セイウンスカイに弱みを握られた。   作:あおい安室

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書けば出るという言葉はありますが、
私は育成ウマ娘のセイウンスカイも新サポカのセイウンスカイも持ってないぞ。
それでもセイウンスカイが好きだからこのお話を書きました。

それと後書きに書くべきことなんでしょうけど、最初に言わせていただきます。
これにて、セイウンスカイと、彼女に弱みを握られた用務員の物語は幕引きです。

ウマ娘、セイウンスカイにひかれて読んでくださった皆さん、
ボーイミーツガール杯に興味を持って読んでくださった皆さん。
全ての読者に感謝の言葉を述べることで本当に終わりとさせてください。

閲覧いただきありがとうございました!最後までお楽しみいただけると幸いです。


揺れる想いは青雲の空へ至る。

 釣竿を垂らして海を眺め、横にいる私を見ることなく用務員さんはぼんやりとしていた。ただ一言、しまった、と言っていたから想定外のことだったのだろう。

 

「……何があったんですか?」

 

 ウマ娘を壊しかけた。そう言ってからの表情はいつになく悲しそうで、からかわれてムキになったり、あるいはからかい返して笑い飛ばすお兄さんからは一度も見たことがない表情だった。

 

「なんでもない、というよりは……どうしようにもないことを思い出しただけだよ」

 

「どうしようにもないこと、ですか。セイちゃんでよければ聞きますし、つらいのなら私は何も聞かなかったことにしますよ?弱味になりそうだなー、なんて思ってませんから」

 

「驚いた。セイウンスカイにもそんな良心があったんだ」

 

「失礼ですね。こう見えても気づかいができるウマ娘と評判なのですよ。空模様の様に対応を変幻自在に変えるセイちゃんは空気清浄機としても優秀でして」

 

「それはウマ娘なのかな?」

 

 小さく笑いながら用務員さんがゆさゆさと釣竿を振りながら感触を確かめて釣り上げる。何も釣れていないボウズだった。餌をセットして海へ放り込む。その姿が少しむなしく見えたのは気のせいだろうか。

 

「……セイウンスカイ」

 

「はいはーい」

 

「あんまりいい話じゃないのは分かってる。ただ、これまで色々と君には振り回されてきたんだ。だから少しだけボクの話も聞いてもらえないだろうか」

 

「オッケー。もちろん、セイちゃんの心の奥にちゃんとしまっておきますとも。秘密の話なんですよね?」

 

「その方が助かる。ありがとう、セイウンスカイ」

 

 そう言いながら微笑むお兄さんは力なかった。

 

 


 

 

「きっと君はすごいトレーナーになるんだろうな」

 

 先生、親戚、友達。周囲の人間全てが幼かった頃のボクをそう評価していた。中学三年生くらいの頃までは勉強が苦手だったボクでもなんとか必死に頑張れば優秀な部類に入れた。

 

 だけどその『努力』を褒めてくれる人は誰もいなかった。

 

 どれだけ頑張っても母親と同じ凄いトレーナーになるための道半ばであるとみているからある意味で当然だろう、とみているというマイナスのスタート。

 ウマ娘で言うのなら常に不調の状態で必死に頑張り続けているような状況だった。

 

「きっと君はすごいトレーナーになるんだろうな」

 

 少し頑張って普段以上の点を取ればそういう。そこから少し落として普段の点数に落ちれば心配される。たまたまだよ、と言っても成績が落ちたことをそう認識するだけでいい成績を取ったことを新たな基準点にされる、というバッドコンディションも背負っていた。

 

「きっと君はすごいトレーナーになるんだろうな」

 

 誰かに相談したかったけれど周囲から向けられた目をひっくり返すことはできないまま相談しても、どこか視点がずれた回答ばかり帰ってきてまともに心は晴れなかった。

 

 こんな時に想いをさらけ出せる家族がいればいいのに!そう願っても家族は誰もいない。

 

 ボクの父親は生まれた時には既にいなかった。事故か浮気か離婚か。何が理由か母親は話してくれなかったけれどろくな話じゃないのは確かだった。そしてこの時期母親は海外で敏腕トレーナーとして腕を振るっており、帰国することが稀だから相談できなかったのだ。

 

 

 一度だ。たった一度だけでいい。なにか、ボクが無能であると証明できないだろうか。

 

 

 そうすればボクに二度と高評価のレッテルを貼らないだろう、なんてくだらないことを考えていたボクに声をかけたのは一人のウマ娘。

 

 時々授業をさぼったりと問題を起こしつつ、性格はのんびり屋かつきまぐれなウマ娘で――セイウンスカイ。君にどことなく似ていた気がする。

 

 真剣に評価を落とす方法を考えていた時に現れた彼女は君のようにからかいながら、悩みがあるのなら話してみろ、と言って。思いのままに全部話したら一つの提案をした。

 

「今度、トレセン学園外のウマ娘を対象にした市民レースあるでしょ?あれに私出るから、君がトレーナーやってみるっていうのはどうかな?」

 

 ウマ娘の身体能力は非常に高いが、主に中学生から高校生くらいの年代にかけて急成長を見せて競争バとして完成していく。が、それでもトレセン学園のお眼鏡にかなうほどの能力がないウマ娘はごまんといるわけで、そんなウマ娘向けに市民レースを開催しているところがあるのだ。

 

「それで一着取ったら商品券もらえるんだけど、負けてもあまーいニンジンが一本参加賞でもらえるんだよねー。それで私はちょっと興味があるんだよ」

 

 そして、市民レースに向けたトレーニングを監督するトレーナーにはトレーナー免許はいらない。アマチュアの遊び程度に収まる範囲だから、規則も特にないのだ。

 

 だから中学生がトレーナーのまねごとをしても問題ない。そこがまず一点。

 

「そして私はそんなに早くない。速度はあってもスタミナが全然ないんだな、これが」

 

 体育の授業もさぼっている彼女はまずレースで勝てる能力ではない。二点目。

 

「で。そんな私を育てて市民レースで勝たせようとするトレーナーの卵!でしたが、壁は厚くて無様な結果に終わるのでした。ちゃんちゃん、おしまい」

 

 でも、負けたところでウマ娘の能力と素行が元々悪いから原因はウマ娘にあるということで、トレーナー単独には非難や低評価の目はあまり向かない。それでも疑いの目がちょっとは残るだろうけど、そこで君の実態がバレればいいじゃない。それが三点目であり、彼女の提案の全て。

 

 奇妙な提案だった。ただ、面白い提案だと思っていた。

 

「……わかった」

 

 だから僕は彼女の提案を受けてしまい。彼女のことを見誤ってしまったのだ。

 

 


 

 

「ボクが受けるリスクは少なく済んで評価を落とせるということで受けたんだけど、一つだけ想定外のことがあった。彼女が思っていた以上に足が速かったんだよ」

 

「私と比較したらどんな感じだったんですか?」

 

「そうだな……夏の頃のセイウンスカイ並みのトップスピードはあったと思う。ただし、問題のスタミナはその速度で走れば1ハロンで切れるし最後まで貯めても10m、いや、5mしかもたない」

 

 お世辞にも強いとは言えない、と内心呟く。あの頃の私でもまだスタミナはあったな、と思い返して改めてトレセン学園レベルの高さを感じた。

 

「で、肝心のトレーニングは君よりもサボってた」

 

「その話聞いてたら大体察するよ。サボったウマ娘に怒る振りとトレーニングの振りばっかりやってたんでしょ?」

 

「まあな。お互いに自由な時間を楽しんでいたんだけど、一つだけ想定外だったことがあった。彼女の走りのフォームが予想以上にグチャグチャだったんだ」

 

「フォームが?」

 

「人間向きの走り方でウマ娘がトップスピードを出すのは難しい走り方で、足先が外側に向いていたり四肢のふり幅が狭いとか幼い目で見ても酷くて。そこだけでも無理やり矯正したんだ。たったそれだけで疲労も減ってスタミナもそれなりに持つようになったから、感謝されたよ」

 

「これで怒っている先生から逃げるのも楽になったよ、ありがとうお兄さん……みたいな感じ?」

 

「……なんでわかるんだ?」

 

 セイちゃんの勘ですとも。私ならどうするかな、って考えたらそういう答えが出てきたというだけである。それからのそのウマ娘はどう考えるかは――きっと、喜びだろう。

 

 ウマ娘は走るために生まれてきた生き物である、というのが通説だ。

 

 気分が沈んでいても走ればある程度気分が晴れて気持ちよくなれるし、精神的な病を患ったウマ娘の治療方法に自然に満ちた場所でのランニングが提案にあがるくらいだ。故に、早く走れるようになる、長く走れるようになることはとてつもない喜びでもあり。

 

「想像以上に速く走れたことを彼女は興奮しながらお礼を言ってきたよ。だけど、それはボクも同じだった。こんなに早く走れるのなら君は一着を取れるかもしれないって、思えた」

 

「……ていっ」

 

「あいたっ!な、なんで脇腹をつつくんだ」

 

「むー。なんだか私よりも早いって言われてる気がしてちょっと腹が立った」

 

「そうは言われてもな……当時の彼女は凄く身近で走ってるウマ娘だったから。その姿を見てウマ娘は凄くかっこいいなぁ、って思えたんだよ」

 

 懐かしそうに思い返しながら、またしても釣れなかった釣竿に餌をセットして海へ放り込んだ。

 

「生まれて初めてトレーナーになってもいいと思えた。そして、浮かれて――間違えてしまった」

 

 そういうと釣竿を置いてスマホをいじり、私に手渡した。表示されていたのはとあるニュースサイトの記事で、日付はトレーナーさんが中学三年生だった頃の物だった。

 

「ランニング中のウマ娘。走行中の車に激突、意識不明の重体……」

 

「ボクのミスだった。まともにトレーニング設備がないし休みは学校も使えないから街中を走ることがトレーニングだったんだけど、その最中に事故にあった。その子の限界を超えた量を課してしまったせいで、事件当時注意力がない状態で車道に飛び出したんだ」

 

「ちょ、ちょっと待って!通報したのは同じ学校の中学三年生ってあるけど、まさか……」

 

 ボクだよ。空を見上げながらお兄さんは呟いた。

 

「目の前にいたんだ。周回数をチェックするためにそこにいたんだ」

 

 

 一声かければ止められたのに、その手を伸ばせなかったんだよ。

 

 

「それどころか事故にあった直後彼女を揺さぶって起こそうとしたら、本当に起きたんだけど顔を大きく振り上げた彼女と頭をぶつけてしまったのがボクのもう一つの罪だ」

 

「頭をぶつけた……?」

 

「大したことにないように見えるかもしれない。だけど、それが原因で彼女の脳は強い衝撃を受けて意識不明になってしまったんだよ。体の方も骨折は何か所かあってレースはまず無理だったけど、頭をぶつけなかったら意識だけは無事だっただろう、と聞いたよ」

 

 こうして彼女との提案は果たされることはなかった。

 

 

 ただしその目的についてはある程度果たされた。皮肉なことに元々の彼女が素行不良だったから何をやってもあいつだから仕方ない、ということで片付いたのだ。今回の一件は彼女が指示を無視したオーバーワークが原因にということにされてしまい、ボクは何も言われなかった。

 それどころか事件がトラウマになってボクの成績が落ちたのも被害者として見られる要素を強めてしまった。トレーナーになろうとしなかったのも仕方ない、ということになった。

 

 全部、あのウマ娘が悪い。君は悪くないんだ。

 

 本当のことを言おうとしたけれど、ウマ娘を庇おうとするトレーナーの鑑だとか言われてしまう。本当にトレーナーになって彼女の評価をいずれ変えてやろうか、なんて考えても。

 

 彼女の姿がどうしてもフラッシュバックしてしまう。

 

 ウマ娘を育てようとするとどうしても体が拒否反応を起こすようになっていて、レースは普通に見れる。会話だって普通に見れる。だけど、トレーニングの話をしようとすると途端に体がダメになる。それがある程度落ち着いた今ではトレーニングの会話もある程度は普通にこなせる、けど。

 

「一度かかった雲はそう簡単に晴れないんだよね、これが、さ。この後母親と大喧嘩して家を追い出されてから後はお察しの通りだよ」

 

 あの日からずっと心は曇り空なんだろう。用務員さんの釣竿はまたしてもボウズだった。何度やっても、何をやってもダメなんだ、と言わんばかりに何も釣れていない。

 空模様は釣りを始めた頃からすっかり変化しており、青雲が美しかった昼頃を過ぎて赤く空が染まる夕暮れとなっていた。釣りに臨んでいたがお兄さんは全く釣れず、私は釣りを忘れて話を聞いていたため成果は二人ともなし。事前の話でも、釣りの成果でもどっちでも気まずかった。

 

「あの」「ねぇ」

 

「「えーっと……」」

 

 顔を見合わせる。どうしてこんな気まずい時に限ってセリフが被るんだろうか。正直言って心から笑えないのはお互い同じで、カラ元気を絞り出して笑う。

 

「もう帰ろっか。事前に調べた時に釣った魚をさばいてくれるっていうお店を見つけてたんだけど、普通に魚料理も美味しいみたいだから一緒に行かない?」

 

「流石セイウンスカイ。事前準備もバッチリだな……いや、待て。そのお店って高級旅亭だったりしないよな」

 

「あははっ、大丈夫ですよ。プランBのお店はリーズナブルですから」

 

「それって当初のプランだと高級旅亭だったってことだよな!?」

 

「さて、どうでしょうね?」

 

 舌をちろりと見せながらからかった用務員さんの表情はいつも通り呆れ顔だった。

 

 こうして想定外の大惨事に終わったデートは最後は何とか持ち直すことはできたけれど、私の心に大きな影を落とす結果となり、それ以降の用務員さんとの会話がぎこちなかった。用務員さんの話に出てきた事故にあったウマ娘は、私に似ていたことが頭の奥で引っかかっていたから。

 

 それはつまり。事故のことを忘れられないから、私のことを――

 

 やめろ。それ以上考えるな。ちゃんと会って話はしてくれるじゃないか。私のことを嫌いになっているとは限らないだろう。でも。私のことを好きになれないという意味だったら。

 

 策を練り、それを実行するために磨いた賢さが余計なことを考えてしまうことを恨んだ。

 

 


 

 

「お疲れ様、セイウンスカイ。メニューの方は以上になってるけど、どうする?」

 

「んー……足はまだいけるとは思うんだけど、気分が乗らないからこの辺でいいかな」

 

「わかった。それじゃあクールダウンに入ってくれ。スペー!後1セット終わったら少しジョギングを始めてくれ!今日はここまでだ!」

 

「わかりました、トレーナーさん!」

 

 翌日のトレセン学園。トレーナーの出張が長引くという連絡があったので今日のトレーニングはスペシャルウィークのトレーナーさんが見てくれることになった。といっても、私のトレーナーが準備したメニューをちゃんとこなしているかどうかの監視といった意味合いが強い。

 

 例の用務員さんに見てもらったらどう?なんて私のトレーナーからは言われてたけど。あんな話を聞いちゃったら頼めないよ。

 

 深いため息を吐きながらトレーニングコースに入る。のんびりとジョギングして足を落ち着けてからストレッチに入るのが指導されているクールダウンの方法だ。

 

「はあっ、はあっ……お疲れ様、セイちゃん」

 

「わっ、もう1セット終わったの?いくらなんでも早すぎでしょ、スペちゃん」

 

 後ろの方から足音が聞こえるな、とは思っていたがやっぱりスペシャルウィークこと、スペちゃんだった。ゆっくりと減速して私の横に並ぶと同じペースでジョギングを始めた。

 

「えへへ……セイちゃんがクールダウンを始めるって聞いて、少し頑張りました」

 

「無茶はしないでよー。スペちゃんは私と適性が被ってるから出走するレースも似通ってくるだろうし。いつか負けた時にあの時の練習で怪我をしなかったら!とか言い訳に使わないでよ?」

 

「うっ。そ、それはちゃんと気を付けます!トレーナーさんからも怪我とセイちゃんには気を付けるようにって言われてますし」

 

「うんうん。って、私は怪我と同じ扱いなの?なんで?」

 

「はい。迂闊に話すと弱点を見抜かれてレースで痛い目を見るかもしれないって」

 

「うわぁ。スペちゃん、それトレーナーさんに騙されてるよ。いくら私でもそう簡単に弱点を見抜くことはできないってば。ほら、気楽にいつも通りお喋りしよう?たとえば今日の晩御飯とか」

 

「晩御飯ですか……あ、そういえば食堂のおばちゃんが今日は唐揚げがおすすめって言ってました。新しい特製ソースが唐揚げと相性抜群なんだ、って」

 

「ほほう……それはいいことを聞きました。唐揚げを食べるスペちゃんはおかわりの量が多いから明日の体育の授業は太り気味と見た。楽に勝たせてもらいますかね」

 

「えっ……あーっ!私の弱点見抜いてるじゃないですか、もうっ!」

 

 いやだなぁ。これくらいはただの会話のテクニックですよ。それはそれとしてスペちゃんは食事制限が必要だと思うけど。ちゃんと管理しないと大変だろうなー。頑張れ、トレーナー。

 

「ねえスペちゃん。この調子で次のレースの作戦も教えてよ」

 

「ダメです、絶対に教えません!それにいくら何でも直接聞きすぎです」

 

「にゃははっ。とまあ、こんな感じにふと漏らした情報が役に立つことがあるのがレースの難しいところなんだよね。スペちゃんもこれからは気を付けるといいよー」

 

「……むーっ。役に立つことを教えてもらったけど釈然としません。セイちゃん、もっと他にも何か役に立つ情報をください!」

 

「スペちゃんは欲張りだなぁ。とか言われても他に教えられることかぁ……しばらくセイちゃんは曇り空、調子は不調のドンテンスカイですよーってことくらい?」

 

「それはみんな知ってます」

 

「えっ」

 

 みんな知ってるのか。

 

「だって普段の授業は普通に受けるか、真面目に受けるか、居眠りしているかの三択なのに今日は一日中上の空でため息をついてましたから。私もちょっとおかしいなって思ってましたよ」

 

「あー……言われてみれば今日の授業はずっとそんな感じだったかな。そりゃあバレるか」

 

「皆はセイちゃんが策士だってことを知ってるから、次のレースに向けた作戦かなって言ってたけど、私は本当にセイちゃんが調子が悪いんじゃないかなって思ってて……ねぇ、セイちゃん。私で良かったら力になるよ?」

 

「あははっ。それはちょっと頼もしい味方かな」

 

 とはいえどこまで話したものか。例の事故の話は口止めされているから誤魔化すしかないし、タバコの話もバレたら怒られるからダメだし。あの人について話せないことが増えてきたなぁ。苦笑しつつも私はスペちゃんに話を始めて、聞き終わったスペちゃんは少し考え込んで頷く。

 

「セイちゃんってその用務員さんのことが好きなんだね」

 

「待って。私一度も用務員さんのことを好きとは言ってない」

 

「でも初めての出会いでさぼりを見逃してもらって、それから生え変わりのお詫びでトレセン学園の限定のキャロットパイを用意してくれて。秋にはレースの応援に来てもらえたんだよね?」

 

「うん。そこまではあってる。だけど、最近は昔出会った私に似たウマ娘のことを連想してるみたいでちょっと関係がこじれてる、って言うのが私の相談のつもりだったんだけど」

 

「……用務員さんのことが好きじゃなかったら、そういうのは気にしないと思います。それにセイちゃんの立場が私だったら、って考えたら好きになるんですけど……あれっ。顔が赤いよ?」

 

「う、うそっ!?」

 

「それに耳も揺れてるし……あっ。セイちゃん。もしかして用務員さんに……恋してるの?」

 

 うぐぁっ、やられた。スペちゃん時々鋭いところあるのはなんでなのかな。思わず顔を背けるとそれを肯定だと思ったみたいでキャーキャー言い始めた。

 

「と、とにかく!私と用務員さんの好き嫌いはともかく!スペちゃんならこういう時どうする?」

 

「どう、って言われても……普通に聞きに行きます!」

 

「さ、参考になりそうにない……スペちゃんは単純でいいなぁ」

 

「あははっ。そうでもないよ。こっち向いて、セイちゃん」

 

 背けた顔を言われた通りスペちゃんの方へ向ける。そこには両手を広げたスペちゃんがいて、そのまま私をぎゅっと抱きしめた。困惑する声を発する前にスペちゃんが口を開く。

 

「ね、どうかなセイちゃん。これは私のお母ちゃんの真似なんだけど、こういう風に行動に表したら私がセイちゃんのこと好きだってわかるかな?」

 

「……う、うん。突然のことでびっくりしたけどね」

 

「そっか。私にお母ちゃんが二人いるって話、セイちゃんに話したことがあったっけ?」

 

「……噂で聞いたことはあったよ」

 

「じゃあ少しだけ説明するね。私のお母ちゃんは生まれのお母ちゃんと、育てのお母ちゃんで二人いるの。生まれのお母ちゃんは私が生まれてすぐに亡くなっちゃったから、私は二人目のお母ちゃんなんだって育てのお母ちゃんから教えてもらった時は少しショックだったんだ」

 

「そうだろうね。もしかして、その時にこうして抱きしめてもらったの?」

 

「はい。私はあなたを生んだお母ちゃんじゃないけれど、スペシャルウィークのことはこんなにも大好きなんだ、って。私の好きを簡単に伝えるにはこの方法しか思いつかなかったって恥ずかしそうでした。実は私も今ちょっと恥ずかしかったりします……」

 

「あははっ、慣れないことをするからだよ。ありがとう、スペちゃん」

 

 そう言いつつ私がスペちゃんを抱き返そうとすると、さっと外して逃げられた。えっ、なんで。

 

「ダメです。セイちゃんが初めて抱きしめるのは、本当に大好きな人のために取っておくべきです!ファースト……ええと、ファーストハグは大切にするべきだと思います!」

 

「……うん、そうだね。英語がパッと出ないあたり勉強も必要だけど」

 

「もうーっ、セイちゃん!!」

 

「あはは、ごめんごめん。今度私も英語を教えてあげるからさ。それじゃ、ちょっと行ってくるよ。ごめん、ちょっと急ぐからトレーナーさんにはうまく言っておいて!」

 

「はい、任せてください!がんばれー、セイちゃん!」

 

 全力疾走中に振り向くのは危険だからそのまま後ろに向かって手を振り返すことで返事とした。本当はちょっとうれしくて泣いてるのを見せたくなかったから、って言うのもあるんだけど。

 

 なぜ走っているのか困惑しているスペシャルウィークさんのトレーナーに軽く謝罪しつつそのままトレーニングコースを出た。着替える時間は惜しいのでジャージ姿のまま学園を駆け抜ける。練習で疲れているはずの脚は私の気持ちのように軽かったけれど、スピードは控えめに。

 

 ここで怪我して悲劇のウマ娘になるのは物語として面白いかもしれないけど、私は嫌だから。あの人にちゃんと想いを伝えるまで、ちゃんと前を見て走るんだ。

 

 それでもちょっと速足だったからたづなさんに軽く注意をされつつ、エルはなぜか面白がって並走してきたので偶然見つけたグラスに押し付けていると、突然現れたキングにはなぜか背中を叩かれて「頑張りなさい」と言われた。もしかして、キングは全部わかってたのかな?

 

 

 でも、それを尋ねるのは全部が終わった後でいい。

 

 

 目指している模擬レース傍の小さな倉庫が視界に入る。そのドアは開きっぱなしで、用務員さんが出入りしつつ機材を整理しているようだった。ちょうどよかった。

 

「用務員さんっ!」

 

 声を挙げると、用務員さんはこちらに気付いて手を挙げた。私は目の前まで減速しながら歩いていくと大きく息を荒げながら膝に手をついた。

 

「ど、どうしたセイウンスカイ。なんかすごく走ってきたみたいだけど……トラブルか?」

 

「トラブル、と言えばトラブル……かな。ねぇ、用務員さん」

 

 息を整えて背筋を伸ばす。ほんの少しだけ背が高い用務員さんを見つめながら、一歩足を踏み出した。首をかしげている用務員さんは狙い通り。だけど、これ以上の策はいらない。

 

 何も考えずに、私の心が求めるままにお兄さんを抱きしめた。

 

「せ、セイウンスカイッ!?な、何これ!?周りにカメラとかないよな!?」

 

「何もないよ。普段なら準備してたかもだけど今回はそんな余裕もなかったし」

 

「普段は準備するのか……いや、そうじゃなくて!今作業中だから汗臭いし勘弁してほしいんだけど!?」

 

「にゃははっ。トレーニング終わりのウマ娘なセイちゃんも同じですから。気にしない気にしない」

 

 ボクが気にするんだが!と声を荒げる用務員さんだけど、この手は離さない。しばらくすると用務員さんはいつもの呆れ顔で抵抗を辞めると私の頭に手を置いた。

 

「……はぁー。わかったよ。降参。今回は何を考えてるんだ、セイウンスカイ」

 

「単純なことだよ。ちょっとお兄さんに聞きたいことがあったんだけど、万が一の時に逃げられたら困るのとスペちゃん曰くこれが一番簡単に想いを伝える方法だって聞いたからさ」

 

「……少しだけ、準備させてほしい」

 

 想いを伝える。その言葉で意図を察したお兄さんは顔を叩いて緩んでいた顔を引き締めると私の瞳を覗き込んだ。お兄さんの瞳に反射している私の芦毛の髪にちょっと笑いそうになったけど我慢我慢。

 

「いいぞ。聞くよ」

 

「うん。私は、セイウンスカイは――あなたのことが、好きです」

 

「どれだけの策を練っても、どれだけの仕込みをしても、完全に私のものにはならないあなたが好きです。だから、いつかあなたを私のものにしたいって考えてます」

 

「勿論私はまだまだ子供だからそういうことするには後5年はかかるし、まだまだ競争バとして走るつもりだよ。それまでずっとあなたにそばにいてほしいから。今日は一つお願いに来ました」

 

 

 私と、付き合って下さい。お兄さん。

 

 

「……セイウンスカイ」

 

 私の想いを全て聞いたお兄さんが私の髪を撫でる。どこか、懐かしいものを見るように。

 

「君がそういうことを考えているのは秋の時、あの劇で決め台詞をボクを見ながら言ってたから薄々感づいてたよ。ストレートに、あなたもこれから私のものになるんだからって」

 

「でもさ。正直に言うと……怖いんだよ。あの子と君が時々被って見える。ふとした時に君が遠いところに行ってしまうんじゃないか、って。怖いんだよ、ボクは」

 

「失礼な男だと笑ってくれていい。情けない男だと笑ってくれていい。弱い男だと笑ってくれていい。でも、ボクも――君のことが。セイウンスカイのことは好きだよ」

 

 それを聞いて私は微笑んだ。でも、お兄さんは表情を変えなくて。

 

「だから。もう少しだけ時間を――」

 

 だから。もう少しだけ時間が欲しい、なんて言いだしたあなたの弱味を。

 

 

 私の小さな唇で全部、飲み込み。セイウンスカイは弱味を握りつぶした。

 

 

 お兄さんの頬が赤くなっているのを見つめながら、あれだけ人をユウグレスカイだとか言ってからかった罰だ、と言って笑って言いたいけど、今言う言葉はこれじゃない。

 

「んんっ……大物いっただきぃ!にゃはっ、ハマったね!」

 

 あなたへの勝利宣言を告げる時だから。時間なんてあげません。もう逃がさないよ、お兄さん。

 

 

 

 

 

 

 

 それからのことを語るのは、ちょっと野暮だからやめておくよ。お兄さんについて話すのは私が恥ずかしいからだって?うんうん、それもありますとも。生憎だけどさ。

 

『2枠3番、セイウンスカイ』

 

『1番人気のスペシャルウィークに勝るとも劣らない実力を持つウマ娘です。期待したいですね』

 

 今からレースなんだよ。そういうことを話してる余裕がないといいますか。本当にごめんね。さて、と。控室で実況を聞きながら関係者ということで連れてきた人に話しかける。

 

「……だってさ。きっと勝てますよ、お兄さん」

 

「正直なところあまり勝ってほしくない……勉強やだ……」

 

「トラウマだけじゃなくて本気で勉強苦手だからトレーナーになりたくなかったんですか……」

 

「弱い男で悪かったね。一応今から勉強してないと年末までのサブトレーナー登録に間に合わないだろうから頑張るけどさ。そっちも負けないでよ、セイウンスカイ」

 

「もちろん。今の私は本当に欲しい物を手に入れたから、その分の余裕をレースで手玉にとる分に回せるんだから余裕ですとも。それじゃ、お兄さん――いってきます」

 

 応援してる。すっと差し出された手にハイタッチすると、私はターフへ向かった。

 

『まもなく始まります、クラシック三冠一冠目、皐月賞。各ウマ娘が入場します』

 

 建物の外へ出てターフを見渡す私を照らす空は青みががった雲がかかった晴れた青空。青雲の空の元、私は微笑んだ。さぁ、行こうか。青空を往くトリックスターの力を見せてやりますとも。

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