せっかく貞操観念逆転世界へ来たのに貞操観念逆転していない幼なじみに女の子との出会いを潰されている   作:耳野笑

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 前回のあらすじ!


 あなたは貞操観念逆転世界に転移した!
 
 前世で死に別れた幼なじみのナミネと再会! 喧嘩の末に一応仲直りを果たした!
 
 ナミネからパーティーに誘われたが、あなたは断った! 

 翌日、巨乳陽キャ美少女のモモにパーティーを組んでほしいと申し込んだのがナミネにバレた! ブチギれられ、あなたは第二の生に死刑宣告を下された!

 果たしてあなたは、おっぱいが大きくて可愛い女の子とイチャラブするというビッグドリームを叶えることができるのか⁉



第2話 男性免疫皆無系むっつりウンディーネ・マリン

 ――おっぱいが大きくて可愛い女の子とイチャラブしたい。だっけ? あは、ぜったいぜったいぜ~ったい許さない。女の子との出会い、全部潰してあげるからね♡

 

 安宿の布団の中で、あなたはナミネの宣告を思い起こす。凶悪で獰悪で邪悪な笑みが、頭から離れない。

 

(ナミネは……僕のことを許してなんかなかったんだ)

 

 それはそうだ。数年越しの因縁が、そんな簡単に解消される訳もない。

 

「でも、ナミネには屈しない! 僕は必ずおっぱいが大きくて可愛い女の子とイチャラブするんだ!」

 

 あなたは奮起する。ナミネの圧制を跳ね除けて、絶対にビッグドリームを叶えると心に誓った。

 

 *

 

 しかしその前に、クエストをこなしてお金を稼がなくてはならない。今のあなたは無一文。今日の宿代も食事代もないのである。

 ギルドの中でクエストボードを眺める。ナミネとの一件を見られているせいか、声を掛けてくる冒険者はいなかった。

 

「ん……?」

 

 あなたの二つ隣のクエストボードを見ながら、おろおろとしている女の子がいた。

 神秘の湖から掬い上げたような、清流を思わせる水色の長髪。髪色と尖った耳を見るに、ウンディーネのようだった。

 

(……)

 

 あなたは深呼吸した。

 すー。はー。すー。はー。

 

 そして、彼女に近付き――。

 

「……」

 

 そのままスルーして、隣のクエストボードを眺める。

 

 あなたは過呼吸だった。

 ぜぇ。はぁ。ぜぇ。はぁ。

 

 女の子に自分から声を掛けたことなど、前世では一度もなかった。

 心臓が暴れる。

 緊張で汗が流れる。

 怖すぎた。前世で培われてきた自信のなさは、一朝一夕に消えるものではなかった。

 

 それでも、こんなところで躓いてはいられない。

 米国のある有名な牧師はこう言った。私には夢がある(I Have a Dream!)

 米国のある有名な大統領はこう言った。私たちならできる(Yes we can!)

 

「あ、あの。何か困りごとですか?」

 

「ふぇっ……⁉」

 

 ウンディーネの女の子は驚き、うろたえた。

 

 正面から見た彼女は、綺麗だった。

 光り輝く水色の髪。透き通るような空色の瞳。女神像のような白磁の肌。

 そして何より、質素な装束を押し上げて自己主張する二つのたわわ。

 

「……あ、えっと、私、田舎から出てきたばっかりで、昨日冒険者になったばかりなんです。だから、どういうクエスト受けたらいいか分からなくて……」

 

「え、そうなの⁉ 実は僕も冒険者になったばっかりなんです!」

 

「えっ……そ、そうなんですね」

 

「あの、もしよければ、一緒にクエスト行きませんか?」

 

 女の子が目を見開く。強ばっていた表情がぱあっと明るくなった。

 

「い、いいんですか⁉」

 

「うん、せっかくだから一緒に行きましょう。新人同士のお付き合いってことで」

 

 あなたは手を差し出した。

 

「僕は○○です」

 

「私はマリンっていいます」

 

 柔らかくてひんやりとした手だった。

 

「マリンがよかったら敬語やめない?」

 

「ふぇっ……そ、そうだね」

 

 マリンはしどろもどろになりながらも、こくこくと頷いた。

 

 あなたは歓喜していた。こんな綺麗で可愛い女の子と一緒にクエストに行けるとは思っていなかった。人生初のナンパ(?)だったが、考え得る限り最高の結果だった。

 

 何分か相談して、あなたとマリンは運河での採集クエストを選んだ。受付で正式にクエストを受領する。

 

「じゃあ、行――」

 

「ふぇっ……⁉」

 

 あなたはマリンの腕を掴み、やや強引に訓練場へ繋がる通路に連れ込んだ。

 

「ど、どうし――」

 

 声を発そうとした彼女の口を抑える。

 

「静かに、おねがい」

 

 マリンはこくこくと頷いた。あなたは手を放す。

 

「今入ってきて入り口近くの席に座った女の人、見える?」

 

 あなたは通路に隠れたまま尋ねる。マリンはひょっこりと首だけ出して、その人物の姿を確認して、首をひっこめた。

 入り口近くでは、ナミネが座って人待ち顔をしていた。

 

「あの栗色の髪の人?」

 

「そう。あの人はとっても乱暴で乱雑な乱暴者なんだ。だから、絶対関わっちゃダメだよ」

 

「そ、そうなんだ。確かにあの人が入ってきてから、雰囲気がピリピリしてるね……」

 

「そうなんだよ。ホントに人類史上の最大の巨悪だよ。胸は小さいけど」

 

 モモの件が未だに心に残っていた。あのままパーティーを組めていたら、きっと仲良くなって、そのまま恋人になって、ほにゃほにゃするのも夢ではなかった(願望)。

 

 だからこそ、それを無惨に圧し折ったナミネは悪の権化なのだ。

 

 あなたとマリンは訓練場側の出入り口からギルドを抜けた。

 

 *

 

 あなたとマリンは運河に来た。採集対象は、武具の素材となる青い宝石である。

 

 あなたとマリンは少し離れて歩きながら、青い宝石を探す。

 

「うぅん……浅瀬だとあんまり見つからないね」

 

「そうだね……。……ッ⁉ ○○くん!」

 

 マリンが叫んだ。運河の中で、影が蠢いている。チョウチンアンコウを紫色に染めたような怪魚だった。

 直ぐ近くで怪魚が浮上し、あなたに襲い掛かる。マリンの魔法構築は間に合わない。

 

「神宮寺流――葉桜」

 

 しかし、あなたに積み込まれた剣の才は、自動で最適解を出力する。あなたは近くの流木を掴み、怪魚の顎を斬り上げた。

 鈍い音が響き、怪魚が打ち上げられる。ドブン! という音を立てて着水。怪魚は絶命していた。

 

 マリンは呆気に取られていたが、すぐに我に返りあなたの下へ駆け寄る。

 

「○○くん! 怪我してない⁉」

 

「平気だよ。大丈夫」

 

「よ、良かった……!」

 

 マリンは脱力した。ひどく不安そうな表情が、少しだけ緩む。束の間、マリンは視線を泳がせながら頬を赤く染める。

 

「うん……?」

 

 あなたの服が濡れて、肌にぴったりと張り付いていた。あなたにとっては何の価値もない光景。

 しかし、マリンにとっては垂涎の絶景。

 

 マリンは理性と誘惑の狭間で抗いながら、あなたの濡れた体をちらちらと見ている。

 

「た、大変だったね。怪我がなくてよかったよー」

 

 棒読みだった。

 

「あ、気が利かなくてごめんね?」

 

 顔を上げたマリンがすぐにマントを貸してくれる。あなたは体を隠しながら、人の目のない橋架下へと移動した。

 

 マリンは魔法で火を灯し、あなたの濡れた衣服を乾かしてくれる。

 

「ありがとう、マリン」

 

「大したことじゃないけど……どういたしまして」

 

 火を挟んで、身を寄せるように向かい合うあなたとマリン。マリンの視線は火の球を見たり、あなたの体を見たり、忙しなく動いていた。

 

「○○くん、強いんだね。びっくりしちゃった」

 

「まあ、スキルのおかげだね。色んな剣士の剣技を使えるんだ」

 

「そうなんだ……す、凄いね」

 

 マリンは何気なく話してる風を装って、じっとあなたの胸を見ていた。もうすぐ服が乾き切ってしまうから、そのまえにまぶたに焼きつけようとするかのように。

 

 あなたの中の悪魔がささやく。あなたはさっと胸を隠した。

 

「マリンのエッチ」

 

「ふぇっ……⁉ ご、ごめんなさい!」

 

 赤くなっていたマリンの顔が途端に青褪めた。頭を下げて、精一杯の謝意を示している。

 

「うそうそ。冗談だよ、別に気にしてないから」

 

「えっ……? お、怒ってないの?」

 

「全然怒ってないよ」

 

 マリンはそう言われてもまだしょぼんとしていた。無理もなかった。童貞が女子に「胸見てるのバレバレ(笑)」なんて言われた日にはしばらく落ち込む。怒られなくても、精神的には沈む。

 

 服が乾いて、クエストを再開してからも、マリンはほぼ無言だった。気まずい雰囲気が流れる。

 あなたは少し後悔していた。相手は自分と同じ、か弱い童貞なのである。自尊心を傷つけるようなからかいは控えるべきだった。

 

 沈黙のままに青い宝石を回収し、ギルドへと戻った。クエストが終わり、無事に報酬金が支払われる。

 

「あ、えっと、私はこれで……」

 

 マリンは一人になりたいというオーラを出していた。しかし、ここで逃がしたらもう会えない気がして、あなたは彼女の袖を掴んだ。

 

「え、えっと……?」

 

「一緒に食事でもどうかな?」

 

「え、う、うん……!」

 

 マリンは複雑そうな表情をしていた。館内の食堂で一緒に夕食を取る。

 

「ねえ、マリン。僕のこと嫌いになった?」

 

「ふぇ⁉ う、ううん! ぜんぜん! なんでそんなこと思ったの?」

 

「変な冗談で気を悪くしちゃったかなって……」

 

「いや本当にあれは私が悪かったから!」

 

「ううん、マリンくらいの年齢の女性なら、異性の裸に興味があるのは当たり前だもん。健全だと思うよ」

 

 マリンは信じられないものを見るような目であなたを見る。男女比がやや偏ったこの世界で、ここまで女性の性欲に理解がある男性は珍しかった。

 

「も、もしかして美人局……? 右も左もわからない田舎娘だから嵌められかけてる……?」

 

「ち、違うよ⁉ 本当にただマリンと仲良くなりたいだけだよ!」

 

「あ、結婚詐欺の方だった……? それとも遺産狙い的な……?」

 

「違うって!」

 

「じゃあモテ期なのかな?」

 

「いきなり大きく出たね???????」

 

 とはいえ、あなたがマリンを可愛いと思っているのも事実。そうでなければ、ナンパなんてしない。

 

「でも、あんまり間違ってないね。マリンが可愛い女の子だから気になったし、あわよくばパーティー組めたらなって思ったんだ」

 

 マリンが小さく笑った。どこか乾いたような、虚しい笑顔だった。

 

「ありがとう。○○くんみたいなカッコいい男の人にそう言ってもらえて、お世辞でも嬉しいよ」

 

「……お世辞じゃないんだけどね」

 

 あなたは少し唇を尖らせた。もし立場が逆だったら、絶対本気にする。マリンのような美少女から褒められたら、すぐ真に受けて恋をするだろう。

 しかし、マリンはそうではなかった。お世辞でも、という言葉が出たのはその卑屈さ故か。

 

 あなたとマリンは夕食を食べ終えた。あなたは立ち上がる。

 

「じゃあお金払ってくるから、マリンは先出てて」

 

「えっ……? わ、私が払うよ?」

 

 本気で困惑している様子のマリンを見て、ナミネが言っていたことを思い出した。

 

 ――この世界の男って、みんな守られる側の意識なんだよね。歩幅合わせないと不機嫌になるし、奢られるのが当たり前って思ってる。

 

「誘ったの、僕だよ?」

 

「でも、男の人との食事なら女の方がお金出すべきだもん。特に、今回は初回だし」

 

 マリンが当たり前のように二人分の代金を払った。あなたは何とも言えない表情で、それを見ていた。

 あなたとマリンは外に出た。空はすっかり真っ暗だった。

 

「次からは絶対割り勘ね」

 

「う、うん……!」

 

 マリンの顔がぱあっと明るくなる。『次』があることを喜んでくれているようだった。

 

「○○くん、宿まで送っていくよ」

 

「あぁ……本当に逆なんだぁ……」

 

 まだ慣れない。ずっとこそばゆさと違和感が付きまとってくる。

 

「い、嫌だった?」

 

「ううん、お言葉に甘えることにしようかな」

 

 あなたとマリンは街を歩き出す。目に優しい洋灯の光が、街道を照らしている。夜の空気は澄んでいて、肺に吸い込むと涼しくて気持ちいい。

 

 派手派手しい南国風の外装をした店から、腕を組んで歩く男女が出てきた。男の方は服をはだけさせ、女の方は上気していた。

 

 色宿――男が春を売り、女が一夜だけ男を買う、売春宿である。

 

 あなたは懲りずに、マリンをからかおうと尋ねる。

 

「あのお店、なんのお店なんだろうね?」

 

「ふぇっ⁉ あ、あのお店は、その……男の人が女の人と仲良くするお店、かな……?」

 

 マリンは顔を真っ赤にしながら、たどたどしく答える。

 

「へえ、楽しそうだね。マリンは行ったことあるの?」

 

「な、ないよ!」

 

「そうなんだ。今度一緒に行ってみる?」

 

「い、行かないよ! あそこはそういうんじゃなくて……その、大人のお店なの!」

 

「大人のお店って、どんなことするの?」

 

「えっと、だから……」

 

 にやにやしながら聞くあなたを見て、マリンは憤る。

 

「も、もう! ○○君、私のことからかって遊んでるよね⁉ 根暗女を弄ぶのそんなに楽しい⁉」

 

「ち、違うよ! なんか、その…………」

 

「その?」

 

「マリンの反応が面白くて……」

 

「じゃあ違わないじゃん! それを弄ぶっていうんだよ!」

 

 ぷんぷんと怒るマリン。色白の肌が真っ赤に染まって、長い耳まで赤くなっている。

 

「ごめんね。マリンが可愛くて」

 

「ずるい……! それ言えば許される美少年ずるい……!」

 

 そうこうしている間に、あなたとマリンは宿に着いた。

 楽しかった一日も、これで終わり。そう思うと、あなたはひどく寂しい気持ちになった。

 

「じゃあ、また明日――」

 

 突然、激しい雨が降り始めた。あなたとマリンは宿に入る。しばらく待ってみたが、雨の勢いは全く落ちなかった。

 あなたは女将さんに尋ねる。

 

「女将さん、開いてる部屋ありますか?」

 

「いや、全部埋まってるよ」

 

 あなたとマリンは顔を見合わせる。彼女は困ったような顔をしていた。

 その時、あなたは閃いた。

 

「あ、僕の部屋にマリンも泊めるってアリですか?」

 

「えっ」

 

 マリンがぎょっとしてあなたを見る。

 

「アンタがそれでいいんならいいんじゃないかい?」

 

「ありがとうございます、女将さん」

 

「えっ、ちょっ、えっ……?」

 

 マリンはあわあわとしながら、あなたの袖を掴む。

 

「な、何考えてるの⁉ 男女が同じ部屋で寝るなんて色々問題だよ!」

 

「僕を送ってくれたからこうなっちゃったんだし、責任は取らせてほしいな。でも、マリンが嫌ならやめるよ?」

 

「私は平気というか……望むところというか……」

 

「ならいいよね? 行こっか」

 

 あなたはマリンの手を握って歩き出す。

 

「ふぇ、ふぇぇ……」

 

 *

 

 あなたとマリンは湯浴みをして、個室に戻ってきた。マリンはがっちがちに緊張して硬くなっていた。

 あなたとマリンはベッドに座る。マリンは下心ありませんよアピールなのか、大分距離を置いて座った。

 あなたは思いっきり距離を詰める。

 

「いらっしゃいませ~お客さん。○○です、お隣失礼しますね?」

 

 あなたはマリンのすぐ隣に身を寄せ、彼女の左腕に抱き着いた。マリンの顔がゆでだこのように真っ赤になる。目を見開き、体が石化したように固まる。

 

「ほ、ホストさんの真似?」

 

 マリンは平気そうな顔で、なるべく平淡な口調でそう言った。

 

(これ、あれだ……! 女の子からの予期せぬ接触に内心喜びながらも、さも気にしてない風を装っちゃうあれだ……!)

 

 あなたは気をよくして、マリンにますます体を寄せる。できるだけ胸を左腕に押し付けるように。

 マリンが表情筋を制御しきれず、口角が少しずつ上がっていく。彼女の喜びと興奮が伝わってきて、ますますサービスしたくなる。

 

「お客さん、可愛いですね。こういうお店初めてですか~?」

 

「う、うん」

 

「やったあ嬉しいです。僕がマリンちゃんの初めてになれるんですね? 喜んでもらえるように、せいいっぱい頑張りますね?」

 

「……ごくり」

 

「あはは、なんちゃって」

 

 キャバクラ風接待をやめて離れる。マリンは目に見えてテンションが下がった。

 

「な、慣れすぎじゃない……? もしかして、そういうお店で働いてたことあるの?」

 

「え、ないよ」

 

「じょ、上手だね。もし○○君がホストだったら、私、毎日通い詰めて破産しそう……」

 

「ホント? ありがとう」

 

 調子に乗っただけだったが、かなりの好感触で気分が良くなる。

 

「もし冒険者業が上手くいかなくなったら、そういうお店で働こうかな」

 

「だ、だめ!」

 

 マリンが急に大きな声を出す。しかしすぐに申し訳なさそうな顔をする。

 

「あっ、ご、ごめんね。なんでもない、よ……」

 

「マリン、僕がそういうお店で働くの嫌?」

 

「……ごめんね。なんか、今の私キモかったよね?」

 

「ううん、気持ちは分かるよ」

 

 好きな女の子がキャバクラで、知らない男に媚びへつらうなんて、想像するだけで鬱になる。マリンがそういう感情に苛まれて苦しそうなのが、手に取るように分かった。

 

「だからっていうのも変だけど、一緒に頑張ろうね?」

 

「う、うん。頑張るよ!」

 

 マリンは笑顔で頷いてくれた。

 あなたは充足感に満たされていた。真っ当かどうかはともかく、人生で初めてちゃんと恋愛をしているような気がした。

 

「そろそろ寝よっか」

 

「私が床で――」

 

「自分が床で寝るからベッド使ってって譲り合うのはナシね。もう寝たい、疲れた」

 

「えっ」

 

 先手で床に寝るという選択肢を潰され、マリンは動けなくなった。

 

「おやすみ、マリン」

 

 あなたは狭いベッドに入って、背を向けた。マリンも恐る恐る毛布をめくって入ってくる。すぐ背中に人肌の熱が伝わってくる。女の子と一緒に寝ているという、非日常で非現実的な事実が信じられない。

 

(この世界に来て、よかった……)

 

 もう少しこの状況を楽しみたかったが、眠気がやってきてしまう。あなたはまぶたを閉じ、睡魔に身を委ねた。

 

 *

 

 真夜中。あなたは目を覚ましてしまった。

 

「んっ……っ……んんっ……♡」

 

 すぐ隣から、悩まし気な声が聞こえてくる。

 

(……寝言、だよね? なんてセンシティブな吐息なんだ全く。これじゃ眠れな――)

 

「うっ……♡ ○○くんっ……っ……あっ……♡」

 

 喘ぎ声に混じって、あなたの名を呼ぶ甘い声と、ぴちゃぴちゃという水音が聞こえてきた。

 

(うっそお……)

 

 背後の気配ががさごそと動く。少し毛布が引っ張られて、マリンが寝返りを打ったのだと分かる。

 

「○○くん……♡」

 

 マリンが体を近づけてくる。触れてこそいないものの、人肌の熱がすぐ傍にあるのが感じられる。

 あなたのうなじに鼻息がかかる。熱い吐息も背中を撫でてきて、くすぐったさで声が出る。

 

「っ……!」

 

「っ……! ○○くん、起きてる……?」

 

 マリンがびくっとして、小声で尋ねる。あなたはわざとらしく寝息を立てて、狸寝入りを続ける。

 

「よ、よかった……」

 

 『今、起きたらどうなるんだろう』という気持ちと、『このままマリンの痴態を見ていたい』という気持ちがせめぎ合う。

 

 そんな中でも、マリンは止まらない。

 

 水音が高鳴り、荒い呼気がますます早くなっていく。そして、ついに。

 

「っ……んぅっ……!」

 

 マリンの体がびくっと跳ねる。水音が止んだ。マリンの呼吸音だけが聞こえる。

 

「ふふ……○○くん……」

 

 マリンはそのまま心地良い脱力感に身を任せ、あっという間に眠ってしまった。

 

 あなたは一睡もできなかった。

 

 *

 

 朝。一階のラウンジで朝食を取る。

 

「○○くん、眠そうだね?」

 

 昨夜はお楽しみだったマリンさんが、心配そうに覗き込んでくる。

 

「あはは、その、うん……」

 

 爆弾過ぎて触れることもできなかった。というか爆発するなら思いっきり爆発してほしかった。喜んで誘爆されに行くのに。

 

「あ、○○じゃん」

 

 同じ宿で寝泊まりしている女冒険者に、あなたは声を掛けられた。筋骨隆々の強そうなお姉さんである。

 

「席、いい?」

 

 あなたはマリンを見た。彼女が頷くのを見て、「どうぞ」と着席を促す。

 あなたが移動して、マリンの隣に座る。テーブル席なので、2:1で向かい合う形である。

 

「昨日、『奏者(アマデウス)』がアンタのこと探してたぜ?」

 

「えっ」

 

「『絶対許さない……どこいったあの男……』とかぶつぶつ呟いてた」

 

「ひぇっ……」

 

「なんか前にも揉めてたけど、アンタと『奏者(アマデウス)』ってどういう関係なんだ? もしかして惚れられて粘着されてるとか?」

 

「幼なじみです。別に惚れたり惚れられたりじゃなくて、単に不仲なだけですよ」

 

「うわあ……『奏者(アマデウス)』に目を付けられてるとか、アンタも大変だな」

 

「あの……『奏者(アマデウス)』って……?」

 

 マリンが尋ねる。

 

「S級の冒険者には国から称号が与えられるんだって。昨日見たあの女の子は『奏者(アマデウス)』って呼ばれてるんだよ」

 

「称号……なんだかカッコいいね」

 

 サンドイッチを食べながら、冒険者っぽい話に興じるあなた。

 

「マリンも称号欲しい?」

 

「ふぇ……? もらえるなら欲しい、かな」

 

「水魔法の使い手だから、『人魚』とかになるのかな? マリン、可愛いから似合いそう」

 

「ふぇっ……あ、ありがとう」

 

 マリンが顔を赤くしてうつむく。

 

「もしアンタだったら、『麗人』とか『傾国』になりそうだな。めっちゃ美少年だし」

 

「ぼ、僕がですか⁉ 嬉しいです……!」

 

 女冒険者さんの口説き文句に、あなたは驚きながらも喜ぶ。容姿を褒められたことなど、前世ではなかった。むしろ、常時変顔だとか、年老いたブルドッグだとか、一番失敗した時の福笑いだとか、心無い言葉で詰られたことの方が多かった。*1

 

 面映ゆくて頬を染めるあなたに、女冒険者さんは微笑んだ。

 あなたは今、『美少女なのにその自覚がなくて、褒められると恥ずかしそうに照れる大和撫子』みたいな理想の男性像そのままだった。

 

「私、今フリーだから、クエストで困ったら頼りにしてくれよな」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 マリンが隣で、面白くなさそうにあなたを見ている。半目になって、じっと圧のある視線を向けている。

 あなたは女冒険者さんと話を続けながら、テーブルの下でマリンの手に自分の手を重ねた。

 

「!?!?!?!?!??!?!?!?!?!??!?!?!?」

 

 マリンが声にならない絶叫を上げ、目を白黒させている。あなたは微笑みながらマリンに尋ねる。

 

「うん? どうしたの?」

 

「こ、この小悪魔……!」

 

 マリンが悔しげに小声でつぶやく。あなたは聞こえないふりをしながら談笑を続ける。

 

 時々甲をなぞったり指を絡めたりしてみる。マリンは男の子に触れられているという嬉しさと、弄ばれているという悔しさの狭間で揺れ動いていた。口角がにやにやと上がったり下がったり、顔を赤くしながらも睨んだりしている。

 

 やがて朝食を食べ終わる。女冒険者さんが立ち上がり、クエストを出かける。

 マリンは二人になったと同時に、大きなため息を吐いた。

 

「○○くん、私みたいな根暗女だからギリ許されてるけど、これ普通の女の子にやってたら即襲われてるよ? もうパクパクのペロリだよ?」

 

「マリンだからやってるんだよ?」

 

「ッ……! ムカつくのにカッコいいから余計腹立つ……!」

 

 マリンの葛藤に満ち満ちた表情が面白くて、あなたはつい笑ってしまう。

 

「○○くんの称号、『痴漢』とか『尻軽』でいいんじゃない?」

 

「それは嫌かもしれない!」

 

 軽口もそこそこに、あなたとマリンも立ち上がる。

 

「そろそろクエスト行こっか」

 

「そうだね」

 

 あなたはマリンに抱き着き、腕を組む。

 

「ッ……! こ、このままギルドに行くつもり?」

 

「うん。嫌?」

 

「嫌、じゃ、ないけど……」

 

 マリンは顔を赤くして、口元をにやけさせていた。まるで、モモに初めて抱き着かれた時のあなたのように。

 

 あなたとマリンは、仲睦まじい恋人のように、胸焼けしそうなバカップルのように、昨日色宿で見たあの男女のように、腕を組んで密着しながら宿を出た。

 

「――何してんの?」

 

 時が止まる。

 あなたの体温が凍り付く。

 そこには、阿修羅のごとき憤怒を露わにしたナミネが立っていた。

 

「女と一緒に宿から出てくるとか、いいご身分だね?」

 

「ひぃッ……⁉」

 

「S級の、『奏者(アマデウス)』さん……⁉」

 

「そう、この国に5人しかいない、最強の冒険者だよ。泥棒ネズミさん?」

 

 ナミネが暗い瞳で、マリンを威圧する。冥府へと繋がるほら穴のような、真っ黒でどす黒くグロテスクに濁り切った瞳だった。

 

 組んだ腕からマリンの震えが伝わってくる。しかし、彼女はあなたを庇うように前へ出た。

 

「マリン?」

 

「わ、わわ、私は、貴女と○○くんの間にどんな因縁があるのか分からないけど、でも、○○くんは傷付けさせない!」

 

「ま、マリン……!」

 

 臆病で、気が弱くて、特別な力もないマリンが、この国最強のS級の冒険者を相手に啖呵を切った。足も肩もぶるぶると震わせ、涙目になりながらも、あなたのためにナミネへと立ち向かったのだ。

 

怒りの日/戦乙女の黙示録より(ブリュンヒルディエス・イレ)

 

 雷鳴が轟いた。青空が一瞬で黒雲に覆われる。

 

 天罰のような雷が、あなたとマリンの眼前に降り注ぐ。

 

 鼓膜が破れるような衝撃。視界が真っ白に染まって戻ってこない。どうにか視界が戻ると、あなたとマリンの目の前には、焦土と化した地面があった。

 マリンの前髪は少し焦げて、蛋白質の焼ける異臭が漂っていた。

 

「……○○くん」

 

 マリンはあなたを振り返る。硬く透き通るような意志を宿した眼差しだった。

 

「ごめんね私まだ死にたくない!!!!! さようなら!!!!!」

 

「うそおおおおおおおおおおおおおおッ⁉」

 

 マリンは脱兎のごとく逃げだした。あなたは追おうとするが、その腕をがしっと掴まれる。柘榴石のような妖しい光を宿した瞳が、間近にあった。

 

「ねえ、あの女と同じ宿に泊まって何してたのかな?」

 

「い、いや、ちょっと……」

 

 あなたは腕の骨が軋むような凄まじい握力で引っ張られ、そのまま宿に連れ込まれる。

 

「ねえ、○○。今までの人生で一番痛い思いしたのってどんな怪我? その十倍は痛くなるように頑張るね♡」

 

「い、いやああああああああああッ! 誰か助けてえええええええええええええええええええええええッ!」

 

*1
全てナミネに言われた悪口である。




 『あなた』

 性別:男性
 種族:ヒューマン
 職業:冒険者(Fランク)
 備考:おっぱいが大好き


 『ナミネ』

 性別:女性
 種族:ヒューマン
 職業:冒険者(Sランク)――【奏者】
 備考:


 『モモ』

 性別:女性
 種族:ヒューマン
 職業:冒険者(Cランク)
 備考:巨乳


 『マリン』

 性別:女性
 種族:ウンディーネ
 職業:冒険者(Fランク)
 備考:たわわ
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