世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

5 / 142
女騎士ちゃんと賢者ちゃん

 アリア・リナージュ・アイアラスは、勇者が率いるパーティーに所属していた騎士である。

 彼女は隣国の王家、アイアラス家の第三王女であり、現在はこの土地を治める領主でもある。

 

「……勇者くんを、あの子と同じ部屋に運んでください。丁重に」

 

 口調が、がらりと変化する。明るく温かい、気さくな女性から、冷たく硬質な、集団の長の声に。

 

「畏まりました」

 

 どこからともなく現れた二人の従者が、勇者を抱えて姿を消す。

 同時に、アリアは着ていたブラウスのボタンに手をかけ、脱ぎ捨てた。実用性しか考えていない飾り気のない下着と、女性とは思えない鍛え上げられた裸体。そして、数え切れない傷跡が、空気に晒される。が、三人目の従者はそれを見ても眉一つ動かさなかった。むしろ当然のように、脱ぎ捨てられたブラウスを受け取って一礼し、下がる。

 アリアはそのまま屋敷の地下に続く階段を降りて、地下室の扉を開いた。

 

「姫様」

「姫様!」

「そのままで良い。優先度の高いものから、状況報告を」

 

 地下室とは思えないほど広い部屋の中央には、物見の水晶が設置され、既に数名の騎士に、魔術士と魔導師が陣取っている。その様子は、まるで砦や基地の司令室のようだった。とはいえ、それも当然である。

 魔王軍全盛の時代、各地で防衛戦を敷き、人間側の戦線維持に貢献していたのは、各地の力ある領主達だったからだ。

 

「姫様……やはり、キナ臭いですぞ」

「勇者様がお使いになられた、街の中央の転送魔導陣が遮断されました。現在、外部への転移魔法が使用不可能になったようです」

「日が落ちてから、騎士団の巡視隊からも見慣れないモンスターの目撃情報がいくつかあがっています」

 

 アリアは、先ほどまで酒を嗜んでいたとは思えないしっかりとした足取りで、物見の水晶に近付いた。彼女が椅子に腰掛けると同時、女性の騎士が後ろから歩み寄って、ロングの金髪をアップに結いはじめる。

 家に長年使えて(仕えて)きた老練の魔導師に、アリアは問いかけた。

 

「来ると思いますか?」

「ええ。十中八九、ここが狙いでしょうな。街が襲われる可能性もありますが……」

「対応はします」

「それがよろしいかと」

 

 髪をやらせているので頭を動かせないアリアは目だけで頷いて、直立不動の姿勢で待機している何人かの騎士に手を振って合図した。

 

「騎士団、自警団の詰所にわたしの名前で連絡を。すぐに厳戒態勢を敷かせなさい」

「承知いたしました」

「姫様、お召し物です」

「ありがとう」

 

 戦闘用に、魔術が編み込まれたインナーを身につける。同じく、革制の胸当てをつけて、グローブにブーツ、手袋、と。手早く装備を固めていく。

 

「……姫様! 王都が交信に出ました!」

「やっと繋がった? あのバカ賢者……」

 

 顔をあげたアリアの口調が、少し戻る。

 魔力で音声を伝える通話装置はとても高価なものだが、これだけの施設ならば、当然それに相応しい設備も備えている。

 アリアは受話器を取った。

 

「シャナ! あたしの方からずっと連絡はしていたでしょ? どうしてすぐに出ないの!?」

『私が出なかったんじゃなくて、そちらと繋がらなかったんですよ』

 

 通話の相手はもちろん、賢者である。

 生意気な声は、しかしいつもよりも早口だった。

 

『取り急ぎ『私』を何人かべつの街に派遣して、魔力のラインを繋いでますが、今もギリギリ通話できている状態です。そちらの領地全体に、大規模な魔力妨害がかかっていますね。外との連絡と転送を遮断するためでしょう』

「あなたが敷設した転送魔導陣、あっさり遮断されてるんだけど。欠陥品?」

『文句が多いですね。それはわがままが過ぎますよ、お姫様。ピンポイントで魔力妨害されれば、いくら天才の私が設置した魔導陣でも、正常に作動はしません』

「狙いはあの女の子?」

『逆に、それ以外あると思います?』

 

 それはそうだ。

 

『しかし、あちらに認知されていない転送魔導陣なら、内側からの脱出にまだ使えるはずです。あなたのお屋敷なら、あるでしょう?』

「……うん。あるよ」

 

 相変わらず、賢者と呼ばれている少女はおそろしいほどに察しがいい。アリアは、部屋の隅に隠れるように設置されている小さな転送用魔導陣に目をやった。これはいざという時、領主やその血縁の人間だけでも脱出できるように作られたものだ。シャナが敷設したタイプとは違い、転送先は指定できず運任せになるが、とりあえず少人数を避難させることはできる。

 

『それを使って、勇者さんと彼女を敵から逃してください。その場所だから、できることです』

「転送先がランダムになるの、わかってる?」

『得体のしれない敵に居所を知られたままになるよりは、はるかにマシでしょう。それに、こんなこともあろうかと、勇者さんが私の頭に触れた時に、手のひらに魔力マーカーを仕込んでおきました。これで、どこにいようとある程度の居場所は追跡できます』

「え、こわ……」

 

 ストーカーかよ。

 アリアはドン引きした。

 

『うっせぇです。それよりも、早く勇者さんを説得してください。あの人、話を聞いたらどうせ自分も残って戦うって言い出しますよ』

「あ、それは大丈夫。食事とお酒に薬を盛って、もう眠らせてあるから」

『え、こわ……』

 

 サイコパスかよ。

 シャナはドン引きした。

 

 どっちもどっちである。

 

『……ごほん。あとは、手短に重要なことだけお伝えします。昨日、私が殺した上級悪魔は、こちらの『魔法』を把握していませんでした』

「それは……つまり」

『ええ、あの悪魔は「新しい存在」だということです』

 

 アリアの表情が、一段と険しくなる。

 二人の会話を固唾を呑んで見守っていた魔術士と騎士達も、そのただならぬ空気に体を固くした。

 

 しかし、

 

「……えーと、ごめんねシャナ。あたし、そういう回りくどい言い方されてもちょっとよくわかんないっていうか、シャナは頭がいいから良いかもしれないけど、今は緊急事態で通信も切れそうだし、もうちょっとストレートに伝えてほしいっていうか」

『バカ姫』

「うるさいなぁもう!」

 

 冒険ばかりしていたせいで、自分達の主はわりと頭の出来が残念だったことを思い出して、彼らはさっさと担当の仕事に戻った。

 

『ほんっとに、察しが悪い脳筋ですね』

 

 シャナのため息が深い。

 しかし、賢者は声高に言い切った。

 

『襲撃してくる悪魔は、魔王が討伐されたあとに生まれ落ちた、ひよっこということです。存分にぶっとばしてください』

「……最初からそう言ってくれる?」

『他にも色々言いたいことあったのに、かなり噛み砕きましたからね!?』

 

 賢者の絶叫が響いた瞬間、ぶちっという音がした。

 

「あ」

「切れましたな……」

 

 切れたらしい。

 

「……ごほん」

 

 咳ばらいを一つ。それで、また切り替わった。

 

「皆、聞いてください」

 

 一糸乱れぬ動きで、その部屋の全員の人間が背筋を伸ばす。

 

「まず、ここは放棄する。地下通路を使って、街へ早急に移動。ただし、持ち出せる物資は持ち出しましょう。総員で、街の防衛に全力を尽くしなさい」

「しかしそれでは、姫様がお一人に……」

「だから、そう言っている」

 

 アリアは言い切った。

 

「敵は、わたしが迎え撃つ」

 

 その声音に、迷いはない。

 

「鎧と剣の準備を」

「はっ」

「それから、彼らの転送はすぐにはじめてください」

「承知致しました」

 

 眠ったままの勇者と少女が部屋に運び込まれ、緊急転送用魔導陣の上に乗せられる。本当に、二人を一気に転送するのがギリギリのサイズだ。

 呑気に眠りこけている勇者の顔を見て、アリアは笑う。

 

「……あーあ」

 

 膝をついて、頬に触れる。

 

「せっかくひさしぶりに会えたのに、またしばらく離れ離れだね」

 

 しかし、今はこうするしかない。

 

「絶対守るよ」

 

 短い宣言は、彼の耳には届かない。

 

 

 

 

 

 

 

「燃えろ」

 

 もう数刻で、朝がくる。

 しかし、朝日を迎える前に、その屋敷はあまりにも唐突に、あっさりと炎に包まれた。

 発火地点はない。一瞬で、全体が燃え上がった。

 常軌を逸した炎の勢いは、明らかに魔術によるもので……事実、それを仕掛けた張本人は、闇に紛れて煌々と燃え盛る建築物の様子を眺めていた。

 否、正確に言えば、人ではない。

 

「あーあ。もったいねぇ。女がいたなら、捕まえて楽しめたのによ」

「文句を垂れるな、グズが」

 

 ()()は、悪魔であった。

 口調の荒い、獣のような外見の悪魔は舌を出してせせら笑う。

 

「ここまで用意する必要があったのかねぇ。こんなに強く炙っちまったら、骨も残らねえよ」

「どれだけ準備し、用心しても、し過ぎるということはない。相手はあの勇者なのだからな」

 

 冷静な口調の双角の悪魔は「事実、一人はもう賢者に消されている」と。忌々しげに、付け加えて言い捨てた。

 

「オレは備えを怠って敗北する気はない。だからこうして念入りに、対拠点用の広域魔術を、用意もする」

「やることがなくてつまんねえな」

「勇者と少女の死体を確認したら、お前は好きにしていい。街に降りて人間と遊んでくればいいだろう」

「それはいい。きたねぇ焚火を見守る楽しみができた」

 

 獣の悪魔は、笑いながら白い息を吐いた。

 

「……あ?」

 

 吐き出す息が白くなるほどに、周囲の気温が下がっていることに、ようやく気がついた。

 

「おいおい、コイツぁ……」

「無駄口を叩くな。構えろ」

 

 双角の悪魔は、燃え盛る屋敷を睨み、言う。

 

 

 

「くるぞ」 

 

 

 そして、次の瞬間に、炎は消えた。

 

 より厳密に言うのであれば……屋敷全体が、一瞬で()()した。

 

「ハハッ……マジで凍ったぞ! オイ!」

「見ればわかる」

 

 この周囲には、木々と畑しかない。しかし、それらの葉にすら、うっすらと霜が降りている。

 あれほど賑やかに響いていた、ものが燃えて崩れ落ちていく音の一切が消失し、無音になった。

 あれほど周囲を照らしていた、燃焼による炎の光源が消え失せて、闇の色が濃くなった。

 雲の合間から漏れる月明かりが、凍りついた屋敷を照らし出す。

 

 正面玄関が、砕け散って吹き飛んだ。

 

 きらめく薄氷を踏み割って、それは姿を現す。

 ゆったりと歩を進める、音が重い。

 全身を覆う無骨な蒼銀の甲冑は、もはや華奢な女性のシルエットではなく。頭までフルフェイスの頭兜(ヘルム)に覆われ、その表情すら欠片も伺うことはできない。

 

 全身甲冑。

 

 フルプレートアーマーと呼ばれる類いの装備を、さらに機能的に突き詰めたような、特異な鎧装だった。

 

「けっ。これじゃあ、イイ女かわからねぇな」

 

 獣の悪魔は、吐き捨てる。

 少しの露出もなく、身体の全てが装甲に覆われている。男に比べればやや低い背丈と豊かな胸の膨らみだけが、辛うじてその性別を判別できる要素だった。

 

「しかも、二刀かよ」

 

 騎士は、身の丈と並ぶほどの大剣を、二振り。それぞれの手に携えていた。

 

 

「こんばんは」

 

 

 驚くほどかわいらしく、明るい声音が、頭兜(ヘルム)から漏れる。

 

「さっきの火遊びをやったのは、きみたち?」

「肯定する。そちらは、騎士殿とお見受けする」

 

 双角の悪魔は、丁寧な口調で応じた。

 

「うん。そうだよ」

「赤髪の少女と、勇者がそちらに滞在していたはずだ。居所をご存知なら、教えて頂きたい。こちらも、無用な殺生をしなくて済む」

「なるほど……取引というわけか。悪魔らしいね」

 

 彼女が軽く頷くだけで、軽い金属音が鳴った。

 頭の全てを覆い尽くす頭兜(ヘルム)のせいで、表情が見えない。やりにくいな、と。双角の悪魔は内心で舌打ちを漏らした。

 

「然り。返答を聞きたい」

「お断りするよ。逆に聞きたいんだけど、きみたちの方こそ、あたしに情報を提供する気はない?」

「代価は?」

「この場での、命の保証」

「断る」

「ひひっ……交渉決裂だなぁ」

 

 獣の悪魔は、笑みを浮かべて舌なめずりをする。

 双角の悪魔は、翼を大きく伸ばした。

 

「そうか──」

 

 声音が変わる。

 右手の大剣が、無造作に振るわれる。

 

 何かが、閃いた。

 

 たったそれだけの動作で、獣の悪魔の首が、跳ね飛ばされて地面に落ちる。

 目を見開く双角の悪魔の、足元。

 氷上に、血の花が咲いた。

 

 

「──警告はした」




今回の登場人物

・女騎士ちゃん
 本名、アリア・リナージュ・アイアラス。金髪で料理上手な庶民派姫騎士。隣国のアイアラス家第三王女。魔王討伐後、王国では一部の魔族から取り戻した領地の統合整理が進められており、現在は王国辺境の土地と民を預かる、領主の座についている。これについては、王国から隣国への政治的配慮もあったとかなんとか。
 明朗快活、英名果敢を地でいくアクティブプリンセス。現在の土地は自分自身が戦線に参加し、解放に携わった場所であるため、領民、臣下からの信頼も厚く、深く慕われている。誰にでも親しく話しかけるタイプだが、己の責務を果たす際のオンオフの切り替えは、非常にしっかりしている。勇者と同じく学校を中退しているので、頭の出来があんまりよろしくない。脳筋。騎士なので敵は正々堂々正面から倒す。
 戦闘の際は、特殊な甲冑を身に纏って戦う。二刀流。

・賢者ちゃん
 アリアが面倒見の良い性格なので、子どもの頃はよく懐いていたが、知恵をつけて賢くなってからは、舐め腐るようになった。しかし、なんだかんだ信頼しているので、勇者と赤髪ちゃんを送り出している。面倒な追手を押しつけただけともいう。

・双角の悪魔
 入念に下準備を行った有能。

・獣の悪魔
 出落ち。

・勇者くん
 スヤァ……

・食ってすぐ寝たら豚になるぞ
 記憶喪失。スヤァ……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。