ある新人トレーナーは、三女神に囚われた。   作:まやキチ

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メビウスの糸は絡まりきっている

 

――こんなの、ただの妄想だ。そう吐き捨てたかった。

 

『トゥインクル・シリーズ』を歩む為の第一歩――選抜レースを控え、柄にも無く緊張した私が見た、下らない夢だと。鍛え上げた私の中に、未だ潜んでいた甘えた己の生み出した唾棄すべき戯れ言だと。

 

言えればよかった。言えずとも、思えばいいのだ。そう思って忘れ去り、現実に目を向ければいい。

 

なのに……どうしても。

脳裏に浮かぶ――“三年間”を拒否する事ができない。

 

「………っっ!!!!」

 

私は、居ても立ってもいらず。

着の身着のまま――トレーナー室へと走り出した。

 

あの愚か者の顔を見れば、きっと。

 

この胸に広がるわだかまりが、解消される事を願って。

 

 

 

 

 

―――――――

――――

――

 

 

 

 

 

「おおっ、意外と広い」

「そうですね。二人じゃちょっと持て余しちゃうかもです」

 

レース場を出た私とトレーナーはサクっと担当申請を終えると――受け取った鍵を使って、さっそく“トレーナー室”に足を踏み入れていた。

 

部屋自体はかなり広い。

そこにトレーナー用のビジネス机やホワイトボード、ソファや折り畳み式の机椅子もある。ふと、部屋の隅にあるダンボールを覗くとストップウォッチとかの備品が入れられていた。

別室もあり、キッチンもある。お茶っ葉もお菓子もインスタントも完備されている。

 

トレーナーとウマ娘、そのコンビの私室兼ミーティングルームとして最高の仕上がり。

新社会人向けのマンションよりも充実したラインナップだった。

 

「……俺が借りた賃貸より良いんだけど、ここ」

 

なんかむちゃくちゃ世知辛い事を言い始めたトレーナーは、意気消沈した様子で革張りの社長椅子に座り――左回りで、クルクルと回りながら落ち込み始めた。子供っぽくてちょっと面白い。

 

それを眺めながら、私はソファに座る。ふわりとした感覚が――じんわりと身体の疲れを癒してくれた。

 

…………。

担当トレーナーが、出来たんだよね。

どうしようもない底辺ウマ娘だけど、出来た。

私を見てくれる、指導してくれる――トレーナー。

 

「……あー、畜生。こんなんならトレーナー寮入っておけば……『これで俺も立派な社会人!寮?そんなおんぶにだっこはかっこわるいぜ!』……なんて考えなきゃ良かった……!トレーナー室でこれなら寮も絶対に最高だったに決まってる……!!」

「……んふふ」

 

……ちょっと頼りないし、今もクルクル回りながら、社会人デビューに失敗した事に後悔しているような人だけど――顔のニヤケが収まらなかった。

 

傍目から見れば、クルクル回り続けるトレーナーとニヤニヤ笑ってるウマ娘というヤベェ光景だと思う。

でも、それが――とても嬉しかった。……これが友達なら秒で他人の振りするけど。

 

「……ふぅ」

 

気が済んだのか回転を止めたトレーナーが息を吐く。私も上がる口角を無理矢理引っ張って元に戻した。

 

「ごめん、ちょっと鬱入ってた」

「いえいえ」

「んじゃ――トレーナーとしての仕事に入ろうかね」

 

そう言うと、トレーナーは一枚の書類を懐から出した。

……それは、鍵を受け取った時に貰った――私のレース実績に基づいた評価が書かれたものだ。

 

「モブ子。まずは君の事を教えてくれ」

「……書いてあるでしょう」

「へへ、まあな。だけどこれは、言っちまえば――モブ子を知らない奴が書いたモノなんだ。目安にはなるけど、一慨に正しい訳じゃない」

 

トレーナーは私と視線を交わす。

そこには失望も怒りもない。ちょっとの興味と強い真摯な何かがあった。

 

「だから、君自身がわかっている、()()()()()()()()()()

 

そんな言葉にポロリと言葉が零れた。

 

「――()()()()()()()()

「……んん?」

「その……自分の脚質とか、適性とか」

 

ウマ娘の実力を図る指標はざっくりと脚質・適性で示される。

脚質は“作戦の得意不得意”を示して――適性は“走るレース場、バ場の状態”と“一番早く走り抜けられる距離”を示す言葉だ。

ウマ娘はそれらを指標に、良くあるABC判定で評価が決まるのだ。

 

ウマによって得意不得意がかなり別れる。

――の、だけど。

 

「私の場合、全部が全部……遅すぎて分からないんです」

 

私がいつもビリっけつな理由は全てそれだ――遅い。

 

芝で走ろうがダートで走ろうが、どっちにしろ遅いから違いはない。短距離?中距離?長距離?マイル?どのみち遅いから意味がない。作戦も、突き放されるのだから関係ない。

 

「……ふむ。確かに書類もそんな感じだね。大体は最低のG判定。辛うじて、“芝”と“先行”の項目がF判定だけど……モブ子の言う通り、誤差の範囲」

「……ッッ!」

 

改めて突きつけられると重みが違った。

貫かれるような痛みが胸に沸き上がる。ああ、やっぱり私には才能がないんだなぁ、と酷く他人事のように呟く自分がいた。

 

トレーナーの顔を見る事が出来なくて俯いてしまう。

 

「失望……しましたか?」

「ん?別に……なんで?」

「だって、弱いにしても……」

「いやいや。言ったろ――こんなのは目安だよ。当てにならない」

 

あっけらかんと答えるトレーナーに、恐る恐る目を向ける。

 

書類で――紙飛行機を折っていた。いや、なにしてんのこのヒト。

 

出来上がったソレを、ひょいと軽く投げると――かなり遠くの方まで飛んでいき、壁に当たる。

「やべぇ。適当に折ったのにあの飛距離……紙飛行機の天才かも……」と至極下らない事を呟いていた。

 

「それに、モブ子だって原因が分かってるじゃないか。遅いからわからない――なら、速くなればまた違うだろ」

「そっ、そんなの最初からやって――――!!」

 

「――()()()()()()()()()()()()()()()、モブ子」

 

遮ったその言葉は――軽い声色なのに押し黙るほどに強い何かがあった。

 

「トレーナーはウマ娘を手助けする為にあるんだ。君は自分の事をよくわかってる。そしてそれを乗り越えようと努力してるが実を結ばない。それで終わり?――いいや、違う」

 

私は顔を上げる。

そこには――真摯な目で私に訴えかけようとするトレーナーがいた。

……えっ、凛々しい……。

 

「君自身で解決出来ない事は、トレーナーである俺の領分だ。遅い?じゃあ、どんな事をしてでも君を速くしよう。それで万事解決だ」

 

トレーナーは立ち上がると、私の手を優しく握る。労るような温もりが手先から全体に伝わっていくのを感じる。

……えっ、さりげボデタチ……。

 

「俺は、新人だから――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。やれるだけやろう。……な?」

 

…………かおがいい。

どうしよう。すごい励まされたり諭されたり誉められたのは分かるんだけど……走る事しかやんなかった乙女な私には、刺激が強すぎて半分くらいに耳から通り過ぎた気がする。

 

 

「ヨシッ!とりあえず、今の方針は“足を速くすること”に決定だ!ホワイトボードに書いておこうか。ええっと……蛍光ペンは、っとと。あったあった」

 

備品のダンボールから蛍光ペンを抜き取って、ホワイトボード全体に『足を速くしよう!!!!』とデカデカと書き始めるトレーナーを眺める。

 

………ほんと。

この人と出会えて良かったなぁ、顔が良いし。

私の運もうこれで全部使い切っちゃったんじゃないかと思うくらいの大当たりだ。

 

……頑張ろう。

語彙力無いけど――ただ、そう思った。

 

 

「これでよし、と。……ん?」

 

トレーナーは出来に満足したように頷いた。

そこでふと、ダンボールの中を覗くと――なにかを取り出した。

 

「なぁなぁ、モブ子モブ子!」

「はい?」

 

「――書き初めしない?」

 

手に持っていたのは、墨汁のボトルと筆と下敷きと硯。あとは半紙の束だった。備品なのそれ?

小学校以来の代物に目を白黒している中、トレーナーは手慣れた様子でセッティングを始める。

 

「まあ、細かいことはともかくだ。これから二人で“三年間”頑張っていく事になるでしょ?だから、決意表明というか、目標や抱負を書こうじゃまいか」

「なるほど……」

 

……ちょっと古臭くも感じるけど、そういう意味で気合いが入る事はいいかもしれない。

 

「さあ、モブ子。好きに書きねぇ」

「はい」

 

渡された筆にちょちょんと墨を付けて、真っ白な半紙に目を向けた。

 

さぁ!…………………何を書こうか。

 

えっ、いや改まって目標を書いてって言われると何を書いていいかわかんない。

『三冠ウマ娘』?いや、それは安直だしデカ過ぎる目標だ。

あっ!さっきの決めてくれたやつが……って『足を速くする』って書くの?ダサい気がする。

言い換えてカッコいい漢字とか……『しゅんそく』?あれ、しゅんそくってどう書くんだっけ!?

 

「…………」

「…………」

「……先に書いてくれません?」

「うむ」

 

神妙に頷かれちゃったよ。恥ずかしい。

筆を返すと、トレーナーは少し考えてから――筆を動かす。

 

「やっぱ突然、やれって言われると出てこないよなぁ。でも、こういうのはね。ポンッと浮かんだ字を適当に書くと意外といい感じに――と。じゃーん、完成」

 

さっくり書き終わったトレーナーは、筆を置くと見せてくる。

そこには達筆そうに見えるが普通に汚い字で、こう書かれていた。

 

「――『不退転』?」

 

「そ。俺にピッタリ。……特に満員電車の荒波に耐え抜いて来た猛者の俺にね……」

「でも結局、遅刻したんですよね?」

「うぐっ。……結果よりも過程に目を向けて欲しいと新人君思う」

 

一理ある無罪。

……ふむ、そんな感じで書けばいいのか。

 

私は改めて、紙と向き合う。

パッと思いつく……目標になりそうな、もの…………………あっ。

 

一つ思いついた私は、それをスルスルと書いていく。

 

「おっ、いったいどんなの、を………?」

 

 

――『無敗の七冠ウマ娘』

 

 

半紙に収めるには文字が多いから、目測誤って、最後の方は豆粒みたいに小さくなってしまったが。

私がパッと思いついたのはこれだった。

 

トレーナーの何気ないウケ狙いのこの言葉は、存外に頭の中に残っていた。

 

クラシック三冠に、天皇賞、ジャパンカップ。そして有マ記念連覇――考える事すら烏滸がましいほど偉大なレースを無敗で勝ち続ける。

そんな荒唐無稽な“()”――目指せるもんなら目指してみたい。

 

ダメダメウマ娘の私が書くと良いウケ狙いになるだろう。

そうして――トレーナーに見せれば、

 

「――あっははは!」

 

思わずといった風に笑ってくれた。そんな風に笑ってくれれば、きっと幸いだ。

だけど、すぐに笑うのを止めたトレーナーは――しばらくそれを眺め、ニヤリと笑いかけてきた。

 

 

「よし、額縁にでも収めて飾るか――()()()()()()()()()()()()

 

 

いきなりとんでもない事を言い出した。

 

「えっ。ほっ、ほんとに目指すんですか!?」

「あたぼうよ!なあに、夢はでっかく!目指すだけならタダだよタダ!」

「えっ、えー……」

 

トレーナーは備品のダンボールを漁り、無いと見るや別室の方に消えていく。あの感じなら、そこにもなければ買いに行きそうな勢いだった。

 

私は――呆然としてしまう。

 

いやぁ、普通に無理でしょう。考える事すらしないよ。

こちとら無勝の底辺ウマ娘ですよ?最近一番傷ついたのは『ハルウララと全力で併走出来る女』な私ですよ?

クラシック三冠どころか――格のあるレースにすら出れる見込みはない。

 

でも、でも。

 

ふと、想像するのは。

胸元に七冠の証であるメダルを付けて、華々しい場所で観衆に手を振る私の姿。

誰もが私の名前を叫んで、惜しみない賞賛を浴びせてくる光景。

 

………いい…。

 

「……目指すのは、確かにタダよね。うん」

 

ただし、周りに言ったら嘲笑混じりに笑われる類のものだが。

私はそう決意し、紙を見つめた。

 

…………。

……。

 

 

「飾るならもっとちゃんときれいに書こうかな」

 

 

こんな無敗の七ウマじゃ格好が付かない。

もうちょっとこう、うまい具合に収まる感じに――――

 

 

――()()()()()()()()()

 

 

そこで、不意にドアをノックする音が聞こえた。

……なんだろう。

トレーナーは、別室で物ひっくり返すのに忙しくて聞いて無さそうなので、私が聞くか。

 

「はい?どなたです?」

『……す、まない。私だ――エアグルーヴだ。生徒会に関する用件で来た』

「……エアグルーヴ先輩?」

 

()()()()()()

その振る舞いや溢れる才覚から“女帝”とかいうカッケーあだ名で呼ばれてる生徒会副会長で、ほとんどの後輩から好かれてる才媛だ。

……私?もちろん、一歩進むごとに足の小指強打して悶絶しろって思うくらいには好いている。私以上に強い奴ら全員そんな感じだ。

 

……何故に私達を訪ねてきたんだろう?

とはいえ、生徒会の話なら拒否しても面倒だし「どうぞ」と許可を出す。

 

「……失礼する」

 

入ってきたエアグルーヴパイセンはーー選抜レースでの格好そのままだった。どうやらその足でやってきたらしい。

とりあえず、ソファに誘導し、飲み物は……水でいいか。

 

「すまないな」

 

かーっっっ!!!すましてやがる!

……まあ、いい。さっさと終わらせてどっか行って貰おう。偏見だけど――うちのトレーナーは絶対、美人局に弱い。

 

「それでどういった用件です?」

「……トレーナーと専属契約を結んだウマ娘とは、一度、トレーナー共々面談するのが決まりでな」

「面談……」

 

……()()()()()()()()()

いや、ほんの一時間前までトレーナーなんて出来る訳ねぇだろバァーカとしか思ってなかった私が知らないだけかも。そういった話題は辛くなって避けてたし。

 

「それで、お前のトレーナーは――」

「モブ子ー」

 

あっ、出てきた。

別室からのそのそと出てきたのは埃まみれのトレーナー。その手には、金の額縁が握られていた。マジか、あれも備品扱いなの?

 

「ちょっとデカいけどこれしかなかったからこれでぇ…………え?お客?」 

 

トレーナーはエアグルーヴを見て、少し戸惑った様子を見せた。

……あっ、もしかして新人だから名前を知らないのかも。

教えてあげようと口を開く前に――すっ……と、エアグルーヴが彼の前に立った。

 

「…………」

「えー、っと?」

「……貴様は……」

 

エアグルーヴの表情は、私からは見えない。

だけど――どこか震えているように見えた。

 

 

「私の事を、覚えているか……?」

 

 

声だけ聞けば、それはエアグルーヴとは思えないくらいに小さくか細い言葉だった。ていうか、えっ?もしかして、うちのトレーナー。エアグルーヴと面識あるの?

……そういえば、レース場で睨んできた娘たちに混じってた気がする。えー、どゆこと?

 

「あー……えっと」

 

トレーナーはしばらく視線を右往左往させて記憶を探っていたようだけど……結局、ピンッとこなかったらしく、ポリポリと頬を掻いた。

 

 

「――()()()()()?」

 

 

ピシリ、とエアグルーヴは固まった。

トレーナーが知らないんじゃしょうがないが――ちょっと、このウマが不憫になったので、横から教えてあげる。

 

「トレーナー、この人はエアグルーヴ先輩です」

「……エアグルーヴ、先輩……えっ、先輩?モブ子の?」

「ええ」

 

チラリとエアグルーヴを見ると――びっくりするほど青ざめた表情でトレーナーを見つめている。

……えっ、これがあの“女帝”?こんな迷子のような不安げな表情をしているのはほんとに“女帝”さんです?

 

トレーナーもあまりの顔に申し訳なさが出てきたようでこそっと耳打ちしてくる。

 

「……失礼しちゃった感じかこれ」

「……恐らく。きっと幼少の頃とかあった感じじゃないです?たぶん」

「……いや、でもガキの頃なんかウマ娘と関わりなかったしなぁ」

「……学生の頃は?たとえば、喧嘩から助けたとか」

「……俺の灰色の青春について聞きたいのか」

「……あっ、ごめんなさい」

 

あんまりにもあんまりで、メシウマとも思えなくてすげぇ居たたまれない。

どうしようかこれ、とお互い顔を見合わせていると――

 

「……そ、うか。すまない、勘違いしてたようだ」

 

エアグルーヴが俯きがちにそう言ってきた。

 

「その……俺と君はどっかで――」

「――()()。突然、悪かった。……面談も、その様子だと大丈夫だろう」

「あっ、あっ、そうですか」

「……これで失礼する」

 

ふとすれば聞こえないくらい小さな声で、フラフラとエアグルーヴは部屋を出て行った。

 

「……………」

「……………」

 

何ともいえない空気がトレーナー室を包む。

えっ、えっ、どうするのこれ。どうしたらいいのこれ。なにすればいいのこれ。

 

「……モブ子」

 

トレーナーが重々しく口を開いた。

 

「――俺、()()()()()()()。女の子泣かせちゃった」

「いっ、いやぁこれは……一慨にトレーナーのせいとはぁ……」

「社会人初日に遅刻で、女の子泣かせて、これからも毎日一時間半ムサいおっさん達と過ごして、家より豪勢な部屋で仕事して、ちゃっちいボロ屋に帰らなきゃいけないのか……」

 

この妙な空気が収まるまで。

取りあえず、トレーナーの背中をさすってあげた。

 

 

 

 

 

――――――

―――

――

 

 

 

 

 

――()()()()()()()()()()()()

 

「………」

 

これで。

この脳裏に浮かぶものは――くだらない私の妄想である事が証明された。

 

「………」

 

さぁ、戻ろう。

レース場に戻り、有望なトレーナーを探さねば。

“女帝”という名にふさわしく、華々しい結果を残し、後進に道を示すんだ。

 

「………」

 

さぁ、行け。

こんな廊下でうずくまっている時間はない。

 

「………」

 

動け。

 

「………」

 

動いてくれ、頼むから。

 

「………」

 

これ以上、私に無様を晒させないでくれ。

 

 

――『()()()()()()()

 

 

声が聞こえる。

 

 

――『ルーヴルちゃん。今日のメニューの件なんだけど』

 

うるさい。そのバカな呼び方を止めろ。

 

――『えー、だって普通に呼ぶのはつまんないだろ。オンリーワンだよオンリーワン』

 

何がオンリーワンだ、たわけ。

 

――『ルーヴルちゃん……あのぉ、ですね?実はその、不可抗力と言いますかなんと言いますか。あの、たづなさんに提出する書類をすっぽり忘れていまして、そのぉ……生徒会権限でなんとか……?』

 

ながい。できん。謝りに行くなら一人で行け。たわけ、たわけ。

 

――『ルーヴルちゃっ……ルーヴルさま助けっ!ふっ、不良ウマ娘に襲わ――うぉおお!離せゴールドシップっ!なんで会う度に服剥こうとしてくんの!?しかもなんで無言で無表情なの!?どういう心境でこん――ああッ!?俺の一張羅がぁあああ!?』

 

またゴールドシップにスーツを引きちぎられたのか。あれほど近づくなって言っただろうまったく。

 

――『ルーヴルちゃん、いつもお掃除ごめんね。昼ご飯出来たけど、食べてく?』

 

貴様の為じゃないわ。たわけ。

 

――『ルーヴルちゃん、勝ってこいよ』

 

「……さい……」

 

――『――ルーヴルちゃん!!』

 

「うるさい……!このうそつきめっ……!」

 

――『お前はっ、お前は――俺の誇りだ!この日の事はずっと忘れないっ!たとえ何があろうとも、絶対……にぃ……!』

 

()()()()()()()()()()()()()()()()……!」

 

――『ルーヴルちゃん』

 

「そんな間抜けな名で私を……!……わた、しを……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――たいへんだよぉ~~~!!!!」

 

ふと――我に返った。

うずくまったまま、声の方に首を向ければ――ちっこいピンク色がこちらに走ってくるのが見える。

 

んぅ……滲んで良く見えん……。

鬱陶しい液体を拭ってからもう一度見ると――

 

 

「――たいへんたいへん~~~!!」

 

 

アレは……ハルウララか?

なにしてるのだあのバカは。

だが、いいタイミングだ。思考が逸れてくれる。

 

深く息を吐いてから、立ち上がり、彼女を待ち構えた。

 

「おい、止まれ。廊下を走るな、バカ者」

 

そこでようやく私の存在に気づいたらしい。立ち止まるや否や、わたわたと慌てだした。

 

「あっ!えっと、えっとねっ!たいへんなの!」

「知ってる。なにがだ」

「――キングちゃんが!」

 

……()()()()()()

…………ああ、同室のキングヘイローの事か。

そういえば、アイツ――今日の“選抜レース”で姿を見せなかったな。

 

「キングヘイローがどうした?」

「なんかねっ!すごいねっ、うなされてて!!あのっ、お熱もスゴくて、あのっ!あのっ、ねっ!」

「ああ、わかったわかった。一回落ち着け」

 

どうやら、体調を崩したようだ。

まったく体調管理がなってない奴め。

……丁度いいか。今はあのたわけ者の事など考えたくない。あまり接点はないが、偉大な母を持つ者同士と思えば違和感も無かろう。

 

「丁度、手が空いたところだ。確認しよう。保健室に連絡したか?」

「………あっ!」

「はぁ、じゃあ、してやる。お前は部屋に案内してくれ」

「はーいっ!ありがとう、ふくかいちょーっ!」

「ふん」

 

私はハルウララを連れ立って、寮へと歩いていく。足の遅い彼女を急かしながら。

 

此処は――下らない妄想が騒いでならない。

 

離れれば、収まるはずだ。

 

 

 

この胸の喪失感も、きっと。

 

 

 

 

 

 

 





















「――()()()()()


ふと、道すがら。
私はハルウララに尋ねた。

「どうして、お前は保健室や職員室に行かずにあそこで走っていたんだ?」
「えっ……?」
「だから。あそこは――()()()()()()()()()()()。それも選抜レース中で、人出も少ないというのに」

私の問いに、彼女はパチクリと瞳は瞬かせた。

「え、なんでだろ?だって……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……あれ?なんで?あれれ?」
「……ああ、わかった。もういい。何も考えるな」
「あ、うん……」

あの時、ハルウララは混乱した様子だった。
きっと友達が危険な状態で慌ててしまったんだろう。有事の際はこういう事があるから気をつけねばな。

……少し、気分転換をさせてやるか。
とはいえ、コイツの好みも知らんし……――そうだ。

「ハルウララ。お前はたしか、トレーナーはまだ居なかったな」
「うん」
「なら、朗報だ――トレーナー無しでも『トゥインクル・シリーズ』に出れるかもしれんぞ」
「えっ!?ほんとに!?」



「ああ。今、会長がその話を理事長にしているところだろう」

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