ヒープリ×トロプリ トロピカル・アメイジング! 作:runguri
◇ ◇ ◇
「覚悟ーーーッ!!」
いの一番、鉄砲玉のように駆けだしたのはキュアサマーだ。身の丈ほどもある長いサイドテールの尾を引き、あおぞら市市街を猛進する長身のバレー選手のような出で立ちの怪物目がけて突撃していく。
「メガ……ッ!」
彼女の接近に気づいた怪物はそれを迎え撃つかのように、その巨大な口におどろおどろしい色をまとった淀みを大量に溜め始める。
「! サマー、危ない!」
危険を察知したキュアコーラルは、フリルスカートをたなびかせながら追従し、サマーを制止しながら慌てて彼女の前へと駆け出すと、目の前で両手の人差し指をクロスさせた。瞬時に、×印のバリアが風ぐるまのように旋回しながら展開される。
「ビョーーゲンッッ!!」
咆哮と共に、怪物の口から全開にした蛇口のような勢いで放たれた瘴気は、バリアに妨げられ四方に飛び散る。コーラルは、目の前でスパークする瘴気の禍々しい圧力に戦慄した。
「何これ、毒……!? みんな気をつけて! なんだかこれ、まともに浴びちゃダメな気がするよ!」
「っ、ありがとうコーラル! あいつ、こんなものを街中にばらまいてるの……!?」
コーラルの背後でサマーは、怪物が通ってきた後の無残に汚染された街並みを見渡して、冷や汗を垂らす。
「これじゃあ迂闊に近づけない……それなら!」
離れた位置から状況を分析したキュアパパイアは、両耳の半月型のイヤリングを切り離す。それらを眼前に構えて一息気合を込めると、
「やあっ!!」
一閃、両の瞳から眩い光線が放たれる。二筋のビームは一直線に空間を駆け、怪物の横っ面を貫こうとする。しかし怪物は、パパイアの気配に気づき瘴気を浴びせるのを中断すると、
「メガッ!」
「かわされた……!?」
咄嗟に上体をひねり、撃ち放たれた光線をぎりぎりのところでよけた。
予想を上回る身のこなしにうろたえるパパイアを不敵に笑う怪物。その虚を突くように、怪物の背後から突如飛び出し姿を現したのは、街路を大きく迂回し後ろに回り込んできたキュアフラミンゴだ。
「だったら、あのデロデロを吐き出す前に叩き潰せばいいだけだ、ろっ!」
フラミンゴは助走の勢いそのままに、鞭のようにしなる強烈な回転蹴りを見舞う。しかし、怪物はすんでのところで、その渾身の蹴りを腕で防いだ。
「くそ……っ! うおおおおっ!」
そのままフラミンゴは空中でパンチの連打を浴びせるが、怪物は両手で見事にそれをいなす。そして、両者の間に若干の距離が開いた途端、その口に再び瘴気を溜め始める。
「やばっ……!」
慌てたフラミンゴは、空中で無理やり上体をひねり、大きく突き出すように前蹴りを放つ。その長い脚がなんとか怪物の顎を打つと、瘴気の軌道を反らすと同時に距離を取ることに成功し、なんとか事なきを得た。
よろめきながらも着地したフラミンゴの元に、サマーが駆け寄ってくる。
「大丈夫、フラミンゴ!? なんかあのヤラネーダ、いつもと一味違う感じ!」
「体操着を着てるだけのことはあるな、前衛も後衛もお手の物のヤラネーダか……」
「……あの、わたし、ずっと気になってたんだけど」
感心するフラミンゴたちに、すっと後ろで挙手をしたパパイアが怪物を指さしながらツッコむ。
「あれ、ヤラネーダじゃなくない?」
「や、やっぱりそうだよね……? 誰もやる気を奪われてないみたいだし、変だなあって」
コーラルも後ろからおずおずと同意する。指摘を受けてフラミンゴは、いぶかし気な瞳で怪物を睨む。
「……そう言われると、たしかに普段の眠たそうな目つきより、少ししゃっきりしてるような気がするな……」
「えー、そうかなー。いつもあんな感じだったと思うけど」
一人首をかしげるサマーに、パパイアはさらに指摘する。
「それにほら、いつも周りで命令してる、あとまわしの魔女の一味の人、誰も来てないし」
「たしかに……、って噂をしてたらほら!」
コーラルが指差したその先。周囲のビルより少し高いところを、ゆったりとした速度の宙に浮かぶ舟に乗ってやってきたのは、あとまわしの魔女の配下の一人、チョンギーレだった。その腕の巨大なハサミで後頭部をぼりぼりと掻きながら、辛気臭そうにぼやく。
「はぁ、かったりぃ。ジャンケンでやる気奪う役決めるの、俺が不利だからやめろっつってんのに……、あン?」
チョンギーレは、眼下の状況、というより、暴れまわる怪物を見つけて首をかしげた。
「な、なんだ? なんでもうヤラネーダが出てるんだ? ……もしかして、ヌメリーかエルダの奴が、またヤラネーダの素を落としやがったのか?」
ハサミで顎をかきながら首をかしげるチョンギーレに、サマーは地上から声を張り上げて尋ねる。
「カニさんカニさん! その子、あなたが出したヤラネーダ?」
「あァ? …………あー、うん。そうそう、俺が出したやつ」
「ものすっごく適当に返事してるよね……」
呆れるコーラルの傍らから、フラミンゴがチョンギーレを指さしてさらに吠える。
「だいたいそいつ、いつもと口調が違うだろ! ちゃんと確かめてから言え!」
チョンギーレは怪物のちょうど目の前まで降りてくると、怪物に向かって面倒くさそうに尋ねる。
「いや、そんなことねえって。ほれお前、言ってみろ、ヤラネーダって」
「メ、メガビョーゲン……?」
「……本当だ」
目を丸くするチョンギーレに、コーラルとフラミンゴは軽くズッコケる。
「言わせるまでわからないのかな……」
「どんだけ手下に興味が無いんだよ」
呆れる二人の傍らでサマーは再びチョンギーレに尋ねる。
「やっぱりヤラネーダじゃないんだ! じゃあいったいその子誰なの!?」
「俺も知らねえよ……。まあでも、プリキュアと戦ってるなら、敵の敵は味方……ってことでいいのか?」
チョンギーレの問いかけに、怪物は素直に首を縦に振る。
「よし、んじゃ、いってこいヤラネーダ! ……じゃなかった、メガ……、メガなんだったっけ?」
「メガ、ビョーゲン」
「お前、わりと聞き分けのいい奴だな……。そんじゃ、やっちまえ、メガビョーゲン!」
「メガビョーーーゲン!!」
「くそっ、なんだかよくわからないものと適当に仲間になるなってんだ……!」
忌々し気に奥歯を噛むフラミンゴをよそに、怪物改めメガビョーゲンはおもむろに、自身の頭から生えたヤシの木のてっぺんに手を伸ばした。
いったい何を、と一同が身構えている間に、メガビョーゲンは鈴なりに実ったヤシの実の一つをちぎり、それを空高く放り投げると、自分もそれを追いかけるようにジャンプする。そして、三日月のように体全体を大きくしならせると、高く振り上げた右腕でヤシの実を力強くスパイクした。
「わ、わ……!」
砲弾のような勢いで自分目がけて飛んでくるヤシの実を、コーラルは反射的にバリアで防御する、が、
「きゃあっ!?」
バリアはその威力に抗いきれず、乾いた音を立てて砕け散る。いくらか勢いは殺せたものの、衝撃でコーラルの体は吹っ飛び、道路を転がっていった。
「コーラル! くっ、まるで赤道直下のごとき激アツサーブ……!」
続けざまに飛んでくるヤシの実を、パパイアはギリギリのところで避ける。地面に着弾し派手な音を立てて弾けるヤシの実に、思わず息を呑む。この勢いでは、得意のビームで迎撃することもできなさそうだ。
そうこうしているうちに、メガビョーゲンからの三投目が飛んでくる。標的は――フラミンゴだ。
「くっ、うおおおおおっっ!」
フラミンゴは咄嗟に両腕を組み、アンダーハンドレシーブでその猛烈なサーブを両腕で受け止める。しかし、その威力はとてもさばききれず、あおぞら市の街中をコーラルよりも派手にぶっ飛んでいく。その体を、コーラルは慌てて受け止めた。
「って、フラミンゴ!? なんで避けないで受けちゃうの!?」
「わ、わからない、体が勝手に……!」
「その感覚、わたしたち文化系にはわからないです……。……はっ、もしかして」
「っきゃあああああっっ!!??」
「サマーもちゃんと避けて!?」
コーラルが気付いた時には、すでにメガビョーゲンからの四投目を真っ向勝負でレシーブし、吹っ飛ばされ宙を舞うサマーの姿があった。
□ □ □
「……戦況はかんばしくないよーだね。というか、あたしにとっては一部の光景がデジャヴなんだけど……」
プリキュアたちとメガビョーゲンが戦う様子を、少し離れたところにある道端の植え込みの陰から眺めつつ、ひなたは細い目で隣の二人を見やる。
「それにしてもあのメガビョーゲン、あの時南の島に現れたのとそっくりな上に技まで一緒なのね。ビョーゲンズじゃない人の言うことまで聞いてるし、前世(?)の記憶でも受け継いでいるのかしら……?」
「あのサーブの威力、生半可な練習では出せないもん。ありえるかもだね!」
「いや論点はそこじゃないんだよのどかっち」
すぱっとツッコむひなたに「そ、そうかな」とのどかは委縮する。
「って、そんなことより、相手がメガビョーゲンなら、アドバイスできることもあるはずだよ。行こう!」
立ち上がるのどかに、ちゆとひなたの二人も頷きながら続こうとする。しかし、同じく戦況を見守っていたローラは慌てて声をかける。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。あなたたち、今は変身できないんでしょ? 近づくのは危険よ!」
三人は顔を見合わせるが、のどかは静かに首を振る。
「たしかに、今のわたしたちじゃ戦う事はできない。でも、あおぞら市の人たちが、まなつちゃんたちが苦しんでるんだもの。じっとしてなんていられないよ!」
まっすぐな瞳で言い切るのどかに、ローラはにやりと笑う。
「ふうん、さすがはプリキュアってところね。オーライ、行きましょう!」
そう言うとローラはアクアポットに勢いよく飛び込む。ローラの入ったアクアポットを抱えると、のどかたちはサマーたちの元へと向かい駆け出した。
「うう~ん、キビシー……。って、あれ!? のどかさん!?」
メガビョーゲンに吹っ飛ばされ、道端の植え込みにめり込んでいたサマーは、駆け寄ってくるのどかたちを見つけると、驚きと共に飛び起きた。
「まなつちゃん、じゃなかった、キュアサマー!」
「ダメだよ、今はあの怪物が暴れてるから逃げなくちゃ! ……って、あれ? バレてる?」
『バレてるどころか、この子もプリキュアよ、まなつ』
のどかが胸元に構えたアクアポットで苦笑しながら説明するローラだが、サマーは飲み込めきれず、ほえ、と口を開けている。
「この姿じゃわかんないよね。わたし、キュアグレースだよ。ほら、こないだヒーリングガーデンで会ったでしょ?」
ひーりんぐがーでん、とぼやいたサマーは、呆けた顔でしばらく考え込む。しばらくしてようやく当時の事を思い出すと、途端に素っ頓狂な声を上げて驚き始めた。
「えっ、ええぇぇ!? のどかさんが、あの時会ったキュアグレースぅ!?」
その大声に、他のプリキュア三人もなんだなんだと集まり始める。
「ということは、後ろのお二人はもしかして」
「そういうこと。沢泉ちゆ、キュアフォンテーヌよ」
「平光ひなた、キュアスパークルだよ! よろしくね、みんな!」
Vサインとともに歯を見せ笑うひなたに、コーラルはただただ目を丸くしている。
「さっき会ったばかりのひなたさんが、プリキュア……? これはいったいどういう偶然なんだろ……」
「いやー、あたしもびっくりなんだよね。まさか修学旅行中にメガビョーゲンが襲ってきたり、新しいプリキュアさんに会ったりするなんてさ」
「! あの怪物のこと、知ってるのか?」
ひなたの言葉に反応したフラミンゴに、はい、と頷きながらちゆが続ける。
「知ってるどころか、わたしたちはずっとあのメガビョーゲンと戦っていたんです。大元になるキングビョーゲンを浄化したから、もう滅多には現れないはずだったんだけど……」
「三人にとっては不運だったかもしれないけど、わたしたちにとっては僥倖だよ。わたしたちだけじゃ、あいつをどう倒せばいいのかわからなくて」
パパイアの言葉に、のどかは力強く頷く。
「わたしたち、理由があって今は変身できないけど、お手当てのアドバイスはできると思う!」
「お手当て……うん、わかった! よろしくお願いします、のどかさん!」
勢いよく深々と頭を下げるサマーに、三人は思わず微笑んだ。のどかは意気込みも荒く説明を始める。
「それじゃあまず、ボールをレシーブする時に大事な事は、落下位置に素早く移動する事。そして重心はできるだけ下げて……」
「ふむふむ」
「のどかっち! それは今はいいから!」
「えっ、そ、そうかな。……コホン。すみません、それより大事なことがありました。まず、メガビョーゲンの中には、エレメントさんが囚われているの」
「エレメントさん、って……?」
首をかしげるパパイアに、ちゆが代わりに説明する。
「地球上にある自然のあらゆるものに宿っている、精霊のようなものね」
「メガビョーゲンは、エレメントさんの力を無理やり奪って成長し、その力を利用して暴れているの。エレメントさんはその間ずっと苦しんでいる。だから……」
「ええっ、そんなのひどい! だから早く助け出してあげなきゃってことですよね!」
のどかの言葉を聞くやいなや、サマーは慌てて飛び出した。
「えっ、あの、ちょっと!?」
のどかが制止する間もなく駆け出したサマーは、再びメガビョーゲンと対峙し、懐から純白のロッドを取り出した。
「ハートルージュロッド!」
ロッドの先端に触れた唇から生まれたやる気の欠片に、サマーはめいっぱいのやる気パワーを吹き込む。
膨れ上がったやる気パワーの塊は、光輝く太陽のようなエネルギーの結晶へと形を変える。サマーは軽業師のようにその太陽へと飛びつくと、ロッドの先端にその巨大な太陽を捉え、全身を振りかぶりメガビョーゲンへと放った。
「プリキュア! おてんとサマーストライク!!」
衝突した恒星は激しい光を放ち、メガビョーゲンの巨体はその輝きに掻き消されていく。
「よしっ、ビクトリー……って、うぇっ? あれっ??」
ロッドを振るい、勝利のポーズを決めようとしたサマー……だったが、いつもと異なる空気に振り返る。太陽の輝きが波のように引いた後、やる気パワーの奔流をまともに喰らい目を回してはいるが、メガビョーゲンの姿は未だそこに健在していた。
「な、なんで!? 絶対倒したと思ったのに!」
動揺するサマーの後ろから、言いよどみながらのどかは声をかける。
「あ、あのね、サマー。メガビョーゲンをお手当するには、まずエレメントさんがどこに囚われているのか場所を特定して、救出と浄化を同時にしないといけないの」
「ええっ、そんな~、ぬかビクトリー……」
しょぼくれるサマーの左右を、ちゆとフラミンゴが取り囲む。
「ちゃんと人の話を最後まで聞きなさい」
「ちゃんと人の話を最後まで聞け」
「うう、ずびばぜん……」
「サマーが両面から怒られてる……」
苦笑するコーラルの傍らで、パパイアがちゆに尋ねる。
「じゃあ、エレメントさんがどこに囚われているかってどうやって探せばいいの?」
「わたしたちがお手当てしていた時は、パートナーのペギタンたちが探してくれてたんだけど、今はいないし……」
うーんと考え込む一同、するとサマーが提案する。
「あ! ローラ、ヤラネーダが奪ったやる気パワーみたいに、アクアポットで探せないかな?」
しかし、アクアポットの中のローラは残念そうに首を振る。
『ダメね。さっき試しにサーチしてみたけど、あいつ体中イカの墨袋みたいに真っっっ黒でなにも見つけられなかったわ』
「そっか……」
再び頭をひねり始める一同。すると、ひなたが威勢良く手を挙げる。
「それについては、あたしにアイデアがあるから任せといて! パパイア、ちょっといい?」
「えっ、わたし? いいけど……」
ひなたに呼び寄せられ、パパイアは二人で何やら話し込んでいる。アイデア、というのが何の事なのか、のどかにもピンと来なかったが、残ったメンバーで作戦会議を続ける。
「それじゃあ、とりあえずエレメントさんの事は二人に任せておくとして、あのメガビョーゲンの攻撃をなんとかして、隙を作らないといけないね」
『ヤシの実サーブと、あのデロデロよね。あれがある以上、不用意には近づけないものね』
すると、今度はしばらく無言で考え込んでいたちゆがすっと挙手した。
「それについてなんだけど……、コーラル、あなただけはあいつの吐き出す蝕みを防ぐことができるでしょう?」
「は、はい、なんとか」
「だから、あなたが突破口になると思うの。ちょっと無茶かもしれないけど、わたしの言うとおりにやってみてくれないかしら?」
「……はい! がんばってみます!」
ちゆに向かって力強く頷くコーラルに、フラミンゴは満足げに笑う。
「よし! それじゃあわたしは、あの厄介なヤシの実をなんとかしてやるか!」
言いながら、フラミンゴはハートルージュロッドを手に携え、前へ出た。
「ええっ、フラミンゴ、わたしみたいに適当に攻撃してもダメだよ! それに、フラミンゴの技だとエレメントさんごと燃やしちゃうかも……」
サマーの言葉に、フラミンゴは不敵に言い返す。
「覚えとけ、スマッシュは威力だけじゃない、精密さも大事なんだ。あとはそのエレメントさんとやらが、あいつのドタマのてっぺんにいないことだけ祈ってろ!」
そう言い放つとフラミンゴは、頭上に浮かべたやる気パワーの欠片に思いっきりやる気を吹き込む。すると、膨れ上がった欠片は見る見るうちにごうごうと燃える火球へと変貌していく。
それを天に向かって高くトスすると、フラミンゴもロッドの先端から生えた羽根をラケットのように振りかざしながら飛び上がり、燃えさかる火の玉を渾身の力を込めて叩きつけた。
「プリキュア! ぶっとびフラミンゴスマッシュ!!」
撃ち下ろされた火球は、隕石のように炎の尾を引きながら、メガビョーゲンに向けて一直線に駆け抜ける。しかしその狙いは、メガビョーゲンよりも少し高い位置に見える。
「よし、ドンピシャ!」
フラミンゴのガッツポーズと同時に、火球はメガビョーゲンの頭から生えたヤシの木の、さらにその頂から放射状に生えた葉、そして鈴なりに生えたヤシの実たちを掠めるように貫いた。
「メ、メガ……!?」
メガビョーゲンが動揺した時にはすでに遅く、フラミンゴの放った打球の炎は一拍遅れて燃え広がり、ヤシの葉も実も焼き焦がし、消し炭に変えてしまった。
「やった! すごいよフラミンゴ!」
「よし、後はあのデロデロさえなんとかすれば……何!?」
メガビョーゲンは、なんとか生焼け状態で済んだ一個のヤシの実を、おっかなびっくり火の粉を払いながら手にすると、再び高いトスを上げた。狙いは、ちゆのアドバイスに耳を傾けていたコーラルだ。
「っ!?」
「コーラル、ちゆさん!」
サマーは立ちすくむ二人を押しのけ、代わりにメガビョーゲンが狙ってきたポイントへと収まる。
これ以上避ける間もないと咄嗟に判断し、ポイントに入ると同時に低く構えたサマーは、オーバーハンドトスの構えでヤシの実を迎え撃つ。
「落下位置に素早く移動、重心はできるだけ下げて、両手を挙げる……!」
サマーが手のひらで形作った台形の空間に、ヤシの実は強かに着弾する。サマーは折れんばかりに歯を食いしばり、踏みしめる両足でコンクリートをひび割りつつ、全身の膂力をフル稼働させてその威力を正面から受け止め、抑え込む。
「ぐうっっ……、ぅぅうううりゃっ!!」
全身を跳ね返るバネのように伸ばし、サマーはヤシの実を後方へと受け流した。
「すごい……、一言アドバイスしただけなのに……!」
一部始終を見届けていたのどかは目を丸くする。ちゆの体をかばうようにサマーの勇姿を見つめていたコーラルも、ひりつく両手のひらにふーふーと息を吹くサマーに目を輝かせて感謝する。
「すごいよ、サマー! ありがとう!」
「へへ、完璧には返せなかったけど、のどかコーチのおかげだよ! それじゃあコーラル、よろしくね!」
「うん、まかせといて!」
コーラルは、サマーとちゆに向かって力強く頷くと、メガビョーゲンに向かって駆け出した。
今度こそヤシの実をすべて失ったメガビョーゲンは、向かい来る彼女を狙ってこれまで以上に猛烈な瘴気を吐き出す。コーラルは指で×の字を作りバリアで防ぐ、が、走りの勢いは落とさない。
「そうよ、バリアはただ守るためだけのものじゃない……!」
ちゆが檄を飛ばす中、コーラルは駆ける軌道を逸らして、メガビョーゲンとは異なる方向に向かって天高く跳躍した。その先にあるのは、五階建てほどの背の高いビルだ。
空中で身をひるがえし、背の高いビルの壁を足場にしてぐっと脚を踏み込むと、コーラルは眼前にバリアを構えたままメガビョーゲンに向かって突撃した。
「やあああっっ!!」
「メ、メガァァッ!?」
メガビョーゲンは、矢のように飛んでくるコーラルになおも瘴気を浴びせ続けるが、風車のように回転するバリアはそれを弾き飛ばし、勢いを落とさず突っ込んでくる。
そして、その胴にバリアごと強烈な体当たりを喰らったメガビョーゲンは、派手な音を立てその長身を地面へと突っ伏した。その光景にパパイアは思わず息を呑む。
「すごい、空に舞い上がり×字のバリアで敵に体当たり。名付けるならそう、天空ペケ字……」
「ぱ、パパイア! 命名はいいからエレメントさんは!?」
慌ててツッコミを入れるコーラルに、代わりにひなたが返事をする。
「まっかせといて、このひなたちゃんがみっちり指導しといたからきっとできるよ!」
「指導……? ひなた、あなたいったい何を教えたの?」
「いやー、さっきあの子が目からビーム撃った時から、可能性を感じてたんだよねー」
いぶかし気なちゆとしたり顔のひなたをよそに、パパイアは倒れ込むメガビョーゲンを見据える。先ほどとは違い、瞳の前にイヤリングは構えず、指だけをそっと瞳の端に添えると、かっと両目を見開き高らかに叫んだ。
「キュアスキャン!」
びかびかとまばゆく輝き始めたパパイアの両目から、瞳の動きに連動して走るレーザーポインターのような光が放たれる。彼女自身も驚嘆しているが、それ以上に驚いているのはのどかたちだった。
「うそっ、キュアスキャン!? なんで!?」
「ひなた……本当に何を教えたの、っていうかなんでやり方を知ってるの……」
「えー、なんかあれかっこいいからあたしもできないかなーって、ニャトランからコツを聞いてたんだよね。結局あたしはできなかったけど、やっぱりあのつぶらなキラキラお目めは伊達じゃないね!」
「あれってヒーリングアニマル専用の技じゃなかったんだね……」
「えー、でもキュアなんとかって技だし。それに、人間だって動物でしょー?」
混乱するのどかたちの傍らで、瞳から光を放ったままのパパイアは右往左往する。そのたびに、光の筋も頼りなげにうろうろと周囲を行き交う。
「うわー、本当に出た。えっと、あのー、これを使ってどうすればいいの……?」
「あーそうだった! とにかく、その光でメガビョーゲンの体を探してみて!」
ひなたに言われるまま、パパイアはその瞳から発する光でメガビョーゲンの体を走査していく。すると、
「! メガビョーゲンの左胸のあたり、小さい何かがいる!」
パパイアが探し当てたのは、メガビョーゲンの体内に取り込まれた木のエレメントさんだった。
「なるほど、あれがそのエレメントさんか……。でも、あれを救い出すのって、どうすればいいんだ?」
フラミンゴの質問に、ひなたたちは再び考え込み始める。
「あたしたちの場合、ヒーリングステッキからやーって光を放つと、その光が手みたいににゅっと伸びて、メガビョーゲンの中からエレメントさんを捕まえて外に連れていく感じなんだよ!」
「……えっ、なにそれ怖い。ホラー?」
疑問符を浮かべるパパイアに、ちゆは顔をしかめて言い正す。
「いや、ひなたの説明が絶望的に下手すぎるだけで……間違ってはいないのだけれど」
「エレメントさんを救い出す手、か。この中でそんな感じの技が使えるのって……」
しばらく考え込んだパパイアは、サマーでもフラミンゴでもなく、コーラルに視線を寄せる。
「わたし……なのかな? でも、あのもこもこって、勝手に伸びるだけだから、自分でコントロールしようって思ったことないけど……」
「そこはもう、やるしかないよコーラル! 気合いだ気合い!」
ふん、と鼻息荒く鼓舞するサマーに、フラミンゴも続く。
「お前しかいないんだ。頼んだぞ、コーラル!」
二人の言葉に、コーラルはきゅっと唇を噛むと、決意と共に力強く頷いた。
「……うん、わかった。やってみる!」
コーラルは一歩前に出て、大きく深呼吸をすると眼前にハートルージュロッドを構えた。
ロッドの先端に触れた唇から生まれたやる気の欠片が、やる気パワーの高鳴りと共にハート型の台座を形成する。その上に構えたコーラルは、標的であるメガビョーゲンを見据え、さらにやる気を奮い立たせる。
「プリキュア! もこもこコーラルディフュージョン!!」
台座からは、無数の種子が芽吹くように、珊瑚のように枝分かれしたやる気パワーの結晶が伸び始める。しかし、コーラルは目を閉じ、ぶつぶつと念じながら意識を集中させる。
「左胸に向かって……手を差し伸べるように……」
するとそれに呼応するかのように、伸びる枝は無数に拡散することなく、収束して二本の大きな幹となり加速度をつけてメガビョーゲン目がけて突き進んでいく。いつしかそれらは互いに交わり、病魔を穿つ螺旋となって、メガビョーゲンの一点へと狙いを定める。
「これでどう……!?」
コーラルの叫びと共に、見事にメガビョーゲンの左胸を貫いた宝石の槍は再び解け、その先端で五指のように分かれた枝の掌の中には、木のエレメントさんが抱かれている。笑顔を取り戻したエレメントさんは、そのまま導かれるように道端のヤシの木へと吸い込まれていった。
「ヒーリングッバイ……」
同時に、メガビョーゲンの体も浄化され、あおぞら市の空へと帰っていく。その光景に、コーラルは安堵の笑みを浮かべた。
「ビクトリー、じゃなくて、お大事に、かな?」
大役を終えほっと胸を撫で下ろすコーラルに、ぴょんと抱きついてきたのはサマーだった。パパイアとフラミンゴも遅れて駆け寄ってくる。
「すごい、すごいよコーラル!」
「本当、見事なお手当てだった」
「あんな繊細な芸当、わたしには絶対できそうもないな……お手柄だ、コーラル!」
拍手を送るパパイア、親指を立て健闘を称えるフラミンゴに、コーラルは照れくさそうに笑う。
「ありがとう。でも、みんながサポートしてくれたおかげだよ! ……それにしても」
抱きしめ合い喜びを分かち合っていたサマーとコーラルは、突然気が抜けたように道路の真ん中にへたり込んでしまう。
「だーーー、慣れない相手だからめっちゃつかれたー。サーブめちゃくちゃ強かったし、部活でバレーの練習もしなきゃかもだよ……」
「うん、わたしももうヘトヘト。お手当てってこんなに大変なんだね……」
「わたしも目から光出しすぎて疲れた……」
「……それって疲れるのか?」
フラミンゴのツッコミに一同は顔を見合わせ笑い合うと、変身を解除した。プリキュアのドレスが光の粒子となって弾け、大気に散っていく。
そんな彼女たちにのどかたちも駆け寄り、感謝の言葉を送る。
「まなつちゃん、みんな! 本当にありがとうね!」
「のどかさんたちがいなかったらヤバかったのはこっちだったし! こちらこそありがとうございました!」
「さんご……だったわよね? 無茶な戦い方をさせてしまってごめんなさいね」
「そ、そんな。ちゆさんのおかげで勇気が出せたんです。バリアも使い方次第なんですね、勉強になりました!」
「いやー、みのりん。ナイスなキュアスキャンだったよ。今後ニャトランがいないときに備えてあたしの方が教わらなきゃかもだね」
「……」
「なんだ、みのり? 照れてるのか? というか、やっぱりあだ名はみのりんになるんだな」
『ていうか、変身解いたらなんでまたセリフを発しなくなるわけアンタは……?』
一同はすっかり打ち解けて、先ほどの戦いを振り返り笑い合う。
そんな、戦いの後の空気がすっかり緩んだ時だった。
彼女たちが集まっている場所のすぐ近くを緩やかな風が通り抜けたかと思うと、風はたちまち渦を巻き始め、空中にぽっかりと開いた穴のような横向きの竜巻を形作る。まなつは地面にへたり込んだまま驚きの声を上げる。
「え、うそ、今度はいったい何!?」
「ううん、違うよまなつちゃん。これは……!」
その渦の中心が淡い光で満ちたかと思うと、何もなかったはずの空間から突如人影が現れた。それはのどかの予想通りの人物だった。
「……ラテ? もうお身体は大丈夫なのですか? どういうことなのでしょう……。そして、ここはいったい……」
絹のように美しい金髪と淡いラベンダー色の清楚なドレスを風にたなびかせながら周囲を見渡すその人物に、喜びにあふれた声でのどかは呼びかける。
「アスミちゃん! それに……」
「あっ、のどかーーーっ!」
「ラビリン……!」
アスミの後を追って現れたラビリンは、のどかの姿を見つけるや否や、一直線に飛んでくる。のどかは声を弾ませながら、その胸に飛び込んでくるパートナーをぎゅっと抱きとめる。
「こないだぶりラビ! ごめん、遅くなったラビ!」
「ううん、来てくれてありがとう、ラビリン!」
「ちゆー! 会いたかったペェ!」
「もう、ペギタンたら。この間会ったばっかりじゃない。でも、来てくれて嬉しいわ」
「ひなたも元気そうで何よりだぜ!」
「ニャトランこそ!」
再会を喜び合うパートナーたちを微笑ましく見つめるアスミ。しかし、自分が来た目的を思い出すとのどかたちに頭を下げた。
「みなさん、お久しぶりです。そして、遅くなってしまって本当に申し訳ありません。ラテが地球の危険を察知してこちらに来たのですが、すこやか市に来ても皆さんの姿が見当たらず……」
アスミの言葉に、三人は「……あっ」と、気まずそうに顔を見合わせた。
「そういえば、アスミちゃんとどうやって合流するのか、ちゃんと決めてなかった気がするね……」
「しかも今回みたいに旅行中の場合とか、全く想定できていなかったわね」
「うーん、今回は特にめっちゃ運が悪かった気もするけど……とも言ってられないよね」
反省した様子の三人に、仕方がありません、とアスミは静かに首を振った。
「わたくしもこうなることを想定できていませんでした。ともかく、今回はわたくしのみで浄化しようと、風の力でメガビョーゲンの気配のする場所へと飛んでいこうとしたのですが、そこですこやかまんじゅうの店長さんに見つかってしまいまして」
「ああ、アスミちゃんの元バイト先の……」
「しかも、わたくしがいなくなってからというもの、すこやかまんじゅうの売り上げが下がっているとの話を聞いてしまいまして……」
「アスミ、完全に看板娘だったものね……仕方ないかも」
「語るも涙、聞くも涙。話を切り上げるどころか、わたくしもつい熱くなって、何か打てる手はないものかと議論が白熱してしまい……」
「うーん。すこまんもおいしいけど、飽きるといえば飽きるよね。そろそろ新しい刺激が欲しいとゆーか」
何気なくひなたが放った一言に、アスミはかっと目を見開いて振り返った。
「何を言っているのですかひなた! すこやかまんじゅうはいつ何時何回食べても飽きが来ることはありません! スタンダードな餡子、フレッシュな酸味あふれるイチゴ、爽やかな香りで変化をもたらす小松菜……様々な味と香りをローテーションさせることで、すこやかまんじゅうは常にわたくしたちに新鮮な美味しさと笑顔を届けてくれるのです!!」
「おおっと、すこまんガチ勢の地雷をうかつに踏み抜いてしまったよ……」
にわかに興奮状態となったアスミだったが、圧倒されるひなたの引きつった顔に冷静さを取り戻すと、佇まいを直して仕切り直した。
「コホン。話がそれてしまって申し訳ありません。それで結局、メガビョーゲンはこちらにいたのでしょうか? ラテも、ここに向かってくる途中で、ご覧のとおり急にすっかり元気になってしまって……」
アスミの胸元で「ワン!」と元気そうに吠えるラテの頭を愛おしそうに撫でながら、のどかはアスミの質問に答える。
「うん、メガビョーゲンはここに現れたの。でも、トロピカル~ジュプリキュアのみんなが、わたしたちの代わりにお手当てしてくれたんだよ!」
「トロ、ピカ……? そういえば、後ろの方々は……」
首をかしげるアスミは、のどかたちの背後でずっと自分たちのやり取りを眺めていた四人のことを尋ねる。すると、まなつは立ち上がってスカートのほこりを払うと、アスミの元へと駆け寄った。
「こんにちわ! わたし、夏海まなつ、キュアサマーです! あなたのお名前は?」
「申し遅れました。わたしくは風鈴アスミ、キュアアースです。トロピカル~ジュプリキュアの皆さま、メガビョーゲンを退治してくださりありがとうございます」
「こ、これはこれはご丁寧に……」
深々と頭を下げるアスミに、さんごたちも慌てて頭を下げ、続けて自己紹介をする。その様子を眺めながら、ラビリンが口元に手を当て考え込む。
「キュアサマー……、ああー! もしかして、あの時ヒーリングガーデンに落ちてきたプリキュアさんラビ!?」
「い、いやー、その節はいろいろとご迷惑をおかけしました……」
「その話初耳だけど、まなつ、お前いったい何をやらかしたんだ?」
たはは、と頭を掻くまなつに、あすかは鋭くツッコミを入れる。その傍らで、アクアポットからは下卑た笑い声が聞こえてきた。
『これでプリキュアが追加で四人……追加で四人……ぐふふふふ』
「……ローラぁ? もしかして、のどかさんたちについて行ってたのってそれが理由?」
『べ、別にぃ。プリキュアだって言うから話を聞いてただけよ』
アクアポットの中身を睨みつけるまなつから目を背けるように、ローラは巧みにアクアポットを操作して逃げる。そんな二人の様子を眺めながら、まあ、とアスミは掌を口に当てながら驚く。
「この地球に人魚さんが実在していたとは、驚きました」
「うーん、地球の願いから生まれた精霊さんが言うと、説得力があるのかないのかわからないわね……」
ちゆのツッコミに思わずのどかは笑ってしまう。すると、そんな彼女の様子を仰ぎ見ていたラビリンが、心配そうに声をかけた。
「……? のどか、なんだか元気がないラビ?」
「えっ? そっ、そんなことないよ? 今だって、キュアサマーたちとお手当てがんばったし!」
「そうラビ? ラビリンの気のせいならいいんだけど……」
ガッツポーズを作るのどかに、ラビリンはなおも首をかしげている。そんな二人の後ろから、まなつは朗らかに声をかける。
「そうそう、のどかさんたちがいなかったら今ごろ大変なことになってたもん、もう感謝しかないよー! ……あ、でもアスミさんには悪い事しちゃったかな。せっかくそのヒーリングガーデンから来てもらったのに」
「ふふ、何をおっしゃるのですか、まなつ。メガビョーゲンがより早く浄化できたのであれば、それに越したことはありません。そうだ、店長さんから手土産にと、すこやかまんじゅうをいただいたんです。皆さまお疲れのご様子ですし、ぜひトロピカル~ジュプリキュアの皆さんに食べていただいて……あら?」
「どしたの、アスミン?」
「こちらに置いてあった包みが無くなって……」
アスミはきょろきょろと自分の周囲を見回すが、それらしきものはどこにもない。
「もしかして、あれかしら?」
ちゆが指差した先、アスミたちが通ってきた風の門があった場所とも全く異なるところに、アスミがすこやかまんじゅうを入れてきたであろう、唐草模様の風呂敷が落ちていた。
のどかたちは風呂敷の元まで行き拾い上げてみる、が、中身は何もない。
いったい何が――、と、ちゆやひなたと顔を見合わせた、その時だった。
「ぅっ……!?」
突然、強烈なめまいのような意識の遠のきがのどか、ちゆ、ひなたの三人を襲う。同時に、三人の体からの七色の淡い光が漏れ出で始めた。いや、漏れ出るというよりも、強制的に誰かに吸われているかのようだ。
自分の影法師が引っ張られているような奇妙な感覚と共に、腕はだらんと力なく垂れ下がり、足は体を支えることを拒否してぺたりとその場に座り込んでしまう。
「のどか!? これは、一体何が起こってるラビ!?」
「ラビ……リン……!」
自分の身体になんらかの異変が起こっているはずなのに、それを何とかしようとする気持ちすら奪われていくようだ。ラビリンが自分を呼ぶ声も、だんだん遠ざかっていく。
そして、そのまま何も考えられなくなり、のどかたち三人は眠るようにその場に倒れ伏せた。
『これは……!』
ローラは血相を変えて、慌てて周囲を見渡す。すると、彼女たちの頭上には、あとまわしの魔女の手先チョンギーレがいつの間にか舞い戻り、浮遊する舟の上で不敵な笑みを浮かべていた。
「お前ら、まさか俺を忘れてたわけじゃあるまいな?」
「ごめん、すっかり忘れてた!」
「…………」
まなつの返答に、太い眉をひくつかせるチョンギーレのその真下には、六体の怪物が首を揃えていた。まなつたちは、疲弊した身体を奮い立たせて身構える。
一方、気を失ったように倒れる三人の元へと駆け付けたヒーリングアニマルたちは、お互いのパートナーに必死に声をかける。
「のどか、のどかーーーっ!!」
「ちゆー! まさか、ビョーゲンズみたいに何かに蝕まれてしまったペェ……!?」
「まさか、そんなわけねぇだろ!?」
三人とも顔色は普通で、苦しげな様子もない。ただただ充電が切れたロボットのように黙りこくる三人の体をラビリンたちは揺さぶり、名前を呼びかけ続ける。
すると、その甲斐あってか、眠りから覚めるようにのどかはゆっくりと目を開いた。
「あっ、のどか! 大丈夫ラビ!? どこも具合が悪くなったりしてないラビ!?」
するとのどかは、焦点が明後日を向いた目で適当にラビリンを見やると、
「………………あぁ、ラビリン? なんか新しい敵が出てきて大変みたいだね~。まあ、わたしは関係ないしここで寝とくから、後のことはよろしく~~~……」
と、大きく間延びした声で言うなり、こてんと再びアスファルトの上で横になった。
「え……、えぇ~~~!!??」
つづく
第2話をお読みいただきありがとうございます。
ヒーリングっどプリキュアは、ただ敵を倒せばいいというわけではなく、エレメントさんがどこに囚われているかを特定して、さらに救出を行わなければならないというプロセスが特徴的だったと思います。
作中でアースは、三人と合流できないので一人で浄化しに行くつもりだったと言っていますが、ヒープリでは頭一つ抜けて戦闘力の高いアースも、実はパートナーによるぷにシールド、キュアスキャンによるサポートが無ければ、おそらく一人での浄化はだいぶ厳しいものになるはずなんですよね。
この辺りヒープリはうまくできていたなあと改めて感じました。
というわけで、ヒーリングアニマルがいない時にプリキュアだけでどうやってお手当てをするのか? という問いかけを話の仕掛けとして仕込んでみました。トロプリたちとのどかたちの協力関係もうまく書けたのではないかと思います。
パパイアにキュアスキャンさせたり色々やりすぎた感もありますが…、笑っていただけたのなら幸いです。
作中に出てくるメガビョーゲンがテレビ本編の使いまわ……再生怪人なのは、読んでいる人にイメージがつきやすいことに加えて、作者が35話のビーバレ回がめちゃくちゃ好きだからです……いいよねクソバレー回。
南の島での話なので、トロピカルなトロプリとの相性もよさそうだなということで採用してみましたが、いろんなところが予想以上にしっくりくるので書いていても楽しかったですね。
のどかたちが変身しないまま話の半分が終わってしまいましたが、「変身しなくてもヒーローである」という感じが出ていればいいなあと思います。
次回へのヒキもしっかり作ったところで、話は後半に突入します。引き続きお楽しみいただけると幸いです。