世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

49 / 143
最悪の死霊術師VS最高の騎士

 勝敗の究極の形は、勝って生きるか、負けて死ぬか。その二つの結末に集約される。

 グレアム・スターフォードは、これまで勝って生き残ってきた。だから、グレアムには「自分は強い」という自負がある。

 しかし、負けても死なない敵を相手にするのは、はじめての経験だった。

 

「ちっ!」

 

 グレアムの剣が、風を切って唸る。切断、というよりも破砕、といった方が相応しい衝撃をその全身に浴びせられて、女の半身は文字通り吹き飛んだ。

 しかし、それは結局吹き飛んだだけに過ぎない。

 要する時間は、僅か数秒。どこまで飛散したかもわからない肉片が、どこまで粉々になったかもわからない骨の欠片が。それらすべてが、再び寄り集まって女のカタチを再構築する。

 

「……バケモノめ」

「よく言われます」

 

 生理的嫌悪を含んだグレアムの呟きに対して、リリアミラ・ギルデンスターンは涼やかに微笑み返した。

 すでに、再生を繰り返した女の体に衣服は残っていない。長い黒髪がかろうじて秘するべき体の部位を覆い隠しているだけである。

 

「斬るのはダメだな。身体ごと吹き飛ばしても再生すると見た」

「ならばどうします?」

「そうだな。こうしてみよう」

 

 剣を地面に突き立てて、グレアムは副官に指示を飛ばす。

 

「ギルボルト。()()を寄越せ」

「はっ!」

 

 リリアミラは、グレアムの後方に立つ、副官であろう男を見た。より厳密に言えば、彼の足元に展開された魔導陣を注視する。

 

(物質を格納するタイプの召喚魔導陣……なるほど。武装を部下に携帯させて、使い分けているようですわね)

 

 後方から、新たな武器が投げ渡される。それなりの重さがあるであろうそれを、騎士団長は難なく片手でキャッチした。

 ある種、洗練された美しさを持つ剣とは異なる、もっと原始的で、野蛮な武器。先端にスパイクが備わった殴打用の棍棒を、リリアミラはうっとりとした目で眺めた。

 

「あらあら。それはちょっと痛そ……」

 

 感想は、体感で良い。

 生まれたままの姿の女の脳天に向けて、グレアムは情け容赦なくモーニングスターを振り下ろした。

 骨が砕け、肉が潰れる音が響く。

 星球式鎚矛とも呼ばれるそれは、打撃による衝撃で肉を轢き潰すことを目的にしたシンプルな武器である。全身を吹き飛ばすような先ほどまでの大味な斬撃とは異なり、グレアムはピンポイントでリリアミラの頭部に狙いを定め、整った顔立ちを一撃でミンチに変えた。

 モーニングスターは、皮肉を交えてホーリーウォータースプリンクラーと称されることでも知られている。正しくその理由を証明するように、頭を失った体から血の噴水が吹き出した。がくん、と。膝を折った女の体を、グレアムは注意深く観察する。

 一秒、二秒、三秒、四秒。

 

「……いろいろな殺し方を試してくださるのは良いですわね。ワクワクします」

 

 やはり、四秒で。リリアミラ・ギルデンスターンは、当然のように生き返る。

 本当に顔だけは綺麗だな、と。グレアムは再生した女の笑みを見て盛大な舌打ちを鳴らした。

 

「不死身か?」

「ええ。それもまた、よく言われます」

 

 しかし、仮に不死身であったとしても、そこには何らかのルールやカラクリが存在する。

 実際に、何度か殺してみて、わかってきたことがある。

 肉体が完全に元通りになるまでの所要時間は、四秒ジャスト。高度な魔術で肉体を再生させる死霊術師は、基本的に頭を潰せば止まるものだが、そんなセオリーすら無視している。むしろ、頭だけをピンポイントに潰しても、再生速度が落ちる様子がない。

 つまり、この魔王軍四天王の蘇生には、一切の制限がないということだ。

 事実、何度殺しても、女は余裕に満ちた態度を保ち続けている。

 

「流石は王国最強と呼ばれる騎士。攻撃の速度も威力も一級品ですわね」

 

 パチパチ、と。無感動な拍手の音が鳴る。

 

「次はなんでしょう? 槍ですか? 弓ですか? それとも魔術ですか? どうぞ気が済むまで、わたくしを殺してみてくださいな。まあ、どうせ死にませんが」

「そうだな。なら、少し発想を変えてみよう」

 

 モーニングスターを放り捨て、グレアムは地面に預けていた愛剣を再び引き抜いた。

 グレアムの攻撃は、リリアミラには通用しない。しかし同時に、リリアミラもまた、グレアムの攻撃に対応できているわけではない。ただ、真正面から攻撃を受け続けているだけである。

 故に、グレアムは目の前の不死に対して、一つの回答を導き出した。

 

「っ!?」

 

 地面を舐めるような低姿勢から、接近し、一閃。

 全身を吹き飛ばすような魔力を込めた斬撃ではなく、ピンポイントでリリアミラの足のみを狙った斬撃を浴びせ、動きを止める。

 

「死なない程度の傷なら、再生は鈍くなると見た」

 

 なるほど。悪くない発想だ。

 足の健を断ち切られたリリアミラは地面に膝をついて、騎士を上目遣いに見た。そして、吐き捨てる。

 

「つまらない解決策ですわね」

 

 そう。悪くはないが、つまらない。

 死なないのなら、動きを止めて捕縛する。それはたしかにリリアミラの魔法への対応策としては、どこまでも正しい。

 だが、自分という存在を殺してほしいリリアミラにとって、それは結局のところ、殺すことを諦めた対応に他ならない。

 

「期待外れもいいところですわね。つまり、貴方はわたくしを殺せないということでしょう?」

「なにを言っている?」

「え?」

 

 地面に這い蹲った女を見下ろして、グレアムは静かに言い捨てた。

 

「俺の前に立った敵は、必ず殺すに決まっているだろう」

 

 リリアミラが背筋に悪寒を感じたのと、グレアムが新たな武器を指示したのは同時だった。

 

「ギルボルト。()()だ」

「了解。重いですよ」

 

 それを見上げるリリアミラの顔に、影が差した。それを見上げるリリアミラの表情から、血の気が消え失せた。

 グレアムが新たに構えた武器はそれほどまでに、およそ人間が携帯するにはあまりにも馬鹿げた威容を誇っていた。

 

「なんですか、それは?」

「見てわからないか? ただのハンマーだ」

 

 破城槌(はじょうつい)、と呼ばれる武器が存在する。これは、城壁や要塞を突破するための衝角を備えた、攻城兵器である。通常は複数人で抱えて運用するそれに持ち手をつけ、ハンマーのように運用する。人並み外れた魔力出力、圧倒的な膂力がなければできない芸当であった。

 対城兵器を、対個人に向けて振るう。そういう派手で馬鹿な芸当こそが、グレアム・スターフォードという騎士の真骨頂である。

 

「何をしても生き返るんだろう? だったら、話は簡単だ」

 

 浅い軽蔑を、深い殺意が塗り替える。

 

「生き返っても、潰し続ければ良い」

「ちょ、ま……!」

 

 悲鳴はなかった。ただ、大地を揺らす凄まじい衝撃があった。

 ただ、人間一人を潰して有り余るほどの槌と地面に挟まれて、リリアミラ・ギルデンスターンの声はかき消えた。

 四秒が経過する。しかし、リリアミラは再生できない。厳密に言えば再生はしているのだろうが、地面とハンマーにサンドイッチされた女の身体は、再生した瞬間からすり潰される。

 再生、あるいは蘇生が限界を迎えるのであれば、それで良し。たとえ殺しきれなくても、破城槌の重力を自力でどうにかするのは不可能に近い。

 

「さて、とりあえずはなんとかなったか」

 

 あとは残りのモンスターを駆逐し、学生達の救援に向かうおう、と。

 次を見据えて歩き出した、グレアムの背後。

 地面に深々と突き刺さった破城槌が吹き飛んだのは、次の瞬間だった。

 

「……!?」

 

 地面が揺らぐ。視界が揺れる。

 それは明らかに、何かの爆発だった。

 まるで大地そのものが激しく揺さぶられたかのような衝撃に、周囲で戦闘を行っていたモンスターも、騎士たちも、誰もが攻撃の手を止めて、その振動に注意を奪われた。

 

「……危なかったですわ。死ぬかと思いました」

 

 振り返った視界の中に、解答があった。

 まるでクレーターのように落ち窪んだ地面の底から、女の声が這い上がる。

 土煙の中から、生まれたままの姿の美女が、可憐な顔を覗かせる。

 苦虫を噛み潰したかのような顔で、グレアムは問いかけた。

 

「どういうことだ?」

「あら? どういうことだと聞かれましても、ご覧の通り……()()しただけですが」

 

 嘲笑う声音が深い。

 リリアミラの身体には、先ほどまでと明確に違う箇所が、一点。

 白い肌。美しいラインを描く臍の上。そこに、妖しく輝く、赤色の魔導陣が刻まれていた。

 

「炎熱系の暴走魔導陣です。わたくしが短時間に、連続して死亡した場合、自動的に起動するように身体に刻み込んであります」

 

 自身の裸体の上を愛おしそうに撫でる、その指の所作は、いやになるほど艶やかだった。

 

「捕縛されたり、拷問されたり、封印されたり、あるいはさっきみたいに、連続して殺されたり……そういう死にたくても死ねない状況になったら困るので、炎熱系の魔術に詳しい同僚に調整していただきましたの。不幸中の幸いと言うべきでしょうか。わたくしの魔術適正は、元々そちらに寄っていたそうなので、それなりの威力があります」

 

 城壁を砕く破城槌を丸ごと吹き飛ばし、大地を激しく揺さぶり、地面に風穴を空ける威力の爆発を、リリアミラは「それなりの威力」という一言で流した。

 

「ですが、難点もありまして、これ、一度起動してしまうと、わたくしが死ぬたびに自動で起爆してしまうのです」

 

 グレアムの背中を、いやな汗が伝う。

 

「だから次からわたくしを殺す時は、くれぐれも気をつけてくださいね?」

 

 たった今。

 この瞬間から、リリアミラ・ギルデンスターンは歩く人間爆弾と化した。

 これが、魔王軍四天王。人類の生前圏を脅かす、魔の使徒の頂点の一人。

 時間稼ぎ、などではない。目の前の敵に、全力で集中しなければ、やられるのはこちらだ。

 

「団長」

「……ああ。あちらに駆けつけるには、まだまだ時間がかかりそうだ」

 

 ダンジョンのある方向を見て、グレアムは言った。

 

「信じるしかないようだな。おれのバカな教え子たちを」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ネバネバがとれねえ!」

 

 おれは、ネバネバしていた。

 より具体的に説明すると、突然襲撃してきた知らないおっさんにせっかく作った雪だるまを壊された挙げ句、勇者になるという夢を鼻で笑われ、おまけによくわからない白いネバネバで完全に動きを封じられていた。ちくしょう。

 

「ネバネバではないよ、親友。これはトリモチってやつだ。狩りとかで使われることもあるね。ボクも昔、父と一緒に出かけた狩りで使ったことがあるよ」

「じゃあ取り方もわかるんじゃないか?」

「そうだね。とりあえず引っ張ってみよう。ある程度腕の自由さえ効くようになれば、ボクの槍で切断できるかもしれない」

 

 レオの魔術は迅風系である。単純な切断性能に限って言えば、すべての魔術の中でも随一。このネバネバも切り裂けるかもしれない。

 互いに、ネバネバを伸ばす。なんとか体の自由な稼働部位を得ようと、力を込めて引き伸ばす。

 結果、なんかもっとくっついた。

 

「おい」

「フッ……これは予想外だね」

 

 これは予想外だね、じゃねーんだよ。マジで殴るぞこいつ。ネバネバしてるから殴れないけど。

 

「ふざけんな。もっとくっついたぞ」

「温かいね。きみの

 (ぬく)もりを感じるよ」

「これで暖が取れたな……じゃない! 男同士で密着しても気持ち悪いだけだろうが!」

 

 なんというか、複雑な結び目を解こうとしてもっと絡まってしまった状態に近い。しかも、右に左に上下左右にと引っ張ったせいで、おれの体勢が妙な状態で固定されてしまった。具体的には中腰で頭がレオの股間に密着している。誰か助けてくれ。

 

「親友。ちょっといいかな」

「なんだよ」

「まず、共通認識として確認しておきたいんだけど、ここは寒いじゃないか」

「そりゃ、雪積もってるからな」

「寒いとほら、したくなるだろう」

「……レオ。ちょっとまってくれ」

「恥ずかしながら、ボクの尿意は今、危機的状況にある」

 

 おれの頭は今、レオの股関に密着している。

 誰か、助けてくれ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 そもそも、助けは必要ない。

 

「まあ、上級悪魔を揃えて、学生騎士を襲撃だ!……みたいな。そういうノリはわかるんだけどさ」

 

 イト・ユリシーズは、既に完成された勇者である。

 己の魔法を理解し、その性質を把握し、使いこなす彼女は、単独で最上級悪魔を討伐するだけの力を備えており……

 

「ワタシを倒したいなら、その手駒じゃ足りないよ」

 

 膾切りにした上級悪魔を踏みつけにして、イトは静かに告げる。

 対峙する盗賊は、額に冷や汗を滲ませて嘯いた。

 

「あーあ、楽じゃない仕事は好きじゃねえな」




今回の敵
・死霊術師さん
自爆型傍迷惑系四天王幹部。何度殺されても大丈夫→くり返し殺された時には自爆して対応、という文字通りに最悪な戦術をぶんぶん振り回していた頃の死霊術師さん。体に刻み込んだ魔導陣は例えるならタトゥーのようなものなので、蘇生と同時に再生する。歩く人間爆弾。具体的に例えるなら穢土転生で互乗起爆札する卑劣様みたいなものである。
余談だが、現在の死霊術師さんは自爆術式を「なんか危ない(盾にした時に爆発されたら困る)」という理由で勇者くんから解呪をもとめられ、ほいほいと解いている。さらに余談であるが、そこそこ複雑な魔導陣を解呪したのは、当時勇者パーティーに付き添っていた聖職者(プリースト)さんである。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。