氷砕師と日ノ巫女は体を温め合う仲   作:田舎犬派

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夜の孤独

 あれからアガタとヒヨミは一緒に行動するようになった。食事をする時も、狩を行う時も、二人はいつも一緒にいた。

 さすがに大型のウィンディゴを狩る際はヒヨミは村にお留守番となったが、それ以外はほぼ一緒にいることが普通になるほどだった。

 

 首都というものは存在しているが、国という大きな枠組みが崩壊したこの世界において、人と人との繋がりは極めて重要で尊ばれるものだ。

 そして、それは既に年を取った自身たちよりも、若いアガタとヒヨミにこそ必要な関係性なのだろうと村の住民は考えていた。だがら村の者たちは絶対安全とは言えないアガタの狩りへ同行を希望するヒヨミに首を縦に振ったし、無茶をすればしっかりと二人とも怒った。

 

 距離を縮める二人の姿を微笑ましく思い、遠くから応援もしていた。

 

 単純に若いもんは元気があってよろしい! という年配者としての思考が優先された結果でもあるだろうが、これまで氷砕師としてただ一人孤独に戦っていたアガタと、氷の中に永く閉じ込められていたヒヨミに同年代の友達が出来るということに村の人間は安堵した。若い者たちがその若い時期に若者らしい経験も無く大人になることがどれだけ惜しい事かを知っていたからだ。

 

 そんな二人に甘々な大人たちに守られながら、今日もアガタとヒヨミは生活していた。

 

「アガタ、どうして私を連れて行ってくれなかったんですか」

 

「だーかーら! あれは小型でも群れで活動するウィンディゴなんだよ! 大型より危険度は高いから待ってろって言っただろ!」

 

「足手まといにはなりません。私は日ノ巫女ですから、氷症にもなりません」

 

「そういう事いってんじゃねえって! てか氷症にならなくてもお前が怪我したら村のバーちゃんたちにオレが責められるんだって!」

 

「お前じゃありませんヒヨミですアガタ」

 

 今日も二人は一緒にいた。どうやらヒヨミは何も言わずに出かけたアガタに怒っているらしく、いつものような細い声ではあるが、それでも何処かアガタを責めている声音で、表情も多少睨んでいるように見えなくもない。

 

「お前たち二人は本当に忙しないのぅ」

 

「あ、おっちゃんおはー」

 

「おはようございます」

 

 そんな二人の前に現れた鍛冶師の男性はいつものようにひげを撫でさすり、ゆったりとした動作で二人と視線を合わせ、そして静かに口を開いた。

 

「……ヒヨミよ、先ほど伝書鷹より連絡があった。首都より出発した氷砕騎士が明日この村へ到着するらしい……お前のお迎えの騎士じゃよ」

 

「! ……そう、ですか……」

 

「……ふむ、準備をしておいたほうがいいじゃろな」

 

「大丈夫です。私が持っていたものなんて、何もありませんでしたから」

 

 男性の言葉を聞いたヒヨミは少し驚き、両手を軽く握りしめる。たった数週間程度ではあったが、この村での生活はヒヨミにとってかけがえのないものだった。記憶のないヒヨミにとってここは故郷であり、人の温かさを知った場所だった。それに、ここを離れるということは、アガタとの別れを意味している。

 

「なーにしんみりした顔してんだよ! この村に戻ってくるって言っただろ? ならさっさと正式な日ノ巫女サンになって帰ってこいよ。……バーちゃんやジーちゃん達もそう思ってるぜ」

 

 アガタが視線をヒヨミから外し村の家々を見やると、その視線に気が付いた村人達が笑顔で手を振る。もうヒヨミはこの村の一員なのだ。それを疑うものは誰一人としていないだろう。

 

「……アガタ」

 

「ん? なんだ?」

 

「アガタは、旅をしている氷砕師だと、聞きました。この村以外にもいくつもの村や都市を渡り歩くのだと」

 

「おっちゃんが言ったのか……まあ、そうだな。この村に来たのも数年前からだし」

 

 ヒヨミが何を言いたいのか分からずアガタは首を傾げ、質問に答える。そんなあっけらかんとしたアガタの様子にヒヨミは少し険しい表情になる。

 きっと、アガタにとって村から村へ、都市から都市へと渡ることはそう難しいことではないのだろう。気の向くまま、きっとこの寒い北風のように、勝手に吹いてどこかへと去っていく存在なのかもしれない。

 

 少なくとも、ヒヨミにはそう思えた。いつの間にか消えていなくなってしまうような、そんな雰囲気をアガタは常に纏っていた。

 

 そして、そんなアガタをどうにかつなぎとめておきたいと思うヒヨミは、とある妙案を思いつき、それを提案することにした。それが特大の爆弾であることも意識せず。

 

「アガタ、お願いがあります。私がこの村に戻ってきたら、一緒に暮らしてください」

 

「おう……。……は?」

 

「一緒の家で暮らして、一緒の家でご飯を食べて、一緒にお風呂に入って、一緒の布団で寝てくださいと言っているのです」

 

「……はあああああああ!? おま、おまえ何言ってんの!? ば、バカじゃねーのか!?」

 

「お前でもばかでもありません。ヒヨミです」

 

「ほっほ。情熱的な告白じゃのう」

 

「あらやだ、女の子の方から言わせるなんてどうなのアガタ?」

 

「ダメねぇ、わたしゃ若いころは男から猛アタックしたものよ~」

 

「男気をみせるのじゃアガタよ」

 

「バーちゃんもジーちゃんもうっせえええええ!?」

 

 突然のヒヨミのまっすぐな告白にアガタはしどろもどろになり、一体どうしてそんな話になったのかと混乱するしかない。

 目の前で愛の告白をした少女ヒヨミはというと、自身が口走った言葉が周囲に何やら大げさなほどのどよめきを引き起こしたことに首を傾げている。

 純粋に何がいけなかったのかと疑問に思っている顔で、照れているようにも恥ずかしいようにも見えない。

 だがそれは当然だ。ヒヨミは恋愛感情などではなく、いつか居なくなるかもしれないアガタを繋ぎとめる為に先の発言をしたのだ。羞恥心などあるはずもない。

 

 この村に帰ってくる、そしてアガタに加護を与えるというかつてのヒヨミの発言はまだギリギリ許容範囲内であったアガタも、今回ばかりは嗚咽を漏らさずにはいられない。顔が真っ赤になって恥ずかしくて死んでしまいそうな表情をしている。

 

「くそう……なんでこんなことに……」

 

「大変ですねアガタ」

 

「お前の――ヒヨミのせいだけど!?」

 

「お前ではありませんヒヨミです」

 

「言い直し不許可!?」

 

「ほっほっほ。若い若い……それよりアガタよ、もう警邏の時間ではないのかの?」

 

「ああっ! 忘れてた! オッちゃん行ってくる!」

 

「待ってくださいアガタ、私も行きます」

 

 二人連れ添うように村の外へゆく姿に、鍛冶師の男性は眩しいものを見つめるように目を細める。

 

 ヒヨミにどれほどの日ノ巫女の力が宿っているのかは未知数だ。他者にその力の断片を付与する加護はそれ相応の高等技術であり、訓練ではどうにもならない才能のたぐいだ。

 そして首都にある日ノ巫女保護機関は日ノ巫女の保護に関してはかなり積極的で、未熟であったり、日ノ巫女ではあるが低い才能しか持ちえない者は首都外へと放り出すことはない。

 

 もし、ヒヨミが日ノ巫女として低い才能しか持ちえないのならば、そのまま保護という名目で一生首都から出られない生活が待っているかもしれない。

 

「……"日ノ神宮(ひのかみぐう)"は日ノ巫女に対して過保護なところがあるからのう……保護機関じゃから仕方ないが……」

 

 すれ違う村人に手を振り駆けていく二人。男性は空を見上げ、分厚い雲の向こうにあるはずの太陽に祈る。

 いつか二人が再開する未来をと、願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずずず、と雪が滑り落ちる光景をヒヨミは青ざめた顔で見下ろしていた。

 

「あ、アガタ……」

 

「離すんじゃねーぞ。しっかりつかまっとけ」

 

 氷の床にパックリと口を開いた巨大な亀裂(クレバス)。それはこの世界において最もポピュラーで、最も致死率の高い罠だ。

 太陽の光によってわずかに溶解する氷はその瞬間巨大な割れ目を形成し、その後降る雪で覆い隠す。内部はまるでガラスの破片のように鋭利な氷が伸び、それは歪な剣山の置かれた落とし穴のようだ。

 

 そこに運悪く踏み込んだヒヨミは音もなく割れ目に落下した。本来ならば落下途中に側面の氷によって体をズタズタにされ、落下の衝撃と氷の刃によってバラバラになっていただろう。だが、間一髪のところでアガタが落下するヒヨミの手を取る事ができた。

 

 

「待ってろ、今持ち上げる……うおっ!?」

 

「きゃあ……!?」

 

 そのままヒヨミを割れ目から助け出そうとするアガタだが、突然雪をまき散らす突風に晒される。バランスを崩したアガタはそのままヒヨミと共に割れ目の中へと落ちてしまう。

 

「くっ! ヒヨミ!!」

 

「アガタっ!」

 

「手を外に出すな! 出来るだけオレの体にくっつけ!」

 

 片手で槌を割れ目の壁に打ち付け、もう片方の手でヒヨミを抱き寄せ包み込む。アガタの耐寒装備は寒さを防ぐだけでなく、このような場合に備えての耐刃性能も備えている。村の外に出る場合ヒヨミも耐寒装備を身に着けているが、アガタのようにウィンディゴと直接戦うわけではないヒヨミの装備には耐刃や耐衝撃性能は備わってはいない。アガタがヒヨミを抱き寄せたのもそれを知って、出来るだけヒヨミが傷付かないようにと考えた結果だ。

 

 槌でスピードを落とし、防具に傷を付けながらも二人は徐々にクレバスの奥へと落ちていった。

 

 

(つつ)……はあ、また同じような状況になっちまったな……」

 

 二人が落ちた場所は広い空間になっていて、前と後ろに通路があり階段も見える。もちろんすべて凍っているが。

 どうやらそこはかつて地下鉄として機能していた施設のようだった。本来存在していたであろう備品はすべて朽ちて氷の中に埋没し、今では大きな地下空洞となっているだけだ。地上のクレバスにつられるように凍った大地まで裂け、地上から地下鉄までの竪穴が出来てしまったようだ。

 

「アガタ! アガタ大丈夫ですか!?」

 

「おいおいそんな慌てんなって。これくらいの落下、何度か経験してっから大丈夫だって」

 

「全然大丈夫じゃありません……! ……ごめんなさいアガタ、私のせいで……」

 

 ほとんど顔色を変えないヒヨミが目に涙をためている。そんな様子にアガタは目を丸くする。今まで多少の感情の起伏は見て取れたヒヨミだが、ここまで取り乱しているヒヨミを見るのは初めてだった。

 

 激しい感情の発露により頬を少し赤くして大粒の涙をいくつも零すヒヨミ。その涙はヒヨミの体から離れた瞬間に外気で冷やされ氷の粒となる。もしヒヨミが日ノ巫女でなけば涙は瞳から溢れた瞬間凍り付いてしまうだろう。

 

 それは日ノ巫女としての力が現れ始めている証でもあった。アガタと共に危機的状況となったことが、ヒヨミに日ノ巫女としての力を発現させるきっかけとなり始めていた。

 

 だが、アガタはそんなヒヨミの能力の発露に気が付かない。鍛冶師の男性ならば察せただろうが、日ノ巫女というものをほとんど知らないアガタには無理な話だった。

 

 ここまで落下していた時以上の力で自身を抱きしめるヒヨミを安心させるようにアガタは軽い口調で話しかける。

 

「何言ってんだよ、あそこにクレバスがあるなんて誰にも分かんなかったって。それに謝らねーといけねーのはオレの方だって。体持ってかれるほどの突風とかマジで……ん?」

 

 頭上のクレバス、そこから見える曇った空を見上げながら先ほどの風の正体を考えるアガタだが、その疑問はすぐさま解消された。それも、最悪な形で。

 

 クレバスから見える空を、遮るほどの巨大な何かが唐突に横切った。それは空を自由に飛び回り、吹雪を呼び寄せると言われている大型のウィンディゴ。

 

「おい嘘だろ……なんでこんな村の近くに氷翼竜(アイスワイバーン)が……!?」

 

「氷翼竜……?」

 

「京都の北部に居座ってるバケモンだ。空飛べるってだけでも厄介なのに、他の大型よりも凶暴で頭がいい……他のウィンディゴの縄張りが邪魔して村の近くまで来れねーはずなのに……!」

 

 青白い鱗に覆われた巨躯と氷よりも青白い牙と爪、底冷えするほど冷ややかな眼光が周囲を圧倒する。この周辺でも頭一つ飛び出た凶悪さを持つ氷翼竜は、人を襲うことにも積極的で凶暴だ。それでも多数のウィンディゴを同時に相手出来る程ではなく、故に村へ氷翼竜が襲来したことは無い。村へ来るにはいくつものウィンディゴの縄張りを横断していかなくてはならないからだ。

 

「ちっ、急いで戻るぞ! アレが飛んでった先は村だ!」

 

「は、はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんと……あれは北の翼竜か……!」

 

 凄まじい唸り声が村に木霊し、鍛冶師の男性はかつての経験からそれがウィンディゴのものであると判断した。それもかなり強力な個体であろうことが、空気中の水分が凍り付きダイヤモンドダスト現象を引き起こしていることで理解できた。

 

 すぐさま現役時代に使っていた槌を手に取り、外へと飛び出す男性は、混乱し逃げ惑う村人の中で、こちらへ悠然と歩を進める人物を見た。

 

「……少しばかり早く到着したのですが、これは一体……?」

 

 その人物はまだ若い青年だった。身に着けている鎧はわずかに青く光を反射し、それだけで氷を用いた対魔物用の防具だと分かる。腰にさげた剣も華美な装飾が施されてはいるが、かなりの業物だと理解できる。

 装備だけでなく、青年自身も体つきが良く、一目で厳しい訓練を乗り越えた選ばれたエリートであると窺えた。その出で立ち、立ち振る舞いはまさしく騎士のそれだった。

 

 すぐさま男性は困惑する騎士の元へ赴き、状況を説明する。

 

「もてなしも出来ずに申し訳ありません氷砕騎士様、先ほどの唸り声は恐らく北の氷翼竜のものかと」

 

「なるほど……あなたがこの村の氷砕師ですか?」

 

「いえ……ワシはただの鍛冶師ですわい。この村の氷砕師は今日ノ巫女様と共に村の外に」

 

「どちらにおられるか分かりますか」

 

「北の出口から戻ってくるかと」

 

「分かりました。氷翼竜は私とその氷砕師で何とかしましょう。皆さんはどうかご自宅に避難を」

 

 その短い説明といくらかの質問だけで氷砕騎士は現状を理解したようだった。村の戦力から氷翼竜の能力を比較し、その結果氷砕師との連携で氷翼竜を追い返せるだろうと騎士は男性に説明し、村人たちに安心するようにと言い出した。

 

 その落ち着いた声と自身のある顔は、確かに村人を安堵させるに十分な効果を発揮した。

 

 そしてある程度村の混乱が収まろうとしていた時、地下鉄から脱出したアガタとヒヨミがそこへと合流した。

 

 

「おじさま! ご無事ですか!?」

 

「おっちゃん! さっき氷翼竜が! ……って、この人は?」

 

「おおアガタにヒヨミ、良かった無事じゃったのじゃな。こちらは首都から来られた氷砕騎士のお方じゃ。アガタ、アレをどうにかするのを手伝って頂けるとのことじゃ」

 

「マジ!? そりゃいい! じゃあ、騎士サマよろしくな!」

 

「ああ……此方こそよろしく頼む。まず、氷翼竜を確認できる、何処か村から離れた場所は無いかい?」

 

「アガタ、あの丘なら……」

 

 騎士の質問にヒヨミが恐る恐る答える。村を一望でき、村から離れた例の丘ならば、確かに騎士の要望通りの場所と言えた。

 

「だな、付いてきてくれ騎士サマ! ヒヨミはここにいろ、おっちゃん達を頼んだ!」

 

「あ、待ってくださいアガタ!」

 

 一人駆け出していくアガタに付いて行きたいと声を上げるヒヨミだが、それを騎士が優しく押しとどめた。

 

「ヒヨミ……なるほどあなたがこの村で発見された日ノ巫女様ですね。どうかここは私と彼に任せてください。彼は氷砕師としての経験はありそうですし、私も氷砕騎士としてウィンディゴとの戦闘経験はそれなりにあります。どうかご安心を」

 

 人を安心させる笑みで、騎士はヒヨミにそう言った。

 初対面の人物になぜかかしこまられている事に戸惑うヒヨミだが、それでも精一杯目の前の騎士へと頭を下げ、願う。

 

「あの……どうかアガタをよろしくお願いします」

 

「ええ、もちろん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 丘の上にやってきたアガタと騎士は村の上空を旋回する氷翼竜の姿を見た。上空にいる氷翼竜はこちらからでは手が出せない高度を悠々と飛行している。だが翼竜種は飛行能力以外にも厄介な能力を保有している。

 

「雪降らせてやがんな……村、沈めるつもりかよ」

 

「浸食する氷の成長速度が異常だ。既に村の出入り口は氷で封鎖されているだろう」

 

 ウィンディゴは氷より生まれる魔物であり、体が大きければ大きいほど生まれる為に必要な氷の塊は大きくなければいけない。氷塊とはウィンディゴの生まれる卵のような存在なのだ。

 そしてその体が大きければ大きいほどもちろん戦闘能力は高くなるし、特殊な能力を保有する確率も高くなる。

 目の前にいる氷翼竜の保有している能力はその翼から極低温の風を生み出すことだ。上空からその風を吹き降ろし、村そのものを凍らそうとしている。

 騎士が言ったように既に村の通路として機能している氷洞は異常成長したつららによって完全に閉じられ、村人が村から逃げる手は無い。

 

 氷翼竜はそうやって一か所に獲物を集め、ゆっくりと喰らうのだ。

 

「さてと、それじゃあどうするよ騎士サマ」

 

「ふむ、まさか翼竜種がいるとは予想していなかったからね。"銃"のたぐいも用意が無い。氷翼竜ともなれば普通なら撤退するところだが……村の直下ならそうもいくまい」

 

「だな……」

 

「だが、手が無いわけじゃない。少し待っててくれ」

 

 そういって騎士はアガタの後ろで何やら作業を始めた。アガタはそれを見るよりも村の上空を旋回する氷翼竜を監視することを優先した。

 

「しかし、なんでこの村に氷翼竜が……? 他のウィンディゴの縄張り無視して来るなんて……いや、ちょっと待てよ。縄張りを通過してんなら他の魔物だってこの村についてきてるはずだ。なのに村の周りで確認出来んのはあの氷翼竜だけ……? まさか……」

 

 氷翼竜が他のウィンディゴの縄張りを通過したならば、その縄張りの主が翼竜を排除しようと動くはずだ。だが、氷翼竜は他のウィンディゴに攻撃された気配は無いし、氷翼竜を追って村へ襲来したウィンディゴもいない。

 それはつまり、氷翼竜が住処からこの村まで南下するまでの間、氷翼竜を遮る障害が存在しなかったということだ。

 

「……比較的温厚な村周辺のウィンディゴが……狩られている……?」

 

 アガタの想像通りなら氷翼竜が自然にこの村に到達することは出来ない。

 だが、故意に氷翼竜と村との間のウィンディゴを狩り、人を襲うことを本能とする凶暴な氷翼竜をこの村へ誘導することは出来る。

 

 そして、それが出来る存在はかなり限られている。狩ったウィンディゴの縄張りに、新たなウィンディゴが住み着くより早く氷翼竜と村との間のウィンディゴをすべて狩る。

 それが出来るのは、元氷砕師である鍛冶師の男性か、現役の氷砕師であるアガタか。

 

 もしくは、目の前の……。

 

「……おい、氷砕騎士サンよ。アンタちょっとばかしこの村に来るの遅かったんじゃね? おっちゃんはここから首都まで数週間程度っつってたけど、アンタひと月はかかってたよな? ……一体なんでそんなにかかったんだ――」

 

 アガタは後ろで何かの作業をしていた氷砕騎士へ問いかける。今だ上空の氷翼竜の様子を見ながらのアガタには騎士が何の作業をしているのか分からないが、問いかけに反応がないことに疑惑は深まる。

 

 そして、アガタがたまらず騎士へ振り向こうとした瞬間。

 

 アガタの胸から氷の刃が生えた。

 

「がっ!? く、この……てめ、なにを……!」

 

「なるほど。氷砕師など野蛮なだけの存在だと思っていたが、存外頭が回るじゃないか」

 

 アガタの胸から生えた氷の刃は真っ赤な血に濡れ、その雫は氷の地面へと落ちていく。それは氷砕騎士が持つ、氷を加工して造られた剣だった。

 

 アガタはそれに胸を抉られたのだ。

 

「お前の考えている通りさ。アレをこの村まで誘導したのは私だ。上手く私の到着と共に襲いに来てくれるとは、一週間かけて準備した甲斐があった」

 

「なん、で……ンなこと……!」

 

「そりゃあ、日ノ巫女がいるからさ」

 

「ヒヨミが……? があっ!?」

 

 氷砕騎士はアガタに突き立てていた剣を勢いよく引き抜き血を払って鞘へと戻した。"栓"を抜かれたアガタの胸からは大量の血が一気にあふれ出し、地面を濡らしていく。

 思わず傷口を両手で塞ぐが、その程度で止血できるほどの傷ではない。胸から背中まで貫通し、開けられた穴はとめどなく血液をあふれ出す。

 

「知ってるか? 日ノ巫女の加護ってのはなぁ何人もの日ノ巫女を使って"重ね掛け"出来るんだよ。日ノ巫女を管理してる日ノ神宮って機関が騎士の中でも成績優秀なヤツを選んで、加護を与えんだ。大型の魔物を単独で狩ったり、大規模な作戦の指揮を執るような成果を上げた騎士はどんどん与えられる加護が増えていく。加護がふえりゃその分ウィンディゴに遅れを取るようなことは無くなるが、それ以上に重要なのは、加護の数が騎士団の中でのステータスになるっつうことだ」

 

 アガタの出血は止まらない。膝をつき息も絶え絶えではあるが、それでもアガタは目の前にいる騎士を睨みつけ、手元に落ちていた槌へと手を伸ばす。

 

「ははっ、元気だねぇ、もうすぐ死ぬってのに。その出血ならもう一時間も持たないだろうなぁ」

 

「クソ野郎が……ヒヨミは……てめえみたいなヤツには、渡さねえぞ……!」

 

「ふん、見たところ加護無しの氷砕師か……ただのガキじゃないか。寝とけ」

 

 騎士はアガタの胸の傷口目掛け蹴りを入れる。必死に両手で衝撃を抑えようとするが、もはや力の入らないアガタはそのまま蹴り上げられ、完全に倒れこんでしまう。

 息は荒く、どくどくと傷口が脈打つ嫌な感覚に鳥肌が立つ。じんわりと脂汗が伝い、痛みと混濁する意識に声を出すことすらままならない。

 

「日ノ巫女はどうでもいいが、加護は欲しい。今の俺は二つの加護を持つ"二奉"の氷砕騎士だ。これがあのヒヨミとかいう日ノ巫女を利用して"三奉"の氷砕騎士になりゃあ、騎士団の中でも上位の存在になれる……! さらに俺の計画通り三奉になった俺の力で氷翼竜を討伐すりゃあ、その功績を認められて四奉の氷砕騎士になるのも夢じゃねえ!! 四奉だぞ! 四奉! 今の氷砕騎士団長に迫る称号だ!」

 

 氷砕騎士はまるで自慢するかのように自身が企てた計画の内容を語りだす。

 

 まず、北の地に居座る氷翼竜を煽り、村へと誘導する。そして何食わぬ顔で村に襲来した氷翼竜を討伐しながら、混乱に乗じて邪魔な氷砕師を殺し、目的の日ノ巫女を拉致する。

 あとは目撃者を葬るために村ごと氷翼竜に処理してもらう。

 

 首都への報告は『既に自身が村へ訪れた時には村は氷翼竜に滅ぼされており、日ノ巫女も行方不明だった』と言えばいい。こちらは日ノ神宮の管理外の日ノ巫女を手に入れられるし、首都からは村を滅ぼした凶悪な氷翼竜を討伐した英雄として認識される。

 

「外道が……氷砕騎士ってのは、てめえらみたいな……やつらばかりなのかよ……!」

 

 アガタは口から血を吐きながらもその眼はしっかりと目の前の騎士に向けていた。村を何の罪悪感も無く滅ぼそうとして、私欲の為にヒヨミを手に入れると言う。

 その、人の命をただの道具のように考える目の前の騎士をアガタは射殺さんばかりに睨みつける。

 

「おいおい、地べた這いずってなに言ってんだガキ。もうすぐ死ぬくせによ……まあ、まだ死んでもらっちゃ困るんだがな。ウィンディゴに殺された奴は瞬間的に氷症を発症して氷像になる。つまり、ここでお前が死んじまったら只の肉の死体が残っちまう。それじゃあ"氷翼竜に襲われ全滅した村"っつう言い訳ができなくなっちまう。せいぜいしぶとく生きて、アレに喰われてくれな?」

 

 もはや視界がぼやけて騎士の姿を見ることすら出来ない。アガタは遠ざかっていく足音を聞きながら村の人間と、ヒヨミの事を思い続ける。だが、それも数舜のことで、すぐさまアガタの意識は暗く沈んでいった。

 

「くそ……まて、……くそお……おっちゃん……ヒヨミ……」

 

 アガタの体は冷たくなり、そして動くことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「氷砕騎士様!」

 

「皆さんご安心を、準備は整いました。今からあの魔物の討伐を開始いたしますので、皆さんは家に非難を」

 

 村に戻った氷砕騎士を鍛冶師の男性と村の住民たちが不安そうに駆け寄ってくる。それを安心させるように騎士は人当たりの良い美しい笑顔で落ち着かせ、各々の家へと戻るように説得していく。

 

 もはや氷翼竜によって村の出入り口は封鎖されている。今の状況を村の外へと伝えようとする人間はいない。唯一それが出来るだろう氷砕師は始末した。

 

 それが騎士に若干の余裕を持たせた。頭上を飛ぶウィンディゴはまだ自身だけでは太刀打ちするには難しいが、日ノ巫女を手に入れ、三重の加護を持った三奉の氷砕騎士となれば余裕で屠ることが出来るだろう。

 

 ならば、後は氷翼竜の食事をゆっくりと見学しながら最後の最後にそいつの首をはねればいい。騎士は舌なめずりするような気持ちの悪い目を目的であるヒヨミに向ける。

 

「もし、氷砕騎士様」

 

 だが、その前に立ちはだかる存在がいた。氷翼竜の存在で慌てふためく住民をよそにその老人、鍛冶師の男性だけは頭上よりも氷砕騎士に意識を割いている。その事実が騎士に予想外の苛立ちを覚えさせた。

 

「……なにか?」

 

「アガタはどうされましたかな? 貴方と共に丘に向かった氷砕師のことじゃが」

 

「……ふむ、彼なら先に村に戻っていると言って私より先に帰ったはずですが……どうやら氷洞で迷っているようですね。それよりも今は日ノ巫女様の安全が最優先です。さあ日ノ巫女様、どうか私の傍へ」

 

「……そうか。なるほどのう」

 

 内心の苛立ちを隠し、にこやかな顔のまま騎士は男性の横を通り過ぎヒヨミへと近寄ろうとする。だが、それを男性は手に持った槌で遮る。

 

「何をしているのですか?」

 

「アガタはのう、もう数年この村におるのじゃよ。村の者よりも外に出る機会が多くての。恐らく村の住民よりも氷洞の迷路について詳しいじゃろうなあ……そのアガタが、この村の危機であり、ヒヨミの危機であるこのタイミングで、初めて村に来たお主よりも遅れるはずが無いのじゃよ。それに」

 

 ぎちり、と男性の握りしめる槌から軋むような音が聞こえる。アガタの持つ槌よりも重厚なその槌を、我が手のごとく操る姿はまるで現役の氷砕師と言われても納得できる。老いが目立つ体躯であろうとも、その燃えるような瞳の光は決して失われていない。

 

「それに、お主、血の匂いがするぞ」

 

 瞬間、騎士は剣を抜き放ち、鍛冶師の男性へ切りかかった。まだ男性が口を動かしているタイミングでの袈裟切りはただの鍛冶師ならばなんの対処もすることなくその身に受けることになっていただろう。

 だが、彼は鍛冶師であるが、元氷砕師であり、そして歴戦だった。

 

「……ほう、今のを受け止めますか。……まったく、この村に氷砕師は一人じゃなかったのかよ」

 

 丁寧な言葉遣いを崩し、本性を現した騎士は抜いた刀を担ぎ、めんどくさそうに男性を見る。

 一連の攻防を見た周囲の村人は悲鳴を上げながら騎士から遠ざかり、様子を伺う。

 

「ほっほっほ。これでも昔は氷湖決戦でいろいろやっておったからのう」

 

「氷湖? 意味わかんねえ事言ってんじゃねえよ、さっさと死ね」

 

 不意の二撃目が男性に迫るが、それも容易く受け止める。次いで放たれた三撃目をそのままいなして勢いのまま騎士の鎧のつなぎ目に槌の石突を突き立てる。

 

「うおっ、あぶねえなクソが!」

 

 だが、それを騎士は鎧の上を滑らせるようにして衝撃を回避する。

 

 何度かの攻防が続き、戦いは家の外から村の広場へと移動していく。何が起こっているのか分からない住民もその様子を遠巻きにし、両者は一歩も譲らず互いに攻撃を繰り返し、それは苛烈なものへとなっていく。

 

 だが、やはり老いにより氷砕師を引退した男性には、現役の若い氷砕騎士の攻撃を受け流し続けることは難しい。

 

「オラオラどうしたよジジイ! 全然当たんねえじゃねえか!」

 

 余裕を見せる騎士だが、男性の戦い方は氷砕師の戦い方だ。小さな攻撃を続け、体力を少しずつ削るなどという戦法はウィンディゴには通用しない。ウィンディゴは大気中の微細な氷を取り込み、常に体力を回復し続ける。倒すにはその頭部を破壊するか、体の八割を破壊するしかない。

 つまり、男性が狙うは隙を見せた一瞬に叩き込む、一撃必殺。

 

「――むんっ!!」

 

 そして、その瞬間は訪れた。騎士の柔い剣筋を見切り、剣を槌の柄ではたき落とした男性は、その槌を騎士のこめかみへと叩きつけた。

 

 氷を合成して造られた鎧であろうとも、同じ氷の能力が付与された槌ならば破壊可能だ。あとはその槌に込められた破壊力が、鎧を貫通し騎士の頭部を完全に破壊する。

 

 はずだった。

 

「はいざんね~ん。二奉の騎士にそんなもん効くわきゃねーだろ」

 

「な!? がはっ!」

 

 確かに男性の槌は騎士の兜を破壊しその頭へ、したたかに打ち付けられた。ウィンディゴの頭部でさえ破壊可能な一撃を食らった騎士は即死級のダメージを負ったはずだ。だが、目の前の騎士の頭には傷一つついていない。確かに槌は騎士の頭に接触している。だが、衝撃は完全に無効化されていた。

 

 そのあまりにも非現実的な状況に男性は一瞬体が硬直する。そして、その隙を狙った騎士の袈裟切りが男性に吸い込まれ、鮮血が散った。

 

「おじさま!?」

 

 ヒヨミが悲鳴のような声を上げ、崩れ落ちた男性に駆け寄る。その体を支えようとしたヒヨミは流れ出る血液の暖かさと恐ろしいまでの鮮やかさに思わずえずく。口元を抑えるヒヨミへと、騎士が近づいてくる。

 

「大丈夫だって殺してねえって。ジジイは体力がねえからほんの少し浅めに切っただけだっつうの。ほら立てよ!」

 

「あうっ!」

 

 男性から無理やりヒヨミを引きはがすと、騎士はその手を掴み、自身へと振り向かせる。乱暴な手つきに思わずヒヨミは抗うが、少女と体躯の良い男性では力の差は歴然だ。助けようと騎士に近づく村人もいたが、体を動かした瞬間上空の氷翼竜が叫び牽制する。動き出した生きの良い者から喰らうということだろう。

 

「さあて、それじゃあ加護の授与と行こうじゃねえか日ノ巫女さまよお」

 

「いやですっ! アガタ! アガタぁ!!」

 

「だからガキは来ねえんだって! 今頃死んでんだろうよ! オラ早く加護を渡せっ!」

 

「知りませんっ、私加護の仕方なんて知らないんです……!」

 

「あ? チッ、これだから田舎の日ノ巫女はよお……ほら手出せ!」

 

「きゃ、いや!」

 

「日ノ巫女の加護はよ、こうやって肌と肌を合わせて、相手に自身の力の一部を渡すイメージをすんだよ。ほら早くやれ!」

 

「アガタ……アガタ……」

 

「アガタアガタうっせえんだよ!! 早くしろ! そこのジジイにトドメ刺しても良いんだぞ!」

 

「う、うぅ……」

 

 その言葉を聞いたヒヨミはちらりと男性を見る。まだ地に伏したままの男性は、ピクリとも動かない。本当に生きているのかすらも分からない。

 

 ヒヨミは男性を想い、アガタを想い、村の人々を想い、そして苦渋の決断を下す。

 

「……わかり、ました。あなたに、加護を、与えます……」

 

「はっ! 分かったならいいんだよ! ほらさっさとしろよ! 心を込めてていね~いにな」

 

「……」

 

 ヒヨミは騎士に教えられたとおりに加護の付与手順を進めていく。

 素肌と素肌を合わせるため、ヒヨミは騎士の手を取り、そしてその者へ自身の力の一部を分け与えるイメージを……。

 そしてしばらくして、騎士は驚くように目を見開き、そして静かに口を動かす。

 

「……こいつは、驚いた」

 

「……え」

 

「お前、日ノ巫女としての力、ほとんど無いのかよ……!」

 

「あ、ぐっ!?」

 

 騎士は苛立ち紛れにヒヨミの腕を掴み、そのまま放り投げた。ヒヨミの軽い体は

 騎士はこれまで二度、日ノ巫女の加護を受けている。そのため加護を受ける際の感覚というものを知っている。先ほど確かにヒヨミは心の底から騎士に加護を与えようとした。騎士も加護を受ける感覚を感じた。

 

 だが、騎士に加護が与えられることは無かった。それはヒヨミに、加護を与える程の日ノ巫女としての能力が無い事を意味していた。

 

「クソが!! クソクソクソ!! 此処までクソだりぃ事してやっと日ノ巫女を手に入れたと思ったのによぉ!! それがこんな能無しだと!? バカにしやがって!!」

 

「あっ! ぎゃ、うっ、ぐっ!?」

 

 怒りの収まらない騎士は続けざまにヒヨミを蹴り上げる。体を丸めて何とか凌ごうとするヒヨミを、騎士は容赦なく蹴り続ける。

 

「はぁ……はぁ……。……もういいわ、お前。もう死ねよ」

 

 冷ややかな目で騎士は剣を抜き、ボロボロになったヒヨミの首筋に当てる。

 

「無能がよ。お前なんて何の価値もねえんだよ!」

 

 そして、その剣がヒヨミの細い首へと迫る。逃げることも出来ないほどに疲弊したヒヨミの瞳に映るのは、私欲におぼれた騎士の姿と、青白い光を放つ刃。

 

 

 そして、"槌"

 

 

 

「うおおおおおおおおおっ!!」

 

 ヒヨミに迫る剣は寸でのところで割り込んだ槌によって阻まれた。柄の長い、赤く塗られた細身の槌は、その持ち主の声と共に、ヒヨミを守るために現れた。

 

「あ、……アガタ……!」

 

 ヒヨミの驚きと嬉しさの滲んだ声に応えるように、氷砕師アガタはヒヨミに優しく笑いかけた。

 

「よく頑張ったなヒヨミ、遅くなってすまねえ」

 

 

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