ダンジョンで鬼殺の英雄を目指すのは間違っているだろうか   作:ミキサ

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こういうの好き。でも無かった。だから書きました。



序幕 "鬼狩りの冒険者”

 あの生き物は一体何なのかわからなかった。

 焦る心と体とは裏腹に頭はいたって冷静に目の前の出来事をゆっくりと捉えていた。

 

 荒い息遣いの口から溢れ出る涎はゴブリンの血と混ざりあい醜悪な臭いをまき散らしている。

 その瞳孔は赤く血走っており、盾に割けたような奇怪な形をしていた。

 また、力の込められているだろう手先から伸びる紫色の爪は鋭く伸びており、今しがた抉った少年の祖父の血を飛び散らせた。

 

 「あああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 腹から血を溢れ出し、視界の端で倒れていく祖父の姿に、少年──ベル・クラネルはただ悲痛な叫びをあげることしかできなかった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 「ベル、山に行くのか?」

 

 日は高く上り、昼食は隣の村のおばさんがくれた野菜を塩漬けにしたものと、お握りを腹いっぱいに食べ満足そうな顔をした白髪赤目の可愛らしい少年、ベルは靴を履きながら返事をする。

 

 「うん、お腹いっぱいになったから少し動きたくて!」

 

 返事際に振り向けば、麦わら帽子をかぶった祖父は片手に鉈を持っていたのでおそらくこの後稲の収穫に行くのだろう。ベルも大きくなったら祖父のように農作業に勤しむのだろうか。ふと、ベルはそんなことも考えたがすぐさま顔を横に振る。確かにベルには祖父の力になりたいという気持ちもあるがそれ以上に、冒険者という職業に憧れがあるのだ。強力な力や派手な魔法で魔物たちを一掃する英雄のような存在だ。今は小柄なベルだが大きくなればオラリオという冒険者が冒険者たるダンジョンが存在する街に行こうと考えている。

 そのためにも少しでも体力をつけるために山に散歩をしに行くのだ。

 

 「そうか、くれぐれも気を付けるんじゃぞ。ちゃんと日暮れまでには帰ってくる、じゃないと」

 

 「じゃないと、()が出る。でしょ! もう何回も聞いたよそれ!」

 

 「いってきます」と言い残してベルは家の外に飛び出した。家から山までそう遠くなく、30分ほどあれば到着するだろう。はじめは全力で走っていたが途中から体力が足りなくなったベルは足から力を抜き、のんびりと歩き始める。

 

 「それにしても鬼かぁ。モンスターって言うならまだしも……」

 

 ベルは別れ際、祖父に何度も繰り返し言われ続けた言葉を思い出した。

 祖父が言うには、鬼と呼ばれる生き物が夜に現れて人やモンスターを食べてしまうという。

 ゴブリンやトロールとは違うのかと聞いてみれば違うと言われた。太陽の光を忌み嫌うため夜にしか行動ができない。それ以上のことを聞いてみても祖父は悲しそうな表情をした後、何も言わなかった。

 その表情の理由がベルは気になったが、やはりどんな英雄譚や物語を読んでみても近しい存在はいても、祖父の言うような鬼という存在は見受けられなかった。やはりベルが夜遅くまで遊ばないための作り話だとベルは受け止めていた。

 だからこれは一時の気の迷いだったのだ。いつまでも子供扱いをする祖父に対する反抗心。

 それにしたってかわいいもので、いつもよりも帰る時間を少しだけ遅らせ、太陽が山の陰に隠れ始め程には帰ろうとしていたのだ。

 

 「はぁはぁ……ッ!」

 

 傾斜のある山道を死にもの狂いで、まるで狐に追いかけられる兎がごとく形相でベルは走っていた。後ろからベルを追いかける複数の軽い足跡にベルは痛くなる肺を抑えながら声をこぼす。

 

 「嘘つき!」

 

 やはり鬼なんていなかった。

 なぜなら陰りがあるとはいえ太陽の日はまだしっかりとベルたちのことを照らしてくれているのだ。それなのにベルは何かに追われている。いや、それは間違いなくモンスターだった。ゴブリンと呼ばれる今のベルよりも少し背の低いくらいの緑色の肌を持つモンスターだ。それらが棍棒を片手にベルを殺そうと、喰らおうと追いかけてきている。祖父に聞く話だけの鬼なんかよりもよっぽど怖かった。

 だから自分が悪いとわかっていながら悪態をついてしまった。

 

 「日の光が弱点なんていう鬼なんかじゃなくて、モンスターが出る! そう言い聞かせてくれていれば!」

 

 そう言い聞かせてくれていれば、太陽の光がまだあるから大丈夫だなんて気持ちでいつもより帰りを遅くしたりなんかしなかったのに。

 そんなのは理不尽な言いがかりでしかない。モンスターは鬼とは違い日の光を浴びても生きていられる。ならばこのわずかに遅らせた帰宅時間で遭遇するかどうかが変わる生物ではない。もっと日が高い時に遭遇していた可能性だってあるのだ。

 だからこそ、ベルが今この時ゴブリンに襲われているのは運がなかったとしか言えない。

 

 けれど幼いベルにはそんな当たり前のことが素直に納得できるほど大人ではなかった。

 紅色(ルベライト)の瞳から大粒の涙をこぼし、ベルの視界一杯が蜃気楼のように揺らぐ。そしてその揺らぎは山道を走るベルにとって致命的な一瞬だった。

 

 「あっ……」

 

 小さな声が漏れ出た瞬間、足のつま先に軽い衝撃と体全体に不気味な浮遊感を感じた。さらに次の瞬間体全体に響く衝撃の痛みにベルの肺から空気が吐き出される。背中を打ったのか、ベルの見上げる先には赤暗く透き通った空があった。

 痛い。

 受け身すら取れないベルの背中は打ち身に苛まれ、恐怖と痛みからベルの瞳から涙が止まらない。

 ゴブリンの足音はすぐそこまで来ている。

 早く逃げなければ。そうわかっているのに、体はいうことを聞いてくれなかった。

 

 「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」

 

 奇怪な声を上げるゴブリンの姿が三匹、視界の端に見える。走ることはやめたようだ。当然だ、獲物がすでに逃げることを諦めているのだから。今からベルはあのゴブリンたちが持つ棍棒で嬲り殺されるのだろう。そう思うと恐怖に奥歯が震えた。

 ゴブリンたちから見ればとても滑稽な姿だろう。そこにいるのは英雄に憧れ目を輝かせていた少年ではなく、ただ絶望と恐怖に震える哀れな餌なのだ。成人男性であれば勝てるゴブリンにこの様だ。戦うことおろか逃げることすらできなかった。

 いつの間にか日は暮れきっており、月明かりがゴブリンの影をより一層濃くベルに重ねていた。ゴブリンがすぐ側までやって来たのだ。三対の瞳が厭らしくベルのことを見下ろしていた。振り上げられる棍棒にベルは痛みに耐えるように目を強く瞑る。

 

 だが、予想していた痛みはいつになっても来なかった。

 

 「ギャッ!?」

 

 「ア"ア"ッ!!」

 

 ゴブリンたちの悲鳴と複数の転がるような音が聞こえる。

 それにいつの間にか新たな重い足音が加わっていた。

 誰かに助けられたのだ。

 そのことを理解するまでにベルは数瞬を要した。

 自分が助かったとわかれば現金なもので、ベルはすぐに上半身を起き上がらせ目を開け、自身の恩人に頭を下げた。

 よかった、自分は助かったのだと。安心に息を吐き出す。

 

 

 「ありがとうございます! 助かりま……」

 

 

 けれど少年は知らなかった。

 世界というのはそんなにも都合がよくできておらず、優しくもないということを。

 

 

 「たっくよぉ。ようやくあの迷宮から外に出られたんだ。てめぇらモンスターに久しぶりの餌を譲る訳ねぇだろぉ! こんなクソみてぇな魔石しかねぇくせによぉ!」

 

 

 グチャグチャ、ガリッ。

 何かを咀嚼する音が夜の山に響き渡る。ベルは一瞬、その声がどこから聞こえてきているのかわからなかった。何故ならそこにいたのは人だからだ。倒れたゴブリンの側に座り込み何やらしている男の後ろ姿は確かに人だったのだ。短い黒髪に中肉中背の成人男性にしか見えなかった。

 ガリ、ガリッ。

 それはまるで飴玉を口の中で噛み砕くような音が三度響いた。そこでようやく男が首だけ振り返りベルと視線を合わせる。

 

 「ひっ」

 

 思わずベルの口から小さな悲鳴が上がり理解した。

 鬼だ。今自分の目の前には鬼がいるのだと。

 

 口元には涎とゴブリンの血とが混ざりあって醜悪な臭いを漂わせ、縦に割けた血走った瞳孔はまっすぐベルを見つめていた。そして、その鬼の向こうには腹を喰い破られ、魔石を喰われたゴブリンが灰となって消えていく姿があった。

 

 鬼は人もモンスターも喰らう。

 

 祖父のその言葉が頭に響き渡る。

 目の前の鬼は何と言った。久しぶりの餌を譲るわけない。鬼は人とモンスターを喰らう。人を喰らう。人。

 今ここにいる人とは誰だ。

 そう頭が追いついた時、鬼は口を弧に歪め笑った。

 

 「ベル!」

 

 次の瞬間ベルは首元を誰かに後ろから引っ張られた。遠のく視界で、先ほどまでベルがいた場所に紫の爪が付きたてられていた。もし後ろから引っ張られていなかったら今頃ベルはあの鋭利な爪に刺し殺されていただろう。

 

 「ベル大丈夫か!」

 

 もう一度かけられた言葉にベルは振り返る。

 

 「お祖父ちゃん……」

 

 そこには自分を抱きしめるようにして片手で鉈を構える最愛の祖父がいた。

 言いたいことはたくさんあった。自分が言いつけを守らず遅くなってしまったことへの謝罪。目の前にいるのは本当に鬼なのか。けれど恐怖と安堵で言葉が出てこなかった。

 

 「あぁん? ちっ、なんだよじじいかよ。死に体の人間の肉なんて美味くもなんともねぇんだよなぁ」

 

 ベルを一刺しにできなかった苛立ちからだろうか、不機嫌そうな男の声が聞こえる。ベルを抱きしめる祖父の腕に力が籠る。

 

 「貴様、なんで鬼がオラリオから離れたこんな山の中にいる?」

 

 「決まってんだろ! ようやく、よぉうやく! あの忌まわしい迷宮から抜け出すことに成功したんだよ! ひゃぁはっはは!」

 

 「そうか……オラリオから来たのか。ならこんなところで油を売ってる暇はないぞ。今に逃げ出した貴様の頸に刃を振るうため鬼狩り様が追ってくるぞ」

 

 「だからお前らを見逃せって? 馬鹿言うんじゃねぇ! 二晩かけてここまで走ってきたんだぞ! いくら鬼狩りだと言ってもそう追いつくもんじゃねぇ! それによう、追手が来るって言うんなら尚のこと、人の血肉を喰って力をつけねぇとなぁ!」

 

 鬼はにたりと笑って、ベルのことを指差す。

 

 「けどお前みてぇなじじいの肉はまずそうだな。だからそこの白髪のガキを置いていくならてめぇは見逃してやってもいいぜ? どうせ戦っても二人とも食い殺されるんだ。なら老い先短い人生でも、自分だけは助かりたいよなぁ?」

 

 下卑た笑いを浮かべる鬼に対して、祖父の鉈を握る腕に一層力が込められたのを感じた。

 祖父はベルの頭を力強く一撫ですると、ニカッっと笑った。

 

 「安心しろベル。お前はわしの大切な孫じゃ。あんな鬼などに喰わせてやるものか!」

 

 「交渉決裂だな!」

 

 「ベル! 急いで村に走れ!」

 

 「え」

 

 「早く行けぇ!!」

 

 祖父の叫び声と背中を押す手はベルの冷え切った体を解し村に向かって無理やり走らせた。祖父はベルとは反対に鬼に向かって鉈を構えて走り出す。

 

 しかし

 

 五秒後、横目で振り返ったベルの視界の端には腹から血を流しながら倒れていく祖父の姿が映った。

 

 

 「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 「たっく、鬼狩りのこと知ってるからその仲間かと思ったが全然ちげぇじゃねぇか」

 

 唐突な首を絞めあげる痛みと共に再び投げ出される浮遊感を感じた。今度は体全体を転がす衝撃に声を上げながら倒れる祖父の横まで投げ戻されていた。

 

 「ベル……」

 

 「お祖父ちゃん! お祖父ちゃん!!」

 

 「にげ……」

 

 逃げろと伝える祖父の表情も絶望に染まっており、自分がこの様ではベルが逃げ切ることは不可能だと理解している目だ。

 

 「こんな鉈で鬼である俺に勝てる訳ねぇだろ」

 

 怯えた表情で鬼を睨みつけるベルの眼には鬼の心臓に突き立っている祖父の鉈があった。心臓に致命傷を負っても死なない鬼という存在に鳥肌が立つ。

 鬼は何でもないように心臓から鉈を引き抜くと、それをベルたちの前に投げ落とす。それは相手に武器を与える行為であるはずなのに、先ほどの様子から鉈という刃物が武器になり得ないことがわかってしまう。

 

 「あっ……あ」

 

 「赤子ほどじゃねぇだろうが、白髪赤目の珍しいガキだ。さぞかし美味いんだろうなぁ」

 

 相変わらず口元から涎を垂らしながら下卑た笑みを浮かべる鬼は動けないベルへと手を伸ばした。

 

 「待て……」

 

 「あん?」

 

 ベルの眼前に伸ばされた腕はそこで止まり、鬼は足元に転がる祖父に視線を落とした。つられるようにベルも視線を落とすと、そこには鬼の脚を必死に掴み鬼の形相で鬼を睨む祖父の姿があった。

 

 「ベルを喰らうなら、まずはわしを殺してからに……しろ!」

 

 「そうかよ」

 

 鬼はつまらなそうに祖父に視線を固定したまま、ベルに向けられていた手を引き戻し爪を鋭く手刀の形を作った。先ほどベルへと向けたように祖父の体を貫く気なのだろう。

 そんな絶望の状況で、ベルにできたことは。

 

 

 「やだ! やだ! お祖父ちゃんを殺さないで!!」

 

 

 ただ鬼の服の裾を掴み泣き叫ぶことだけだった。

 当然そんなことで鬼は腕を止めようとはしない。もう片方の手でベルは殴り飛ばされ地面に蹲る。

 痛みに恐怖に悲しみ怒り。様々な感情がこみ上げ訳が分からなくなるベルの視界の先で祖父に向かって鬼の爪が振り下ろされる。

 目を閉じることはできなかった。そんな暇がなかったともいうし、目を閉じる動きすらできなかった。

 

 ただわかることは。

 

 

 

 「水の呼吸 肆ノ型」

 

 

 視界一杯に水飛沫が振るわれたことだけだった。

 

 

 「打ち潮」

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 ベルが正気を取り戻したのは、鬼の頸が斬り落とされその肉体が灰となって消えた後だった。

 死ぬ間際の鬼が何やら「鬼狩りがぁ!」「柱が来るなんて聞いてねぇぞ!!」と喚いていたがベルには理解できなかったし耳にも入らなかった。

 ただそこには一刀のもとに鬼を倒した誰かがいるという事実だ。

 

 鋭い深い水色の輝きに”悪鬼滅殺”が見える。

 

 それまで雲に隠れていた月明かりがようやくその姿を露わにする。

 まず目に付いたのは左右に模様の違う羽織。右半分は無地の臙脂色、左半分は亀甲柄の奇怪な羽織だ。それだけでも目立つのに、その青年はまるで凪いだ湖のような静かさを持っていた。背中まで無造作に伸ばされた黒髪は紐で括られており、なびく前髪の下に存在する切れ長の瞳は深い海のような青だった。美丈夫とはこのような青年のことを言うのだろう。

 それなのに彼の振るった刃はまるで岩を削る激流のように鬼の頸を切り落とした。とても静かな激流。矛盾したような水の形。夜の冷気がベルの肌を冷やすのに反しベルの体はとても熱かった。

 

 目の前の青年は今この瞬間間違いなくベルにとっての英雄だったからだ。

 

 「…………大丈夫だな」

 

 それまで、意識を失って倒れていた祖父の様子を見ていた青年は懐から手早く包帯を取り出すと祖父の傷口を止血した。ベルは慌てて祖父のもとに駆け寄り、息があることに安堵した。この青年も大丈夫だと言っていたし、祖父の顔色が紫に見えるがそれでもきっと大丈夫なのだろう。

 

 「あの、助けてくれてありがとうございます」

 

 「…………」

 

 「え、あの!」

 

 祖父の手当てを終えて立ち上がった青年にベルは慌てて礼を言った。しかし青年はそんなベルを一瞥もすることなく歩き出してしまう。

 

 「待って! 待ってください!」

 

 「…………」

 

 ベルは必死に青年を呼び止めようとするが、青年は構わず山の中に向かって歩いて行ってしまう。ベルは青年に聞きたいことが山ほどあった。だが山ほどあるため一つの言葉が出てこない。もしここに青年の育手がいるならば「判断が遅い!」と叱責されていただろう。

 空回る思考の渦の中、ベルはとっさにその半々羽織を捕らえんと叫ぶ。

 

 「僕も! あなたのように強い英雄になれますか!!」

 

 その言葉に今までベルの言葉を意に介さなかった青年が足を止め振り返った。深い青色がベルの紅を見つめた。

 

 「……無理だな」

 

 まるで冬の湖のように冷たい言葉がベルの心を握りつぶす。

 

 「僕は……英雄になりたいんです。物語に出てくるような」

 

 握りつぶされた心から零れるように感情が溢れ出す。

 

 「みんなを守れるような。女の子を笑顔にして、仲間と背中を預け合って戦う」

 

 流れる涙は傷の痛みではなく悲しみと情けなさ。

 

 「僕の前では誰も傷つかずに、安心させてあげられるような。そんな……そんな英雄になりたかった」

 

 悔しさでいっぱいになった。

 

 「でも、やっぱり僕じゃ無理なんですよね?」

 

 何より、そんな自分の夢に諦めを抱いてしまった。

 

 

 「大願成就の是非を他人に委ねるな!!!」

 

 

 突如としてぶつけられた言葉にベルの顔があげられる。

 そこには先ほどまでとは違う、激流のような表情をした青年がベルを見ていた。

 

 「惨めったらしく泣きわめくのはやめろ! 俺はお前が憧れる英雄なんか知らない! 知りたくもない! だが! 奪うか奪われるかの時に泣きわめくことしかできない弱者が女を笑顔にする? 仲間に背中を預けられる?」

 

 青年は独特な音で息を吸い上げる。

 

 「笑止千万!!」

 

 吐き出された言葉にベルの呼吸が止まる。

 

 「弱者には何の権利も希望も与えられない! 強大な力を前にしたとき、泣きわめくことしかできない奴に女を笑顔にすることはできない! 仲間から信頼され、背中を預けられたりなどしない! それが現実だ!」

 

 青年は大股でこちらに引き返してくると、地面に転がった祖父の鉈を拾い上げ、それをベルの眼前に突きつける。

 

 「なぜさっきお前は鬼に縋りついた! そんなことで鬼が止まると思ったか? なぜ鉈を拾い振り上げなかった! 鬼が心臓を突いても死なないからか! ならば両の眼は潰してみたか! 首に鉈を突き付けてみたか! お前は何か守るために戦う一歩を踏み出せなかった! 話し合いで何かを守れるほど、この世界は優しくできてはいない!!」

 

 青年の吐き出され切った息と言葉にベルの涙は止まっており、茫然とすることしかできなくなっていた。そんなベルを見下ろす青年は握った鉈をベルの目の前の地面に突き立てると再び山の中へと歩を進めてしまう。

 

 「あっ……」

 

 それは青年を引き留めようとして出た言葉だったのか、それとも青年の視線が外れ緊張の糸が切れたため息がこぼれただけだったのかもしれない。そんなベルに青年は最後に一瞥をくれると顔を山に向けたまま言葉を紡ぐ。

 

 「かつて、鬼に家族を殺され妹も鬼にされ、お前のように泣き蹲り懇願することしかできなかった男がいた」

 

 青年の言葉は再び凪いだ海のように静かに懐かしむような声色になっていた。

 

 「だがその男は剣を取り、苦難の果てに最後には仇をとり妹も救った」

 

 短い言葉でまとめられたそれはベルの想像をはるかに超える苦難があったのだろう。自分に青年が言う男のように剣を取ることができるだろうか。命を懸けることができるだろうか。

 ベルの幼い未熟な精神がひび割れようとしたとき。

 

 「だから、お前に覚悟があるなら、次はお前が繋げ」

 

 ひび割れようとした精神が薄い膜で包まれた。

 青年はそれ以上は何も言わなかった。

 

 「僕にも繋げますか……あなたのように、その男の人のように……」

 

 「えぇ、きっと繋げますよ。だってあの天然ドジっ子さんが繋げたんですもの」

 

 「!?」

 

 背後から現れた声に飛び跳ねるように振り返る。いつの間に現れたのかそこにいたのはベルが見たこともないほどの美少女がそこにいた。蝶の羽のようなきれいな羽織に蝶の髪留め、全体的に蝶のように美しい人だった。

 

 「全く、何が大丈夫だな。ですか。このおじいさん毒を貰ってるじゃないですか」

 

 そう言う女性は祖父の腕に何やら薬品のようなものを注射器で注入していた。心なしか先ほどまで紫色だった祖父の顔色がいつも通りの血色のいい色に戻っていっている。

 

 「胡蝶がいるから大丈夫だな、と言った」

 

 「言ってませんよ……」

 

 「あ、あの」

 

 「あぁ、坊や。大丈夫ですよ。坊やのおじいさまは命に別状はありませんから。すぐに起き上がりますよ」

 

 「え、あ、はい。ありがとうございます」

 

 「……御屋形様がお待ちだ」

 

 「はいはい、わかっていますよ」

 

 そう返事した女性は立ち上がり青年の横まで駆け寄っていった。きっとこのまま二人は帰っていくのだろう。ベルは新たな女性の登場に余裕ができたのか、聞きたかったことを言葉に出せた。

 

 「あの! お二人の名前は!」

 

 「そう言えば、名乗っていませんでしたね。私は鬼殺ファミリア、胡蝶しのぶです。こっちが」

 

 「…………」

 

 「と~み~お~か~さ~ん???」

 

 「……冨岡義勇だ」

 

 「……二人は冒険者なんですか?」

 

 「んー、そうですね」

 

 胡蝶しのぶと名乗った女性は唇に人差し指を当てて考え込むと納得したように言う。

 

 「私たちは言うなれば”鬼狩りの冒険者”ですね」

 

 「胡蝶」

 

 「はいはい」

 

 話し込むしのぶに焦れたのか、義勇はしのぶを待たず一人歩を進める。しのぶはしょうがないといった風に笑うと、ベルに軽く手を振ったのちに二人は夜の闇へと消えていった。

 

 「鬼狩りの……冒険者」

 

 「……ベル」

 

 「お祖父ちゃん!?」

 

 意識を取り戻した祖父が体を不格好に起こしながらベルに手を伸ばした。

 

 「無事か、ベル……?」

 

 「うん、うん! 鬼狩り様が助けてくれたんだ……」

 

 「そうか、鬼狩り様が」

 

 「お祖父ちゃん」

 

 伸ばされた祖父の手を両の手で握りしめた。

 

 「僕、強くなるから。あの人が僕に繋いでくれたものを、今度は僕が誰かに繋げるように強くなって見せる」

 

 「ベル……」

 

 ベルは戦いに向かない。冒険者に向かない。そのことを誰よりも理解していたのは祖父だった。だがそれでも今この時だけは、祖父はベルの覚悟を無碍にはできなかった。

 だからもう片方の手でベルの頭を力強く撫でた。

 

 「頑張るのじゃぞ」

 

 「うん!」

 

 この月夜の晩、夜の世界で、また一つ繋がれた炎がここにはあった。

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