静寂の温度   作:山石 悠

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静寂(しじま)の温度 前

 それは知らない言葉の意味を調べるような出会いだった。きっとこれから何度でも起こり、覚えた意味すら忘れてしまうかもしれないような曖昧な記憶。

 俺達にとってそれは出会ったこと以上の意味なんてなくて、その経緯なんて思い出せもしなくなる。

 

「君が当番の人? 一年だよね?」

「うん」

 

 俺と笹森さんの出会いは本当にありふれたものだった。今ではもう思い出すのが難しくなるほどに。

 とはいえ長い時間の中では、どんな鮮烈な記憶だって薄れていくものだ。燃えるような熱は、長い日々の中に発散して戻ってこない。

 

「俺、二組の明石裕二。よろしく」

「三組の笹森結美です。よろしくね、明石君」

 

 だけど、俺と笹森さんの過ごした温度は寝ても覚めても俺達の中にあって。手を握ればいつだって二人の中で共有できる。俺達が生きている限り、この熱だけは決してなくなったりはしない。

 

 隣で本を読んでいる彼女の邪魔にならないように右手を握り直して、俺は暇つぶしに少しだけ思い返すことにした。

 俺達の黙りこくった体温に、とっておきの名前をつけるまでの日々のことを。

 

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

 

 放課後の図書当番とは暇をつぶすことと見つけたり、なんて思ったところで事態はまるで好転していなかった。

 

 初めての図書当番をどうにか三十分近くやり過ごした末に辿り着いた答えだが、それで残りの一時間がつぶせるのかと言えばたぶんそうではない。

 笹森さんを見習って本を読もうとして十分で力尽き、日誌やらを眺めているのにも飽きてきた。もうこれ以上やることもない。

 

 放課後、四時半から六時までの図書当番。

 今年から図書委員長の意向で放課後にも図書室が開けられるようになったことを、どれほどの人が知っているのか。その厳密な答えを俺は持ち合わせていないが、強いて言えばこの二クラスは入るであろう教室に、図書当番の二人しかいない事実が答えなんだろう。

 

 どうやら新学期早々に図書室で本を読もうなんて生徒は、この学校にはあまりいないらしい。

 みんな、部活の見学に行ったり、バイトを始めようと面接に行ったり、できたばかりの友達と帰りに遊んだりで忙しいに違いなかった。

 

 窓の外からは掛け声が聞こえてきて、そっと覗けば外では校舎の周りをランニングしている運動部の姿が見えた。

 買ったばかりであろう真っ白な体操服を着ている連中を見ていると、どうして俺はこんなところで意味もなく時間を浪費しているんだろうと思う。別にあの日々に戻りたいわけではないが、それでもこんな無為な時間を過ごしているという自覚を持ったままここにいたくはなかった。

 

 桜はもうほとんど散っているが、それでも春の残り香はまだあちこちにあった。新学期の浮ついた空気の中で、みんな新しい日々に必死だった。

 気の抜けるような金管楽器の音とか、妙に勢いのあるランニングの掛け声とか。この開店休業状態の部屋からでは決して出てくることのないであろう熱量が校内を覆っていた。

 

「…………」

 

 あの熱に懐かしさを覚えるが、もう俺はあそこに行くことはないのだと改めて自分に言い聞かせる。

 

 バイトをするため、高校では部活に入らないことにした。両立できるほどの要領がないことは自分で分かっていたし、最後の大会で燃え尽きてもう走る気にもなれなかった。

 ひと夏をかけてトラックを走ったあの日々の熱は、もう戻ってこないのだろう。

 

 走ることがなくなった俺は、もう形容のしようがない高校生でしかなかった。

 頑張ることに疲れてしまって、何かをしようという気が起きなかった。

 

 掛け声の聞こえる外も、話し声の聞こえる教室も。

 沈黙こそが正しいこの部屋でなら、燃え尽きて熱をなくした俺でもギリギリ存在を許容されているような気がした。

 

 

 

 結局、効率のいい時間のつぶし方なんて分からなかった。

 もらったばかりであまりよく見たことない教科書の中身を流し読みしたり、先に日誌をちょっと書き込んだりと、思いつく限りのことをしていた。

 どれも暇つぶしにはならなかったが、授業で出ていたアンケートをやりながら、そういえば宿題をやるのはありだなと思う自分がいた。どうせやらないといけないのだから都合がいい。

 

 時刻はもう六時になりそうで、俺は既に荷物をまとめ終わったが、笹森さんは相変わらず読書に熱中しているようだった。

 読みながら表情が変化しているところは本当に楽しそうで。その邪魔するのはなんだか憚られたが、かといって置いていくわけにもいかない。

 

 試しに少し笹森さんの方に近付くが、俺の気配に気付く様子はない。本を読んだりしないから分からないが、そこまで熱中するようなものなのだろうか。

 

「あの、笹森さん」

 

 そっと声をかけると、笹森さんがこちらを見た。

 少し焦点が合っていないような気がしたけれど、何度か強く瞬きをすると「どうしたの?」と尋ねてきた。どうやら状況を把握できていないらしい。

 

「いや、もう六時になるけど」

「え?」

 

 笹森さんは慌てた様子で時計を確認すると「ほんとだ」と呟く。

 

「ごめんね、ありがとう。明石君」

「いや、全然。……そんなに面白かったの?」

 

 あまり熱中しているので思わず尋ねると、笹森さんは困ったように頬をかいた。

 

「うん。でも、周り見えなくなるのは、それとは別でいつものことなんだけどね……」

「そうなんだ?」

「たまに、呼ばれても気付かないこともあって。これからもやっちゃうかもしれないけど、ごめんね」

「いや、全然」

 

 そこから会話は続かなかったので、話を切り上げて帰ることにする。

 

 お互いに相手がどういう人か分からなくて。だからこそ、何を話せばいいのか見当もつかない。

 変なことを言わないように気を使いあっているせいで、なおのこと会話が上手くいかなくなっていた。

 

 窓を閉じながら少しため息をつく。

 これから一年間の当番がどうなるのか、少しだけ不安だった。

 

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

 

 ゴールデンウィークも明けて、誰も来ない図書室の空気に慣れてきた。

 相変わらずこの部屋は俺と笹森さんの二人だけで、遠くからの部活の熱気が窓や壁越しに少しずつ伝わってくる。

 

 回数を重ねる中で俺と笹森さんが交わした言葉はあまり多くなかった。

 それは何を話せばいいのか分からないという戸惑いだったし、気まずさみたいなものだった。

 

「お疲れ様」

「う、うん。お疲れ様、明石君」

 

 挨拶をすれば返ってくる。だけど、それ以上会話は続かない。

 俺は席に座って宿題を取り出す。やはりこうしているのが一番時間を無駄にしないで済んでいるような気がする。

 

 笹森さんは受付にやってくると、カバンを置いて本の返却手続きをする。手慣れた様子で学生証と本のバーコードを読み込む。

 読む本には傾向などはあまり見受けられない。小説が多いくらいだと思うが、どうやらそうではない本も読んでいるらしい。

 

 手続きを終わらせると、そのまま本を棚に戻しに行く。

 借りた本の場所を覚えているらしく迷う様子もなく戻しているが、よく覚えられるなと思う。大雑把な位置くらいなら俺も思い出せるだろうが、どの本の隣だったかまでは覚えていないだろう。

 

 本を戻し終わると、今度はゆっくりと本棚を回って次に借りる本を探し始める。

 巡るコースは決まっているようで、図書室の端から端までを事件のヒントを探す探偵のように歩き回っている。

 笹森さんの歩き方はとても静かで足音がまるでしない。普段はそうでもないからこうして本を見て回っている時だけなのだけど、この時だけは本当に物音のしない部屋だった。

 

「…………」

 

 俺は宿題を始めながらも、たまに入り口や笹森さんの方に視線を向けていた。

 図書室は相変わらず二人だけしかいなくて、他の誰かが来るような様子もない。日誌を見ている限りだと、放課後はどこもそうらしいので本当に利用者がいないんだろう。

 

 この場所に届く声はもう遠くの喧騒として飲み込めるようになってきた。静かで何をしていても大丈夫なここは居場所になりつつあって、あれほど違和感を持っていた図書室の空気は、あの部活の空気よりもずっと自然で当たり前に感じられる。

 

 本を選び終わって静かに貸出手続きをして、さっそく読み始める笹森さん。その横でひたすら宿題を進めている俺。

 いつもの状況になると、ここから俺と笹森さんは一言も口を開くことはない。

 

 俺達の無言は初日からの居心地の悪さに由来していたが、それはいつの間にか気にならなくなっていた。

 確かに今でも碌に話すことはないわけだが、それでも俺達はお互いの存在がこの図書室で過ごす要素の一つになっていた。

 

 俺のペンが走る音と、笹森さんのページをめくる音だけが響く。

 お互いに視線を向けることはなく、だけど存在だけは確かに感じる。そういう沈黙と不干渉の作る関係性は、この図書室の空気のようで、ゆっくりと時間を重ねるごとに俺の中に形作られていく。

 

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

 

 校内に漂っていた新学期の空気はもうとっくになりを潜めていた。

 初めての中間試験もとうに終えて、俺達は徐々にこの日々に慣れ始めていた。もちろん、水曜放課後にある図書当番にも。

 

 図書当番を終えた俺と笹森さんは、職員室へ鍵と日誌を返しに向かっていた。

 別に二人で行く必要はないが、お互いになんとなく相手に任せっきりなのは申し訳ない。俺も笹森さんも部活等はないので別に急ぐ理由もなかった。

 

「…………」

「…………」

 

 道中で俺達が会話を交わすことはあまりない。クラスも違って特に共有する話題がないのもそうだが、当番で図書室にいる間もずっと自分のことをしているだけだから沈黙にあまり抵抗がなかった。

 楽器の音が大きくなって、外の合いの手はあまり聞こえなくなった。練習合間の、演奏が止んだ向こう側から、時折声にもならない音が届いてくる。

 

「────」

 

 歩きながら、ふと笹森さんの方を見た。笹森さんは俺の右後ろをついてくるように歩いていた。その表情は特に変わることなく前を見ている。何を考えているのかなんてその表情からは想像もつかない。

 図書当番を始めてから既に二か月ほど経っているにも関わらず、俺は未だに笹森さんと碌に話したこともなかった。

 

 俺が知っている笹森さんの情報なんてほとんどない。普段どんな生活をしていて、読書以外の趣味や得意科目も知らなかった。

 知っていることといえば、隣のクラスであること、読む本の種類にこだわりはないこと、読んでいる時は意外に表情豊かなことくらい。その表情だって、いつも俺の方から見える左の横顔だけだった。

 

 

 たとえ週の一時間半だけを一緒に過ごすだけの関係とはいえ、一年間は一緒にいることになるのだから、できればそれなりに話せるようにはなりたい。

 何かきっかけでもないかとぼんやり笹森さんを見ていると、笹森さんが視線に気付いて目が合う。

 

「どうしたの?」

「え、あ、いや……」

 

 まさか話しかけられるとは思わなくて慌てて言い訳を探し始めるが、実際のところ何を答えればいいのか分からない。

 遠く聞こえていた演奏も声も全てが止んで、見えないはずのどこかまで続いていた世界が俺と笹森さんのいるこの廊下だけになったような気がした。

 

 俺は何も考えずに口を開くことにした。

 

「いやさ、そういえば笹森さんってどうして図書委員になったんだろうなぁ、って……」

 

 結局捻り出せたのは、何の脈絡もない質問だけだった。

 笹森さんは言葉の意味を理解できなかったのか、首をかしげている。

 

「その、俺はじゃんけんに負けて図書委員になったんだけど、笹森さんはどうだったのかなって。やっぱり普段も本を読んでるし好きなのかなって」

 

 ちょっと挙動不審な慌て方で我ながらカッコ悪いのだけど、笹森さんはそんな俺の姿をあまり気にしないように「私は、自分でなったよ」と答えた。

 

「部活はなんていうか、興味があるのもなくて。だからせめて委員会くらいは入っておこうかなって思ったんだ」

「でも、委員会決めの頃って、図書委員は文化祭以外何もしないって聞かなかった?」

「ううん。どうして?」

「去年まで、休み時間とか放課後には図書室開けてなかったらしいし」

「そういえば担当の先生が変わって~、みたいなことを委員長さんが言ってたね」

 

 笹森さんは「決めるときには聞いたことなかったかも」と苦笑した。

 

「図書委員にしたのは、中学の時もやってからだよ。確かに本を読むのも好きだけど」

「へー。中学の図書室もこんな感じ?」

「全然。もっと人いたよ。こういうところの方が少ないんじゃない?」

「やっぱり? 絶対に利用者ゼロってやばいよね」

「委員長さんも頑張って増やそうとしてるらしいけどね。一応、昼休みには人がいるらしいよ」

「流石に放課後まで使おうって人はいないかー」

「みんな部活とか塾とかバイトとか。いろいろあるだろうしね」

 

 そこから俺達の口は止まらなかった。

 休みにやってることとか、難しい授業のこととか、共通の先生の話とか。ないと思っていた話題は想像以上に転がっていて。

 

 俺はようやく笹森さんと知り合えたような、そんな気持ちになった。

 

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

 

 外はずいぶんと賑わっていた。

 普段の熱気とは別に、セミのコーラスも合いの手を入れているのがここまで届いている。それは夏に向けて徐々に芯の強さを増していて、力強くこの部屋まで届いていた。

 普段はすぐに帰るからこの空気を感じる機会はないが、ずっと行き場のなかったその余熱が伝わってくるのは、少しだけ心地よかった。あの喧噪の中に、部活とは無縁な俺が入り込める余地はない。それでも、この対比みたいに静まり返った図書室でなら、遠巻きに熱を感じることが許されているように思えた。

 

 本が焼けないよう日を避けるような間取りな上、広い室内にいるのは図書当番が二人だけ。

 外があれほどの熱量を持っているというのに、この部屋はそれを受けてなお冷たいと感じるだけの沈黙があった。この室内から聞こえるのは、俺のシャーペンが走る音か、隣から聞こえてくるページをめくる音くらいで。それ以外に動く物なんて何一つなかった。

 

「────」

 

 一般的な図書室の利用者数を調べたことがあるわけではないが、少なくともこの図書室に関していえば、もう夏休みも近い今日でも未だに利用者は見たことがない。貸出・返却の手順が機能したのは、隣にいる笹森さんが自分でやっている時だけだ。

 忙しい方がいいかと言われれば、宿題をやってても文句を言われない今の方がいいと答えるしかない。だけど、それでは俺がこうして毎週水曜にバイトを入れずにここに座っている意味もないのも事実だ。

 

 現状、俺の知る図書当番というのは、授業が終わったらここに来て時間になるまで暇を潰して帰るよく分からない時間だった。

 

「……ふぅ」

 

 明日提出の宿題を終わらせてシャー芯を戻す。

 最初こそこの暇をいかにしてつぶすか躍起になっていたが、今となってはそこまで宿題を消化するという完璧な作業を見つけられた。もうこの時間は宿題を片付けるためにあると思っている。

 

 広げていたノートと問題集をカバンにしまいながら、チラッと隣を盗み見る。笹森さんは相変わらず借りた本を読み耽っていて、その没頭具合は俺以上に当番をやるつもりがないように見えた。

 

 ファスナーを締めて時計を見れば時刻はもうすぐ六時。図書当番が終わる時間だ。

 未だに顔を上げる気配を見せない隣を確認してから、当番日誌に必要なことを一通り書き込む。

 

『今日も利用者はいませんでした。貸出数2(笹森さん) 明石』

 

 余白はたっぷり残っているが、利用者がいない以上は書けることもない。それに他の当番も同じくらい空白だったり、好き勝手にイラストが描かれていたりと自由みたいなので別に問題ないだろう。

 後は笹森さんの分を書き込んでもらえれば終わりなので、笹森さんの方を見る。

 

「…………」

 

 図書当番もある程度やってきて、それでも未だに少し慣れないのが笹森さんを呼ぶ作業だ。

 熱中しているのを邪魔するのは、別に間違っていないと分かっていても心苦しいところがある。それに以前呼び戻そうとして肩を叩いた時の驚きようは、逆にこちらが驚かされるほどだった。

 

 一人で読書するとき、いったいどうやって止めているんだろうかと思いながら、笹森さんに近付く。

 

「笹森さん」

 

 声をかけると、笹森さんの肩が僅かに跳ねた。普段はもう何度か声をかけることもあるが、今日は一回で気付いてくれる日だったらしい。

 笹森さんが本のページから視線を離してこちらを向いたので、話を続ける。

 

「もう時間になるから。日誌書いちゃって」

 

 少し視点が定まらないらしい笹森さんは小さく声を漏らしながら本を持つ手が下がる。どうやらまだ意識が小説の中から完全に帰って来れていないらしい。よく見ると髪を食べてしまっているが、本人はそれに気付いている様子もない。

 笹森さん自身が小柄なこともあって、なんだか子供のようだった。

 

「笹森さ〜ん。起きてくださ〜い」

 

 もう一度呼びかけると、笹森さんは本を閉じて大きく頭を横に振った。ぎゅっと強く閉じた目元に力が入っている。そして、何度か瞬きをしながら頬を張った。

 「うん、だいじょうぶ」と、眠気を飛ばすようないつものルーチンをこなした笹森さんがこちらを向く。今度はしっかりと視線がかち合う。無事に帰って来れたらしい。

 そろそろ見慣れてきたその姿に少し笑いを堪えながら、笹森さんの顔を覗き込んだ。

 

「おかえり、笹森さん」

「うん、ただいま。……いつもごめんね、明石くん」

「イヤイヤ全然。気にしないで」

 

 「髪食べちゃってるよ」と伝えながら、日誌を笹森さんの方に寄せる。

 実際、普段は読書をしない俺だって、笹森さんの姿には羨ましさみたいなものを感じる。きっと彼女くらい熱中できるようになれたら、きっと俺だってもっと本を読むだろうと思う。

 髪を整え直した笹森さんは「それで、なんだっけ?」と呟いた。

 

「当番終わりなんだっけ?」

「そうそう。だから日誌」

「そっかそっか。私の分書かないとだよね」

 

 ようやく状況を理解したらしい笹森さんは、近くのペン立てからシャーペンを取り出してさらさらと書き始める。

 利用者がいないため特に埋まることもないスペースだが、俺達の日には笹森さんがその日読んだ本の感想を書き込んでいる。別にスペースを埋め尽くすほどの量でもない数行程度の内容だけど、笹森さんが何を楽しんでいるのかが垣間見える。笹森さんの本のチョイスは正直よく分からなくて、今日読んでいたらしい本も、何を基準に選んだのか不思議なくらいだ。いや、確かに鳩が首を振る理由は気になるけれども。

 

「明石君、終わったよ」

「ありがとう」

「ううん、こっちこそ待たせちゃってごめんね」

 

 カバンを背負うと、笹森さんも本をカバンにしまって立ち上がる。今日の図書当番も終わりだ。

 

 近くに放ったままだった鍵を取ってから窓を閉めに行く。図書室からは校庭が見えないが、代わりに校舎の周りを走らされているのであろう運動部の姿が見えた。頑張れ、と心の中で声援を送りながら窓を閉めると、野球部の声は少しだけ小さくなった。

 鍵と忘れ物の最終確認をして図書室を出る。

 

「……よし、おっけー」

「ありがとう」

「全然。行こうか」

「うん」

 

 あの日から、俺達は前よりも話すようになった。

 とはいえ笹森さんは当番中読書に熱中しているから、話すのはもっぱら職員室に鍵と日誌を返し、正門から出るまでだけど。

 

「今日は何読んでたの?」

 

 並んで歩きながら笹森さんの話に耳を傾ける。

 図書室にいたときはずっと聞こえていた外の音が、今はなんだか遠くへ離れてしまったような気がした。

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