ヒープリ×トロプリ トロピカル・アメイジング!   作:runguri

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■ビョーゲンズとの戦いも終わり平和になったはずなのに、なんだか浮かない様子ののどか。しかし明日はお待ちかねの修学旅行、行き先はなんと……あおぞら市!? 一方、鬼気迫った様子のあすかが提案するトロピカる部の今日の「部活」とは……? ■ヒーリングっど♥プリキュアとトロピカル~ジュ!プリキュアの、勝手に春映画チックなクロスオーバーSSです。 ■ヒープリの方は本編終了後のアフターストーリーを兼ねています。トロプリは追加戦士加入前、本編12話ごろの時間軸です。春映画であればスタプリも出すべきところですが、作者の力量の問題により登場しません。また、オリジナルの敵勢力や味方キャラなどは出てきません。 ■全4話を予定しています。


第1話 地球のお医者さんは修学旅行生!?

 

 □ □ □

 

 

「……というわけで、明日はいよいよ修学旅行当日だ。みんな、旅行を無事に満喫するためにも今日の間にちゃんと準備をして、しっかり寝ること。それじゃあ」

 花寺のどかたちのクラスの担任、円山先生はそう言って教室を後にした。途端に、教室の中は浮かれた声で溢れかえる。中学生活を通しての一大行事なのだから当然だ。

 無論、クラスきってのイベント好き、平光ひなたも大人しくしているわけがなかった。

「よっしゃー! ようやく来たよ、お待ちかねの修学旅行!」

 のどかの前の席で、ひなたは二つのおさげをぶんぶんと揺らして喜び勇んでいる。隣の席の沢泉ちゆも、彼女のはしゃぐ様子にふふっと微笑む。

「正直わたしも、今日は一日中明日の事ばっかり考えちゃって、あまり授業に集中できなかったわ。……それにしても、修学旅行の前にビョーゲンズを倒すことができてよかったわね」

「それそれ! ほんとだよー。旅行中にあいつらが現れてさ、『ひなた絶望!? むしばまれた修学旅行!』なんて事になったら最悪だもん! もうそんな心配せずに思いっきり旅行を満喫できるよね~」

 そう、彼女たちはずっと、地球全体を蝕み我が物にしようとする生命体、ビョーゲンズとの戦いの日々を送っていた。そしてつい先日、親玉であるキングビョーゲンを打ち破り、平穏な日々を取り戻したのだった。

「あたしさ、楽しみすぎて、荷造り昨日のうちに済ませちゃったよ!」

「ひなたが準備を前倒しで進めるなんて、気合が違うわね……。とはいえ、わたしもほとんど済ませちゃったけど。のどかはどう?」

 ちゆからの質問に、のどかはぴくっと反応し、所在なさげに肩を落とす。

「それがまだ、全然まったく……」

 そんな彼女の返答に、ひなたとちゆは顔を見合わせた。

「あれ、そうなの? こういうの前もってきっちり準備してそうなのに、のどかっちにしては珍しいね」

「も、もちろんやろうとはしてるんだよ? でも、昨日も一昨日も、旅行バッグを広げはするんだけど、いざ荷物を入れようとするとぼーっとしちゃって、何から手をつければいいのかわかんなくなっちゃって」

「そういえば最近のどか、少し元気がないというか、心ここにあらずってことがあるわよね。今日も英語の宿題忘れてきてたし……」

「うっ」

「午後の授業始まったのに、机の上にお弁当箱出しっぱなしにしたりしてたよね」

「ううっ……」

 二人からの指摘に、どんどんと背中が萎んでいくのどか。

「あーごめんごめん。責めてるわけじゃないんだよのどかっち! ただちょっと心配になったってゆーか」

「ありがとう、ひなたちゃん……。自分でもよくわからないんだけど、なんだか最近、いま一つやる気が入らないというか、色んなことを後回しにしちゃうことが増えちゃって……」

「ラビリンたちがヒーリングガーデンに戻ってからしばらく経つし、もしかしてちょっと寂しかったりする?」

 ちゆの問いかけに、のどかはしずかに首を振る。

「寂しくないと言えば嘘になるけど、ほら、こないだヒーリングガーデンに行ってラビリンたちとも会ったじゃない? あの時に久しぶりにいろんなことも話せたし、むしろ気分は軽くなったと思うんだけど」

「それじゃあ、いったい何なのかしら……」

 それがわからなくて、と三度しょげるのどかの頭を、ひなたはよしよしと撫でる。

「そんな時こそ旅行だよ、のどかっち! おいしいもの食べてキレイな景色見てー、いっぱい遊べば気持ちもスッキリするって!」

 ひなたの激励に、のどかは顔を上げる。

「そ、そうだよね! わたし、小学校の修学旅行行けなかったからすっごく楽しみなんだ! ちゆちゃんとひなたちゃんは、今回の旅行先の、えっと……あおぞら市、って行ったことあるの?」

「わたしはないわね」

「あたしも! すこやか市からだと微妙に遠いもんね。オーシャンビューを眺めながら都会の街並みを満喫できる常夏の街……やばい、めっちゃ楽しみになってきたー! もう行きたいお店も決めてあるんだー!」

 椅子の上でぴょこぴょこ跳ねるひなたの様子に、のどかの表情も思わず緩む。

「そうだよね、うん! わたしもやる気出てきた気がする! 今日はがんばって準備して明日に備えるぞ!」

 おー! と三人は拳を上げた。

 

「……あれ? そういえばさ。修学旅行ってことは、あたしたちもう3年? ……進級なんかしたっけ?」

「やあねえ、何言ってるのひなた。うちの中学では修学旅行は2年生の時に行くのよ」

「……ちゆちー? あっ、ということは今って、もう2月か3月くらいだよね?」

「やだなあ、何言ってるのひなたちゃん。まだ2年生の1学期か2学期か3学期くらいだよ」

「……のどかっち?」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「おっつかれさまでーす! さあさあさあ、今日の部活はいったい何をしましょー?」

 次の日。ところ変わって、あおぞら市。

 夏海まなつは、あおぞら中学校の屋上に佇む『トロピカる部』の部室に入ってくるなり大声であいさつをした。彼女とは対照的な落ち着いた声量で「こんにちわ」と会釈しながら、涼村さんごもまなつの後に続く。

 まなつは大きな足取りで部室の奥にある黒板へと向かう。黒板には『トロピカるリスト』と銘打たれた、各自のやりたいことを書き連ねた一覧があり、すでに達成したものには横線が引かれている。まなつはそのリストをまじまじと見つめると、うーんと頭をひねる。

「今日は何やる? 昨日はバケツプリン作りやったし、学校周辺の徹底お掃除……は、ついこないだやったばっかりだしー。オリジナルエプロン作りか、もしくはあおぞら中学校校歌を3番まで覚えるために全力絶唱かなあ」

「そもそも、まず最初に何をするのか確認しないといけない部活って何なんだろうね……」

 さんごのぼやくようなツッコミもどこ吹く風で、まなつはなおも黒板とにらめっこしている。すると、部室のドアが乾いた音を立てて再び開いた。

「……いや、今日はスイーツ作りも清掃活動もお裁縫もカラオケ大会も一旦却下だ。どうしても今一番やらなければならないことがある」

 すると、遅れてやってきた滝沢あすかが、部室のドアに佇んだまま、やけに神妙な面持ちで宣言する。

「えっ、あすか先輩が提案してくれるなんて珍しー!」

「先輩がやりたいことって何ですか?」

「…………プリティホリックに行きたい」

 妙に言葉を溜めた上での意外な提案に、まなつとさんごは思わず顔を見合わせる。ただ、プリティホリックはこんな思い詰めた表情で行くようなコスメショップではない。さんごはさらに理由を尋ねる。

「わたしたちはもちろんそれで全然構いませんけど……、いったいどうしたんですか?」

 すると、あすかは一瞬言葉を詰まらせながらも、喉を絞るような声で告げた。

「……………………できるかぎり、可愛くなりたい」

 さらに予想の斜め上の返答に、思わず首が30度ほど傾いてしまうさんご。一方まなつは、あすかのただならぬ様子も気にせず、あっけらかんと答える。

「えー、でもあすか先輩美人だし、そのままで十分トロピカってると思うけどなー」

「……まなつじゃ話が通じない。さんご、相談に乗ってほしい」

「ほ、本気で言ってるのにー! ひどいよ先輩!」

 抗議の声を上げるまなつをスルーして部室の長机に着席すると、あすかはスマホを操作し、さんごの前に画面を差し出す。

「まずはこれを見てくれ」

「これは……、『なかよしウサウサ村』ファン感謝イベント、inあおぞら市……?」

 あすかが手渡したスマホの画面には、大人気スローライフアクションゲーム『なかよしウサウサ村』のゲーム本編ではなく、その関連イベントの告知ページが表示されていた。

「そう、グッズの物販はもちろん、着ぐるみウサコとの握手会にテーマソングの生ライブ、出演声優さんたちによるトークショーやボイスドラマ実演など、ファン待望のイベントなんだ」

「うわー、すっごく楽しそう! わたしも行ってみたーい!」

「先輩もこれに参加するってことですよね? それとプリティホリックに何の関係が……」

 さんごの質問に、あすかは小さく頷きながら、ふたたびスマホを操作し別のページを見せる。

「これは、なかウサ界隈では有名なファンの方の、前回のイベントレポートなんだ。ただ……この様子を見てほしい」

「どれどれ……。うわあ、会場も参加してる人もなんだかみんなかわいいー!」

 まなつの言う通り、レポートに出てくる画像を見ると、イベント会場は大型セットから小物に至るまで、パステルカラーの装飾で彩られ『なかよしウサウサ村』の世界観を寸分の隙も無く見事に再現している。さらに、参加している人たちも、その会場の雰囲気に溶け込むかのように、大人も子供も目いっぱいに可愛く着飾っている。

 眺めていると、自然と「没入感」という単語が脳裏をよぎる。メインターゲットであろう小学生以下の女の子たちの瞳は、まさにこの世界へと引き込まれたかのようにきらきらと輝いていた。

「……そう。このイベントは、運営側の素晴らしい技術と多大な努力だけじゃない。参加者も一緒になって作るものなんだ。わたしは、自分が美人かどうかなんて知らないが、自分の目つきがどれくらいキツいかくらいはわかっている。イベントには参加したい。だが、この会場の様子からなるべく浮きたくない。ましてや、周りの子に怯えられることなどあっては言語道断だ」

「そ、そんな、怯えられるだなんて大げさなー」

「まなつ。お前は迷子を心配して声をかけようとしたら、その子に一目散に逃げられた経験はあるか?」

「いやー、それはその……あはは」

 フォローを入れようとするまなつだったが、あすかの静かだが言い知れぬ剣幕に思わずすごんで引き下がる。

 すると、その傍らでさんごがわなわなと震え始めた。

「さ、さんご? いきなり無茶なお願いをしてしまってすまない。無理だったら、」

「いいえ、わかりました……。そういうことなら、この不肖涼村さんご! 全力であすか先輩のかわいいをサポートさせていただきます!」

 拳を胸の前で固め、さんごは高らかに叫ぶ。

「おお、燃えてるねさんご!」

「うん! だって、あすか先輩に頼りにされるなんて滅多にないことだもん! しかもかわいくなりたいだなんて、ここでわたしががんばらなきゃ、いつがんばるのって話だよ!」

 ふん、と鼻息荒く意気込むさんごに、あすかは呆気にとられながらもふっと微笑む。

「ありがとう、さんご。よろしく頼む!」

「はい!」

 大きくうなずくさんごに、まなつも思わず大きくにんまりと笑う。

 

 というわけで、一同はプリティホリックに行くことになった。

 全員が再びカバンを手にし部室を後にしようとしたところで、あすかがふと気づき声をかける。

「そういえばまなつ、今日はローラはどうしたんだ? 連れてきてないのか?」

「あー……。たぶん、家にいると思います……」

 一転、珍しくトーンの低いまなつに、さんごは伏し目がちな彼女の顔を覗き込むように尋ねる。

「その様子は、もしかして、またケンカしちゃった?」

「だ、だってー、勝手に家の外に出ちゃダメって言ってるのに、『外で開放的に泳ぎたいから』って、一人で家の近くの川まで泳ぎに行ったんだよ! お母さんにも最近ちょくちょく疑われてるし……」

 ぶー垂れるまなつの様子が微笑ましいのか、さんごは苦笑する。

「でも、今日はどうしてるのかな? お家にいても退屈だと思うけど」

「今はくるるんもいるし、大丈夫だと思うけどな。まさか、昼間に一人で水族館のプールに行って誰かに見つかるなんてヘマはしないと思うけど……」

「そうだよね。まさか、それでわたしにも見つかったのに、昼間に一人で水族館のプールに行って誰かに見つかるなんてヘマはしないよね……」

 

 

 □ □ □

 

 

「あおぞら市にとうちゃーく!」

 旅行バスに揺られること数時間、すこやか中学生徒一同は潮風香るあおぞら市へとやってきた。長時間の移動で凝り固まった背中をぐーっと伸ばしながら、ひなたは周囲の景色に目を輝かせている。

「すごいわね。本当に、都会の街並みの中から海が見渡せる……」

「街の中も、きれいな水路がいっぱい流れていて、まるでベネツィアみたい! ふわあ……」

 ちゆとのどかも、周囲の景色を眺めては感激にため息を漏らしたり、スマホで写真を取ったりしている。

 しかし、そんな浮足立つのどかをたしなめるように、担任の円山先生が後ろから声をかける。

「花寺。浮かれるのもいいが、今度はバスの中に忘れ物したりしていないだろうな?」

「はぃ、だ、大丈夫です……」

「そういえばのどかっち、出発前プチ波乱だったもんね……」

 ひなたの言う波乱とは、すこやか中学校校庭に集合しいざ出発となったところで、のどかが財布を忘れたことを思い出し、時間もないのでそのまま全員乗り込んだバスごと花寺家へと向かい、全同級生が見つめる中財布を取りに戻るという赤っ恥から旅行が始まった事だった。

 そのおかげで、楽しい話題に花咲くはずのバス内での会話も、のどかはどこか上の空だった。

「うう、昨日準備をしている最中も、何だかこんなことしている場合じゃないって気がして、お財布とか大事なものはチェックは最後にしようと思って、結局そのまま後回しにしちゃって……」

「なんだかやっぱり、最近のどか調子が変よね」

「この修学旅行、前途多難かも……」

 すっかりしょげて小さくなったのどかの両肩に、ひなたはぽんと手を置く。

「まあまあまあ、のどかっち! そんなに落ち込まないの。旅の恥は掛け捨てって言うじゃん!」

「掻き捨てね」

「せっかくの修学旅行なんだし楽しまなきゃ。ほら、一日目からあおぞら市一番の超目玉スポットだよ!」

 ひなたに背中を押され顔を上げたのどかの目の前には、視界に収まらないほど大きな建物が広がっていた。

 旅行バスが辿り着いたのは、巨大な水族館。

「あおぞら水族館……国内最大級の水族館とは聞いてたけど、たしかに大きいわね」

「うん! すこやか水族館よりも大きいなんて、全部回りきれるかなあ……。ちゆちゃんひなたちゃん、早く行こう!」

 元気を取り戻した様子ののどかに、ちゆとひなたは微笑むと、駆け出したのどかの後へと続いた。

 

 

 熱帯魚、クラゲ、ペンギン……。展示されている海洋生物に目を輝かせながら、生徒たちは薄暗い照明の館内を順に進んでいく。

「この水族館、すっごいね! こんだけ色々見たのに、まだ半分くらいしか辿り着いてないみたいだよ。どんだけでっかいだろうねここ……って、あれ、のどかっち?」

 パンフレット片手に声をかけたひなただが、のどかからの返事はない。見ると、のどかはとある水槽の一つをじっと食い入るように見つめていた。ちゆは水槽のプレートを確認する。

「これは……ダイオウグソクムシね」

 のどかは水槽の片隅にひっそりと佇む、巨大な昆虫のような生物から一切視線を離さずに無言で頷く。

「全然動かないわね。……グソクムシも、のどかも」

「なんか、あんまり生きてるって感じがしないね、グソクムシって」

 何気なくひなたが放った一言に、のどかはかっと目を見開いて振り返った。

「何を言ってるのひなたちゃん! ダイオウグソクムシさんはこうやって、ひっそりと静かに暮らすことでエネルギーを使わずに、細々と生きることで食事の回数を少なくしてるんだよ! それに泳ぐ時は意外と速いんだからね。あとあと、数年間まったく食事をしないダイオウグソクムシさんもいたりして、そのダイオウグソクムシさんが数年ぶりに食事をする動画があって、それなんかもうすっっっごく生きてるって感じがして! わたし、何十回も再生しちゃったよ~。はあ、見たくなってきちゃった……」

「おおっと、こんなところにダイオウグソクムシガチ勢がいたとは……」

 圧倒されるひなたの背後で、くすくすと笑い声がした。三人が振り向くと、赤毛の長髪を後ろでくくった、水族館の飼育員と思わしき女性がのどかたちの視線に気づき、申し訳なさそうに頭を下げた。

「あっ、ごめんなさいね。お客様があまりにも熱弁されるものだから、つい」

「い、いえいえ! こちらこそ騒がしくしてしまって、すみません……」

 のどかが慌てて頭を下げようとすると、とんでもない、と女性はそれを手で制した。

「実は、私の娘もダイオウグソクムシが大好きなんです。食い入るように見つめてるところもお客様とそっくりで、なんだか微笑ましくて。修学旅行の生徒さんですよね。今日は思う存分楽しんでいってくださいね! ……あ、ちなみにうちのダイオウグソクムシは、ちゃんと定期的にエサは食べていますので、ご安心を」

 そう言って女性は、屈託のない笑顔と共に軽く会釈をして去っていった。

 

「なんか、とっても感じのいい人だったわね」

「うん。なんか、この水族館のお魚さんたち、すっごく大事にされてるんだなって感じがする!」

「よーし、じゃあ言われた通りめっちゃ楽しんじゃおー! のどかっち、あっちにジュゴンがいるんだって!」

「えっ、ジュゴン!? 行こう行こう!」

 喜びのあまり少し早足になるのどか。すると、ちゆの目の前で「きゃっ!?」と短い悲鳴と共にのどかは急に体勢を崩した。

「うわっと!? のどか、大丈夫!?」

 急によろけてこけそうになるのどかの手を、ちゆは慌ててキャッチして彼女の体を支える。

「もう、慌てちゃダメよのどか」

「あ、ありがとう、ちゆちゃん。違うの、ここの床、なぜだかびしょびしょで……」

 のどかが見やったその先。明かりが少なくてよく見えないが、たしかに床が濡れている。

「何だろうね、どこかの水槽にヒビでも入ってんのかな?」

「漏れるほどのヒビなんて入ってたらこの水族館は今頃大惨事よ、ひなた」

「こっちって……順路じゃないよね?」

 のどかが覗いたその先、「順路」と書かれた看板の背後には、連絡用と思われる通路が続いていた。濡れた床は、とびとびにその先へと続いている。

 三人は顔を見合わせると、言い知れぬ好奇心に引かれて、誰からともなく薄暗い廊下を進み始めた。

 ところどころ濡れた階段を気を付けながら登り、のどかはその先のドアを開けた。

 

 眩しさに顔をひそめながら開いたドアのその先は、水族館の屋上だった。清掃はされているようだが、魚が展示されている様子はなく、従業員の姿も入場客の姿も見当たらない。

「やっぱり、何もないよね」

「パンフレットにも、屋上の展示については何も書かれてないわね」

「え、でもさ、あの大きな水槽、いま何か跳ねなかった?」

 ひなたが指差したその先、熱帯風の広葉樹の先に、ショーを行うために設営されたと思われるステージ型の大きな水槽があった。

 おそるおそる三人が近づいていくと、たしかに水が跳ねる音と一緒に――誰かの話し声が聞こえてくる。

 三人は息を呑み、水槽の中が見える距離まで接近する。すると――

 

「そう、くるるん上手よ! 深いところから助走をつけて、水面から全身が出るまで勢いよく尾ひれを振って一気に飛び出る! やっぱ水面ジャンプの練習は外じゃないとできないわよね~。まなつに何回説明してもわかってくれないんだもん。このローラ様がそう何回もニンゲンに見つかるヘマするわけないじゃない。まあ館内でアクアポットのエネルギーが切れて動かなくなった時はさすがに焦ったけど、誰にも見つからなかったし結果オーライよね! よし、それじゃあ今度は、高さ1メートルを目標にもっと練習するわ、よ……?」

 

 観客席に並ぶベンチの真ん中、のどかたちが呆気にとられる視界の先にいたのは、

「に、ににっ、にんにんにん、人魚だーーーー!!」

 ひなたが素っ頓狂な声で叫ぶ。直径10メートルほどの水槽にぷかぷかと浮かんでいたのは、さざ波のように優雅なウェーブを描く桃色のロングヘアーと、虹色に光る煌びやかな鱗をまとったしなやかな尾ひれを持つ、美しい人魚だった。

 人魚の方もこちらに気づき、「げっ」とその麗しい見た目に反する低い唸り声を上げると、隠れる場所はないかと周りをきょろきょろ伺い始める。悲しいかな、ショーのために設えられた水槽にそんなスペースなどないのだが。

「どどどっ、どうしよう、マジ人魚だよ、マジん魚!」

「お、おおお落ち着きなさいひなた。病原菌が人の姿になって現れるくらいの世の中だもの。魚が人の姿で現れるくらいどうってことないわ。諸先輩方にはロボットも未来人も宇宙人もいたことだし……」

「それでいくとあたしたち、もう大概の事は受け入れられちゃいそうだよね……あ、なんか落ち着いてきたかも」

「……なんだか知らないけど、不当に格を落とされた気分だわ。もっと新鮮に驚きなさいよ」

 慌てふためいていた人魚は、冷静さを取り戻すひなたたちの反応に不服そうな顔をして、水面を揺らしながらこちらへと近づいてきた。のどかは驚きと興奮に弾む胸を押さえながら、水槽の前へと進む。

 間近で見るその姿は、やはりとても作り物には見えない。

「あ、あの本当に、本物の人魚さんなんですか?」

「そうよ、正真正銘、純度100%の人魚様よ。驚いた?」

 ふふん、と誇らしげに笑う人魚にのどかはなおも呆気にとられる。

「ほ、本当にいたんだ、人魚……」

「? 何よその反応。いたらダメなわけ?」

「い、いえ、こっちの話…」

 ふーんと呟いたローラは、開き直ったかのようにのたまう。

「ま、見つかったからにはしょうがないわね。どうせヒマだし、なんなら尾ひれも触りに来る?」

 ローラに促されるまま、三人はステージ脇の階段から水槽の上へと昇る。

 ステージ上に腰掛けた人魚は、「ほら」と自らの尾ひれをのどかたちの前に差し出す。のどかは恐る恐る手で触れると、ひやりとして滑らかな鱗の手ざわり、張りの良い尾ひれの感触が、いまだに目の前の光景を現実として受け止められない心に、実感となり伝わってくる。

「これは何というか……、活きてるって感じ、だね……」

「活きがいいっていうのよ、のどか」

「あたしも触りたーい!」

 のどかに続き、ちゆとひなたも人魚の尾ひれに触れ、その何とも言えない不思議な感覚に体を震わせている。それを得意そうに見つめる人魚に、のどかは尋ねる。

「人魚……さん? お名前を聞いてもいいですか?」

 すると人魚は、さっと髪をかき上げながら、得意げに答える。

「わたしの名前はローラ・アポロドーロス・ヒュギーヌス・ラメールよ」

「ローラあぽろぴろぴろ……? 長いけど綺麗な名前ー! あたしは平光ひなただよ。よろしくね、ローラん!」

「そのあだ名は却下よ」

 え~、とぶー垂れるひなたを他所に、残る二人も自己紹介をする。

「わたしは沢泉ちゆよ。人魚とお知り合いになれるなんて光栄だわ。よろしく、ローラ」

「わたしは、花寺のどかっていうの。よろしくね、ローラちゃん!」

「ちゃ、ちゃん~? まあいいけど……」

 ローラはのどかの差し出した手を握り返すと、のどかは満面の笑みで応えた。

「で、ローラ・アポロドーロス・ヒュギーヌス・ラメールはこんなところで何をしていたの?」

「いちいちフルネームで呼ばなくていいのよ、ちゆ。何って別に、ただ気持ちよく泳いでただけよ。くるるんと一緒にね」

 ローラは、水面をのんびりと漂う、アザラシのような見た目の妖精を見やる。注目を集めたくるるんは、一鳴きすると音を立てて水中へと潜っていった。ひなたは続けて質問する。

「普通人魚って海にいるものなんじゃないの? なんで水族館なんかにいるの?」

「事情があって今は海を離れて暮らしてるのよ」

「事情って……?」

「それは……、ん?」

 のどかの質問に答えようとしたローラは、何かに気づいたように三人の顔をまじまじと見つめたかと思うと、今度はなぜか残念そうにため息をつく。

「? ど、どうしたの、ローラちゃん」

「別に。よくよく見たら三人とも、なかなかいい顔つきをしてるなーって。プリキュア候補にぴったりかも、とも思ったけど、残念ながらトロピカルパクトはもう四人分埋まっちゃったのよねぇ。予備とかあったりしないか女王様に聞いてみようかしら」

 そんなローラの一言に、三人は思わず顔を見合わせる。

「プリキュアって……、もしかして、プリキュアのこと?」

「そりゃプリキュアはプリキュアでしょ。……ん? なんで知ってるわけ?」

「だって……」

「わたしたち……」

「プリキュアだから……」

「………………は? はああああ~~っ!!??」

 ローラの素っ頓狂な叫びが、水族館中に響き渡ろうかというほどの勢いでこだました。

 

 

 のどかたちが一通りの説明を終えると、ようやくローラは落ち着きを取り戻した。

「……なるほど。つまりあなたたちは、そのビョーゲンズって奴らから、地球を守るために戦ったってわけね」

「そして、ローラちゃんたちは、あとまわしの魔女さんたちから、みんなのやる気を守るために戦ってると……」

「まさか、まなつたち以外にもプリキュアがいたなんて……でも伝説の戦士と地球のお医者さんってことは、成り立ちが違ったりするのかしら……」

 ローラは難しい顔をしながら、何やらぶつぶつと呟いている。

「ローラちゃんはプリキュアじゃないんだよね?」

「そうよ。人魚はプリキュアにはなれないから」

「ということはローラはプリキュアのパートナー……、ヒーリングアニマルみたいなものかしら」

「アニマルというよりは、ヒーリングフィッシュじゃない?」

「ニンゲンの足垢ついばんでそうな呼び方やめてくれるひなた?」

 不満げな顔をするローラに苦笑しながら、のどかはさらに説明を続ける。

「ちなみに、もう一人アスミちゃんって子がいて、今はヒーリングガーデンって所に帰ってるけど、その子もプリキュアなんだよ」

「ぜ、全部で四人も……? ……ふふっ、ぐふふふふふ……」

「ろ、ローラちゃん?」

 突然、低い声で笑い始めるローラに、三人は思わずたじろぐ。

「これって大・大・大チャンスじゃない! 四人もプリキュアを探し出したのに、さらにもう四人も見つけてしまうなんて! こーんな偉大な功績、次期女王になってもさらにお釣りがくるレベルだわ!」

「女王になったお釣りっていったい何なのかな?」

「お付きのメイドさんが一人増えたりするのかしら」

 突如急上昇するローラのテンションに、三人はすっかり置いてけぼりだった。

 すると、高笑いを続けていたローラはぴたりと笑いをやめ、今更ながら平静を装い三人へと向き直った。

「コホン。……よろしい、特別に貴方達もわたしのてご……仲間にしてあげるわ」

「てご?」

「日常聞き慣れない穏やかじゃない単語が出そうになったわよね」

「ていうか、あたしたちそもそもいま修学旅行中だし」

 三人の冷ややかな反応に、ローラは業を煮やす。

「何よ! わたしが仲間に入れてあげるって言ってるんだからもっと光栄に思いなさいよ! それに、あとまわしの魔女は今もニンゲンたちにも牙を剥いて苦しめてるのよ? プリキュアとして放っておいていいの!?」

「そ、それはたしかに心配だけど、わたしたち、すこやか市っていうここからずっと遠い場所に住んでるんだよ?」

「何よそれくらい、引っ越してきなさいよ」

「さらっととんでもない無茶を要求する人魚さんね……」

「……あたしが絵本で見た人魚って、もっとこう」

「ひなたちゃん、それ以上は火に油ぽいから抑えて」

 当然のことだが反応の悪い三人に、ぐぬぬとローラは唸る。

「わたしは諦めないわよ……! くるるん、おいで!」

 ローラが呼びかけると、水面から勢いよくジャンプしてきたくるるんは、ローラが手にした香水瓶のようなポットへと突進し、そのまま光となってポットの中へと吸い込まれていく。

 そして、

「えっ、ちょっと!?」

 続けざまにローラもポットの中に飛び込んだかと思うと、ふわりとひとりでに浮かんだポットは瞬く間にのどかの手提げカバンへと滑り込む。のどかが慌ててカバンの口を開けて中を覗き込むと、小さな姿となったローラが、ポットのガラス窓の向こうからこちらを睨みつけていた。

『仲間に入るって言うまでついていくんだから! 断るならこのポットの中の水せっせと掻き出して、カバンの中びちゃびちゃにしちゃうわよ!?』

「……えぇ~」

「とんでもない人魚さんに捕まって、もとい、捕まえさせられてしまったわね……」

「ど、どうする、のどかっち?」

「どうするって言われても……」

 困り果てただただ立ち尽くすのどかの肩を、ちゆはポンと叩く。

「水族館が終わったら自由行動だし、その間に何とか説得しましょう」

 それしかないよね、とのどかはかくりと肩を落とした。

 

「この修学旅行、やっぱり前途多難だよ……」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「……よし。こんな感じで、どうでしょう?」

 ここは、さんごの母親が経営するコスメショップ、プリティホリック。その二階のカフェスペースの一部に陣取ったトロピカる部一同は、あすかを可愛くするためのメイクに取り掛かっていた。と言っても、全てさんごの手によるものだが。

 さんごに差し出された手鏡で、メイクを終えた自分の顔を見て、あすかは感嘆の声を上げた。

「おぉ……。うまく言えないけど、なんだか自分の印象がけっこう変わった気がする」

「あすか先輩はシュッとしたつり目だから、目じりの形に添ってアイラインを引いて、少したれ目に見えるようにしたんです。あとは、まぶたの中心にかけてほんの少しシャドウを薄くすれば、ちょっぴりだけど縦に大きく見えるから、雰囲気が和らぐかなって」

 へえ、とただただため息を漏らしながら、あすかは手鏡でいろんな角度から自分の顔を見つめている。

 思わず湧き出た拍手に、さんごは少し顔を赤くしてはにかんだ。

「みんなー、アイスティー持ってきたよー! あっ、もしかして、あすか先輩のメイク終わった?」

 カウンターの方からやってきたまなつは、人数分のグラスが乗ったお盆を机に置くと、あすかの顔をまじまじと見つめる。

「うわあ、すごい! すごいよ、さんご! なんだか優しい雰囲気がして、あすか先輩じゃないみたい!」

「……純粋にさんごの技術を褒めていると受け取っておくよ、まなつ」

 アイスティーをすすりながらまなつを一瞥するあすかに苦笑しながら、さんごは改めてあすかの全身を見つめる。

「メイクの方向性はこれでよし、服装は別途何とかしてもらうとして、あとは……髪型かな?」

「かわいい髪型って言えば、やっぱりツインテールとか? わたしとお揃いのサイドポニーとかどうですか?」

 自分のおさげを手でぴこぴこと揺らしながら提案するまなつだが、あすかは微妙に浮かない顔をしている。さんごもグラスを一旦置き、真剣な表情でぶつぶつと考えている。

「お団子とかもかわいいかも……あ、でも、あすか先輩くらいの髪の量だと少し大きくなりすぎちゃうかな。それにしても、まっすぐでキレイな髪……わたし癖っ毛だから、うらやましいなあ……」

 まなつとさんごの二人は、あすかの髪を掴んではアップにしたり横に跳ねさせたりと試行錯誤する。

「ま、まあ、髪型はこのままでいいんじゃないか」

「いいえ、ダメですあすか先輩! わたしは、まだ先輩のかわいいに満足していません! うちのお店、ヘアアクセもいくつか置いてるんです。似合うものが無いか探しに行きませんか?」

 あすかはしばらく考えた後、そうだな、とアイスティーを一気に飲み干した。

 

 

 一同は階段を降り、一階のプリティホリック店内へと戻る。店の中は、来たときよりも多くの客であふれていた。

「そう言えば、ここに来るまでも思ったけど、なんか今日見慣れない制服の子が多いね?」

 まなつは店内を見渡して首をかしげる。たしかに、同い年くらいの、見たことのない制服の中学生が店内にちらほらと見受けられる。

「修学旅行の生徒さんじゃないかな。あおぞら市ってわりと多いんだよね」

 

 そんな話をしていると、同じく修学旅行生と思われる、緑のジャンパースカートの制服に身を包んだ三人組の女子生徒が店内に入ってきた。先陣を切る栗色のツインテールの少女が、高いトーンで後続の二人に告げる。

「ほら! ここが今回あたしの一番のマストプレイス、プリティホリックだよ!」

「ふわあ、ほんとだ、すごくかわいいお店!」

「たしかに、ひなたが言うだけのことはあるわね」

「でしょでしょ!? って言っても、あたしも初めてだからさ。もう気になるアイテムチェックしまくっちゃおう!」

「アクセサリも置いてあるんだ……。わたし、新しいヘアピン探してたの、ちょっと見て来るね!」

 続くショートボブとサイドテールの女生徒たちも、店内の様子に目を輝かせている。あまりに楽しそうなその様子に、さんごの表情は思わずほころぶ。

「わたしたちも、あすか先輩に似合うもの探してみよう!」

 さんごの掛け声と共に、ヘアアクセサリの売り場を探し始めようとする一同。そこに、先ほど入店してきた三人のうち、ショートボブの少女がこちらにやってきた。すると、

『……げっ』

 と、彼女の声と思えない、そしてどこかで聞き覚えのある苦虫を噛み潰したような声が彼女の方から聞こえた。すると彼女は、いぶかしげな顔をしながら、なぜか自分の持っているカバンを自らの顔に近づけて何やら独り言を言い始めた。

「……えっ、他の店に行った方がいい? ど、どうして? まだ入ったばっかりなのに……」

「……あの子、カバンと話してないか?」

「スマホでも入ってるのかな?」

 あすかとまなつが不思議そうに見つめる中、少女はなおもカバンに向かって何やら独り言をつぶやいている。

 

 一方、ツインテールの少女は、スキップを踏むかのように店内の商品を見回していた。

「あれもぉ、これもぉ、それもぉ! 全~~部かわいい~~! 今日だけでおこづかい使い果たしちゃったらどうしよう~!」

 浮かれまくった彼女の言葉に、隣の商品棚のシュシュを見繕っていたさんごは思わず吹き出してしまう。

「……あっ、ごめんなさい。あんまり楽しそうだからつい……」

「わわっ、こっちこそごめんね。独り言多すぎだよね。でも、こんなイケてる店、ゆめポートにもないからさ~」

 うっとりとした様子の少女から出た単語に、さんごはぴくりと反応する。

「あ、ゆめポートって、もしかしてすこやか市のですか?」

「うぇ? 知ってんの?」

「はい。お母さんが、うちの支店を出す予定のところの名前に挙げてたから」

 さんごが何気なく答えたその言葉に、少女は目を丸くする。

「へ? うちのって、もしかしてこのお店の?」

「あ、そうなんです。ここはわたしのお母さんが経営しているんです」

「うっそマジ!? 超うらやましいんだけど! なんかさ、オススメ商品とかあったら教えてもらっていい? あっ、あたし平光ひなた!」

「もちろん! わたし、涼村さんごです」

「よろしくね、さんごちん!」

「さ、さんごちん……」

 

「うう、頼みの綱のさんごが捕まってしまった……」

 そんな二人のやり取りを、あすかは少し離れたところから困り顔で見守っていた。すると、彼女の後方からのんきな大声が響き渡る。

「なーに言ってんの、あすか先輩! わたしが先輩に似合いそうなアクセ持ってきましたよ、ほら!」

「似合いそうなって、全然数が絞れてないじゃないか!」

 そう言いながらよたよたとやってきたまなつは、リボンやらカチューシャやらシュシュやらのヘアアクセサリーを抱えるように運んできた。

「えー、だってあすか先輩、何つけてもトロピカっちゃいそうだから、いっそ全部試した方がいいと思ってー。よっとと……」

 手にした荷物に気を取られ、足取りがおぼつかないまなつ。するとそこに、先ほどのショートボブの少女がまなつの行く先に重なるように通りかかる。

「おい、まなつ! ちゃんと前見ろ前!」

 あすかの掛け声に少女も反応したが、時すでに遅し。彼女は横からやってきたまなつと衝突し、「きゃっ!?」と短い悲鳴を上げて床へと転んでしまった。

 一方まなつは、持ち前の体幹の良さか、手にした荷物も落とさず少しよろけた程度だったが、想定外の事態に慌てふためく。

「わわっ、すみません!? 先輩、これ持ってて!」

 まなつは手にしていた荷物を無理矢理預けると、倒れた衝撃に目を回す女生徒の肩を抱きゆさぶる。

「うわあごめんなさいごめんなさい、大丈夫ですか!? めっちゃ痛かったですよねケガとか平気ですか!?」

「う、ううん、全然、わたしもよそ見してたのでお気になさらず……」

「えぇー! ウッソ優しい、めっちゃいい人!」

「……なんか、全く同じやり取りをしたことがあるような、ちょうど一年くらい前に……。って、あれ? あなた……」

 女生徒はまなつと目を合わせた途端、何かに気づいたように目を見開く。

「なんか、わたしたち……」

「どこかで会ったことがあるような……、げぅっ!?」

 するとそこに、あすかのゲンコツがまなつの脳天へと落ちる。

「夢中になると周りが見えなくなるのはお前の悪い癖だ、気をつけろ」

「うう、すみません……。あ、でも今のあすか先輩、メイクのおかげでいつもよりは怖くないかも」

「何が怖くないだまったく。すみません、うちの部員がご迷惑を……」

 頭を下げるあすかに、少女は申し訳なさそうに手を振る。

「ま、まあまあ、どこもケガしてないですし、怒らないであげてください」

「本当にいい人すぎる! わたし、夏海まなつ! あなたの名前は?」

 突然名前を尋ねられ少し驚いた様子だったが、少女は笑顔で答える。

「花寺のどかだよ。ありがとう、まなつちゃ――」

 のどかがまなつに手を引かれ立ち上がったその時。突如店内に、くぐもった大声が響き渡った。

『ちょっと、のどか! いったい何がどうなってるわけ!? ポットの中はぐっちゃぐちゃだし外の様子も見えないし!』

 それは、のどかが落とした手提げカバンから聞こえてきた。……先ほどは短くてわからなかったが、今度はその口調からも声の主が誰なのか明白だった。

「今の声……、もしかしてローラ?」

『げっ、しまった……』

 目を細めてのどかのカバンを見つめるまなつ。一方、カバンの中からは姿は見えど声の主の焦る様子が伝わってくる。

「ちょっとローラ! そのカバンの中にいるの? なんで!?」

 のどかのカバンを一人でぐるぐると取り囲むまなつ。すると、

『ううぅ~……。の、のどか、逃げるわよ! 早くこの店から出なさい!』

「へっ、な、なんで?」

『いいから早く店の外まで走りなさい!!』

「え、ええっ、わたしまだ全然見てないのに~~!」

 ローラの声が響き渡るカバンに急かされるように、のどかはカバンを手に取り店の外へと駆けていく。ちゆとひなたと呼ばれていた連れの二人は、その様子を不思議そうに目で追っている。

「ああっ、ちょっと! すみません、わたし追いかけますね!」

 あすかにそう告げると、まなつはネコ科動物かのような瞬発力で、のどかの背中を追いかけた。事態を遅れて把握したさんごが、あすかの元へと駆けてくる。

「え、えっと、何があったんですか?」

「なんだかよくわからんが、他校の人間に迷惑をかけまくってるなあいつら……」

 

 

 □ □ □

 

 

「はあ、はあ……。とりあえず店は離れたけど、どうして逃げたのローラちゃん?」

 プリティホリックを出てすぐの路地裏に入ったのどかは、息を弾ませながらカバンの中のアクアポットを取り出した。すると、その中でローラが不服そうに口をとがらせて答える。

『だって、まなつに見つかったから、絶対怒られると思って……』

「まなつちゃんがお友だち……ってことは、もしかして」

 と、その背後に、どたどたとまなつが駆けこんできた。

「あー、やっぱり!」

 まなつはずかずかと詰め寄ると、まずはのどかに深々と頭を下げた。

「重ね重ねすみません! ローラが迷惑かけちゃってましたよね!?」

「い、いえいえ、ちっとも迷惑だなんてそんな全然まったく……」

 微妙に視線をずらすのどかにもう一度頭を下げつつ、まなつはのどかの手からアクアポットを拝借する。するとローラは、観念したかのようにポットから再びその姿を現した。

「もう、勝手に家を出ちゃダメって何回も言ってるじゃない! どうせ勝手に水族館入ってプールで泳いでるところをのどかさんたちに見つかって一方的に言い寄ってついてきちゃったんでしょ!?」

「み、見てきたように言い当てるわね……。そんなことより、聞いてまなつ! この子たち……ん? なにこの地響きは……」

 二人の喧噪を苦笑しながら見ていたのどかも、ずしん、ずしんと遠くから断続的に響く大きな足音と、それを追いかけるようにこだまする人々たちの悲鳴に、覚えのある不穏な気配を察した。

 とそこに、後を追ってきたちゆとひなたも合流する。

「のどか、大丈夫!?」

「ちゆちゃん、ひなたちゃん! それより、この足音、もしかして……!」

「え、待って待って、ひなたちゃんめっちゃヤな予感するんですけど……」

 三人は大通りに戻り、周囲を見渡す。すると、遠くのビルの谷間からぬっと顔を出した怪物はけたたましい唸り声を上げた。

「メガ、ビョーゲン!!」

 のどかたちは驚愕する。凶悪な人相で周囲に淀んだ瘴気を撒き散らすその怪物は、

「メガビョーゲン……、どうしてあおぞら市に!?」

「ヒーリングガーデンに現れたのと同じ野生のものでしょうね」

 冷静に分析するちゆに対し、ひなたは頭を抱えて嘆く。

「だからってこんなタイミングで現れることある!? これじゃあ本当に『むしばまれた修学旅行!』じゃ~ん! ……てかさ、あのメガビョーゲン、なんか見覚えあるんだけど」

 あおぞら市市街を暴れ回っているメガビョーゲンは、樹木のような表皮ながらも体型はほぼ人間に近く、妙にすらりと伸びた長い手足をしている。その頭からヤシの木のような葉と実を生やしているのが特徴的だが、しかしそれより何より目を引くのは、その身を包むバレー選手のような体操着だった。

「たしかに、南の島でビーバレしていた時にグアイワルが連れてきたのとそっくりね」

「でも、あの時のメガビョーゲンはブルマが赤色だったけど、今回のは紺色だよ!」

「細かっ。よく覚えてるねのどかっち……。って、そんなことよりどうするアイツ!?」

「一応こういう場合は、ラテがメガビョーゲンの出現を察知したら、ペギタンたちと一緒にヒーリングガーデンから来てくれることになってるけど……さすがにそんなに早くは来れないわよね」

「今はとにかく、できることをやろう! まずは避難の誘導を……!?」

 すると、こちらへと歩を進めるメガビョーゲンに立ち向かうかのように、まなつがのどかたちの前へと躍り出る。ローラも尾ひれでぴょんぴょんと必死に跳ね、その後に続く。

「出たわね、ヤラネーダ!」

「……あれ? ヤシの木のヤラネーダって、一番最初にわたしが倒したやつだよね? なんか微妙に、っていうかけっこう見た目が違うケド……」

「またヤシの木から怪物生み出したんでしょ、芸のない奴らね!」

 そんな二人のやり取りを、ひなたたちはぽかんと見つめている。

「や、やらねーだって何のこと?」

「それより、あの子たちも避難させないと!」

「ううん、違うよちゆちゃん。まなつちゃんは、たぶん……!」

 慌てるひなたとちゆに対し、のどかは冷静に事の成り行きを見守っている。

 とそこに、事態を察知したさんごたちも遅れて合流する。

「まなつ! あれ、ヤラネーダ……だよね……?」

「まったく、こんなに修学旅行生が来ているときに出てくるなんて、あおぞら市の評判が悪くなるだろうが!」

「そうだよ、修学旅行は学校でいっちばんトロピカってるイベントなんだから、ジャマさせちゃいけない! いくよ、みんな!」

 まなつの掛け声と共に、四人は澄んだ海のような碧のコンパクトを取り出し、眼前に構えた。

 

「「「「プリキュア、トロピカルチェンジ!」」」」

 

 中指のハートクルリングを鍵穴にセットして回すと、中から眩い光を放ちながらトロピカルパクトは開く。

「チーク!」

「アイズ!」

「ヘアー!」

「リップ!」

 開かれたパクトの中心にたゆたう虹色の光をブラシでキャッチし、四人はその輝きをメイクとして自らの顔に施す。

 頬、瞳、髪、そして唇が、鮮やかに彩られるとともに、四人の顔は邪悪を退ける覇気に満ちていく。

「「「「ドレス!」」」」

 彩りを終えた四人が空に描いた四色のシンボルは弾け、生み出された極彩色の光の欠片が、彼女たちの全身を覆う煌びやかな衣装へと変わる。

「ときめく常夏、キュアサマー!」

「きらめく宝石、キュアコーラル!」

「ひらめく果実、キュアパパイア!」

「はためく翼、 キュアフラミンゴ!」

 高らかに名乗りを上げた四人は、その有り余るほどのやる気とともに空高く跳躍して叫んだ。

 

「ようこそ、あおぞら市へ! トロピカル~ジュ! プリキュア!!」

 

 そんな四人の様子を、のどかたちはただ呆気に取られて見ていた。

「トロピカルージュ、プリキュア……。あの時、ヒーリングガーデンに現れたキュアサマーは、まなつちゃん……!?」

「……それより、なんかわたしたち今、歓迎されなかった?」

「えーやだやだうっそめっちゃくちゃかわいいじゃん!」

 三者三様のリアクションに、なぜかドヤ顔でうなずくローラ。

 が、ふと何かに気づき、プリキュアたち四人のうち一人を指さし叫んだ。

「……ん? ちょ、ちょっとタンマ! パパイア、っていうかみのり! あなたいたの!?」

 ローラのツッコミに、パパイアは他三人と不思議そうに顔を見合わせる。

「なに言ってるのローラ。わたし、最初からずっとみんなと一緒にいたよ?」

「冒頭からここまで一言もセリフがなかったじゃないのよ!?」

「やだなあ、最初に部室にいたのも、さんごのメイクに拍手したのも、さっきまなつから大量のヘアアクセを手渡されたのもわたしだよ?」

 納得のいかない様子のローラに、フラミンゴも鋭く言い返す。

「そもそも、部活にいなかったのはお前の方だろ。なんで自分がいなかった時のことを知ってるんだ?」

「そ、それは置いといて! なんでもっと存在感出さないのって話してんのよ!」

「語り部は、自分の事は多く語らないものだよ、ローラ」

「え、じゃあこれトロプリパートはまなつ視点じゃなくてみのり視点なわけ……?」

 したり顔で頷くパパイアといまだに納得のいかない様子のローラに、おずおずとコーラルは進言する。

「あ、あの、パートとか視点とかよくわからないこと言ってないで、今はヤラネーダを何とかしようよぅ……」

「そうそう! 今はあのヤラネーダ倒すのが先だよ!」

 サマーの言葉に頷いた三人は、迫り来るヤラネーダ……ではなく、メガビョーゲンと対峙した。

 

「……なんだか、せわしないプリキュアさんたちね」

「とはいえ、わたしたちは今戦えないし……」

「でも、なんか微妙に勘違いしてるよね。訂正しにいった方がよくない?」

 ひなたの提案にのどかとちゆも頷き、プリキュアたちの元へ駆け出そうとする。すると、ローラがのどかたちの行く手を遮った。

「ここは戦場になるわよ、早く逃げなさい!」

 微妙にスカした雰囲気のローラにとまどいつつ、のどかは反論する。

「いやあの、その前にまなつちゃん……じゃなくて、サマーたちに伝えたいことがあって」

「ていうか、伝えたいとかどうとか何のんきなこと言ってるのよ。あなたたちもプリキュアなんでしょ、早く変身して一緒に戦ってよ!」

 ごもっともな指摘に、三人は気まずそうに顔を見合わせ合う。

「いや、それが……」

「あたしたち、パートナーがいないと変身できないんだよね……」

「はぁ!? 何よそれ、めちゃくちゃ不便じゃない!?」

「ずっと一緒にいた時はそこまで感じなかったけど、今この状況だと痛感するわね……」

「とにかく、ラビリンたちが来るまでは、みんなにがんばってもらうしかないよ……!」

 のどかは、雄叫びを上げるメガビョーゲンへと立ち向かっていく四人のプリキュアの背中に、祈るように声をかけた。

 

「お願い、トロピカルージュプリキュア……!」

 

 

 

「ちなみに、のどか。トロピカルージュプリキュアじゃないわ。トロピカル~ジュ!プリキュア、よ♥」

「……ごめんローラちゃん、どう違うのかよくわからないんだけど……?」

 

 

 

 つづく

 




第1話をお読みいただきありがとうございます。
というわけで、ヒープリ×トロプリの春映画チックなクロスオーバー小説の連載始めました。連載と言っても全4話予定ですが、その分一話あたりの密度を濃くしてお届けしたいと思います。

ヒープリについては、放映中にダルのどの短編3本、クロスオーバー長編を一作書き切って、もう十分書き尽くしたな…と思っていたのですが、久々に創作するほどハマったプリキュアだったせいか本編終了後も胸にくすぶるものがあり、さらにトロプリのキャラが魅力的な事もあって「なら一緒に書いてしまえばいいのでわ…?」ということで筆を取ってみました。
また、これまで書いたものが(あくまで自分の中で)シリアス寄りだったので、トロプリとクロスすることもあるのでもっとコメディに振ったものを書いておきたいというのもありました。

トロプリ側も、本編オープニングの歌詞のとおり、よりハッチャケたものにしたいなあという思いがあり、それが一番強く出ているのが、オープニング映像からのイメージを強く反映させたみのりなのですが…、本編と比較するとややキャラ崩壊気味かもしれないですが、温かい目で見守っていただけると幸いです。
あと、トロプリ側のエピソードの主軸にいるのがさんごとあすかなのは、本編で二人の絡みがあまりないのでここを掘り下げたら面白そうだな、というところからきています。

ヒープリ最終話で、まだ地球のお手当ては完全に終わったわけではないことが示されたので、「では実際にメガビョーゲンが現れたらどう対処するのか?」というシミュレーションを形にしてみるというテーマもありますので、次回は、のどかたちが変身できない状態でトロプリたちがどうメガビョーゲンを「お手当て」するのかに注目してお楽しみいただければと思います。

続きは鋭意執筆中ですので、感想等いただけるとより励みになります。よろしくお願いいたします!
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