ボーイミーツガールをしないと出られない部屋   作:飯妃旅立

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全三話です。


1.出会い

「らしい」

「……意味わかんないんですけど」

「安心して。僕もそうだから」

 

 閉じ込められた。

 歩いていたら突然景色が切り替わって、真っ白い四角形の部屋にいて。いくつかの家具とウォーターサーバーと、食券発行機らしきものが壁に備え付けられた部屋。

 そしてそこにはもう一人、少女がいた。あ、僕は男ね。

 

「"ボーイミーツガールをしないと出られない部屋"……セックスとかじゃなくてよかったね」

「最低。殴ってもいい?」

「ちなみにもう殴ってたりするよ」

 

 真っ白いワンピースを着た女の子。

 そして僕も真っ白い短パンと真っ白いTシャツを着ている。あとであの食券機でカレーうどんでも頼もうと思う。

 

「さて、ボーイミーツガールを始めようと思うんだけど、自己紹介からしようか。僕の名前はカズヤ。苗字は別に要らないよね」

「……あかり」

「あかりちゃんね。OK、ボーイミーツガールだから、最初はちゃん、君付けで、後々外して呼び捨てになって行こう」

「なんか妙に詳しくてキモいんですけど」

「ヘンな事に妙に詳しいのが僕の唯一の取り柄なんだ」

「いるわー、クラスにこういうヤツ」

 

 ちなみにあかりちゃんは僕基準すっごく可愛い。おっぱいもでっかい。足もすらっとしててつるつるだし、手も長い。指も綺麗。

 そんなんで白ワンピだから、こう、無防備過ぎて目に毒だよね。僕が紳士で良かったよ。ケダモノだったら襲ってる。

 

「改めて、ボーイミーツガールとは何か、をおさらいしておこうと思う」

「勝手にして」

「ボーイミーツガールとは、少年が少女に出会う……少年少女が迫りくる困難に苛まれながらも友情を育んでいき、最終的には恋へと発展する王道恋愛ジャンルの事だ。つまり最終的に僕とあかりちゃんは、この部屋で"恋"をしなければここから出る事が出来ない、というワケだね」

「嫌だけど」

「うんうん、フラれるのも困難の内さ」

 

 極論、ボーイミーツガールというのは吊り橋効果の良い言い方だ。

 危機的状況に二人きりで、あるいは複数人であっても隣同士で遭って、そこから抜け出す事でお互いを確かめ合っていく。互いを信頼し、認め、受け入れて、好きになる。そのプロセスを経るからこそのボーイミーツガールであり、決して強制されるものなんかではない、のだけど。

 実際出られなそうなんだよね、こういうの。

 

「じゃああかりちゃんは、一生この部屋にいてもいいの?」

「……別に。お水もあるし、ご飯も出るみたいだし。アンタがいる事以外、特に不満はない。ケータイも……今はいいし」

「ちなみに僕はログインボーナスが切れるのが嫌なので今すぐにでもここを出たいよ」

「くだらない事に人生を費やしてるのね」

「サターン論ッ!」

 

 さてはて、取り付く島もない、といった感じのあかりちゃん。

 ただ情報は一つ得られた。

 

「友達、あるいはネット関係で嫌なことでもあったのかい?」

「……別に、アンタには関係ないでしょ」

「いいじゃないか。どうせ暇で、どうせすることもなくて、どうせレジャーなんだから」

「暇潰しをしたい、って風にしか聞こえないんだけど」

「それ以外になんか言ってたかな僕」

「アンタさ、人格最底辺でしょ」

「照れるなぁ」

 

 食券器に近づく。

 カレーやラーメンなどの王道料理が並ぶソレから適当なのを二個選んで注文をすれば、取り出し口から食券が二枚発行された。

 これをどうするんだろう、と辺りを見渡せば、なんだか改札口のような券を入れて欲しそうな口が一つ。

 そこにイン。

 すると白い壁の一部がパカリと開いて、中からカレーうどんと酸辣湯が出てきた。

 

「どっちがいい?」

「……酸辣湯」

「おっけー」

 

 全部が真っ白で見辛いけど、ここには机やベッドなどの家具が二人分揃えられている。ちゃんとベッドも二人分ある。チッ。

 だから彼女側の机に酸辣湯を置いて、カレーうどんを自分の机において。

 

「話をしようよ、あかりちゃん」

「……食べてからじゃダメなの?」

「僕、猫舌なんだよね」

「知らないんですけど」

 

 冷ます間、話そうよ。

 

 

 

 

 

 

「……別に、特別な事じゃない。親友だと思ってた子が、私のいないグループで私の悪口とか、私の写真馬鹿にしてたりしたのが発覚したってだけ」

「ははーん、昨今の加工ツールはなんでもできちゃうよねぇ」

「アンタさ、その性格だと友達いなそうだけど、いるの?」

「いるように見えるなら眼科と精神科をお勧めするけど、実はいるんだよねこれが」

「どんな人?」

「なんといってもまず外資系で働くS山さん。一緒に打ちっ放しとか行くけど、その度にご飯をおごってくれるんだ。高級焼肉なんかをね。次に銀行員のK田君。彼は既に結婚していて娘さんもそろそろ三歳なんだけど、変わらず僕にお金をくれるんだ。どうかあの事だけは話さないでくれ、ってね。次にA乃さん。彼女はどうにか楽をしてお金を稼ぎたいらしくてね。カラダを売るアフィリエイトを紹介したら、涙を流して感謝してくれたよ。貴方とは一生の友達でいさせてください、って」

「良かった、私の目は正常みたい」

 

 みんな友達想いの良い人達だ。だから僕としても良いお付き合いをさせてもらえている。

 尤も彼ら彼女らとて僕のいないグループでは罵詈雑言の嵐の可能性もあるけれど、発覚の可能性がある以上、そんな迂闊な事はしないだろう。そういうリスク管理が出来る人しか選ばないからね、はは。

 

「私は……あの子の事、親友だと思ってた。恋愛相談に乗ったり、進路も一緒に決めたり。カラオケ行ったりファミレス行ったり……親友で、友達だと思ってた。でもあっちからしたら違ったみたい」

「嫉妬の対象に変わってしまったのかもしれないね。あかりちゃんは可愛いからさ」

「ナニソレ。そんなんで靡くと思ってるの?」

「まさか。これは素直な感想だよ。僕がプロデューサーなら君を事務所に迎え入れたいくらいには、可愛い。千年に一人の逸材だろうね。部屋の名前書き換えてセックスしないと出られない部屋にしないかい?」

「最低。一生出られなくていいからアンタ今ここで死んでくれない?」

「僕が死んだら悲しむ人がいっぱいいるからなぁ」

「喜ぶ人の方が多そうだけど」

 

 辛辣だなぁ。

 しかし、この様子だとボーイミーツガールなんて夢のまた夢だ。そもそもこんな何もない部屋でどうやってボーイミーツガールしろというのか。困難も危機も襲ってきそうにない。強いて言えばカレーうどんの汁が跳ねるくらい。どうせこれ僕の服じゃないからいいんだけど。

 あるいは、もう少し待ってたら何か起きるのかな。

 困難で、危機的な状況が。

 

「室温完璧、水も食事も出て、しいて言えば娯楽がないね、この部屋は」

「……」

「暇は人を殺すよ。だから、暇を潰していこう。まずは君の困難を払いのける所からだ」

「私の、困難?」

「そう。親友だと思っていた子が実は自らの陰口を叩いていて、裏では自らを馬鹿にしていて。君はそれをどう思ったんだい? 悲しかったか、つらかったか。嫌だと思ったか、もしくは、どうでもいいと思ったか」

「……別に。友達が一人減った程度よ。他にも付き合いのある子はいるし」

「でも、他の子らも、その親友と同じような事をしていないとは限らないだろ?」

「それは……」

 

 これは困難だ。

 少女あかりが直面している困難。僕から言わせてもらえば、他人なんてのは少なからず周囲を見下しているものだから、そういう"期待"をする事自体が間違っている、となるけれど、この純情そうな少女にその結論は似合わないだろう。

 僕は僕、彼女は彼女。みんなちがってみんないい。昨今の小学生なら誰だって知っている。

 

「君にとって、友とはなんだろう。腹を割って話せる存在? 悩み事を全て打ち明けられるし、隠し事なんて一つもない。そんな存在かな?」

「それは、違う。別に、隠し事をしていたって、悩みを打ち明けなくたって、別に良い。そこまでしなくてもいい。そこまでされると逆に重いし」

「成程。それじゃあこうかな? 君を認め、君を好き、君に焦がれ、君だけを見る存在」

「そんなの友達じゃない。それは多分、私を好きな人」

「そうだね。今の僕がそうかもしれない」

「キモ」

 

 チクチク言葉やめてください。

 にしても、案外芯が通っている。明確な基準がある。自覚をしていないだけで、彼女にはしっかり己がある。

 

「君の方はどうだろう。友とは、君が好きだと思える人? 君自身が一緒に居て楽しい人? 同じ意見を持ち、同じ方向を向き、同じ相手を──好きになるような」

「それも違うと思う。別々の方向を向いていていいし、違う相手を好きになるだろうし、意見が食い違って喧嘩することもあるだろうし。一緒に居て楽しくない時があるかもしれないし、そもそも性格として嫌いかもしれない」

「まるで僕みたいだ」

「そうね。ここに死んでほしい、って感情が加わっていなければ、そう思っていたかも」

「ふふん、光栄だね」

 

 さて、ならば。

 話は簡単だろう。

 

「君の言う、親友。陰で悪口を言い、君の写真を馬鹿にしたかのような加工をして遊んでいた彼女。君にとって彼女はなんだろう。君にとって、敵か? 愚かな存在だろうか。本人の見ていない所でしか粋がれない矮小な存在。自らの容姿に嫉妬する、憐れな誰か、だろうか」

「いいえ。あの子は友達よ。多分、親友ではなくなったけど。影で何かを言われていたとして、私に何の不利益もない。馬鹿にされる事で傷付くのは私のプライドだけ。私が彼女を……まだ、友達だと思っていたいのなら、それくらいは我慢できる。プライドが勝ったら潔く縁を切ればいい」

「いいね、そういうクールな関係は僕も大好きだ。利益不利益での付き合い。うん、明確でわかりやすい」

「……アンタとの恋とか、天地がひっくり返っても起きそうにないんだけど」

「それは残念だね。メリットはある方だと思うんだけど」

「どんな?」

「ここから出られる」

「……それだけ?」

「それ以外に何があるんだい? 僕とあかりちゃんは、互いに住んでいる所も、本名も、職業も家族も環境も友達も、全く知らないじゃないか。僕と恋をする事で、ボーイミーツガールをする事でこの部屋から出られたら、それきり。そこで縁は切られる。ならそこが終着点さ。僕と恋をする事で得られるメリットの終着点は、この部屋から出られる事で尽きる。それ以上を求めるのなら、僕らはもっと互いを明かさなくちゃいけなくなる。それは君とて望む所ではないんだろう?」

「確かに、アンタに住所知られるとか怖気が走るかも」

「僕は君の事を知りたくてたまらないんだけどね」

「きも」

 

 カタカナより平仮名の方がダメージあるよね。

 

「さて、これでとりあえず君の困難の一つは払えたわけだけど、何か絆が深まった感じはあるかい?」

「自分が一切感じてないものを人に求めるのはやめた方がいいと思う」

「はは、手痛いねコレは。じゃあ次の困難を払おうか」

「またカウンセリング?」

「いいや。今度は相談さ。こっちの困難を払ってもらおうと思ってね」

「へえ、アンタ悩みとかあるの? あらゆる物事が自分の思い通りになるとか思ってそうな顔してるのに」

「そう思ってるならこんな所に閉じ込められてないと思うよ」

「なんならアンタがこんな所に私を閉じ込めたんじゃないかって思ってるけど。無理矢理にでも私と恋をしたくて、とか」

「はは、さっきも言ったけどログインボーナスが切れてしまうような事はしないさ。君こそどうなんだい? 親友に裏切られた傷心から、男を求めた可能性もあるだろう」

「たとえそうだとしても、もっといい人を選ぶわ。まかり間違ってもアンタは選ばない」

「ぐぅ」

「ぐぅの音は出るのね」

 

 まぁ、こんな風に互いを牽制したって意味はない。

 下手人が誰かは知らないけれど、実際にこの部屋にドアが無くて、どういう風に閉じ込めたのかさえわからないと来たものだから、大人しく従うしかないのが事実として鎮座している。

 ボーイミーツガールをしないと出られない部屋。全く、ボーイミーツガールは"結果としてなるもの"であって誰かに強制されるものじゃないんだけどね。

 

「それで、相談って?」

「家族の事なんだ」

「家族とか、いるんだ」

「そりゃいるよ。妹が一人いてね。両親は逝去していて、親戚一同も早死に。天涯孤独ってヤツ? 孤独ではないか、妹がいるから。僕と妹はもう、この世の誰とも血の繋がりのない二人きりなんだ」

「それでよく"そりゃいるよ"とか言えたわね」

「はは、普通の家庭じゃない事は認めるけどね。それで、その妹なんだけど……もうすぐ大学に入るんだ。医療系でね。一人暮らしをする、と言っている」

「……まさか妹離れ出来ない、とかじゃないでしょうね」

「それこそまさかだよ。僕にとって家族なんて縁切りの出来ない他人でしかない。今は僕の稼いだお金で生活し、僕の稼いだお金で大学に行っている彼女も、とっとと独り立ちして、とっとと出ていってもらわないと困る」

「へえ、案外良いお兄ちゃんなのね」

「ムッ! もう一回言って欲しい。君の声でお兄ちゃんとか、そそる」

「キモ過ぎ」

 

 カレーうどん、そんな勢いよく啜らなければ跳ねないよね、って話。

 違う違う、そんな話じゃない。美味しかったよ、ごちそうさま。

 

「恩返しをしたい、とか言いだしてるんだ」

「恩返し」

「そう、恩返し。僕ばかりに働かせて、自分はのうのうと大学にまで行って。それが心苦しくて、だからどうにかして恩返しをしたい、なんて」

「良い妹さんじゃない。アンタと血が繋がっているのが信じられないくらいに」

「でも僕のほしいものがわからない。お金くらいしか返せるものがないけれど、返したところで、この先も援助してもらう事は確定している。だから今、他に、別の何かを返したい。欲しいものを教えて欲しい、と。そう言われたんだ」

「もしかして、自分の欲しいものが何かわからない、とか?」

「ざっつらーい」

 

 自分でも恥ずかしい悩みだとは思うけれどね。

 今の生活で満足している僕にとって、欲しいものなんか特にない。お金があって人脈があって、アニメを見たり漫画を読んだりゲームをしたり動画を見たり、特に過不足無い……充足した生活を送っている。

 そんな僕へ、お金も人脈も無い妹から返し得るもの。

 無いでしょ、普通に。

 

「恋人は?」

「欲しそうに見えるかい?」

「さっきから、私に対して可愛いだのなんだのと言ってるじゃない」

「勿論ワンナイトラブはしたいよ。というかよくしてるし」

「最低」

「人間の自然欲求だよ。互いの合意あってそれを解消し得るなら、それについて他人がとやかく言う事は無い。他人の疝気を頭痛に病む、ってヤツ? ちょっと違うかな」

「じゃあ、家族とか」

「さっきも言ったけど、家族なんてのは自由に縁を切れない他人だよ。不要と思う事はあれど、必要と思う事は無いかな」

「友達は?」

「それもさっき言ったよね。沢山いるよ。外資系、銀行員、学校の先生、大学教授、医者に研究員。大凡"お金を持っていそう"、"安定していそう"とされる職業の人達とは友達になった。さっき挙げた例はわざと悪くしたけれど、ちゃんと、普通に友達付き合いしている人達もいるんだよ。僕のような性格の人達がね」

「ああ……」

 

 同じ穴の狢、というヤツだ。

 類は友を呼ぶでもいい。互いに利益があると判断すれば、僕らのようなものは喜び勇んで手を取り合う。縁を切るより友であった方が多くの利益を生むのだから、友でありましょう。ええ喜んで。無論、不利益を被りそうになれば、その縁は紙切れが如く千切りさられるのだけど。

 

「妹が出す事の出来るもので、僕が欲しいと思えるもの。至極難題だと思わないかい?」

「じゃあ、なんでもいいんじゃない?」

「へえ?」

「なんでもいいのよ。何も欲しくないんなら、なんだっていい。それこそお金でもいいし、雑貨や衣服でもいい。幼稚に行くなら肩叩き券とかもいいんじゃない?」

「なるほど、その程度の事で悩む必要は確かに無いね。そもそもなんだって僕が妹の審美眼の事を悩まなきゃいけないんだ」

「それで、何を貰っても、アンタは"ありがとう、嬉しいよ"って言うのよ。アンタの妹は多分真面目な子で、アンタは案外、妹には優しくて。だから恩返しなんかしたいって思われるし、だからアンタはちゃんと、真面目に真面目な妹の事を悩む。誰かに相談するくらいにはね」

 

 優しい顔で。

 あかりちゃんは、そう、言う。

 なるほど、僕は優しかったのか。それで真面目だったらしい。

 これは長所では?

 

「つまるところ、僕はとてもいい兄だね。あかりちゃん、僕と付き合わないかい?」

「死ぬ?」

「今死んだら妹が悲しむよ」

「最低ね、ホント」

「ここから上がって行くしかないって事だね。伸びしろ伸びしろ」

「人格最底辺のポジティブな奴って救いようがないわ」

「照れる」

 

 さて、じゃあこれで、僕の困難は払われた。

 妹から出された無理難題は、「お前がくれるものなら何でも嬉しいよ」に決まりだ。

 

「どう?」

「何が」

「だから、ボーイミーツガール出来そうかな、って」

「アンタそれ本気で言ってるワケ?」

「まさか。あくまで確認だよ」

「そ。じゃあ無理よ。絶対無理。アンタの性格に難があって、けれど長所もある、ってのはわかったけど、だからと言ってアンタと恋に落ちることなんて絶対にない」

「僕の方はいつでもウェルカムだ。君みたいに可愛い子と恋が出来るのなら、ログインボーナスも惜しくはない」

「そんなこと言って、一晩で捨てるんでしょ」

「おいおい、ワンナイトラブに対して偏見がありすぎるよそれは。ワンナイトラブは別に結婚しなくてもいいし付き合わなくてもいいけどこの人と肌を重ねてみたいな、なんてカジュアルな欲求から来るものだ。その後の繋がりや関係性なんか求めて無いし、捨てる捨てないなんて気持ちも持ってない。相手が可愛いから、かっこいいから。あるいはえっちが上手そうだから。そんな簡単な欲求で人は肌を重ねるんだ」

「妙に持論出してくるのキモいからやめて」

「ふふん、僕はお金持ちだからね。ワンナイトラブには一家言あるよ」

「最低なプライドね」

 

 お金を持っていると、言い寄ってくる子は沢山いる。僕の容姿は特別優れているわけじゃないからね。だから僕に言い寄ってくるのは大半がお金目当てで、僕もそれを知っているから、ちゃんと、丁重にお返ししてあげる。

 そうやって増えた友達も少なくはない。他人を食い物にしようとする時は、自分が食い物になる可能性も考えて置くことだね。

 

「君はセックスに対して酷い偏見を持っているらしい」

「私には必要のない事、だとは思ってる」

「恋をしたくないのかい?」

「そうは言ってないけど、するのは別に結婚を決めてからでいいでしょ。快楽を求めて、とか。最低じゃない。そもそも恋も……別に、今は要らない」

「なるほどね。じゃあそれも、困難だ」

「……」

 

 恋に恋をしない少女。恋に恋焦がれない少女。

 しかし困ったことに、僕もそちら側だ。セックスこそ欲求に従ってすることは有るけれど、恋愛にまで発展する事は無い。不要な感情だと断じている。

 それこそが困難だろう。ボーイミーツガールをするにあたって、僕らは二人とも恋愛感情を不要としている。それは困難だ。ボーイミーツガールにとっての困難だ。ならばそれを解消しよう。

 

「今まで、誰かを好きになった事はあるかい?」

「ない」

「女の子でも?」

「ナニソレ。きっしょ」

「はは、今のは男の幻想って奴だよ。とかく、恋をしたことがないんだね。じゃあ、誰か……モデルでも俳優でもいいから、カッコイイな、って思った事はあるかい?」

「カッコイイ顔をしてるな、と思った事はあるけど、かっこいい、と思った事は無いかも」

「成程ね。カッコイイとされている顔の基準があって、それを満たしているからアレはカッコイイ顔なんだろうけど、自分にとっては特に刺さる顔でもないな、と。そんな感じだ」

 

 美醜はわかる。けど、美しいと思えど好きにはならないし、恋もしない。

 醜くない事は好きになる欲求に繋がらず、美しい事はただの事象でしかない。

 

「ちなみに僕の事はどう思う?」

「きもい」

「性格は抜いてほしいな。容姿的に、どう思う?」

「……別に、悪くはないんじゃない? 特別カッコイイってわけじゃないけど。デブでもないし、ハゲてもないし、毛もそんなだし。どこにでもいるヤツ、って感じ。ぱっと見結婚してそうだけど、よく見たら誰の興味も惹かなそう。平凡ちょい上って感じ」

「君は人を刺す事に躊躇を覚えないタイプだね」

「アンタだからよ」

「ありがとう、その特別は嬉しいよ。それで、僕からしたら、君は最上級に可愛いと言える。肩口で揃えられた髪。茶色がかった目。鼻の形も、顎の骨格も、耳の形に至るまで可愛い。おっぱいも大きいし、ワンピースでわかりづらいけれどくびれもいい感じなんだろう。お尻も大きいしね」

「最ッ低」

「ただ、手が出るのが早いのはマイナスポイントかな。さっきも殴られたし。僕、暴力とか嫌いなんだよね。出来れば言葉で解決したい。言語を有すのは知的生物の最大の長所だよ」

「ふん、アンタじゃなければ殴らないし」

「成程、僕だけ、か。それは嬉しいね。嬉しいと思う事にするよ、あかりちゃん」

 

 怒った顔も可愛い。

 よくこれで恋人が出来なかったものだ。男ならいくらでも言い寄ってきそうなものなのに。

 

「……アンタは」

「うん?」

「そういう……好きな人がいたら。容姿的に好きな人が、たとえば街中を歩いてたら、声をかけるの? ナンパ、って奴。するの?」

「しないよ。デメリットが大きすぎる。その子がたとえ天才的に可愛かろうと、考えられないような犯罪を行っているかもしれない。児童誘拐で海外売買でガッポガポ、みたいな人かもしれない。僕は善人じゃないけどね、僕の稼いでるお金は血や泥に塗れていない綺麗なものだ。僕が死ぬ気で働いて、死ぬ気で回し続けた清廉なものだ。それを、わざわざ沼に付けるような事、するはずがない」

「見た目が好きでも、中身が嫌なら嫌、ってこと?」

「中身というより、経歴かな。別に性格はどうでもいいよ。セックス中に気になる事でもないし、何か支障を来す事でもない。ただ僕はこれでもそれなりの地位にいてね。僕がそういう"前歴"や"前科"のある相手と交わった、なんて事実は、たとえ秘されていたとしても誰かの口から漏れ出でる。人の口には戸が立てられないよ。そういうデメリットを考えるに、僕は自らワンナイトラブをしない方がいい」

「自ら?」

「言い寄られた場合は別さ。ハニートラップは歓迎しているよ、無事に返すかどうかは別として」

 

 ハニートラップに用意される子は総じて見た目が良いからね。

 大歓迎だ。ただまぁ、持ち物は検めさせてもらうし、その動向も追わせてもらうけど。

 それで彼女らが何を失ったとして、何を背負ったとして、僕には関係のない話。なんなら僕にお金を借りに来る結果になるかもしれない。それも大歓迎だよ、友達が増えるからね。

 

「アンタさ、ちょっとは取り繕おうとは思わないワケ? その、ボーイミーツガール、をするんでしょ。私がアンタに恋するような風には振舞えないの?」

「今から好青年に振舞えって?」

「……ごめん、それは無理があった。初対面で無理ってわかったし」

「ファーストインプレッションが人間の全てだよ。第一印象こそが人間関係のその後を定める。その点でいえば、君は有無を言わさず僕を殴ってきた野蛮人だ。炒飯と冷やし中華ならどっちがいい?」

「炒飯。野蛮人とかいうけれど、いきなり知らない部屋にいて、いきなり知らない男が目の前にいて、自分の身体をジロジロ見ながらせ……くすがどうの、とか言ってきたら、普通殴るでしょ。自衛よ、自衛」

「殴ったら相手が激情してもっと酷い結果になる、とは思わなかったのかい?」

「思わなかったわ。私、アンタみたいに頭の回転早い方じゃないから」

「先に体が動くタイプだね。はは、僕あかりちゃんみたいな人苦手だな」

「安心して。私からアンタに言い寄る事は無いわ」

 

 あかりちゃんの机に炒飯を置いて、僕は冷やし中華を持って帰る。

 お金のかからない食事はいいね、たとえ湯水のように使えるのだとしても、値段は気にしてしまうから。ここ、どうにかして住めないかな。インターネット開通すれば凄く良い環境になると思うんだけど。

 

「本当に出られないワケ? アンタならなんとかできたりしないの?」

「おいおい、僕を何だと思ってるんだ。僕は一般サラリーマンだよ。ちょっと友達が多いだけの」

「そ。期待してなかったけど、今この場においては無能ってワケね」

「無能に無能って言われちゃおしまいだね」

 

 ……煽り合ったって、いがみ合ったって、特に意味はない。

 ドアが無いのだ。力業、なんてのも出来ない。強いて言えばこの食事が出てくる取り出し口が活路に思えるけれど、食事を出したらすぐに消えてしまう。つなぎ目も完全に見えなくなる。どういう技術なんだか、本当にここから出す気はないらしい。

 ボーイミーツガールをしない限りは、だけど。

 

「恋とは、どんなものだと思う?」

「……好きになって、尻尾振って、キスしてハグしてお手て繋いでデート、じゃない?」

「偏見が酷いなぁ。でもまぁ僕も同意見。ただ、そういうことじゃなくて、恋とは何だと思うか、ってこと。恋とはどういう事をする事か、じゃなくて、あかりちゃんにとっての恋とはどういう感情か、どういうものだと推測するか、を聞きたいんだ」

「知らない。経験したことないし」

「だから、推測でいい。思い描く恋とは、想像する恋とは、その感情とは、どんなものだと捉えている?」

 

 恋。恋とは。

 難しい話だろう。よく槍玉に挙げられる話題だし、結論が出た試しはない。答えは出るだろうけどね。

 なんせ各人によってその答えが違う。僕にとっての、そしてあかりちゃんにとっての恋には大きな差があるだろうし、あるいはあかりちゃんの親友や僕の妹にとっての恋にも明らかな違いが見られるだろう。

 だからこそ結論なんて出ない。一纏めにせんとする明確な"コレ"なんてものは出ようがない。概念だからね。

 

「……一緒に居たい。別れたくない、って……心、とか」

「へえ。えらく一般的な所にいったね。ちなみに僕にとっては、他のモノを疎かにしてしまい得る暴走感情、だ。考えるべき事を、メリットデメリットを度外視してしまう、理性で御しきれない巨大感情。それが恋」

「愛は?」

「ふむ?」

「よく対比されるでしょ。アンタにとっての恋がそうなら、愛はどんなもの?」

「ふむ」

 

 愛。愛か。

 なるほどなるほど、崩し所はそこか。

 

「愛は、理性さえも巻き込まれた状態、かな。恋まではまだ理性が反していた。多分、誰かに指摘されたら、冷静になってしまう。自分が暴走していると気付いてしまう。デメリットを眼前でちらつかせられたら、一歩引いてしまう。それが恋だ。もう既に付き合っている人がいる、とか。ライバルの子の方が綺麗、とか。そういう、自分の方が劣っていて、比べられた時に自身が傷付くものに対しては、人間は驚くほどの恐怖を得る。単純に傷付くより比べられて傷付く方が傷が深いんだ。恋は、そういうデメリットを前にすると、止まってしまう」

 

 だから恋はカジュアルなんだ。

 引き下がり得るから。本気の恋は勿論結構だけど、保険がかけられる。

 

「でも、愛は違う。そこまでいくともう戻れない。自らの全てを擲ってでも相手に尽くしたいという感情は、人間生物として破綻している。自らの安全と生存をこそ求める生物が他者にそこまで注ぐというのは明らかな暴走と言えるだろう。そしてそれは決して、悪い事じゃない。その域にまで至り得る時点で、生物でなくなってもいいんだから。愛を求める怪物って奴? 大丈夫、もうそうなったら人間に戻る必要はない。配偶者を愛し、子を愛し、孫を愛し。そうなったヤツは、もう一生、そうだ。たとえ相手を失っても、愛を忘れる事は出来ない。出来たとしたら、それは愛ではなく恋だった、というだけ」

「したことないクセに、よくそこまで語れるものね」

「これでも人間は沢山見てきたからね」

 

 ボーイミーツガールは多分、恋止まりだ。

 困難に曝され、危機的状況に陥り、そうして得られるのは友情と信頼だけ。そこから発展するのは恋であるけれど、相手に全てを捧げて良い、なんて所までは行かない。あくまで背を預けられる仲で、あくまで手を繋いで共に歩ける存在で。

 それが愛になるには、乗り越えなければならないものが違う。困難や危機的状況じゃあ愛は育まれない。

 

「じゃあ、問うけれど。人間観察が得意なアンタにとっての、愛が生まれるために必要な事って何」

「簡単だ。愛さ」

「……は?」

 

 胸に手を当てる。

 心がどこにあるかは知らないけれど、まぁ一般的にここだろう。

 

「誰でも持っているんだよ、愛は。生まれた時からね。要はLv.1なんだ。幼生、幼体。赤ちゃんみたいな愛を誰しもが有している。恋も愛から零れるものだろう。Lv.3くらいの時に出た髪の毛の一部とかが恋になる。でも、互いを愛し合う程に高めるには、育むには、Lv.100くらいにまでならないといけない。"自らが誰かを愛するという心"を育てない事には、誰かとの愛なんて生まれない」

「育てる」

「そう。感情と言うのは能動的に育てないと育たないものなんだ。誰かを愛する経験値が足りないと、自分が愛しているかどうかもわからないだろうし、愛していると言葉にさえ出来ない。話をすっごく戻すけど、たとえば君にとっての親友を親友と呼ぶに至ったのは、"誰かと一緒にいて楽しいと思う心"が育ちきった時に、"ああこの子といる時は最上位に楽しいな"と思ったからだろう? けれど事実が発覚して、最上位じゃなくなった。それが基準さ。最上位じゃなくなったから、友達だけど親友じゃない。愛も同じ。"ああ、この人の事は最上位に愛し得るな"って考える事が出来たら、その人との愛が生まれる。それまでは恋だし、うすっぺらい愛だし、誰にでも向けられるもの。Lv.45くらいの愛は、高校生くらいなら誰でも持ってるんじゃないかな」

 

 愛を育てる。育むのは二人で。育てるのは一人で。

 育むのは限界突破だ。互いにLv.100になった愛を合わせる事でさらに上を目指す。

 

「じゃあ、アンタにも愛はあるのね」

「勿論。あかりちゃんにもあるよ。君は強い方かもしれない。友達想いだからね」

「アンタも妹思いじゃない。だから、アンタも強い方よ」

「じゃあ、互いにLv.100になるまでお話をしよう。出られないからね。時間は腐る程ある」

「最終的に愛し合えって? 無理でしょ」

「愛までは行かなくていいよ。恋でいい。ボーイミーツガールをすればいいんだから」

「……恋も、無理でしょ。アンタ、自分に魅力があるとか思ってる?」

「お金があるね」

「じゃあアンタ、お金目当てに来た女に恋するの?」

「なるほど、確かにそれはしない。じゃあ僕に魅力ないのかな?」

「無いでしょ。欠点ばっか」

「それじゃあ問うけど、君に魅力はあるのかな。あかりちゃん。君は、容姿が優れている事以外、どんな魅力がある?」

「別に容姿が優れてるとも思ってないけど。……でも、なんだろ。腕っぷしが強いとか?」

「それは欠点だね」

「そ。じゃあ、私は容姿だけの女よ。中身に良い所なんて一つもない」

「でも、君は友達想いだよ。自らの陰口を叩かれた程度では気にも留めない、自らの感情を無視して、損得勘定で立ち回る事の出来る理性的な人だ」

「損得勘定で立ち回る事の出来る人、を私は長所だとは思わないもの」

「成程感性の違い」

 

 となると、あかりちゃんにとって僕は僕であるだけで欠点存在という事だ。いやぁ参ったね。

 

「でも僕、君のこと好きだよ」

「さっき苦手って言ってたじゃない」

「苦手と好きは両立するよ。容姿以外に良い所がない、すぐに手を上げる欠点人間な君の事、僕は好きだよ。友達想いなんて誰にでも当てはまるような長所しかない君の事、僕は大好きだ」

「あっそ。私はアンタ、苦手だし大嫌い。性格も人間関係も、そのなよなよした所も。容姿も別に良く無いから、アンタには欠点しかない。誰にでも当てはまるような長所さえ存在しないアンタの事が、大嫌い」

「それは良かった」

「は?」

 

 なら、ここが折り返し地点だ。

 ここがターニングポイントだ。

 

「僕の欠点さえ改善すれば、君は僕を好きになる。僕は君が好きだから、君はそのままでいい。そうすれば僕と君は恋が出来る。少年と少女が出会って恋をして、ボーイミーツガールの完成だ」

「改善、ね」

「さて──話をしようか」

 

 僕を好きになってもらうための、僕の話をしようか。

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