ゴールドシップは激怒した。 作:ウマ娘にたらふく食べさせ隊
畑なら奥多摩にいくらでもあんだろ。
「いやー、まさか畑を売ってくれないとはなー」
「学生に売るおばかさんがどこにいますの?」
「でもTOKIOには売ってたんだぜ?」
「専門家と素人では事情が違いますわよ……!」
TOKIOも専門家じゃねえよ。アイドルだぞ。
ゴールドシップはそう思っても口にしない分別はあった。
あったけれど畑を売ってもらえないことに納得していない。
(マックイーン、ラーメンとか食うのかな)
すべてはオグリキャップがスーパークリークに餌付けされて太り気味を患い、有馬記念をひかえたトレーナーが発狂している様を、葉っぱをくわえたゴールドシップが見かけたところからはじまった。
お嬢様。
ラーメン。
深窓の令嬢。
ジャンクフード。
背脂ちゃっちゃ系。
メジロマックイーン。
相反するものだ。
磁石にもふたつの極があるように、ヒーローとヴィランがあるように、パクチーを好きな人と嫌いな人がいるように。
いやパクチーを好きなやつなんていねえだろ。
メジロマックイーンが額に汗してラーメンをすする光景なんて想像もできない。
それで「ははぁ、ラーメン食べさせてみたらどんな顔すんだろ」と思いつく。
思いつくだけならだれにでもできる。
事実、スペシャルウィークは札幌ラーメンをマックイーンに食べさせようとした。
エルコンドルパサーが、目もいたくなるほどの激辛ラーメンを手に突撃して、うやむやになったけれど。
しかしだれも食べさせたことがない、未開拓地。
そもそもラーメンが好きなのか、嫌いなのか。
まだ食べたことがないのだから、マックイーン本人にも分かるはずがない。
それなら食べさせればいいじゃない。
12月も終わるころ、ゴールドシップはメジロマックイーンを連れ出し、ラーメンを食べに来た。
都会とはいえ雪も深まり、珍しく耳当てを外したゴールドシップの頬も赤くなっている。
すっきりとしたステンカラーコートのメジロマックイーンとは対照的に、ゴールドシップは男物のダッフルコートでずっしりときめている。
耳当てを外しているから、お嬢様をエスコートする顔のいい優男でとおったろうけれど、あいにく、ここにはマックイーンをいじりにきたいたずら女しかいない。
「『ごっつ背油 中華料理の一州』……?」
よくある町中華だった。
特に行列もできていないし、外から見てもあんまり繫盛しているようには見えない。
強いて言えば、ラーメンを売りにしているらしい、とわかるくらい。
「いい店だろ? やっぱ中華ってのはこういう店じゃねーとな」
気軽に入れて、安く食べれて、しかもおいしい。
店頭に出されているメニューはとてもお手ごろで、気取ったレストランにほど遠かった。
「知らない料理ばかりですわね……」
濃厚背油の醬油ラーメンやトマトキムチは高級な中華料理店には並ばないだろう。
エビフライ&ハンバーグ定食にいたっては中華ですらないのだし。
「こういう店はそういう店なんだよ」
変なところへ連れてこられたといぶかしむお嬢様育ちのメジロマックイーンをよそに、手慣れた様子でさっさとゴールドシップが入店する。
店長に手をあげて「おっす」と挨拶するところをみると、けっこうな常連なんだろう。
「慣れてますのね」
「こんなもんじゃね?」
まばらな席から適当なテーブルを選んですわる。
こういうお店は椅子や食卓が油っぽいのがお約束だけれど、とても清潔にしてあって、マックイーンも安心してコートを預けられる。
お冷を届けてくれた女の子にマックイーンが「ありがとうございます」と頭をさげながら、メニューよりもまず店内を見回した。
客層は幅広くて、親子連れもいれば、ビールだけ飲んでいるおじいさんもいる。
ちょっと場違いな格好のウマ娘がふたりいたって、気にする人もいない。
ふと見ればシンボリルドルフが描かれた有馬記念のポスターがある。
色あせてはいるものの、とても大事にされているようだ。
「……会長はいつから現役なのでしょうね?」
マックイーンたちの入学前からベテランとして有名であったし、入学してからもずっと走り続けている。
「スーパークリークとかもだけど、あんま詮索しねー方がいいんじゃねえかなぁ」
「あなたの学年も謎なのですけれど」
「おっちゃーん、濃厚醬油の背油マシマシふたつねー」
なにを頼むかメニューを考えることもさせてもらえなかったマックイーンが「流しましたわね、あなた……」と恨み節を口にするけれど、ゴールドシップにはどこ吹く風。
「ラーメンにはなにをあわせますの? コースではない……の、ですよね?」
やっとメニューを開けたマックイーンがどんな料理があるか眺めてみたけれど、慣れていないからよくわからない。
んあー、とゴールドシップが腕を組みながら考えはじめる。
ラーメンといえば餃子とチャーハンのセット。
でも、ラーメンだけなら食べられるかもしれないけど、ラーメンも食べたことがないマックイーンがフルセットで食べられるかどうか……。
「いや面倒くせえな。ごめーん、餃子チャーハンセットふたつでお願い」
毒を食らわば皿まで。どうせなら全部いってしまえ。
今でさえ庶民の中華料理屋に連れてきただけで、メジロ家にはあとであーだこーだと言われそうなんだから。
厨房から「あいよー」と気の良い返事がくる。
「……ははぁ、それがここのコースですのね」
「え? あー……まぁ、そんなもん」
こいつに言わせりゃアジフライ定食もコース料理だな、とゴールドシップが心の中でつぶやく。
世間知らずもここまでくるとイヤみならない。
そういう人なんだなぁ、そうすっと受け入れられる。
深窓の令嬢でウマ娘だなんて、ちょっとすれば人に嫌われるものだけれど、努力家で真剣なところが好かれるらしい。
厨房に視線をやるマックイーンの横顔をながめていると、急に「んんっ……」とおかしなうめき声をもらし、顔をひきつらせた。
「どうしたよ。ドラえもんがネズミに恋でもしたか?」
「い、いえ、あれはなんですの……!」
「あれ?」
マックイーンの人差し指がさす先をみれば、背油をチャッチャと豪快に振りかける店主の姿が。
背油マシマシの注文をうけて、今日はいつもより多く振りかけていた。
ラーメンの杯はおろかテーブルを油で埋め尽くさんばかりにトッピングされて、もやしも麺もスープも見えなくなっている。
「なにって、背油じゃん」
「なにって言えるなにじゃないでしょう!」
「背油ちゃっちゃなんだから、そりゃーチャッチャと背油をかけるに決まってんだろ」
「それがおかしいと言っているのですけれども?!」
「それが背油だからなぁ」
「あ、あんなもったいないことを……」
「フランベだって派手にやるじゃん」
ウマ娘になぜ走るのか、鳥になぜ飛ぶのか、と聞くようなものじゃないか。
そう決まっているから、そうしたいから、そうしているのであって、そこで深く理由を聞かれても困る。
ああした方がおいしくなるとしか答えられない。
うろたえるマックイーンをよそに店主が「おまちどぉ」とラーメンを置いていく。
「う゛っ」
お嬢様が出しちゃいけない声がマックイーンの口からもれる。
背油が、おおい。
ラーメンを持った杯だけではなく、その下敷きにされたお皿にまでこぼれている。
年間背油摂取許容量をはるかに超えている。
口にしたが最後、メジロ家の主治医になんともいえない瞳で見とがめられてしまう。
「うひひ、こうじゃなくっちゃなー」
のんきなことをいいながらゴールドシップが箸を割る。
ぱきんと小気味良い音をたてて、綺麗に割れた。
顔をひきつらせたままのマックイーンはさておき、ゴールドシップが適当に髪を後ろにまとめ、麵をすすりはじめる。
こんなにも油をつぎこんだタンパク質を口にして大丈夫なのか、と不安なお嬢様だけれど、注文しておいて食べないのはとっても失礼。
店長は腕を組んだままメジロ家の執事めいた目でじっと見つめてくるし。
「……い、いただきます……」
意を決する。
スペシャルウィークに「絶対にもっていかないとダメですよ!」と言われたヘアピンを取り出し、ブルガリのシンプルな髪留めで髪をまとめる。
事前に調べたところだとスープから飲んでいくのがマナーらしいけど、ここは常連のゴールドシップにあわせる。
麺を箸で食べるのは全然いける。
スープと油を飛ばさないよう気を付けて、口元までもっていく。
鼻をくすぐる鶏の香りに興味をひかれつつ、いただく。
箸で麵をたぐってお行儀よく麵をすすった。
すこしずつ嚙みしめて、麵からあふれるスープに味蕾を楽しませ、飲み込む。
「どーよ?」
海苔を箸でぐしぐしとほぐしながらゴールドシップが聞いた。
厨房では店長がじっ……と見つめ、厨房がとまったあおりで棒棒鶏サラダが届かないおじさんも、マックイーンを悲しそうな目で見ている。
「鶏に……これは、なんでしょう。海の香り……」
鶏がらとにぼしベースの醬油ラーメン。
ここに背油で甘みとこってりをプラスしてある。
一見すると過剰な背油だけれど、魚介系のすっきりした口当たりのおかげでしつこくない。
「ん゛ん゛」
背油が必要なことは分かったけれど、杯をもとうとして指についた背油の感触に、やっぱりおおすぎるとマックイーンは思う。
気を取り直して、背油に隠れた海苔を釣りあげる。
ゴールドシップの真似をして箸で海苔をほぐしてから、麵に絡ませて、はくり、と口にふくむ。
潮の香りが強くなった。
甘いなかに塩気がきいて、麺がすすむ。
はしたないけれどもうひと口、麵をいただく。
もむ、もむ、もむ。
スイーツを食べる時のように目を輝かせながら、よく噛んで味わう。
「ふぅ……」
ラーメンといえばパッと食べられる食事によくあげられるけれど、これはゆっくりと食べたい。
わいわいがやがやと繫盛しているラーメン専門店で食べるのとは違って、こういった住民に愛された穏やかなところで食べるラーメンにちょうどよかった。
これはトウカイテイオーを連れてきてもいいかもしれない。
そんなことを思っていたら、店員のウマ娘が近づいてきた。
「あ、あの、メジロマックイーンさん、と……ゴールドシップさん、ですよね……?」
「んあ?」
そのウマ娘は、店名の入った白い前掛けと髪の毛をまとめたバンダナのよく似合う子だった。
マックイーンとゴールドシップがつい癖で彼女の足を見れば、よく鍛えられている。
この店員も、選手なのだろう。
「たしかにそうですけれど、どうかなさいましたか?」
ファンサービスにも慣れたもので、ふたりとも出先で話しかけられても驚かない。
サインを書くのは食べてからでもいいかしら、なんて考える余裕もある。
「え、えっと、ご、ゴールドシップさんの、き、菊花賞を見てました」
「マジ? やっべーなおい、舌を出しちゃってた時じゃん……」
スクリーンの大画面にうつるゴールドシップの舌ペロペロ仕草は、その場にいたトレーナーに絶望を覚えさせた。
なお一着で勝利。
「よ、よければ、あの、あ、あとで、走りを見てほしくて……!」
大スター(世間一般からすれば)を前に興奮する限界ファンの鳴き声だった。
あまりの嬉しさに尻尾はぶんぶんと振られ、耳もひょこひょことせわしない。
ゴールドシップも無邪気に笑って「しょうがねえなー」とまんざらでもない。
「けど、アタシよりマックの方がいいと思うぜ」
「あら、どうして私ですの? せっかくあなたにお願いされましたのに」
「いや、脚質がさ」
もう一度そのウマ娘の足を見たマックイーンが、ああ、と納得する。
ゴールドシップのような追い込みの脚じゃない。
メジロマックイーンのような先行・逃げの脚をしている。
「それでも、あなたが教えるのがよろしいのではなくて?」
「ダメだろ。せっかく来てくれたんだから、ゴルシちゃんよりもこいつにあったやつを紹介しないと、逆に迷惑をかけちまう」
ウマ娘の脚質にあわない育成をされて、潰れてしまった子なんていくらでもいる。
だから、こういうところをはきちんとしておかないと。
ゴールドシップは普段の奇行はともかくとして、妙に律儀なウマ娘だった。
珍しくゴールドシップを褒めようとしたマックイーンだったけれど、七味を入れようとしたゴルシが、うっかり外れた缶の蓋ごと七味をドバっとかけてしまったのを見て、やっぱりやめておいた。
ラー油で中和できるか……?