世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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勇者の騎士学校生活。イチャイチャデート編

 口に含んだクリームが甘い。

 

「ん……! おいし」

「よかったよかった」

 

 アリアが彼に連れて来られたのは、落ち着いた雰囲気の喫茶店だった。落ち着いた雰囲気のわりに、注文して出てきたのはそびえ立つような見た目のファンシーなパフェだったので、雰囲気と商品のギャップがとても激しい。

 

「取り分け用のお皿もお持ちしましょうか?」

 

 ウェイターが気を利かせて言ってきたが、アリアは人懐こっく笑いながら首を振った。

 

「あ! 大丈夫です! すごくおいしいので……多分、その……一人で食べちゃうかなって」

「かしこまりました。おかわりも遠慮なくお申し付けください」

「それは……検討します」

「ええ。ごゆっくり」

 

 恥ずかしいやりとりをしてしまった。

 赤面しながら、アリアはパフェの甘さに舌鼓を打つ。照れ隠しで何か話さないと、もっと顔が赤くなってしまいそうだ。

 

「よくこんなお店知ってたね」

「それは褒めてる?」

「もちろん。褒めて遣わす」

「はは。ありがたき幸せ」

 

 対面に座る顔も、緩んで笑う。

 

「入れ知恵してもらった」

「誰に?」

「グレアム先生」

「ああ」

 

 変に格好をつけずに、素直に教えてもらったと白状するのが、また彼らしい。まったく、あの上裸先生は本当に何が狙いなのだろうか。

 アリアは眉根を寄せて、またパフェから次の一口をパクついた。なんだかいいように遊ばれている気がするが、オススメのパフェがおいしいのは間違いないのでどうしても表情は和んでしまう。

 しばらく黙々とクリームとフルーツの山を掘り進めていると、視線がこちらに向いていることに気がついた。

 

「なに?」

「いや、うまそうに食べるなぁって」

「だって、おいしいものはおいしく食べなきゃ損じゃない?」

「そりゃそうだ」

「たくさん食べる女の子は、はしたないかな?」

「おれはおいしそうにいっぱいごはん食べる子の方が好きだよ」

「わあ、白々しいセリフ。あたし以外の女の子にそれ言っちゃだめだからね」

「なんでだよ」

 

 最初に会った頃に比べると、会話の内容も随分気安くなったなと思う。でも、それは決していやではない。むしろ、うれしい。

 彼が向かいの席に座っていて、一緒に何かを飲み食いをするのが当たり前になって。そういう当たり前が、アリアは楽しかった。

 

「王宮にいた頃はこういうパフェつっつけなかったからなー。カフェとかにも気軽に行けなかったし」

「へえ、そういうもんなのか。お姫様は好きなときに好きなもの食えるものだと思ってたけど」

「全然そんなことないよ。出されるものはもちろん豪勢ではあったけど、あたしは大体一人で食事をとってたし……」

 

 父は政務で忙しく、腹違いの姉たちはそもそもアリアと一緒に食事の席に着こうともしなかった。

 良い食材が使われていたのはわかる。腕の良い料理人が、栄養バランスを考えて作っていたのもわかる。

 それでもアリアは、広くて冷たい部屋で、無言のまま黙々と食事をとる時間が好きではなかった。食事がどんなに温かくても、心はずっと冷たかった。

 だから、目の前の少年と一緒に食べるこのパフェは真逆だな、とアリアは思う。

 冷たくて、甘いけど、温かい。

 

「すごく当たり前のことかもしれないんだけど」

「うん」

「誰かと一緒に食べたら、おいしいものはもっとおいしくなるね」

「…………そういうセリフ、おれ以外の男に言わないでほしい」

「なんで!?」

「レオになら言ってもいいよ」

「いや、レオくんはあたしが何か言わなくても、大体いつも何かしら喋ってるし……」

「それはそうだ」

 

 また笑い合って、一拍の間を置く。言葉のやり取りが消えて、沈んで黙る。

 今までアリアは、沈黙は気まずいものだと思ってた。国王である父親と話す時は、いつもなんとか父の気を引けるようにと、必死に話題を探して、自分から懸命に言葉を紡いでいた。でも、そういう会話はきちんと言葉のやり取りをしているようで、いつも中身が上滑りしているような虚しさがあった。

 でも、今。自分と彼との間に流れる沈黙は、不思議と心地良い。

 一緒にいるだけで楽しい、というのは……こういうことを言うのだろうか? 

 

「アリアはさ。最近、雰囲気やわらかくなったよな」

 

 ぽつんと。言われて、目を瞬いた。

 

「そう、かな?」

「うん。最初はもっと鋭利な横顔してた」

「鋭利な横顔ってなに? 褒めてないでしょ」

「褒めてる褒めてる。美人ってことだよ。でもとんがってた、みたいな」

「……あたし、そんなに人を寄せ付けない雰囲気してた?」

「そこそこ。入学式をサボって、屋上から空を見上げてるくらいには……」

「あーあーあー! 言わないで! お願いだからそれ以上は言わないで! それ、すごい恥ずかしい過去だから!」

「まだ一年経ってないんだが……?」

「う……」

 

 まだ目の前の少年と出会ってから、一年も経っていないことに、今さらながらに気付かされる。

 彼は、続けて畳み掛けてきた。

 

「アリアって多分、人間が好きだと思うんだけど」

「まって。なにその大きい前提条件」

「いや、人間が好きか嫌いかで言ったら、アリアは絶対に好きだと思うんだよ。誰かと話してる時は楽しそうだし、はじめて行った店の人ともすぐ仲良くなるし、みんなの名前も最初からちゃんと覚えてたし」

「うんうん。そうだねゼンラくん」

「おれの名前もそろそろ覚えましょうか?」

 

 冗談で誤魔化しながら、嬉しさを覚える。

 一年も経っていないのに、少年はアリアのことを、随分深く見ているようだった。

 また言葉を探して、彼の視線が少し泳ぐ。

 

「だから、なんというか。あの時と違って今はもう友達も増えたと思うし、おれがこれを聞くのはお節介かもしれない。だから、答えたくなかったら答えてくれなくて、構わない。でも、教えてくれるなら教えてほしい。入学した頃……今も、かもしれないけど。アリアが悩んでいるのは、家のこと?」

 

 言い当てられて、口をつぐんだ。

 グレアムに言われたことを、アリアは思い出した。

 

 ──簡単だよ。己を知ることだ

 

 自分は本当に、自分のことを理解できているのだろうか?

 

「うん。そうだよ」

 

 恐る恐る、肯定する。

 でも、口に出して相手に伝えることで、なんとなく自分のことを客観的に見詰められる気がした。

 

「きみが言う通り、あたしは、多分、人と喋るのが好き」

 

 自分がほしい時に、ほしい言葉をくれたらうれしいから。

 

「人に頼られるのも、多分、好き」

 

 自分を求めてほしい時に、求めてくれたらうれしいから。

 そういう人がくれる甘さを、きっとほしがりで浅ましい自分は、無意識のうちに望んでいて。

 

「あと、名前。名前を、呼んでもらうのが好き」

 

 こんなことを言ったら、また重い女って言われそうだな、と。

 内心の苦笑を胸の内に留めて、アリアは言った。

 

「あたしのお母さん、正式な妃じゃないの。簡単に言っちゃうと妾の子ってやつ、かな」

 

 彼の顔が、わかりやすく歪む。

 でも、これはべつにめずらしい話ではない。王族が跡継ぎの問題を鑑みて、正妻以外との間に子どもを作るのはよくあること話だ。

 ただ、アリアの母親は元々王宮内の小間使いであり、特に身分が低かった。そして、アリアは男児ではなく、上にはすでに腹違いの姉が二人いた。

 

「お母さんはあたしが生まれたあと、病気で死んじゃって……家にあんまり居場所がなくて。姫様、とか。お前、とか。そういう呼ばれ方に慣れちゃったんだ」

 

 自分という存在は、ちょっとした間違いが元で生まれて、けれどちょっとだけ特別な才能を持っていたから捨てられずに済んだ。あの家にとっては、捨てられるものなら捨てたいが、しかし捨てるには少し惜しい。そういう便利なゴミ程度の存在でしかない。

 当たらず触らず。腫れ物を扱うようにアリア・リナージュ・アイアラスは育てられてきた。

 

「でも、だから……この学校で、いろんな人と仲良くなって、いろんな人に名前を呼んでもらえるのが、あたしは、うれしかったんだと思う」

 

 姫という立場を抜きにして。

 目の前にいる彼や、騎士学校で出会った友人や先輩たちは、アリアに対して遠慮も容赦なく、当たって触れてぶつかってきた。

 アリアにとって、それははじめての経験だった。だから、彼が言うように、少しだけ変わることができたのかもしれない。

 

「ごめんね。せっかく遊びに来てるのに、暗い話しちゃった」

 

 軽く拝んで、軽い口調で空気を戻そうとする。

 けれど少年は黙ったまま、本当に難しい顔のまま、腕を組んだ。

 

「……アリア」

「なに?」

「アリア」

「え」

「アーリーアー」

「ちょっと……」

「ありあー」

「なに!?」

 

 普通に。伸ばして。緩く。歌うように。

 自分の名前を連呼されて、アリアは戸惑った。すごく戸惑った。

 

「良い名前だよな、アリアって。すごくきれいな響きで、何回でも呼びたくなる」

「あのさぁ……からかってる?」

「違うって。本当にそう思ってるよ」

 

 だからさ、と。

 カフェオレのカップを置いて、アリアの瞳を正面から見て、少年は言った。

 

「名前を呼ぶよ」

 

 当たり前の……けれどアリアにとっては当たり前ではないことを、彼は言った。

 

「おれが、アリアの名前を呼ぶ。困った時は叫んで呼ぶかもしれないし、ケンカした時は怒りながら呼ぶかもしれない。でも、それでも……おれはアリアの名前をたくさん呼ぶよ」

 

 ああ、だめだ。

 それは、ずるい。

 

「家のこととか、生まれのこととか。そういう悩みでは力になれないかもしれないけど、名前を呼ぶことくらいなら、おれもたくさんできるから」

 

 ほしい時に、ほしい言葉をくれたら。

 求めてほしい時に、求めてくれたら。

 そんなやさしい甘さを差し出されたら、自分は溺れてしまいそうになる。

 

「……うん。わかった」

 

 アリアは、パフェの残りにスプーンを差し入れた。底の方に残っていたアイスとフルーツとクリームと、甘いものをすべてかき集める。

 そして今度は、彼の口に向けて突っ込んだ。

 

「んぼっ!?」

「それ、お返しね」

 

 今は、これが精一杯。

 口元に突っ込まれたスプーンに、彼は目を白黒させたけれど。

 アリアは、そんな反応はお構いなしに、笑った。

 

 

「全部あげる」

 

 

 魔法の名前を知るために必要なのは、己を知ること。

 グレアムはアリアに対してそう言った。

 自分のことを。

 そして、彼のことを。

 

 もっともっと、たくさん知りたい

 

 心の内側からじんわりと湧き上がってくるこの熱の名前を、まだ知らないから。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「不審者が三人いる、と聞いたから来てみれば……なにをやっているんですかあなた達は」

 

 王都の治安維持を司る憲兵は、不審者三名を見下ろしてため息を吐いた。

 

「くっ……離せ! 俺は騎士団長だぞ! 俺は無実だ! ただ教え子のデートを草葉の陰から見守っていただけで……」

「騎士団長が教え子のデートを盗み見してたらそれはもうアウトなんですよ。連れて行け」

「やめろ! これからきっと買い物とか行くんだぞ!? 最後まで見守らせてくれ! おい!?」

 

 筋肉達磨が、ずるずると引きずられていく。

 

「くっ……はーなーしーてー! ワタシは生徒会長なんです! 後輩たちの恋愛をこっそり見守って思い出のメモリーに刻んでおく義務があるんですー!」

「生徒会長が後輩のデートを盗み見して隠し撮りしてたら、それはもうただのパワハラなんだよ。連れて行け」

 

 黒髪の残念美少女が、するすると引きずられていく。

 

「……きみは抵抗しないのか?」

「フッ……ボクは彼の親友ですからね。引き際は弁えています」

「そうか。よし連れて行け」

 

 最後に、自称親友のイケメンが、颯爽と引きずられていった。

 どうしてこんなバカ三人の面倒を見なきゃならんのだ、と。ため息を吐きながらも、

 

「さて、上手くいくといいが……」

 

 喫茶店から出てきた少年と少女の背中が見えなくなるまで、憲兵も二人の後ろ姿を見守っていた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 そうして、後に勇者になる少年の、騎士学校での生活は瞬く間に過ぎていった。

 雪が溶けはじめ、暖かい春の気配を感じられるようになった頃。

 卒業を控えた騎士たちには、最後のイベントがあった。

 

「さあさあ! それじゃあワタシたち最上級の、最後の思い出作り! 卒業遠足に出発しようか!」

 

 卒業生以外にも、実力を重視して選抜された生徒たちの前で、()()()()と軍用コートに身を包んだ生徒会長、イト・ユリシーズが高らかに叫ぶ。

 

「目標は北部のダンジョン! 回収目標は『火の聖剣』! ワタシたちの任務は探索の補佐だけど、油断せず、気合いを入れてがんばろう!」

 

 そして、そんな彼らを監視する者たちがいた。

 

「……さぁて、魔の使徒のみなさん。人間如きに顎で使われるのは癪かもしれねぇが、ちょっと付き合ってもらうぜ。これも契約なんでね」

 

 眼下に広がって群れている騎士の卵たちを見下ろして、盗賊は笑う。その傍らには、静かに佇む数体の悪魔の姿があった。

 

 ──最後の戦いの舞台は、火の聖剣が眠ると謳われる、古のダンジョン。

 後に勇者になる少年の青い春は、冷たい冬が明けるのを待たずに、静かに終わろうとしていた。




Q.勇者様とアリア様の仲についてどう思われますか?
A.うちのお店にお忍びでいらしたことがあるんですよ。結局、その一回だけになってしまいましたが……とても仲良く談笑されていました。お二人にはまたぜひいらしゃってほしいものです

〜勇者様特集記事のインタビューより〜

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