かつて一人の奏官と一人のキル姫がいた。
彼女の性格は僕と真逆で面倒くさがりだったけれど、別段水と油という訳でもなかった。
お互いを尊重して、時には無遠慮に喧嘩をして、今にしてみれば家族の様な関係だったと思う。
彼女は使命なんてどうでも良さげで、キル姫らしくなくて、僕にとっては普通の少女だった。
後にも先にも、彼女がキル姫だと強く意識したのはただ一度だけ。
キル姫の避けられない運命。
淘汰。
彼女はイミテーションに出遭い、淘汰を制した。
目に見える変化はなく、あまりにもいつも通りで、でも。
それでも怖かった。
ーーー……淘汰の影響はない?
ーーー影響?
ーーー……。
ーーー……何か不安でもあるの?
ーーーううん。何でもない。
イミテーションの記憶や思い出を継承した彼女と僕の関係は本当に変わっていないのか?
分からない。
多分、そんな僕の不安を見抜かれたのだと思う。
暗い顔をする僕に対し、彼女は優しい表情を浮かべて語り掛けた。
ーーー大丈夫。もしも私が居なくなっても、あなたと過ごした思い出が消えてなくなる訳じゃないから。
ーーー……うん。
ーーーだから早く幸せになってよね。家族の幸せが私の幸せなんだから。
ーーー……そっか。
家族。
今までお互いに口にしてこなかった言葉を、レーヴァがハッキリと告げた。
たったそれだけの事なのに、何故か僕は心の底から安堵し、涙が溢れてきた。
ーーー……こんな恥ずかしいこと、言わせないでよ。
感極まっている僕を見て照れたのか、彼女はフイと顔を逸らしてボソリと呟いた。
ーーー……僕はもう、充分に幸せだよ。
それが彼女と過ごした最後の夜になった。
僕にとっては掛け替えのないものだったあの時間は…、
もう決して戻らない。
ーーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーー
異族を取り込み、力を得たのが私達インテグラルキラーズだ。
終わる世界に抗う為に手に入れた力。
終焉を退け、ユグドラシルの延命を果たし、平和を迎えた今となっては無用の長物だ。
世界を救う大義があったとはいえ、
インテグラルノア計画が残した爪痕は深く、異族の力を取り込んだ私達を
そんな中、私達はマスターと出会った。
ーーー僕と一緒に来て欲しい。
ーーーキル姫の一人も連れないで奏官?冗談はやめて。
ーーー昔は一人居たんだけど、見ての通り僕は頼りないから…。
ーーーあなたの目的は何?
ーーーそれ、は……。
青年は目を伏せて言い淀んだ。
この青年に何か後ろめたいことがあるのは間違いないが、世に疎まれている
ーーー……あなたが何を企んでいるかは知らないけど、私の家族に手を出したら許さないから。
そうして私達はこの青年と行動を共にした。
周りの人間にインテグラルキラーズだとバレない様に骨と花の具現を解き、宿に匿われた。
「君達はなるべく宿で過ごしてて」
「あなたはどうするつもり?」
「……僕にはすべきことがあるから」
「……あっそ」
そう言ってアイツは私達を放って一月もの間コソコソとし続けた。
何が目的かを問い正しても、アイツが口を割ることは無かった。
ふざけてる。
(潮時、かな……)
「……レーヴァ」
思っていることが表情に出たのか、ティルに呼び止められた。
「今はあの人の善意に甘えましょう。私達の存在が表に出れば、平和に向けて歩む皆の妨げになります」
「……分かってる。でも、いざということがあれば容赦しない。アイツもどうせ、私達の力が目当てに決まってーーー」
「恐らくですが、あの人は見返りを求めていませんよ。私達に何かをして欲しいなら既に求めている筈です」
ティルはそう言ったけれど、私には到底信じることができなかった。
「口だけならどうとでも言えるでしょ。私はアイツを認めないから」
「レーヴァ。それなら、アナタ自身の目で見極めてみてはどうですか?」
「……ティルがそう言うなら」
翌日、気付かれない様にこっそりと尾行した。
アイツが私達に隠れて向かっていたのはギルドだった。
(……!)
アイツはギルドの討伐対象から
(バカじゃないの?)
ユグドラシルと共に朽ちる運命にあった世界を救う為とはいえ、私達は「剪定」により多くを切り捨ててきた。
選ばれなかった多くの人からすれば
多くの奏官から後ろ指をさされ、罵詈雑言を浴びせられていたが、マスターは決して諦め無かった。
二ヶ月が過ぎる頃には、私達の前でも疲弊した表情を浮かべる様になった。
頬に痣が残り、目には隈が出来ていることから、ギルドでの彼の扱いが見て取れる。
例え私達の為だとしても、これは彼が勝手に始めたことだ。
別に頼んだ訳じゃない。
「……バカじゃないの」
自分に言い聞かせる様に呟く。
傷付くことなんて分かりきっているのに面倒事に自分から飛び込んで、暴力を振るわれても愚痴の一つすら零さないで。
更に一月が経ち、彼は多くの奏官の反感を買いながらも主張を全く曲げなかった。
「いい加減にしろ!アイツらがまた奏官達に牙を剥いたらどうする!?アイツらはさっさと死ぬべきなんだ!」
「やり方を間違えたとしても、彼女達は世界の為に戦った!キル姫を私欲で戦わせた奏官達のせいで世界が疲弊したんだ。
「……っ!黙ってろ!」
「ぐぁ…!」
毎日の様に殴られて、罵られて、……それでも。
最終的に多くの非難を浴びながらも、マスターはラグナロク教会に
その晩、マスターは私の元に訪れた。
「話があるんだけど、少しだけいいかな?」
「その前に、さ…。……マスター、ごめん」
「え?何が…?」
「あなたのことをずっと誤解してた。……だから、ごめん」
彼の顔や身体には他の奏官達に暴力を振るわれたであろう痣がまだ残っている。
そして暴力以上に、大勢からの罵詈雑言に彼の心は傷ついている筈なのに。
「僕が勝手にしてたことだから気にしないで」
マスターは優しく微笑んだ。
多くを敵に回しても最後まで自分を貫いた彼の姿を見て、何も思わない程薄情じゃない。
もう、とっくに認めてしまっていた。
彼の優しさにもっと早く気付こうとするべきだったと、胸の内に後悔が湧き立つ。
「……これでお別れになると思うと、少しだけ寂しくなるかな」
「…………え?」
言葉の意味を理解出来ず、思考が固まる。
「もう君達は自由だ。自分の居場所に帰れるよ」
私達をそれぞれの居場所へ帰すことが目的だったと、別れの間際で初めて告げられた。
マスターは私達に見返りなんて欠片たりとも求めていなかった。
ティルはユグドラシルと、ロンギヌスはモニカと共に過ごすことを決めた。
フライクーゲルは嘗てのマスターの元で小さな診療医の手伝いを、パラシュはヴァジュラやブラフマーストラと旅を。
そして他の皆も、それぞれの居場所へ帰ることにしたようだ。
結局、彼は最後まで私達に何か求めることはしなかった。
(マスター、本当にお人好しだったんだ…。……今更か)
そう、やっと気づけた。
彼のことも、自身の胸の内に芽吹いた気持ちにも。
「君はどうするの?」
「私、帰ろうにも行く宛が無くてさ…」
「……そっか」
「……そっか、じゃなくて。何か言うことがあるでしょ?」
「え?」
「……鈍感。このままだと私、野垂れ死にするんだけど?お人好しなアナタはどうせ私を放っておけないでしょ」
彼と一緒に居る為の無茶苦茶な方便だったけど、マスターはポカンとした後、すぐに笑顔になった。
「ははっ、レーヴァらしいよ。僕で良ければ、傍に居てほしいな」
「ん…。しょうがないから養われてあげる」
「……僕が養うの?」
「他に誰にも居ないでしょ」
そうして私は差し伸べられた彼の手を取った。
肌に伝わる彼の温もりが心の奥まで浸透していく。
この日から、マスターは私にとっての新しい「家族」となった。
マスターと二人で過ごす生活が始まって一ヶ月。
男女が同じ屋根の下で二人きりだというのに進展は何も無い。
それとなくアプローチはしているのだけど、今のところ全て躱されてしまっていた。
今はベッドに寝転び、仕事をする彼を眺めている。
「はぁ……、ヒマ……」
「一区切りついたらご飯にするから。それまで待ってて」
のんべんだらりとする毎日は気が楽で良いけれど、もう少し構って欲しいとは思う。
鈍感なマスターが私の気持ちに気付く気配は一切無い。
暫くベッドでゴロゴロしたが、あまりにもヒマなので机の上の書類とにらめっこしているマスターの傍に寄った。
同じソファに座り、書類を覗き込む。
書類には「ギルドの今後の方針についての検討案」と書かれていた。
「何これ…?一奏官に投げられる仕事じゃないと思うんだけど……」
「僕だけじゃなくて、これからの奏官全員に求められてる課題だよ。平和になった今、奏官やギルドは新しい仕事を見つけないといけないからね」
「……今はどうやって生計たててるの?」
「僕らの給料はまだ税金で支払われてるよ。これからはどうだろう…?」
なんだかお先真っ暗な様子に、お互い溜息をついた。
「まぁ、案はあるんだよ?そのキル姫達にしか出来ない役割の仕事を与えれば、生活は豊かになると思うんだ」
「例えば?」
「実際にあった例だと、ミョルニルなら道路の舗装だとか、医療に通じているパラケルススには診療医をして貰ったりとか…。レーヴァの特技も何かに活かせるかもしれないよ」
「ふうん。私は寝るのなら得意かなー」
彼の太ももに頭を乗せ、ソファに寝転んだ。
「レーヴァ、仕事がし辛いから」
「そんなに大きいソファじゃないんだから仕方ないでしょ」
「ベッドで寝ればいいのに…」
苦笑いする彼に構わず目を瞑る。
すると、不意に頭を撫でられた。
「……何?」
「イヤだった?」
「イヤじゃないけどさ…。私のこと、猫か何かと思ってない?」
「猫かあ…。大きい猫がじゃれてるとこんな感じなのかな…?」
「私のどの辺が猫なのよ」
「うーん…。気まぐれで、あと…。コタツで丸くなってそうなところとか?」
「……お正月になる前にコタツ買ってよね」
「覚えてたらね。……よし、お昼にしよっか」
「ん、りょーかい」
中身の無い会話をダラダラと続けている内に、彼の仕事が一段落したみたいだ。
マスターが作ったお昼ごはんを一緒に食べる。
お腹が一杯になると、眠気がしてきた。
「ふわあ…、ねむ…」
「さっき起きたばかりじゃなかった?」
「多く寝る分には別にいいでしょ。睡眠時間は大切……」
「太るよ」
「……うるさい、ばか」
ふて寝しようかと思ったけれど、その前に確かめないといけないことがある。
「マスター、昼はどうするの?」
「意見を纏めた書類をギルドに出しに行くよ」
「……そっか。それなら早く行ってさっさと終わらせましょ」
ほとぼりが冷めたとはいえ、ギルドにはマスターを良く思わない奏官がまだ多くいる。
流石に暴力を振るわれることは無くなったけど、そんな場所にマスターを独りで行かせるつもりは無かった。
「ムリに僕に付き合わなくてもいいんだよ」
「勘違いしないで。外の空気を吸いたいだけだから」
つっけんどんな私に、マスターが優しく微笑む。
「ありがとう、レーヴァ」
「……違うって言ってるでしょ」
多分、私の考えは彼に見透かされているのだろう。
マスターの余裕ぶってる態度が癪に障ったので、後ろから抱きついて困らせた。
マスターは優秀で、半日もあればその日の仕事を終えてしまう。
若くして優秀なマスターを妬んだ奏官は、私達インテグラルキラーズを庇った事を引き合いにして未だに批判してくる。
その反面、マスターは街に住む人達からは強く慕われていた。
残った半日を、街中の困り果てた人の為に使うお人好しだからだ。
それは今日とて例外ではない。
「……いつもこんなことしてたの?」
「週に何回か、かな?」
「あのさ、少しは私を頼ってよ。これでもキル姫だし、あなたよりも出来ることは多いと思うんだけど?」
「でも面倒くさがるでしょ?」
「それはそうだけど、指摘されるのは何かムカつく……」
ついでに若い街娘達にチヤホヤされる姿も、それを鼻にかけない……、というか全く気にしてさえいない態度を取っているのも少し腹が立つ。
「はぁ…、それで?どうしたらいいの?」
「手伝ってくれるの?」
「早く終わらせないと私の睡眠時間が削られるでしょ」
「そっか。じゃあ、この間請け負った手伝いもこの機に済ませておこうかな。……レーヴァ、いひゃい…」
早く帰りたいと言ってるのに、自ら労働を増やそうとするお人好しの頬をギュムっと軽く抓っておいた。
笑みを崩さない辺り、反省の色は全く見えない。
結局、日が落ちるまで私とマスターは街の仕事の手伝いをした。
「はぁ〜……、疲れた。誰かさんのせいで」
「レーヴァ、お疲れ様」
宿に戻って夕飯とお風呂を済ませ、マスターに膝枕をして貰いながらソファに寝転んだ。
「ご褒美は?」
「何の?」
「労働には対価があって然るべきでしょ」
「明日は休みだよ」
「それは元から」
「うーん、
「それってマスターにとってのご褒美じゃないの?」
「ベッドで寝ればいいのに」
「……うるさい」
拗ねる私の機嫌を取る様に、マスターは指で私の髪を梳いていく。
それが思いの外心地良くて、もうこれでいいかと思い直した。
「やっぱりレーヴァは猫に似てるよ」
「ペットだって言いたいの?」
「え…、ぁ、そういう訳じゃ…」
マスターが顔を赤くし、珍しく狼狽えていたので悪戯心が湧いてくる。
「何想像してるのよ。ヘンタイ」
「うっ…。レーヴァが可愛いのに無防備なのも悪いと思う……」
彼の口から発された可愛いという言葉に、少し頬が熱くなる。
からかうつもりだったのに、気恥ずかしくなったので話を切り上げることにした。
「……別に、家族に甘えるのは普通でしょ」
「家族、かあ…。皆はどうしてるかな?」
それがインテグラルキラーズの皆の事を指しているのはすぐに分かった。
「送られてくる手紙を読む分には楽しく過ごしてるみたいだったけど?」
私の家族は皆幸せに過ごせている。
マスターが皆を各々の居場所に帰してくれたからだ。
そのせいでマスターは沢山の批難や暴力を浴びたというのに、一向に私に打ち明ける様子は無い。
きっと私に心配を掛けたくないとかそんな理由で教えるつもりは毛頭ないのだろう。
そう思い至ると少しだけ複雑な気分になった。
「……私達のこともそうだけど、あなたはお人好し過ぎ」
「そうかな?」
「私は家族の為なら何でも出来るけど…、アナタにとって出会ったばかりの私達は他人だったでしょ?少しは見返りを求めたら?」
「じゃあ、明日も街の手伝いをレーヴァに協力して貰おうかな」
「……ムカつく」
マスターがしてやったと言わんばかりの表情を浮かべていたので、困らせてやることにした。
「ちょ、れ、レーヴァ…」
「ん〜…?スキンシップだけど?」
身体を起こして背中に抱きついてやるとマスターは顔を赤くして狼狽えた。
そう、狼狽えているだけだ。
彼はヘタレなので、これだけアピールしても私の好意に気付く気配が無い。
やはり少し腹が立つので、その背中にムギュっと胸を押し付けて彼に無理やり意識させる。
「……れ、レーヴァ、これが見返りって言わないよね?」
「バレた?じゃあやっぱり要らない?」
「…………要らなくはないけど」
「……ヘンタイ」
それから暫くの間、彼の背中に抱きついたまま私の思い出を話して聞かせた。
パラシュやアルテミス、マサムネは堅物だとか、何故かロンギヌスから敬われてるとか。
ティルは意外と料理が出来ないとか。
「そういうレーヴァは料理できるの?」
「んー。人並みにならできるけど?」
「……僕と暮らしてから一度も作ってないよね?」
「面倒だから」
はあ…、とマスターが深く溜息をついたので、仕返しに首を甘く噛んでやった。
「そういえばさ。昔はあなたに付き合ってくれる物好きなキル姫が一人居たんでしょ?今度はマスターの話を聞かせてよ」
初めて出会った時から気になっていた疑問を軽い気持ちで訊ねると、マスターは少し困った様な表情を浮かべた。
「うん…。……でも、聞いてもあまり面白くない話だから」
「ふうん。ま、いいや…」
心なしかマスターが昔の話題を避けている様な気がしたので、それ以上触れないことにした。
「ふわあ……」
街の手伝いをして疲れたからか、いつもより早い時間に眠気がやってきた。
「レーヴァ、そろそろ寝る?」
「うん。今日はもう充電する…」
「あはは、了解」
ベッドには行かず、ソファにゴロリと寝転び、再び頭を彼の膝に預ける。
「僕が寝られないんだけど…」
「……充電中」
「レーヴァ、コーヒーでも飲む?」
「これから寝ようって時に何でコーヒーを勧めるのよ……。……熱いのがいい」
少しして、マスターがコーヒーを注いだ2つのマグカップをテーブルに置いた。
「お待たせ、レーヴァ」
「ん…、ありがと」
「レーヴァ、起きて」
ソファに寝転んだままマグカップに手を伸ばすとマスターに嗜められたが、生憎と眠気には勝てない。
「ヤダ。このまま飲む」
「寝ながら熱いのを飲もうとすると、口の中を
「………何の話?記憶に無いんだけど?」
「…………え?」
瞬間、マスターの表情が動揺に染まった。
それは、ただの記憶違いを指摘された反応では決してなかった。
「……マスター?」
「そう、だね。……ゴメン、僕の気のせいだ」
身体を起こして彼の顔を覗く。
そこには先程までの柔和な笑みは無く、陰りの差した表情だけが見てとれた。
どことない違和感に背筋がざわめく。
眠気は一気に吹き飛んでしまっていた。
「ははっ。……本当に、最低だ。
マスターは掌を自身の額に押し付け、自身を呪うように呟いた。
彼の悔恨に心当たりは無かった。
つい先程までは。
ーーー昔はあなたに付き合ってくれる物好きなキル姫が一人居たんでしょ?今度はマスターの話を聞かせてよ
ーーーうん…。……でも、聞いてもあまり面白くない話だから。
彼の話したくない過去。
彼の傍にかつて居た一人のキル姫。
私との存在し得ない記憶。
分からない筈もなかった。
「……ねぇ、マスターが昔、一緒に居たキル姫って……」
「……うん」
レーヴァテイン。
私ではない
ーーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーー
ーーーレーヴァテイン。僕はまだ新米の奏官だけど…、これから宜しく。
ーーー……あなたとは私のキラーズがたまたま適合しただけでしょ。あまり馴れ馴れしくしないで。
僕が奏官になって初めて会ったキル姫が、レーヴァテインだった。
彼女はぶっきらぼうで、初めの内は仲良くできるか不安だったのを覚えている。
そう、初めの内だけだ。
彼女の態度は不器用な優しさの裏返しだ。
初めての戦闘で魔獣に襲われる人を助けた時、僕はレーヴァテインにこっぴどく詰問された。
レーヴァテインが魔獣と応戦している間に、僕はその脇を駆ける様にして襲われた人を安全な場所へと逃したからだ。
ーーー闘ってる最中にチョロチョロしないで。全部私に任せればいいから。
ーーー君に全部押し付けて眺めるだけなんて、そんなこと出来ない。
ーーーそれであなたに死なれたら、私の寝覚めが悪くなるでしょ。
僕もレーヴァテインも頑固だから、喧嘩もしたし、口をきかないこともあった。
けれど少しずつお互いを認め合って、仲良くなって、気が付けば家族になっていたんだ。
ーーー君のこと、愛称で呼んでいい?
ーーー……別に。もう家族みたいなものなんだから好きに呼べばいいでしょ
ーーーうん。
ーーー……ん。
レヴァはとても怠惰で、面倒くさがりで、だけど僕にとっては妹の様な存在になっていた。
レヴァとの付き合いが二年を超える頃には、奏官としてそれなりに優秀だった僕は彼女と穏やかな日常を過ごせるようになった。
幸せだった。
レヴァがニ年前、黒い柱に呑まれて暴走するまでは。
それが終焉の影響によるものだと知らず、
暴走したレヴァは他の奏官達に粛清された。
涙は出なかった。
たった一人しかいない大切な家族を失った苦しみに慟哭し、残酷な現実に打ちひしがれた。
昔の話だ。
インテグラルノア計画による騒ぎが終わり、そうして僕はインテグラルキラーズに出会うことになる。
その中にはレヴァと同じ容姿の少女が居た。
彼女達を救う決意をし、やり遂げ、そしてーーー。
ーーーお人好しなアナタはどうせ私を放っておけないでしょ
レヴァに似た少女から共に過ごすことを提案された。
分かってる。
同じ姿をしていても彼女とレヴァは別の人間だ。
レヴァと過ごした思い出を、目の前の彼女は持ち合わせていない。
分かってはいたんだ。
ーーー
ーーーん…。しょうがないから養われてあげる
それでも僕は彼女と共に暮らすことを選んだ。
それがもういないレヴァへの未練だとは分かっている。
せめてレヴァと同一視しない様にと、彼女を
ーーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーー
マスターの懺悔を聞き終え、私は俯いた。
私が今、当然の様に享受しているこの居場所は、元々
容姿が似ている私がその恩恵にあやかっているだけ。
「
「
「……うん」
「……
「大切な家族だったよ」
その結果ギルドの反感を買い、多くの奏官を敵に回した。
マスターにとって
……それなら、私は?
そう言いかけて口を噤んだ。
彼と共に居た
マスターと
「……レーヴァ。失望した?」
「……そんな訳無いでしょ。キッカケはどうでも、私を助けてくれたのはあなただから」
「でも、僕は…」
「面影が重なったのだって、元は同じ人間なんだから仕方ないでしょ。…………今日はもう寝るから」
「……うん、おやすみ」
「おやすみ」
ベッドに横たわり、頭から毛布を被る。
その夜は、久しぶりに寝れない夜となった。
彼のことが好きだ。
面倒くさいことは嫌いだけど、面倒事を厭わずに誰かへ手を差し伸べる彼のことが大好きだ。
素直に告白するのは恥ずかしいしガラじゃないので、抱きついたり膝枕を求めたりとアピールをしたけど彼は私の好意に気付かない。
いや、恐らくは気付こうとしていなかった。
ーーーははっ。……本当に、最低だ。
そういう律儀なところが凄く彼らしいと思う。
(……あれ?私、何にヘコんでるんだっけ……)
ーーー……
ーーー……大切な家族だったよ
(…………)
(……そっか。私、
家族の様な関係ではなく、本当の家族になって欲しい。
そして、ーーー。
「ん……」
ムクリと身体を起こすと、カーテンの隙間から日が差していた。
朝6時。
隣のベッドを見やると、マスターはまだ眠っている。
「……絶対に見返してやるから」
惰眠を貪る暇はない。
密かな決意を胸に、睡眠の誘惑に抗いつつ朝食の準備を始めた。
ーーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーー
ーーーレヴァ、コーヒー飲む?
ーーーん、ありがと。……っ。……熱いんだけど。
ーーー冬だからね。
ーーー……舌、火傷したかも。
ーーー寝ながら飲もうとするからだよ…。
レヴァは面倒くさがりで、昼寝ばかりしていた様に思う。
ーーーレヴァって料理できるの?
ーーーんー、秘密。
レヴァとの思い出の数々を夢に見た。
ーーー淘汰の影響はない?
ーーー大丈夫。もしも私が居なくなっても、あなたと過ごした思い出が消える訳じゃないでしょ。
大切だった。
何にも代え難い程に、本当に大切な家族だったんだ。
レーヴァと過ごす時間の中で、レヴァの面影が何度もチラついた。
思い出の中の彼女は、容姿は勿論のこと性格もレーヴァと同じだった。
明確に違うと言い切れるのは、(勘違いかもしれないが)レーヴァからは家族への親愛だけでなく、異性への好意らしきものを感じること。
レーヴァと過ごす毎日は幸せで、ふとしたやり取りにドキリとさせられる。
レヴァと同じ容姿の少女を、レーヴァを魅力的な異性として好きになってしまっていた。
…………本当に?
レーヴァへの好意を自覚する度にそう思わずにはいられなかった。
レヴァとレーヴァに対して最低な行いをしている自分の浅ましさに吐き気がする。
レーヴァに僕の好意を悟られる訳にはいかない。
レヴァを忘れ、本当にレーヴァを好きだと言えるその時までは。
目を覚ますと、レーヴァが既に起きていた。
目の前に広がっている光景に驚愕し、目を見開く。
「…………」
珍しいのは否定しないが、前日の晩に早く寝た時は偶にある。
僕が驚いたのは、あの面倒くさがりのレーヴァが朝食を用意している真っ最中だったからだ。
「…………どうしたの?」
「……何よ。私がご飯作ったら悪い?」
「えっと…、悪くない、けど…」
髪をヘアゴムでポニーテールに纏め、エプロンを付けて料理をする姿にドキリとする。
「あまりジロジロ見ないでよ…。気が散るでしょ…」
「あ、うん。……ごめん」
僕に見つめられている事に気付いたレーヴァが、ほんのりと頬を赤くした。。
数分後、出来上がった朝食がテーブルに並べられた。
レーヴァがエプロンを脱ぎ、ヘアゴムを外してテーブルにつく。
「いただきます。……どうしたの?」
「あ、いや…。レーヴァと朝食を食べるのは初めてだったから」
「……私の話よね?」
「……うん」
ズキリと胸を刺す痛みを押し殺して、平静を装った。
こうしてレーヴァに気を遣わせている自分を情けなく思う。
「レーヴァ、昨日はごめん。もう二度としないから、いつも通りでいてくれた方が嬉しいかな」
「……そんなこと気にしてないからさ、早く食べてよ。せっかくのご飯が冷めちゃうでしょ」
「う、うん…。……いただきます」
急かされるままに、朝食を口の中へと運ぶ。
料理は人並みにしかできないとレーヴァは言っていたけど、味の方はとても美味しかった。
「……どう?」
「美味しい…。毎日作って欲しいけど、ダメ?」
「…………意味、分かって言ってる?」
ジト目を向けられたけどレーヴァの頬は少しだけ緩んでいた。
満更でもなさそうだった。
「そういえば、マスターは今日って予定ある?」
「特に無いよ」
昨日のことがあって、色々と心配していたけどレーヴァといつも通りに過ごせそうで内心ホッとしていた。
「なら、今日は私の用事に付き合ってよ」
「……レーヴァに、用事?」
「……うるさい。ばか」
理解が追い付かずオウムの様に聞き返すと、レーヴァは拗ねた様にボヤいた。
レーヴァは朝食を食べ終えても呆然としたままの僕を隣街へ連れ出した。
動物園で動物と戯れ、公園でまったりしながらレーヴァが作ってくれた弁当を食べ、それから服屋に行って服を見て回った。
「マスター。この服はどう?」
「…………」
「……もう、何か言ってよ。そんなに照れられるとこっちまで恥ずかしくなるでしょ」
黒のドレスを身に纏ったレーヴァはとても綺麗で、すぐには言葉が出なかった。
顔が熱くなって、心臓が煩くなって、何か言わないといけないと焦ってしまう。
「……えっと、すごくいいと思う」
「うん。ありがと」
語彙が乏しくて月並みなことしか言えない僕に、レーヴァがはにかむ。
柔らかなその笑みに、僕の心臓がバクと暴れだしていた。
目の前の少女にどうしようもなく惹かれている自分を自覚してしまう。
(……いけない)
かつて傍に居た少女との
購入したドレスをそのまま着たレーヴァと自宅に帰り、晩御飯を振る舞って貰った。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様。ねぇ、マスター。少し飲む?」
レーヴァは食器を片付け、グラスを取って訊ねてきた。
「レーヴァは飲んだらダメだよ」
「はいはい。これはマスターの分」
「僕はそんなにお酒飲まないんだけどな…」
「たまにはいいでしょ?」
お酒やグラスをテーブルに置き、隣り合う様にレーヴァとソファに座った。
手渡されたグラスに、レーヴァがお酒をなみなみと注いでいく。
そしてそのまま自分のグラスにもお酒を注いでいった。
「レーヴァ、ダメだってば」
「私、普通に二十歳越えてるんだけど?」
「身体は十代のままでしょ…」
「けち。一生飲めないじゃん」
「……少しだけだよ」
注がれたお酒は度数が低いのと、キル姫の代謝は常人よりも遥かに優れているので目を瞑ることにした。
「マスター、乾杯」
「乾杯」
グラスをカツンとぶつけ合い、お酒で喉を潤す。
レーヴァは一口含めると少しだけ顔をしかめた。
「ねぇ…。これ、おいしい?」
「慣れない内は美味しく感じないかもね。カクテルとかならジュースと味は変わらないんだけど……。お酒は初めてだったんだ?」
「別にいいでしょ。今まで飲む機会なんて無かったんだし…」
「お酒を飲むのも、デートに誘ってくれたのも、やっぱり僕が気を遣わせたのかな?」
それは失言だったのかもしれない。
レーヴァは僕から目を逸らして、深く溜息をついた。
「……違う。アルコールが入ったら、少しは話しやすくなるかなって思っただけ」
「……何を?」
「…………」
レーヴァは意を決する様に目を瞑り、グラスをあおった。
「んっ…、んく。はあ……。今から喋ることは、お酒のせいだから」
飲んだ量もお酒の度数も大したことないけれど、きっとそういう事にしたいのだろう。
僕は大人しくレーヴァの話を聞くことにした。
「初めてマスターと出会った時はさ、正直あなたのことをあまり信じてなかった」
「知ってるよ」
「ーーー私がマスターの後をつけてたのは知ってた?」
「え?」
思いもしなかった告白に、間の抜けた声が漏れる。
「平和とか皆のためとか、耳障りの良い言葉を並べる口先だけの連中が奏官だと思ってたんだけど…、あなただけは違った。私の家族の為に身体を張ってくれたことが、本当に嬉しかった」
「……それは、違うよ。僕は君の家族の為じゃなくて」
レヴァに似ていた君を助けようとしていただけーーー。
「
続けようとした言葉をレーヴァに遮られる。
「……なんで、レーヴァは自信を持ってそんなことが言えるの?」
「だって、マスターは誰が相手でも助けるでしょ?半年も一緒に居れば嫌でも分かるってば」
レーヴァが僕の肩へ、ぽすっと頭を預けた。
「あの時は言えなかったけど、私の家族を助けてくれてありがと」
ありがと。
たったそれだけの言葉に僕は泣きたくなる程に救われていた。
「レーヴァ、僕は…」
「んっ…」
レーヴァの顔が僕の顔に寄る。
ふと頬に柔らかい感触が伝わった。
お酒で少しだけ湿った、彼女の唇の感触。
見るとレーヴァの顔は少し赤くなっていた。
「……言っておくけど、家族に対してのキスじゃないから」
その言葉は、僕に対する異性への好意を明確に伝えていた。
冷水を掛けられた様に現実に立ち戻る。
ーーーレーヴァ、僕は…
僕は先程、一体何を言おうとしてた?
「…………ごめん」
「……ううん、分かってたから」
レーヴァは寂しげに微笑んだ。
「
レーヴァは僕がレヴァに好意を抱き続けていると思ったのだろう。
「違う。そうじゃ…」
そうでは無いと、本当に言い切れるのか?
この後に及んでレーヴァに縋る浅ましい自分を自覚し、口を噤む。
「……いいよ。私は全部受け入れるから」
「……言えない」
「マスターが誰を好きだとしても、私の家族には違いないでしょ。家族の悩みくらい聞かせてよ」
レーヴァの優しさが疲弊した心に滲みていく。
「……分からないんだ。僕は君に酷いことをし続けてきた。君の好意を受け止める資格が、僕にはない」
気付けば胸の内で抑えつけていた辛さを吐露していた。
「……どういうこと?」
「………僕は君が好きだ。でも、どうしても…、レヴァの面影がチラつくんだ。僕の想いが本当に君だけに向けたものなのか、自信が持てない……」
「……ばか」
レーヴァが僕の頭をギュッと抱き寄せた。
「れ、レーヴァ……?」
「……本当はさ、
「ーーーーーー」
自分でも気付いていなかった本心に触れられ、溢れ出した想いが涙となって流れ出した。
(そっか、本当は…)
これから僕が
「そうだ…。これから
「うん」
「守れなかった。
「うん」
涙と共に溢れ出る本心を、レーヴァは全て受け止めてくれた。
「僕は、幸せになっちゃいけない…」
「……そんなこと言わないでよ」
「でも、レヴァは…」
「淘汰をしてなくても、意思や記憶は継いでないとしても、元は同じ私だから。私も
ーーーだから、早く幸せになってよね。家族の幸せが私の幸せなんだから。
「ーーー
ふと、最後の夜にレヴァと交わした言葉を思い出した。
「多分、そう言うと思う。……都合が良いかもしれないけどさ」
「……そんなこと、ない」
今の僕を見たら、レヴァもきっとそう言ってくれると確かに思えた。
「……いいのかな?僕は、君を好きになっても」
「マスターが自分のことを許せなくても、代わりに私が……、私と
「うっ…、ぁ…、ぁ…」
その晩、レーヴァの胸で僕は泣き続けた。
泣き終わるまで、レーヴァは黙って僕の頭を抱いてくれた。
一週間も経つ頃には、お互いにいつも通り過ごせる様になっていた。
今朝もいつもの様にベッドでスヤスヤと眠るレーヴァを起こすべく、身体を揺すって呼び掛けた。
「レーヴァ、もう朝だよ」
「まだ朝でしょ…、寝る…」
「しょうがないなぁ…」
苦笑いを浮かべつつベッドに座り、毛布にモゾモゾとくるまるレーヴァの頭を優しく撫でた。
「……寝れないんだけど」
「起こそうとしてるからね」
「イジワル」
言葉とは裏腹にレーヴァは抵抗することなく気持ち良さそうに僕に頭を撫でられ続けた。
「……はぁ」
「起きる気になった?」
「……ムカつく」
レーヴァはのそりと身体を起こし、目を擦った。
寝起きでぼうっとしているのか、虚ろな目で僕を見つめ…
「……ん」
レーヴァは唇を僕の頬に押し付けてきた。
「あ…。れ、レーヴァ…?」
「いいでしょ、両思いなんだし。……そろそろ返事欲しいんだけど」
「ご、ごめん……」
少しだけ頬を赤くしてジト目を向けるレーヴァから目を逸らす。
心の準備をする為に告白の返事を一週間も待たせていた身としては酷く心苦しかった。
「両想いなのに足踏みする必要ないでしょ。……へタレ」
「ぅぐ…、そ、そうだね…」
意を決してゴホンと咳払いをすると、レーヴァの紅い瞳が僕を捉えていた。
幸せになることに、もう後ろめたさはない。
「レーヴァ。僕でよければ、ーーー」
何一つ飾らずに、目の前の愛しい少女への想いを言葉にした。
「……待たせ過ぎ。デートしてくれないと許さないから」
「うん」
「今回はちゃんとあなたがリードしてよね」
「任せて」
頬を緩ませて抱きついてくるレーヴァの背に手を回す。
「私もあなたのことがーーー」
聞けば背中がむず痒くなる様な言葉をお互いに耳元で囁きあった。
fin
このSSはアニバーサリーのレーヴァが可愛くてイチャラブ集にあげる為に書き始めましたが、余りにも前座が長い上にシリアスな感じの話になってしまったので別枠で供養することにしました。終わり方や内容に賛否両論あるかもしれませんが、たまにはこんなのもいいかな…とあげてみた次第です。
今回のSSとは別に(いつになるか分かりませんが)アニバーサリーのレーヴァとGWの長期休暇中にイチャイチャする話を書き進めていますので、イチャラブ集にあげた際は読んで頂けると嬉しいです。
最後まで読んで頂きありがとうございました!
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