世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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世界を救った女たちによる超高度恋愛心理戦

 酒に酔わないコツというものをご存知だろうか。

 様々な種類の酒を、一気に飲まない。

 空きっ腹に酒を入れない。

 いろいろと注意すべきことは多いが、最も重要なのは、こまめに水を飲んでお手洗いに行くことである。酒を飲んでると酒ばっかり飲んで気持ちよくなりがちだが、アルコールというものはものすごくざっくりと言ってしまえば人体に対して毒以外の何物でもない。なので、摂取した分は水を飲んで薄めるに限る。

 そんなわけで、盛り上がっていた王様ゲームを抜けて、お手洗いに来ました。

 

「ふぅ」

「ほほう。なかなかのものだね、勇者の下半身の聖剣は」

「やかましいわ。こっち見るな」

 

 しれっと右隣に連れションしに来たバカの頭を叩きたかったが、用を足している最中なのでそれもできない。

 

「入学初日に下半身を晒して突きあった仲だろう? 今さら何を恥ずかしがっているんだい。親友」

「重ねてやかましいわ」

「ふー。飲んだ飲んだ。やはり若者と飲むのは良いな。なんかもう単純に楽しい」

「感想がおっさんですよ、先生」

 

 バカイケメンと同じく、極々自然に左隣に連れションしに来た先生が、豪快にズボンを下げる。

 すっ。ぼろん。

 うお、でっか……。

 

「先生。負けました」

「やかましい。こっち見るな」

 

 男三人。揃って並んで下半身を出して用を足す。

 完全にバカみたいな構図だが、こうしていると昔に戻ったみたいだ。

 とはいえ、

 

「べつに全員揃ってトイレに行かなくてもいいでしょうに」

「つれないことを言うなよ親友。連れションは男友達の嗜みだろう?」

「嗜みたくねぇよ」

「俺は単純にビール飲みすぎた」

「先生はエンジョイしすぎです」

「でもほら、男同士じゃないと話せないこともあるだろう?」

「だからトイレに、ってことか?」

 

 おれがそう聞くと、後ろから水が流れる音がして、個室の扉が開いた。

 

「そういうことだ。勇者殿」

「えっと。おっきいのでました?」

「ああ。快便だった」

 

 このメガネさん、イケメンなのは間違いなんだけど、キメ顔でトイレの個室から出てこられると残念感がものすごいな。

 

「私のうんこの話はどうでもいい。ここでしか話せない話をするべきだろう」

「待ってください。ここはお手洗いなのだから、うんこの話をするのはある意味当然では?」

「お前もう黙ってろよ」

 

 ていうか、この人この顔とキャラでうんことか言うんだな……。

 

「うんこではない。男子が合コンの連れションでする話といえば一つ……そう、場が温まってきたこの頃合いで……どの子を狙いで仕掛けていくか、だ」

 

 几帳面に手を洗いながら、メガネさんが言った。

 ああ。そういう感じの。

 まあ、たしかに。狙いの女の子が被ったら争いの種になるのは間違いないし、互いの好みを把握しておくのは間違いではない。

 

「そういうことなら、俺はやはり死霊術師さんでいく」

「先生、まじでブレませんね」

「ああ! あのちょっとヤバそうな感じ、最初はこわかったが、少し癖になってきた」

「いや、ヤバそうじゃなくて死霊術師さんは実際ヤバいんですけど」

 

 なんで戦場で直接相対した元魔王軍四天王を落とせると思ってるんだろう。やっぱ物理的に命を叩き潰したことがあるからだろうか。経験に基づく自信ってすごいね。

 しかし、先生に関してはもう女性の好みがわかりきっているので、比較的どうでもいい。

 おれは背後の生真面目な面構えに、話を振った。

 

「メガネさんはどうなんです?」

「実は、ここだけの話なんだが……」

「はい」

「自分は、その……少し賢者殿が気になっている」

 

 うん。これも知ってた。

 

「メガネさんの性癖を否定するつもりはありませんが、あまり賢者ちゃんに変なプレイを強要しないでくださいね」

「……まるで、私が踏まれたり首輪を付けられたりするのが好きだと思っているようだな、勇者殿」

「違うんですか?」

「否定はしないが」

「否定はしろよ」

 

 なんでそこは否定しないんだよ。

 お願いだから否定してくれよ。

 

「はいはい。くだらない話はこれくらいにして、さっさと戻りますよ。あんまり女性陣を待たせて、あらぬ疑いをかけられえたくないし」

「おっと。さらっと逃げようとしているようだけれど、親友であるこのボクの目は誤魔化せないよ」

「なんのことだ?」

「とぼけていないで、はっきり答えてほしいな。ここには、ボクたちしかいないわけだし」

 

 バカイケメン、もといおれの悪友は、求めていた獲物をついに見つけたような瞳で。

 絶対に逃さないと言いたげに、問いかけてきた。

 

「親友、キミの本命は誰なんだい?」

 

 ◇

 

 馬鹿な男連中がお手洗いに立っている間、当然会場には女子だけが残る。

 

「で、みんなは後輩くんのどんなところが好きなの?」

 

 イト・ユリシーズは馬鹿な男連中がいない間に、でかい爆弾を落としにかかっていた。

 賢者、シャナ・グランプレはジンジャーエールをちびちびとすすりながら、じっとりとした視線を隣に向ける。

 

「ユリシーズ団長」

「イトでいいよ、賢者さま、じゃなくてシャナちゃん。今日はオフだし、お互いに堅苦しいのはぬきでいこ?」

「では、イトさんと呼ばせていただきます。イトさん、その質問は、まるで私達が勇者さんのことを異性として好いていることを前提にしているように感じるのですが……」

「え、違うの?」

「……それについては答える義務がないので黙秘するとして」

「ワタシは後輩くんのこと、好きだよ」

「……あなたが勇者さんのことを好いているか否かは、かなりどうでもいいですし、別に聞いてもいないですし、本当に興味もないのですが、私がここで訂正しておきたいのは……」

「だからこの前も、ほら……キス、しちゃったわけだし。シャナちゃんは後輩くんとしたことある? ちゅー」

「がるるるっ!」

 

 あまりにも会話のキャッチボールができないので、シャナは人間として言葉を交わすことを放棄して、獣として唸り声を上げることを選択した。

 ビールのジョッキを空けることに集中していたアリアが、さすがに止めに入る。

 

「シャナ! ステイっ! ステイ! 先輩こういう人だから! ほんとに元々こういう感じだから!」

「アリア? こういう人ってどういう意味かな? 尊敬すべき先輩に向かって」

「だって先輩わかっててやってるでしょう!?」

「そりゃあねえ。だってここにいる全員、ワタシにとっては恋のライバルであるわけだし。ワタシだけは後輩くんのパーティーメンバーじゃないから、ちょーっと仲間外れ感はあるし。敵情視察はしときたいでしょ」

 

 からからとそう言うイトに、アリアは深めの溜息を吐いた。

 まったくもう、と呟きながら、アリアは懐から小さな包み紙を取り出し、勇者の使っているコップにその粉末状の中身をさらさらと入れる。

 

「大体、イト先輩は……」

「まってまってまって!? 今なに入れたの!?」

 

 立場を完全に逆転させて、今度はイトがアリアにツッコミを入れた。

 危なかった。あまりにも動作が自然過ぎて、スルーしてしまうところだった。

 

「え? なにって見ての通り。勇者くんのコップに薬を入れただけですけど……」

「なんで当たり前のように本人がいないところで薬入れてるの!? ダメでしょそれは!? ていうかなんの薬!? こわいんだけど!?」

「あ、大丈夫です。これはアルコールの分解を助ける、二日酔いとかに効果がある薬なので。勇者くん、二日酔い引きずるタイプだからこういうのあった方がいいんですよね。いつもの睡眠薬とかじゃありませんよ」

「いつもの睡眠薬……?」

「イトさん。ステイ、ステイですよ。アリアさんはわりと普通に勇者さんに薬を盛ります」

「それいいの? 食事に薬盛るってパーティーメンバーとしてわりとやっちゃいけないことしてない?」

 

 明るいアリアの笑顔の裏に、闇を垣間見る。

 イト・ユリシーズは確信した。

 やはりこのパーティーの倫理観はおかしい。

 

「まあ、勇者さまはいろいろと無理をしてしまう方なので。アリアさまがお薬を盛ることで、事態が好転することは多々ありました」

 

 ワインのおかわりを勝手に注いでいるリリアミラが、補足して言う。

 

「そ、そうなんだ……」

「ていうか勇者さんももはや、何入れられても特に気にしないまでありますね。いつでしたっけ? あまりにも効果が強い薬盛りすぎて、二日くらい起きなかったの。あの時はさすがにちょっと怒ってましたけど」

「左腕がなかった時期でしょ。腕なくても無茶しようとするから、さすがに薬盛ってでも止めるよね」

 

 軽い調子で繰り広げられる会話のインパクトが、いちいち強い。

 

「……なんか、そういうのを聞いてると、やっぱりうらやましくなっちゃうなあ」

「うらやましい?」

「うん。うらやましいよ。ワタシはみんなみたいに、後輩くんと冒険したわけでも……()()()()()()()()()わけでもないから」

 

 勇者くん、後輩くん。

 イトはあえて、その名称を使い分ける。

 勇者のパーティーは、勇者を除いて、全員が女性だった。リーダーである勇者以外、メンバー全員が女性で構成されていた、というその事実を「英雄色を好む」とはっきり馬鹿にする人間もいるが、そういった批判は多数派ではない。

 それは、勇者が実際にそのパーティーを率いて魔王を討ち倒したから。なにより、そのパーティーの戦いぶりを目にした人間が、疑いを持たなくなるからだ。

 

 勇者は、世界を救うことだけを考えて、自分の仲間を選んできた。

 

 ここにいる彼女たちは選ばれて。

 自分は選ばれなかった。

 イトの中にはどうしても、そういう意識が残っている。

 

「もちろん、今は負ける気がしないけどね」

「……でも、結局。あたしは勇者くんを守れませんでした」

 

 ぽろり、と。

 アリアが、そんな言葉を溢した。

 それまでのほほんと言葉を紡いでいたイトの唇が、ぴたりと止まる。

 

「魔王の最期の攻撃から、勇者くんはあたしを庇って。そのせいで勇者くんは呪いにかかって。あたしのせいで、勇者くんは自分の名前も、みんなの名前もわからなくなって」

 

 それはある意味、アリアがずっと心の中に鍵をかけて仕舞い込んできた感情だった。

 今、この瞬間。勇者がこの場にいないからこそ、できる話だった。

 

「勇者くんは、みんなの名前を呼べないのがつらくて。みんなは、勇者くんに名前を呼んでもらえないのがつらくて。この一年間は、互いにそんなつらさを、見て見ぬ振りをしてきた時間で」

 

 ──まあ、立場もあるだろうし、勇者くんがいろいろ悩むのはわかるけどさ。でも、そんな風に迷ってると、好きな人とちゃんと恋愛して、結婚できる機会もなくなっちゃうかもしれないよ? もちろん、あたしが心配することじゃないし、余計なお世話かもしれないけどさ

 

 婚活をしたら、と。

 彼に向けて伝えた言葉は、決して嘘ではない。

 ずっと一緒に冒険をしてきた。だからこそ、ずっと一緒に冒険してきた仲間の名前を忘れてしまうのは、なによりも心を抉るもので。

 だから、それならいっそ、パーティーの誰でもない、新しい女性と一緒になって幸せになってほしい。

 そう考えていたのは、決して嘘ではない。

 

「だから、だから……イト先輩が本当に勇者くんのことを幸せにしてくれるなら、あたしは……」

 

 アルコールのせいだろうか。

 自分は、酔っているのだろうか。

 紡ぐ言葉と一緒に、溢れ出る涙が止まらない。

 そんなアリアを見て、イトは一言。はっきりと言った。

 

 

 

「いや、おっも……」

 

 

 

 アリア・リナージュ・アイアラスの葛藤を、あろうことかイト・ユリシーズはたった一言で切って捨てた。

 騎士は、アイスブルーの瞳を点にしてイトを見た。

 賢者は、もう呆れてものも言えないといった様子で、深く息を吐いた。

 死霊術師は、品とかマナーとかそういうものを無視して、爆笑した。

 

「お、重い? 重いって、重いって言いました!? 先輩」

「言った言った。重い、重いよ」

「ど、どこが重いっていうんですか!? あたしのどこが!?」

「一から十まで。言動と気持ちのすべて」

「すべて……」

 

 そもそもさ、と。

 イトは言葉を繋げて、アリアのジョッキを手に取る。

 

「昔、魔王を倒して戻ってきた時。ワタシはアリアに何回も言ったよね。勇者くんの呪いは、キミのせいじゃないよ、って」

「それは……でも」

「シャナちゃんもリリアミラさんも、そう思ってるはずでしょう?」

 

 イトから話を振られて、シャナとリリアミラは顔を見合わせた。

 

「……まあ、もちろん私もアリアさんのせいだとは欠片も思っていませんし。事実、アリアさんのせいではないと繰り返しそう言ってきたのですが、やっぱりアリアさんって、こう気にしいで全部自分で抱えて、じめっとして自己嫌悪に陥るめんどくさいところがあるので……」

「シャナにだけはめんどくさいって言われたくないんだけど!?」

「わたくしは普通にアリアさまを庇って勇者さまは呪いを浴びてしまったので、アリアさまのせいなところも多少はあるとは思いますが、起こってしまったことをいつまでもうじうじと気にしていても仕方がないですし、過去ばかり後悔していないで、さっさと未来に目を向けてほしいな、と。そう思いますわね」

「裏切った人がなんかほざいてる……」

 

 パーティーメンバー同士の気安いやりとり。

 それを聞いて、イトはにこりと笑う。

 

「ね? だからさ。アリアはそんなに気にしなくていいんだよ。抱え込まなくていいんだよ。昔のことに責任感じて、縛られなくていいんだよ」

「イト先輩は……」

「ん?」

「イト先輩は、どうしてそんなにはっきり、そう言えるんですか」

「んー」

 

 ぐびぐび、と。

 イトは残っていたアリアのビールを飲みきって「ふう」と一息ついた。

 

「さっきも言ったけど。ワタシはやっぱり後輩くんと冒険したわけじゃないから、外野の立場から好き勝手なことを言える、っていうのが一つ。でも、一番の理由はやっぱり……」

 

 思い出すのは、あの日の、屋上でのやりとり。

 

 ──かっこ悪くてもいいじゃないですか。かっこいいだけじゃ勇者にはなれませんよ。

 

「昔、まだまだ未熟だった勇者に、過去にいつまでも縛られてるんじゃねえよ、って。そう言われたから、かな?」

 

 考えるべきは、これまでではない。

 考えるべきは、これからのことだ。

 

「過去を振り返って、責任を感じるだけじゃなくて。彼の未来の幸せを、これから一緒に考えてあげられるのは……彼のことが好きな人だけだよ。ここに来ている、ってことはもうそういうことだと思うんだけど。ワタシはやっぱり、ちゃんと本人の口から聞きたいな。アリアはどう?」

「あたしは……」

 

 おかわりのビールを手渡して、イトは微笑む。

 しばらくそのジョッキを見詰めていたアリアは、意を決したようにその中身を飲み干して、飲み干してから、はっきりと全員に聞こえる声で、告げた。

 

「勇者くんのことが、好きです」

「うん。よく言えました」

 

 昔と同じように、イトはアリアの頭をやさしく撫でた。

 

「じゃあやっぱり、これからはライバルだね」

「負けません」

「望むところだよ」

 

 テンポのいいやりとりに、互いの笑顔が混じる。

 リリアミラとレオの飲みかけだったワインのボトルを、そのまま直で飲んで、イトは立ち上がる。

 

「よぅし! そうと決まったら今日は飲もう! 男どもがいない間に、追加のお酒を用意しよう!」

 

 そう宣言した現役の女性騎士団長は、テーブルの上に景気よく拳を打ち付ける。

 そうして、王宮で数百年に渡って使用されてきた歴史あるテーブルが、真っ二つに裂けた。

 

 思い悩んでいたものを告白し。

 抱えていたものを吐き出して。

 

 ──祭りが、はじまる。




【こんかいのまれてるのみもの】
・ビール
冒険者のお供。その喉越しは疲れを一発で吹き飛ばしてくれる。アリアはもう六杯くらい飲んでる。イトもついに飲んでしまった。

・ワイン
赤。辛口のフルボディ。まだあまり名が知られていない地方の、レオ・リーオナインおすすめの銘柄。濃いめの味わいとスパイシーな香りが特徴で、レオとリリアミラはハイペースながらゆったりと楽しんでいた。イトは味も分からず一気飲みした。

・ジンジャーエール
ちびちび。

・お水
誰も飲んでない

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