ダンジョンで鬼殺の英雄を目指すのは間違っているだろうか   作:ミキサ

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四幕”鬼と姫”

 「血が足りない……肉が足りない……」

 

 男は……否、鬼は彷徨っていた。喉が渇き腹は減り、飢餓が意識を遠のかせる。五日よりも前の記憶がない。自分が何者だったのかも、名前も、故郷も、家族も、何も覚えてはいない。着ていた衣服は肥大化した筋肉により破れ落ち、辛うじてレザーの鎧だけが筋肉を締め付けるようにしながらも残っていた。鋭く伸び切った爪がぎらつく手が持つのは血にまみれた大剣。鎧と大剣、その二つだけが彼が冒険者であったことを示す証。それだけしか彼が何者だったかを証明するものが残っていなかったのだ。

 刈り上げられていた髪は汚く伸び切り顔にかかっているため、彼の顔を判断できない。唯一わかるのは髪の隙間からこちらを睨みつける血走った眼と物欲しげに開かれた血まみれの口のみ。

 

 鬼は数日、意識が目覚めてからここではない洞窟(・・・・・・・・)を徘徊していた。そこには人もモンスターもおらず、飢えも乾きも満たしてくれる餌が一切いない地獄のような場所だった。彷徨い彷徨い彷徨いぬいた果てに、鬼はいつしか別の空気が流れる洞窟の中にいた。なぜ別の洞窟かわかったか。それは飢餓状態になり敏感になった鬼の鼻に求めてやまないもの。人の血の匂いを感じ取ったからだ。

 

 「お"おおおおおおおおおおお!!」

 

 鬼は雄たけびを上げながら走り出した。鬼は一心不乱に臭いのもとに駆けていった。途中、足元にいた小さい生き物を踏み殺して行った気もするが人の血肉に比べれば些細なことだろう。そうして走りぬいた先、洞窟の曲がり角に奴らはいた。鎧やローブを身に纏った四人組の冒険者だった。鬼を発見した冒険者たちは戦闘態勢をとるが、男の鎧と大剣に気が付いたのだろう。いきなり攻撃をすることはなかった。もっともそれが彼らの取り返しのつかない過ちとなるのだが。

 

 「あ、あんた冒険者? どうしたんだその恰好、何があっ――へ?」

 

 パーティーのリーダーらしき男が一歩前に出て鬼に事情を聴こうとしたが、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。

 

 「リーダー!?」

 

 「いやあああああ!!」

 

 「う"おおおおおおおおおおおおおおお"」

 

 なぜなら次の瞬間、鬼から振り下ろされた大剣により首を切り落とされていたからだ。冒険者パーティーに動揺が走り悲鳴が上がる。鬼は切り落とした冒険者の頸を掴み上げると自身の顔の上まで持ち上げる。そして絞り上げるように握りしめた頭からあふれ出る血を顔いっぱいに受け止め喉の渇きを潤す。

 

 ああなんと甘美な飲み物だろうか。

 

 となると次に鬼が思い出したのは空腹だった。喉の渇きが潤えば、次に求めるのは食欲。鬼は恐怖に震えながらも魔法の詠唱を始めていた女魔法使いに目標を定め大剣を振り下ろす。

 

 「させない!!」

 

 そこで女魔法使いとの間に滑り込むように女戦士の冒険者が剣を盾に立ちはだかる。鬼の大剣を受け止めた女戦士だったが、あまりの重さに膝をついた次の瞬間腹に強烈な衝撃が走る。膝をつき下がった体に鬼の容赦ない蹴りが叩き込まれたのだ。地面へと転がる女戦士に目標を変えた鬼は大剣を捨て、圧し掛かるように女戦士に飛びついた。

 

 「げほっ、放せ! 放せよこの化け物!!」

 

 「ぐひっ!」

 

 「あ、ああああああああ!」

 

 眼下にて苦しそうに吠える女戦士に下卑た笑みを浮かべた鬼はその体に食らいついた。吹き出す血と肉の味を嚙みしめながら鬼は笑う。美味い。男の血も悪くなかったが女の肉はもっと美味い。そう思いさらに噛みしめようと息絶えた女戦士の首元に食らいつこうとしたときだ。

 

 「ファイアランス!」

 

 女戦士の犠牲で詠唱を完成させた女魔法使いから放たれた炎の巨槍が鬼の頭を貫いた。炎は男の頭を焼き尽くし削り取る。パーティーが半壊させた化け物を殺せた安心感から魔法使いは地面にへたり込み息を整え始めた。だがそれはつかの間の安寧だった……。

 魔法使いの頭上から影が落ちた。

 

 「え?」

 

 顔を上げた魔法使いの顔が恐怖に染まる。そこにいたのは顔を失ってなお魔法使いに立ち迫っている鬼の姿だった。魔法使いから変な笑いがこぼれ出る。へたり込んだ地面には生暖かい何かが水溜まりを作っており、それが何かを考える余裕さえなかった。頭をつぶしても殺せないこれは何だと恐怖で頭が真っ白になる。ただわかることは、女戦士が稼いだ時間で潰せた頭さえも、肉が盛り上がり修復を始めていることだった。

 そんな絶望(おに)を前にした魔法使いにできることは。

 

 「ごめんなさい……ごめんなさいっ。ひっ、あ、いや……ぁあっ」

 

 ただ蹲り泣きながら懇願するだけだった。

 そしてその顔があげられることは二度となかった。

 

 

 先ほどの女戦士よりも肉付きのいい女を満足げに食した鬼はふと周りを見渡し気が付く。もう一人いたはずの男の冒険者が居なくなっていたのだ。斧を持っていた、重装甲の男だった。逃げたのだろう。鬼は気が付いた。だが焦ることはない。あれは鈍足だと、かつての勘がそう告げる。鬼は立ち上がり、捨てた大剣を拾い再び走り出した。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 「な、なんだ今の叫び声!」

 

 突如として六階層に響き渡った叫び声。ベルは咄嗟に日輪刀を構えあたりを見渡す。目に見える範囲に叫んだ男の姿はいない。モンスターに襲われたのか。いや、男の叫び声には鬼という名前が入っていた。鬼が出た。こんな上層に鬼が出た。

 基本的にダンジョンにいる鬼は上層には現れない。なぜならば上層なんて目立つところにいればすぐさま鬼狩りがやってくるのに加えて、旨味のある餌が居ないのだとベルは教わった。人にしろモンスターにしろ鬼はレベルの高いものを好んで食べる。もちろん下手をすれば返り討ちに合うだけなのだが、それらも相まってダンジョンの鬼が上層にいるのは稀だ。だがいないわけではない。イレギュラーとも言えるだろう。

 ならばとベルは声の方向に向かって走り出す。試験はまだ終わっていないが、炭治郎達のように修行を受けた、日輪刀も持っている。炭治郎を呼びに行く時間も惜しい今、鬼と戦えるのは自分だけだ。

 

 「僕が、僕がやるんだっ!」

 

 そうしてベルは叫び声がした通路へと躍り出た。

 

 「僕……がっ…………」

 

 瞬間、その光景を目にしたベルの足が固まる。目が見開き、信じられないものを見た。

 

 あの日以来、鬼をこの目にしたのは二回目だった。

 

 目に映ったのは重装甲の男の冒険者と歪に筋肉が膨れ上がった鬼だった。鬼の顔は焼け焦げており修復中なのか下半分しか原型をとどめてはいない。冒険者の片足は折れているのかあらぬ方向に曲がっており、地面に這いつくばりながらもはや逃げることすら叶わない様子。そんな冒険者を楽しそうに見下ろし弄んでいた鬼は折れていない方の片足を高く持ち上げる。必死に抵抗しようと叫ぶ冒険者の攻撃は鬼に効いてはいない。いったい何をしようとしているのか。それはすぐに分かった。鬼は冒険者を投げ飛ばすのでもなく、叩きつけるのでもなくただ持ち上げるだけ。そう、高さ的には上を向いて大きく口を開けた鬼の顔の真上当たり。

 それを理解したベルと冒険者の顔から血の気が無くなる。冒険者の抵抗が一層強くなる。叫び声がやがて恐怖に染まり懇願へと変わっていく。その様子はまさに人が新鮮な魚類を生きたまま食べる踊り食いと呼ばれる文化によく似ていた。

 早く助けなければ目の前の冒険者は頭から鬼に食われていくだろう。それを理解しているのにもかかわらず。

 

 (動けっ! 動け動け動け動けっ!!)

 

 ベルの足は変わらず固まったままだった。

 鬼の残虐さ、卑劣さ、悪意、狂気。それらをベルは今日初めて、戦うもの(・・・・)の立場で一身に受け、恐怖した。目の前に食われそうになっている男の顔が自分の顔にブレて見えたのだ。恐怖にのまれ体が固まった。呼吸が浅くなり、速さも深さもバラバラになる。技を繰り出すこともままならない。

 どうすればいい。どうするのが正しい。呼吸が遠のくなか、ベルの目に映ったのは。

 

 

 

 「た、すけて……」

 

 

 

 あの日(七年前)の自分と同じ、助けを求める者の顔だった。

 

 「あ、あ、うああああああああああああああああああ!!」

 

 その瞬間ベルは走り出していた。隠密性の欠片もない特攻。師が見れば怒るだろうか。それでも、今ベルに必要なのは、この身を焦がすほどの怒りだった。

 

 「僕はッ! 何のためにッ!! 剣を取ったんだッ!!」

 

 あの日の救われた自分のように、誰かを救うためだろ!!

 

 雄たけびを上げたベルの姿に気が付いたのか、鬼の動きが硬直する。ベルの怒りは数秒の時間を稼ぐ。その数秒がベルの刃を間に合わせた。

 

 「水の呼吸 弐ノ型! 水車ァ!!」

 

 体を垂直方向に飛び込ませ回転を付けた力で振るった刃が冒険者を掴んでいた鬼の腕を両断した。ベルは悪いと思いつつ地面に落ちようとしていた冒険者を離れた場所に向けて投げ飛ばす。

 

 「逃げてください!!」

 

 「そ、その羽織……鬼殺ファミリア!?」

 

 ベルの着ている羽織が目立ったのか、放り出された冒険者は助けが来たのだと安堵の声を上げる。正確にはその候補生ですとベルは口にすることはなかったが心の中でそう頭を下げる。ベルは冒険者を庇うような位置取りに立って日輪刀を構えた。

 

 「ここは僕に任せて逃げてください!」

 

 「ッすまない!」

 

 男が足を引きずりながらもその場から去っていく音が聞こえる。

 だからと言って当然逃げることはできない。ここで逃げればベルよりも足の遅い今の男がまた襲われる。だからこそ今ここで面前の鬼を倒すしかない。

 

 「大丈夫、僕ならできる! 僕はもう無力じゃない!!」

 

 再び恐怖に吞まれないよう自分を鼓舞し励ます。

 ふと、腕を切られ獲物にも逃げられたにしては嫌に静かな様子をいぶかしむように窺う。鬼は目(?)を見開いた状態で、大剣を持つ方の指でベルを指していた。ベルの羽織を指さしていた。

 

 

 「羽織ぃいいいいいいいいい!! 羽織を纏った兎ぃいいいいい!!」

 

 

 途端、沈黙の糸が切れたかのように鬼は地団駄を踏みながら叫びだす。羽織を纏った兎とは自分のことだろうかとベルは一瞬疑問に苛まれる。その間を見逃さない鬼はベルへと突進し、その大剣をベルへと振り上げた。

 

 「ッ」

 

 ベルは咄嗟にそれを防御しようと日輪刀を構える。それは悪手であった。

 あるいはここに柱のような膂力が、技術があれば別だっただろう。だがまだ神の恩恵(ファルナ)も刻まれていない、鬼狩りとして認められていない少年が技も放たず受けきるには、その鬼の大剣はあまりにも重かった。

 

 「ぐぁっ!?」

 

 短刀ごと吹き飛ばされ、壁に叩きつけられたベルの肺から空気が吐き出される。受けた手は痺れから震えており、日輪刀を落としそうになるのを必死に我慢する。これが鬼の力。モンスターとは全く違う。

 

 「羽織ぃ! ウサギぃ!」

 

 なおもベルの特徴を口にしながらこちらに寄ってくる鬼。その口調にはさきほど冒険者を嘲ていた笑みはなく、どこか余裕のない態度だった。今追い詰められているのはベルの方なのにもかかわらずだ。ベルは不審に思い、鬼を観察するようにつま先から頭まで視線を回す。そして息を吞んだ。

 目のあたりまで修復されていった顔。その鬼の顔に、男の顔にベルは見覚えがあった。

 忘れるはずがない、そこには六日前ベルがオラリオの中で初めて会話した男の顔があった。

 ベルがよそ見をしてしまったがためにぶつかり怒らせてしまった冒険者の変わり果てた姿があった。

 よく見れば、はち切れんばかりの筋肉を締め付けるレザーの防具にも、血にまみれた大剣にも見覚えがあった。

 どれも炭治郎の頭突きで気絶してしまい、その場において来てしまった男を証明するものだった。

 

 「そんなっ! どうして!!」

 

 ベルは知っていた。

 教えられていた。

 鬼の生態を。その誕生を。鬼は――。

 

 人がある鬼の血を浴びることで生み出される。

 

 「もしかして、僕たちがあの時置いていったから……?」

 

 気絶状態の男を置いていったから、その無防備な状態で鬼に襲われたのではないか。ベルはその可能性に、頬に汗が流れた。実際には男の自業自得なのだが、それを知るすべはベルにはなかった。

 再び大剣を振り上げた鬼の姿にベルは受け止めるのではなく転がるように回避する。真横で地面をえぐる音が響き渡る。

 

 「僕のせいでこの人が鬼になった……?」

 

 「どうじてだよぉ!!」

 

 ベルが自分が原因でと口にしたとき、鬼から慟哭が発せられた。

 

 「なんでよげるんだよぉ!? なんでおまえらばっかり!!」

 

 鬼の目に血涙が流れていた。まるで癇癪持ちの子供のように理不尽な怒りだった。避けなければ死ぬ。だから避けたのに、攻撃してきた本人が何を言うのだ。けれどベルにはその言葉にそれ以上の思いを感じた。

 

 「おれはなれながった! なのにおまえらばかり!!」

 

 振り下ろされる大剣の雨にベルは避け続ける。鬼の真意を知ろうにもこうも攻撃されては話すら聞けない。ベルはもう片方の腕も奪おうと呼吸を練り上げる。

 

 「水の呼吸 肆ノがッ!」

 

 大剣にばかり意識をやっていたベルは振り上げられた足をもろに受けてしまう。蹴り飛ばされたボールのようにベルはダンジョンの地面を転がる。

 

 「がはっ、ぐっ、はぁはぁ!」

 

 呼吸を、呼吸を整えるんだとベルは苦しくとも痛くとも呼吸を整える。肋骨の数本が折れる音がした。痛みから脂汗を流すベルはそれでも立ち上がる。

 

 「なんでなんでなんでなんでだちあがる羽織ぃ!! なんでおまえらばかりづよい!!」

 

 地団駄を踏む鬼を呆然と見る。強いと鬼は言った。

 どこがだ、今も防戦一方で痛いし苦しくて地面を転げている弱者はこっちだとベルは叫びたかった。

 

 「おでだっておなじ冒険者だろうが!! なのになんでおまえらばかりさきにいぐ!!」

 

 強烈な違和感がベルに降りかかる。話が食い違ってるようなそんな違和感。

 目の前の鬼が言っているのは自分のことなのだろうか。もしかしたら別の人なのでは。けれど確かに羽織の兎と自分を目の敵に――。

 

 「羽織、兎……」

 

 「羽織ぃ! ウサギぃ!」

 

 「!」

 

 ベルのつぶやいた言葉に反応するように鬼はまたも叫ぶ。

 ベルはようやくその違和感に気が付いた。羽織と兎、これはどちらもベルを指す言葉だが片方は違う。ベルだけを指す言葉ではない。このオラリオにおいて羽織と聞いて真っ先に思い浮かべられるのはベルではない。

 

 鬼殺ファミリアだ。

 

 「おでだってづよく! いや、づよぐなったんだぁ!!」

 

 「そうか……そうなんですね」

 

 この人は自分と似ているのだとベルは理解した。あの人たち(鬼殺ファミリア)の人たちの強さに惹かれ、焦がれ、嫉妬したのだろう。彼に何があったかはわからない。けれどきっと彼は鬼殺ファミリアのようにはなれなかった。強くなるのは諦めてしまったのだろう。

 ふと、ベルは炭治郎の言葉を思い出した。炭治郎の優しさが詰まったような言葉。

 

 『ベル、鬼は人間だったんだ。俺たちと同じ人間だったんだ。

  彼らは醜い化け物なんかじゃない。鬼は虚しい生き物だ。悲しい生き物だ』

 

 ベルはようやくその言葉の本質を理解した。実際に鬼と相対し、叫ぶ彼を見てわかってしまった。

 

 「だからこそ……僕はこれ以上、あなたに被害者を生み出させるわけにはいかない。殺された人たちの無念を晴らすためにあなたに刃を振るう。なにより!」

 

 ベルは日輪刀を構え、鬼を見据える。

 

 「そんな力を、あの人たちと同じ強さだと認めるわけにはいかない!!」

 

 「兎ぃいいいいいいい!」

 

 「鬼殺ファミリア ベル・クラネル! 行きます!!」

 

 覚悟は決めた。もしかしたら彼は自分が原因で鬼になってしまったのかもしれない。それなら謝っても謝り足りない死んで償っても駄目だろう。償う方法などないのだ。だからこそ、たとえ偽善であろうと、ベル自身が彼を倒さなければならない。

 恐怖はない。目の前の鬼は得体のしれない化け物などではないとわかったから。自分と同じあの人たちに焦がれた冒険者だったとわかったから。

 迷いはない。ベルは今、鬼狩りとなった。

 

 「戦え! 戦えええええええええ!」

 

 「がああああああああああああ!」

 

 真上から斜めから真横から振り下ろされる大剣の雨を逃げるために避けるのではなく、攻めるために避ける。

 

 「水の呼吸 参ノ型 流流舞い!」

 

 水流が如き流れる足運びで、大剣を躱し、前へと進み出る。鬼とすれ違う際に両足の健を断ち切る。立っていることすらままならなくなった鬼は膝をつく。ベルはその隙を見逃さず、助走をつけ頸を切るために両手を交差させ飛び込みながら力をためようとする。

 

 「なべるなああああああ!!」

 

 鬼はようやく修復し終えた両手で大剣を後ろに向かって振り投げる。真後ろから首を断ち切ろうとしていたベルに直撃する軌道だった。

 

 「いいえ、終わりです!」

 

 ベルは咄嗟に交差させようとしていた腕を後ろに引き絞る態勢に変える。

 

 「水の呼吸 漆ノ型」

 

 引き絞られた腕から放たれた刃はまるで波紋の中心を穿つが如く。

 

 

 「雫波紋突き」

 

 

 刃は投げられた大剣を正確に穿ち、貫いた。

 

 「ばッ!」

 

 鬼の驚く声と鈍い金属の音がダンジョンに響き渡る。

 もう、鬼狩りを止めるすべを鬼は持たなかった。

 

 「水の呼吸 壱ノ型 水面斬り」

 

 再び交差された両腕から勢い良く水平に放たれた刃は鬼の頸を断ち切った。

 

 「あ"、ぁあ"!!」

 

 頸を日輪刀で断ち切られた鬼は死ぬ。体が灰のように脆く散っていく。

 

 「いやだ! いやだ死にたくない!! もっど、もっど強く!!」

 

 そう叫びながら動かぬ体で足掻く鬼を前にしてベルはそっと鬼の顔の前で膝をついた。自身の心臓当たりを羽織の上から握りしめながら真っすぐ鬼の目を見る。

 

 「あなたは強かったです。確かに膂力は鬼の力が合わさってのことだと思います。けど、振り下ろされる大剣の雨。鋭く蹴り上げる体術。そこにあなたの冒険が見えました」

 

 「あ……」

 

 自分は何のために強くなりたかったのか。ランクアップを果たしたかったのか。

 鬼になり果てた彼はもう覚えてはいない。

 ただ薄れゆく意識の中、これほど強さに焦がれた炎の先に。

 かつて守ることのできなかった仲間の影を見た。

 

 

 灰となって消えていった男は影ももう残っておらず、唯一男がそこにいたことを証明するのは、使い古された防具と砕け散った大剣のみだった。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 月を見た。

 

 否、月のように美しい人を見た。

 

 薄暗いダンジョンの中で彼女の髪が輝いていた。

 

 鬼よりも恐ろしい、純粋な暴力を放つモンスターから自分を救ってくれた人。

 

 

 「大丈夫ですか?」

 

 

 それが僕と剣姫(アイズ)さんとの出会いだった。

 

 

 




~オラリオコソコソ噂話~

ベル「なんとか……鬼を倒せた。ってあれ? 今日は僕一人なんですか?」

ベル「炭治郎さんに事情を話したかったけど仕方ないか」

ベル「あの冒険者さんちゃんと地上まで逃げられたか心配だなぁ」

〇〇「多分大丈夫……」

ベル「それはよかっ――」

〇〇『ここでオラリオコソコソ噂話。鬼が上層で姿を目撃されたのは数年ぶり。なんであんな所にいたの?』

ベル「てっ、ああああなたは!」


〇〇「次回第五幕、”月は輝き、兎は焦がれる”」

ベル「じじじじ次回もお楽しみに!!」
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