世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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世界を救ったパーティーの就活
死霊術師さんの華麗なる転職


 おれは勇者であると同時に、パーティーを率いるリーダーである。

 リーダーたる者、パーティーメンバーの働きぶりには常に目を光らせておかなければならない。

 

「診療所?」

「はい。そうなんです」

 

 怪訝極まるおれの声に、隣を歩く赤髪ちゃんはぶんぶんと首を縦に振って頷いた。

 おれの気のせいかもしれないが、赤髪ちゃんとこうして話すのが随分ひさしぶりな気がする。まあ、おれの気のせいだと思うけど。

 ふんす、と鼻息荒く、赤髪ちゃんは話し始めた。

 

「わたしたち、昨日からお金を稼ぐために働き口を探しはじめたんですが」

「うんうん」

「賢者さんは村の子どもたちの教室に、賢者さんはギルドの受付案内に、賢者さんは農作物の魔術を用いた品種改良に、とみなさん順調にお仕事が決まっていたんですけど……」

 

 なんか賢者ちゃんしか仕事が決まっていない気がするが、ツッコむのもバカらしいのでそれはとりあえず置いておく。

 

「どうやら死霊術師さんは、診療所でお勤めをはじめたみたいで。ギルドで働き始めた方の賢者さんが、ちょっと心配だから様子を見てこい、と」

「なるほどなるほど」

「ついでに、土木作業場で働いている賢者さんは「あなたたちはどうせまだ働き口も見つけられていないんでしょうから、暇潰しにちょうどいいでしょう」と」

「なるほどって言いたくないな」

 

 どうやら土木作業場で働いている賢者ちゃんはおれたちのことを舐め腐っているらしい。失礼な話である。おれはきちんとギルドに行って、受付嬢の制服に身を包んでいるめずらしい賢者ちゃんを一通りからかったあとに、今日の依頼を貰ってきたというのに。なんかおれも赤髪ちゃんも賢者ちゃんとしか仕事の話してない気がする!

 

「でもまぁ、ちょうどよかったよ。おれも今日、ギルドから依頼を受けてきたんだけど、それが死霊術師さんの手を借りたい内容だったんだよね」

「本当ですか? それならちょうどよかったです! 一石二鳥ってやつですね!」

「赤髪ちゃんも一緒に来る?」

「いいんですか?」

「もちろん」

「はい! では、お供させていたただます!」

 

 と、このあとの予定を決めている内に、噂の診療所とやらに着いた。村のすみっこの方にひっそりと建っているだけあって、中々年季の入った外観だ。このあたりは開拓村が多いという話だったけど、新しく建て直さずに、昔からある建物をそのまま使っているのだろうか?

 

「すいませーん」

「はーい!」

 

 ガラガラ、と。横開きの立て付けの悪いガラス戸を開いて声をかけると、奥の方から死霊術師さんが出てきた。

 

「あらあらあら! お二人ともどうされたんです?」

「うわ」

 

 それはピンク色のナース服だった。どこからどう見てもナース服である。丈が短めなナース服であった。

 とても大事なことなので三回言いました。

 赤髪ちゃんが目をパチクリとさせながら、その服装を上から下まで眺める。

 

「死霊術師さん、なんというか……本当に看護師さんの格好なんですね」

「ええ、ええ! それはもう! 制服も貸し出してくださるということで、助かりました!」

 

 いつもは下ろしている黒髪は頭上できれいに結われており、ご丁寧にナースキャップまで被っている。喋って頷く度に、ウチのパーティーで最大の火力を誇る双丘がぶるんぶるんとそれはもう勢いよく揺れる。これはもう診療所というよりも、そういう感じのサービスを行ういかがわしい店みたいだ。

 いつものように体をくねくねさせながら、死霊術師さんは聞いてくる。

 

「勇者さま! 勇者さま! 如何です!? この格好!」

「うん、いいね。似合ってる」

「もう一声! もう一声お願いいたします!」

「えっちなお店みたいだ」

「勇者さん!?」

 

 赤髪ちゃんがおれの隣で目を剥く。

 おっと、いけない。のせられたせいでつい本音が。

 赤髪ちゃんの厳しい視線の追求から逃れるべく、話題を少し逸らす。

 

「ところで、死霊術師さんはどうして診療所で働こうと思ったの?」

「はい! わたくし実は、お医者さまという職業にちょっとした憧れがありまして。それをお話したところ、こちらの先生がぜひうちで働いてみないか、と」

「先生?」

「この診療所の院長先生ですわ!」

 

 死霊術師さんの視線の先。診察室の奥の椅子には、とても小柄なおじいちゃん先生がちょこんと腰掛けていた。メガネの奥の目は小さく、頭はツルッパゲで、全身がプルプルと小刻みに震えており……なんというか、この先生大丈夫かな?という感じがすごい。診察中に患者より先にぽっくり逝ってしまいそうだ。

 

「先生! こちら、わたくしの勇者さまです!」

 

 また胸を揺らしながらぶんぶんと腕を振って、死霊術師さんはおれのことを雑に紹介してくれた。おじいちゃん先生はぷるぷる震えながら死霊術師さんの胸をガン見して、おれに向けて力強くサムズアップした。

 なんだよこのクソジジイ、めちゃくちゃ元気そうじゃねぇか。おれも死霊術師さんにナース服を貸し出してくれたおじいちゃん先生に、サムズアップを返した。赤髪ちゃんの目はさらに冷たくなった。仕方ないね。

 

「どいてくれ! 急患だ!」

 

 と、そんな馬鹿なやりとりをしていたせいで忘れていたが、ここは診療所である。

 入ってきたのは、二人組の男。どちらも傷だらけのボロボロ、特に肩を貸されている男の方は全身血まみれのひどい状態だった。

 

「まあ大変! 先生! お願いします!」

「……」

 

 意外にも慣れた動作で死霊術師さんはテキパキと怪我人をベッドに寝かせ、ぷるぷる震えてるおじいちゃん先生を椅子ごとスライドさせ、患者の前まで持ってくる。

 

「……」

 

 傷の様子を見たおじいちゃん先生は、ぷるぷると首を横に振った。

 

「なるほど……もう打つ手がないようです」

 

 諦め早いな、おい。

 

「そんな!? 頼む! お願いだ! 助けてくれ! 相棒はまだ息があるんだ!」

「……なるほど。たしかにまだ息はあるようですわね」

 

 おじいちゃん先生に代わって、全身の怪我の状態を確認した死霊術師さんは、軽く頷いた。

 

「わかりました。でしたら、わたくしが治療してみましょう」

「本当か!? 相棒は助かるのか!?」

「ええ、お任せください」

 

 死霊術師さんは自信満々な様子で、マスク、手袋、エプロンを装着。おじいちゃん先生に指示を出した。

 

「処置を開始します。メス」

 

 驚くほど機敏な動作で、死霊術師さんの手の上に鋭い刃物が置かれる。

 赤髪ちゃんが困惑を滲ませながら呟いた。

 

「勇者さん……これ、普通は逆じゃないですか?」

「うん。おれもそう思うよ」

 

 なんでナースが医者からメス受け取ってるんだろうね?

 余談ではあるが、こういった外科的処置は王都の方ではメジャーになりつつあるものの、辺境の土地ではまだ受け入れられているとは言い難い。相棒の体に向けられた刃物を見て、冒険者のお兄さんは体を強張らせた。

 

「な……! まさかそれを使うのか!? 麻酔もなしで!?」

「はい。治療のために必要な処置ですから」

「け、けどよぉ! それで本当に助かるのかよ!? 相棒を苦しめるだけに終わるんじゃ……」

「あなたの心配はわかります。しかし……」

 

 死霊術師さんは、冒険者のお兄さんの目を真っ直ぐに見詰めて、告げた。

 

「わたくしは、医者です」

「……ッ!」

 

 違いますよ?

 なにさらっと嘘吐いてるんだコイツ。

 冒険者のお兄さんも「……ッ!」じゃないんだよ。なんで雰囲気でちょっと気圧されてるんだよ。どこからどう見ても医者じゃなくてコスプレみたいなナース服着た看護師だろうが。その無駄に見開いた目でちゃんと目の前の女の格好をよく見てほしい。

 しかし、死霊術師さんは良い感じの雰囲気のまま、良い感じの言葉を続けて並べ立てる。

 

「もちろん、すべての人を救ってきた、などと。思い上がったことを言う権利はわたくしにはありません。ですが、あなたさまの大切な相棒さんの命を救うために……わたくしに、全力を尽くす機会をいただけないでしょうか?」

「わかりました……相棒のことを、頼みます」

 

 頼んじゃったよ。

 

「でもコイツの傷は見ての通り深い……一体どんな処置を?」

「簡単な話ですわ」

 

 キラン、と。

 死霊術師さんはメスを光らせながら、それを逆手に力強く握りしめた。

 

「まずは……患者の息の根を止めます」

 

 そして、振り下ろした。

 メスが、怪我人の喉笛に突き刺さった。

 鮮血が、噴き出した。

 

「あ、相棒ぉおおおおおお!?」

 

 うん、即死だなこれ。

 

「お、お前! なんてことを!? こ、この人殺しっ!」

「お兄さん! お兄さんちょっと落ち着いて! 大丈夫だから!」

「何が大丈夫なんだ!? 明らかにもう大丈夫じゃないだろこれは!」

 

 取り乱すお兄さんをおれが必死に取り押さえている間にも、死霊術師さんは悠々と物言わぬ死体になったそれに手を伸ばした。

 

「はーい、それではいきます。楽にしてくださいね〜」

 

 もう逝ってるし、もうとっくに楽になってる死体に対して律儀に声掛けしながら、カウントが始まる。

 死霊術師さんの指が、体に触れる。

 

「ひとーつ」

 

 凝り固まっていた血痕に、変化があった。

 

「ふたーつ」

 

 今さっきナイフで掻き切られた喉笛の傷から、回復が始まる。

 

「みーっつ」

 

 明らかな致命傷だった胸の傷も、みるみる内にふさがっていき、

 

「よーっつ」

 

 土気色だった頬に血の気が戻って、瞼が開く。

 ボロボロの重傷だった冒険者の体には、もう傷一つ残っていなかった。

 

「え、あれ……は?」

「はい。おはようございます。お加減は如何ですか? 気分などは悪くありませんか?」

「あ、はい」

「よかったですわ〜! 一応、血を増やす効能があるお薬出しておきますわね〜」

「いや……でもオレ、今死んで……」

「はい。お疲れさまでした。診察代はこちらになります」

 

 まるで狐に化かされたように固まっていた冒険者のお兄さんは、そこでようやく相棒の命が助かったという現実を理解したのか。呆然とした様子で呟いた。

 

「奇跡だ……」

 

 うん。いやまぁ、たしかに奇跡みたいなものだけれど。

 二人の頭が、死霊術師さんに向かって深々と下げられる。

 

「ありがとうございます……ありがとうございます! 何とお礼を言っていいか……!」

「いえいえ。わたくしは人として、助けられる命を助けただけですから!」

 

 一回殺してるけどね。

 

「本当に、ありがとうございました!」

「はーい。また悪いところがあったらいつでもいらしてくださいな」

 

 格安と言っても良い治療費を支払って、何回も何回もこちらに頭を下げながら、冒険者の二人組は診療所を去っていった。

 

「先生、今回の治療はどうでしたか?」

 

 死霊術師さんがそう聞くと、おじいちゃん先生はぷるぷると全身を震わせながら、なぜかおれの手を握って、一言。遂に、口を開いた。

 

 

「この子は……神じゃ」

 

 

 違いますよ?

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 とりあえず神扱いされてた死霊術師さんを診療所からお借りして、おれたちは村から歩いて行ける距離にある小高い丘までやってきた。

 

「なんだかハイキングみたいで楽しいですね!」

「右に勇者さま。左に魔王さま。余計な邪魔者もいませんし……ふふ、これが両手に花というやつですわね」

 

 今日は天気も良いので赤髪ちゃんはもちろん、ナース服のままおれたちに挟まれている死霊術師さんも、なんだか上機嫌だ。

 とはいえ、おれたちは遊びに来たわけではなく、仕事をしに来たわけで。依頼はきっちりこなさなければならない。

 

「それで勇者さま? わたくし、何をすればよろしいのでしょう?」

「ああ、依頼はこんな感じなんだけどね……」

 

 ギルドの依頼書を見せると、死霊術師さんはそれに素早く目を通して内容を確認した。

 

「……あらあら、まあまあ。なるほど。これはたしかに、わたくしが適任ですわね。報酬も悪くない額ですし」

「でしょう?」

「なんだか昔を思い出しますわ〜!」

 

 それでは準備が必要ですわね、と。

 呟いた死霊術師さんは、おれに対してゆっくりと背中を向けた。

 

「勇者さま、背中のファスナーを……下ろしていただけますか?」

 

 特殊なプレイか何かだろうか?

 

「ちょ、ちょっとまってください! どうして脱ぐ必要があるんですか!?」

「どうして……と申されましても。まずは服を脱がないことには、この依頼は始めることができませんし」

「そんなわけないでしょう!? どんな依頼ですか!?」

「いや、たしかに脱がないとこの仕事は始められないんだよね」

「え、えぇ!?」

 

 困惑してる赤髪ちゃんを他所に、おれは死霊術師さんの背中に手をかけた。服を脱がせるだけだ。別にいかがわしいことをするわけではない。そう、これはあくまでも服を脱がせるだけだ。別に決して、断じていかがわしいことをするわけではない。

 

「はぁ……勇者さまに背中のファスナーを下ろしてもらえるなんて……興奮で鼻血が出そうです」

 

 相変わらず死霊術師さんは変態みたいなことを言う。

 

「っ……どいてください勇者さん!」

「あ、赤髪ちゃん?」

「勇者さんが脱がせるなら、わたしが脱がせます!」

 

 髪色と同じくらい顔を赤くした赤髪ちゃんは、おれと死霊術師さんの間に割って入って、ナース服の後ろのファスナーをびっと下ろしてひん剥いた。

 

「ああっ! ま、魔王さま……もっと優しくしてください」

「変な声出さないでください! 服を脱がせてるだけでしょう!」

「……あ、勇者さま。ちり紙とかお持ちですか?」

「あるけどなんで?」

「申し訳ありません。わたくし、本当に興奮で鼻血が……」

「うわ」

 

 相変わらず死霊術師さんは変態だった。

 なにはともあれ、赤髪ちゃんに手伝ってもらって無事に借り物のナース服を脱ぎ、ついでに下着の一つに至るまですべて脱ぎ捨てて、死霊術師さんが生まれたままの姿になったところで、準備は完了である。

 

「さて、それでは始めましょうか」

「うん。よろしく」

「ではお二人とも。くれぐれも足元にはお気をつけて、十分な距離を取って()()()()()()()()()()をついてきてくださいね?」

 

 そのまま素っ裸の大股で堂々と歩き始めた死霊術師さんを、変態を見るような目で眺めながら……事実として変態なのだが……赤髪ちゃんはおれに聞いてきた。

 

「勇者さん……これ、本当に全裸になる意味あったんですか?」

「もちろん。借り物の服を木っ端微塵にするわけにはいかないからね」

「……木っ端微塵?」

 

 赤髪ちゃんの、その疑問の声が合図であったかのように。

 かちり、と。死霊術師さんの裸足が何かを踏む音がして。

 ドカン、と。そんな擬音の形容では生温い、凄まじい轟音が、前方で鳴り響いた。

 端的に言えば、それは爆発だった。厳密に言えば、それは魔術による爆発だった。さらに詳細に説明するならば、それは地面に仕込まれた炎熱系の魔術が作動したことによる、魔術的な爆発だった。

 つまり爆発である。大事なことなので四回言いました。

 

「……え?」

 

 さっきまでハイキングという名の気軽なお散歩を楽しんでいた赤髪ちゃんの表情が固まる。元気よく地面を踏み締めていた足が、生まれたての子鹿のように震え出す。

 

「あの……勇者さん。どんな依頼を受けてきたのか、お聞きしても良いですか?」

「うん。違法に設置された()()()()()()()だよ」

 

 だらだらと冷や汗まで流しはじめた赤髪ちゃんを安心させるために、おれは爽やかに笑いかけた。

 

「死霊術師さんにぴったりの仕事でしょ?」




今回登場していない働く賢者ちゃん

・子どもたちに勉強を教えている賢者ちゃん
 教育者として村の子どもたちの学習風景が気になったので覗きに行ったところ、その豊富な知識を見込まれて臨時教師として雇われることになった。子どもたちにもみくちゃにされながら、楽しく勉強を教えている。ちなみに賢者という役職は豊富な魔術知識を持つと同時に教育者としても知られており、各地で教壇に立つ賢者は多い。

・農場で品種改良に勤しむ賢者ちゃん
 趣味のガーデニングの関係で農場を見回っていたところ、あまり質の良くない肥料が使われているのを見兼ねて、口出しを始めてしまい、雇われることになった。ちなみに砂岩系の魔術は植物の生育にも関係があり、地方の賢者の中には農場の地主となって財を築く者も珍しくはなかったりする。

・ギルドで受付案内嬢をしている賢者ちゃん
 耳は魔術で誤魔化して面接に行って普通に採用された。荒くれ者を魔術で撃退できるので早速重宝されている。制服がかわいい感じなので勇者くんはとても満足した。

・土木作業をしている賢者ちゃん
 現場ハーフエルフ。ヨシ!

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