恩讐 その4   作:露海ろみ

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恩讐 その4

ひまわりの傷はそこまで深くは無かった。

 

「あいてて…」

「ほら、動くでない!」

 

皮膚を深めに切り裂いてはいたが血はすぐに止まり、包帯を巻き終える頃には殆ど止まっていた。

赤色がガーゼと包帯を少しだけ濡らしている。娘の治療を終えたドーラは救急箱を閉じた。それを棚に戻していると娘、ひまわりは言う。

 

「ごめんね」

「・・・何故お前が謝るんじゃ?」

「なんでだろ?」

 

本人は首を傾げていたが、恐らくは心配をかけた事に関してだろう。どこか抜けた所のある彼女は自分でも気がつかずに謝罪してくる。

自分は被害者の筈なのに、加害者の彼を自然と庇っていた。

ドーラとしては娘に攻撃を加えた吸血鬼を許せるはずもなく、彼女の制止がなければ確実に手にかけていただろう。だが自分の檄意を知ってか知らずかひまわりは止めた。

 

『自分が悪かったの』

 

そんな娘の懇願を聞いた気がした。

どうして止めたのかドーラにもわからない。

確かなのは彼女の目が訴えかけていたから。

 

『だから、やめて』

 

その目は自分を止めるには充分すぎる意志を持っていた。

 

「・・・」

「ママ?」

「あぁ、すまんな。ボーっとしておった」

 

取り繕うがうまく顔を作れていたかはわからない。

 

「あのな。あの子のことなんやけどな?」

 

しかし唐突に娘は話を放り込んできた。あまりにいきなりの事にドーラは面食らい、反応が遅れる。だがその様子に気が付かないひまわりは表情を暗くポツリポツリと呟いた。

 

「あの子の目・・・」

 

「誰にも気を許せなくて」

 

「誰もが怖くて」

 

「誰も彼も自分の敵なんじゃないか、って顔しとったん」

 

かつてを回想する本間ひまわりは寂しそうに顔を伏せる。

 

「信じようとして、裏切られて」

 

「でも。誰かを信じたくて」

 

「それでも信じられなくて」

 

「『自分は一人っきり』って強がってる、そんな顔」

 

「・・・あの子、同じ顔してたんよ」

 

「パパと会う前の、ひまとおんなじ顔」

 

そこまで語る彼女は一粒の涙を流すと、震えた声で続けた。大嫌いだった過去を思い出し、それでも、それを振り切るように声を大きくしていく。

 

「ひまな。パパと・・・ママと会えて『自分は一人じゃないんだ』『自分は誰かといても許されるんだ』って思えたから」

 

「今ここにいられる」

 

「あの子が起き上がった瞬間、あの子の目を見た時に」

 

 

「自分が、目の前にいるみたいに感じた」

 

 

「初めて会うのに、まるで自分の事を見ているみたいで」

 

「だからか、あの子を、放っておけないんよ」

 

淡々と呟きを続けるひまわりの言葉をドーラは何も口を挟まずに聴きいった。

ひまわりは優しい。けっして付き合いが長いわけではない。でも彼女が優しい事をよく知っていた。

自分がこの家にやって来た時もひまわりは拒絶せずにすぐに受け入れてくれたものだ。どう見てもヒトではないこんな自分に笑顔で両手を差し伸べてくれた。

危うささえあるその優しさこそが本間ひまわりという人間の本質なのかもしれない。

 

「じゃが、あいつはお前を」

 

反論をするにはする。しかし少女の目にドーラは何を言えばいいのかわからない。

母と娘はそれ以上言葉を口にせずに黙り込んだ。

その時。リビングのドアが開くと社が姿をみせた。

 

「ひまわり、ドーラ・・・どうしたんだ?」

 

只ならぬ雰囲気を感じ取ったのか社は二人の顔を順繰りに見る。しかしその問いに答えはなかった。答えがない事に困った社は逡巡したが、当初の目的を果たす為に娘の側に座る。

 

「大丈夫か?」

 

可愛らしく頷きで返すひまわりに腕に巻かれた包帯を痛々しそうに一瞥する。だがすぐに微笑みを彼女に届けると、その手を握った。

 

「よかった」

 

泣いているのではないかと思う位、彼の目元は潤み始めていた。それ程に娘の怪我に心を痛めていた社築は一先ずは安堵する。それでも彼女が傷つけられた事は変わらない。血の滲む腕を労りながら、社は吸血鬼との会話を二人に話しだした。

 

「少しあいつと話をしてきたよ」

 

 

一人になったアレクサンドル・ラグーザはぼんやりと外を見ていた。まだ陽の高い時間だからか部屋には明るい光が差し込んでいる。

真祖の自分にとって日光は弱点ではないし、好きなものではない。眩しいし、熱く感じるし、時には煩わしい。

でもかつてヒトと触れ合う内に『まぁ、悪くはないかな』と思うくらいにはなっていた。

ヒトは陽の下で生きている。

自分は夜の下で生きている。

住む場所は違うけれども、そこに生きている事は違わない。

だがかつて父は言った。

 

『我々は数多の種族の上をいく存在なのだ。下等な生命体は須く、我らに跪けばよい』

 

その言葉を聞いた時は漠然と受け入れたのだが、今の彼は疑問符を浮かべる。

サーシャは長らく暮らした異界を離れてヒトと暮らすうちに、自分が吸血鬼の中ではかなり変わった感性を持っている事に気がついた。

 

『本当にそうなのか?』

 

『あいつらは確かに俺達より弱い存在だ』

 

『でも』

 

サーシャは知ったのだ。

ヒトという存在の弱さと、ヒトいう種族が時に繰り出す不可思議な強さを共に暮らす中で見つけた。

先程対峙した社という男もそうだ。

 

『ひまわりを傷物にしといて、それは許されねぇんだわ』

 

あの一言を告げた男からは震え上がる寒気を感じた。己が弱っているからでは決して無い。それ以上の明確な力がそこにある。

 

『何か言う事はあるか?』

 

自分にかけられる静かな問いかけに自分は抗えなかった。ただ言い訳じみた返答しか出来なかった。

 

「情けねぇなぁ」

 

頭を抱える。

何が吸血鬼だ。

何が真祖だ。

これではただのガキではないか。

 

「俺、弱いねぇ・・・」

 

上位種たる真祖であるはずのアレクサンドル・ラグーザは暖かく照らす陽の光を寂しそうに見上げた。

 

 

そこから時間は三時間ほど進む。

土曜日の昼過ぎ。社家のリビングには家長の彼、その妻と娘が揃っていた。本来ならば何処かに出掛ける予定だったのだが、朝の件もあり今日は自室で過ごす事になっている。

 

「パパ、そっち行ったよ!」

「わかった」

 

社とひまわりは流行の三人チーム制バトルロワイヤルゲームに精を出していた。共に画面を見つめて敵チームの殲滅に余念がない。

 

「よし、一人ダウンさせた」

「さすがぁ!」

「・・・ちょ待て。別チームが来た!」

「ほまーに⁉︎」

 

楽しそうに遊ぶ二人の背中をのんびりと見つめるドーラは淹れたお茶を啜る。こちらに来て知った緑茶というものはなかなかに美味しいもので、仄かな苦味がするそれを彼女は気に入っていた。

 

「ごめんパパ、ダウンした〜」

「マジでか⁉︎」

「助けて〜」

「無理無理無理! 追われてんだよ!」

「あ、二人そっち行ったよ」

「・・・対戦ありがとうございました」

 

社のモニターに表示されるのは『部隊全滅』の悲しき文字。すぐにリザルト画面が表示される。奮わないそのデータを見送り、待機画面にもどす。自分と娘の使うキャラクター達が画面に並んだ。三人制なのでもう一つ枠は空いている。

 

「何度されても漁夫されるのは慣れないな」

 

社がキーボードとマウスから手を離す。気をつけて立ち回っていたのだが、このゲームは予想を超えた先から敵がやってくることが多々ある。今回は見通しが甘かったのか負けてしまった。

 

「いい勝負しとったのに残念じゃったな」

 

消沈した二人に声をかけたドーラはまた一口、緑茶を飲んだ。そんな彼女はリラックスしているようで、実はそうではなかった。

社達は気がついていなかったが彼女はヒト外れた感覚を使い、ずっと寝室の吸血鬼の気配を追っている。

社から彼との遣り取りを聞いたドーラはどこか懐疑的であった。あのプライドの塊の様な吸血鬼が素直に自らの非を認めるとは俄には信じられなかったのだ。吸血鬼という輩は無駄に尊大で、他の種族を見下す傾向にある。彼女自身、何度か顔を合わせた事があるがどいつもこいつもいけすかない奴らばかり。正直関わり合いを持ちたくはなかった。

そこでふと一人だけ変わった吸血鬼と会った事があるのを思い出す。厳しい外見とは対照的な甲高い声で喋る奴がいた。対峙した瞬間は全面戦争かという雰囲気だったのだが、口を開けば止まらないマシンガントークで圧倒されてしまい、自分も『お、おう』などと言うのが精一杯。話すだけ話したら満足したのか『そんじゃね〜』と姿をくらませた吸血鬼もいたなぁ、とドーラは昔を思い出した。

 

『変なやつもおるのかもしれん』

 

というには変わり種すぎたのだが。

変わっているといえばあの吸血鬼の青年もおかしなところがあった。ドーラが爪を突き詰めた瞬間、彼の目には確かに諦めの意志があった。

吸血鬼はどんな時でもその意志を曲げない。例えそれが死の間際でもだ。それだけ吸血鬼という奴等はプライドが高い。

でもあの時の青年は目前に迫る死を素直に受け入れていた。

それがドーラにとっては不思議でならなかったのだ。

思索に耽っていると動きがあった。寝室の青年が動き出している。ドーラは遊んでいる二人に気が付かれぬ様、静かに立ち上がるとリビングのドアを注視する。扉の硝子に姿が映った。シルエットはそこで動きを止める。

 

『所詮は吸血鬼か。二人はわしが守る』

 

ドアを破られた時の為に身体に力を込め、迎撃の準備をとった彼女の目が紅く輝く。そんな臨戦態勢のドーラが見つめる扉が、ゆっくりと開いた。

 

 

アレクサンドル・ラグーザはのそのそとベッドから出ると、側に置いてあった服に袖を通す。薄い灰色のズボンと黒い上着。ヒトの服はよく知らないがこれまで着た中で抜群に動きやすい事がよくわかった。シンプルなのが良いのかもしれない。

 

「実家の服がめんどくさすぎるんだよな」

 

やれ召使いのブタは無駄に豪奢で煌びやかな服を着る事を口煩く告げてきた。

 

『ラグーザ家の三男様なれど、御召し物はしっかりとしませんと!』

 

サーシャ自身そのような服は嫌いではなかったし、鏡に映る姿に格好つけてポーズを取ったこともある。だがめんどくさいのはめんどくさいのだ。何より動きづらい。

・・・あの村ではシンプルなパンツに白いシャツを来て過ごしたものだ。

懐かしい思い出にふっ、と笑う。

過去は過去。

自分はそれを置いてきた。

いや違う。逃げてきた。

本来ならばこんな事を想う資格は無い。

それでも思い出した少年の顔は忘れられなかった。

 

—あいつは元気にしているだろうか。

 

かつての弟分の笑顔を思い出しながらサーシャは着替えを終えた。

そうして、やるべき事のために部屋を出る。目指すはヒトの気配のする一室へ。そのドアは廊下の先にあった。まだ痛む身体でその前へと立つと、気がつく。

 

『これは警戒されてんねぇ』

 

こちらに向けられた敵意を感じる。ただの木製の扉が鋼鉄製へと切り替わる錯覚を受けた。自然と冷や汗が首筋に流れていく。殺気を向けられているのは間違いなく自分。出方を間違えたら待つものは・・・。

でもサーシャは臆せない。取手を掴み捻り、扉を開けていった。

今の自分にはやらなくてはならない事があったから。

 

 

ゆっくりと開かれたそこには吸血鬼の青年が立っていた。社の用意した部屋着を身にまとい、僅かな恐怖と確かな決意を持った面持ちの彼は立ちはだかるドーラに目を合わせると小さく頭を下げる。

 

「・・・っす」

「何のようじゃ?」

 

ドーラは警戒を解かない。解く必要はない。厳しい視線を浴びせかける彼女は青年に再び圧をかける。これに相応の反応する様なら、その時はそれまでだ。家族を守る為に彼女は戦わなければならなかった。

 

「あの」

「何じゃ?」

「ッスーー・・・」

 

扉を開けたサーシャは待ち受ける彼女に息を呑む。

怖ぇ。いや、マジで怖ぇ。

俺、こんな人がいたのに反抗的な態度をとっていたのか⁉︎

冷たく睨め付けられる視線に身体が拒否反応を示している。もはや冷や汗どころではない。両脚が震え出す。紅く光る瞳から自分が如何に矮小な存在かを教え込まれている。

圧倒的な格の違いを嫌でもかと教え込まれる。

 

「どうした?」

 

その一言は重い。

次の言葉は、大切に選ばなくてはいけない。

もし間違ったのなら・・・瞬間、己の存在は消える。

百年超の長き時を生きた自分でさえ、目の前の女性の瞳から逃れる術はないだろう。

そこでも。追い詰められたアレクサンドル・ラグーザに出来る事は一つだけだった。

 

「すいませんした」

 

真祖のプライドなんか容易くかなぐり捨てて頭を下げる。

 

「頭に血が昇ってたのは否定しません。でもそのせいでやってしまった事だと言い訳するわけじゃありません」

 

下げるものを下げたまま吸血鬼は言葉を続けた。

 

「でも、あの人に手をあげた事は謝らせてください・・・本当にすいませんっした!」

 

これは本来の吸血鬼なら絶対に行わない行動。でも彼にとっては当たり前の行動足り得る。

彼は知っていた。

ヒトと暮らした中で、ヒトが家族に向ける愛情をよく知っていたから。それを見た自分でさえも羨ましいと思うほどに彼らが眩しいのを知っていたのから。

そのヒトを自分が傷つけた。

この事に彼は罪を感じていたのだ。

 

アレクサンドル・ラグーザは普通ではない。

彼は確かに異端だろう。でもそれは吸血鬼としてだ。でもヒトとしては至極真っ当な価値観を有していた彼はヒトとして真っ直ぐ頭を下げる。

 

「お前・・・」

 

ドーラは困惑した。思わずたじろぐほどにだ。

変わった奴だとは思っていた。だがまさか真祖であるラグーザ家の血統が弱点であるその首を晒す行為をするなど彼女も予想は出来ていなかった。だが事実。彼女の前で首を垂れる青年から邪気は一切無く、言葉の通りに即した行為をし続ける。

もし反抗する態度ならば即座に滅してやろうとさえ思っていたドーラからすれば、彼の行動は予想の斜め上を行っていた。

向かい合う両者の間にはそれから言葉は無く、リビングからは社とひまわりのゲームをする音だけが響いていった。

 

 

「あ〜! またやられた〜!」

「だから無闇に降りるなと言っただろ・・・」

「だって降りようとした寸前にはいなかったんだよ?」

「後降りという概念があってだな」

 

父と娘がゲーミングヘッドフォンを外して会話をし始める。

 

「そんな事教えてくれてないじゃん!」

「え・・・私のせいか?」

 

戦績が奮わなかったのは父のせいだと言う娘に慌てた様子の社は弁解の言葉を投げかけるが頬を膨らませた彼女には通じる事はなかった。

 

「パパが教えてないのが悪いんやもん!」

「すまん」

 

それは父親の残念なところというのか、弱いところというのだろうか。社築は膨れっ面の彼女に笑いかけながらもどこか嬉しそうに返す。その中で助けを求めるように妻の方に視線を送り、そこで漸く場外で起きている事実に気がついた。

 

「ッ、お前」

「え?」

 

父に倣いひまわりも首を向けると、そこには対峙する母と頭を下げる青年の姿。廊下とリビングを繋げる場所で立ち合う二人に目を奪われる。

 

「本当にすいませんした」

 

変わらぬ姿勢で謝罪の言葉を告げる青年とその前に立つ妻。背中しか見えないが震えている彼の様子からドーラが怒っているのはよく理解出来た。

思わず社は立ち上がると青年の元へ向かう。何故かわからない。でもそうしなくてはならない気がした。妻の横を通り抜け、吸血鬼の側に立つと社築は彼の背に手を置きドーラに向かい立つ。

その行動は彼女を苛立たせた。

 

「何の真似じゃ?」

「少し、少しだけ話を聞いてくれ」

 

置いた手からはまだ震えが伝わってくる。それを慰めるように社は手を動かした。彼から通じるどこか落ち着いた感情。代わりに檄意を受け取った彼は妻に説得をかける。

 

「こいつは確かにひまわりを傷つけた」

「そうじゃな」

「だが”わざとではなかった”と聞いた」

「らしいな」

「私はこいつを、こいつの言葉を信じてやっていいと思う」

「おい!」

「わかってる」

 

日和ったことを言う社にドーラが異論を挟むと彼は普段家族には出さない大きな声を張る。

 

「わかってるさ! でもこいつは頭を下げてんだ。 だから、話くらいは聞いてやってくれ!」

 

どこも傷ついていないのに、それでも自らが斬りつけられたかのような顔をして社は受け止める。

 

「頼むよドーラ」

 

一度荒げた言葉を再度落ち着かせると社は彼女の手を握る。その行為から自分の考えを伝える為に。彼女ならきっとわかってくれると信じていたから彼はドーラの手を握った。

社は目を合わせない。その瞳は繋がれた手に向けられていた。

込めるべき願いをそこに込め、男は二人を繋ぐ。青年と妻を仲立ち、あくまで中立の立場で二人を結ぼうとした。

右手は吸血鬼の青年の背に。

左手は火龍種の妻の右手に。

二方向に伸ばされた橋をしかと繋ぐために。

 

「それとな」

 

向くのはサーシャへ。家族の長は告げる。

 

「お前が謝るのはドーラにじゃないだろ。もちろん私でもない」

「・・・」

「お前の言う先はあいつだろ」

 

そう言うと背を押してやる。それに促される吸血鬼は二人の横をすり抜けると少女の前に立った。動こうとした妻を社は留める。目を見て小さく頷いた。

張り詰めたリビングで人間の少女と吸血鬼の青年は向かい合う。

 

「・・・その」

「うん」

 

言葉は、選ぶものだ。その言葉をひまわりは静かに待つ。

やがて震える唇は絞り出す。

 

「ごめん」

 

そのひとことだけを言うとアレクサンドル・ラグーザは彼女と視線を揃えた。それはまるで姫に忠誠を誓う騎士のよう。

膝をついた青年は彼女の腕に触れる。

 

「こんなん言い訳だけど、そんなつもりじゃなかった」

 

「でもあんたに手をあげたのは事実だ」

 

「だから。本当にごめん」

 

その間、目は逸らさない。

そう簡単に許してもらえるとは思っていない。それでも今の自分に、今の自分が言わなくてはならない事をしっかりと伝えた。

せめて自分の誠意が彼女に届きます様に、と。

彼なりの小さな願いを込めて。

 

そんな彼の祈りは少女に届いた。

 

「ええよ」

 

傅く吸血鬼に手を取られたひまわりは結ばれた手を握り返す。

 

「うん。やっぱりなぁ」

 

暖かい手と一緒にかけられた言葉にサーシャが顔を上げると、そこには太陽の笑みを浮かべた本間ひまわりがいる。

 

「やっぱり君はひまとよく似とる」

 

何故かその言葉に涙が溢れる。

 

「こっちこそ、ごめんね。え〜と・・・」

「・・・アレクサンドル。俺の名前はアレクサンドル・ラグーザだ」

「おぉ! 外人さんや」

「ッ! そりゃそうだろ!」

「あはは!」

 

ツッコミを笑い飛ばしたひまわりは涙目の吸血鬼の目元を拭った。

 

「ありがとな。アレクサンドル」

「・・・ッ」

 

微笑みかける彼女が太陽よりもずっとずっと眩くて。

でも苦手なそれよりもずっとずっと素敵で目が離せない。

 

「・・・あんたずりーよ」

 

思わず顔を下げた彼は自分だけに聞こえる声で呟いた。

 

「なんて?」

「な、なんでもねぇ!」

 

床を濡らしかけた雫を強引に拭ったサーシャは顔を上げる。赤く腫らした目で強がる彼に笑いかけるひまわりは手を引いた。半ば強引に隣に座らせる。

 

「アレクサンドルはゲームやった事、あるか?」

「は?」

「ないんか?」

「カードゲームなら少し」

「テレビゲームは?」

「・・・ない」

 

それを聞いたひまわりはさっきまで自分が握っていたコントローラーを彼に手渡す。そして自身は社がいたポジションに移るとヘッドセットをかけながら吸血鬼に言った。

 

「一緒に遊ぼ!」

「え?」

「パパが言っとったん。『どんな奴でも一緒にゲームすれば仲良しになれる』って」

「言ってる意味わかんねぇんすけど」

「ほらほら! それ頭につけて!」

 

言われるがままにヘッドセットをつけられるサーシャは初めてのテレビゲームに引き込まれていく。どうしていいのか、どうやればいいのか全くわからない彼は彼女と共に戦場に降り立った。

これが何かは理解出来ない。でも耳に聞こえてくる声は何故か楽しそうでわからないなりに彼はどんどんと惹き込まれていった。

本間ひまわりとアレクサンドル・ラグーザはゲーム世界で肩を並べて走り出す。

 

「アレクサンドル! そっち行ったよ!」

「無理無理無理!」

「何やっとんねん!」

「無茶振りにも程がありません⁉︎」

「君、ゲーム弱いねぇ〜」

「はぁ⁉︎ 弱くねぇし!」

「弱いねぇ〜」

「・・・やってやんよぉ! てかサーシャでいい! アレクサンドルはなげーだろ⁉︎」

「サーシャ、弱いねぇ〜」

「言っとけ!」

 

 

「な? 大丈夫だったろ」

 

娘と吸血鬼が楽しそうにゲームする姿を見ながら社はドーラの肩を抱いた。二つの背中は彼らの目の前で揺れている。

 

「やっぱり悪い奴じゃなかった」

「・・・そうかもな」

 

そしてドーラもまた揺れていた。

彼女はまだ吸血鬼を、アレクサンドル・ラグーザを信じられていない。

それを感じた社築は続ける。

 

「もしあいつがまたひまわりに手をあげるなら、その時は私が止める。だから今は、私に免じてあいつを信じてやってほしい」

「止められるのか?」

「止めてみせるさ。だって私は・・・」

 

「父親だからな」

 

そう真っ直ぐに言い放った彼の横顔を見たドーラは目を閉じると彼の肩に身を委ねた。

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