ある新人トレーナーは、三女神に囚われた。   作:まやキチ

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その昔。ラップ越しに見える星には――三食煮物ブームがあった。

 

 

翌朝。

私は――“絶好調”であった。

 

「ふ~ん、ふんふ~ん♪」

 

寮を出てすぐ。

校舎に繋がるー――広場への道。級友達が入り乱れた道を行く。

いつもの見慣れた道なのに、とても新鮮な気持ちだった。

 

――全てが輝いて見える。

 

空気がおいしい。朝ご飯もおいしかった。茶柱は立ってなかったから自分で立てたし、制服はまるで新品を着ているかのように自己暗示した。

フジキセキ寮長のスカした言葉も、今の私にはピッタリ。私はポニー娘だ。

 

いつもは端の方でぼそぼそと歩いている道も――今は堂々と正面を歩けちゃう。

朝日が輝き、ピチパク鳴く小鳥のさえずり。

想像の縦ロールが揺らめく……おーほっほっほっほ!!!

 

「んー!いいお天気!小鳥さんもおはようっ!」

 

ずざーーーっっ!!と、周りの娘たちが距離を取ってきた。

あららぁ?どーしたのかなぁ?

あっ、真ん中が空いた。主人公ならちゃぁんと真ん中歩かなくちゃね。

 

ふふふのふ~。

 

 

「……えっ、どうしちゃったのリトルちゃん」

「昨日の夜からあんな感じよ。あんな感じで一人だけでブロードウェイしてんの」

 

「……なんでもトレーナーが出来たらしいわよ」

 

「えっ!?あの“たづなさんの婚期よりも遅い走り”と言われたあの子に!?」

「そうよ。“マルゼンスキー先輩が時代に追いつくよりも遅い走り”と言われたあの子によ」

 

 

おい待て、後者は初耳だぞ。

なんだその最大級の侮辱表現。あの現行ゲームハードをプレステ2だと思い込んでる絶妙に遅れてる人と比べるのやめて?

ウマ娘には言っちゃいけない言葉があるって理解しよう?しまいにゃ泣くぞ。

 

まったく……子ウマどもがさえずりよるわ。満足に我が世の春が楽しめないじゃないか。

縦ロールがいつものショートヘアに戻ってしまった。

 

まっ、いっけどねー?

陰口を叩くようなチョベリバな連中に幾ら言われようと、チョベリグな私に一切効かな――

 

 

「マルゼンスキー先輩よりも……」「時代……ぷくく」「もー、リトルちゃんが可哀想でしょ?……ちょっとおもしろいけど」「マルゼンスキー・リトルだね」「マルゼンスキー・リトル……」「マルゼンスキー・リトルちゃん……」

 

 

おいやめろ、誰がマルゼンスキー二世だ。それはグラスワンダーだ。

つか、言ったな。二回目言ったな。言ってはならない事言ったな?

 

よし、いいだろう。

これから心に残る悲惨な泣き方で泣き腫らしてやるからな。時々思い出しては、私はなんて事を……って後悔するレベルの奴で泣くからな。

こんなの無勝の底辺ウマ娘に掛かれば、お茶の子さいさいよ!

 

すぅー………――……ん?

 

なんか、前の方が騒がしい。

良く見れば、広場のところ――“三女神像”の前で人だかりが出来ている。

周りの娘らもなんだなんだと距離を戻してきた。うん、ありがとう。ほんとはちょっと悲しかった。

 

「なんだろアレ?」

「さぁ……?」

「なんだか分かる?マルゼンスキー・リトルちゃん」

「わかんない。……次それ言ったら、あなたの尻尾マリルリみたいにするからね」

「えっ、こわいごめん」

 

にしても、なんだろう?なんでもいいけどね。

今の私はトレーナーで心がいっぱ………

 

 

「………」

 

 

トレーナー、んん?……トレーナーが……――()()

 

えっ、トレーナー!?

なんで広場にいるの!?しかも、なんで正座なの!?

なんかプレート持って――

 

 

「このトレーナーさん。なんかしたの?」

「なんか持ってる。ええっと……“わたし は ちこく したあげく あやまりにもこず かってにたんとうをきめ かってにトレーニングをし かってにかえった ことを はんせい します”……?」

「ちょーかっけぇじゃん。マジ芝なんだけど」

 

 

あー……。えっ、どうしよう。

さっきまで誇れるトレーナーだったのに――今は身内面したくない。

あまりに清廉とした正座のせいで、妙な空気が出来上がって誰一人として話しかけられないあの空間に行きたくない……。

 

いやでも、その発端は私にもあるしぃ……えぇ……。

 

ここは……。

 

うん――他人の振りしよ。

主人公な私にも無理な事はあるのだ。

 

……あー、誰だろあの人知らないなぁ知んないなぁ……私ぃ、ただの一般通過底辺ウマ娘だからぁ。

すぃー。

 

「……ん?あっ、モブ子!」

 

ちぃぃぃ!!見つかった!!

仏様みたいにだんまりしてたトレーナーがいきなり声を上げたからか、その視線の先ーーつまり、私に人だかりも注目する。

 

くそぅ……私を見出してくれたその目が、今は恨めしい……!!

 

「…………おはようございます、トレーナー」

「うん、おはようさん。モブ子」

「……どうしちゃったんです?」

 

「いや――ちょっとチョベリバな事があってな……」

 

うん、それはわかってます。正座してるからね?

わかってるからその独特なソレ――今はやめてもらっていいですか。

 

ほら、周りの娘も「やっぱり……」みたいに私を見てますから。分かってない娘も教わって情報が伝播していっちゃってるから。

いいんですか?貴方のモブ子が、マルゼンスキー子になっちゃいますよ?

略して“まる子”ってかやかましいわ。

 

「まあ、持ってるコレが理由なんだけどね……駿川さんに怒られちゃって。理事長が準備できるまでそうしてなさい、って」

 

たづなさん……。

怒る理由は重々承知してますけど……せめて、理事長室前の廊下とかにしてくれません……?

こんなんでも、うちのトレーナーなんですよ?

だから、私の走りと婚期ぃ……――うん、この話は止めよう。悪寒がする。

 

「……ごめんなさい、私も気がつけばよかったんですが」

「いいさ。良く眠れた?」

「はい」

「それは何より。今日から本格的なトレーニングだからな。初回だからきっちりばしっと決めるぞ。厳しく!鋭く!……頑張ろうな」

「はい」

 

うん、正座してるから欠片も威厳がない……むしろ、見てて恥ずかしいです、トレーナー。

どういう人物か納得したようで――クスクス笑いながら人だかりは、校舎へと消えていく。他の人も“三女神像”より目立ってるトレーナーに注目しながら歩いているのが横目で見えていた。

 

うぅ……恥ずかしい……。

これは長く話題されそうだなぁ……マルゼンスキー・リトルよりは何倍もマシだけど……。

 

「そういえば、モブ子ってこれ好きーとか、これ嫌いーみたいなトレーニングある?」

 

この人はこの人で欠片も気にしてないし!

視線に鈍感過ぎるぞこの唐変木……!だから、あんなに幼い日の約束もどきが量産されるんだ絶対!

 

「……まあ、特には……」

「そっかそっか。んじゃあ、ちょっと奇抜な感じでも大丈夫?」

「別段構いませんが……()()……?」

「いや、実はさ――」

 

「――反省中に暢気におしゃべりとは、随分と度胸がお有りのようですねぇ……新人トレーナーさん……?」

 

「「あっ……」」

 

背筋につららが突き刺さるようなひっくい声が聞こえてくる。

ややして、振り向くと、エレベーターレディを緑色にしたような制服を着ている――駿()()()()()()()が隣に居た。

 

見慣れた人好きのする笑顔に――わかりやすい青筋が立っている。

 

「はっ、駿川さん……あの、これはぁ……」

「――たづなで結構。それはそれは、長ぁいおつき合いになるでしょうから」

「は、ははは。お、おれ、わた、私もそう思いまする、はい……」

「ふふふ。私たち、ウマが合いそうですねぇ。どうですか?嬉しいですか?嬉しいですよね?」

「うっ、うれしぃーなぁー?」

 

ガチギレじゃん……。

いやまあ、やった事を鑑みれば納得だけども。

そう思ってると――たづなさんの視線がこっちを向く。

 

わっ、私も、もしかして説教……?

 

「モブリトルさん」

「ひゃいっ」

「ああ……貴女には怒っていませんよ。担当契約、おめでとうございます」

「あ、ありあす……」

「この人は――()()()()()()()()()()()()()()()()()()。是非、トレーニングを重ねて立派なウマ娘になってくださいね」

「はい……」

 

うわー……薄々思ってたけど。

 

トレーナーって――()()()()()()()()()

 

実績の無い新人さんだけど、試験結果が良かったりなんだりしたんだろうな。幼い日の思い出云々は置いといて、エリート共が誰も彼もがトレーナーを見ていた理由も分かる。

きっと、逆スカウトしたかったってとこか。

 

そう考えると、本当に私は運が良かったんだなぁ……嬉しいなぁ……。

 

 

「さぁ、行きますよ。理事長がお待ちです」

「いだっ、いだだだ……あの!歩けるので、耳を引っ張ら……いったい!です!耳がウマ娘みたいに延びたらどうしてくれるんですか!?」

「まぁっ。そしたらメイクデビューでもしてみます?皆さんにボコボコに叩きのめされたら、その遅刻癖が少しは矯正されるかもしれません」

「まだ一回しか、遅刻して、いっててって!」

()()()()()()()()()()()遅刻しておいて良く言えますねぇ。次、遅刻したら何して貰いましょうか……!」

 

――っと。

耳を引っ張られながら去っていくトレーナーから、目を反らした。

……そりゃあ、勤務時間丸ごとだもんね。それも初日だし。

 

 

 

 

―――――

 

特になんて事はない時間が過ぎる。

 

 

クラスメイトのキングヘイローが体調不良でお休みだったり、中庭でオグリパイセンがカビゴンみてぇな腹して寝転がってるのが見えたり、花壇の近くでトウカイテイオーが花占いしているという怪奇現象が噂されたり、廊下ですれ違ったメジロマックイーンが「お菓子あげますわ」とか言って渡してきたのがただのスティックシュガーでしたり顔されたりとか。

 

あるにはあったが。

特には特筆する事はなく――時間が過ぎていく。

 

―――――

 

 

キンコンカンコンと聞き慣れたチャイムと共にやってくる昼休み。

 

「リトルちゃーん、ごはん行こー」

「あっ、うん。行こっか。ジャラちゃん」

 

いつも一緒にご飯を食べるクラスメイトと、食堂――カフェテリアに向かう。

彼女はジャラジャラというウマ娘。私と一緒の無名の頑張り屋さん。同じクラスという事もあって、大抵この娘とつるんでいた。

 

いつも話す事は友達のように下らない内容だけど――今日に至っては、喜ばしい内容だった。

 

「それにしても、ジャラちゃんもトレーナーが出来て良かったねぇ」

「うん、ありがとう。リトルちゃんも良く出来たねぇ。中距離2000mレコード逆更新してた割に」

「おっ?褒めたらなんか煽られたぞ?ここでジャラちゃんがトレーナーを見つけられるようにって謎の壷詐欺られた話する必要ありそう?」

「………」

「………」

 

「「イエーイ!」」

 

そう!彼女にもトレーナーが出来たのだ!

私ほどではないがレース成績が悪いジャラちゃんが、だ!

 

聞けば、それなりに実績を上げた中堅トレーナー。頭がダートみてぇな事以外は良い人らしい。頭がダートみてぇな事を除けば。いや、ハゲなのは許してやれよそこは。

 

トレーナーが出来た事による優越感に浸るのもいいけど、同好の士と喜びを分かち合うのもいいに決まってる。

 

現に、私の知り合いの底辺ズの皆も何人かトレーナーが付いたという。

嬉しくない訳がない。

 

私達は笑い合い――やれ、私のトレーナーは新人だけどイケメンな上優しいとか。やれ、私のトレーナーさんは頭ダートだけどGⅢは取った事あるとか。

 

下らないマウント取りに終始していると――ほどなく、カフェテリアにつく。

 

 

「およっ?あー、リトルちゃんだー。さっきぶりですねー。良ければ、私もお供していいですか?」

 

 

――と。

同時に、突如視界に入る――薄緑のウマ娘。

 

………。

 

「……なんだ、ウンスか」

「ちょっとー!その変な名前はやめてほしいって言ってるじゃんかー!せめて、セイちゃんかスカイって呼んでくださいよ」

「なんかやだ」

「えー!」

 

私とジャラちゃんの麗しい青春を邪魔しやがったのは――クラスメイトの()()()()()()()。つまりは、ウンスだ。

どうして変な名前で呼んでるか?――簡単だ。

 

わたし、こいつ、すきじゃない。

 

スペシャルウィークとかは、見て分かる良い奴って感じだから憎みづらいんだけど――ウンスは別だ。

こいつは……のんべんだらりで飄々としているくせに、その実。常に有利になる情報を集めるキレ者だ。

――まず属性が気に入らない。

 

「んー。ジャラジャラちゃん。ちょーっと、リトルちゃんと二人きりにしてくれません?」

「えっ?えーっと……」

 

ジャラちゃんもその事を知っている。

そんな奴が、二人きりにしてほしいって言うなんて明らかに怪しいと分かっているんだろう。難色を示してくれていた。

ありがとう!私達ズッ友だょ……!

 

さぁ、こんな奴無視してカフェテリアに――

 

「あー……そういえば、ここに新しい映画のチケーー」「あっ、私。先約があるんだった。ごめんね、リトルちゃん」

 

おぃいいいい!せめて悩めよ!?ウンスの話全部聞いてからにしてよ!?ジャラちゃんは、ウンスからチケットを手に入れると颯爽と去って行った――笑顔で。

ヤロウ……寮帰ったら覚えとけよ……!

 

ニコニコしたり顔のウンスと二人きりにされた私は……諦めて、カフェテリアに入った。

こうなるともう抵抗するのも面倒になってくるのだ。お腹空いたし。

 

 

 

 

 

カフェテリアは今日も大盛況。

とはいえ、学園に所属しているウマ娘+αを賄える規模なので、そこまで待つ事はない。

 

私は受付の厨房までの列に並ぶと、ひょこひょこと後ろから付いてきたウンスを睨む。いちいちあざといぞこの緑。

 

「……てか、スペシャルウィークたちは?ご飯食べるならソイツらとしてよ」

「まぁまぁ。スペちゃんは書類不備で職員室。グラスちゃんもエルちゃんも先生に頼まれたお手伝い……何もないわたくしは、こうして一人寂しく、カフェテリアに行こうとしていたのですよ」

 

よよよ……と泣き真似すら様になっててムカつく。

 

「いやぁ、リトルちゃんは優しいなぁ。そんな私と一緒にごはん食べてくれるなんて」

「ペッ」

「あー、悪態吐かれましたー。セイちゃんかなしー」

 

欠片も悲しくないくせに良く言うわ。

どうせスペシャルウィークたちも、こうして私と二人きりになりたいからって適当に誘導したんだろう。

この知的策略感がほんと腹立つ……!

 

私もこんな感じにやってみたいのに……!

 

「で?何が聞きたいのよウンス。何も話さないけどねウンス。ウンスウンスウンス。やーい、おまえのかあちゃんのむすめはウーンス」

「……まずはそれ、一回やめましょうか――マルゼンスキー・リトルちゃん」

 

周りから吹き出す音が聞こえる。

どうやら噂は順調に広まりを見せているらしい。ちくしょう。

どうすんだよ。次、モノホンに会った時どんな面すりゃいいかわかんないじゃん。()()()()()()()()()()

 

……しゃあない。やめるか。

 

とはいえ、そのまま受け入れるのも――やだ。

なんか負けた気がする。レースはともかく、他の事には屈したくないというわがままガールな私を、私は肯定します。

 

んー……セイともスカイでもない、それでいてウンスでもない感じの……。

()()()()()()()……――

 

 

「――()()()()()()

 

 

とかぁ?こんな感じだろう。

私をモブ子なんて呼ぶし、こんなひねくれて呼びそ――って、うわっ!あんだこのウマ掴んできた……!?

 

「だっ、誰から聞いたの!?そんなオンリーワン狙った拗らせた呼び方する人なんてやっぱり……!()()()――」

「ちょっ、ちょいちょい!落ち着いてよ。てきとーだよてきとー!」

「てき、とう?」

「そうそう。ウンスが駄目でも、セイとかスカイとか呼びたくないから適当に繋げただけだって。てか、ほら周り周り!」

 

ウンスは、そこでなんだなんだと好奇な目で見られている事に気づいたらしく、しばらく黙ると――

 

「そっ、そうですか」

 

困惑するように手を離した。

うん――まずは謝れこのヤロウ。私の身体を触っていいのはトレーナーだけ……きゃっ。

 

んん!と空気を変えるように、ウンスは咳払いをする。

 

「とりあえず、その名前は禁止です。……大切なものですから」

「じゃあウンスね」

「……それでいいよもう。話進まないし……」

 

――やったぜ。

 

「それでですね?リトルちゃんのトレーナーさんについて教えて欲しいんです」

「私のトレーナー?」

「ええ……はい」

 

……まあ、私にウンスが改めて聞きたい事なんてそれしかないよね。

んー、つってもなぁ……。

 

「“遅刻癖がありそうで、私生活ダメダメそうだけど、将来有望で優しくてイケメン”なトレーナー」

「………」

「えっ、まだ必要?正直、会ってまだ一日だし、良くわかってない事のほうが多いんだけど」

 

それでも、気に入っているし信じている。

会ってたった一日でも――私の事を見てくれた時点で、あの人は家族と同レベルに並ぶくらいには好感度が高いと自負していた。

 

ウンスは考え込むように黙り込む。

どうでもいいが、コイツなりに神算鬼謀が駆け巡っているんだろう。どうでもいいが!

 

 

列が進む。

 

メニュー表が見えてきたので、チラリと覗くと――もうA定食とB定食しか残っていなかった。やっぱゆっくり来ると基本しか残んないなぁ。

んー……どれにしよう?

 

「……決め手は」

「ん?」

「この人にしようとした決め手は、あった?」

「顔」

「……そうじゃなくて。こう、あるでしょう――口説き文句とか」

 

口説き文句ねぇ……。私は券売機を睨みながらぼんやり考える。

存在自体が私への口説き文句な人の口説き文句……。

 

あっ。

 

「――()()()()()()()()()()()()()

「―――」

 

あの人が言った分かりやすい決め台詞。

ちょっとスベってる上、スピリチュアルな感じ過ぎるやつ。……言ってて自分でも恥ずかしくなってきたな。

 

列がさらに進み、私が受付の番だ。白衣を纏った食堂の人たちが忙しなく動くのを横目に映す。

うーむ。二択。

どれにしようかなーっと。指を彷徨わせている。

 

――()()()()

 

ふと、呻くような歯軋りが聞こえた、ような気がした。

辺りを見回しても――そんな事をしたようなウマは居ない。

 

「おっ、やっと出番が回ってきましたねー。リトルちゃんは何にします?最近はもっぱらB定食みたいですけど」

 

ウンスもニコニコ顔だ。

てか、なんでコイツ私がいつも食ってる奴知ってるんだこわっ。そういうの知っといてどう有利に働くんだろう?

 

……まあ、いいや。

今は――この腹を満たすのは、どれにするかだ。

 

A定食は、ヘルシー路線。

筋肉量を維持しながら減量出来るっていう代物だ。だが、いかんせん満足感が微妙。おかわりすれば意味が無くなるから我慢するしかない。

B定食は、昨日トレーナーが食べてたけど肉マシマシのガッツリ路線だ。

筋肉を付けたいやつ、スタミナを付けたいやつ、なんでもいいから腹を満たしたいやつはこれを選ぶ。

 

いつもは、癪だがウンスの言う通り――B定食を選んでいる。だって筋肉を付けなきゃ早く走れないだろうし。

 

今日は――

 

「B定食にしよ。今日からトレーニングだし」

 

ガッツリしっかり出来るように栄養を蓄えていた方がいいだろう。

そう考えて、受付の人に――B定食をお願いした。

 

「あー。ダメダメ。モブ子はA定食にしときぃ」

 

なんかダメ出しされた。

 

「えっ、何でです?」

「体力付けたいんだろうけどちょっと過剰かな。栄養価が高いおかげで筋肉付き過ぎ。そのせいで、バランスがちょっと歪んでる感じがする。だから一旦リセットする意味でもA定食の方がいいよ。あと、Aは俺が作ったからこっち食べてほしい」

「いや、それが理由八割でしょ」

「失敬な。六割ぐらいだよ」

「どっこいじゃないですか」

 

――てか。

 

「なんで食堂で働いてるんですか、トレーナー……」

 

A定食一丁ー!と厨房に激を飛ばす受付の人。白衣に隠れてはいるが――まぎれもなく、私のトレーナーだった。

手際良くお盆に食器を並べる様は、最早、歴戦の域に達していた。

 

「いやぁ、今朝の罰延長ってやつ?なんか誰かが休んじゃったらしくって代打としてね。一時間説教と訓辞が終わった後、今の今までお玉かき回してたよ、あははのはー」

 

おや?――と。

そこで、トレーナーは後ろの方に向く。

 

「お友達ちゃんもAかな?おっけおっけ、すぐ用意すんね」

「――お、ともだち……ちゃん」

 

振り向けば、ウンスが呆然としたような表情でやって来ていた。

……まあ、普通にトレーナーが食堂の手伝いしてたらそうなるよね。

 

「――ウンスは友達じゃないです」

「こら、モブ子。そんな事言わない。楽しそうな話し声が聞こえてたぞ?」

「違います、宿敵です」

「……なるほど。そういうこと」

「言っときますけど、“友”と書いてとかじゃないですよ?不倶戴天って付く宿敵ですからね?」

「あー、はいはい」

 

信じてないなこの人……!!

生暖かい目でキレそうなんですけど。

 

定食が渡された。

ほかほかご飯にお味噌汁。ちんまりとした漬け物と――

 

「……今日は、煮物定食?」

「そ。野菜マシマシ肉少な目。担当権限で大盛りにしといたよ」

 

大皿に盛られた大量の煮物。

コロコロと一口大に切られた野菜と鶏肉は、醤油で色濃く染まっていて――ふんわり香るダシの香りが食欲を掻き立てる。

特に、ニンジンがすごい良い色をしていた。

 

どうしよう。

――バリうまそう。

 

「切ったのはおばちゃん達だけど。味付けと煮込みは俺が担当してね。まあ、醤油とみりんと酒とその他諸々ぶち込んで、火にかけただけなんだけどねー。お墨付きは貰ったから安心して食いねぇ」

 

トレーナーはウンスにも定食を渡す。

 

「はい。お友達ちゃんも、大盛り。モブ子の友達だからね」

「あ、りがとう……ございます」

「うんうん!仲良くしてあげてね!」

 

だからちがうっての。

 

ごゆっくらー、という気の抜けた言葉に見送られた私とウンスは適当な席に腰掛ける。目の前にはほかほかの煮物定食。

うーん、普通に美味しそう。料亭とか、お高いお弁当に入ってそうな感じ。

 

「いただきます」

 

ふと静かになっていたウンスが手を合わせると――おそるおそるといった感じで、煮物に手を付けた。

煮物一口――じんわりと、感じ入るように味わうと。

 

「…っ」

 

泣き出した。

 

 

 

 

 

 

 

はっ……?()()()()()()!?

 

 

 

「えっ、ちょっ!あんたどうしたの!?」

「なんでもないぃ……」

「それにしては盛大に泣いてるんですけど!?」

「に、煮物が目に入っただけですし……!」

「誤魔化し下手か!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――“()()”は、箸で掴んだソレを見つめていた。

 

色濃く染まった、甘じょっぱく煮込まれたニンジン。

しばし見つめて――口に運ぶ。

 

ホロホロととろけて舌全体に広がるうま味。

自然と口角が緩む、じんわりとした柔らかさと暖かさ。

 

それをゆっくりと味わった“彼女”は――――

 

 

「チッ」

 

 

――心底、忌々しそうに舌打ちをした。

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()。なんだアイツ、アカデミー賞でも狙ってんか」

 

 

 

 


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