初めて出会った時の印象は最悪だった。
記憶喪失で頼りなくて。
ティニは敬意を払っているみたいだけど、その頃の私にはアナタを認めることができなかった。
決して退かない、倒れない。千の槍を受けてなお、立ち続ける不屈の剣。
それが私のキラーズ、アルマス。
仲間の為に前線に立てない人に、誰かを率いる資格はない。
その考えは今でも変わらない。
「…………ん」
「起こしたかな?」
目を開けるとマスターが私の寝顔を覗きこんでいた。
見つめられることに耐えられなくて、寝返りをうって顔を逸らす。
頭の下にはマスターの太腿があった。
寝ている間に膝枕されたみたいだ。
「……何してるのよ」
「あんまりにも気持ち良さそうに眠ってるから。つい」
そう言ってマスターは私の髪を指先で優しく梳いていく。
何となく、心地良いな、と思った。
「最近は昼寝ばかりだね」
「平和になったんだから別にいいでしょ」
「ティルフィングがまるでレーヴァみたいだって言ってたよ」
「ぐっ……、レーヴァテイン程ぐうたらはしてない!」
彼女は極度の面倒臭がりだ。私は流石にそこまでじゃない筈……。
「ティニも起こしてくれればいいのに……」
「中々起きてくれないからって、僕が呼ばれたんだけどね」
「うぐっ、悪かったわよ……ってマスターは私のこと起こしてくれてないじゃない」
「もう少しだけダメかな」
そう言ってマスターに優しく頭を撫でられる。
……こういう所が本当にズルい。
「本末転倒じゃない」
「うん、そうだね」
私の頭を撫でていた手が止まる。それが酷く名残惜しかった。
「別に止めてとは言ってないでしょ」
羞恥心が邪魔をして、どうしてもつっけんどんな言い方になってしまう。
それでも、マスターは頬を緩ませて微笑んでくれた。
「ん……」
彼の指先が私の髪に触れる。
「素直じゃないなぁ」
「悪かったわね。レーヴァテインみたいで」
「ううん。君のそういう所が好きだよ」
「……バカッ!」
心臓がうるさい、顔が熱い。
この人はこんなにも私の心を掻き乱す。
「アルマス…………、」
「……え?」
本当に、振り回されてばかりだ。
「レヴァ、来客だぜ!」
昼寝を堪能していたら、珍しく誰かが来たみたいだ。
でもまだ眠っていたい。
「……パス」
「おいおい何言ってんだレヴァ!こうも毎日寝てばっかじゃいつか太っ」
「うるさい」
「ムギュギュ」
余計なことを言うムーに少し苛立ち、下顎を掴んで黙らせる。
「いい加減に起きたら?」
その声を聞いて少し驚く。
「アルマス?」
ティターニアも一緒だ。
見ればアルマスは深刻そうな表情を浮かべていた。
「レーヴァテイン、相談があるの」
彼女が私を頼るのは珍しい。大嫌いな面倒ごとの匂いに、私は盛大に溜め息をついた。
数十分後。
「それで何だか自分の心がまるで自分じゃないみたいで、なんて言うか、借り物みたいっていうか……」
「端的に言って」
「言ってるでしょ」
「何が言いたいのか俺にはサッパリだぜ」
アルマスの相談を聞くことにした私は、彼女の難解な説明に苦しめられていた。
正直埒があかない。
「ティターニア、アルマスの言いたいこと分かる?」
「私にもサッパリ……」
「お手上げね……」
「ちょっと!諦めないでよ!」
「悩みを聞いて欲しいなら言いたいことを纏めてからにして」
「言いたいことは決まってるんだけど……」
アルマスが口下手なのは今に始まったことじゃない。
面倒くさいので話はまた今度にしようとしたのだけれど
「……マスターがあんなこと言うから」
アルマスがボソッと呟いた言葉を私は聞き逃さなかった。
「アルマス…………、ごめん」
「え?」
あの時マスターは確かにそう言った。
「何言ってるのよ。らしくない」
「そう、かな……」
初めて見る表情だった。
悔しさを滲ませた、そんな表情。
「…………何に悩んでるの?」
「時々、嫌になるんだ。何もできない自分に」
「そんなことない」
力強く否定する私に、マスターは苦笑する。
「そんなことあるんだ。人類の復権を目指して君と旅をした中で、僕は何一つ役に立てなかった」
違う。
「僕は君の活躍を傍で見ているだけで、ただ守られてばかりだった」
違う!
「アルマス、君は前線で傷だらけになりながら皆を守ってくれた。でも僕は……」
聞いてられなかった。
「違う!!アナタがいてくれたから、皆戦うことができた!平和な今を取り戻すことができた!」
「だから、お願いだから……」
「自分が役に立てなかったなんて、そんなこと言わないで……」
自分を卑下するマスターをこれ以上見ることができなかった。
「…………ごめん」
マスターの表情は晴れない。
「それでも思うんだ。確かにあの戦いで僕のバイブスは役に立ったのかもしれない。でも」
「僕自身に一体何ができたんだろうって……」
いつの間にか、私の頭を撫でていた手は止まっていた。
初めて漏らすマスターの弱音に、私はもう何も言えなかった。
「……そう」
「そう、って……。もっと何かないの?」
レーヴァテインは一時間に渡る私の説明を最後まで聞いてくれた。
「……なんで私に相談したの?」
「なんでって……」
その理由を余り言いたくはなかった。
「言わないとダメ?」
「言わないならこのまま寝るわ」
「ぐっ……」
まだ肝心なアドバイスを貰ってない。
「なんだレヴァ、分かんねぇのか?」
「どういうこと?」
「いい、言う。言うから」
レーヴァテインに相談を持ちかけた理由。
「私はちょっと口下手で……」
「ちょっと……?」
レーヴァテインは余計なことを言うオートアバターの下顎を掴んで黙らせ、その先の言葉を促した。
「レーヴァテインは私と同じで不器用な所があるから、分かってくれると思って……」
「……そういうこと」
何か納得したような、しょうがないとでも言いたげな顔でレーヴァティンは溜め息をついた。
「…………はぁ、おっけ」
「アルマス、余計なことは考えなくていい」
「え?」
「自分の想いをマスターに、心のままに伝えてあげて」
そう告げた彼女の目は優しく、私の悩みに対して本気で考えてくれた「答え」なのだと伝わってきたから。
「今からマスターに会ってくる」
「アルマス?そんなに急がなくても」
「ごめん、ティニ。それでも今じゃなきゃダメな気がするの」
「ありがとう、レーヴァテイン。また今度会った時に礼をするわ!」
「レヴァ、あれで良かったのか?」
「……大丈夫。私にディスラプターズの皆が居てくれるように、アルマスにも自分のことを理解して支えてくれる人がいる」
マスターが弱音をこぼしたのも、きっとアルマスが相手だから。
「他の人ならともかく、マスターにならきっと想いは伝わるから」
だから、大丈夫。
「ハハっ、ほんと似た者同士だな」
「……うるさい」
否定はできない。
私もアルマスも不器用をこじらせている。
苦労人だな、とつついてくるムーを手で払いのける。
「…………」
不器用な彼女へ「頑張れ」と心の中で呟いた。
息を切らしながら、がむしゃらに走る。
私の想い。
あの長い旅で、ずっと傍に居てくれた。
どんな苦境に立たされても、私の強がりを信じてくれた。
そして、
そしてーーー
「マスター!!!」
「ーーーアルマス?」
「はぁっ、はぁっ……、見つけた。この絶バカ!!」
マスターの胸に飛び込む。
「え、えっと、どうしたの……?」
「どうしたもこうしたもない!いいから聞いて」
彼の胸に額を押し付けて俯く。
今からする話をしている間は、顔を見られたくないから。
これまでの旅路を思い返す。
「正直、初めて会った時はアナタのことが嫌いだった」
「記憶喪失で何もできない癖に面倒ごとを持ち込んでって、そういう風に思ってた」
「違わないよ。僕は……」
「でも、そうじゃなかった」
「挫けそうなとき、何度も助けてくれた。励ましてくれた。傍に居てくれた」
「バイブスなんて関係ない。アナタが皆を支えてくれたから、幸せな今があるの」
「私達のマスターがアナタで良かった」
これが、マスターに伝えたかったこと。
ちゃんと言えた。
それだけで満足だったのに。
「それでも皆の逆境を救ってくれたのは、アルマス。君だよ」
「君は幾つもの困難を乗り越えてきた。その足で。その剣で。その心で」
「まだ言えてなかったけど……。皆を、僕達を助けてくれてありがとう」
私はマスターのことをただ心配して励まそうとしてたのに。
「君は僕の憧れだよ」
いつだって私の欲しい言葉をかけてくれる。
本当にズルい。
そう、そうだった。そんなマスターのことを、私は……。
「~~~~っ」
顔が熱くなる。きっと今の私は耳まで真っ赤だ。
自分の本当の気持ちに、気付いてしまったから。
ーーー自分の想いをマスターに、心のままに伝えてあげて
マスターの背に手を回し、抱きしめる。
「あ、アルマス?」
「歯の浮く様な台詞ばっかり……。恥ずかしくならないの?」
もう止められなかった。
「いつもそう!自分のことはどうでもよさそうにして、他人の心配ばかりして!!」
もう抑えきれなかった。
「皆にいい顔をして!誰にでも優しくて!そんなアナタが好きなのにこれっぽっちも気づいてくれなくて!」
不器用で不格好だと自分でも分かってる。だけど
「アナタのそういうところが……」
ちっとも端的に言うことはできなかったけれど
「……バカ、大好き」
大切なことは伝えられたと思う。
顔を上げると目が合った。
その後は、気がつけば顎を上げて目を閉じていて。
強く抱きしめらながら、唇を重ねていた。
この日、私はマスターの「特別」になった。
初めて出会った時の印象は最悪だった。
記憶喪失で頼りなくて。
ティニは敬意を払っているみたいだけど、その頃の私にはアナタを認めることができなかった。
仲間の為に前線に立てない人に、誰かを率いる資格はない。
その考えは今でも変わらない。
だけど彼は、マスターなんて呼ばれてる癖にちっとも統率者っぽくなくて。
誰よりも支えてくれて。
誰よりも傍にいてくれて。
誰よりも信じてくれた。
決して退かない、倒れない。千の槍を受けてなお、立ち続ける不屈の剣。
それが私のキラーズ、アルマス。
私が
だから、
「ずっと傍に居てよね」
口下手な私には、これが精一杯。
「………うん」
マスターはキョトンとしてたけど、少しして笑顔で頷いてくれた。
指を絡ませあって、手を繋ぐ。
「これなら、離れ離れにはならないね」
「ばか」
心が温まった気がした。
守っていきたいと思えた。この日溜まりの様な暖かさを。アナタと、ずっと。
Fin
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