「よし。おれたちもダンジョン潜るぞ」
「落ち着いてください勇者さん」
「ぐえ」
到着早々、ダンジョンに突っ込もうとしたら、首根っこを賢者ちゃんに締め上げられた。
「なんで止めるんだよ賢者ちゃん!」
「落ち着いてよく見てください。土竜の連中が来てます」
「うわ、ほんとだね」
鎧を展開して手甲の調子を確かめていた騎士ちゃんが、めんどくさそうに眉をひそめる。『土竜』というのは、ダンジョン攻略を生業にする専門のパーティー集団のことである。腕利き揃いなのは間違いないのだが、逆に腕利きが揃っているがゆえに、黒い噂が絶えなかったり、ダンジョンから掘り出される遺物の類いを独占している疑惑があったりと……一般の冒険者からは疎まれることも多い存在である。
「面倒だ。おれが話を通してくる」
「ちょ……えっ!? 勇者くん!?」
静止しようとした騎士ちゃんの手をするりと抜けて、おれはとりあえず冒険者たちが集まっているテントに声をかけた。まだ内部のマッピングが進んでいないのか、もしくはやる気がない連中が集まっているのか、はたまたよほど暇なのか。
「なんだァ、てめえ?」
「ここはガキがミルクを探しに来る場所じゃねぇんだ」
「帰りな帰りな」
しっし、と。入って早々。手で追いやられる。
うーん、あまりにも柄が悪い。どうしてこう冒険者っていうのはどいつもこいつも品がよろしくないのだろうか。
まあ、舐められる見た目をしているおれも悪いのだけれど。若く見られるのって嬉しいけどこういう時ほんと損だよな……帰ったら思い切ってヒゲでも伸ばしてみようかな。ちょっと赤髪ちゃんにも聞いてみよう。
「ここは土竜のテントか?」
「あー!? こんな小さくてしょっぺえ場所が土竜のテントなわけねぇだろ!」
「ここはオレたち地元の冒険者同盟が金を出し合ってダンジョン攻略のために立てた野営地!」
「明日を掘り進める探窟隊の前線基地よ!」
名前ダサすぎだろ。
もう少しなんとかならなかったのか?
というか、勘違いして全然違う場所に乗り込んでしまった。恥ずかしい。穴があったら入りたい。これからダンジョン潜るけど。
「じゃあいいや。おれは土竜の野営地に用があるんだ」
「ちょっと待てや兄ちゃん」
「せっかく入ってきたのに、ただで帰るってのも、何もおもしろくねえだろう?」
「どうだい? 折角だ」
「ここは一つ、オレたちのゲームでちょいと遊んでいかねぇかい?」
「ゲーム?」
おうよ、と。金髪に熊のような大男が、横柄に頷いた。
「後から来た土竜の連中にダンジョンの探索やらマッピングやらの仕事は全部取られちまって……オレたちの仕事は、浅い階層で大して金にもならねぇ石拾いよ」
「アイツらに顎でこき使われるくらいなら、ここで酒入れながら賭け事でもしていた方がマシだ」
「だから兄ちゃんも一枚噛んでいけや!」
コイツら何しに来たんだよ。もう帰れよ。
とはいえ、どう足掻いてもただでは帰れそうにない雰囲気だ。おれは諦めて問い返した。
「ゲームの種類は?」
「最も原始的でありながら、今、冒険者の間で最もアツいゲーム……その名も、アームゥレスリィングッ!」
「ッ……! なるほどな」
おれは口元を歪めた。
それならちょうどいい。
「にいちゃんにはプレイヤー側として参加してもらうぜぇ!」
「その細っこい体じゃ一ラウンドも保たねえかもしれねぇが!」
「精々足掻いてくれよ! あーひゃっひゃ!」
「……御託は良い」
おれは、上半身の衣服をすべて脱ぎ捨てた。
その途端、おれを取り囲んでいたチンピラなんちゃって地元冒険者たちの反応が、明らかに変化する。
「この野郎……」
「良い身体してるじゃねぇか」
「へっ……おもしれー男」
自慢の筋肉を見せつけ、威圧しながらおれは冒険者たちに告げた。
「何連戦でもいいから、さっさと掛かってこい」
そうして、二十分後。
おれはある程度のまとまった賭け金の報酬と、チンピラたちの人望を得てテントを出た。
滴る汗が流れる素肌に、外の冷たい風が心地良い。
「いくぞお前らァ! 土竜どもにダンジョン攻略を好きにさせるなっ!」
「「「おうっ!」」」
「なんで地元のチンピラたち束ねてるのっ!?」
騎士ちゃんにツッコミを受けながら、おれは頭を手甲でどつかれた。ちょっと痛かった。
◇
「なるほど。つまりお姉さんは、王都の騎士団の団長さんなんですね?」
「そうそう。そうなんだよ〜」
「小規模な部隊を率いて来たものの、まずは散歩がてらにダンジョンの浅い階層を見て回ろうと一人で勝手にダンジョンに入り……」
「うんうん」
「しかしすっかり道に迷って出口がどこなのかすらわからなくなり」
「いえすいえす」
「道中で武器である剣も落としてしまい」
「然り然り」
「そして、トラップを踏んでさらに深い階層まで来てしまい、先ほどまで自力脱出困難な状況であった、と」
「そう! まさしく、そんな感じかな!」
「あなた本当に騎士団長ですか?」
わたしにはちょっと、このおとぼけお姉さんが王国に五人しかいない騎士団長であることが、まるで信じられませんでした。あまりにもおマヌケです。ダンジョンに一人で入って迷った挙げ句、罠にハマって一人で深い階層まで落ちてくるなんて、考えなしが過ぎます。
「でもでも、そういうアカちゃんもワタシと同じように罠にハマって落ちてきたクチじゃないのかな?」
……考えなしが過ぎます!
わたしは腕を組みながら、団長さんを見下ろしました。
「ていうか、アカちゃんってもしかしてわたしのことですか?」
「うん。あなた、かわいいし赤いし、なんかちびっこみたいな雰囲気だから、アカちゃん!」
「本当にちびっこみたいな呼び方をされても困ります! 別のあだ名を所望します!」
「えー、お姉さん的にはめちゃくちゃかわいいあだ名だと思うんだけど……」
まあいいや、と。特に気にする様子もなく、騎士団長さんはわたしの正面に回って聞いてきました。
「アカちゃんは、なんでこんなダンジョンに一人で来てるの?」
「同じように一人で来てるお姉さんがそれを聞きますか……?」
「ワタシはほら、仕事だしねぇ」
にこり、と。笑う騎士団長のお姉さん。普通に仕事で来て勝手に迷って勝手にダンジョン散策されてる方がどうかと思うのですが……
わたしは答えました。
「パーティーメンバーの皆さんに、こんなわたしでもお役に立てることを証明するためです!」
「へえ、アカちゃんは冒険者なんだ」
「はい! そうです! わたしの入ってるパーティーのみなさんは、本当にすごい方たちばかりなんです! でも……」
「自分は弱いから、役に立てるか不安?」
一言で内心を言い当てられて、思わずびくりと。体を震えて反応してしまいました。
「それとも、役に立てない自分は必要ないんじゃないか、とか。そんなこと思ってる?」
騎士団長のお姉さんは、片目に眼帯をされていて。瞳は一つだけでしたが……ですが、その琥珀色の瞳にどこまでも何もかも見透かされるような気がして、わたしは顔を背けました。
「おっ……お姉さんには、関係ありません!」
「きゃ〜! もうっ、アカちゃんかわいい〜! ワタシ、キミみたいな子ほんとに放っておけないんだ〜!」
「く、くっつかないでください! 暑苦しいです!」
何なんですかこの人は!
勝手にこちらのことを理解した気になって、勝手にくっついてきて!
騎士さんや死霊術師さんも身体的接触を伴うスキンシップが激しい方達でしたが……なんというかこのお姉さんは別ベクトルで苦手! 苦手です!
「……よしよし。大丈夫大丈夫」
と、いきなりハイテンションだった声がトーンダウンして、お姉さんの指先がわたしの髪に絡まりました。
「わかるよ、うん。わかるわかる。ワタシにも、そういう時期があったからさ〜。たくさん意地張って、自分は強いんだ! 必要とされる人間になるんだ、って。でも、そうやって意地と見栄ばっか張ってると、いつかワタシみたいに手痛い失敗をしちゃう日が来るよ」
わたしも鈍くはありません。なんとなく、お姉さんの言うその失敗が、片目の眼帯のことだということは、自然と察することができました。
「キミはきっと、良い子なんだろうしさ。かわいいし、みんなもたくさん可愛がってくれるんだろうから、今はまだたくさんそれに甘えていれば良いんだよ。いつか、返せるようになったら返したらいい」
「……そうですか?」
「そうだよ」
わたしが問い返したその言葉だけには、お姉さんは力強く即答しました。
「人間、意地ばっかり張ってたらいつか折れちゃうからね。一人ぼっちは絶対にダメ。人間は、誰かに頼らないと」
ついさっきまでは、あれほど煩わしかったお姉さんの言葉は。何故かわたしの胸の中にすとんと収まって、そのもやもやを晴らしてくれました。
「お姉さん」
「んー?」
「ありがとうございます」
「いえいえ。どういたしまして」
でも、それはともかく。
「お姉さん、わたしに「一人はだめだ!」みたいなお説教してたわりに、今現在進行系で、一人でダンジョン攻略してませんか……?」
「いやいや、それはそれ。これはこれっていうか……うーん、ほら! ワタシは散歩してたら迷っちゃっただけだから!」
「えぇ……」
お姉さんの都合のよい自己弁護に、抗議しようとしたのも束の間。
「……おっと危ない。頭下げな、アカちゃん」
お姉さんに手を引かれたわたしの頭上を、鋭い爪が横切っていきました。
「ひっ……あれって……メイルレザル!?」
「お。アカちゃんよく知ってるねぇ。感心感心」
お姉さんは能天気にそんなことを言いますが、わたしは思わず後退りました。
それがメイルレザルと呼ばれるモンスターであることは、上層階で特徴を教えてもらい、実際に仕留めたわたしにもわかります。
ですが、今。眼の前で舌をちらつかせているメイルレザルはわたしが仕留めたものよりも遥かに大きい……具体的には三倍ものサイズを誇っていました。
「こ、こんなに大きいななんて……」
「うんうん。たしかにこのサイズは中々お目にかかれないねぇ。この階層でボスやってるのかな?」
言いながら、騎士団長のお姉さんは一歩。そのバケモノような巨体に向けて歩を進めました。
「アカちゃんは危ないから下がっててね」
唾液でぬらぬらと輝くその歯を剥き出しにして、大きな口が開きます。
「お姉さんっ!?」
「大丈夫大丈夫」
お姉さんに、武器はありません。
失くした、と言っていました。
だからお姉さんは、手に何も持たないまま、そのオオトカゲと正面から向き合い、そして……
「へ?」
そして、一刀の元に切り捨ててしまいました。
一瞬で三枚に卸されたトカゲは、その巨体を地面に落として、動かなくなってしまったのです。
「よーしよし。一丁上がり。いやぁ、コイツは食いでがありそうで良いね」
ニコニコと笑うお姉さんは、さっきまでとまるで変わらず。
ですが、その異質さの正体を確かめるために、わたしは聞きました。
「今……
「おー? 斬ったことはわかるんだ。目が良いねぇ」
騎士団長のお姉さんは、わたしに向けてひらひらと。手のひらを振りながら答えました。
「
◇
「よし! 今度こそおれたちもダンジョン潜るぞ!」
「落ち着いてください勇者さん」
「うぼっ」
頼れる仲間を得て早々、ダンジョンに突っ込もうとしたら、首根っこを賢者ちゃんに締め上げられた。
もういいよ。さっきやったよこの流れは。
「なんでだ賢者ちゃん!? せっかくこうして頼れる仲間も増やしてきたのに!」
「そのチンピラどもが頼れる仲間になるかは大いに疑問が残りますが、勇者さんが上半身裸で男同士の遊びに興じている間に、私もある程度情報を仕入れておきました」
「というと?」
「どうやらこのダンジョン、下の階層へ続くルートの発見が相当困難らしく。まだ土竜たちも三層で手をこまねいているようです。そして、先ほど聞き耳を立ててみたところ、一番深い場所に潜っていたパーティーが一旦帰投する、との連絡が入っていました」
つまり今のダンジョンの中は他のパーティーがほとんどおらず、探索はし放題。
「周辺をぐるっと回ってみて、入り口になりそうな場所も見つけました。探知もかけておいたので、周囲に人もいません。赤髪さんはもっと深いところにいるようなので、巻き込む心配もないでしょう」
そして、中の構造は賢者ちゃんがある程度探知魔術で把握済み。
なるほど、たしかに。これなら、おれたちがダンジョン攻略する時に使っていた、
「そんなわけで、さっさと始めてしまいましょうか。では、騎士さん。よろしくお願いします」
「はーい。ひさびさだから腕が鳴るね!」
言いながら全身甲冑のフル装備になった騎士ちゃんは、いつもの二刀流ではなく、めずらしく両手で大剣を構えた。その刀身から、凄まじい勢いで炎が迸り……そして魔法効果によって形作られた炎の刀身が、超高温で固められた、大地を抉り掘る刃となる。
ぽかん、と。冒険者たちはその規格外の破壊の熱量を見上げた。
「一気に五層まで抜きたいな〜!」
「とはいえ、これやるのもひさしぶりですからね。ここは欲張らずに四層までにしておきましょう」
炎の剣が、凄まじい音を響かせながら、大地をゴリゴリと穿いて抉る。
おれたちがやっていることは、極めてシンプルだ。
圧倒的な火力でダンジョンの地下構造を外殻からブチ抜き、地上から深い階層まで直通で潜れるルートを形成する。
つまり、迷って惑って出口を探してほしい制作者の意図を全否定する、ショートカットである。
風情がない気もするが、だって仕方がない。うちのパーティーは、これをやるのが最も効率が良いのである。
「ふぃ〜! ひさびさに良い穴が掘れたぁ!」
「四層まできっちり抜けました。充分ですね」
「じゃ、わたしが先行する」
「あ、武闘家さんちょっとまってください。今騎士さんが水流し込んで通路冷やしてくれますから」
新しく生成された出入り口。しかも、四層への直通路。
それを呆然と見詰めるしかない冒険者のみなさんに向けて、上半身を風に晒しながら、おれは言った。
「いくぞお前らァ! 今から、死ぬほど稼がせてやるから、黙ってついてこい!」
爆発した歓声が、返事の代わりだった。
こんかいのとうじょうじんぶつ
アカちゃん
またの名を赤髪ちゃん。おせっかい焼きのお姉さんに対してツンデレ反抗期という新たな属性を獲得しつつある。
騎士団長のお姉さん
またの名をイト・ユリシーズ。歳を重ねて落ち着きと包容力が増した。アカちゃんのことをとても気に入ってるが、天然なので当然魔王であることとか勇者くんたちが近くにいることとかは知らない。コイツは色々知ってるようで知らないことの方が多い。無知無知系お姉さん。
愛刀は落としてどこかに消えたが、現在の戦闘力では手刀で大抵の問題は片付く。やはり何かがおかしい。
勇者くん
上半身の衣服を脱ぐことで、カリスマ+20。下半身も脱ぐとさらに加算されるらしい。現在、ゴールデンカムイ4期が絶賛放送中だが、この勇者はスチェンカとかあったら絶対参加するし、バーニャにも入る。
騎士ちゃん
土木工事インフェルノソードブレイカー。騎士ちゃんの聖剣は魔力が続く限り火を放って操ることが可能であり、魔法によって火の温度が高められるとそれはもう大変なことになる。コイツもやはり何かがおかしい。
賢者ちゃん
すべてが円滑に回っているのは大体この子のおかげ。そろそろこのダンジョンでいくら稼げるか脳内で算盤を弾き始めている。
師匠
このダンジョンつえぇモンスターはいるのか!?オラワクワクすっぞ!
死霊術師さん
霊圧がなかった。多分どこかでふらふらしてる