ヒープリ×トロプリ トロピカル・アメイジング!   作:runguri

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■突如現れたヤラネーダにやる気を奪われたのどかたち! 一人ヤラネーダに立ち向かうキュアアース、まなつたちも加勢しようとするものの……? ■ヒーリングっどプリキュアとトロピカル~ジュ!プリキュアの春映画的ストーリー第3話です。


第3話 やる気が出ないのは何のせい?

 ◇ ◇ ◇

 

 まなつたちは、目の前で繰り広げられる目も当てられない光景に、ただただ表情を引きつらせるしかなかった。

 

「それじゃあラビリン、あとのことはよろしくね~……ぐぅ」

「のどか、のどかー! しっかりするラビ!」

「わたしもここで一休みしとくから、24時間くらいたったら起こしてねペギタン……」

「ちゆー! こんなところで寝ちゃダメペェ!」

「なーんか修学旅行もめんどくさくなってきちゃった。ニャトラン、代わりに行っといて~……」

「ひなた! いったいどうしちまったんだよオイ!?」

 

 アスファルトの上だろうと構わずだらしなく寝そべるそれぞれのパートナーに、必死に呼びかけるヒーリングアニマルたち。

 しかし、コタツの中で蕩けるネコ、あるいは水揚げされたタコのようにだらけきったのどかたちは、ラビリンたちの声を気に留めることすらなく、ただただふぬけた表情を晒している。

「これは……、のどかたちは、一体どうしてしまったのでしょう……?」

 変わり果てた彼女らの様子に、アスミもただただ困惑するばかりだ。その胸元で心配そうな鳴き声をあげるラテとアスミに、さんごは首を振りながら彼女らの代わりに弁明する。

「違います、のどかさんたちが悪いんじゃありません。みんな、あのヤラネーダにやる気を奪われてしまったんです!」

「やる気を奪う……? なるほど、罪なき人々に牙を剥く輩は、ビョーゲンズだけではないという事ですね……!」

 アスミは、あとまわしの魔女の一味チョンギーレと、彼が引き連れる怪物の群れを睨みつける。

 先ほどのメガビョーゲンと同じく人型のヤラネーダだが、頭部は無く、まんまるとした胴体の真ん中にいつものヤラネーダの顔がくっついている。さらにその額には元の饅頭の名残か、「す」という文字がでかでかと書かれていた。

 すらりとした体型だったメガビョーゲンに比べて手足も野太く、各部関節をタガのような金属の輪っかで覆った、屈強なヤラネーダだ。

 それが白、赤、青、黄、緑、紫とカラーバリエーションも豊かに六体も並ぶと、さながら軍隊のような迫力だ。そんなこちらの動揺を嘲るかのように、チョンギーレは鼻で笑いながら得意げに叫ぶ。

「お待たせして申し訳ねぇな、プリキュアども! さっきまで高見の見物を決め込んでいたが、よく考えたらあのメガビョーゲンっての、強ぇのは強ぇが、やる気パワーは奪えないからな」

「よく考えなくてもそうだろ!」

 あすかの噛みつくようなツッコミも、ふん、と鼻息一つであしらうと、

「めんどくせえプリキュアたちも疲労困憊、悪ぃがこのまま第2ラウンドといかせてもらうぜ」

「だからって、いきなりヤラネーダを六体も出してくるなんて、ちょっと気合入りすぎじゃない!?」

 吠えるまなつに冷笑で返し、チョンギーレは改めて眼下の怪物たちを見回す。

「そらそうよ、俺だって本気を出せばヤラネーダの五体や六体……って、あァ!? ちょっと待て、なんで六体もいやがんだ!?」

 自分の足元にぞろぞろと並ぶヤラネーダたちを見回して慌てふためくチョンギーレに、思わずあすかは呆れる。

「いや、だから気付くのが遅いって」

「俺が投げたヤラネーダの素は、たしかに一つだけだったのに……」

「なぜならそれは、すこやかまんじゅうは六個入りだからです!」

「知らねえよそんなローカルルール!」

 アスミの指摘にがなり声で返しつつ、チョンギーレは雁首を揃えて自分の指示を待つヤラネーダたちを改めて見回すと、ふむ、とその巨大なハサミで顎を撫でる。

「まあいいや。六体も指揮するのはかったりぃことこの上ないが、やる気パワーをたんまり集めて帰るチャンスってことだろ。たまには真面目に仕事するか! いけぇ、ヤラネーダたちよ!」

 チョンギーレの指示と共に、ヤラネーダたちはこちらに向かって進軍を開始する。その動きは決して俊敏ではないが、その巨体と数から来る圧力は圧倒的だ。

 アスミは、この状況にも相変わらず道路に横たわり続けるのどかたちを見やると、唇をきゅっと一文字に結び、

「トロピカル~ジュプリキュアの皆さんは消耗されています。ここはわたくしが何とかしますから、皆さんはのどかたちのことをお願いいたします!」

 そう言うとアスミは、優雅な風のうねりを象ったハープを取り出し、紫色のボトルをセットする。

 それらがまばゆい光を放ったかと思うと、アスミの体は一瞬にして神々しいプリキュアの姿へと変わった。

「これが、キュアアース……!」

 その美しさにさんごが目を奪われるのも束の間、アースは文字通り疾風のごとく、進撃するヤラネーダたちに向かって突撃した。その背中に慌ててニャトランが声をかける。

「アース! すこやかまんじゅうが元になってる怪物と戦えんのか!?」

「ご心配なく! わたくしはあの後、反省したのです。愛おしいすこやかまんじゅうだからこそ、悪事のために利用されるなど、一分一秒たりとも見過ごしてはならないと!」

 唇をぐっと噛みしめながらも、アースは先頭を歩く白ヤラネーダへと飛び掛かる。

 その隙だらけの土手っ腹に、突き刺さるような飛び蹴りを加えたアースは間髪を入れずに、風の力を駆使して空中で無理やりスピンし、もう片方の足で強烈な後ろ回し蹴りを見舞う。

「な、なんだアイツ!? またプリキュアが増えやがったのか!?」

 チョンギーレが驚嘆の声を上げている間に白ヤラネーダは大きく吹っ飛ばされ、その陰にいた赤と青のヤラネーダとの間合いを一瞬で詰めると、アースはウィンディハープを頭上に放り、拳の連打を二体のヤラネーダに浴びせた。

 アースの速度に全く対応できないヤラネーダたちがよろめいている間に、アースは落ちてきたウィンディハープをキャッチし、流れる手つきで音符が象られたボトルをハープにセットした。

「音のエレメント!」

 アースがハープを奏でると、その優しい調べとは裏腹な、激しいうねりを伴う衝撃波が放射状に放たれ、後続の三体のメガビョーゲンを一瞬で呑み込み、吹き飛ばした。

「め、めちゃくちゃ強い……!」

 疾風怒濤。その言葉を体現したかのようなその戦いぶりに、まなつ含め一同は息を呑んだ。

 これなら本当に自分たちの加勢はいらないかもしれない、そんな風に思い始めたところだったが、

「……っ!」

 一転、アースの表情に影が差す。

 開幕と同時に派手に吹っ飛ばされた白ヤラネーダだったが、むくりと起き上がると、何事もなかったかのように平然と再びこちらに向かって歩き始める。拳でダウンさせられた二体も、衝撃波にやられた三体も同様だ。

 雲行きの怪しさを感じ取ったラビリンも焦りの色を濃くし、再度のどかの体を揺さぶりながら大声で叫ぶ。

「のどか! アースひとりだけにはまかせておけないラビ、早く変身して一緒に戦うラビ!」

「ふわぁ……やらなきゃいけないことがあるのに堂々と寝るの、最高に生きてる、って感じ……」

「コラー! 自分の決めゼリフを自らコスるのはやめるラビ!!」

 一方、ペギタンも天地がひっくり返りそうなほど頭をひねった末、妙案がひらめいたのか、慌ててちゆに問いかける。

「そうだ! 夢中になっているものを思い出させれば、やる気を取り戻すかもしれないペェ! ちゆ、立派な旅館の女将になることと、ハイジャンで世界一になること! それがちゆの夢だったはずペェ! それを思い出すペェ!」

「えぇ~、一つだけでも大変なのに両立なんてこの上なくめんどくさ~い。旅館はとうじに……、ハイジャンはツバサにまかせるわ……」

 努力の甲斐むなしく、天を仰いだまま再度眠りこけるちゆの無気力な回答に、前髪を逆立てショックを受けたペギタンはそのまま地面に伏した。

「ち、ちゆがそんな事を言うなんて……! こんな……、こんなちゆは、解釈違いペェ~~!!」

「のどかもラビ~~!!」

「ひなたも……、いや、ひなたはそうでもねぇナ」

 泣きじゃくる二人を他所に、自分のツインテールを結び合わせる遊びに興じるひなたを冷静に見つめるニャトラン。

 一方、ラビリンは涙を拭いて、再度奮起する。

「そうラビ、無理やりにでも変身してプリキュアの姿になればやる気も戻るかもしれないラビ! ほらのどか、ちゃんとヒーリングステッキを持っ……、持つ……、ああもう、持たせたことにして!」

 傍らにヒーリングステッキをちょこんと立てかけられたのどかに向かって、ラビリンは半ば強引に号令をかける。

「いくラビよ! スタート!」

「プリキュア、モジュレーション……」

「それ違うやつラビ! なんでわざわざややこしい方に間違えるラビ!?」

「え~、モジュレーションもオペレーションも変わらないでしょ~?」

「だいたいさー、オペレーションってどうゆう意味~?」

「ひなた、それやる気を失ってるからだよな!? まさか一年間意味わかってなかったなんてことないよニャ!?」

 健闘がことごとく空回りするラビリンたちに、さんごたちはいたたまれず声をかける。

「あ、あのね、ラビリンちゃん、ヤラネーダにやる気を無理やり奪われちゃうと、それを取り戻させるのはすごく難しいんだよ……」

「まなつが復活した時は、わたしたちがピンチになったことがきっかけになったけど……こればっかりはな」

「……わたし、やる気無くしてた時こんな感じだったんだね……そのセツはご迷惑をおかけしました……」

 

 一方、

「はあっっ!!」

 アースの風の力を乗せた蹴りが、紫ヤラネーダの胴体ど真ん中に直撃する。しかし、吹っ飛ぶその体を今度は味方たちがキャッチする。そしてすぐさま、けろりとした顔で再びアースに立ち向かってくる。

 つい先ほどまで六体のヤラネーダに対し互角の戦いを見せていたはずのアースだったが、すでにその息は上がり始めていた。

「くっ、相当頑丈なようですね……。さすが、子供たちの健全な成長を願い作られた和菓子から生み出された怪物。それがこうも悪用されるだなんて……嗚呼、なんて可哀想なすこやかまんじゅう……」

 

「お店からの回し者か、まんじゅうの母親か何かなのかあの人は……?」

「って、そんな鋭くツッコんでる場合じゃないですよぅあすか先輩!」

「い、いや、すまん、つい……」

 さんごからのツッコミ返しに頭を下げるあすかに、まなつも声を張り上げる。

「そうだよ! 疲れてるとか言ってる場合じゃない、わたしたちも変身しよう!」

 四人は頷き合い、アースに加勢しようとトロピカルパクトを取り出す。

 しかし、その様子を目ざとく見ていたチョンギーレは、すぐさまヤラネーダに指示を飛ばす。

「おい、なにヒマそうに遊んでんだお前ら。こっちに六匹もいらねえんだから、半分はあいつらの首根っこ押さえてこい!」

 チョンギーレにけしかけられ、白赤青のヤラネーダたちはまなつの方たちへと向きを変え、どたどたとこちらに向かって駆けてくる。

「えっと、まずはチークで次はアイズ……って、うわぁ!? 乙女のお化粧中に襲ってくるなんてマナー違反にも程があるんじゃない!?」

「メイクなんて走りながらでもできるだろ! 適当に済ませろ!」

「あすか先輩、女の子としてそのセリフはどうかと思います! それに、のどかさんたちが……!」

 さんごもメイクを中断しながら、寝そべったままの三人を見やる。

 やる気を失ったのどかたちは、怪物が迫ってきているにも関わらず、呆けたまま一切その場から動く様子もない。あすかは、迫るヤラネーダとのどかたちを交互に見やった末、苛立ちとともに手にしたパクトを閉じた。

「くそっ、仕方がない。変身は後回しにして、今はとにかく逃げるぞ!」

 ヤラネーダたちが接近してくる速度から変身は間に合わないと判断し、四人はパクトをしまうと、のどかたちに手を差し伸べる。

「ほら、ちゆさん! 早く逃げないとマズいですって!」

「ええ~、もうめんどくさいわね~……」

 まなつの手を取ったちゆは、そのままやや強引に起立させられると、とぼとぼとではあるが、まなつに手を引かれるまま駆け出し始めた。

「ひなたさん、立てますか?」

「立つのも歩くのもめんどくさ~い。さんごちん、おんぶして……」

「そ、それは無理です……。みのりん先輩、手伝ってください!」

 さんごは、みのりと共にひなたの両脇を抱えると、ヤラネーダに背を向けて駆け出した。ひなたも、なんとか足だけは動かしてくれている。

 しかし一方、

「おい、のどか! 立つぐらいは自分で立て!」

「うう~ん、立てましぇ~ん……」

 あすかがどれだけ声をかけようと、無理やり引き起こそうと、のどかは1ミリたりとも動こうとしない。

「ああもう、仕方がない! わたしがおぶる!」

 業を煮やし、あすかはのどかの両腕をひっ掴み、強引に背中へと抱き上げた。

「うう、ご迷惑をおかけして申し訳ないラビ……」

 頭を下げるラビリンに、気にするなと告げつつ、あすかはのどかを抱えたまま駆け出した。

 赤と青のヤラネーダの魔の手は、もうすぐそこまで迫っている。のどかたち三人を引きずりながらでは、逃げるのがやっとだ。

「こ、これじゃメイクで変身なんて言ってらんないよ!」

 悲鳴をあげながら逃げ惑うトロピカる部一同を見下ろしながら、へっ、とチョンギーレは愉快そうに笑った。しかし、彼女らを追いかける巨体が二つであることに気づくと、残るもう一体に向かって声を上げた。

「おい、白いの! なに一人だけ遊んでんだ、お前もさっさとあいつら追いかけろ!」

 指示を正しく聞いてなかったのか、白ヤラネーダはアースとの戦闘にも、トロピカる部の追跡にも加わらず、道の真ん中でただぼーっとしていた。

 三体のヤラネーダに囲まれていたアースだが、その好機を見逃さない。

「空気のエレメント!」

 一斉に拳を振り上げるヤラネーダたちに対し、アースは緑色のエレメントボトルをセットしたハープをつま弾く。すると瞬時に、アースの身体をすっぽりと包む大きな泡が形成される。

 アースを叩き伏せようとした三匹のヤラネーダの拳は、その泡の持つ圧力に押し止められた。しかしなお、その泡ごとアースを叩き潰そうと、ヤラネーダたちはぐぐっとさらにその拳に力をこめる。

 アースはその一瞬の隙に、泡の中から離脱し、彼らの間を縫うようにすり抜ける。そしてアースが抜けだすと同時に彼女を包んでいた泡は弾け、力を込めていた三匹はつんのめり、お互いの頭と頭を衝突させ地面に倒れ伏した。

 アースはそんな三匹に目もくれず、孤立する白ヤラネーダの元へと豹のように駆ける。

「はああぁっ!!」

 呆け切っていた白ヤラネーダはアースの接近にも気づかず、大振りの鎚のようなアースのかかと落としをその脳天に食らい、昏倒した。

「とにかく、まずは一体ずつ……!」

 風のエレメントボトルをセットしたウィンディハープを掲げ、浄化技を放とうとするアース。しかし、まなつと一緒に逃げ惑いながらそれを目にしたローラは、慌ててアースに向かって叫んだ。

『ちょっ、ちょーっと待ちなさいキュアアース!』

「っ!? ローラ、なぜ止めるのです!?」

『まだそのヤラネーダ倒しちゃダメ! 奪われたやる気を先に取り戻さないと、持ち主に返ってこなくなっちゃうのよ!』

 そんな、とアースは目の前で倒れる白ヤラネーダをただただ歯がゆそうに見つめる。

「で、でも、のどかたちのやる気を奪ったヤラネーダかどいつなのか、わからないんじゃないか!?」

「はぁ、はぁっ、と、突然すぎて、誰も見てなかったですもんね……! 確率は六分の一……!」

 二人のやり取りを聞いていたあすかとさんごが、息も絶え絶えの様子で意見する。すると、走るまなつたちの眼前に躍り出たアクアポットの中から、ローラが叫ぶ。

『考えててもしょうがないでしょ! ……まなつ、やっちゃって!』

 そう言うと、ローラはアクアポットを操作し、まなつの手中へと収まる。言葉はなくとも指示を合点したまなつは、

「オーライ! さんご、ちゆさんの事よろしく!」

 そう言って、ちゆの手をさんごに預けると、一人猛スピードで先行したまなつはすぐさま振り返り、アースと白ヤラネーダの辺りを見据えてアクアポットを大きく振りかぶった。

「せーのぉ、※実際のマーメイドアクアポットは人に向けてなくても投げてはいけませんっっ!!」

 まなつが全力でぶん投げたアクアポットは、まなつたちを追いかけるヤラネーダたちの頭上を飛び越え、アースと白ヤラネーダのすぐ近くへと到達する。道路に墜落しないよう全力でポットを制動し、若干目を回しながらもアクアポットから出てきたローラは、すぐさま自分の入っていたポットを再び手に取った。

「マーメイドアクアポット、サーチ!」

 ローラは、大急ぎで倒れたままの白ヤラネーダの体をスキャンする。すると、

「やる気パワーは……、だああっ、ハズレ! 何も無し!」

「では逆に、浄化してしまってもかまわないということですね!」

 髪の毛を掻きむしり悔しそうに叫ぶローラだが、アースは咄嗟に切り替え、再び両の瞳に鋭い眼光を迸らせる。ハープに風のエレメントボトルをセットすると、ヒーリングゲージを急速でチャージさせていく。

「プリキュア! ヒーリング……ハリケーーーン!!」

 ウィンディハープから放たれた猛烈な勢いの竜巻は、ヤラネーダの巨大な体を大蛇のように一瞬で呑み込む。

 エレメントの力が渦巻く奔流にヤラネーダの体は見る見るうちに浄化され、光の残滓を残しながら消滅した。

 その様子を見ていたチョンギーレは、忌々し気に自分の乗る舟の甲板をハサミでがんと叩いた。

「だああっ、くそ! 一体やられちまったか。やっぱこんなに数がいると統率も取れないしめんどくせぇな。そろそろメシの支度の時間だし、一度帰るか」

「! お待ちなさい!」

 アースの制止も虚しく、チョンギーレと五体のヤラネーダは虚空へと消え去っていった。

 

 

 先ほどまでの混乱が嘘のように、辺りはすっかりと静まり返る。

 変身を解除し、精霊の姿に戻ったアスミは、ふぅとため息をついて振り返る。その視線の先には、人を引き連れ抱えて全力疾走をし、疲労の極地にいるトロピカる部の面々と、相変わらずだらけきったのどかたち三人の姿があった。

 アスミはまなつたちの元へと戻り、深々と頭を下げた。

「申し訳ありません、取り逃がしてしまいました……」

「いやもう、こちらこそ、助けていただいてありがとうございまふ……」

 さすがのまなつも息も絶え絶えの様子だ。人ひとりを抱えてずっと走り続けていたあすかに至っては、言葉を発することすらできず地に手をつき肩で息をしている有様だった。

「お礼を言わなきゃいけないのはラビリンたちラビ。まなつたちが助けてくれなかったら、のどかたちは今ごろぼーっとしたままヤラネーダに踏まれてペチャンコになってるところだったラビ……」

 しょげるラビリンを胸元に招き入れその頭を撫でながら、さんごが全員に尋ねる。

「でも、これからどうしよう? のどかさんたち、修学旅行の途中なんだよね?」

『どうするもこうするも……ヤラネーダが逃げちゃった以上、もう一度出て来るまで待つか、まなつの時みたいに本人が自らやる気を奮い立たせるかのどちらかしかないわね』

 アクアポットの中に戻ったローラは、腕を組みながらぴしゃりと言い切る。

「状況はかなり絶望的ペェ……」

「そもそも、ひなたたちがこれからどこに行く予定なのかもわからねえよな」

 ニャトランの言葉に、あすかは何かを思いつくと、のどかが傍らに置いていた手提げカバンを拝借する。

「ちょっと失礼。きっとアレがあるはず……あったあった、これだ」

 あすかがカバンから取り出したのは、修学旅行のしおりだ。

「今日この後の行動予定は……、16時にあおぞら水族館前に再度集合、バスに乗ってあおぞら市内の旅館に向かうらしい」

「さすがに一緒に泊まるわけにはいかないけど、せめてそこまでは連れていってあげよう!」

 まなつの提案に一同はこくりと頷く。あすかはさらに旅行のしおりに目を通す。

「そして、明日は朝9時からもう一度、あおぞら市内を自由行動、か。ちょうどわたしたちの学校は開校記念日で休みだし、様子を見に来るか」

『……本当に都合がよすぎるタイミングね』

「でも今はありがたいペェ。本当は、ボクたちも旅館についていってお世話したりやる気を取り戻させてあげたいけど……」

「さすがに、ひなたたちがこんな状態じゃ、身を隠し続けるのも至難の業だもんな」

「わたくしも、今回ばかりは謎のバックパッカーとして三人について行くわけにもいきませんし、ラビリンたちと一緒に一度ヒーリングガーデンに戻り、明日もう一度こちらにお邪魔させて頂きます」

 謎のバックパッカー、というのが何のことか気にはなったが、まなつたちはアスミの言葉に頷いた。

 

「よし! そうと決まれば行きますよ、のどかさん、ちゆさん、ひなたさん!」

「「「えぇ~~~、動きたくない~~~……」」」

「……やっぱり?」

 予想通りの返答にがっくりするまなつ。すると、ようやく体力を取り戻したあすかは再び立ち上がり、ちゆの腕を引っ張った。

「ほら、ちゆ! お前、この中じゃ一番しっかりしてそうなんだから、ちゃんと立て!」

「……はぁい、わかりましたあすか先輩……」

 あすかに叱咤されるまま、ちゆはしぶしぶとではあるが立ち上がり、あすかに手を引かれるままとぼとぼと歩き始めた。

「ひなたさんもほら、立ってください! わたしとプリティホリックの話でもしながら行きましょう!」

「うぅぅぅん、聞いとくから適当に話してて、さんごちん……」

 優しく話しかけるさんごにいざなわれるまま、重たい足取りで歩を進め始めるひなたを見ながら、ローラは頭を掻きながら首をかしげる。

『うーん、さっきもそうだったけど、ちゆとひなたはまだ少しは動いてくれるのよね』

「そうだな。やる気パワーを完全に奪われなかったのか、プリキュアの力の賜物なのか。でも、のどかは……」

 あすかとローラが見やった先、まなつは残る一名と必死に奮闘していた。

「おーい、のどかさーん! 行きましょうよー!」

 耳元で呼びかけるまなつだが、のどかはぴくりとも動かない。

 そんなのどかをただただ心配そうに見つめるラビリンに気づいたまなつは、にかっと大きく笑ってみせた。

「だーいじょうぶだよ、ラビリン! わたしたちがヤラネーダからやる気パワーを取り戻して、絶対にのどかさんたちを元気にしてみせるから!」

 そう言ってまなつはのどかの体を背負うと、いくぞー! と声を張り上げながら、あおぞら水族館に向かって歩き始めた。ラビリンは目じりに浮かぶ涙を拭い、その背中を追う。

「……うん! よろしくラビ、まなつ!」

 

 

 こうして一同は、亀のような歩みながらも、なんとか集合時間までにあおぞら水族館へと辿り着いた。

 その場にいた眼鏡をかけた先生がちょうどのどかたちの担任だったようで、三人の変わり果てた様子に目を丸くし驚いていた。

「トロピカルメロンパンがおいしくて食べすぎちゃったみたいです」という、まなつの苦しい言い訳にも首をかしげていたが、遠くで様子を見守っていたアスミの姿を見た途端、突然何かを察したように、

「……わかった、彼女たちのことはまかせてほしい。ここまで送り届けてくれてありがとう」

 と、周囲の生徒にも声をかけ、のどかたちを介抱するようにバスへと連れていってくれた。

 一体どういうことだったのでしょう、とアスミも首をかしげていたが、とにかく優しい先生のようで助かった。

 ラビリンたちもほっと一安心し、もう一度まなつたちに礼を言うと、アスミたちと共に風のゲートをくぐってヒーリングガーデンへと戻っていた。

 

 

「ヤラネーダが来るのはよくあることだけど、それでも今日は特別疲れたね~……」

 夕日に染まり始めたあおぞら市の街並みを抜け帰路に着く一同は、さんごのぼやきに無言で頷いた。

『ほーんと、大変な一日だったわね。まなつたちの他にもプリキュアがいるってだけでも驚きだったのに、あとまわしの魔女以外にもプリキュアの敵がいるだなんて』

 アクアポットの中で水にたゆたいながらぼやくローラに、あすかも賛同する。

「まったくだ。ウサコがどうとか、そんなこと言ってる場合じゃなくなってきたな……」

 すると、それを聞いたさんごはあすかの前に躍り出て、語気を強くして反論する。

「なに言ってるんですかあすか先輩! それはそれ、これはこれです! のどかさんたちの事が解決したら、また一緒にプリティホリックにいきましょうね!」

「お、おお、自分から頼んでおいてなんだが、今日のさんごは一味違うな……」

「あとは髪型だけなんだけどなあ。あすか先輩のかっこよさを活かしつつ、かわいさを出すためにはどんな髪型が……」

 ぶつぶつと考え込むさんごの陰から、アクアポットの中でにやにやしながらローラが顔を出す。

『あら、何それ。あすか、かわいくなりたかったの? 今でも十分キュートでかわいいと思うけどー?』

 するとあすかは、目にもとまらぬ速度でさんごの陰に隠れていたアクアポットを引っ掴む。

「……人魚ってのはどれくらい振ればバターになるんだ? 千回くらいかああああ!?」

『ぎゃあぁあぁあぁあぁあぁ!?』

 激しくポットをシェイクするあすかの手から慌てて離脱したローラは、よろめきながらまなつの手の中に納まる。

『た、助けてまなつ! 危うくすり身にされるところだったわ……、ん? どうしたの、元気ないじゃない?』

 ふとローラが見上げたその先。まなつは、彼女には珍しく、物憂げな表情を浮かべていた。

「いや、ラビリンたち、のどかさんたちのやる気がなくなって、まるで自分の身体が傷つけられみたいに、すごく苦しそうだったな、って。……あの時、わたしがヤラネーダにやる気を奪われた時も、みんなにこんな心配させてたんだなって思ったら、なんか」

『……まなつ』

 するとさんごは、まなつの元へと駆け寄り、ポットを握る手とは反対側の手を優しく握り、まなつの目を見て優しく微笑む。

「ま、そういうこともあるさ。心配ぐらいかけさせろよ、わたしたちはプリキュアで、仲間で、トロピカる部だろ?」

「……うん! 改めてありがとうね、みんな!」

 

 

 そして、翌日。

 再び地球にやってきたアスミやヒーリングアニマルたちと合流したトロピカる部の面々は、すこやか中学校の生徒たちが宿泊した旅館へと向かった。自由行動の時間となり他の生徒たちが市内に向かう様子を伺いながら、旅館の前にある歩道のベンチにぽつんと残ったのどかたちの所へと向かう。すると、

「あら、みんな。おはよう」

「ち、ちゆ!? 元に戻ったペェ!?」

 一人、昨日とはまるで違った様子で、ベンチに掛ける他二人を見守りながら自分の足でしゃんと立つちゆの姿があった。喜びのあまり涙を宙に散らしながら、ペギタンはちゆの胸へと飛び込んでいく。嗚咽にまみれる彼の代わりに、アスミが尋ねる。

「ちゆ、もうやる気は大丈夫なのですか?」

 こくりと頷きながら、ちゆは続ける。

「心配かけてごめんねペギタン、アスミ。昨日のことは、正直ぼんやりとしか覚えてないのだけれど、泊まったこちらの旅館のおもてなしが本当に素晴らしくてね……。窓から海を望む景色は最高、料理は絶品、設備やサービスも細かいところまで行き届いていて、なんだか見てたらわくわくしてきちゃって。そのまま一晩寝たら、なんだか気分までしゃっきりしちゃったわ」

「すごいな、自力で復活するとは……鋼の精神力だな」

 舌を巻くあすかに、ちゆは深く頭を下げて礼を言う。

「トロピカる部のみんなにも、色々ご迷惑をかけてしまってごめんなさい。みんながいなかったらどうなってたことか……本当にありがとう」

 まなつはぶんぶんと手を振りながら、朗らかに答える。

「全然! ちゆさんのやる気が戻ってよかったですよー! それじゃあ、昨日のヤラネーダがまた現れたら、今度は一緒に戦えますね!」

「うーん……そうね。行けたら行くわ」

「なんかすごい社交辞令な返事が返ってきた!?」

 ぎょっとするまなつ。ペギタンも、どことなく視線が虚ろに見えるちゆにおそるおそる声をかける。

「ち、ちゆ? 本当に大丈夫ペェ……?」

「……はっ。ごめんなさい。やる気はある程度戻ったと思うのだけど、まだいまいち脳が本調子じゃなくて」

 重たそうに頭を抱えるちゆに、思わずトロピカる部の面々は不安そうに顔を見合わせる。

「ま、まあ、とりあえず動けるようになったからよかったんじゃないか?」

「そ、そうですよね! ただ、のどかさんとひなたさんはまだ……」

 あすかとさんごは、ベンチに腰掛けたままぼーっと遠くを見ている二人を見やる。

「おーい、ひなた。しっかりしろー」

 ニャトランがほっぺたをぺちぺちと叩いても気にも留めず、ひなたはいずこかから飛んできた蝶々を視線だけで追いかけている。

「ひなたは空腹に負けたのか、朝ごはんは自分で食べてたから、あともう少しだと思うんだけど……」

「……仕方がない。さんご、お願いしていたもの、頼めるかニャ?」

 目の前に飛んできて尋ねるニャトランに、さんごは頷きながらポケットの中をまさぐる。

「もちろん、持ってきたよ。でもニャトランくん、本当にこんなものでよかったのかな……?」

「ああ、パートナーたるオレの見立てではきっと間違いないはずだ」

 さんごはニャトランの指示するまま、ぼけーっとベンチに坐したままのひなたの前にかがみこむと、ポケットから小さなコンパクトを取り出し、ひなたの目の前に差し出した。

「ひなたさん、これ、うちの店で今度出す新作のチークなんです。まだ試作品のサンプルなんですけど、もしよかったら、これでちょっとだけでもやる気を取り戻」

 するとひなたは、さっきまで半目だった瞳をカッと見開き、ベンチから跳ねるように起き上がり、さんごの持つコンパクトに飛びついてきた。

「うっそマジ、プリティホリックの新作!? やだ、デザインもめっちゃかわいいしチークの発色もユニークでキラキラしてて綺麗すぎて無理! これもらっちゃっていいの!? めっちゃアガる超ありがとーーー!」

 コンパクトを天に掲げその場でくるくると回るひなたを、一同はただただ呆気に取られて見つめていた。

「……すがすがしいくらい現金な奴だな」

「先輩プリキュアとしてのひなたの尊厳を保ちたかったが、背に腹は変えられないニャ……」

 チークに頬ずりしながらぐへぐへと笑うひなたの傍らでぐっと涙をこらえるニャトランに、さんごもただただ苦笑するばかりだ。

「よし、ひなたはとりあえず? これでいい? として、あとは……」

 あすかは、一人ベンチに座ったままののどかに目を移した。

 ラビリンはゆっくりとのどかの元へと飛んでいくとその膝の上に降り立ち、うつむく彼女の顔を見上げた。

「……ラビリン」

「のどか、具合はどうラビ?」

 努めて、落ち着いた声で話しかけるラビリン。しかし、のどかは静かに首を振った。

「……ごめんね、ちゆちゃんもひなたちゃんも元気になってるのに、わたしだけ」

「そんな、気にしなくていいラビ! これはあの、ヤラネーダってやつのせいなんだから!」

 そうだね、と頷きつつも、のどかの表情はさらに沈んでいく。

「クラスのみんなも、円山先生も、みんな優しくしてくれて、……まなつちゃんたちもラビリンたちも、こんなに励ましてくれて。やる気が少しずつ、胸の中にたまってきているのを感じるの。でも、それがなぜだか、うまく心の中から出せなくて……」

『ヤラネーダが奪ったやる気は、そう簡単には元には戻らないわ。とはいえ、ちゆとひなたが回復しているのに、のどかだけ戻りが悪いのは、何か理由があるのかしら』

 腕を組み考え込むローラに、ちゆは思い出したように言う。

「そういえばのどか、今日だけじゃなくてここ数日ずっと調子が悪そうだったから、それが関係しているのかもしれないわね」

「えっ、そうだったラビ?」

「うん。のどかっち、なんかずっと元気がないというか、心ここにあらずって感じだったよね。キングビョーゲンとの戦いが終わって……じゃない、ヒーリングガーデンに遊びに行った数日後くらいからかな? でも自分でも、原因がよく分からないって」

「……やっぱり、元気が無いように見えたのは気のせいじゃなかったラビね……」

 さらに気落ちした様子ののどかを、他のメンバーも神妙な面持ちで見つめる。そんな中、

「……あの、一つ、いいかな」

『うわ、みのりがしゃべった!?』

「……ローラはわたしを何だと思ってるの」

『3話も後半になってようやく変身前のセリフを発した人間に言われたくないわよ!』

 唸るローラをスルーして、みのりはのどかの前に立ち彼女に尋ねる。

「もう一度確認なんだけど、四人はついこないだまでビョーゲンズと戦っていて、ようやくその戦いが決着したんだよね」

「う、うん……」

 質問の意図が掴めずとまどいつつも答えるのどかに、ふむ、とみのりは再度しばらく考えた後、人差し指を立て意見を述べる。

 

「わたしが思うに、のどかのそれは……、一種の燃え尽き症候群みたいなものじゃないかと思う」

 

「も、もえつき……?」

「しょーこーぐん……ラビ?」

 顔を見合わせるのどかとラビリンに、そう、と頷きながら、みのりは説明を続ける。

「だって、地球を丸ごと蝕もうとする病原菌の親玉を、プリキュアとはいえ、中学二年生の女の子が必死の戦いの末討伐して、世界を救ったんだよね? これで燃え尽きなきゃ何で燃え尽きるのってくらい、デカすぎる使命だと思う」

 淡々としたみのりの説明に、のどかどころか、ちゆ、ひなたもはっとした様子で目を丸くしている。

「た、たしかに、言われてみればそうかもしれないわね……」

「えー、でもでも、あたしだってめっちゃいっしょうけんめー戦ったよ! なんであたしは燃え尽きてないの?」

 すると、ひなたの肩に乗っていたニャトランが横からツッコミを入れる。

「ひなたお前、キングビョーゲンとの戦いが終わった後、どう思った?」

「そりゃもう、よーっしゃこれで平和になったー遊びまくるぞー! ってなもんよ」

「てなもんよ、ときたもんだニャ……」

 呆れたようにため息をつくニャトランに、何よーと頬を膨らませるひなた。

 一方、当ののどかを見やると、あまりに図星をつかれたのか、彼女はぱくぱくと口を開けて二の句を告げずにいた。

「たっ、たしかに、やり遂げたとは思ったけど、それで精も魂も燃え尽きたかって言われると、あんまりそんな自覚はない……と、思うんだけど……」

「やる気を使いつくした、っていうのとは少し違う。そう、例えばその後、何かやろうとしていることがあっても、なんとなく『今はこんなことしている場合じゃない』って気分になったり」

「うぐっ」

「次の目標はあるけどまだ遠いところにあって、そのためにいま何をすればいいのかわからなかったり」

「はうっ」

「……等々、今までの大きな目標が無くなって、気持ちの置き所がうまく掴めなかったりするのが燃え尽き症候群の症状の一つ。もちろん、完全に素人診断だから断定はできない。でも、聞いている話を総合すると、これが一番近いんじゃないかなって」

「いやみのりん、さっきからのどかっちにグサグサ刺さりまくってるから」

 思い当たるところが多すぎたのかベンチでがっくりとうなだれるのどかを見ながら、ちゆは何かを思い出したように語りだす。

「燃え尽き症候群、か……。わたしにも似た覚えがあるわ」

「え、ちゆちゃんも……?」

 今回のことじゃないけどね、と頷きながら、ちゆは続ける。

「あれは……そう、秋の陸上大会で優勝した後のことだった……」

「あ、ちゆちーが遠い目をして語り出した」

「あの時、西中のツバサと一度、将来の目標のことで言い争いになったでしょ? 最終的には、二人で世界を目指すと誓い合った……のだけど、あの時わたしは、自分のベストも県大会の記録も更新したばかりで。世界っていう次の大きな目標に向けて何をすればいいんだろう、本当に海外に行くなら英語ももっと勉強しなくちゃ……とか、いろいろ考え始めたら、逆にいま自分が何をすべきなのかわからなくなっちゃって。気付けば、朝のランニングすら気が向かなくて行かなかったこともあったわ」

 ちゆの話を聞きながら、はっと何かを思い出したようにペギタンは羽をばたばた振りながら声を張り上げる。

「あっ、たしかにあの頃、ちゆ、そんな事言ってたペェ! そんなことがあったなら、ボクに相談してくれてもよかったのに……」

 そうね、とちゆは心配そうに見上げるペギタンの頭を撫でながら苦笑する。

「でも、あの時はわたしも、自分の調子が悪いとか、悪いとしてもどこがどう悪いのかはっきりわからなかったから、誰にも相談できなかったのよね」

「何だか、今のわたしに似てるかもしれない……」

「そんな時、アスミが南の島に遊びに行こうって誘ってくれたじゃない? あそこで、思いっきりビーバレやっていつもとは違う形で運動したり、めいっぱい太陽を浴びてご飯食べたりしたら、なんだかふっと心が軽くなって、そこから少しずつまたハイジャンの練習に打ち込めるようになったのよね」

「まあ、そうだったのですね。お役に立てて光栄です」

「まさか、あの時ちゆちーがそんな気持ちでビーバレやったりお肉を焼いたりしていたとわ……」

 

「わたし……、わたしは」

 ちゆの話を聞いてしばらく考え込んでいたのどかは、両手の指をぎゅっと握りしめ、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ出した。ラビリンは彼女に向き合い、その言葉に耳を傾ける。

「ダルイゼンやキングビョーゲンと戦って、彼らを浄化して……わたしたちの今は、その戦いの勝利の先にあって。でも、サルローさんにも言われた通り、今度はわたしたち人間が、地球を蝕むような存在になっちゃいけない。そんな、みんなにちゃんと顔向けできるすこやかな未来のために、わたしはどんな大人になればいいんだろうって、そのために今、何をするべきなんだろうって、ぼんやり考えるようになって。

 そしたら、勉強のこととか進路のこととか、いま何をやるべきなんだろうって、いろいろ考えちゃって……考えすぎちゃってたの、かな」

 のどかの言葉に、ラビリンはしばらく考え込んだ後、

「……のどか、これはまだのどかには言ってなかったことなんだけど」

 ぱっと顔色を変え、笑顔でのどかに語りかける。

「ヒーリングガーデンから初めて地球にやってきた時、ラビリンは最初、大人で強くてカッコよくて絶対に失敗しないお医者さんをパートナーにしようと思ってたラビ」

「そういえばラビリン、最初に地球にやってきた時、そんなこと言ってたペェ」

「じゃあ、がっかりしたよね。わたし、今よりもっと運動ダメダメだったし」

 苦笑するのどかに、ラビリンは静かに首を振る。

「でも、のどかと出会って、パートナーになって……大事なのはそんなことじゃないって気付いたラビ。のどかが、いま一番やりたいことが、地球を守ることだって言ってくれたこと。その勇気が、心が嬉しかった……それは今も変わらないラビ。

 だから、のどか。あまり難しく考える必要なんてないラビ。地球の未来を変えられるような大人になれたら、それはすごいことかもしれない……。でも、のどかは十分、とってもステキな女の子なんだから、そのままののどかで成長していってくれれば、それでいいラビ!」

「ラビリン……」

 すると、ずっと二人のやり取りを聞いていたまなつは、のどかの元に駆け寄りかがみ込むと、その左手をぎゅっと握りしめた。

「のどかさん。わたしもね、お父さんによく言われるの。『いま一番大事だと思うことをやれ』って」

「いま、一番大事な……?」

「そう! でも、これって別に、未来のことまで考えて、それに向けてやるべきことをやれってわけじゃないんだって。だって、未来のことって正直よくわからないし……どんなに考えたところで裏目になっちゃうかもしれないしね。だから、『今』なんだよ。今、この瞬間に、自分が一番大事だと思うことをやっていれば、結果はある程度勝手についてくるはずだ、って」

「まなつちゃん……」

「そりゃあ、後から振り返ってみると間違いだったなんてこともあるかもしれないけど、でも、のどかさんならきっと大丈夫だよ!」

「……どうして、そう言い切れるの?」

「だって、こんなに素敵なパートナーさんが応援してくれてるんだもん! ね?」

「! ラビ!」

 笑顔で大きく頷くラビリンと、のどかは再び目を合わせる。

「のどか。地球のためとかじゃない、どんなことでもいいラビ。のどか自身が、将来やりたいと思うことって何ラビ?」

 ラビリンの問いかけに、のどかはしばらく考え込んだ後、

「わたしは、……何となくだけど、まだ見たことのない、世界の色んな所を見て回ってみたい」

「じゃあ、のどかが『今』、一番やりたいことは何ラビ?」

「……わたしは、」

 二人のやり取りを見守っていたちゆとひなたは、のどかと目を合わせるなり大きく頷く。するとのどかも、伏していた目を大きく開いて叫んだ。

「わたしは、ちゆちゃん、ひなたちゃんと、修学旅行を思いっきり楽しみたい!」

「そうラビ! なら、早くあのヤラネーダから、やる気を取り戻さないといけないラビ!」

 そう言ってラビリンは、その小さな右手をうんと高く掲げる。それに応えるように、のどかも力強く頷きながら、その右手に優しくタッチした。

 瞬間、のどかの胸を中心に、辺りを優しく照らす春の陽光のような光が満ち溢れる。

「! これは、のどかのやる気パワーラビ……!?」

 自身から溢れる光を、のどかは驚きと共に見つめながらも、それを抱きとめるようにぎゅっと両の手を胸の前で結ぶ。すると、光は緩やかに、のどかの胸の中へと吸い込まれていった。

 閉じていた目をゆっくりと開いたのどかはおもむろに立ち上がると、自分の身体の動きを確かめるように、片足を上げたり、両手を開いたり閉じたりしている。

「なんだか、まだちょっと体が重たく感じるけど、でも、動ける……!」

「のどかー! よかったラビ!」

 喜びにまかせて勢いよく胸元に飛び込んできたラビリンを、のどかは愛おしそうに抱き返す。

「ありがとう、ラビリン! ごめんね、ラビリンにはいつも心配かけて、助けてもらってばっかりだね!」

「なに水くさいこと言ってるラビ! のどかが困っていたら、地球のどこにいたって駆け付けるラビよ!」

「うん……! それと、さっきの将来の夢の話。もし叶ったらその時は、ラビリンも一緒に来てくれる……?」

「もちろんラビ! だって、ラビリンとのどかは、ずっとずーっと最高のパートナーなんだから!」

 笑い合う二人の様子に、うんうんと頷きながら満面の笑みを浮かべるまなつ。

「やっぱりのどかさんとラビリンのコンビ、ものすっっっごくトロピカってるね!」

「……トロピカってる、って何ラビ?」

「えっと、わたしもよくわからないけど……、心の肉球にキュンとくる、ってことかな?」

「あっ、それそれ! そんな感じ!」

『そんな感じ! じゃないわよ。ほんと適当なんだから』

 横からのローラからのツッコミに、三人は顔を見合わせて笑い合った。

「とにかく、ありがとうねまなつちゃん! さっきの言葉、すごく心にぐっと来た! それに、みのりちゃんも!」

 わたし? と首をかしげるみのりに、のどかは大きく頷く。

「だって、自分でも気づかなかった悩み事を言い当てちゃうんだもん。まるで名探偵みたい!」

 朗らかに笑うのどかに、お役に立てたのならよかったとみのりは笑顔で返す。

 その傍らで、のどかとラビリンのやり取りに胸を打たれたのか、目じりの涙を拭いながらさんごも喜びの声を上げる。

「本当によかった……! のどかさんたちのやる気も戻ったし、あとはあのヤラネーダをやっつけるだけですね!」

「ああ、問題はそいつがいつ出てくるかだが……ん?」

 あすかは、遠く向こうに陰気に満ちたドーム状の空間が広がっていくのを見つけた。アクアポットで上空へと舞い上がり位置を確認したローラは、不敵な顔で笑う。

『何とも絶好のタイミングでお出ましじゃない!』

「あっちは砂浜の方だね。みんな、いくよ!」

 まなつの掛け声に、トロピカる部、そしてのどかたちも大きく頷いた。

 

 

「ちっ、海岸にはまだ人が少ねぇな。やっぱりもっと人の多い街中に……あァ?」

 ヤラネーダの生み出したドーム状の空間の中心に辿り着くと、そこには波打ち際で宙に浮かぶ舟の上から、やる気を奪う標的を探すチョンギーレの姿があった。その足元には、昨日の五体のヤラネーダたちがひしめいている。幸い、まだ誰もやる気を奪われてはいないようだ。

「くそっ、またぞろぞろと現れやがったなプリキュアどもめ。……しかも、お仲間のやる気も奪ってやったはずなのに、もう復活しやがったのか、かったりぃ」

「そうだよ! わたしたちだけじゃなくて、ヒーリングっどプリキュアのみんなのやる気も無敵なんだから!」

 ふん、と鼻息荒く言い返すまなつだったが、さんごは不安そうに三人に尋ねる。

「で、でも、やる気も完全に戻ったわけじゃないんですよね。大丈夫ですか……?」

「しょ、正直ここに来るまでだいぶ目減りしちゃったかもしれない……」

 旅館の前からこの砂浜まで、そこまでの距離ではなかったはずだが、のどかたち三人はどことなくぐったりした様子だった。

「変身してもまともに戦えるかはちょっと怪しいわね……」

「で、でもでも、むこうは五体でこっちは全員で八人でしょ! 数で言えば負けるはずないっしょ!」

 空元気でなんとか余裕の笑みを見せようとするひなた。が、

「へくちっ」

「……へくち?」

 アスミの足元にいたラテが、不穏なくしゃみを放つ。何事かと首をかしげるトロピカる部の四人に対し、のどかたち四人の顔はさーっと青ざめていく。アスミが慌てて抱き上げたラテに、のどかは焦りの色を隠せないまま尋ねる。

「え、ええっと聴診器……はもういらないんだっけ。ラテ、一体どうしたの……?」

 すると、ぐったりした様子のラテはすぐそこに広がる海原を指して答えた。

「すぐそこで、海さんが泣いているラテ……」

「海が……泣いている?」

「ちょっ、ちょっ、ちょーい待った。もしかして……」

 うろたえるちゆとひなたのすぐ横、つい先ほどまで静かなさざ波の音を響かせていた海が、にわかにどす黒く濁り始める。そして、その一部が突如土手のように隆起したかと思うと、そのままみるみるうちに怪物の姿を形どっていく。

「メガ、ビョーーーゲン!!」

 呆気にとられるのどかたちの目の前に現れたのは、10メートル四方ほどの高潮を時を止めて切り出したかのような、荒々しい波の勢いをまとったメガビョーゲンだった。ひなたは頭を抱えて悲鳴にも近い絶叫を上げる。

「またまた野生のメガビョーゲン!? もーいったい何なのこの修学旅行! 蝕まれているどころか呪われてるよ~~!!」

「嘆いてたってしょうがないでしょひなた。ペギタンたちもいるんだもの、今度はしっかり、わたしたちがお手当てしなきゃ!」

「そうだね! いこう、ラビリン、みんな!」

 のどかのすぐそばで頷くラビリン。それに続くように、八人の少女たちはそれぞれの変身アイテムを掲げた。

 

「「「「プリキュア、トロピカルチェンジ!」」」」

「「「「スタート! プリキュア、オペレーション!」」」」

 

 トロピカルパクトから弾けるように溢れだす熱帯の日差しのような輝きと、ヒーリングステッキ、アースウィンディハープから湧き上がる春の恵みをもたらす陽光のような煌めきが入り乱れ、辺り一帯はプリズムのように七色にうねる光のオアシスと化す。

 その中心で少女たちは、まばゆく輝く白衣、極彩色のサマードレスを身にまとい、またたく間にその身を邪悪を退ける戦士の姿へと変えていく。

 燃え立つようなやる気をその瞳に宿して、八人のプリキュアたちは大地に降り立ち、颯爽と名乗りを上げた。

 

「地球をお手当て! トロピカル~ジュ! プリキュア!!」

「右に同じく! ヒーリングっどプリキュア!!」

 

 華麗なプリキュアの姿に変身を遂げた八人の少女は、並び立つ怪物たちと対峙する。

「……ってちょっと待った! 右に同じくって、地球をお手当てはあたしたちがオリジナルでしょー?」

「ふふ、いいではないですかスパークル。今は一緒に地球をお手当てする仲間同士なのですから」

 ぶー垂れるスパークルを笑顔でなだめるアース。一方、そんな彼女たちの姿を、アクアポットから出てきたローラは目を見開き見つめている。

「これがのどかたちの、プリキュアの姿……!」

「わぁ……、わたしたちのドレスとはデザインがまた違う……凛々しくってかわいい……」

 コーラルも、目を宝石のようにきらきらと輝かせてグレースたちの衣装に見入っている。

「でしょでしょ? すっごくトロピカってるでしょ!?」

「なんでお前が得意げなんだよサマー」

 盛り上がるトロプリ勢を他所に、フォンテーヌは彼女には珍しくげんなりした様子で、

「うう、それにしても、変身して名乗りを上げるだけでこんなに疲れるなんて思わなかったわ……」

「うん……わたしもなんだか今すぐ帰りた……じゃない! 早くあのメガビョーゲンとヤラネーダを何とかしないと!」

 自分の頬をぺちぺちと叩きながら、グレースは改めて五体のヤラネーダ、そして海のメガビョーゲンへと向き直る。

 勢ぞろいした八人のプリキュアを見下ろしながら、忌々し気にため息をつきチョンギーレは後頭部を掻く。

「まったく、こんだけ彩り豊かに並んでやがると、フルコースでも料理しろって言われてるようでうんざりするぜ。だが、こっちも昨日と一緒だと思ったら大間違いだぞ……?」

 にやりと笑うチョンギーレの背後、海面がにわかに波立ったかと思うと、二隻の舟が海中から姿を現した。

「まったくもー、今回はチョンギーレの番じゃなかったの? エルダちゃん、お屋敷のお掃除まだ終わってないのにー」

「まあまあエルダちゃん。実際、ヤラネーダが五体もいちゃ、チョンギーレだけだと面倒見るのも大変でしょ。逆に言えば単純にやる気を奪える量も五倍。このチャンスをみすみす逃すわけにはいかないでしょう?」

 ナマコのような下半身と白衣に身を包んだ、どこか妖艶な雰囲気を持つ女性と、メイド服の下から海老の尻尾を覗かせる少女に、アースは眉をひそませた。

「あの二人は……?」

「あとまわしの魔女の一味、ヌメリーとエルダよ! 気をつけて!」

 ローラの忠告に、アースはぐっと表情を引き締める。

「そういうこった。昨日みたいなヘマはしねぇ、総力戦だ。せいぜい、覚悟しろよ?」

 

 空中で並び立つ、あとまわしの魔女の三幹部を力強く見つめ返すと、サマーとグレースは砂を蹴り、猛る怪物たち目がけて駆け出した。

 

 

 つづく




第3話をお読みいただきありがとうございます。

前回は「ヒーリングアニマルがいない場合、メガビョーゲンにどう対処するのか?」が戦闘シーンのギミックになっていましたが、ヤラネーダでも同じようなひと工夫が欲しい、と考えました。
そこで思いついたのが「ヤラネーダは倒す前に奪われたやる気を取り返さなければならない」→「では、やる気を奪ったのがどれかわからないくらい複数のヤラネーダがいたら?」というアイデアでした。
そこに、ヒープリ最終話に出てきた六体のメガビョーゲンを組み合わせれば、コラボらしくもなるしヤラネーダの姿も読者が想像しやすい、また、劇場版らしい特別なピンチ感も演出できる! と個人的にかなり気に入った展開となりました。
また、今回の個人的なテーマとして、アスミ・キュアアースをしっかり活躍させるというのがありました。あまり積極的に動いたりしゃべったりするキャラではないので、過去作でイマイチちゃんと活躍させられなかったので……。ちゃんとかっこいいところが見せられていれば幸いです。

のどかの燃え尽き症候群については、ヒープリ側のアフターストーリーのメインになります。
のどかはダルイゼンを救わなかったこと、ビョーゲンズたちを殲滅した勝利の上に今の平和があることの責任をしっかり受け止めていると思いますし、かと言ってその事に囚われすぎないよう、しっかり前を向いて生きていける子だとも思います。
ただ、やはりまだ中学生の女の子なので、どこかで綻びが出るのではないか……そんな、強いけど弱い、のどかの弱さの部分と、それをフォローするラビリンや周りの関係をうまく掘り下げられていれば……と思います。

というマジメな話はこのくらいにして、次回最終話は、すっきり爽快ラストバトルで締めたいと思います。引き続きよろしくお願いいたします。
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