セイウンスカイに弱みを握られた。   作:あおい安室

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水着を見せたい熱い夏。

 セイウンスカイの弱みを握る糸口を掴んだ気がした春もあっという間に過ぎ去った。

 

「……おにーさーん。生きてる?」

 

「生きてるっての……なに?」

 

「エアコンほーしーいー。このままじゃ茹で上がっちゃうって……」

 

 春が過ぎれば何があるか。そう、暑くて熱くて仕方がない夏である。地方のトレセン学園と違って中央トレセン学園は日本の中心都市東京にあるせいか気温が2、3度上な気がする。急な温度変化にまだ適応できていないボクは正直言ってダウン気味。業務が終わったわずかな時間で休憩中。

 

「室外機がないここにエアコンなんてつけれないっての……」

 

「そんなぁ……じゃあ扇風機は……」

 

「……コンセント、そこにある予備ゲートで隠れてるんだよ」

 

「じゃあ今すぐどかしましょうよ!このままじゃ熱さで死んじゃいます!」

 

「持ってくる扇風機は一個もない……全部設備が整ってないトレーナー室やトレーニングルームに配置されてる……」

 

「なん、ですと……ガクッ」

 

 さぼりに来たセイウンスカイも心なしか元気がなく、体育用のマットの上でグデンとしている。ついさっき予備ゲートをどけようとした時は立ち上がったけど望みを絶たれた今はバタンキュー。それと、そのマットどこから持ってきた。後でちゃんと返しなさい。怒られるのは多分ボクだぞ。

 

「……今年は備え付けの扇風機がいくつか大破してな。予備もフル出動してるんだよ……」

 

「そんなぁ……このままだとセイちゃんとお兄さんが学園の片隅で干からびちゃいますよ……」

 

「壊れた分はアグネスタキオンに押し付けて修理を頼んだけどちゃんと直るかな……」

 

「ちょっと待った。タキオンさんに押し付けたって?」

 

「あれだけ普段研究してるんだからちゃんと直すくらいの技術あるでしょ、多分」

 

「……あの人、基本的に薬とか薬学系で実験してない?工学というか、機械で実験してる噂とかはVRゴーグル使ってたくらいしか聞かないんだけど。直す技術、ないんじゃないかな」

 

「……おのれアグネスタキオン……」

 

「お兄さん、それ八つ当たりだよ……」

 

 後日アグネスタキオンの実験室を訪れると「よくも粗大ごみを押し付けてくれたね?」と文句を言いながら実験台にしようとしてきた。彼女のトレーナーを盾にして逃げたのは関係ない話。

 

「でもさ、予備を使い切るくらいに扇風機が壊れちゃうのは怖い話だよね。トレセン学園に幽霊がいて、そのたたりとか?」

 

「そういう話は割とタブーだよ、セイウンスカイ……レースやトレーニング中の事故で亡くなったり、夢を叶えることなく命を落としたウマ娘って言うのは結構いるんだぞ……」

 

「ううっ、そうだよね……要注意なウマ娘の耳にそれとなく入るようにして調子崩させようか考えてたけど、バチが当たるどころか呪われそうだし止めておくよ」

 

「可愛い顔して何考えてるんだ……」

 

「策略と計略と仕込みかなー?後、可愛いといってもそう簡単には照れませんよ」

 

 畜生め。ある時から突然鋼の意志を手に入れたかのように照れなくなった。可愛いと言ってちょっと狼狽えるセイウンスカイは面白かったのに、結局撮影できなかったのが悔やまれる。

 

「ちなみに壊したのは全部、ミホノブルボンってウマ娘……」

 

「ええー……なんで……?」

 

「電源押した瞬間にモーターが煙吹いて破裂した」

 

「いや、なんで……?」

 

「トレセン学園七不思議……」

 

「それなら仕方ないか……」

 

 トレセン学園七不思議。ウマ娘顔負けのたづなさんにマシーンボマーミホノブルボン。他にはゴルシワープゴールドシップなんかも入るけど時々増えたり減ったりするから七に収まってない説。

 

「……個人的な恨みがあるので、今度の模擬レースでミホノブルボンに勝ったら何か奢る」

 

「ほほう。セイちゃんに取引ですかー。じゃあ、買ったら食堂で冷たいスイーツ一個奢って?」

 

「いいぞ。ニンジン系以外ならなんでもおごってやる」

 

「ちょっとー。なんでニンジンダメなんですかー」

 

「前にニンジンハンバーグを成り行きで奢ったら勝手に一口ねじ込んできたのはどこのどいつだったかな。ニンジンは嫌いだとあれほど言ってるのに……同じ轍は踏まないぞ」

 

「ちぇっ、計画がバレてたか……まあいいでしょうとも。そうと決まれば、ちょっとばかりトレーニングしてきますかね。それじゃ、用務員さんも落ち着いたらお仕事頑張ってねー」

 

 立ち上がるとぐっぐっ、と柔軟体操を済ませてセイウンスカイはいつものように人をからかう笑顔を見せつつ、手をひらひらと振って倉庫を出ていった。

 

 

 ……ちなみに肝心の模擬レースだが、参加者が熱中症でレース中にダウンしたこともあって中止になった。ただ、中止になった時点でセイウンスカイが先頭だったので冷たいスイーツは奢ったのだが。

 

「オーダー、私にも彼女と同じものを要求します」

 

 なお、セイウンスカイが先頭とは言ったが横並びでミホノブルボンがいたため彼女も先頭と言えた。そして、スイーツを奢る話もセイウンスカイが漏らしたそうで、彼女にもスイーツを奢るハメになった。あいつ、ニンジンでボクをいじめない代わりに金銭面でいじめに来たな!?

 

「にひひっ、ちょっとした仕込みくらいはしないとセイちゃんの名折れですし」

 

 やかましい。

 

「そういつつもしっかり奢ってくれるのはお兄さんのいいところだよねー。セイちゃんの好感度もちょっぴりアップしちゃうかも」

 

 うるさい。その手には乗らないぞ。

 

 


 

 

 そんなこともあったトレセン学園の猛暑はまだまだ続くどころか、例年以上に熱い。

 もともと夏のレースはG1クラスは梅雨頃に全部終わっていることもあってか、7月8月はG2やG3くらいしかないため活気は控えめなのだが、今年は暑さのせいでもっと活気がないような。

 

「そこで先輩たちが理事長に直談判しました」

 

「何を?」

 

「制服の更新、です。何とか受理してもらえて今日からクールな用務員になりました」

 

「セイちゃんには違いが判らないんですが……」

 

 わからないのか?結構観察力があるセイウンスカイにしてはちょっと驚きである。

 

「まずは生地。ジャンパーもシャツも全面的に薄くなりました」

 

「前の生地をじっくり見たことないから違いが判らないんだけど」

 

「ポケットの生地がメッシュになったので蒸れにくくなりました」

 

「内側の違いなんてわかると思う?」

 

「袖がチャックで分離可能になりました。シャツも半袖で軽量化に成功」

 

「あ、それは涼しそう。いつも腕まくりしてたから見てて暑そうだったしねぇ」

 

 作業中は長袖じゃないといけないけれど、それ以外の場所では半袖である。これで後10ハロンは戦える。

 

「たった2kmしか戦えなくて大丈夫なんですか?」

 

「ただの例えだからいいの。……で、もうそろそろいい?」

 

「んー、このまま寝ちゃうまで続行で」

 

「面白い話を要求してきたりと君は寝る気があるのか」

 

「スヤァ……」

 

「寝た振りで逃げるな」

 

「ちぇーっ」

 

 例の如く体育用のマットの上で横になってニマニマボクを見つめるセイウンスカイ。そんな彼女をうちわで扇ぎながら休憩時間を過ごしていた。

 

 なぜこんなことをしているのかというと、時間を数分前まで巻き戻す。

 

 

「お兄さんお兄さん。お暇でしたらセイちゃんとポーカーなんてどうでしょー。負けたらこのトレセン学園特製うちわで勝者を扇ぐ罰ゲーム付きで」

 

 そういって取り出したのは我がトレセン学園屈指の実力を誇るウマ娘、シンボリルドルフ生徒会長がプリントされたうちわ。

 裏には生徒会長直筆で達筆な文字で「もう初夏……猛暑か!」と書かれており二重の意味でクールダウンが見込める、とのこと。余談だが、これの制作を推し進めたエアグルーヴ副会長は試作品完成直後に倒れた。暑さで血迷ってたんだろうな……なお、生徒会長は流石にちょっとやる気が下がった。

 こんなもの配って誰が得するんだと職員内でも物議をかもして配布中止になったそれをどこで手に入れたんだ。

 

「生徒会室からこっそり出てきたトウカイテイオーが持ってたやつをちょっぴり脅してもらった」

 

 どっちもなにをやってるんだ。トウカイテイオーは多分生徒会室の試作品を盗んだんだろうが、それを脅すな。

 

「まあまあ、細かいことは気にしない気にしない。用務員さんが気にするのは勝負のことだけ。勝てたらこんなに可愛いセイちゃんがうちわで扇いであげますよー」

 

「可愛い強調したのは根に持ってるだろ」

 

「割と。不意に誉められると流石にちょっと困るんですよねー。今はそれに耐えうる鋼の意志を手に入れましたが、それはそれ、これはこれってやつです」

 

 ちくしょうめ。どうせ暇してたのは確かなので、ポーカー勝負には乗った。

 ……で、今はボクがうちわでセイウンスカイを扇いでることから察してほしい。仕込みだの策略だの良く言ってる彼女は読みあいが物を言うポーカーでも強かった。

 

 

 熱さ故かほんのり顔が赤いセイウンスカイを仰ぐのはまあまあ目の保養にはなるんだけど、そろそろボクの休憩時間も終わりだ。

 

「セイウンスカイー」

 

「スヤーッ……スヤーッ……いてっ。うちわで叩かないでよ」

 

「寝た振りをするなって言ってんでしょうが。そろそろ休憩時間終わるから仕事に行ってくる」

 

「あ、じゃあセイちゃんもそろそろトレーニングに行こうかなっと」

 

「トレセン学園を豪雨にさらす気か」

 

「お兄さんちょいちょい私に対して辛辣ですよね。疑いの目で見る気持ちも分からなくもないんですが、そろそろ合宿が近いんだからたまにはマジでやる時期があるんですってば」

 

「合宿?あー、中央にはそれがあるって聞いたけどマジでやるほどなのか」

 

 最近学生や職員問わずによく話題になっていてよく耳にはするけれど、地方にいた頃はそんなものがなかったから全然重要視してなかった。

 

「マジでやるほどなんですよね、これが。トレセン学園の合宿って超ハードだからセイちゃんとしても結構さぼりたいんだけど、能力がガンガン伸びるって評判なのです」

 

「合宿っていうくらいだしそれは当然でしょ」

 

「そう。で、合宿で能力がちゃーんと伸びれば学園に戻った後で多少はさぼっても文句は言われませんよねー。なので合宿に向けて体をウォーミングアップしているのです」

 

「……珍しく頑張ると聞いて見直したのに打算込みかい」

 

「にひひっ、それがセイウンスカイなのですよ、お兄さん。そういえば用務員は合宿にはついてこないんですか?」

 

「それについては同期が今日の会議で聞いてたけど合宿は元々生徒とトレーナーの分の宿泊先を確保するだけでも大変だから、余分な人員を連れていく余裕はないってさ。向こうで仕事もないし」

 

 ちょっと凹んでた動機がウマ娘の水着見たかったんだろとか茶化されつつも先輩に飲みに誘われていたのが印象的である。トレセン学園の人はみんな面倒見がいい。

 

「おやおや、それは残念ですねぇ。セイちゃんの水着を見るチャンスだったのに」

 

「この前プール掃除に行った時に見たから興味ない」

 

「……えっ。み、見てたの?」

 

「潜水してキングヘイローだったかの脚を掴んで大騒ぎしてるのは見た」

 

「ほほう、あれを見ていましたか。いやぁ、傑作でしたよねあれ。あんなに普段堂々としてる人に限って足元がおろそかであるといい見本になったんじゃないかとセイちゃんは思うわけですよ」

 

 ニマニマ笑うセイウンスカイに、キングヘイローには悪いけど同意する。でも、キングヘイローのトレーナーがそれを見て「ふと閃いた!このアイディアは、キングヘイローとのトレーニングに活かせるかもしれない!」とか言っていたので多分成長につながっているぞ。

 果たしてセイウンスカイは成長したキングヘイローに足元をすくわれずに済むのやら。セイウンスカイには悪いけど黙っておこう、どうなることやら。

 

「それに身も蓋もないこと言っちゃうとボクはスク水はそんなに好きじゃない」

 

「おや、それはちょっと予想外。トレセン学園の職員にとってウマ娘の水着姿はご褒美では?」

 

「そんなこと考えるやつは多分面接の段階で落とされるぞ。多少は好みだったとしても興奮するような人格だったら採用した時のリスクが高すぎるし」

 

「真面目な理由で返された。それもそうなんですけど、なんでスク水が好みじゃないと?」

 

「子供っぽい水着がそんなに好みじゃない。流石に女の子の前で言うのはどうかと思うけど、ボクだって普通にビキニとか着てる女の子が好きだからさ」

 

「ド直球な理由で返された!じゃあ私がビキニ着たら見るのかな?」

 

「……ええー?」

 

「その首傾げはどういう意味ですか」

 

「似合うビジョンが見えない」

 

「い、言いましたね……!いいでしょう、ならば今度セイちゃんがビキニを着てお兄さんにお見せしましょうとも!いつもと違う私にドキっとする覚悟をしておくことですね!」 

 

 ビシィ!と指さしつつ熱さに加えて照れで赤くなった顔でセイウンスカイは宣言すると共に、風のようなスピードで倉庫を出て走り去っていった。

 

「……どこで見せる気なんだろう、あいつ」

 

 問題は明日から合宿開始ということである。トレセン学園の合宿は8月をフルに使うスケジュールだから終わる頃にはすっかり寒くなっている頃だと思うんだけど。学園の室内プールで見せるつもりか?あそこ普通にスク水以外は禁止だって聞いてるんだが。

 

 

 ポリポリと頭を掻きながら、ボクも業務再開。

 

 


 

 

 ほとんどの生徒が合宿に参加することもあってすっかり静かになった8月のトレセン学園でも警備や整備と用務員の仕事は残っているのでそれなりに忙しかった。休みがあれば合宿先に遊びに来てよー、とかセイウンスカイが言い出しそうだけど、残念ながら新人にそんな余裕はない。

 

 残念だったなセイウンスカイ!と内心勝ち誇りながら業務をこなす8月の日々の中、今日の昼飯であるニンジン抜き激辛カレーを楽しんでいると。

 

「発見!キミは我がトレセン学園の用務員と見た!」

 

 ちびっ子理事長、もとい秋川やよいさんがやってきた。扇子でこちらを指さすと同時に帽子の上の猫が鳴いた。理事長の台詞に合わせて要所で鳴くあの猫一体どうなってるんだろうか。

 

「まあ、そうですが。今年入ってきた新人です」

 

「当然!トレセン学園の学生と職員の顔と名前はすべて覚えている。故にそちらが名乗る必要はないぞ、新人用務員よ」

 

 名前で呼ぶ気はないんですかね。別にいいんですけども。

 

「それはともかく。質問!今は暇か!」

 

「えーっと。午後はトレーニングコースの芝状態のチェックと観客席の確認ですね」

 

「ふむふむ。それならばちょうどいいな」

 

「何がちょうどいいんですか理事長」

 

「要求!今からキミは私と共に合宿所へ向かってもらうぞ!」

 

「……えっ?」

 

 今なんと言いましたか。合宿所ですと。

 

「私がトレセン学園の農場で育てていたスイカがそろそろ食べ頃でな。合宿を頑張っている学生、そしてトレーナー諸君への差し入れにうってつけだと思わんか?」

 

「それは……まあ。夏の風物詩ですからね」

 

「故に手が空いていた用務員に協力を要請してスイカを収穫してトラックに積み込んだのだが……失念っ。トラックの運転手が休みを取っていたっ!しかも3日間の有休で実家に帰っている!」

 

 収穫前に先に調べましょうよ、理事長。呆れつつも……冷や汗を流していた。カレーの辛さを感じなくなっていた。待てよ、確か地方にいた頃にあの理事長に似た人に言われて。

 

「しかし。光明!キミはトラックの運転免許を持っていたな!これならば問題解決である!」

 

 給与査定に有利だし就職にも使えるぞ、と言われてトラックの運転免許を取っていたな、あの頃のボク!おのれ理事長のそっくりさん、これを見越した策略だったというのか!!

 

 ボーナスも出すから協力してくれ、と理事長には頼まれた。ボーナスは別にいいけど断ると後が怖いので渋々引き受けた。ただ、せめてもの反撃として激辛カレーを無理やり食べさせた。

 

「こ、困惑っ……!なんだ、このカレーはっ!?辛くてニンジン抜きだとぉ!?」

 

 とちょっと面白い感想を言わせたのは役得とさせてほしい。味覚が子供でよかった。水をがぶがぶ飲もうとしたら猫が帽子から落っこちて引っかかれていた絵面も面白かった。

 

 

 ……あれ、どのみち査定がプラマイゼロにならないか、これ。

 

 

 不安に感じつつもトラックを運転して、夕方ごろに合宿所に到着するとたづなさんが出迎えてくれた。合宿には彼女がついていくこともあったので用務員の参加予定はなかったりするんだ、が。

 

「にひひーっ。やっぱり来てくれたね、お兄さんっ」

 

 なぜたづなさんの隣にいるんだ、セイウンスカイ。理事長とたづなさんが会話しているのを横目にやってきたセイウンスカイに震えながら尋ねる。

 

「そりゃあ私のトレーナーさんがたづなさんと懇意にしているからでして。トレーナーさんに頼んでもらい、たづなさんに頼んでもらってお兄さんが来るしかない状況を作ってもらいました。なので出迎えに行きたいって言えば余裕ですとも」

 

「嘘だろ。嘘でしょ。うっそだろおい。たづなさん何やってるんだ」

 

「実は私のトレーナーさんはたづなさんとウマ娘やレース談義が盛り上がって一回朝帰りしてきたことがあるって噂がありまして。これでちょっとトレーナーさんをからかったら、ね?」

 

 トレーナーを手玉に取るウマ娘は聞いたことあるけど、そんな風に脅したやつは初めて見た。

 

「嫌だなぁ、お兄さん。からかい、ですよ。からかい」

 

 そんな怖いからかいがあってたまるか。ひとまずたづなさんと一緒に合宿所へのスイカの搬入を手伝うことにした。セイウンスカイはトレーニングに戻った。いや、ここにいるのなら手伝えよ。

 

 

 

 などということがあり。とりあえず今日は利用者が急遽合宿を欠席することになって空き部屋になっていた部屋で一泊してから学園に戻ることになったのだ、が。

 

『明日の早朝、岬の灯台下でお待ちしております。あなたの妹、セイウンスカイ。PS:来ないと写真がウマスタにアップロードされちゃうかも?』

 

 というメモがドアの裏に貼られていた。君みたいな妹はいらないと前にも言ったんだけどな、と呆れつつもSNSにアップロードされるのは困るので要求通り早朝に合宿所を出た。

 

 蒸し暑くなくてある程度過ごしやすかったのはせめてもの救いだろう。磯の匂いを楽しみながらトコトコと歩き続けること数分、合宿所傍の岬へやってきた。夜明けに照らされ波音に包まれている岬の先端にはある灯台まで慎重に歩いた。

 

 ……面倒だし、早くセイウンスカイを探して帰ろう。

 

 灯台のふもとで周囲を見渡すも、それらしき影は見えない。

 

「……セイウンスカイー。いるのか?」

 

 返事はない。あいつのことだから隠れているのかもしれないが。

 

「まさかまだ部屋で寝てるのか?」

 

 だとしたらメモを貼っておきながら人を待たせたのか、あいつ。

 

「後で文句言ってやろうかな……セイウンスカイー!」

 

 ……まさか、海に落ちたのか?慎重に海を覗き込む。何かが見えるはずもないのだが、それでも何もしないよりは。

 

「……セイウンスカイー。どこにいるんだ?」

 

「あなたのうしろ」

 

「ひぎゃぁぁぁっ!!」

 

 びちゃりと濡れた手で肩を叩かれて大声を上げた。

 

「っ、危ないっ!!」

 

 バランスを崩して転落しかけたボクをセイウンスカイが抱きしめて無理やり引っ張り上げた。彼女が超人的な力を持つウマ娘でなければ海に落ちていただろう。

 

「ふーっ、びっくりした……気を付けてよ、お兄さん」

 

「突然やってきて人を驚かすおまえが言うかーっ!!」

 

「その件については反論できませんけども。ごめんね?」

 

 てへへ、と舌を出しつつ謝るセイウンスカイの姿を見て呆れた。まだ薄暗い早朝だったが、太陽が出始めていることもあってその姿がよく見えた。……見えてしまった、ともいう。

 

「あははっ。どうかな、セイちゃんのビキニ。オシャレで似合ってるでしょ?」

 

 くるりと一回転してウインクしつつポーズを決めるセイウンスカイ。健康的な白い肌を隠すのは白ベースに緑で縁取りされたシンプルなビキニは彼女の魅力をさらに引き出している、気がした。肌を流れる水滴に息を飲みつつ、それを口にするともっとからかわれそうな気がするので言わないが。

 

「割と筋肉ついてて予想外だった。腕とかお腹とかすごいな」

 

「いや、それはウマ娘ですから当然でして。もっとこう、他に言うことありません?」

 

「……胸が予想以上に小さかった」

 

「そこですかーっ!?なんと失礼なことを!さっき抱き締めた時に柔らかい感触が少しはあったと思うんですけど!」

 

「真面目に何も感じなかった……」

 

「……ええー……そりゃあそんなに大きい方だとは思いませんけど。固くはないはずなのになぁ」

 

 ふにふに、と自分で揉み始めたセイウンスカイから目をそらす。顔がにやけたのでからかいの準備を察した。妨害するために別の行動に出る。

 

「いいからほら、これでも着てろ」

 

「わぷっ!ちょっと、これ用務員さんの上着じゃないですよね。一瞬で脱ぐとかどうなってるんですか」

 

「夏場の必須スキルだ。いいから着てくれ」

 

「……ははーん?さてはセイちゃんの水着にドキッとしてますね?それで目をそらしたくて服を着せようと」

 

「違う、そうじゃない」

 

 どうでしょうねぇ、とセイウンスカイが距離を詰める。胸を強調しながら見上げてくる彼女から必死に目をそらす。

 

「でも、チラチラ見てるのが丸わかりですよ?」

 

「……ああもう、わかった、ドキッとした、ドキッしたから!」

 

「あははーっ、やっぱり!セイちゃんの勝ちですね、これは!」

 

「いいから服を着てくれ。日焼けするだろうが!」

 

「……ん?日焼け?」

 

 首をかしげるセイウンスカイ。

 

「こんな早朝にここまで来たんだろ?だったら多分日焼け止めクリームとか塗ってないと思うんだが」

 

「まあね。でもいいじゃん、それくらい」

 

「良くない。ボクは白いセイウンスカイが好きなんだ。学園に帰ってきた時に焦げて黒くなってたら困る」

 

「……えっ?」

 

「……ん?」

 

「そ、そっかー、困るんだー……」

 

 ……あっ。どさくさに紛れて言ってしまった。

 

「ふ、ふーん。好みのセイちゃんは白いのかー、へぇー……」

 

 ニヤニヤ、と笑いつつも白い肌をほんのりと赤く染めるセイウンスカイ。なんだか複雑な気持ちでいつものようにからかう言葉がお互いに出なかった。

 

「う、うむ。その方が倉庫で駄弁る時も見てて楽しいし」

 

「……あんまり言わないで、ちょっと恥ずかしい」

 

「鋼の意志はどうした」

 

「服と一緒に脱ぎ捨てちゃったよ、もうっ」

 

 そういうといそいそと上着を着て上半身を隠すと、腕に抱きついてきた。上着を脱いだからか、あるいはセイウンスカイがそれを意識させようとして抱き着いているからか柔らかさを感じた。

 

「……セイウンスカイ?その、なにやってんの?」

 

「んー……もうさ、どうせ恥ずかしいのなら多少大胆に出てお兄さんを赤面させた方がいいかなーって思いきっちゃいました。しばらくこのままでいよっか。あ、座りたいのならどうぞー」

 

「やめろ、やめてくれ、やめてくださいお願いします。早く合宿所に帰してくれ!」

 

「にひひー、やだーっ」

 

 こ、こいつ!一度こうと決めたら変なところで頑固だ!おまけにすごい力で抱き着いてるから無理に逃げようとすると腕がミシミシ音を立てる……!!

 

「諦めるのをおすすめするよ、お兄さん。空模様はそう簡単に変わらないんだから」

 

 困惑するボクとは対照的にいたずらっ子ないつもの笑顔で、セイウンスカイは笑う。それを見ているともういいかな、って気がしてくるのが不思議で。しばらくはこうすることを許した。

 

 

 具体的に言うと、夜明けの空が青空になるまで。

 

 

 ……自分の名前と同じ青雲になるまで離さなかったのは何かの策略なんだろうか?

 

「え?あ、うん。そうなりますね」

 

「ふーん……うわ、上着なんか濡れてるんだけど」

 

「仕方ないじゃないですか。ちょっと前まで泳いでたんですよ、セイちゃん」

 

 筋は通るがこんな朝早くから泳いでいたのか?なんだからしくないな、と思って後日セイウンスカイのトレーナーに尋ねると事実が発覚した。早朝にセイウンスカイが合宿所を出た時はジャージ姿だったらしい。その下に水着を着ていたんだろうが、ジャージはどこに行ったんだろうか。

 

「朝の洗濯物にセイウンスカイのジャージがありましたね。と、いうことは……」

 

 多分、セイウンスカイは浮かれて海に落っこちたんだと思います。それでジャージを脱いでどこかに隠してたらあなたが来たんじゃないかな。そう、トレーナーは推測した。

 

 ……あれ全部行き当たりばったりだったのか。

 

「う、うるさいなぁ!セイちゃんだってたまには失敗しますとも」

 

 それであそこまで可愛いのは一種の才能だぞ……あ、また照れた。ユウグレスカイだ。

 

「セイウンスカイですーっ!!」

 

 

 




・セイウンスカイのトレーナー
 大体アプリ版通りで自由気ままなセイウンスカイに手を焼きつつも、二人三脚で頑張って彼女を育てている新人トレーナー。
 用務員との関係は詳しくは知らないが、セイウンスカイと仲がいい男性ということくらいは知っている。でもどうしてセイウンスカイを取られそうな感じになっているのに嫉妬とか口出ししないのか、というとそもそも女性のトレーナーだから。

 というか、たづなさんを狙ってるのでそういう目で見てない。

「!?」

 ゴールドシップについていけたりアグネスタキオンのモルモットになるポテンシャルがある新人トレーナーの恋愛対象がまともとは限らない。


 後、余談ですがセイウンスカイの水着は公式インスタに掲載されてたやつを連想しておりました。
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