美しく残酷な、よくあるお話

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生きる。

 ──病院からは、死の匂いがする。

 

 匂いと言っても、実際に何かが匂っている訳では無い。ただ、消毒の匂い、忙しなく動く看護師さんたち、何かの設備のある部屋に足早に入っていくお医者様、そして痩せ細った/車椅子で押された/リハビリをしている/ベッドで寝ている/点滴を打っている/どこか──多分治療室──に運ばれている患者さんを見ていると、死が充満しているように感じる。

 ロビーでは、誰もが声を潜め、看護師の呼ぶ声とヒソヒソ声、足音とお医者様が台車を押す音がやけに響く。まるで葬式場のような静寂が場を包んでいる。

 

 ここは大きな病院だから、死の匂いは強いんだろう。地元の内科だとそんなことは全然ない。大きい病院だからこそ、もう先がない人もいる。だからこそ、死の匂いは強くなる。

 

(嫌いな空気だ)

 

 できれば、もう来たくないくらいには。

 じゃあ何故来ているのかと聞かれれば、僕の母親が入院しているからだ。

 先日、僕の母親ががん検診で引っかかったからだ。幸い本当に早い段階で見つかったから手術は用意だしほぼ100%成功するらしい。それでも1ヶ月はかかるらしいが、まあ治るらしいので全然構わない。むしろ慎重にやって欲しい。

 マザコンかって? 実の親なんだ、大切にするのは当たり前だろ。

 

 母親の部屋に行き、軽く話をしてくる。

 病院食が味薄くて食ってる気がしない。仕方ないでしょ、我慢しな。せめて酒、酒さえあれば! あんまり声張り上げないでよ恥ずかしい、それに入院中でしょ。それでも飲みたいんだよなぁ。飲兵衛め。

 そんな他愛ない会話。普段と何も変わらない用で少し安心した。

 そういや。母さんがそう言葉を繋ぐ。

 

「アタシがいなくて大丈夫か? 父さんはなんか怪我とかしてないか? 父さんはなぁ、アタシと出会った時から──」

 

 始まった。母さんの惚気話は一度始まらない。だからおもむろに時計を見て、あ、もう行かなくちゃ。なんて白々しい演技をする。

 

「まてやバカ息子! まだオープニングトークだろうが! 

 …………帰るんだったらその前に病院裏の花壇でも見てきな」

 

「? まあいいや、わかった。じゃあまた」

 

「あいよ」

 

 裏の花壇に何があるんだろうか。というか裏に花壇なんてあるのか。それが気になり向かってみると、確かに花壇はあった。が、花は何も咲いていない。というか何も植えられていない。その代わり、と言っていいのかは分からないが。

 

 女の子が一人でそこに佇んでいた。

 遠目からでもわかる細い身体。ショートカットの髪。どこかの絵画と言われても信じてしまいそうな、そんな雰囲気。触れれば壊れそうなくらい儚い。散っている桜のような儚さを感じる。

 僕がぼうっとしていると、女の子がこちらに気づいた。その子は、少し驚いたような顔をして、こっちに向かって手招きした。

 

「ねえ君ぃ!! 先生から何か言われて来たのぉ!?」

 

 儚さなんて感じない元気さだった。とりあえずこっちに来なぁ! と呼ばれたから、そちらに向かう。普段だったら帰っているけど、なんでか知らないけど自然とそちらに足が向かった。

 

「ねえ君、先生から何か言われて来たの? 私を連れ戻しにでもきたの?」

 

「えっと、そうじゃないですけど……。というか、あなたは?」

 

「ああ、自己紹介がまだだったね。私は佐々井 アオイ。17歳だよ! 君は?」

 

「僕は小野 賢介、同じく17です。えっと……先生っていうのはなんですか?」

 

「うーんとね、私、ここの患者でね。ま、抜け出してきてるんだよねー。よく抜け出してるからね。先生にマークされちゃってるんだよね」

 

 アハハ、なんて笑っている彼女。その振る舞いからは病気なんて感じない。運動部にでも所属していそうな雰囲気だ。多分テニス部。

 でも、他ならぬ彼女の肉体自身が、それを証明してしまっている。痩せ細った腕、少しこけた頬、そして病衣。少し息切れしているのもあるだろう。雰囲気と、肉体があっていない。チグハグで、どこか違和感を感じた。

 多分、喋らずにいれば──というか、最初見た時に帰っていればきっとイメージ通りだっただろう。ただ、話してしまった今は、そのチグハグさがある。そして、それも彼女の魅力なんだと思えてしまう。

 …………初対面の女子になにを思っているんだ僕は。

 

「──ねえ? ねえってば」

 

「ぅぉちょりまっ!? ……なんですか?」

 

「んー、聞いてなかったかぁ……。んっとねー、お願い二つしたの。どっちも聞いてない?」

 

「すみません……」

 

「全く……」

 

 そう、呆れたように呟く彼女。頬を膨らませ、いかにも不機嫌ですといった感じだ。

 それにしても、距離の詰め方がえげつない。なんで出会って数分の僕に、お願いなんて出来るんだ? 

 

「んっとねー、一つ目はね。今日ここで会ったことは、誰にも言わないで欲しいんだ。ただでさえ目をつけられてるのに、これ以上監視されたら堪んないよ」

 

「ええ、まあそのくらいなら」

 

「でね! 二つ目が大事! んっとー、あぁ、なんだろ。なんかすっごく恥ずかしいや……。んー、よしっ! 

 あのね、敬語やめて欲しいの! 見たところ、同じくらいじゃない? だからさ、私の事はアオイでいいし、敬語もいらない! よしっ、これだけ!」

 

 彼女が恥ずかしがって言ったのは、タメで話して欲しいということだった。それだけの事であれだけ大はしゃぎしていたのか。距離の詰め方といい、変な感性といい、出会って間もないというのに、彼女の人間関係が不安になった。

 もちろん返事はOKだ。そう告げると、アオイは嬉しそうにして、

 

「ほんとっ!? ならさ、嘘つかないように指切りしよ! 嘘ついたらぶっ殺すからね!」

 

「本家に比べて物騒じゃないか!?」

 

 指切りをした。

 そして、この小さな出会いを忘れないように胸に刻みつけながら、アオイに背を向けた。

 

「それじゃあ明日、この時間に、この場所で会おうね!」

 

 お願い三つじゃねえか。

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、ただの口約束だと言うのに何故か僕の足は花壇に向かっていた。そこには、何もない花壇があるだけだった。それもそうだ。僕とアオイの約束はただの口約束、本当にアオイが来るかなんて分からない。もしかしたら、今もどこかの窓から見てバカにするように笑っているのかもしれない。

 それでも、僕はただそこで待ち続けた。なんとなく、アオイが来るような気がして。

 

 30分ほど、僕はただ、アオイを待ち続けた。らしくないな、と思った。同時に、悪くないな、とも思った。

 そんなことを考えていると、アオイがこちらに向かってきていた。

 

「ごっめん! 待たせちゃった?」

 

「7、8分くらいかな。そんなでもないよ」

 

「ごめんね。昨日勝手に抜けだしたから、その事で先生にちょっとお説教を……」

 

「気にしないでいいってば」

 

 アオイがあんまりにも焦ったように言うものだから、なんだか少しおかしくなって笑ってしまった。そんな僕を見て、アオイは拗ねたようにばか、なんて言ってきた。

 ごめんごめん、なんて言いつつ彼女の様子を見る。

 

 少し早足で歩いてきただけなのに少し息が上がって、僅かながら肩で息している。その見た目通り、体は弱いようだ。

 彼女は何年ほど入院しているのだろう。二、三年くらいだろうか。それとも、もっと? 

 わからない。まだあって2日目だから当然だが、僕はまだ彼女のことを全然知らなかった。もっと知りたいと思った。中身と外がちぐはぐな、不思議な魅力を持つ彼女のことを。

 

「それでさ」

 

 彼女の声を聞き、僕の意識は現実に急速に戻ってきた。そこそこの時間沈黙があったからか、少し拗ねているような口調だった。

 

「賢介くんは昨日、なんで花壇に来たの?」

 

「なんでと言われても、母さんに『裏の花壇に行ってみな』って言われたから」

 

「母さん……ああ、小野 翠さん?」

 

「そう。なんでわかったの?」

 

「だって小野って苗字でしょ? この病院にいる小野なんて翠さんくらいしかいないもん。それにしても翠さん、ファインプレーだなぁ。私1人だとどうしても退屈でさ」

 

「1人……。お見舞いとかは?」

 

 その質問をした時、一瞬だけ──見間違いかもしれないけれど、アオイの表情が固まった。そしてアオイは、静かに、苦しそうに笑みを浮かべた。

 漠然と、これ以上はまだ行けない。そう思った。どれだけ馬が合ったように感じても、僕らはまだ出会って2日。まだ、そこに踏み込むには早すぎた。

 

「そういえばよく僕の苗字覚えてたよね。名前ならともかく、苗字を覚えてるのって凄いんじゃない? 僕なんかはあんまり覚えられないし」

 

 気まずい雰囲気を避けたくて、話を変えた。

 実際僕は人の苗字を覚えるのが苦手だ。名前は覚えられても苗字は忘れてしまう。というかそういう人がほとんどではなかろうか。まあ苗字とかで読んでいたなら別だが。

 

 その質問をした時には、僕とアオイの間にある微妙な空気感は消えていた。アオイは少し得意げな顔になって

 

「ふふん、人の名前……というか記憶力がいいからね。結構色んなこと覚えてるんだよ」

 

「それは凄いや。僕なんかは記憶力クソ雑魚だからさ。英、社がキツイんだよね」

 

「あらら。うーん、暗記するときは何かに紐付けるといいんじゃないかな。私は記憶力も勿論いいんだけど、ほら語呂合わせとかそれじゃない? 

 例えば……うーん、なんだろ。歴史とかは全部が繋がってるから例えば満州事変があったからこういったことがあって、日中戦争が起きた……みたいに、一つ覚えれば繋がって覚えれるんだよ」

 

「それが難しいんですが」

 

「うーん、それじゃあ……がんばれ」

 

「雑じゃないか?」

 

「だってそれ以上いえないもーん。強いて言うなら歴史は勉強じゃなくて物語読んでる気分? そんな感じだよ」

 

「なるほど……」

 

 この会話でわかるのは、アオイは頭がいいらしいということだ。勉強ができると言うだけでなく、紐付け云々の話で見え隠れしているがそういう考え方を出来るというのは素直にすごい。…………喋り方はバカっぽいのに。

 本人に聞けば、あまりにも暇だったからと言っていたが、暇だから勉強しようとなるのもすごいと思う。

 

「でもね」

 

 僕が脳内でアオイを賞賛していると、アオイが口を開いた。なんで脳内かって? そりゃ口に出したら恥ずかしいからに決まってるじゃないか。

 

「私は、好きなことをすればいいと思うんだ。賢介くんは、理系科目好き?」

 

「うん。結構勉強するくらいには好きだよ」

 

「だったらそれを頑張ればいいと思うんだ。勿論出来ないのは良くないけども、無理矢理やって苦手意識ついたらダメだしね。それに、好きなことに熱中できるって言うのは幸せなことなんだよ。

 これは私の持論だけど、やれることっていうのはやれるうちにやった方がいいんだよ。いつやれなくなるかわかんないし、そもそも出来ない人もいるんだし。それにほら、よく言うでしょ? やらない後悔よりやる後悔って。それは、本当に真理だと思ってる」

 

「それは……うん、そうだね。なんだかやる気出てきた。ありがとね」

 

「うん、役に立てたなら何より! 

 ……なんだかさ、賢介くんには色々話せちゃうんだよね。なんか初めて会った気がしないというか、私たち、どこかで会ってたんじゃないかって思うくらいには打ち解けてる。私、記憶力はいい方だから忘れないとはおもうんだけどなぁ……」

 

 確かに、初めて会った人物、それも異性にここまでグイグイ来れるのだろうか。いくらアオイのコミュニケーション能力が高いからと言って出会って二日なのにここまで行けるのだろうか。

 それに、お世辞にもコミュニケーション能力が高いとは言えない……というか、かなり人見知りするタイプの僕と、出会って2日なのにここまで仲良くなっている。タイプは真逆なのに、ここまで馬が合うのは珍しいと思う。

 

「まあいっか! 深く考えてもわかんないものはわかんないんだからさ。それよりもさ、何か面白い話ない?」

 

「そんなキラーパス飛ばされても、僕、話力に自信があるとは口が裂けても言えないんだけど」

 

「大丈夫、私よく聞き上手って言われるから」

 

「僕のフォローをしてくれるわけではないんだ」

 

「逆にどうフォローすればいいの?」

 

 ぐうの音も出ない正論パンチを喰らった。ボディーに重めの一発をぶち込まれた感じだ。ヘビー級のチャンピオンかな? 

 そんな茶番は置いといて、彼女が自分で言っていたように、彼女は聞き上手だった。学校のこと、友人のこと、家での母さんのこと。相づち、頷き、笑い。話すのがあまり得意ではない僕だけど、彼女の聞き上手さに乗せられて、ついつい話が長くなった。

 1時くらいに来てた僕だけども、そこから1時間は話したんじゃなかろうか。

 

「あっ、そろそろ帰んないと! 先生は1時間だけって言ってたからもう時間じゃない? ……っと、もう過ぎちゃってる! ごめん、じゃあ私もう行くね。じゃあまた明日!」

 

 うん、またね。と言ったが、言い終わる頃には彼女は既に背を向けていて、声をかけたら振り返って手を振ってくれた。

 

 ……脈アリか? 

 

 

 

 

 

 

 

 それから一週間、僕とアオイは毎日そこで二人で話してた。一週間という短い時間ではあるが、僕らは段々と遠慮がなくなり、軽口も叩き合い……言ってしまえば、仲良くなっていた。

 これは偏に僕のコミュ力が高いから……なわけがない。何度でも言うが、僕のコミュ力は並以下だ。アオイのコミュ力のおかげだ。

 きっと彼女はクラスの中心になるような人物だったんだろう。ウェイ系じゃない、正真正銘の陽キャだ。皮肉とかではなく、素でそう思う。

 

 それはさておき、今日は雨が降っていた。毎日会おう、と決めていた訳では無いが、毎日会っていたためどうしようか悩んでいる。と、そんなとき、スマホの通知が鳴った。

 

『雨だし今日は無しで! ごめんね』

 

 アオイからだった。アオイも同じように悩んでいたのだろうか。それとも意外と即決? どちらも有り得ると思った。ただ、なんとなく悩んでくれてれば嬉しいな、と思った。

 

『りょーかい。んじゃまた』

 

『えー』

『暇だしお喋りしようよ』

 

『暇だしって……。それなら会いに行くけど?』

 

 そう送ったら、既読は直ぐについたものの、返信は遅かった。やっぱり悩んでくれていたのかな? なんて馬鹿な事を考えながら待つこと3分。ようやく返事が返ってきた。

 

『いや、大丈夫だよ』

『寝てるところ見られるのは恥ずかしいしね』

 

『おっけー』

 

『というか健介くんは夏休みの課題大丈夫なの?』

『前に多くて嫌になるみたいなこと言ってなかった?』

 

『まあなんとか?』

 

 もちろん嘘だ。夏休み課題とか何それ美味しいの状態。半分が過ぎたというのに、まだ3割程度しか終わっていない。これは終わったかな、と思う。

 そこからはまあ、いつもの雑談だ。たまに僕がくだらない雑学を言ったり、分からない問題の写真を送って教えて貰ったり。やっぱりアオイは頭がいいというのを再確認しながら、僕らはいつもと同じように、でもいつもよりゆっくりとしたペースでトークに花を咲かせていた。

 

『ごめん、検査あるから今日はこれでお開きで!』

 

『了解。がんばって』

 

 すぐに返したつもりだけれど、それに既読は着かなかった。

 

 僕は、彼女のことをほとんど知らない。いつから入院しているのか。どんな病気なのか。時々行われている検査とはなんなのか。僕が聞いていない、というのもあるが、それ以上に彼女は自分のことを話そうとしなかった。聞いても答えないだろうという妙な確信もあった。

 もしかしたら、とても重い病気で普段から辛いのだろうか。もしくは普段はなんともないけど実は本当にヤバい病気だとか。そんなの考えすぎ、ラノベやゲームのやりすぎ、と一人で笑う。

 でも。でももしそうならば。そう考えてしまう。なんだか嫌な予感がする。妙な胸騒ぎがする。

 

「いただきます」

 

 一人、夕飯を食べる。あれこれと考えてしまって、自分が作った料理の味なんて気にしてる暇なかった。

 雨はいつの間にか止んでいて、その場にはテレビのコメンテーターが若者の日本語の使い方がどうとか芸能人の不倫問題だとか、誹謗中傷によって鬱になった人とかの話をしていた。

 何故だか無性にイライラしてきて、僕はテレビを消してソファに寝転がった。考えているうちに、僕の意識は闇に落ちていった。

 

 

 

 ──―これは夢だ。僕は夢を見ている。

 

 多分小学校の卒業記念に夢の国に連れていってもらった時だ。夢だからって夢の国にしなくてもいいだろうが。

 僕の隣には父さんと母さんがいて、僕は変なサングラスをしてぬいぐるみを首にかけている。かなり楽しんでるな、僕。

 母さんは僕と同じように満喫している様子で、父さんは……ニコニコと笑っている。多分。

 アニメの黒幕みたいな感じで、顔の上半分が影になっていて顔全体を見ることが出来ない。

 ああ、辞めてくれ。父さんを、思い出したくない。もうこの世にいない父さんを。

 

 父さんは小さい頃から身体が弱かったらしい。らしいと言うのは、母さんから聞いたからだ。母さんと父さんは、小学校で初めて出会った。が、中学二年の時に父さんが引越し。大学で会おうと父さんと母さんは有名大学の名を挙げ、そこで会おうと約束したらしい。そこから母さんは猛勉強。

 頑張って入学したけども父さんがいるかは不安だったようだ。……が、父さんはいたらしい。父さんを見かけた母さんは泣きながら抱きついたらしい。そしてそのまま告白。周りに人がいる中でだ。我が親ながら凄まじい精神だ。

 

 おっと話が逸れた。父さんは身体が弱かった。そして、ディズニーで遊んだ帰り、父さんは車の中で急に心臓を抑えて呻いた。楽しい気持ちも一転、不安と焦りの中病院へ直行。

 家にもうすぐ着く、ということで今母さんが入院している病院へと急行。そして父さんは二年間病院で過ごし、そして、帰らぬ人となった。

 

『楽しいか?』

 

『うん、楽しい!』

 

 人が一番初めに忘れるのは声だという。だからなのだろうか、妙にガラガラとしている父さんの声が聞こえる。それに無邪気に応える幼い僕。

 早送りしてるみたいに、遊園地で過ごす風景が流れていく。そして車に乗り込み、疲れからか幼い僕は目を閉じた。それと同時に、場面転換が起きた。幼い僕の目が覚めたのは、母さんの慌てているような大声が聞こえたから。

 

『父さん!! 大丈夫!? しっかり、もうすぐ病院着くから頑張って!!』

 

『父さん!?!?』

 

 病院についたときには、父さんの意識はなくて病院の人が運んでいた。なんだかドラマのワンシーンみたいで現実味がなかったのを覚えている。

 チラッと見えた父さんは意識がなく、ただ苦しそうに唸っていた。

 

 場面が変わる。

 

『父さんな、ちょっとした心臓の病気らしいんだ。放っておけば危ないけどきちんと治療したら治るらしい。だからすぐ戻る。あまり気にしすぎるなよ。

 そんなことより、勉強はどうだ? 父さんを言い訳にしてやらないのはダメだぞ──』

 

 すぐ戻る、という約束は守られることなく終わった。後で病名を聞き調べてみると、治療法も確立していないような病気だった。

 多分、僕を励ますための、そして自分自身を鼓舞するためだったんだろうけども……その病気に着いて知った時は、裏切られた気分だった。

 

 場面が変わる。

 

『健介は先戻ってな。アタシもちょっと父さんと話してからすぐ行くよ』

 

『ん、わかった』

 

 これは中二の時のはずだ。夫婦二人の時間も必要だろうと思い、僕は素直にその場を離れた。

 けれどもあまりに母さんが帰ってくるのが遅いから、車の鍵を借りに病室に戻った時だった。二人の会話がたまたま聞こえてきた。

 

『なあ父さん、本当に健介に言わなくていいのか』

 

『……言わない。あの子はまだ中学二年生だ、いくら大人びているからと言って俺の……父親の死なんて、そう簡単に受け入れられないだろ』

 

『でも……』

 

『それに、今はまだ治療法が見つかってないだけだ。だから、きっと治るさ』

 

『父さん……』

 

 父さんは、ハハッと笑っていた、はずだ。僕はその会話が聞こえてからわけも分からず立ち尽くし、覚束無い足取りでエレベーターまで向かった。待合室についてからすぐに母さんが来た。本当にギリギリで僕は戻ったらしい。

 

 場面が変わる。

 

 中三のときだ。僕も母さんも、その他の親族も、その他にもたくさんの人がお寺に集っていた。

 父さんが、死んだ。母さんの顔はよく覚えていない。たしか、父さんの抜け殻を見た時は泣いていたと思う。でも僕は、どうしてか泣けなかった。

 あまりにも現実味がなくて、まだどこか夢現だった。お焼香のときも、火葬の前も、父さんへ手紙を読んだ時も、仮装後の骨を見た時も、お墓にみんなで行った時も、僕は全く泣かなかった。

 

 ただ、家に帰ってからおかえりと言ってくれる人がいない、やけに広く感じる家、二人で食べる夕食、それらがもう父さんが居ないということを感じさせてきた。

 そこでようやく僕は泣けた。夕食中に急に泣き出した僕に、母さんは一瞬驚いたようだったがすぐに抱きしめてくれた。母さんは、暖かかった。

 ただ、僕の首筋にも液体が落ちた。

 

 場面が変わる──

 

 目が覚めた。時計を見ると30分程進んでいた。体感ではもっとたっていると思っていたが、そうでもなかったようだ。

 とりあえず、とスマホを開く。良くない習慣だけど仕方ない。開くと、一件の通知が目に入った。アオイからだ。

 

『検査終わったよ~』

『明後日流星群なんだってね!』

 

『そうだね、天気予報では晴れって出てるから綺麗に見れるんじゃないかな』

『あ、でも病室から見える?』

 

『ちょっと微妙……それでなんだけどね!』

 

 正直、この時点でかなり嫌な予感がしていた。一週間という短い付き合いだけど、彼女のことはだいぶ理解できた。から、このあとなんというか予想できる。

 だから予想できる言葉に対する返信を先に打っておく。

 

『一緒に流星群見ない? 二人で!』

 

 ほらみたことか。

 

『え、それって大丈夫なの?』

 

『先生にお願いしてみるけど、多分ダメだと思う』

『そうなったら抜け出していくから!』

 

『そこまでしなくてもいいよ……』

 

『聞いてくる! ちょっとまってて!』

 

 わかった、と返したものの既読が付くだけで返事は返ってこなかった。既読スルーか。いやどうせ電源つけたまま聞きに行ったとかそんなところだろうけど。

 それからぼけらっとトーク履歴を見返し、ツイッターを開く。ツイッターを開くのを無意識にやっているのを恐ろしく感じつつTL警備、面白いツイートがあればいいねをしていく。

 ウマ娘とかアークナイツとかソシャゲのガチャ結果やらシステム改善やら布教やらが流れたりフォローしてる動画投稿者が更新報告したりよくわからん人達がAPEXでチャンピオンを取っているスクショとかを上げたりしている。まて、その神引きは許せない。僕は爆死したんだぞ。

 

 ……うーん、虚無。普段だったらたまにケラケラ笑ったりするのだが、今日に関しては何も頭に入ってこない。たまにLINEの通知が来てないか確かめている。僕ってそんな女々しかったか? 

 まあそのくらい気を許している、ということだろう。ならいいか。よーし、お風呂も沸いたし風呂いくか。

 アオイに一言『風呂に行く』と送って風呂へ向かう。風呂ってぬるめのお湯に長時間浸かるのが一番気持ちいいと思うんですけど、どう? 

 そんなふうに考えながら向かう。直後に来た通知には、気づかなかった。もしかしたら、そのタイミングを見計らったのかもしれないけれど。

 

 

 

『もう、限界だよ』

 

 

 

 お風呂から上がってスマホを見ると、通知が来ていた。

 

『アオイがメッセージの送信を取り消しました』

『奇跡的におっけーもらえた!!!!』

『ただ何かあったらすぐに連絡ちょうだいって連絡先交換したよ~』

『健介くんにもだって!』

『連絡先:センセイ』

 

『よかったね』

『何時頃行けばいい?』

 

『9時くらいで!』

『じゃあまた明後日に!』

『あ、明日はほぼ丸一日検査だから会えない、ごめんね』

 

『了解。それじゃあまた明後日』

 

 見返して思う。なんか冷たくないか? うーん、LINEで普段話してるみたいにすると抑揚とかをつけられない分冷たくなるなぁ。その点アオイはハイテンションというか、文面から元気なのが伝わってくる。多分エクスクラメーションマークを多用してるからかなぁ。僕も! とか? とか笑とか使った方がいいのかな? 笑はないな。せいぜいwだ。

 うーん、キツい。やっぱあれは若い娘がやるから似合うんだな。いや同い年なんだけどね。

 ふぁぁ、と大きな欠伸を1つこぼす。どうしてもお風呂上がりは眠くなる。習慣ができているようだ。以前何かのテレビ番組で風呂上がりから3時間後くらいに寝るのがちょうどいいとかなんとか言ってたけど、そもそもうろ覚えだし眠いから寝よう。

 寝る、おやすみとメッセージを送り、スマホの電源を落としベッドに入る。すぐに意識は落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 流星群当日、アオイも待ちきれなかったのか朝からLINEをしている。僕もソワソワしっぱなしだ。なんせ流星群が見られる……という訳では無い。夜に女子と二人きり、という所に胸がドキドキしている。

 夜には昼間とは違う魅了がある。夜っていうのは人々を狂わせる。だからこそ、そんな夜に生きる吸血鬼なんかをヒロインにした作品は多いんだろう。僕も大好きだ。

 話が逸れた。なんだっけ、そう、夜に男女が二人で会うんだ、心が落ち着かない。アオイは外見は美少女だ。中身とだいぶ乖離してはいるが、それも愛嬌と捉えることができる。僕も17の男子高校生だ。少しは()()()()妄想もしたくなる。とはいえ本人を目の前にすればそんな感情なんて無くなって純粋な感情しか残らないんだろうけど。

 

 だけども、そんな気持ちと裏腹に何か嫌な予感がした。予感、とか勘っていうのは案外バカにできない。無意識のうちにキャッチしている情報を処理している、なんて言うのはよくファンタジー物の小説で聞くし、それは正しいと思っている。だから、今まで目を逸らしてきた気付ける何かがある。それがわかる夜になるんじゃないか。そんな気がした。

 

 

 

 八時、予定より1時間早いけど僕は家を出た。八月の夜は暑い。とはいえ、何があるか分からないから、一応薄いパーカーを持っていく。

 病院に着いたのは八時半。いつもなら15分位で着くんだが、夜の道というのはそれだけで気を使う。倍の時間がかかってしまった。

 病院に着いたらいつもの花壇へと向かう。星は煌めいていて、綺麗に見えた。……あっいま一つ落ちた。そんなふうにぼーっと夜空を眺めていると、後ろから綺麗で鈴のような、それでいて元気を感じる声が聞こえた。

 

「健介くん!」

 

「こんばんは、アオイ。晴れてよかったね」

 

「そうだね~、こんなに綺麗に星が見えるの初めてかも。病室から見る星ってなんか味気ないというか、物足りないんだよね。

 だから、ありがとう」

 

「ありがとうって何さ。それは僕の台詞だよ。君のおかげで今日、こんなに綺麗な景色を見れる。アオイが誘ってくれなきゃ僕は今頃部屋でゲームでもしてるだろうし」

 

 それから、父さんがいなくなってから友達がいなかった僕と友達になってくれてありがとう。

 心の中で、そう告げる。声に出すのは少し恥ずかしいから、あくまで心の中で。そう考えた時に、アオイは嬉しそうにはにかんだ。

 僕の考えている事が口に出てたか? なんて思ったりもしたけど、ただ僕の感謝が嬉しかったようだ。そんなことよりも、アオイの表情は、今まで見た何よりも美しかった。

 胸が、トクンと小さく跳ねた。そんな気がした。

 

「あっ見て健介くん! 星、流れてる」

 

 そんなアオイの声で思考の海から現実に連れ戻され、つられて空を見上げる。

 夜空では、星が空まで、手の届きそうな所まで落ちてきた。それもたくさん。一つ一つが確かな軌道を描き、落ちて行く。

 テレビでしか見ないような景色が、実際に目の前にある。僕は大はしゃぎ、アオイも……アオイ? 

 アオイの声が聞こえない。ただ息も出来ないくらい感動しているだけだ。そう思い、ブリキ人形のほうがマシな速度でゆっくりとアオイの方を見る。

 

 心臓を抑え、苦しそうに倒れていた。

 

「アオイ! アオイ!?」

 

 いつかの、父さんの様子が思い出される。同じように、心臓を抑えて倒れていた。どうしよう、何をすればいいんだろう、アオイが倒れている、苦しそう、辛そう、何をすれば、どうしよう、誰か呼ばなきゃ、でも、誰を? 

 ……センセイ。

 センセイの、連絡先。慌ててその連絡先を開いて、覚束無い手つきでスマホを叩く。

 

『センセイ』

『病院裏のかだん』

『アオイが心臓おさえて』

『たおれた』

 

 既読は直ぐについた。今すぐ向かう。それだけ送ってきた。

 わけも分からず、その場にしゃがみ込んだ。アオイの背中を摩るしか、できることは無かった。

 

「ケンスケくん!」

 

「あなたが、先生?」

 

「ああ、自己紹介は後だ! 早く病院に運ぶぞ!」

 

 そこから僕らは慌ただしく動き出した。アオイを病院に運んだあとは医師の領分。この薬を投与だ──だが前回から早すぎる──そうしなければ──。奥から慌てたような声が聞こえる。

 その間、僕はただロビーの椅子に座っていて、物思いに耽っていた。あの時どうすれば、そもそも流星群をきっぱり断っていれば、まず母さんの言うことに従わなければ、そんなたらればが脳裏を過ぎり、霧散する。なにを考えてもネガティブな方向へと進む。何も考えたくないのに、考えてしまう。「──くん」

 そもそも、アオイの病気ってなんなんだろうか。心臓を抑えて苦しそうにする。それは、それはまるで、いやでもそんなことってあるのか? 確かに父さんもこの病院だった。でも、でも……。《small》「──スケくん」《/smal》

 もし、もしもこの考えが会っているならば、僕は酷く不幸な星に生まれてきたに違いない。多分、今も落ちている最中の星に。遠く、遠くへ、人の届かない所へと。

 

「ケンスケくん!」

 

 ハッと顔をあげると、センセイがいた。考え事をしていると周りのことに気が向かなくなる。悪い癖だ。

 

「まず、ケンスケくんに謝罪と感謝を。アオイさんを助けてくれてありがとう。そして、君を騙してしまい、本当に申し訳ない」

 

「騙して……?」

 

「ああ。騙すというよりは、必要な情報を伝えていなかった、と言うべきか」

 

「……なんですか、それって」

 

「それは、言えない。アオイさんからのお願いでね、それだけは護らないといけない。

 どうしても知りたいなら、本人に聞くといい。本来は面会時間を過ぎているが、特別に一緒にいていい。まだ目が覚めていないが、今は状態が安定している。着いてきて、アオイさんの病室に案内しよう」

 

 そう言ってセンセイは歩き出した。急で、しかも思ったより歩くのが速かったため僕は慌てて小走りで着いて行った。

 着いた部屋で、アオイは寝ていた。規則的な寝息をたてながら、穏やかに眠っている。その様子に、ホッとして大きく息を吐いた。多分、自分で思っている以上に僕は疲れていたようだ。急に眠気が襲ってきたが、爪を立てて手を握って耐える。ラノベとかだったらここで眠って目が覚めたらヒロインが起きている、なんてのがよくあるけど、僕はアオイが起きる瞬間を見たかった。

 

 それからどれだけ時間がたっただろうか。僕はただ、アオイの寝顔を眺めていた。これだけ聞けば変態だな。そんなふうに考える余裕も出てきた。一人でもクツクツ肩を震わせていると、アオイから、本当に小さいながらも声が聞こえた。

 慌ててアオイの方を見る。そして、それから間もなくアオイは目を開いた。何度か目をパチパチして、あたりの様子を確認する。そして、僕を確認すると、急にフリーズした。

 が、僕はそんな様子を気にするまもなくアオイに抱きついた。

 

「生きてて、良かったぁ……」

 

 僕の目には熱い液体が溜まっていた。アオイも、困惑した様子だったが、僕の様子を見て僕の頭に手を置いた。酷く弱々しく、暖かい手だった。

 

 

 

 

 

「ねえ、話を聞いてくれる?」

 

 僕ら二人とも落ち着いた頃に、アオイはそう切り出した。そしてぽつりぽつりと語ってくれた。とある少女の17年を。

 

 

 

 幼い頃、少女はとても元気だった。幼稚園の先生を困らせるくらいやんちゃだったと母親から聞いたらしい。

 しかし、5歳の頃少女は唐突に倒れた。苦しそうに心臓を抑え、そして倒れた。先生たちは大慌て。急いで病院に連絡、少女はそのまま搬送された。

 

 少女の病気は、発症する人数が非常に少なく、研究も進んでいない病気だった。また、長い短いの差はあれど、生存率が0%という絶望的な病気だった。

 そのときから、少女は病院に囚われた。治すためとはいえ、やんちゃだった少女にとっては、そこは牢獄と何ら変わりなかった。

 そこで少女は、せめて表情だけでも、声色だけでも元気であろうとした。病は気から。その言葉を胸に受け、元気に病院での日々を過ごしていた。

 

 でも、だんだんと病気は悪化していった。

 悪化していく病気、焦る気持ち。そんな中、少女は一人の男性と出会った。

 その男性は、樹のような人だった。穏やかで、でも大きくてどっしりとしていて、不思議と安心できる人。それが、

 

「それが、僕の父さん」

 

 そう。その人は健介くんのお父さんだった。それで、少女の心は安定した。焦りも消え、いつか治るということを、心から信じることが出来た。

 

 だけど、その人は死んだ。少女と同じ病気で。それで、少女は自分が助からないとわかった。

 あの日花壇にいたのは、何となく花壇という場所では男性のことを感じられたから。緑が多く見えるそこは、なんでか不思議とあの人のことを思い出させた。

 

 そして、そこで一人の男の子と出会った。

 

「それが君だよ。健介くん」

 

 そう言ってアオイは、綺麗な笑顔でこちらを見つめてきた。

 今まで見たことがない、雰囲気にあった笑み。綺麗な、それでいて儚い笑み。

 

「健介くんとの日々は、本当に楽しかったんだよ。どこかであったことがあるた思ったのは、健介くんのお父さんと健介くんがどこか似てるからなんだよね。

 今まで友達なんて幼稚園の頃以降いなかったから、ただの雑談でも楽しかった。雨の日のLINEなんて、ちょっと青春っぽくて嬉しかった。流星群だって、ほとんど見れてないけど今まで見た中で一番綺麗な景色だった。健介くんと一緒に過ごした日々が一番充実してた。

 ねえ」

 

 そこで言葉を区切り、アオイは外を向いた。窓からは、夜空がギリギリ見えた。星が所狭しと煌めいていて、欲張りセットみたいだ。そして、それを眺めているアオイは、絵画に出来そうなくらい、美しかった。

 震えた声で、続きの言葉を紡ぐ。

 

「しにたくないよ」

「まだ、しにたくないよ。学校にだって行きたい。部活動だってしてみたい。放課後に友達とクレープの食べ歩きをしたり、カラオケに行ったり。バカして先生に叱られたり、休日に友達と遊んだり。

 そんな普通のことが、私はやりたかった。普通に焦がれて、でも、どれだけ手を伸ばしても届かなかった」

 

 言葉が、出なかった。

 僕らが普段何気なく過ごしている「普通」。それが普通じゃない人がいて、焦がれている人もいる。それを目の当たりにして、僕は声が出なかった。

 

 でもね、そう彼女は言葉を続けた。

 

「一つだけ、叶った『普通』があるの。私が諦めていた普通。それはね」

 

 ──恋をすること

 

「私は、健介くんに出会って、一緒に遊ぶ中で、惹かれていった。ねえ、健介くん。

 私は、あなたが。健介くんが好きです」

 

 生まれて初めて、告白を受けた。そして、同時に僕の胸にストンと落ちてくるものがあった。

 僕のこの感情は、恋だ。多分、初めて見た時からずっと、僕は君に恋をしていた。文字にしてしまえば簡単で、でも何よりも奥が深い。恋は下心、愛は真心なんて言ったやつは誰だ。恋っていうのは、こんなにも綺麗な感情なんだ。下心なんかじゃ、ない。

 

「僕は、よく言葉が足りないとか、語彙が足りてないとか言われる。だからね、君の告白に対する返事を行動で示そう。目、瞑って?」

 

 アオイは素直に従ってくれた。夜空をバックに、こちらを向き、目を閉じた美少女がこちらを見ている。

 瑞々しくて、柔らかそうな唇。アオイの後頭部を優しく抱えて、僕はそこに僕の唇を重ねた。

 月明かりはない。ただ、夜空の星々が僕らを見守っていた。

 

「健介くん、よくこんな恥ずかしいことを普通にするよね」

「でも、嬉しい」

 

 頬を赤らめながら、アオイはそう言ってくれた。そして、決意の乗った声色で、言葉を告げてきた。

 

「ねえ、一つ決めたことがあるの」

 

 吹っ切れた様子で、アオイはこちらを見つめた。綺麗な目だった。夜空のような、澄んだ瞳だった。……星が、見えた気がした。

 

「人は2度死ぬって言うでしょ? 生命活動の停止と、人に忘れられた時。だからね、三つ目のお願い。

 健介くん、私を生かし続けて(覚え続けて)。私を、健介くんが死ぬまで殺さないで。それが、最後の、三つ目のお願い。

 ねえ、こんな面倒臭い女の面倒臭いお願い、聞いてくれる?」

 

 僕の答えは、決まっている。似合っているかわからないニヒルな笑みを浮かべ、アオイに向けて言葉を放った。

 

「忘れないよ。僕の初恋の、好きな人だもの。面倒臭いなんて思うわけない。愛されて、信頼されていることを嬉しく思う。

 僕は、アオイを生かし続けるよ。だから、アオイは僕の中で生き続けて。僕からの、最初で最後のお願いだ」

 

 アオイは、泣きながら「うん、うん……!」と頷いていた。軽く、折れてしまわないように丁寧に、僕は彼女を抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寒い風が吹き付ける冬の夜のこと、墓地に一人の青年が訪れていた。

 

「ねえ、アオイ。君の骨は、君がいた証明はこの下にあるんだね。

 僕の中にも、君がいた証があるよ。君は、生き続けているよ」


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