世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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世界救い終わったけど、合コンすることになった

 美しさには、種類がある。

 かわいいときれいは違う、と言ったほうがわかりやすいだろうか。

 イメージに基づいた漠然とした例になってしまうが、たとえば赤髪ちゃんのイメージはどちらかと言えばきれいよりもかわいいになるだろう。賢者ちゃんも然り。騎士ちゃんは……ちょっと判定が難しい。師匠は圧倒的な幼女です。

 では、おれの目の前でニコニコしている死霊術師さんはどちらなのかというと、それはもう文句のつけようがないほどにお綺麗だった。

 自身のイメージカラーとも言える、上品な紫のドレス。その上に一目で良い生地だとわかる白のストールを合わせて、完璧に着こなしている。お化粧の雰囲気も、うまく説明はできないけれど、いつもとは少しだけ違うことがわかった。

 指輪も、イヤリングも。元から整った外見を、完璧なセンスに基づいた服装とアクセサリで彩る。

 美しい自分を理解している。

 美しい自分を理解しているから、もっときれいに魅せる方法を知っている。

 無遠慮に触れてしまいたくなるけれど、自分のような男が触れていいものかと躊躇してしまう。

 そういう隙のない美しさが、死霊術師さんという女性にはあった。

 

「まさか、死霊術師さんがいるとは……」

「サプライズというヤツですわね!」

 

 ドヤ顔であった。

 

「今日は勇者さまと『合魂(ごうコン)』していだけるということで、わたくし……いても立ってもいられなくなり、一番乗りで会場に到着してしまいましたわ」

 

 いつもよりもさらに美人だが、口を開けばいつもの死霊術師さんだった。残念美人とはこういうことを言うのだろう。

 ほっとするような、安心するような。

 しかし、それはそれとして帰りたい。すごく帰りたい。

 冒険者にとってパーティーメンバーとは、職場の同僚のようなものである。一体、何が悲しくて職場の同僚と合コンしなければならないのか。

 ていうか、この人何も隠さず「勇者さまと合コン」って言ったよな? もう最初から確信犯じゃねーか。何が「敏腕女社長も来る」だ、あの幼女陛下め……! 

 おれの内心を見抜いているのか、いないのか。死霊術師さんはゆったりとした笑みを崩さない。

 

「それにしても。勇者様だけでなく、騎士団長の皆様もお揃いとは。わたくし、びっくりいたしました」

 

 小首を傾げると同時に、イヤリングが左右に動く。こちらに向けられていた視線が、他に移る。

 おれは、隣をちらりと見た。

 先生の顔色がものすごく悪かった。具体的には、酒を入れてないのに胃の中身を吐き出しそうだ。

 

「……ごめん死霊術師さん。ちょっと席を外すね」

「ええ。大丈夫ですよ」

「では、その間はボクとお話していただけませんか、レディ」

「あらあら。新進気鋭の第五騎士団の団長殿に口説いていただけるなんて、照れてしまいます」

 

 イケメンバカををちらりと見ると、いやらしいくらい様になったウィンクを送ってきた。目線が「ここはボクに任せたまえ」と語っている。ヤツはバカだが、こういう気遣いができるタイプのバカなので、正直助かる。

 死霊術師さんの相手はバカイケメンに任せて、ささっと先生を連れて部屋の外に出た。

 

「先生、大丈夫ですか?」

「……か、帰りたい」

 

 かわいそうに。筋肉とひげが萎れて見える。

 

「先生、死霊術師さんと昔、()り合ったことあるんでしたっけ?」

「……ある」

「殺したことあります?」

「むしろ殺したことしかない。首は落としたし、モーニングスターで頭を砕いたし、さらに言えば複数回に渡って破城槌で全身を叩き潰した……」

 

 まあまあ()ってんなこのヒゲオヤジ。

 いや、当時は敵の最高幹部だったわけだから、先生が死霊術師さんは殺ってるのは当たり前なんだけど……。

 

「まさか、合コン会場で昔殺した女性に会うことになるとは……」

 

 本当にね。不思議だね。

 

「大丈夫ですよ、先生。昔のことですし、死霊術師さんも水に流してくれますって。もしかしたら忘れているかもしれないし……」

「だが、俺の手は彼女の全身を叩き潰した感覚を覚えている……こんな血塗れの手で、俺は本当に彼女と酒を酌み交わす権利があるのか?」

「それこそ大丈夫ですよ。先生が死霊術師さんのこと十回くらい殺してるなら、おれは仲間になってもらう前に百回以上殺してますから」

「お前の手、血塗れ過ぎないか?」

「どうせあの人、殺しても死なないんだから、昔の戦場で会ったことなんて気にするだけ無駄です、無駄。むしろ、死霊術師さんは自分を殺してくれる可能性がある人のことを好きになってる節がありますからね。かくいうおれも、現在進行系で死霊術師さんを殺す方法を模索しているわけですし」

「お前のパーティー倫理観とか大丈夫か?」

 

 倫理観とか道徳は騎士学校中退する時に置いてきたよ。

 急に合コンへの参加意欲を失いはじめた先生だが、ここで離脱してもらっては困る。おれは先生の肩に手を置いて、耳元で囁きかけた。

 

「でも先生、死霊術師さんタイプでしょう?」

 

 びくん、と。

 手を乗せた肩が震える。

 

「……正直いいか?」

「いいですよ」

「めっちゃ好き」

 

 ほれ見たことか。

 結局、男は下半身には勝てないのである。

 今さらこんなことを説明するのもおかしいが、死霊術師さんは客観的に見ても目を引く美女である。うちのパーティーの中で最もナイスバディだし、ロングヘアは艶やかで美しいし、やっぱり胸はでかいし、目元にホクロだってある。もうなんというか、先生の性癖を的確に射抜いているのだ。

 

「大丈夫です。おれがフォローしてあげますから、会場戻りますよ」

「本当か? いい感じに紹介しろよ? この人はおれの恩師で、彼の教えを授からなかったら世界は救えませんでした……くらいは盛るんだぞ?」

「先生、この国の騎士で一番強いんだからべつにエピソード盛る必要はないでしょうよ」

 

 びしばしと先生のケツを叩いて、会場に戻る。

 なんだか立場が逆な気がするが、まあいいだろう。

 

「あ! 勇者くん。おかえり」

「……?」

 

 なんか、もう一人、増えてる。

 扉を開けた瞬間に、おれはまた膝から崩れ落ちそうになった。

 

「騎士ちゃん……?」

 

 二度見する。

 冷や汗をかきまくっていた死霊術師さんの時とは対照的に、隣の先生の顔がぱあっと明るくなる。

 

「おお! これは懐かしい顔だな!」

「先生っ! ご無沙汰しております! お元気でしたか!?」

「はっは。ご覧の通りだ。お前も元気そうで何よりだよ」

 

 騎士ちゃんは飛びつくような勢いで、先生の手を取ってぶんぶんと振った。

 そう。騎士ちゃんである。明るい金髪に、見るも鮮やかな深紅のドレス。どこからどう見ても、我がパーティーの騎士ちゃんがそこにいた。

 

「あの、メガネさん。こちらの方は?」

「本日二人目の参加者の()()()()()だ」

 

 そうきたかぁ……いや、そっか……うん。

 メガネさんの説明は一言一句、これっぽっちも間違ってはいないので、もはやツッコミを入れる気にもならない。

 やはり花が咲くような明るい笑顔で、騎士ちゃんはこちらを見た。

 

「来たよ! 勇者くん!」

「うん。いらっしゃい」

「噂には聞いてたけど、あたし合コンってはじめて!」

「おう。おれもはじめてだよ」

「楽しみだね」

「そうだな……」

 

 こんなに知り合いしかいない合コンを催している場所は、世界でここしかないと思う。

 

「で、どうかな?」

 

 問われて、騎士ちゃんの姿をまじまじと見詰める。

 もちろん、よく似合っている。細々とした装飾品や複雑なデザインのドレスをセンスで着こなしている死霊術師さんとは真逆に、全体的にシンプルな方向性でまとめていることがわかる。しかし、だからこそ目立つ赤色がよく映える。そういうところが、如何にも騎士ちゃんらしい。

 けれど、いつもの騎士ちゃんとは明確に異なるポイントが、別にあった。髪だ。ポニーテールの形で括られていることがほとんどの金髪が、今日は下ろされていた。艶やかな金髪が、肩口で靡いてる。寝起き以外で、髪を結っていない騎士ちゃんを見るのはかなりめずらしい。

 騎士ちゃんのイメージは、かわいいときれいで迷うところではあったけど。今日の騎士ちゃんは、明確にキレイだと思った。

 

「大人っぽい」

「……むむ。それは、普段は子どもっぽいって意味に取れるんだけど。褒めてる?」

「すごく褒めてる」

「……ふーむ。まあ、良いや」

 

 その手が、真っ直ぐこちらに向かって伸びる。

 

「では、席までご案内していただけますか? 勇者様」

「……もちろん、喜んで。お姫様」

 

 いつまでも立ち話というわけにもいかないので、席につく。

 先生が端に座り、そこからバカとメガネさん、おれの順番。対して、先生の正面に死霊術師さん、騎士ちゃんという形だ。意図せず、先生はしっかりと狙いの女性の正面の席を射止めた形である。

 対面には、空いてる席が二つ。つまり、あと二人は女性が来るということだ。

 おれは小声で、司会進行役のメガネさんに話しかけた。

 

「メガネさん。これもしかしておれの知り合いしか来ない感じですか?」

「わからん。この合コンのメンバーの人選は陛下が自ら行っておられるからな」

「知り合いしか来ないなら、おれもう帰りたいんですけど……」

「勇者殿。馬鹿を言わないでいただきたい。あなたが主役の合コンだ。主役が帰ってどうするというのか?」

 

 いや、知り合いしか来ない合コンセッティングする方がバカだろ。絶対おれは悪くないよ。

 

「まったく、始まる前から帰りたい、などと。そんなことでは先が思い遣られる」

「本当にその通りですね。男同士でコソコソと。見苦しいですよ」

 

 背後から、かわいらしい毒舌が、耳を打った。

 

「あ、賢者ちゃん」

「つまらない反応ですね。もう少し何か言うことはないんですか?」

 

 さすがに三人目だ。いい加減慣れてくる。

 しかし、軽い気持ちで振り返ったおれは、賢者ちゃんの姿を見て言葉を失うことになった。

 

「……うぉ」

「……ふふん。前言撤回します。その顔とその反応は、ちょっとおもしろいです。何も言わなくても許してあげましょう」

 

 本当に、ちょっとびっくりした。

 ドレスの色は、黒。吸い込まれそうなその滑らかな漆黒に、陶磁器のような白い肌のコントラスト。人形のような、という例えは人に対して使われる時は悪い意味を含むこともあるかもしれないが……目の前の賢者ちゃんに関していえば、本当に完璧な、造り物のような繊細さがあった。

 なによりも驚いたのは、賢者ちゃんが騎士ちゃんとは正反対に、髪をあげていることだった。

 

「……おれ、賢者ちゃんのおでこ、はじめて見たかも」

「あたしも」

「はあ? 何言ってるんですか。私だって、社交の場であれば髪のセットくらいします」

 

 多少ゴムで括ったり、軽く三つ編みにしてまとめる程度なら、見たこともやってあげたこともあったが。前髪をすべてきれいにぴっしりと上げて、頭の後ろできっちりと結っている姿を見るのは、はじめてだ。固めのシニヨン、とでも言えばいいのだろうか。常にくせっ毛で隠されている尖った耳が、はっきりと見えている。

 

「……普段は、あまりこういうものを着ないのですが。せっかくなので……勇者さんの色にしてみました」

「うん。よく似合ってる。髪型もかわいいよ」

「本当ですか?」

「もちろん」

「それなら、まぁ……よかったです」

 

 ちょっと困った。

 普段は、かわいいの分類で落ち着いていた賢者ちゃんに、こういう格好をされるのは……純粋に美人だと思ってしまうから、本当に、ちょっと困る。

 軽く狼狽えてる内心を悟られないためにさらっと褒めたが、周りには見抜かれてる気がする。具体的には、ニヤニヤしてるヒゲオヤジとかバカイケメンとか、対面に座ってるえっちなお姉さんとかに。

 だが、そんな賢者ちゃんの登場に最も狼狽えたのは、おれではない。

 

「け、けけけ、賢者殿……!」

 

 おれの隣に座っていた、メガネさんだった。

 あまりにも狼狽えすぎて、立ち上がった拍子に椅子が音を立てて後ろに倒れた。

 少し朱色に染まっていた賢者ちゃんの表情が、そこでようやくメガネさんの存在に気がついたのか。ころりと入れ替わる。

 

「ああ……ご機嫌よう。団長さん」

「は、はい!」

 

 賢者ちゃんは歳不相応なほどに妖艶な笑みを浮かべて、黙っていれば鋭利な容貌の騎士団長の頬に腕を伸ばし、指を這わせた。

 

「どうしました? 急に立ち上がって」

「い、いや。パーティーの類はお嫌いだと思っていたので、まさかいらっしゃるとは思わず……」

「そうですね。きらいですよ。ですが、たまにはこういう場に来るのもいいでしょう」

 

 上目遣いで、見下した視線。

 その深い碧色の眼に見詰められて、喉がごくりと鳴る。

 

「ところであなた、いつまで突っ立っているんです?」

「い、いや、これはその」

「そんな風に狼狽えていると、せっかくの良い男が台無しですよ。それに、行儀もよくないですね」

 

 本当に楽しそうに、一言。

 賢者ちゃんは、囁くように告げた。

 

「おすわり」

「……わん」

 

 もうダメだろこの合コン。

 司会が豚メガネさんじゃなくて犬メガネさんだもん。

 終わりだ終わり。頼む。早く解散させてくれ。

 

「…………帰りたい」

 

 犬メガネさんが、小さく呟いた。

 コイツ、さっきはおれに無責任だなんだと言ってたくせに……! 

 

「……それにしても」

 

 目の前に座る美女たちを眺める。

 元魔王軍四天王で、今や世界を股にかける運送会社の元締め。

 隣国の姫君で、今やこの国の一部を預かる領主。

 ハーフエルフで、今やこの国の中枢に最も近い宮廷魔導師。

 本当にすごい顔ぶれである。全員知り合いだけど。

 

「ところでみんな、あと一人誰が来るのか知ってるの?」

「いえ、わたくしは特には……」

「あたしも知らないよ」

「お誘いは陛下から受けましたが、メンバーについては当日まで秘密だ、と。そう言われましたからね」

 

 そろそろ約束の時間が過ぎるのですが、遅刻は感心しませんね、と。

 賢者ちゃんがそんな言葉を言い切ったタイミングで、会場の扉が勢いよく開かれた。

 

「着いた着いた〜! みなさん、おまたせしました〜!」

 

 喉から、変な声が漏れそうになった。

 

「……遅刻だぞ、バカモン」

「ごめんごめん。ちょっと迷っちゃって……」

 

 少し厳しい口調で咎めた先生を、彼女は手で拝む。

 

「騎士団長が王宮で迷うとは……さすがですね、会長」

「むっ! ワタシは悪くないよ。無駄に入り組んだ造りしてる王宮が悪い!」

 

 バカイケメンの皮肉をさらりと躱して、コツコツとヒールの音が鳴る。

 死霊術師さんも、騎士ちゃんも、賢者ちゃんも、全員が揃って、彼女の姿を注視する。倒すべき敵を、見極めるように。

 

「やぁやぁ、後輩くん」

「……どうも、先輩」

 

 その登場がもたらす緊張感は。

 まるでこの部屋に、魔王が現れたようだった。

 

 

 

 

 

「ふぎゃぁ!?」

 

 そして、慣れないヒールに転んだ。

 あ、よかったいつもの先輩だ、と。おれは思った。




こんかいのとうじょうじんぶつ

勇者くん
諦めがついてきた。

ヒゲオヤジ
第一騎士団団長。グレアム・スターフォード。
死霊術師さんが昔のことを忘れていてくれたらいいな、と思ってる。巨乳が好き。

バカイケメン
第五騎士団団長。レオ・リーオナイン。
コイツはおもしろくなってきたなぁ〜!と内心テンションが上がってる。

メガネ
第四騎士団団長。
豚メガネ→犬メガネ(NEW!!

死霊術師さん
運送会社社長。リリアミラ・ギルデンスターン。
豪奢なアクセサリをゴテゴテさせずに身につけることができるセンスの持ち主。一番胸元が開いたドレスを着ているので、自分の武器を自覚している節がある。グレアムに殺された時のことはよく覚えている。

騎士ちゃん
隣国の姫君。アリア・リナージュ・アイアラス。
ドレスの色は深紅。もとより社交的な性格であるため、こういった場での立ち振る舞いはお手の物。ただし合コンははじめて。ニコニコ明るくしてたが、内心では勇者くんの正装にかなりドキドキしていたらしい。
今回、先輩からもらったリボンを外してきているため、かなりやる気だと思われる。

賢者ちゃん
宮廷魔道師。シャナ・グランプレ。
ドレスの色は黒。勇者の色だから即決した。地味に今回、はじめて髪をあげてセットする髪型を披露した。普段おでこを見せない子が見せるおでこには栄養があるので、勇者をドキッとさせた。

先輩さん
第三騎士団団長。イト・ユリシーズ。
魔王。ラスボス。他の参加メンバーにとって、倒すべき敵。
主役として遅れてやってきて、こけた。

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