「勇者さまー! 遊びに来ましたわー!」
「暇なの?」
例の合コン騒動から、数日後。
扉を開けたらこんにちはしてきた死霊術師さんに、おれは遠慮なく大きな溜息を吐いた。
今日も今日とて、胸元の開いた大きなドレスに、おばあさんから貰ったあのローブを羽織っている。以前よりも若干露出が軽減されたようなされていないような気がしないでもない。とはいえ、貰ったものを大切にしているようで、なによりだ。
「実は、勇者さまと魔王さまに折り入ってご相談がありまして」
「相談?」
「わたしにも、ですか?」
おれの背後から、赤髪ちゃんがひょっこりと顔を出す。
泊まり込みでバカ騒ぎした合コンですっかり機嫌を損ねてしまったかと思っていたが、しかし意外にもそんなことはなく。むしろ以前よりも元通りに喋れるようになって、おれと赤髪ちゃんの関係は落ち着いている。
ただ、ここ数日は一人で考え込むような時間が増えた気がするので、そこだけ要注意といったところだろうか。かなり深刻に悩んでいる、といった雰囲気ではないが、例えるなら、のどの奥に魚の小骨がつっかえているような……そういう横顔でぼーっとしていることが増えたように見える。
「魔王さまーっ! お会いしとうございました!」
「はい! わたしはべつに会いたくなかったです」
朗らかな笑顔で、赤髪ちゃんが言い切る。
うーん、この塩対応。死霊術師さんのあしらい方が板についてきたようだ。
が、辛口の応答をされた死霊術師さん本人は、その一言に頬を赤らめ、軟体動物のように体をくねらせて喜ぶだけである。
「ああっ……! 明るい笑顔と拒絶の言葉のギャップ! 素晴らしいですわね……」
「一人で勝手に気持ち良くなってないで、用件早く言ってほしいんだけど」
「くだらない相談だったらドア閉めますからね」
「すいませんとりあえず入れていただけると嬉しいのですが」
仕方ないので、中に入れてお茶を出す。
熱い湯呑に口をつけて、死霊術師さんはほっと息を吐いた。
「ふう……粗茶ですわね」
「勇者さんやっぱりこの人叩き返した方がいいですよ」
仕方ないね。この人無駄に舌肥えてるからね。
「ちなみにそれ淹れてくれたの、おれじゃなくて赤髪ちゃんだよ」
「うひょぅ! 甘露ですわぁ!」
「勇者さんなんとしてでもこの人叩き出しましょう」
ボケとツッコミを繰り返していては、話が進まない。
おれは死霊術師さんに話の先を促した。
「で、相談ってのは?」
「ええ。実は、魔王さまの今後を考え、職場体験のご提案に参りました」
「……職場体験?」
ちょっと想像もしていなかった単語が飛び出してきたので、思わずそのまま聞き返す。
「はい。簡単に言ってしまえば、うちの会社で少しお手伝いをしてもらおうかな、と。今は勇者さまのお家にこうして身を寄せていらっしゃいますが、いつまでもこのままというわけにはいかないでしょう?」
「むむ……」
「おれはべつに、うちにいてもらう分には構わないけど……」
「ほら! 勇者さんはこう言ってますよ!」
「ですが、魔王さま。正直に、率直に申し上げさせていただきますが……そのように勇者さまの元で、タダ飯食らいでいつまでも居座っているのは少しどうかと、わたくしは思うのです」
「ふぐっ……!」
おれの隣でお茶菓子を頬張っていた赤髪ちゃんは、その一言に喉を詰まらせて胸を抑えた。死霊術師さんの正論が効果抜群だったらしい。
「もちろん、わたくしのお屋敷に来ていただければ、以前の主従関係を再び結び直し、衣食住から人間の五大欲求に至るまで、何もかも養って差し上げてもよろしいのですが……」
「絶対にお断りします」
「はい。前に進む意欲をお持ちの魔王さまは必ずこう仰ってくださると信じていたので、現実的な社会復帰のプランをお持ちした次第です」
「むぐっ……!」
上手いなぁ。相変わらず死霊術師さんは口が上手い。
現状への問題提起を起点として、拒否されるであろう代替案を提示しつつ、代替案を蹴った相手の判断を尊重する意志を表明し、そうして逃げられなくした後に、本命の提案を通す。
完全にもう詐欺師のやり口である。
「で、死霊術師さんのとこでの職場体験をして、社会への見聞を広げよう……みたいな?」
「左様でございます。せっかくですので、魔王さまにはぜひ我が社の業務を見学していただきたく……わたくし、社会的に『働く』ということに関しては、パーティーの中で最も上手くやっていると自負しておりますので!」
「それは、まぁ……」
普段全裸になったり死んだりやはり全裸になったりしている変人なので忘れがちだが、死霊術師さんは大陸を股にかける運送会社を一代で軌道に乗せた生粋の商売人である。本人はまったく信用できないとはいえ、その商才と手腕に関しては疑うべくもない。
たしかに、その仕事ぶりを間近で見るのは、知識があっても経験が絶対的に不足している赤髪ちゃんにとって、ためになるだろう。
「ついでに、魔王さまには、我が社で実際の業務も体験していただこうかと」
「業務?」
「簡単に言ってしまいますと、服のモデルなのですが……」
そう言って死霊術師さんが取り出したのは、そこそこの厚さのファッションカタログだった。開いてみると、転写魔術で撮影されたモデルさんたちの華やかな服が、これでもかと紙面を彩っている。
こういうものが作られて、楽しめる余裕があるってことは平和の証明だよなぁ、と。なんだか感慨深くなってしまう。
「わあ! きれいですね! これも死霊術師さんの会社で?」
「ええ。これらのお洋服も、我が社で取り扱っているれっきとした商品の一部です」
死霊術師さんの会社の運送のメインは、運送業の常というべきか、やはり食料や資材が中心である。しかし、死霊術師さん本人が服飾品に造詣が深いこともあり、最近はそちらの分野の流通普及にも力を入れているという。今思えば、おれたちが乗ったドラゴンと客船も、観光業のモデルケースの一部だったのかもしれない。
まあ、ジェミニとのバトルで沈めて粉々にしてしまったが……。
「なるほど。つまり死霊術師さんとしては、赤髪ちゃんの社会勉強のついでに、モデルさんをお願いして、さらに自分の好き勝手にコーディネートしたい、と」
「その通りですわー!」
「否定しろよ」
もはや悪びれもしない死霊術師さんの顔とカタログを交互に見て、赤髪ちゃんが唸る。
「……どう思います? 勇者さん」
「うん。いいんじゃないかな。何事も経験だし。死霊術師さんなら……」
安心して預けられるし、と言いかけたところで、おれの中の直感がストップをかけた。
目の前でニコニコしている美女を、あらためてじっと見詰める。
元魔王軍四天王で。
今でも赤髪ちゃんのことを魔王さまと呼び。
そして、一回がっつり裏切っている前科持ちである。
「……おれもついていってもいいかな?」
「もちろんです。勇者さまもぜひご一緒にいらしてくださいな!」
うん。一応、ついていこう。
べつに死霊術師さんを信頼していないわけではないが……本当に信頼していないわけではないのだけれど、赤髪ちゃんの付き添いということで一緒に行こう。うん。そうしよう。
「それにしてもこのカタログの服、どれもかわいいね」
「ええ! それはもう! この紙面を様々な服を着こなす魔王さま一人で埋められると考えると……ふふっ、いけません、よだれが……」
よだれを垂らされるのは困るが、たしかに色々な服を着こなす赤髪ちゃんは、見てみたい。
おれはカタログのページを指さして、言った。
「例えば、こっちの白のワンピースなんて、赤髪ちゃんにぴったりだと思うよ」
「特に、こちらの黒のドレス! 魔王さまには、とてもお似合いかと!」
一拍。沈黙があって。
おれと死霊術師さんは、あくまでも笑顔を保ったまま、顔を見合わせた。
「あ?」
「は?」
解釈違いによる、意見の相違。
困惑する赤髪ちゃんを、間に挟んで。
バチリ、と。見えない火花が散る音がした気がした。
そう。まるで、敵対していたあの頃のように。
◆
殺意とは、熱である。
火花が散るような、鋭く弾ける眼光が、裸体に響いて心地良い。
リリアミラ・ギルデンスターンは、勇者の少年に
「はぁ、はぁ……ふーっ」
武器を構え、息を整える少年の顔から、汗が滴り落ちる。
あれを舐め取ってやったら、良い塩気がのっているのだろうか、などと。馬鹿な思考が、リリアミラの頭を過る。
しかし、敵としての立場を忘れて、そのように労ってやりたくなる程度には、勇者を名乗る少年は、リリアミラをよく殺していた。
「……いやになるな、まったく」
殺せない相手に対して、決して戦意を捨てず。殺意を保ったまま、少年は吐き捨てる。
「殺しても、殺せない……しかも噂通り
「あら、ご存知でしたの。そんなに見せてはいない、奥の手なのですが」
「おれに剣術と戦い方を叩き込んでくれたのは、騎士団長のグレアム・スターフォードだ。知ってるだろ?」
「……なるほど。ええ、ええ。よく覚えております。あの方も、わたくしのことをたくさん殺してくれたので。しかし、あの方の教え子だというのなら、納得よりも失望が上回ります」
「……なに?」
はじめての勇者との遭遇。
黒の魔法との、はじめての直接戦闘。
それらに対する、リリアミラの率直な感想は。
「期待外れ、と言っているのですよ。坊や」
単純な失望である。
「っ!」
斬撃が、一閃。大型の戦斧が、撫でるようにリリアミラの首を刈り取る。
しかしその瞬間、リリアミラの腹部に刻まれた、白い肌に映える炎熱系の暴走魔導陣が、起動。そして、起爆。
勇者は、手近な板切れを魔法によって硬化させ、盾代わりにして爆風をなんとかやり過ごした。
結果は変わらない。先ほどから、ずっとこの繰り返しだ。
きっかり四秒で身体の再生を終えたリリアミラは、大きく欠伸を漏らして、少年に問い掛ける。
「何を狙っているのかは知りませんが……同じことを繰り返して飽きませんか?」
「……生憎、我慢強いのが自分の長所だと思ってるんでね」
「ああ。そこはたしかに、魔王さまもお褒めになっていましたよ。自分を
「……お前らの主様にちゃんと覚えてもらっているとは、光栄だ」
皮肉めいた物言いに、リリアミラは歯軋りする。
勇者といっても、所詮はこの程度。光るものはあっても、四天王が圧倒されるような実力を備えているわけではない。自分を殺せない程度の存在でしかないのだ。
にも関わらず、リリアミラの主である魔王は、一人で護衛も付けずに街に降り、正体を隠して勇者の少年と語らう機会を設けたという。そして、最後に正体を明かし、自分を殺しにくることを彼に約束させた。
そう。
──そうすれば……あなたは、わたくしを殺してくださるのですか?
──ええ、殺してあげるわ。
勇者と魔王の関係は、奇しくもリリアミラと魔王の関係に、あまりにも似通っていた。
だから嫉妬する。
だから忌々しく思う。
主にとってこの少年がそれほどまでに特別だということを、リリアミラは認めたくない。
リリアミラと魔王だけのものだった、特別な関係に無遠慮に立ち入ってきた、無粋な男が許せない。
「……気に入らない物言いですわね」
ぎりり、と。リリアミラは重ねて歯軋りをする。
特別だったのに。それは、自分と主を繋ぐ、何よりも美しい、唯一無二の愛の形だったはずなのに。
だから、リリアミラ・ギルデンスターンは、目の前の少年がきらいだった。
「お前らが、主のことをどう思ってるのかは知らないが……」
「あなた如きに、わたくしたちの主への忠誠心は図れないでしょうが」
会話とは、互いの言葉を受け取り、投げ返す過程があって、はじめて成立するものだ。
「あの子は──」
「あの方は──」
だからこそ、二人のやりとりは、そもそも会話の形を成しておらず、互いの主張を押し通すためのもので。
「なんてことない、普通の女の子だったよ」
「すべての常識を覆す、完璧な王です」
一拍。沈黙があって。
勇者と四天王は、いつでも相手を殺せる距離感を保ったまま、相手の顔をまじまじと見詰めた。
「あ?」
「は?」
勇者は思った。
死霊術師は思った。
魔王という人物への感情。それについて、どこまでも平行線で対立する二人の思いは、しかしこの瞬間だけは、たしかに一致した。
──なんだコイツ。ぶっ殺してやる。
こんかいのとうじょうじんぶつ
勇者くん
なんだァ……てめぇ?
赤髪ちゃんには白ワンピ派。
過去編では「魔王実は普通の女の子なんじゃね?」派。
死霊術師さん
なんだァ……てめぇ?
赤髪ちゃんには黒ドレス派。
過去編では「魔王様は唯一無二の完璧な王様」派。
魔王様
やめて!わたしのために争わないで!
赤髪ちゃん
食っちゃ寝生活を満喫してたので、モデルをする場合腹回りと脚周りがやや気になる。