ある新人トレーナーは、三女神に囚われた。 作:まやキチ
・“ステータス”という確固たる実力差で勝利しよう!(※それしかできません)
・“スキル”を使わない正々堂々とした立ち回りを心がけよう!(※そもそも使えません)
・“パラレル”を越えたトレーナーの全面的サポート!(※いなけりゃ話にもなりません)
――
目覚まし時計が鳴り響く。
心地の良い夢から引きずり出すような強引な響きは――“彼”の意識を一瞬で引き上げた。
「ん……ぅ」
ぱしんっ、と目覚まし時計を叩いて黙らせた“彼”はのそのそとベッドから這い出てると、覚束ない足取りで洗面所まで向かう。
鏡に映るのは、着慣れた寝間着に身を包む、見慣れた青年の顔だった。
「あー……」
手を洗い、顔を洗い、タオルで乱雑に拭う。
その間、ぼーっと考えていたのは――先ほど見ていた“夢”の事だった。
「なんか……すげぇいい夢見てた気がする……」
すっぽりきっかり忘れてしまったが――びっくりするほど喜ばしい夢だった。
“彼”はそんな気がしていた。
「まぁ、いいかぁ」
夢なんてそんなもの。
抜け落ちたものをあれこそ考えるのもあほらしくなり、すぐにその事を頭から追い出した。
彼はちゃっちゃと身だしなみを整えると、昨夜の内に用意していたスーツ一式を手に取った。
それはちょっと良い店で買った、新品のビジネススーツ。
その胸元には――傷の無い綺麗なバッジが輝いていた。
「今日から俺も、新人トレーナーかぁ」
それはトレーナーバッジ。
“彼”が自らの青春を捧げて手に入れたエリートの証。
中央トレセン学園のウマ娘たちを指導する事が出来る――輝き。
「――実感湧かないなぁ」
彼は溜息を吐くと、寝間着を脱ぎ始めた。
――――――――――――
――ウマ娘。
彼女たちは、走る為に生まれてきた。
ヒトとは違う、大きな耳や尻尾を持ち、その体躯からは考えられないほどの力を持つ。
彼女たちはときに数奇で、ときに輝かしい歴史を持つ別世界の名前と共に生まれ、その魂を受け継いで走る。
それが、彼女たちの運命――――
――――――――――――
電車を乗り継いで幾星霜。
……ほどでもないが、慣れない人間にとって東京のコンクリートジャングルの中を突破するのはまさしくそれに等しかった。
着慣れない一張羅も、荒波に呑まれたおかげが若干こなれた印象になったのは不幸中の幸いでもないだろう。
「……はっ、はっ……!くそっ……!やっと着いたぞこの野郎……!」
春麗らかな陽気なのに大汗掻いて、校門の先に見える巨大な学舎に悪態を付く。かすかにあった緊張も、汗でへばりつくシャツの気持ち悪さがかき消してくれた。
故にか。
特に気負いもせず、フラットな気持ちで。
それこそ実家にでも向かうような気楽さで――校門を潜った。
この国で一番の大きさを誇る『中央・日本ウマ娘トレーニングセンター学園』
通称、“トレセン学園”に。
“彼”――を含めたトレーナーたちの将来を決める『重要な日程』はもう始まっている。
が。
もう頑張りたくない。もう時間に縛られたくない。
そもそも何かに従って生きるという意義とはいったいなんだヒトは産まれながらにして自由であるべきで強制される人生に果たして意――ともかく。
“彼”は、一息付きたいと自販機でジュースを買い、少し行った先の広場のベンチに腰掛けた。
片道一時間半の通勤は、新人に似つかわしくない余計な反骨心を芽生えさせていた。
「ふぅ~」
冷たさが喉奥へ突き抜けていく感覚。
暑苦しいネクタイを緩め、ジャケットを脱ぎ、裾を捲る。木で出来た心地いいベンチに全体重を預けた。
まるで一仕事終わった風だが――まだ何もしてない上にサボリであった。
ジュース缶を傾けながら寛いでいると、目の前の広場に興味が向く。
広場の中央。大きな噴水に座す、巨大な像に目が行った。
「ほぉー」
なんとなくギリシャ彫刻っぽい布をまとったウマ娘三人が各々ポーズを取っている。
特に芸術の造詣もない彼でさえ、荘厳さというのを感じ取れた。
記憶を辿ると、これはーー“
「………」
ふと、この像の説明が頭に浮かぶ。
『数多くのウマ娘が想いを託し、後進がそれを引き継ぐ……連綿と続く継承の場』
――それがこの広場。
歴史に名を刻んだウマ娘の大半は、ここで何やら力を得たような気がすると語る。
と、彼は聞いていた。
「ふぅむ」
“彼”はジュース缶を飲み干して適当なゴミ箱に投げ捨てると、像の前に立った。
しばらく見上げ――南無南無と手を合わせた。
なんとなく御利益があればいいなぁ、くらいの軽い気持ちだった。
「さて!……行くか」
願掛けのようなものを終えた“彼”はジャケットを引っ掴んで、像から踵を返す。
向かう先は、トレセン学園に数多くあるレース場の一つ。前もって指定されていた場所だ。
今日は選抜レースの日。
トレーナーはレースを見て、有望そうなウマ娘を探し――ウマ娘はレースを走って実力をみせ、良いトレーナーに見つけてもらう。
そういったスカウトの場だ。
『トゥインクル・シリーズ』というウマ娘たちが求める華々しいレースへと駆ける第一歩。
トレーナーにして見ても、実績を挙げる事が出来れば、公私ともに充実する事になる。
双方、これからの将来の向きを決める事になるのだ。
「どんなウマ娘と出会えるのかねぇ……」
のんきにつぶやく“彼”も見つけなくてはならない。
この“三年間”――共に駆け抜けるウマ娘を。
「まっ。大体の行程はもう終わっちまってるだろうし、有望そうな娘はもう取られて、後は残りも――って、流石にでりかしー、だな。新人君反省」
―――――――――
―――――
――
はっきり言おう。
――“選抜レース”など。
表立ったウマ娘共を除けば――
「はっ……!っ、はぁ、はぁ……!!」
レース場内――ターフの中で。
荒れた呼吸を落ち着かせようとするウマ娘が見える。
だけど、いつまで経っても落ち着かない。下手すれば涎がこぼれてきそうなくらい、いっぱいいっぱいの様子だった。
――全力を出したんだ。
彼女の事は知っている。
今まで以上のトレーニングメニューを工夫した事も。食事だって気にして、趣味も何もかんも投げ捨てて――今日この日の為だけに苦心して。
やったのだ。ちゃんとやったのだ。
なのに、なのに、なのに――レースの掲示板には彼女の名は乗らない。彼女の番号は点らない。
「今の子、よかったな」
「ああ。最後の末脚は良かった。要チェックだ」
「三着のあの子、いいわねぇ。食いつき具合が気に入ったわ」
近くにいる、観客席のトレーナー共の声が聞こえる。
彼らは――彼女に見向きもしない。
掲示板にないのなら、たとえ六着だろうが七着だろうがビリっけつだろうが興味ないのだ。
「…っ、っ…」
よく見る光景。でも、一向に慣れない光景。
わかってる。
誰だって将来が掛かっているのだから、望みがある方に向くのは当然だ。
――過程よりも結果。残酷だけど、それは真理なんだ。
ただ、見る度に酷く空しい。
何十時間と積み上げた過程が、数分の結果に吹き飛ばされる。努力に見合わない結果に寂寥感でつらかった。
レースの勝者や光るものを見出されたウマ娘たちが、トレーナーとどこかへ行く中――
「くそっ……」
見向きもされないような敗者は、そそくさとこの場から出て行く。
次のレースが控えているというのも勿論あるが、この場に残っていてもどうにもならないのに気づいているからだ。
……彼女を含めたあの中で、いったい何人が――挫けずに前向く事が出来ているのだろうか。
「……はぁーあ」
――
色々ボケボケ考えている私は――特に何もする訳でもなく、レース場の片隅でぼーっとしていた。
ちなみに私のレースは、さくっとビリっけつだ悪いかこのヤロウ。
トレーニングを何ヶ月も頑張ったが、たった数分でそれがおじゃんになり、自暴自棄になった私は――こうして、私と同じ境遇の娘を見て心の平穏を保つという最低な行為に耽っていた。
いや、最初の方は技術を盗もうと血眼になって見たりとか、レース場にさえいればトレーナーの誰かが話しかけてくれるんじゃないかとか、色々あったが。
今はもう、そんな熱はない。
私のような娘が何度も何度も負けて、最初から一歩抜きん出てる娘がひょいひょい勝ってるのを見ていると――「ああ、最初から無理だったんだな」って納得してしまった。
そうなるともうダメだった。
ああ、懐かしきは入学当時の自分。
あの何の根拠もなく「無敗の三冠ウマ娘に、私はなる!」と叫んでいた初々しい私よ。
安心しろ、一年もすれば――無勝の底辺ウマ娘になってるからな。安心して夢見ておけ。そこがお前の頂点だ。
『七番ーースペシャルウィーク!!』
そうやって適当に管巻いていると――聞き慣れた名前を叫ぶ実況の声が耳に入る。
レース場に目を向ける。
そこには、最近北海道からうちのクラスに転入してきたウマ娘――スペシャルウィークがいた。
時折話すが、良い娘だ。食い気がハンパないけど。
オグリパイセンと良い勝負って大概だぞ。
そして――強い。
今までのを見れば、このレースも楽勝だろう。
「っ?……っ!?…」
「ん。まぁた――
レース開始のゲート内。
スペシャルウィークは――なにかを探すように辺りをキョロキョロ見渡してる。その表情は困惑と焦りが滲んでいた。
……いったいなんなんだろう?
私が見る限り――
クラスメイトのグラスワンダーとかエルコンドルパサーとかウンスとか。それ以外にもやってたし、果ては生徒会長のシンボリルドルフでさえやってた。
なんだろう。あれが勝利の秘訣なのだろうか。
私もアレやれば一着になれるんだろうか。
だったら次の模擬レースで、引くぐらい周りキョロキョロしてみようかな。
恥ずかしいとは思わない。誉れはターフの浜で捨てました。
そんな、スペシャルウィークのレース相手は、私のような無名な頑張り屋さんたちだ。地方からの転入生って事で少し侮りと嘲りも見える。ああいうのが一番傷つくパターンだ。ああかわうそ。
いつか「天性の才能被害者の会」とか作ってみようかな。……空しそうだからやっぱいいや。
「あー、やっぱ大半終わってるか」
ふと、隣から声が聞こえた。
なんとなしに視線を向けるとーー見慣れない大人が立っていた。結構涼しい春の陽気なのに、真夏を越えたみたいな格好してる。
……抱えたジャケットの胸元にはトレーナーバッジが見えた。太陽でピカピカだから、きっと新人さんだろう。
だからなんだって感じだが。
すぐに興味も無くなって、スペシャルウィークが盛大に転びでもしないかと視線を戻す前に――その新人さんと目が合った。
「………」
「………」
えっ、なんだろうこのヒト。一向に視線を離してくれない。
品定めでもしてんのかとも思ったけどそうでもない。脚も躰も見ずに――ただ、私の目を見てきてる。
「………」
「………」
えっ、なに?
え、え、え、なんですこれ。
「あのさ」
「はっ、はい」
「――君のこと、スカウトしてもいい?」
「は?」
一瞬、思考停止してしまった。
すかうと?なにそれおいしいの?私の耳に一度も届いた事がない言葉だ。
冗談かと思えば――顔を見ればそうでもない。
「……や、やめておいた方がいいですよ」
「おん?」
辛うじてそう返した。
だって、レース場の端っこでぽつんと一人。近くにいるトレーナー共は見向きもしない。負のオーラだって出てただろうたぶん。
そんな――どこを見てもダメそうな私なんて、選ぶ理由がない。
「あの……お情けとかそういうんだったらいいですよ別に。あっ、なんだったら良い娘紹介できますよ。ほら、あそこのグラスワンダーとかどうです?絶対その方が……」
なんか急に居たたまれなくなって、視界の端で見つけた同級生に水を向ける。
ターフの側で沢山のトレーナーからアプローチを受けているあの――ー
なんか、やけに拒否ってるなあの娘。いつものお淑やかさもかなぐり捨てて押し返す勢いだ。
どこか行きたがってる。なんだろう、トイレかな?
「いや、そういうんじゃないよ」
「……でも、理由がないでしょう。こんな、その、私みたいな……」
「――ふむ」
新人さんは、腕を組んだ。
……正直、スカウト自体は嬉しい。かなり嬉しい。今すぐに手を取って、気が変わる前に手続きとかしたいくらい。
でも、今までの経験が邪魔をする。負け負け負けと打ちのめされたマイメンタルが「騙されるな、これは罠だ。孔明的なナニカだ」と叫ぶんだ。
「理由、か」
でも、でもでも。
意外と好青年な顔立ちだしおじさんなんかよりもいいかもしれないし私に話しかけてくれるくらいだからきっとやさしいだろうし顔は良いし新人さんだから一緒に頑張ってくれるだろうし顔は良いし顔は良いし。
新人さんは安心させてくれるように、ニカッと笑う。
あっ、これは墜ちましたよ私。これはもう受け――――
「――
――あっ、これ関わっちゃいけないヒトかもどうしよう。スカウトにかまかけた宗教勧誘かもしれない。
こっ、こういう時はフクキタルパイセン来て――いや、さらに酷い状況になりそうだからやっぱ来ないで。
私が引いた顔でもしたのか、新人さんは焦ったように「いっ、いや変な意味じゃない!」と弁解しながら、私の隣の席にさりげなく座った。
……妙に手慣れてない?これは都会系ボーイだ。減点ポイント。
「んにゃあ、今のは言葉の綾なんだよ。さっき三女神像にお祈りしてさ。んでこう……ビビッ!って来たからさぁ」
「……ビビッ?」
「そうそう、こう……なんだろう、直感ていうか天啓ていうか」
「……女神さまから怪電波でも受信したんですね。この話は無かった事に……」
「わわっ!ごめん!ごめんなさい!調子乗りました!こう言った方がかっこいいかな?勢いで頷いてくんないかな?って思ったんですごめんなさい!もう有望そうな子は取られてそうだから形振り構わない方がいいなこれとか思ってないんです!」
正直か。打算まみれやないかい。
……まあ、ちょっとグッと来る言葉ではあるかも。
この学校で三女神様って結構尊重されてるし。運命感じちゃうかも……マーベラスサンデー辺りは。
「うぅ……でもぉ、なんか来たのは本当なんだ。君を選びたいんだよ」
「……」
でも、いい機会かも。
このまま腐っててもいい事ないだろうし。一人でのトレーニングには限界があるってさっき思い知った。他のトレーナー共も見る目がない。
それなら、どんな理由でも……私を選んでくれたこの人に望みを掛けるのも。
……あと、さっきの懇願する感じの声色がだいぶグッッッと来ました。
「……わかりました」
「お」
「その、本当に……ほん、とに私で良けれーー」
「――君がいいんだ!!」
あっ、墜ちました。私二度墜ちました。
勝った事のないマケマケウマ娘にそれはくらっと効いちゃう。カエルパンチ。
新人さんは私の手を取ってきゃっきゃっと喜ぶ。
そっ、そんなに嬉しいのかな。
「ふぅ……。んで、君の名前は?」
「……えっ」
「だってさっき来たばっかだし……名簿も、遅刻してきたから貰ってないんだよね」
ほんとに直感で勧誘したんだなこの人は。
こ、後悔させちゃ――いいや、ダメだ私よ。前向き前向き。判押させればこっちのものだってママが言ってた!
でも、名前……名前か。
「………」
「えっ、あのその……?」
「……笑わないでくださいね」
私は、意を決して――名前を告げる。
「モブリトルです……」
「モブリトル………?」
うぅ……!ほらぁ!呆然としてる!
だから私この名前嫌いなのよ!そもそもまず弱そうだし!
なによ
もう最初っから負けてんじゃん!背景みたいなもんだよ!
ママとパパは「なんかコロコロとしてそうでかわいい」とか言うけど……うっ、嬉しいけどそうじゃない!
ウマ娘の名前は、天啓のように授かるって聞くけどこれはないよ!トウカイテイオーとかシンボリルドルフとかもっとかっこいいのが良かった!
ウマ娘は改名申請通らないし……!!
幻滅したかなぁ……「名前弱そうだから違うやつにするわ」って言われたら一生立ち直れない自信ある。
もうこの人殺して私も死―――
「よしっ――んじゃあ、モブ子だな!」
「もっ、モブ子!?」
どっ、どこから“子”が――って、リトルの方か!
どうしよう初めて呼ばれる名前でちょっとドキドキする。いつもは大体、生温かい目で「リトルちゃん」とか呼ばれるから。
こんな、こんな――まっすぐな目で言われると。
「行くぞ!目指せ、無敗の七冠ウマ娘だ!!」
えっ。
「………」
「………まっ、またスベちゃった!?あの、えっとこれはその願掛けっていうか冗談ていうか、その……あっ!もしかして渾名が気に入らない?気に入らない!?いやあの、ちょっとオンリーワンを狙っただけで別に変な意味は……や、やっぱリトルちゃんとかって呼んだ方がいい……?」
なんか、なんだろう。
すごい――気持ちが固まった。
「はい」
「うっ……だよなぁ。ごめんなぁ、そうだよなぁ」
「ん?……あっ、いえ。名前はモブ子でいいですよ。ちょっと気に入りました」
「……おっ?」
「さっきの“はい”はそうじゃなくて――」
私はおろおろしている新人さんの手を握る。
「これからよろしくお願いしますって事ですよ、
少しして。
――満面の笑みで頷いてくれた。
わかった事がある。
どうして勝ったウマ娘共が、あんな幸せそうな顔を見せつけながら去っていくのか。
――選んで貰えた。認めて貰えた。
……このトレーナーはちょっと違うかもだけど――それが、すごく嬉しいんだ。
「よし!さっそく申請だ!いっ、今更後悔しても遅いからな!」
「それはこちらの台詞です。度肝を抜きますよ私の実力」
「……どっちの意味?」
「ふふ、お好きなように」
「……ま、いっか。どっちでも」
いいんかい。
そうして連れ立ってレース場から出ようとする。
そこでふと、こんな清々しい気持ちでここから去るのは初めてだと思った。いつもは鬱屈としていたから。
生きてて良かった……とじんわり思いながら――振り向いた。
今までとは違う風景を楽しみたかったからだ。
――秒で後悔した。
だって――
――
えっ……な。こわっ。
―――――――
――――
――
駆ける。駆ける。駆ける。
何もかも振り絞って――駆ける。
これまでの全て、これまでの思い、これまでの“
全て全て全て、きっとこの時の為に――――!
そうして――駆け抜けた!!
『――――!』
『URAファイナルズ決勝を制しました!今ここに優駿たちの頂点が誕生です!』
――大喝采が響き渡る。
その全てが――この、私に注がれる。
笑顔でそれに手を振りながら、じわじわと実感が躰全体に広がっていった。
勝った……勝ったんだ。
ウマ娘たちの栄えある頂点に、私は立てたんだ。
「――――!!」
そんな大喝采の中。何万人の声に埋もれようとも――絶対に聞き逃すはずがない、愛しい人の声が聞こえてくる。
振り向くと観客席の中から飛び出して、転がるようにこちらに走り出してきていた。
あーもう。新調したっていう一張羅がもう台無しじゃないかまったくこの人は。
「よくやった!よくやった!ほっ、ほんとにぃ……!うぅ……よ゛く゛か゛ん゛は゛っ゛て゛も゛ぉ゛……!!!!」
勢い良く抱き締めてくる彼を受け止める。
顔が肩越しに隠れてもぐしゃぐしゃな泣き顔は容易に想像が出来た。
しょうがないな、と呆れながら抱き締め返すと――余計にスイッチが入ったのか泣きの勢いが増す。
うーん。この後の勝者インタビューで肩がぐっしょりなのはちょっと勘弁してほしいんだけどなぁ。
ぐしゅぐしゅと鼻を鳴らしながら、“彼”――
「お前はっ、お前は――俺の誇りだ!この日の事はずっと忘れないっ!たとえ何があろうとも、絶対……にぃ……!」
最後まで言う前にまたポロポロと涙を流し始めるこの人は――本当に、心の底から私の事を想って、勝利を信じてくれて。
喜んでくれて。
なんか――こう、気持ちが、溢れて。
「――えっへんっ!!」
急な咳払いに我に返る。
ふと――彼の顔が間近に迫っている事に気が付いた。
えっ、まさか、私。キスしようと………!
「無粋ッ!!……ではあるんだろうが、一応は先生と生徒の立場であるからな。まあ、なんだ。……二人きりのところでやるように」
咳払いをしたであろう理事長が苦笑いで窘めてくる。
ひゅーひゅーと煽ってくる観衆の声が耳に入ってきて――余計に羞恥極まってくる……!
ああもう!なんできょとんとしてんのこの人!
情緒、小学生か!こういう場面で顔を近づけたら“そういう事”だとわかるでしょう!わかれ!!
照れを隠すように、勝者インタビューだと急かすと――いつものように、まあいっかと納得したらしく、鷹揚に頷く。
「ああ!おら、野郎共!歓声が足らねぇぞもっと声あげろ!」
――ワァァアアアアアアアアアアア!!!
ビリビリと痺れるような感覚が全身に伝わる。
私も、感極まって泣きそうだった。
でも、我慢したい。
この涙も、この感動も――この想いも。
この人と二人きりの時に流したいし、吐き出したいと――伝えたいんだ。
「ほら、行こうぜ。―――」
勝者が立つウィナーズ・サークルに誘うトレーナーの手を握る。
ああ、もし“彼”が今も望んでくれるなら。
このままずっと……貴方と……
――バツンッ――
ふと、電源が落ちたテレビのように何も見えなくなった。
気が付けば、見慣れた天井が目に入る。
横を向けば――同室の子がスヤスヤと眠っていた。
窓から覗く朝日を見ながら、私は先ほどの事が夢であった事を悟った。
にしたって、変な夢を見たものだ。
それはトレーナーと“三年間”を過ごした自分の夢。びっくりするような偉業を成し遂げた、奇跡の日々。
でも、所詮――夢だ。
だって――そもそも
今日の選抜レースで見つけるのだ。
これから歩んでいく“三年間”を共にする人を。
そう、思っていたが。
段々と段々と段々と、違和感を覚えてきた。
全部全部――夢の通りだった。
もしかして、もしかして、もしかして!
辺りを何度も探していると――いた。
見間違えじゃない。間違いない。
あの夢に出てきた――
急いで駆け出した。
煩わしい邪魔を押し退けて駆け出した。
これはきっと三女神様が恵んでくれた奇跡だ!
もう一回巡り会えるようにってつなぎ合わせてくれたんだ!
だから、もう一度。
もう一度、私の――――!!
そう、思ったのに。
どうして?
どうして私を選んでくれなかったの?
その日。トレセン学園に前代未聞の事態が発生した。
それは、ウマ娘がトレーナーを拒否したという内容だった。
……これだけならさして大した事じゃない。トレーナーがウマ娘を選ぶように――ウマ娘もトレーナーを選べるのだから。
だが――
――
理事長は急遽、職員を集めた緊急会議を召集。
この案件に対して、なんとか対処しようと策を練り始めた。
――のは。
さっさと、トレーナー室で今後の事を話し始めた、一組のトレーナーとウマ娘は、まだ知らない。