世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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いつの間にやら、この作品も一周年を迎えました。いつも読んでくださるみなさんのおかげです。本当にありがとうございます!
一周年記念のサブタイがこれなので、もうこの作品の方向性は完全に定まった気がします。これからもよろしくお願いします。


死霊術師さんの華麗なる全裸

「あ、はじめまして。ギルドの依頼で来ました、勇者です」

「きえええええっ! こっちに寄るな! キサマのような全裸が、勇者なわけがなかろうっ!」

 

 は? 自己紹介の瞬間に存在を否定されたんだが? 

 ゆるせねえ。

 しかも、全裸とか言われたんだが? ちゃんとさっき現地調達した葉っぱで大事なところは隠しているというのに。

 納得できねえ。

 なんとも失礼な物言いのおばあさんである。

 

「立ち去れい!」

 

 あまつさえ、上半身だけで杖を構えたおばあさんはそのままおれに向けて炎熱系の魔術……要するにでっかい火球を放ってきた。

 死霊術師さんがいるし、べつにくらってもいいかな、と思ったが。ついさっき赤髪ちゃんに命は大切にしなさいと怒られたばかりなので、おれはきちんと赤髪ちゃんを庇いつつ、火球をしゃがんで避けた。

 

「へぶぅああああああ!?」

 

 結果。火の球はおれの隣につっ立っていた死霊術師さんに見事に直撃し、一撃で吹っ飛ばした。

 うーん、中々良い威力である。さすが、あの魔術地雷の作り手なだけはある。このお婆さん、間違いなく凄腕の魔導師だ。

 とりあえず、敵意がないことを示すためにおれは腕を大きく広げておばあさんに呼びかけた。股間の葉っぱが少し揺れる。

 

「まってください! おれはあやしいものではありません!」

「勇者さん勇者さん。素っ裸の時点でかなりあやしいので、この対応は仕方ないと思うんです」

「え、マジ? 大事なところは隠してるけど」

「大事なところしか隠せてないんですよね」

 

 赤髪ちゃんの視線が、微妙に上と下を行ったり来たりする。

 おれは赤髪ちゃんを庇いながら、前に出た。なんかケツの方に視線を感じるが、まあ気のせいだろう。これでも鍛えているので、おれは見られて恥ずかしいケツはしていない。

 

「キサマら、どうやってここまで来た?」

「いや、どうやってと聞かれても。ご覧の通り、地雷を踏んで吹き飛んできました」

「そんなわけがなかろう!」

 

 そんなわけしかないんだよなぁ。いや、本当にどう説明したものか。

 相変わらず杖を構えられた臨戦態勢のままのおばあさんと、睨み合う。

 

「ふぅ……あっちぃですわ。少々不覚を取りました。まさか、自己紹介をする前に死ぬとは」

 

 微妙に緊迫した空気感を破壊してくれたのは、やはり死霊術師さんだった。

 まるで何事もなかったかのように起き上がってきた五体満足全裸の美女を見て、おばあさんが目を丸くする。

 

「……? アンタ、なんで生きてんだい?」

「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。わたくし、しがない死霊術師をやっておりまして。殺しても死なないのが取り柄なのです。以後、お見知りおきを」

「は?」

 

 死霊術師さん、すげえな。なんで死なないの? という質問へのアンサーを「死霊術師です!」っていう元気一杯の自己紹介で済ませちゃってるよ。この厚かましさ、見習っていきたい。

 

「おばあさん、おれもしがない勇者をやっておりまして」

「黙ってな」

 

 おれはちょっと泣きそうになった。

 仕方ないので、さっきのおばあさんの疑問に答えることにする。

 

「あ、周囲の地雷はこの人が全部踏んできました」

「はぁ?」

「ええ、ええ! それはもう! あなたさまの地雷は大変素晴らしかったですわ! わたくし、昔は自爆が趣味でして、よく爆発していたのですが、久方振りに爆散する快感を味わい尽くすことができました!」

「はぁぁ?」

 

 あまりにも目を丸くしすぎて、おばあさんの目はそろそろ顔から溢れてしまいそうだった。

 まずはきちんと事情を説明して、臨戦態勢の杖を下ろしてもらたいところだったが、いつまでも素っ裸のまま、というのも、礼を失する。

 おれは死霊術師さんの肩を軽く叩いた。

 

「死霊術師さん、とりあえず服着たら?」

「むむ……たしかに勇者さまの仰る通りですわね。これは失礼いたしました。礼節を弁える常識人として知られているこのわたくしが、興奮のあまり素っ裸でご挨拶をしてしまうとは。魔王さま! わたくしにお洋服を着せてくださいませ!」

「勝手に着てください」

 

 べしっ、と。赤髪ちゃんが死霊術師さんにナース服を投げつける。死霊術師さんはいそいそとそれを着込んだ。

 

「ふぅ、これでいいですわね」

「何も良くはないよ。なんでナース服なんだい。アタシを馬鹿にしてんのかい?」

「わたくし、これが仕事着なもので」

「意味がわからないよ」

「今はしがない看護師をしております」

「アンタもうボケたのかい? さっきの死霊術師の自己紹介はどこにいったんだい?」

「わたくし、ナースで死霊術師なのです」

「仕事を舐めんのも大概にしな」

 

 死霊術師さんが飄々としているのはいつものことだが、いい加減おばあさんがイライラしてきたので、仲を取り持つために会話に割って入る。

 

「すいません。おばあさん、おれもこの筋肉が一張羅なもので」

「アンタはもうアタシの視界に入らんでおくれ」

 

 おれのウィットに富んだジョークはすげなく流された。

 あんまりな扱いである。おれの腹筋も泣いている。

 

「勇者さん」

「どうしたの、赤髪ちゃん」

「その、えっと……勇者さんの腹筋、触ってみてもいいでしょうか?」

「……いいよ?」

 

 むきっ。

 おれの腹筋も喜んでいる。

 

「アンタら、アタシの前でいちゃいちゃと乳繰り合うなら、さっさと帰っとくれ」

「まあまあ、おばあさま。落ち着いてくださいまし。こちら、粗茶ですが……」

「なんで勝手にウチの紅茶を淹れてるんだい!?」

「そこに良い茶葉とティーセットがあったので」

 

 結局、そのままみんなでティーブレイクという運びになった。

 

 

 

 机をおばあさんの側に寄せて、紅茶とお茶菓子を囲む。

 

「いやあ、良い香りです。落ち着きますね」

「そうかい? アタシゃ、目の前に全裸の男が座ってるからちっとも落ち着かないけどね」

「……? 全裸の、男?」

「勇者さん。多分勇者さんのことだと思います」

 

 妙だな。おれは全裸じゃなくて半裸なんだけど。

 まあ、テーブルに座ってると葉っぱが視界から隠れてしまうので、それで全裸に見えてしまうのだろう。おばあさんの視界は限られてるしな。安心してください、ちゃんと履いてますよ。

 

「それで、アンタらは何をしにきたんだい?」

「この周辺に設置されている地雷の撤去をお願いしに来ました」

「おばあさん! このクッキーおいしいです! おかわりありますか!?」

「アンタら、本当は何しに来たんだい? ウチは喫茶店じゃあないんだよ」

「いや、本当に地雷の撤去をお願いしに来たんです。本当です」

 

 おれの分のクッキーも、赤髪ちゃんの口の中に突っ込んで黙らせる。

 しかしおばあさんは、相変わらず半信半疑といった顔でおれたちを見ながら、深く息を吐いた。そして、杖を一振りして戸棚を開き、そこからクッキーを赤髪ちゃんの前まで移動させる。

 さらっとやってるけど、今のかなりすごくないか? というか、赤髪ちゃんにだけ甘くないか? 

 

「ギルドの依頼ねえ……そう言われても、信じられないね。見たところ、不審者にしか見えないが」

「信じてください。おれは包み隠さず自分を曝け出しているつもりです」

「普通の人間は初対面の人間に包み隠さず自分を曝け出したりしないんだよ」

「大事なところは隠しているつもりです」

「大事なところしか隠れてないだろ」

 

 言いながら、おばあさんは死霊術師さんが勝手に淹れた完璧な温度と蒸し加減で淹れられている紅茶を勢いよくカップに注いだ。

 紅茶がはねた。

 おれの乳首に当たった。

 あっつ。

 

「勇者さま、大丈夫ですか? わたくしのナース服着ますか?」

「ありがとう死霊術師さん。気持ちだけ受け取っておくよ」

「アンタはなんで服がないんだい?」

「さっきの爆発で、つい吹き飛ばしてしまって……」

「落としてきたみたいなノリで言わんでくれ」

 

 もうたくさんだと言わんばかりに、おばあさんは首を左右に振った。

 

「それ食って飲んだら、さっさと帰りな。もう来るんじゃないよ」

「わかりました。じゃあ、またこれくらいの時間に来ます」

「明日の爆発も楽しみですわね!」

「明日のお菓子も楽しみです」

「絶対に来るんじゃあないよ!」

 

 

 

 次の日。

 

「おばあさまー! 遊びに来ましたわ〜!」

「来ました!」

「こんにちは。お土産ありますよ」

「なんでまた来てんだい!?」

 

 おれは胸を張って笑った。

 

「どうですか、おばあさん。今日のおれはちゃんと服を着ていますよ」

「服を着てくるのは人間として当たり前なんだよ。そんなことでいちいち胸を張らんでおくれ」

「わたくしは今日も地雷を踏んで爆発してきたので、もちろん裸です!」

「……アンタ、本当に不死身なんだね」

「え? はい」

「いや、はいじゃないが……」

 

 またテーブルを寄せて、騒がしいティータイムがはじまる。

 

「ところで、せっかく昨日撤去したのに、どうしてまた地雷が元に戻ってるんですか?」

「うるさい虫が寄ってこないように、設置し直したに決まってるだろう」

「ええっ!? あの地雷って虫避けだったんですか!?」

「……」

「赤髪ちゃん。今のは多分、皮肉。皮肉だから」

「今日の爆発もよかったですわ。ただ、昨日に比べると少しだけ起爆のタイミングがズレているようでした。次からは気をつけてください」

「アタシゃ、そこそこ長いこと生きてきたつもりだけどね。爆発させた相手にダメ出しを喰らうのは、はじめての経験だよ」

 

 それはそうでしょうね。

 げっそりと肩を落としているおばあさんの背中をさすりながら、気になっていたことを聞く。

 

「ところで、よくこれだけの範囲に魔術地雷を設置できますね?」

「使い魔を使えばそう難しいことじゃないさ」

 

 またさらっとおばあさんはそんなことを言うが、賢者ちゃん曰く、使い魔を通じた魔術の使用は魔導を極めた賢者の中でも一部の人間しか精通していない超高等技能である。あの賢者ちゃんですら、余程の必要に駆られない限り、魔法で増やした自分自身を通じて魔術を使用している……と言えば、その特異性がわかるだろうか。

 

「おれたち、明日も来るので……」

「ああ、わかってるよ。どうせ地雷を撒くなって言うんだろ?」

「あ、べつに地雷はまた撒いてもらって大丈夫です」

「は?」

「いやだってほら、どうせこの人がまた全部踏んで行きますし」

「明日の爆発も楽しみにしております」

「……アンタら、頭イカれてんのかい?」

 

 自宅の周辺に地雷をバラ撒いているおばあさんには言われたくないな、とおれは思った。

 

 

 

 次の次の日。

 

「おばあさまー! 今日はわたくしが新しい茶葉を持ってきましたわ〜!」

「お腹空きました」

「こんにちは。お加減は如何です?」

 

 薬草を掲げてみせると、おばあさんは鼻を鳴らした。

 

「もう止めないから、勝手にやっとくれ」

「だってさ赤髪ちゃん。棚にあるお菓子全部食べていいよ」

「本当ですか!?」

「アタシが悪かったよ」

 

 今日のおばあさんは、手元に毛糸玉と糸と針、そして縫いかけのローブを持っていた。

 いや、新しいものにしては、それなりに使い込まれているように見える。昔から着ていたものを、補修していると言った方が正確だろう。

 

「年季の入ったローブですね」

「ああ。これは、元々ウチの婆様が着てたものさ」

「あらあら。それはそれは……」

 

 服飾品の類いには目がない死霊術師さんが、ずいっとおばあさんの側に体を寄せる。おばあさんは少し意外そうな顔をしたが、特に拒否することなく、死霊術師さんにそのローブを預けた。

 大きく広げたり、袖口を見たり、縫い目を確認したり。おれにはわからない拘りがあるのだろう。死霊術師さんは細かくローブを確認して、しきりに頷いた。どうでもいいけど、まだ素っ裸なので早く服を着てほしい。

 

「これは、本当に年季が入った品物ですわね」

「はっ! 古臭いデザインだって言いたいのかい? アンタみたいな若い娘には似合わんだろうね」

「まあ、そうですわね。わたくし、見ての通り美しいので!」

「死霊術師さん。胸張ってないで早く服着てください」

「ですが、このローブが大切に受け継がれてきたものであることは、見ればわかります。古着には歴史あり。大切に保管され、修繕されてきた衣服には、相応の価値があるものです。その価値は、デザインや機能性だけで測れるものではありませんわ」

「……へえ。少し見直したよ」

「死霊術師さん、良いこと言ってないで早く服着てください」

 

 素っ裸のまま熱弁を振るう死霊術師さんに、赤髪ちゃんがまたナース服を投げつける。

 きっとたくさんの思い出が詰まっているのであろうローブを抱えながら、おばあさんはゆったりと笑った。

 

 

 

 次の次の、そのまた次の日。

 

「おばあさま〜! 今日の地雷はちょっと少なかったんじゃありません?」

「こんにちは。お加減は如何ですか?」

「……おばあさん、寝てるみたいだね」

 

 あれだけ口うるさかった凄腕の魔導師は、嘘のように静かに眠っていた。

 最初に出会った日から、()()()()()()()()()()()()()彼女は、とうとう上半身すら起こせなくなっていた。

 

「……ああ、また来たのかい」

「おばあさん、無理は……」

「べつに無理はしてないよ。自分の体に残ってるもんはわかってるつもりだからね」

 

 天井を見上げたまま、瞳はどこか遠くを見ている。

 

「一人で死にたかったんだ」

 

 ポツリと。

 おばあさんは言った。

 それは、少し寂しい言葉だった。

 

「……肉親の方は?」

「孫娘が一人いたよ。これがまた、馬鹿な娘でね。アタシより才能はあったんだが、まあ本当にヤンチャな子だった。ちょいとケンカして出ていったっきり、ろくに帰ってきやしない」

 

 しわくちゃの手のひらが、古ぼけたローブを握り締める。

 彼女に贈るために、少しずつ、自由の効かない手で修繕していたに違いないそれに、死霊術師さんがそっと手を置いた。

 

「……待っていたのですね?」

「地面に仕込んだアタシの魔術を完璧に解除できるのは、あの子だけだからねえ。自慢じゃあないが、王都にいる天才賢者様とやらでも、解くことはできないだろうさ」

 

 事実、その通りだったので、おれは堪らず苦笑した。

 

「死ぬなら一人で。死に目に立ち会ってくれるのは、あの子だけでいいって……そう思って閉じこもってたのに……まさかアタシの魔術を踏み抜いてくる馬鹿どもが、のこのこやって来るとは思ってなかったよ」

「照れますね」

「褒めてないよ」

 

 声音が弱々しくなっても、おばあさんの言葉の切り返しはやはり鋭かった。

 

「本当に、最悪だよ。見ず知らずの他人に看取られるくらいなら、アタシは一人で死にたかったね」

「まあ、そう邪険にしないでくださいませ」

 

 掛け布団の上に重ねられたローブの上から、死霊術さんの指が滑らかに下りて、優しく重ねられる。

 

「これはわたくしの経験談なのですが……人間という生き物は、死ぬ時に一人だと、どうしようもなく寂しいものですよ?」

「おや? アンタは、死なないんじゃなかったのかい?」

「ええ、その通りです。ですが、こんなに強くて美しいわたくしでも、死にかける時は死にかけるものなのです。とはいえ、そんなことは滅多にありませんが」

「かわいくない女だね」

「ええ、よく言われます。わたくし、美しい女ですので」

「アタシと同じだ。苦労するよ」

「はあ? 一緒にしないでいただけます?」

「ああ、一緒じゃあないね。若い頃のアタシの方が十倍は美人だったよ」

「まったく、かわいくないババアですわね」

 

 やれやれ、と。

 深く深く、乾いた唇から息が漏れる。

 おれは顔を寄せて、おばあさんに問いかけた。

 

「お名前を教えていただけませんか?」

「いやだね」

 

 これまた、ばっさりと切り捨てられた。

 

「墓はいらないよ。手間をかけるが、骨はそこらへんに撒いておくれ。家は住みたい人間がいるなら、ギルドを通じて村の人に譲ってもらおうか。耄碌したババアが迷惑をかけちまったからね」

「……わかりました」

「悪いね。けど、()()()()()()()()()()に、余計な重荷を背負わせるほど、アタシはボケてないんだ」

 

 にひひ、と。

 溢れるような笑い声は、びっくりするほどに若々しくて。

 

「アンタらは、名前も知らないババアの死に目に、偶然立ち会った。そういう覚え方をしといてくれ。アタシの最後のワガママだ」

 

 それは本当に、すごくやんちゃな笑い方だった。

 笑うだけ笑って、おばあさんは目を閉じた。

 

「おい」

「はい。なんでしょう?」

 

 名前は呼ばれなかったが、死霊術師さんが自然に言葉を返した。

 

「あのローブは、アンタにやる」

「……よろしいのですか?」

「服は着るためにあるもんだからね。汚しても破ってもいいから、袖を通してあげとくれ」

「わかりました」

「頼むよ。アンタは……アタシの若い頃に、よく似てるからね」

 

 そうして。

 爆発がトレードマークの元気なおばあさんは、とても静かに息を引き取った。

 いつの間にか、死霊術師さんは手を離していた。

 

「死霊術師さん」

「なんでしょう?」

「手。もう握ってあげなくていいの?」

「……ええ。やめておきます」

 

 白い指先をひらひらと振って、死霊術師さんは呟いた。

 

「やっとぐっすり眠れたのに、わたくしが触って……うっかり起こしてしまったら、大変でしょう?」

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 服というのは結局のところ、どこまでいっても消耗品だ。毎日着ていれば擦り切れていくし、糸も解れる。だから修繕して手を加えてやらなければ、いつか着れなくなってしまう。

 あまり得意ではない糸仕事に四苦八苦していると、今日も元気な孫娘の声が聞こえてきた。

 

「おばあちゃーん! 見てみて! 昨日おばあちゃんが教えてくれた魔術で、でっかい猪、仕留めたよ!」

「アンタ、また勝手に狩りに行ったのかい!? 覚えたての魔術で狩りをするなってあれほど……」

「いひひっ! でも、おばあちゃんにお肉食べてほしかったし……!」

 

 このやんちゃな笑い方は、やはり遺伝なのだろうか。どうにも、血は争えないらしい。

 愛する孫娘の頭をぐりぐりと撫でて、また作業に戻る。

 

「ねえねえ、おばあちゃん! そのローブ、いつになったらあたしにくれるの!?」

「アンタがもう少し大きくなったらね」

「えー。もう待ちきれないよ〜! それじゃなくて、新しいのちょうだいよ〜!」

 

 たしかに。

 こんな古いものを修繕するよりも、村で商人を捕まえて新しいものを買ってきた方が、遥かに効率的だ。

 しかし、何故かそうする気にはなれなかった。

 

「そうさねぇ。けど、このローブは特別だからね」

 

 服というのは結局のところ、どこまでいっても消耗品だ。毎日着ていれば擦り切れていくし、糸も解れる。だから修繕して手を加えてやらなければ、いつか着れなくなってしまう。

 少しずつ、年を取っていく。

 人間と同じだ。

 

「いつかアンタにもわかるよ」

 

 けれど、服は人間よりも少しだけ長生きで、着る人のことを守ってくれる。

 

「大切にされてきた服には、命が宿るのさ」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 後日。

 村近くでモンスターの討伐を請け負った時のこと。

 

「死霊術師さん! 後ろ!」

 

 まずい、と思った時にはもう遅かった。

 忠告が間に合わず、死霊術師さんが後ろから襲ってきたリザードに、がぶりと上半身を喰われた。

 その身に纏っていた服ごと、喰われてしまったのだ。

 

「……あ」

「どうしたの勇者くん? 顔青くしちゃって」

「そうですよ。死霊術師さんが死ぬのはいつものことでしょう?」

 

 即座に剣戟と魔術が叩き込まれ、死霊術師さんを咥え込んだリザードが跡形もなく吹き飛ぶ。

 騎士ちゃんと賢者ちゃんは怪訝な顔でこちらを見ていたが、唯一事情を知る赤髪ちゃんが、おれの袖を後ろから引いた。

 

「勇者さん……おばあさんから貰ったローブが」

「……うん」

 

 もちろん、食われようが焼かれようが煮られようが、死霊術師さん本人に関しては、なんの心配もない。けれど、身に着けている服に関しては、そうもいかない。

 今日の死霊術師さんは、おばあさんから貰った、あのローブを羽織っていたのだ。あんな風に、頭から歯を突き立てられてしまったら、服はもう……

 

「ふぅ〜! 油断しましたわ。やっぱり頭から噛み砕かれるのは慣れないですわね〜」

 

「……え?」

「……は?」

「……えっと」

「……なんで?」

 

 困惑の声は、上から順に賢者ちゃん、騎士ちゃん、赤髪ちゃん、そしておれ。全員が、食い入るように死霊術師さんを見詰めていた。

 それは、死霊術師さんが生き返ったから、ではない。生き返るのは、いつも通りの日常茶飯事。うちのパーティーにとっては、当然で当たり前なこと。

 

「あらあら? みなさま、どうしたのです? そんな風に、穴が空くほど見詰めないでください。恥ずかしいですわ〜!」

 

 薄く微笑みながら、我がパーティーが誇る死霊術師は、()()()()()()()()()()()()()の前を合わせて、顕になった胸元を覆い隠した。

 

「え……死霊術師さんの魔法って、そういうのじゃなくない?」

「どうして、服まで再生してるんですか?」

「……あらあら、おかしなことを仰いますのね。そんなの、答えは一つに決まっているじゃありませんか」

 

 少しサイズの大きいローブを全員に見せびらかすように、死霊術師さんはくるりとその場で回った。

 

 

「想いの籠もった、素敵なお洋服は()()()()()()()()。でしたら、わたくしの魔法で蘇って当然でしょう?」

 

 

 まあ、ちょっとデザインがかわいくないのが難点ですけど、それは我慢しましょう、と。

 使い古されたローブを裸の上に羽織って、死霊術師さんは上機嫌に歩き始めた。

 

「え、えぇ……? そういうの、アリなの?」

「魔法は、解釈。心の、在り方。死霊術師が、服を生きていると定義したなら、あの服は生きている。そういうこと」

「さすがは死霊術師さんです!」

 

 師匠の言葉に対して、嬉しそうに赤髪ちゃんが頷く。

 

「あ、あのクソ死霊術師……一体どこで、そんなパワーアップイベントを挟んだんですか? この数日で修行でもして何かに目覚めたんですか? 地雷の処理しかしていないはずでは!?」

 

 事情を把握していない賢者ちゃんが、理解し難いと言いたげに呻く。

 

「でも、ちょうどいい。死ぬ度に素っ裸になられるよりは、羽織れるものがあった方がマシ」

「いや、それはそうですが……一体全体どういう理屈で……」

「いやあ〜、こればっかりは考えても無駄だと思うよ? 魔術ならともかく、魔法なんて使ってるあたしたちですらわからないことの方が多いんだし」

 

 事の経緯を、みんなに説明しようかと思ったが。顔を見合わせた赤髪ちゃんがいたずらっぽく笑ったので、おれは口を閉じた。なんでもかんでも、説明すれば良いというものでもないだろう。

 こちらを見上げる師匠と、目があった。

 

「良い出会いが、あったと見た」

「ええ、まあ。そんなところです」

 

 今にもスキップを始めそうな死霊術師さんの背中に追いついて、肩を叩く。他のみんなには聞こえないように、おれは小声で呟いた。

 

「似合ってるよ」

 

 振り返った黒髪が、波のように揺れる。

 

「はい。ありがとうございます、勇者さま!」

 

 目を細めて、白い歯を見せて笑う死霊術師さんのその顔は、綺麗というよりも、かわいかった。

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