世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

65 / 223
武闘家さんと魔王と、勇者

「おれの名は……マスクド・ブラック・ブレイブ」

「なにやってんすか兄貴」

「兄貴じゃない。マスクド・ブラック・ブレイブ」

「え、でも兄弟子って言ってましたし。それに、どう見ても兄貴……」

 

 うるせえ。

 返事の代わりに、おれは背後にぬぼっと突っ立てたチンピラバカの腕を取り、引き上げ、ハゲに向けて投げ飛ばした。普通に力を込めてぶん投げたので、家具やら壁やらを破壊して、チンピラの体がダーツの如く突き刺さる。

 おれのことを兄貴だの兄弟子だのと呼ぼうとしているふざけたハゲは、体を大きく仰け反らせてそれを避けた。ちっ。修行の成果がよく出てるな……。

 

「のぉあぁあ!? あ、あぶなっ!?」

「おれの名はァ! マスクド・ブラック・ブレイブ!」

「わかった! わかりました! わかったっす! 助けに来てくれてありがとうございます! マスクド・ブラック・ブレイブ!」

「か、勘違いするなよ! おれはべつに、お前を助けに来たわけじゃない!」

「えぇ……」

 

 ハゲ馬鹿弟子は信じられないものを見るような目でこちらを見てきたが、おれは後ろ殴りかかってきたもう一人の顔面を裏拳でしばきつつ、主張した。

 

「おれは偶然たまたま、この場所を通りがかったに過ぎない」

「あ、はい」

「だが、ここで会ったのも何かの縁。何を隠そう、おれもかつては、お前と同じ拳聖に師事した身の上」

「何も隠せてないと思うんすけど」

「今夜だけは、お前のその心意気に免じて、おれもお前の隣で同じ拳を振るおう」

「もしかして師匠みたいにその仮面付けてノリノリになってます?」

「そんなわけねえだろお前からしばき倒すぞ」

「すいません」

 

 正直、師匠にこの仮面を渡された時はそのまま投げ捨ててやろうかと思ったが、あまりにも「これで、わたしと勇者の仮面は、お揃い。うれしい」みたいな純粋な上目遣いでこちらを見上げてきたので、ノリノリで装着せざるを得なかった。おれは基本的に師匠には弱い。というか今も昔も勝てない。

 

「でも、助けに来てくれてありがとうございます! マスクド・ブラック・ブレイブ!」

「フルネームで呼ぶのはやめろ。恥ずかしいから」

「どうしろと!?」

 

 とはいえ、顔を晒したまま助けに来ると何の誤魔化しも効かなくなってしまうので、顔だけでも隠せるのは有り難い。

 

「なんだてめぇ! 趣味の悪い仮面つけやがって!」

「ああ、うん。おれもそう思う」

「ぐべぇあ!?」

 

 ナイフを構えて突っ込んできたチンピラの腕を、構えられたナイフごと蹴りで叩き折る。昔なら便利な魔法があったので、体で受けても何の問題もなかったのだが……こういう時は、使えなくなった魔法が少し恋しくなる。

 まあ、魔法が使えないからといって、こんな小悪党ども負ける道理はないのだが。

 

「で、コイツらは何だ?」

「……人飼いっす」

「人飼い? そんな職業まだ息してたのか」

 

 昔、魔王軍と繋がっていた人間の組織を探る過程で、そういう非合法な組織は見つけた先からぷちぷちと潰していったはずである。生き残っていた組織があったのか、はたまたおれたちの目を逃れた地下組織があったのか。いずれにせよ、人間の悪性は時に悪魔よりも度し難いらしい。

 

「ここで育てられたのか?」

「……」

 

 常に素直に、率直に。おれや師匠の質問にはバカ正直に答えてきたハゲ弟子は、この問いにだけは答えを詰まらせて、顔を下に向けた。隙あり、と言わんばかりに剣と斧を振り上げた二人組が突っ込んできたので、掌底を一発ずつ打ち込んで黙らせる。

 

「話したくないなら、話さなくていい」

「え?」

 

 いかつい見た目のわりにはつぶらな瞳が、驚いたようにこちらを見る。

 人間、絶対に人に話したくない過去の一つや二つ、持っているものだ。おれだって、騎士ちゃんや賢者ちゃんに話せないことはいくつかある。

 

「ただ一つ言っておくと、師匠に隠し事はできないぞ。見た目がちっちゃいからって油断してると、なんでも見抜かれちまうからな」

 

 おれが仮面を付けてここにいることが、その証明だ。

 そして、ちょうど師匠くらいの子どもが一人入りそうなサイズの箱が空っぽで投げ出されていることが、師匠の考えの正しさを証明していた。

 

「……オレのあとを尾けてたんじゃないすか? オレが怪しいことも、お二人ならわかってたはずですよね?」

「ああ。おれは最初はそのつもりだったよ。でも、師匠は違った」

 

 自嘲が多分に含まれた呟きを、おれはあっさりと肯定し、そして否定する。

 コイツを弟子とは認めない、と。おれは師匠にはっきり言っていたし。コイツに何らかの裏があることを、おれも師匠もわかっていた。

 それでも師匠は、新しい弟子を責めることも疑うこともせずに、ただ「気にかけてあげてほしい」と。それだけをおれに告げた。

 

 なぜか? 

 

「素直なんだよ。うちの師匠は」

 

 なんてことはない。

 自分の弟子を、信じているからだ。

 

「……ありがとうございます」

「それは帰ったら直接師匠に言ってあげてくれ」

 

 多分師匠は、このバカ弟子がどんな過去を抱えていようと。どんな思惑を持っていたとしても。

 無表情のまま、淡々とこう言うだろう。

 

 昔の話だ、と。

 

 おれたちの何倍もの過去を生きているはずの拳聖は、けれど誰よりも現在を見ている。

 前を向き、顔を持ち上げた弟分と、おれは背中を合わせた。じりじりと、残りの人飼いたちが武器を構えておれたちを取り囲み、距離を詰めてくる。

 

「ところで、一個聞いていいか?」

「なんです?」

「コイツらの首って、賞金かかってたりする?」

 

 明日の昼飯を聞くくらいの軽さで、おれは聞いた。

 

「まあ、それなりの額はかかってるんじゃないすかね?」

 

 明日の昼飯を決めたくらいの軽さで、弟分は答えた。

 

「おいおい。そりゃ最高だな」

 

 背中越しにも、笑った気配が伝わった。

 

「なにをニヤニヤと笑ってやがる! やっちまえお前らぁ!」

 

 そこから先は、一方的な蹂躙だった。

 殴り飛ばし、蹴り飛ばし、投げ飛ばす。背中を任せて、気にしなくていいというのは、とても楽だ。思う存分向かってくる敵を、片っ端から叩きのめすことができる。

 この程度の人数の差は、関係ない。師匠が鍛えた拳に、そんな理屈は通じない。構えた拳に正しさがあれば、どこまでも貫き通せる。そういう修行をつけてくれるのが、おれたちの師匠だ。

 ものの数分で、立っている相手をほとんど床に敷き詰めるカーペットに変えて。残った最後の一人……人飼いのボスらしき人物は、短剣を引き抜いて()()()()()()()()()()に駆け寄った。

 

「く、来るんじゃねえ! こいつがどうなってもいいのか!?」

「……おぅ」

 

 いっそ清々しいほどの小悪党の足掻きに、仮面の下から呆れた目を向ける。いや、逆に仮面があるから、おれが呆れた目を向けていることが、あっちにはわからないのだろうか。冷や汗が流れる顔に、勝ち誇るような下卑た笑いが張り付いている。

 おれはそこでようやく、地面に落ちていた質の悪い長剣を拾い上げた。人質を取っているにも関わらず武器を手に取ったおれを見て、首領の口から唾と一緒に叫びが漏れ出る。

 

「てめえ! 武器を拾うんじゃねえよ! これが、どういう状況かわかってんのか!?」

「ああ、今捨てるよ」

 

 仮面の下から、おれは奴隷の女の子を見た。

 おれは、長剣に触れている。おれは、少女を見詰めている。

 

()()()。ジェミニ・ゼクス」

 

 条件は、すべて満たしている。

 

 

哀矜懲双(へメロザルド)

 

 

 その一声で。

 おれが握っていた長剣と、人質に取られていた女の子が、そっくりそのまま()()()()()()

 

「は……え? あ?」

 

 何が起こったのか理解できず、手元の長剣を呆然と握り締める首領を見て、弟分は静かにため息を吐いた。

 

「兄貴、なにやってるんすか。敵に武器渡しちゃってるじゃないですか」

「いや、修行の成果を見るにはこれくらいのハンデは必要だろ」

 

 震えている女の子を抱き上げながら、おれは「じゃ、あとはよろしく」と後ろに下がった。代わりに「わかりました」とでかい背中が前に出る。

 言葉の意味を、理解したのだろうか。首領の顔が、真っ赤に染まる。

 

「ふ、ふざけんじゃねえ! ふざけんじゃねえぞ! 『   』ッ! てめえ、オレに受けた恩を忘れやがって!」

 

 おれには聞こえない名前を口汚く罵しりながら、首領は左手の短剣と右手の長剣を振り上げた。

 

「お前を育てて、いたぶって、かわいがってやったのが、誰か……もう忘れたのか!? ええ、おい!?」

 

 巨体が両手に武器を携えて、突っ込んでくる。

 女の子を抱き上げているおれは、拳を構えることもできない。構える必要は、最初からなかった。

 

「てめえがオレにぃ! 勝てるわけねえだろうがぁ!」

 

 音もなく、滑り込んだ体は、見えているかのように長剣を避けた。

 音もなく、滑らかな拳は、わかっているかのように短剣を叩き落とした。

 握り締められた拳に、大仰な叫び声は伴っていなかった。ただ、静かに構えられたそれは、どこまでも正確に、人体の急所である顎を突いた。

 たった一撃ですべてを終わらせた、おれの(おとうと)弟子は、沈み込む巨体を見下ろして、一言。告げた。

 

()()()()

 

 この修行の成果は、師匠にも見せてやりたいな、と。

 おれはそう思った。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 武闘家の、昔の話である。

 

「ねえ、センセイー! どうしてわたしの仲間になってくれないの!?」

「しつこい」

 

 魔王を名乗る少女から勧誘を受けるようになって数日。すっかり居候と化した彼女はムムから借りたシャツだけをだらしなく羽織って、だらだらと寝転びながら相変わらずムムへの勧誘を続けていた。

 

「だってセンセイ、どうせ暇でしょう?」

「暇じゃない。修行してる」

「修行してもそれを試す相手がいないじゃない」

「そんなことはない。時々は試してる。大会とか、賞金首倒したりとか」

「で、誰も勝てないんでしょう? センセイ、強すぎるから」

 

 少女の言葉は、まるで透明なガラスを覗き込んでいるかのように、ムムの不満と焦燥を言い当てていた。

 

「わたしなら、その拳を振るえる場所を用意してあげられるのに!」

「……興味がない」

「うそ。センセイだってわかってるはずでしょう? だって、目的のない拳に価値なんてないもの」

「うるさい」

「ごめんなさい。怒らせてしまったかしら?」

 

 じゃあ、お詫びと言うのもおかしいかもしれないけれど……と。

 

「わたしと勝負してみない? センセイ」

 

 少女はムムに、挑戦状を叩きつけた。

 

「……良い。望むところ」

「よかった。本気できてね? センセイ」

 

 言われなくても、立ち会いにおいてムムは手を抜く気はなかった。

 自信はあった。自負はあった。

 

「死なないように、手加減はしてあげるから」

 

 それらすべてを真正面から踏み砕いていくほどの、ただひたすらに圧倒的な力があった。

 それは、はじめて見る魔術だった。

 それは、理解のできない魔法だった。

 稲妻のような速度と、閃光のような衝撃。

 それこそ、大人が子どもの手をひねるように。ムム・ルセッタはこの日、魔王に敗れた。

 数百年の時を生きてきた武闘家にとって、最も手痛い敗北だった。

 

「わたしの勝ちね」

「……うん。わたしの負け」

「じゃあ、センセイ。一緒に来てくれる?」

 

 全身が痺れて動かない中で、まともに動く首と目だけで、差し出された手を見る。

 昔もこんなことがあったな、とムムは思った。

 

「……あなたの勝ち。それは認める」

「! じゃあ……」

「でも、ダメ。一緒にはいけない」

「なんで!?」

「目標が、できた」

「目標?」

「うん。魔王を真正面から殴れるようになるっていう、目標が」

 

 大きな目を、驚いたように瞬かせて。

 それから少女は、困ったように微笑んだ。

 

「無理よ。魔王を倒せるのは、勇者だけだもの」

「そんなことは、やってみなきゃわからない」

「今、こんなにズタボロに負けたのに?」

「今はそう。でも、未来はわからない」

 

 こちらを見下ろす魔王の微笑みに、影が落ちる。

 

「そんなに長く生きているのに。センセイは、未来に絶望しないの?」

「……わからない」

 

 肯定でも否定でもない答えを、ただ繰り返す。

 長い長い時間をゆっくりと消費するように、ムムは繰り返した。

 

「わからないけど……わかる。わたしも、数え切れない時間を生きてきたから。人間の汚いところ、たくさん見てきたから。あなたがやろうとしていることが、わからないわけじゃない」

 

 長く暮らした村で、歳を取らない化け物だと、石を投げられて追放されたことがある。

 少しだけ、と考えて身を置いた屋敷で、そのまま奴隷商人に売られたことがある。

 数百年を優に超える時の中で、人間の汚い部分を、ムムは数え切れないほど見てきた。

 それでも。

 

「わたしは多分、あなたよりもほんの少しだけ……まだ、人を信じている」

 

 はじまりは、一人の男のお節介だった。

 山の中で独りぼっちだった自分に手を差し伸べてくれた、師父のささやかな優しさが、ムム・ルセッタの根底にはずっと残っている。

 どれだけの時間が過ぎようと。

 どれだけの絶望を経験しようと。

 その輝きは、ムムにとって変わらない永遠だった。

 

「……素敵な出会いがあったのね」

「うん。何年経っても、忘れられない」

「羨ましいわ」

 

 ぽつりと漏れたその呟きも、おそらく彼女の本心だった。

 

「あと、もう一つ。これは本当に、個人的な理由だけど」

 

 人間は愚かな生き物だという、魔王の諦観をムムは理解できる。

 あるいは、世界を滅ぼそうとするその行為には、ある種の正しさがあるのかもしれない。

 それでも。

 

「この世界が滅んでしまったら、わたしが最強を証明する場所が消えてしまう」

 

 一人の武闘家としての、利己的な欲求(エゴイズム)があった。

 自分の師が追い求めていた武の道は、きっとこの少女の理想とは違うところにあるという、確信があった。

 

「だから、わたしはあなたに手は貸せない」

「ふふっ……あはは! なにそれ……センセイって、本当におもしろい人ね」

「よく言われる」

 

 無邪気にひとしきり笑って、笑い尽くしたあとに。 

 魔王は、決して伸びないムムの髪に指を伸ばして、そっと絡めた。

 

「……わたしの手を取らなかったら、あなたは、今よりももっと辛い思いをすることになるかもしれない」

「構わない」

「……体は欠けなくても、人の心は磨り減っていくものよ。いつか、粉々に砕けて消えてしまうかもしれない」

「構わない」

 

 倒れたまま、彼女を見上げてムムは言い返す。

 

「あなたが世界を壊そうとするように。この世界を救おうとする人も、きっといる。いつか終わりの時が来るのなら、わたしはその輝きにこそ、寄り添いたい」

「……そっか」

 

 髪に指を絡めたまま、少女の顔がムムに近づく。

 

「そんな良い人が見つかるとは思えないけど」

「さっきも言った。わたしは、あなたよりも少しだけ人を信じてる」

「……うん。じゃあ、もしもそんな人と出会えたら。わたしを殺しに来てね、センセイ。その時は今度こそ。わたしが、センセイを殺してあげるから」

「望むところ」

 

 見詰め合う時間は永遠のようで、けれど一瞬で。

 彼女の笑みには、駄々を捏ねていたそれまでとは違う、納得があるようだった。

 

「あーあ……フラれちゃった。このわたしの勧誘を断るなんて、センセイがはじめてよ?」

「そう。なら、よかった。あなたの、はじめてになれて」

「……ええ。わたしの名前がもっともっと広まったら、魔王と一対一で対決したことがあるって、自慢するといいわ」

「そうする」

 

 するする、と。

 着たときと同じ、豪奢なドレスを再び身に纏った彼女は、最初のやり直しと言わんばかりにその裾をつまみ上げて。今度こそ、優雅に一礼した。

 

「またお会いましょう。センセイ」

「うん。また、いつか」

 

 そうして。

 勇者と出会った武闘家は、魔王になった少女と、再び対峙の時を迎えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「おかえり」

「はい。ただいま戻りました」

 

 ぶらぶらと足をふらつかせながら、師匠はおれの帰りを木の上で待っていた。どこか遠くを見ていた瞳が、こちらを向く。

 

「何か、昔のことでも思い出してたんですか?」

「……そんなところ」

 

 くるん、と小さな体が一回転して地面に着地する。

 

「どうだった?」

「ほとんど師匠の予想通りですよ」

「そう。なら、よかった」

 

 軽く頷いて、師匠はおれの服の裾を握った。

 

「勇者」

「え、なんです?」

「仮面つけて。仮面」

「…………」

 

 くどいほどに繰り返すことになるが、おれは師匠には絶対に逆らえないので、諦めて懐に入れていた仮面を装着した。

 眠そうだった目が、きらきらと輝く。

 

「おぉ……」

「師匠?」

「良い……」

「外していいですか師匠?」

「写真に残したい……」

「絶対にやめてくださいね師匠」

 

 しばらく外見の年相応とでも言うべき、子どもっぽい視線に見上げられて。師匠が満足したであろうタイミングを見計らって、おれは仮面を外して深く息を吐いた。

 

「あのバカ弟子は、夜明けを待ってギルドの人間に人飼いたちを引き渡すそうです。奴隷になってた人たちの援助も、それと合わせて……」

「そう」

「……他に何かないんですか?」

「べつに、ない。二人とも、無事でなにより。わたしが鍛えてるから、無事に決まってるけど」

「……はい。師匠の言うとおりです」

「ふふん」

 

 おれが手近な岩に腰掛けると、その上にちょこんと。師匠の小さな体が乗っかった。おれの膝の上にそのまま載せられてしまうほど、やはり師匠の体は小さい。

 

「勇者はどうだった?」

「え、何がです?」

「ひさしぶりの実戦で。あの双子悪魔の魔法、使えた?」

「……はい。使えました」

「そう。なら、よかった」

 

 またおれの膝の上で足をぶらぶらとさせながら、師匠は言葉を続ける。

 

「魔法が使えた、ということは。勇者は()()()()()()()()()()()()()()()()ということ」

「……はい。そうですね」

 

 その理由はわからないが、しかしジェミニを倒したあとも、おれの魔法の……『黒己伏霊(ジン・メラン)』の効果は変わらず維持されていた。

 殺した相手の、名と魔法を奪う。

 おれの魔法は、まだ生きている。

 

「わたしたちの名前は、相変わらず忘れたままだけど。でも、魔王が遺していったその()()に、意味がないとは思えない」

「……はい」

「物事には、必ず理由がある。魔術にも魔法にも、理がある。その秘密を探っていけば、もしかしたら名前を取り戻すきっかけを掴めるかもしれない」

 

 こちらを振り向かないまま、背中を向けたまま、師匠は淡々と言葉を続ける。

 

「前に、死霊術師に、言われた。わたしは、勇者を救うことを諦めてる、って」

「……いや、師匠。そんなことは……」

「ムカついたから、その時はぶっ飛ばしたけど。でも、あいつの言うことにも、一理あるかもしれないって。そう思った」

 

 師匠の色は、黄金だ。

 黄金の輝きは永遠であると、人は口を揃えて言う。

 でも、その永遠を知っているはずのおれの師は、永遠の傍らに常にあるはずの停滞を、決して許さない。

 

「だから、前に進もう。勇者」

 

 静かに、師匠は言い切った。

 

「あなたはまだ、強くなれる。また、強くなれる。師匠のわたしが、保証する」

 

 師匠は振り向かない。

 師匠の体は小さくて、師匠の体は少し心配になるほどに軽い。

 しかし、間近で見るその背中は、やはり誰よりも大きかった。

 

「……魔王を倒して、世界を救い終わったのに、まだおれに強くなれって言うんですか? 師匠」

「そんなことは、()()()。わたしは、これから先の話をしてる。拳の研鑽に、果てはない」

 

 それに、と。

 

「わたしは、あなたの師匠だから。最後まで、あなたの面倒を見る、義務がある」

 

 振り返った師匠の横顔は……失礼かもしれないけど、ちょっとびっくりするほどに大人っぽい、きれいな女性の微笑みだった。

 

「……そうですね。じゃあ、またおれを鍛えてください。師匠」

「無論、そのつもり。とりあえず、宿までダッシュで帰る」

「は? いやちょっとま……」

「負けた方が、赤髪にお菓子を奢る」

「なんでっ!?」

「よーい、どん」

「師匠っ!?」

 

 跳ねるように走り出した、小さな背中を追いかける。

 誰よりも過去を積み重ねてきたおれの師は、誰よりも現在(いま)を楽しみ、そして未来を見据えている。




死霊術師さんは巨乳でボン・キュッ・ボン。いつもは大人っぽく妖艶に微笑んでいるものの、時々すごく子どもっぽい笑い方をする。
師匠はロリでツルッ・ペタン・ツルン。いつもは無表情で仏頂面の愛想のない子どもだが、時々驚くくらい大人っぽい優しい笑い方をする。
そういうところでもこの二人は正反対だといいですね。

次回は賢者ちゃん回です。なんと賢者ちゃんが増えるみたいです
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。