黒のドレスか。
白のワンピースか。
いくら議論しても尽きることのなかったおれたちの討論は「じゃあもう両方とも直接着せて比べればよくない?」という方向で、一応の意見の一致を得た。
そんなわけで、死霊術師さんの会社の本社が構えられている街、ベルミーシュにやってきました。
「おぉ……これはまた、おっきな街ですね」
きょろきょろと周囲を見回して、赤髪ちゃんが唸る。その様子は完全に田舎から出てきたお上りさんそのものといった感じで、通り過ぎていく街の人たちは微笑ましそうに赤髪ちゃんに視線を向けていた。
一方で、おれは変装用の眼鏡をかけ、髪をセットした上でスーツも着込んでネクタイを締めているので、一目で勇者だと気づかれる心配はない。傍からは、身分の高い女性の二人組の側に従者が控えているようにしか見えないだろう。街を見て回るために、死霊術師さんが用意してくれた。
死霊術師さんはウキウキと「勇者さま、大変よくお似合いですわ〜」と喜んでいた。赤髪ちゃんも「……これは、これで」と頷いてくれていたので、まあ良しとしよう。赤髪ちゃんの服を見に来たのに、おれが先に着替えてしまったのは変な感じだが、おかげで街をゆっくり見て回れる。
「位置的には王国の端の方にあたるけど、今や商業活動の中心とも言える街だからね。それにしても、おれが知ってる頃から随分と栄えてるなぁ……」
記憶よりも、明らかに背の高い建物が増えている。
自然に漏れ出たおれのコメントに、赤髪ちゃんが振り返った。
「勇者さんは、この街に来たことがあるんですか?」
「来たことがあるっていうか……はじめて死霊術師さんと会ったのが、この街なんだよね」
「なんと! 思い出の街というわけですね!?」
「懐かしいですわね〜。あの頃は寂れた街並みしか特色のない辺鄙な田舎町でしたわ」
すっかり様変わりした街並みを見回しながら、昔の思い出を懐かしむ。よくよく見れば、ちらほらと記憶に残っている場所もある。
「お! あのあたりおれが死霊術師さんの体を罠で生き埋めにしたあたりじゃない?」
「罠で生き埋め……?」
「ですわね。あ、勇者さま! あちら、覚えていらっしゃいますか? わたくしが勇者さまを捕縛した時に、磔にして見せしめにした広場です」
「……ほ、捕縛して磔……?」
「うわ、なっつ……あそこ、今何建ってるの? なんかデカい建物あるけど」
「あれは博物館ですわね。中には美術品の他に、当時、勇者さまを処刑しようとした道具一式も展示してあります。わたくしがいれば無料で観覧できますが、寄っていかれますか?」
「うーん、いいや。二度と見たくないから」
「あらあら。ふふっ……」
「あの……お二人とも、もう少し楽しい思い出はないんですか?」
せっかくとてもきれいな街並みなのに、と。赤髪ちゃんから不満気な視線を向けられる。ごめんなさいって感じだ。
「そういえば、この街にも勇者さんの銅像ってあるんですか?」
「もちろんありますよ、魔王さま。ぜひ、ご覧くださいな」
赤髪ちゃんの疑問の声に、死霊術師さんがウキウキと答える。
ふふっ……勇者だから仕方ないとはいえ、赤髪ちゃんにおれの銅像を見られるのは、少し気恥ずかしいものがあるな。
「あちらに見えてきたのが、この街の観光名所の一つになっている……『魔王の洗脳から死霊術師を解き放つ勇者像』です」
「なにあれ」
知らん知らん知らん。
なんだあれは!?
おれの知らないところで知らないイベントが捏造されている!
おかしいだろあの銅像! 上半身裸のおれがギリギリ上半身裸ではないボロボロの死霊術師さんをやさしく抱き止めている、おれの記憶にない一幕が完璧に再現されているんだけど!?
「うわぁ」
ドン引きする赤髪ちゃんに対して、死霊術師さんはあくまでもドヤ顔で、そのデカい胸を張る。
「ふふ……名のある美術家を、金にものを言わせてかき集め、制作させました。作品のタイトルは『解放』です。美しいでしょう?」
「なんでちょっといい感じの命名してるの?」
「魔王様の洗脳に苦しみながらも打ち勝ち、しかしボロボロの体で地面に倒れ込みそうなったわたくしを、敵としてではなく味方として抱き止める。そんなわたくしの妄想を、完璧に再現させました」
「妄想って言っちゃってるよ」
「特に勇者さまの上裸の腹筋については、何度もリテイクを出して造形させました」
「そこはいいね」
「よくないですよ目を覚ましてください勇者さん」
赤髪ちゃんに後頭部をはたかれる。
くっ……成長したな、赤髪ちゃん。このおれに容赦なくツッコミを入れられるようになるなんて。
「ちなみに、この前の合コンの際に、わたくしが洗脳から開放され、魔王軍四天王から世界を救った死霊術師として名を馳せるまでの流れを、勇者さまの親友さんに話しておきましたので。きっと感動の一場面として、次回作では話題を呼ぶことになることでしょう」
「なにしてんの?」
あのバカイケメンと何を話し込んでいると思ったら、そんなことを……。
と、話し込んでいる内に、頭上に影が差す。
「あ! 勇者さん。ドラゴンです!」
「ドラゴンだねえ」
赤髪ちゃんと出会ったばかりの、港町でのやりとりを思い出す。
見上げると、貨物船を牽引するドラゴンが、悠々と大空を我が物顔で旋回していた。おれは追いかけられたり、挑んだり、狩ったりしてたのでもはや見慣れたものだが、赤髪ちゃんも見るのは二度目とはいえその威容に釘付けになって、目を輝かせている。
周りの人々の反応も似たようなのもので、観光客らしき一団は歓声をあげているし、逆にこの街に住んでいる人たちはもはや慣れきった様子で、視線を上に向けようともしない。こういった反応で現地民と観光客の違いが見て取れるのは、少々おもしろい。
「街の郊外には、我が社のドラゴンたちの発着場があります。少々距離があるので馬車を使って移動する必要がありますが、後ほど見学に行かれますか?」
「それは……ちょっと行きたいですね」
死霊術師さんの提案に、赤髪ちゃんがこくりと頷く。
おれは肘で死霊術師さんを小突きつつ、小声で問いかけた。
「どうせそっちの見学でもお金取ってるんでしょ?」
「おほほ……この街に来れば、
「商売上手だなぁ」
◇
軽い観光の後、本来の目的を果たすために死霊術師さんの会社の撮影スタジオにやってきた。
「勇者さま。彼女は、わたくしが会社を起ち上げた時からサポートをしてくれている、秘書ですわ。とてもよく気が利くので、一部の業務も委ねております」
「はじめまして、勇者様。お会いできて光栄です」
「どうもどうも」
死霊術師さんに紹介してもらった秘書さんは、メガネをかけた如何にも理知的な女性といった外見の人だった。黒髪のショートカットがよく似合っている。
たしかに、見るからにしっかりしているし、仕事も早そうだ。
「社長から、お噂は兼ね兼ね伺っております」
「いやぁ、照れますね」
「なんでも、社長を殺すのが目標だとか」
「ちょっと死霊術師さん?」
「おほほ……」
問い詰めるようなおれの視線に、死霊術師さんはさっと目を逸らした。会社を起ち上げた時から、と言っていたので、死霊術師さんと秘書さんはそこそこ長い付き合いになるのだろう。どうやら、おれたちの関係についても、それなりに深い部分まで把握しているらしい。
それにしても、初対面でわりとデリケートな部分にまで踏み込んでくるあたり、この秘書さん、なかなか良い性格をしている。
「応援しております。何分、社長は殺しても死なない方ですので、かなり骨が折れると思いますが」
「あはは……」
「あらあら。それではまるで、わたくしが死ぬのを望んでいるようではありませんか。なんだか、悲しくなってしまいますわね……」
「はい。正直、一ヶ月も業務を放り出した上に、輸送船一隻とドラゴン一頭を潰して帰ってきた時は、私が殺してやろうと思いました」
「お、おほほ……」
問い詰めるような秘書さんの視線に、死霊術師さんはさらにささっと目を逸らした。全て事実なので、弁解のしようもないのだろう。どうやら、死霊術師さんがいない間も会社が上手く回っていたのは、この秘書さんのおかげらしい。
「いや、アレはなんというかその……緊急事態でしたし」
「突発的なトラブルに巻き込まれるのは致し方ないでしょう。社長には勇者さまのパーティーメンバーとして、世界を救った一員としてのお立場があることも理解できます。しかし、それが会社を放り出してもいい理由になりますか?」
「なりません。はい、すいません……」
しおしおと、死霊術師さんが小さくなる。
すごいな……いつもは師匠にお説教されても右から左に受け流して結局拳で吹っ飛ばされてる死霊術師さんが、ちゃんとお説教を聞くなんて……。この秘書さん、只者ではない気配を感じる。
五分ほどお説教が続いたところで、少し小さくなった死霊術師さんは次の人物の紹介に移ってくれた。
「ふぅ……気を取り直しまして、勇者さま。こちらが本日の撮影を担当する転写魔術士の方です」
「ヤダぁ〜! ナマのモノホンの勇者サマにお会いできるなんて、この仕事受けてよかったわぁ〜!」
「癖強いなおい」
死霊術師さんに紹介してもらった転写魔術士さんは、明らかにおれよりも背丈が高い色黒の大男だった。しかし口調はオネエだった。なんか前もこんなことがあった気がする。おれはオカマに縁があるのだろうか?
苦笑いしながら握手を交わしたおれは、しかしその手のひらの固さに、笑顔を取り下げた。普通の手ではない。これは、鍛え抜かれた身体の手だ。
「……失礼ですが、前のお仕事は何を?」
「あらァ……さすがは勇者サマ。手を握っただけで通じ合ってしまうモノね。ウフフ、昔はちょっとトクベツな偵察部隊にいたのよ。でもご覧の通り、アタシってばか弱い魔術士だったから、引退しちゃったってわけ」
「はっはっは。それだけ鍛えてるのに何を仰る」
転写魔術は写真の撮影以外にも、戦場における敵陣営の戦力配置の確認や、スパイ、諜報活動にも重用される。トクベツな偵察部隊、と言ってはいるが、このお兄さん……もとい、お姉さんがいたのは、十中八九王国お抱えの特殊部隊。ゴリゴリに魔術を『戦う道具』として使ってきた手練れに違いない。
「フフ、でも勘違いしないでね。今のアタシは愛の戦士……女性たちにお洒落という名の希望を届ける、美の伝道師よ」
「なるほど……」
「ところで勇者サマ」
「なんです?」
「アナタはアタシの手を握っただけで、アタシの身体の秘密を掴んだようだけど……アタシにもわかるわ。アナタのその、尋常ではない鍛え抜かれた肉体の美しさ! どう? アタシの前に、すべてを曝け出してみない? モチロン、恥ずかしいなら断ってくれても構わないけど」
「……ふっ」
わかりやすい挑発だ。乗る必要はない。
「舐めないでもらいたいな。おれの身体に……恥ずかしい場所は一つもない」
おれは服を脱いだ。
もちろん、上半身だけ。
オカマさんの目が、くわっと見開かれる。
「あぁ〜! 良いッ! 良いわッッ! これが……これこそが、世界を救ったカラダなのね! 社長! 本来の予定にはないけど、いいわよね!?」
「もちろんです。存分に撮ってください。撮りまくってください。それはもう舐めるように全身撮影してください」
「社長。鼻血出てます、鼻血」
鼻から血を流している死霊術師さんに、秘書さんが淡々とハンカチをあてる。しかし、死霊術師さんはとても楽しそうだった。普段自分はあれだけ全裸になっているくせに、おれの上裸には興奮するらしい。まったく、おかしな人だ。
というか、これはおれも写真を撮られる流れなのだろうか。上裸で。
「イイっ! イイわよ勇者ちゃ〜ん! 目線はこっちに頂戴! 可能ならポーズも少し変えてくれると、捗っちゃうわ〜!」
「仕方ないですね。サービスしときますよ」
「はぁー! 昂ぶる! 昂ぶるわーっ!」
「社長。如何でしょうか? この際、勇者様にも紙面を飾っていただくというのは。場合によっては別冊で写真集にしてしまっても良いかもしれません」
「それ採用ですわ」
うーん。おれの目の届く範囲で、おれの筋肉が売り物にされようとしている……。でもまぁ、お金貰えるならいいか。
そんなこんなで撮影しながら時間を潰している間に、赤髪ちゃんのメイクと着替えが完了したらしい。控えめなノックの音が響いた。
「えと……準備が終わったんですが、どうでしょうか?」
「んっ……がわいいっーっ!」
死霊術師さんが絶叫した。
それはもう、絶叫した。
「社長! しっかりしてくたさい! 社長!」
赤髪ちゃんのドレス姿を見て、元四天王第二位は絶叫しながら倒れ伏した。鼻からは、どくどくと赤い血が漏れ出している。このままだと、出血多量で死にそうだ。この人殺しても死なないけど。
息も絶え絶えに、死霊術師さんはなんとか体を起こしながら、しかし口だけは高速回転させて、捲し立てる。
「ご覧にっ……ご覧になりましたか!? 勇者さま!? ややあどけない幼さの残る魔王さまに、あえて大人の女性に寄せたアダルトでシックなコーディネートをする……これがその答えなのです!」
「ふん……たしかに悪くない」
「あ、ありがとうございます……」
おれたちの惜しみない称賛に、赤髪ちゃんが頬を赤らめながらひらりと裾を翻す。ツーサイドアップの形に丁寧に結われた赤髪が、その動きに合わせて左右に揺れた。
赤髪ちゃんのドレスは、胸元が大きく開いている、わりと攻めたデザインだった。その幼さとは対称的に……大きいなぁ、と感じることもある部分が、比較的目立つようなつくりになっている。差し色の赤も、また髪色によく合っていて、まるで最初から赤髪ちゃんのために仕立てたようである。
「で、でもなんというかこのドレス……デザインはすごく可愛くて好きなんですが……その、ちょっと透けてる部分が多いと言いますか、すーすーして、気になると言いますか……」
「んんっ……恥じらいは可愛さの最高のスパイスですわね……」
「ふん……わかる」
「今さらですけど勇者さんはなんで上半身裸なんですか?」
赤髪ちゃんのじっとりした視線が、おれの腹筋に突き刺さった。
こんかいのとうじょうじんぶつ
勇者くん
自分の身体に恥ずかしいところはないと思っている。自分の上腕二頭筋が好き。
赤髪ちゃん
最近自分の一部が平均よりわりと大きいことに気が付きはじめた。勇者の腹筋が好き。
死霊術師さん
金儲けが上手い社長。手広く事業を展開し凄まじいスピードで会社を成長させており、このままいけば王国内の経済を軽く牛耳れそうな勢いがあるので、関係各所から警戒されている。それはそれとして自分と勇者が絡んでいる銅像は私財を投じて街のど真ん中に建てる。勇者の広背筋が好き。
秘書さん
黒髪メガネっ子敏腕秘書さん。死霊術師さんを会社の設立当時から支え続けた有能極まるキャリアウーマン。死霊術師さんも心を許しているのか、勇者と自分の関係や過去については大まかに語っている。死霊術師さんのことが好き。
オカマさん
色黒筋骨隆々カメラマンさん。昔は戦場で腕を鳴らしていたプロフェッショナルの魔術士。勇者が只者ではないと悟った通り、職場をテロリストに占拠されても単騎で制圧できる程度の腕がある。多分。
余談だが、魔術を仕事の道具として割り切って使う人間の中には、魔導師並みの実力を持っていたとしても、自らを魔術士と名乗る者が多い。これは「魔を導く師」という魔導師の語源に己は相応しくない、という自嘲的な側面があったり、差別的な意味合いでそうした言葉を向けられるのを避けたりと、やや複雑な事情がある。
勇者の身体に興味津々。