでしょ?」

 

 なんでわかるんだよ。

 肩を竦めて、それらしく酒を煽ってみせる。

 

「賢者ちゃんにも怒られたよ」

「当然でしょ」

「調べられるか?」

「あのあたりの騎士団に働きかければ……あんまり当てにはしないでほしいけど、やってみる」

「助かる」

 

 なんだかんだで、騎士ちゃんは本当に頼りになる。

 

「でも、それよりもこっちだよね」

 

 言いながら、騎士ちゃんは一枚のメモを懐から取り出した。そこに記されているのは、現状唯一の手掛かり。赤髪ちゃんの名前だ。

 

「名前だけで王国の隅々まで戸籍名簿を辿るのは、さすがにちょっと厳しいけど……」

「時間がかかってもいい」

「……うん。そうだね」

 

 透けるような金髪が、風に揺れる。メモ帳に記された名前を、騎士ちゃんはじっと見詰めた。

 おれが読めない、あの子の名前。

 

「どんな名前だった?」

「え?」

「赤髪ちゃんの名前だよ。なんかこう、響きがきれいとか、そういうのあるだろ?」

「……ふぅん」

 

 今日、出会ってからずっと笑顔を見せてくれていた女の子が、はじめて表情から明るさを消した。

 

 

 

「あたしの名前は忘れたのに、あの子の名前は気になるんだ?」

 

 

 

 テンポ良く進んでいた会話が、ぴたりと止まる。

 

「いや、それは……」

「うそうそ。ごめんね。いじわる言っちゃった」

 

 表情に、笑みが戻る。けれどそこに、先ほどまでの明るさはない。蒼色の瞳に、こちらの心まで見透かされてる気がした。

 

「……なにか、つまむもの取ってくるよ」

 

 言い残して、揺れる金髪が視界から消える。

 騎士ちゃんのああいう顔を、ひさしぶりに見た。見てしまった。いや、ああいう顔に、させてしまった。

 

 

「……最悪だなぁ、おれ」

 

 

 グラスの中に残っていた液体を、一気に煽る。

 あー、くそっ。酒の味がしねぇ。

 

 

「……はぁ」

 

 

 調子に乗って飲み過ぎたから、余計なことを言ってしまったのかもしれない。なんだか、視界がぐらぐらと揺れている。

 手から力が抜けて、グラスが滑り落ちた。

 

「……あ?」

 

 グラスを、落とした。砕けて、割れた。

 音でそれを認識したのと同時に、膝から力が抜ける。

 

 

 

 

「ゆっくりおやすみ。『  』くん」

 

 

 

 

 その声を最後に、おれは意識を手放した。




今回の登場人物

・勇者くん
 一服盛られた。

・ゲロ女
 記憶喪失。同じく一服盛られた。

・宿屋のおばちゃん
 とても良い人。

・女騎士ちゃん
 一服盛った。
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