ダンジョンで鬼殺の英雄を目指すのは間違っているだろうか   作:ミキサ

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一幕”白兎、オラリオに立つ”

 「こ、これがオラリオ」

 

 馬に引かれ揺れる荷馬車の上で少年は息をのむ。

 目の前に広がるのは都市全体を囲うように聳え立つ堅牢かつ巨大な城壁。壁門は行きかう多くの人々の声で溢れている。男も女も、ヒューマンもエルフもドワーフも、小人種(パルゥム)、獣人、アマゾネス、多くの種族の人々で賑わっていた。それはこれまで少年がいた田舎からでは考えられないような光景だった。何より、オラリオをこれほどの都心とする所以。雲に隠れて最上階が見えないほどの白亜の摩天楼。

 『バベル』

 そしてその地下に広がる底の見えない迷宮-ダンジョン-。

 迷宮都市オラリオ。ついに少年、ベル・クラネルは憧れを胸にここもでやってきたのだ。

 

 「なんだ坊主! オラリオに来るのは初めてかい?」

 

 同じく荷馬車に乗っていた商人らしき男性が、珍しそうに見物するベルに声をかける。

 

 「はい! 僕が今まで住んでいたところとは全然違くてすごいです!!」

 

 「ははっ、そう言ってもらえるとここで商売してる身としては嬉しいね。坊主は短剣を持ってるってことは、冒険者志望か?」

 

 「えっと、まぁそんなところです」

 

 ベルは腰に携えた短剣――短刀を一瞥し、苦笑いを浮かべる。

 

 「そうかいそうかい! んじゃ、大物になったら是非ともうちの店を贔屓にしてくれよな!」

 

 「そのときはよろしくお願いします!」

 

 「おう! と、俺らの番が来たみたいだな」

 

 「お先にどうぞ」

 

 「悪いな。坊主も冒険者頑張れよ!」

 

 荷馬車がゆっくりと止まり、どうやら関所の手続きの番がやってきた。ベルは商人の男性に順番を先に勧める。商人は笑顔を浮かべ、ベルに応援の声をかけると荷馬車から降り、関所の門番のもとまで歩いて行った。

 

 「五年か……長かったなぁ」

 

 ベルは順番待ちをするさなか一人感傷に耽る。ベルの祖父が亡くなったのは五年前。ベルがまだ九歳の時だった。どうやら七年前のあの鬼の一件がたたったようで、祖父曰く想定より早い老い先になってしまったらしい。ベルは泣いた。それはもう号泣だった。まだ九歳だったベルにとって唯一の肉親であった祖父の死の恐怖は大きかった。そんな泣き叫ぶベルに祖父が残した言葉は何だったか。確か――

 

 『ベルの夢はなんじゃ?』

 

 そう問いかけた祖父の言葉にベルはなんと返したのだったか。ベルの答えを聞いた祖父は満足げに笑ったのを覚えている。

 そして祖父は一枚の地図と手紙をベルに渡した。その場所に行けばきっとベルの夢を叶えるための足掛かりになるはずだ。ベルはその言葉を信じ祖父が亡くなった後、地図の示す場所まで行った。そこで出会ったのが五年間自分を育ててくれた第二の祖父ともいえる師匠との出会いだった。

 

 「とはいっても、出会ったばかりのころは『この子はだめだ。才能がない』って言われちゃったんだけどね……実際五年も掛かっちゃったし」

 

 そういって「とほほ」と溜息を吐くベルに順番の呼び出しがかかった。ベルは慌てたように返事をすると、短刀を押さえ、荷馬車を降りた。少年の髪と同様、初雪のような白い生地に、ススキの影が刻まれた羽織を靡かせながらベルは門番の前に立つ。

 

 「ふむ、ベル・クラネルと。貴殿は何のためにこのオラリオに来た理由は?」

 

 門番は渡された書類に目を通しながらベルに問いかける。

 ベルは口を大きく開け、決意に満ちた表情で答える。

 

 「鬼狩りの冒険者になるために来ました!!」

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 「迷った……」

 

 意気揚々とオラリオの中に入ることはできたものの始めてくる都市にベルは絶賛迷子中になっていた。師匠から渡された地図も古いものなのか、道順があやふやであり、どっち方面が北なのか南なのかよくわからなかった。そうして気が付けばベルはあれよあれよと裏道に入り、メインストリートに出ることすらできなくなっていた。こんなことなら門番の人に道を尋ねるべきだったと後悔するベルだが、鬼狩りの名前を出した途端門番が慌てたようにベルを先に進ませてしまったため聞くことができなかったのだ。

 ベルを見送る門番の視線が憐れみを含んでいたことにベルは気が付かなかった。

 

 「どうしよう。このままじゃ目的地にたどり着けな――たッ」

 

 ベルが地図を見ながら裏道を歩いていたせいか、目の前からいきなり現れた男に気が付かず正面からぶつかってしまう。軽くよろけたベルは慌ててぶつかった男に頭を下げる。

 

 「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!!」

 

 「ああん! てめぇよくもまぁ舐めた真似してくれたな!!」

 

 謝罪するベルを怒鳴りつける男の顔を見上げるベルは息をのむ。そこにいたのは大剣を背負い、レザーの防具を身に着けた顔に傷跡がある冒険者だった。冒険者はベルを睨みつけながら鎧に覆われた胸のあたりをわざとらしく押さえながら言う。

 

 「いてぇじゃねぇか! これは折れたな! 骨が折れたな!!」

 

 「えぇ!? だ、大丈夫ですか!」

 

 嘘である。しっかりと防具を身にまとっている場所、さらにベルが軽くぶつかっただけで骨が折れるわけがない。そんなに貧弱ならこの男は冒険者などをやれるはずがない。そんなことはこの都市にいる者なら誰でもわかることだろう。この男が質の悪い当たり屋であることに。しかし残念なことに今ここにいるのは純粋無垢が兎の皮をかぶった少年であり見事に騙されてしまった。

 

 「あぁ駄目だな。折角これからダンジョンに行く予定だったのにどうしてくれるんだガキ?」

 

 「えっと……どうすれば」

 

 「そうだな、とりあえずこの傷を治すために必要な最高級(・・・)ポーション代とそれに今日潜れないダンジョンで稼ぐはずだった魔石代。占めて十万ヴァリス払ってもらおうじゃねぇか!」

 

 「じゅ、十万ヴァリス!?」

 

 ベルは提示された途方もない額に目を見開く。一度の食事にかかるヴァリスはおよそ50ヴァリスであり、最も安い体力を回復するためのポーションでも500ヴァリスで買うことができる。骨を治すためとは言え、それでもポーション代は一万ヴァリスあれば十分だろう。そもそもの話、たかが折れた骨を治すために最高級(・・・)ポーションは絶対に必要ないし、本当にそのレベルのポーションを買うのであれば十万ヴァリスなどで済むはずもない。

 もっともそれに気づけるほどベルはこの都市の物価や物の効果を知らなかった。だからこそ、自分が当たり屋に目を付けられて法外な額を吹っ掛けられていることに気が付くことはできなかった。だからと言って十万ヴァリスもの大金をベルが持っているはずもなく。

 

 「十万ヴァリスなんて大金持ってません!!」

 

 正直に持っていないことを告げるベルに男は下卑た目線でベルの腰に携えられている短刀に目を向ける。

 

 「ち、しょうがねぇな。まぁ俺は心が広いからよ、お前が今持っている持ち金全部と腰に差してる武器で許してやらねぇこともないぜ。俺は優しいからなぁ」

 

 「え?」

 

 ベルは自分が持つ短刀に目を向ける。これは自身が修業時代から使っており、師匠から譲り受けた大切なものだった。この短刀の値段がいくらかはわからないが、男の反応からすると自分が今持つ数千ヴァリスとこの短刀では十万ヴァリスには届かないようにベルは感じた。それで許してくれるのであればこの冒険者は確かに優しいのかもしれない。

 

 「ごめんなさい! でもこの短刀は師匠から譲り受けた大切なものなのでお渡しすることはできません!」

 

 それでも師から譲り受けた大切なものを手放せるベルではなく、誠心誠意の謝罪を込めて頭を下げていた。その瞬間、ベルの腹に衝撃が走る。

 

 「渡せねぇじゃねぇ! 俺様に渡すんだよ!!」

 

 蹴られたのだ目の前の男に。腹と肺から無理やり空気が吐き出される。ベルは思わず腹を押さえて蹲ってしまった。そんなベルに構わず男はベルの踏みつけるように何度も何度も蹴りつける。白雪のように汚れを知らなかった羽織は、男の靴についた泥で汚れ見る影もない。ベルは必死に呼吸(・・)を整えようと息を吐く。

 

 「こっちが下手に出てれば調子に乗りやがって! てめぇの羽織を見てるとな、あいつらのことを思い出してムカつくんだよ!!」

 

 あいつらのことが誰かはわからなかった。けれどこの男がベルを標的にした理由はベルが弱そうだからだけではなく、この羽織を纏っていたのも理由だった。

 

 「もういい、てめぇいっぺん死ね」

 

 そう言って男は持ち上げた足を今度はベルの背中ではなく、その蹲る頭に叩き落そうとした。必死に呼吸を整え避けようとするベルだが間に合わない。そう諦めかけたベルが目を閉じた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「何してるんだぁああああああ!!」(ゴンッ)

 

 

 

 

 

 

 

 第三者の声とともに鈍い音が裏路地に響き渡った。

 その声に驚いて顔を上げたベルの目に映ったのは、”市松模様”の羽織だった。少年の髪色は赤みがかった黒。耳には特徴的な日輪の耳飾りがつけられている。

 

 「蹲る少年になんてことをしてるんだ!!!」

 

 そこにいたのは。

 

 「炭治郎さん……」

 

 竈門炭治郎、ベルの兄弟子の姿だった。

 

 「大丈夫ベル?」

 

 「は、はい」

 

 振り返った炭治郎は心配そうにベルに手を伸ばした。久しぶりに再会した、変わらない優しさを持つ兄弟子に涙腺を緩くしつつベルはその手を両手で握りゆっくりと立ち上がった。

 

 「ところで、何があったんだベル?」

 

 「それが「いいいいいやああああああああああ」

 

 ベルが事情を話そうと口を開いたとき、かぶせる様にして甲高い男の声が追加された。ベルはびっくりし、炭治郎は呆れながら声の方向を見る。そこにいたのは黄色い鱗文様の羽織を羽織ったタンポポのような金髪を持つ少年だった。

 

 「何!? 何なの! 炭治郎が急に走りだしたと思えばベルがボロボロだし! 大丈夫? 知らないおっさんが白目向いて倒れてるし! はっ、さっきの鈍い音! 炭治郎、お前そこのおっさんに頭突きしただろ! 絶対そうだろ!! 死んじゃったらどうするの?? やばいよやばいよ!!」

 

 相も変わらず怒涛のように吐き出される言葉の激流を呆然と聞くしかできないベルに対し、炭治郎は慣れた様子で金髪の少年を一刀両断する。

 

 「うん善逸はちょっと黙ってて」

 

 「たんじろおおおおおおおおおおお」

 

 

 

 その後も騒ぐ善逸と気絶した男は捨て置き、炭治郎はベルから歩きながら事情を聴いた。もっともベルの目線からの話なのでベルはしきりに悪いのは自分だと訴えたうえでだ。

 

 「いやいやベル、それ騙されてるよ」

 

 話を聞き終えた二人、ちゃっかり着いて来ていた善逸は開口一番信じられないものを見るかのような目でベルを見ていった。炭治郎も困ったような笑みを浮かべつつもそれに同意した。

 

 「確かにベルのそういうところは美徳だと思うけど、今回は騙されてるな」

 

 「そうなんですか? 僕てっきり大けがさせちゃったのかと」

 

 「少なくとも俺には骨が折れてるような音は聞こえてないよ」

 

 「俺もそんな匂いはしなかったな」

 

 「よかったぁ」

 

 「いやいやよくないでしょ! 騙されかけたんだよ!?」

 

 「こら善逸、ベルが怪我をさせなかったのはいいことだろ」

 

 「その代わりベルがボコボコにされちゃダメでしょ!!」

 

 「あはは、本当に大丈夫ですよ善逸さん」

 

 「やだなにこの子、天使? 天使なの炭治郎?」

 

 「? ベルは俺の弟弟子だぞ?」

 

 「あ、でもさっきの人置いて来ちゃいましたけど大丈夫かな……」

 

 「いいのいいの、どうせギルドに突き出したって厳重注意で終わるだろうし。むしろ関わるだけ厄介ごとになるんだから」

 

 「正直もっと説教するべきだと思ったけど、こっちもやりすぎたから。痛み分けってことで」

 

 そんな二人のやり取りに苦笑いを浮かべつつ、さっきの事件が不幸中の幸いだったとベルは捉えた。

 

 「それにしてもお二人と会えてよかったです」

 

 「久しぶりだね。鱗滝さんのとこに会いに行ったきりだから一年ぶりかな」

 

 「ベルもようやく修行を終えて俺たちの仲間入りかぁ」

 

 「はは五年も掛かっちゃいました」

 

 「それでもしっかり修行を終えてきたんだ! ベルは偉いぞ!」

 

 「ありがとうございます!」

 

 「うーん、この長男力」

 

 そうこう話しているうちに目的地が見えてきた。オラリオの北部、そこにその館は存在していた。周りがレンガ造りの家が立ち並ぶ中その屋敷と呼ばれる建造物は異質を放っていた。広い面積の土地を囲むようにして石造りの壁が立ち並ぶ。重厚感ある木と鉄で作られた門をくぐれば、そこは三階建ての木造建築が広がっていた。庭には池?がのぞき見でき、これが風流というやつなのだろうかベルはあたりを見渡した。

 

 「ここが鬼殺ファミリアの本拠地ですか……」

 

 「それに近い処だね」

 

 「……?」

 

 「それよりさぁベル」

 

 炭治郎の言い回しに違和感を覚えるベルだったが、善逸から別の話題が提示された。

 

 「今更だけど、本当にここファミリアに所属するつもりなの?」

 

 「え?」

 

 「善逸……」

 

 「いやさ炭治郎、俺たちはあれがあれだからあれだけど。ベルは違うじゃん? 確かに五年間修業してきたのはすごいと思うし、ベルが俺たちのファミリアに入ってくれたら嬉しいけどさ。他のファミリア曰く」

 

 ―鬼殺ファミリアはまともじゃない―

 

 その言葉に、重みにベルは息をのむ。

 心配げな表情でベルを見る善逸はなおも問う。

 

 「俺はさ。炭治郎もそうだろうけど、ベルのこと大好きだぜ。だからこそ、真っ当な冒険者に憧れるなら他のファミリアの方が……」

 

 「善逸、その話はベルが鱗滝さんに預けられた時にしただろう」

 

 「そうだけどさぁ」

 

 二人の視線を集めるベルはあの日のことを思い出す。

 自分と祖父を助けてくれた二人の鬼狩りのことを。

 自分を震え上がらせたあの言葉を。

 自分もああなりたいと思った。

 誰かを救える英雄になりたいと思った。

 冒険者でもモンスターから誰かを、可能ならばかわいい女の子を救うことはできるだろう。

 でもきっと、あの日のベルを救うことはできない。

 

 だからこそ。

 

 「僕は炭治郎さんや善逸さんと一緒に、鬼とモンスターと戦いたいです」

 

 鬼狩りの冒険者になることを決めたのだ。

 

 「そっか……勇気の音が聞こえるよ」

 

 「そうだな。ベルならきっと大丈夫だ!」

 

 「頑張ります!」

 

 「それじゃ鱗滝さんからも聞いてると思うけど、入団試験は明日からだから今日はさっさと風呂入ってゆっくり休めよー」

 

 「しっかりご飯を食べることも忘れずにね!」

 

 「はい!」

 

 館内を案内されながらベルは鱗滝に聞かされたことを思い出す。

 そう、この鬼殺ファミリアには入団試験があるのだ。

 

 それこそが他ファミリアから鬼殺ファミリアが畏怖され嫌悪される由縁の一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ≪鬼殺ファミリア入団試験:神の恩恵(ファルナ)なしの状態でダンジョン六階層にて五日間生き延びろ≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 




やっぱり鬼殺隊の入隊試験ってぶっ飛んでますよね…?
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