ダンジョンで鬼殺の英雄を目指すのは間違っているだろうか   作:ミキサ

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八幕”弱者の拳”

 

 

 

 

 「よっしゃあ、ダンジョン遠征みんなご苦労さん! 今日は宴や! 飲めぇ!!」

 

 「「「乾杯~!!」」」

 

 立ち上がったロキの音頭と共に一斉にジョッキがぶつかり合う音が響く。団員たちが盛り上がるのを横目に、アイズもティオナたちに引っ張られて軽い乾杯をした。

 ここは『豊饒の女主人』。オラリオの西メインストリートの中でも最も大きな酒場であり、主神ロキのお気に入りの店だ。そのため、今日のロキファミリアの打ち上げにも選ばれていた。お気に入りの理由は、ウェイトレスの制服を見ればわかるだろう。さすが我らの主神様だと、団員一同呆れたものだ。もっともそれに便乗して楽しんでいる団員もいるわけなのだが。

 それはそうとして、アイズもここの料理は好きだ。

 諸事情に他の団員のように果実酒を煽りながら、味気の濃い料理を頬張ることができないのが寂しいところだが、冷たいハニーミルクをお供に自分のペースで料理を楽しむのも悪くないと、大皿の鳥の香草焼きを口にする。とはいえ、ここ数日まともな食事をしていなかったのだ。久しぶりの豪華な食事にどうしても手はゆっくりとなってしまう。

 そんなアイズを横目に反対に食事を頬張るティオナが気分がよさそうに話しかけてくる。

 

 「いやぁ、それにしても遠征があの芋虫たちのせいでおじゃんになったときはどうしたものかと思ったけど、結局帰ってきたらこうやってバカ騒ぎできてるんだしなんとかなるもんだね!」

 

 「うん……誰も死ななくてよかった」

 

 今回のロキファミリアの遠征は未到達領域であるダンジョンの59階層を目標としたものであったが、50階層を超えた際に出現した新種のモンスターにより撤退を余儀なくされたのだ。全身の体液が溶解液となっていたその芋虫型のモンスターは、物理攻撃を行った際にこちらの武器ごと巻き込み溶解させて行くためアイズの持つ不壊属性の武器や魔法による手段でしか対処できず今回は敗走したともいえる。

 それだけの戦いがあったにも関わらず、昨夜主神であるロキにステイタスの更新をしてもらった結果は散々であった。アビリティの総合上昇値はたったの16。未到達領域には行けなかったとはいえ深層である51階層まで到達してこれだ。アイズはレベル5になって早三年、限界という見えない壁がアイズに焦燥感を与えていた。さらに今回の遠征で消耗した武器の修理に掛かったお金など、アイズの気持ちを重たくする要因が積み重なっていた。

 

 とはいえ悪いことばかりではなかった。

 6階層で出会った白髪の少年。恐らく、新しく鬼殺ファミリアに入るだろう人。ロキファミリアが逃がしてしまったミノタウロスを追いかけている際に巻き込んでしまった白兎。名前は確か、ベル・クラネル。

 出会ったその場で求婚されたのはいくらアイズでも初めての経験だった。少なくとも嫌悪はなかった。あったのは多分困惑。それから興味。好意や結婚は別としてベルのことを知りたかった。巻き込んでしまったことも謝りたかった。

 彼との出会いは少しの刻でも、アイズに戦いを忘れさせてくれた。

 きっと掛け替えのない出会いになるはず。

 

 「アイズさんが結婚アイズさんが結婚どこの馬の骨とも知れない輩から求婚どこの誰ですかアイズさんがアイズさんがアイズさんが結婚結婚結婚結婚……結婚結婚」

 

 「ねぇ、アイズ。昼間からレフィーヤの目が定まってないんだけど何かあったのかしら……?」

 

 「し、知らない」

 

 す、少なくともアイズにとっては。

 

 「それにしても意外だったよねぇ。アイズがあたしたちを買い物に誘うなんて」

 

 「元もと今回の戦利品の売買があったからいいけど、何かあったのかしら?」

 

 「うん、ちょっとね」

 

 ティオネとティオナから昼間積極的に買い物に行こうとしていたアイズの珍行動に興味津々なのか、二人でアイズを挟むように席を近寄らせてきた。アイズは曖昧な表情でお茶を濁せば二人はそれ以上は追及してこなかった。

 

 「それでティオネ、さっきまでフィンを酔い潰させる勢いでお酌してたのに『ガンッ』なんで……」

 

 「それが聞いてよ! ロキが変な賭け事始めて団長それに乗っちゃったの!」

 

 「あー、さっきから騒がしいのはそれかぁ」

 

 「珍しいね……どんな賭け事だったの?」

 

 「…………」

 

 「ティオネ?」

 

 「……リヴェリアのおっぱいよ」

 

 「ぶはっ、ティオネってばリヴェリアのおっぱいに負けたんだ!」

 

 「ああん!? ちょっとあんた表に出なさい! ぶっ飛ばしてやる!」

 

 腹を抱えて笑い出すティオナに激昂するティオネ。そもそもフィンがそこまで思考能力を失ったのはティオネが飲ませすぎたのが原因なのではと思ったが口には出さなかった。アイズは賢いのだ。

 そんな騒がしくも楽しいロキファミリアの時間は過ぎていく。途中アイズが下戸やら暴れ上戸だの好きかって言われたがそこは割愛しよう。

 料理も酒をあっという間に消えていき、ウェイトレスが慌ただしく行ったり来たりする中、団員達も口も酒に緩くなったと感じられる時だった。

 

 「そうだアイズ! お前のあの話を聞かせてやれよ!」

 

 大テーブルのアイズの斜め向かい、見るからに悪酔いしているとわかるほど顔を赤くしたベートが新たな話題をアイズに催促してきた。あの話とはどの話だろうと小首をかしげるアイズにベートは酒を呷りながら上機嫌に話し出す。

 

 「あれだって、帰る途中で何匹か逃がしたミノタウロス! 最後の一匹、お前が6階層で始末しただろ? そんで、ほれ、あん時いたトマト野郎の!」

 

 ――ベートが何を言わんとしているのか、理解した。

 自分が助けた、白髪の少年(ベル)のことだ。

 

 「ミノタウロスって、17階層で襲い掛かってきて返り討ちにしたら、すぐに集団で逃げだしていった?」

 

 「それそれ!」

 

 ティオネの確認に上機嫌にベートはジョッキを呷る。酔いからか口がよく回っているベートにアイズは嫌な予感を覚える。気が付けばロキファミリアは幹部を中心にベートの話に耳を傾けており、ロキも興味津々といった様子だ。

 

 「それでよ、いたんだよ。ひょろくせぇ鬼狩りの冒険者(ガキ)が!」

 

 ――止めて、と。

 それ以上続けないで、とアイズは反射的に心の中で叫んだ。

 

 「抱腹もんだったぜ、持ってた武器はミノの野郎に折られちまってよぉ! 可哀そうなくらい震え上がっちまって、顔を引きつられてやんの!」

 

 「鬼狩りじゃと? 羽織を着たあそこの団員が今更ミノタウロス相手に苦戦するとは思えんが」

 

 「いや待て、まさか」

 

 「十中八九、またあのバカみてぇな入団試験でもやってたんだろうよ! そんでミノタウロスに殺されてちゃざまぁねぇけどな!」

 

 幹部であるドワーフのガレスとエルフのリヴェリアの問いかけにベートはダンジョン内で逃げてきた冒険者の話をする。鬼殺ファミリアの入団試験を知っている者たちは若干眉を顰める。

 

 「あの、鬼殺ファミリアの入団試験って……?」

 

 先ほどまで幽鬼のごとく亡霊と化していたレフィーヤであったが、我に返ったのか入団試験を知らぬ団員達代表でリヴェリアに尋ねた。リヴェリアもどう言ったものかと間をおいてから重い口を開いた。

 

 「恩恵を受けていない状態でダンジョンの6階層で五日間生き延びるというものだ」

 

 「「「はぁ!?」」」

 

 「な、なんですかそれ! そんなの非常識すぎます!!」

 

 知らなかった者たちに動揺が走る。元々鬼殺ファミリアはおかしな連中が多いと思っていたがこれほどとは。

 

 「実際にギルドが特例を出しているのだ。。我らが他ファミリアのことをとやかく言うべきではない」

 

 そうは言うもののリヴェリアの顔は苦々しい。

 

 「まぁまぁ縁壱とこはおいとこや! それでベート、その冒険者は助かったん?」

 

 妙な空気になりつつあることを感じたロキは鬼殺ファミリア自体の話題から逸らすように、ベートに続きを促した。ベートも自分のとっておきが別方向に進みそうになっているのを苛立たしく感じていたのか、そのロキに乗っかる形で口を大きく開く。

 

 「当然だろ、アイズが間一髪のところでミノを細切れにしてやったんだよ、なっ?」

 

 今自分がどのような顔をしているのか、アイズにはわからなかった。

 絶え間なくいくつもの波紋が広がる心の中で自分がどうすればいいのか、何を感じているのかさえ分からなかった。

 ミノタウロスの血を浴び、真っ赤に染まったベルのことを笑うベートたちに、その様子を想像して引いたように苦笑いを浮かべるティオナ。悲しくなったのはわかった。

 

 「アイズ、あれ狙ったんだろ? そうだよな? 頼むからそう言ってくれ……!」

 

 「……そんなことないです」

 

 嘲笑するベートにアイズは絞り出すようにしてそれだけこぼす。

 

 「それにだぜ? そのトマト野郎、助けられた途端いきなりアイズに結婚してくれだの言ってきやがって……ぷくっ、アイズにその場で振られてやんの!! うちのお姫様、助けた相手をその場で気絶させてんよ!!!」

 

 「…………くっ」

 

 「アハハッハハッ! そりゃ傑作やぁ! 縁壱んとこの子供ざまぁ!! 何うちのアイズたんに告ってんねん!!」

 

 「ふっ、ふふ……ご、ごめんなさい、アイズっ、流石に我慢できない……!」

 

 どっと周囲が笑いに包まれる。レフィーヤが、ロキが、ティオネが、ロキファミリアだけでなく聞き耳を立てていたほかの客までもがこらえ切れずに笑い声をあげた。

 自分の周りだけ大きな穴が開いた感覚。アイズ一人だけが呼吸のできない暗い深海に落とされたような。

 笑いながらアイズの表情を和らげようとしてくるティオナに聞きたかった。今自分はどんな目をしているのか。

 

 「しかしまぁ、久々にあんな情けねぇ奴を目にしちまって、胸糞が悪くなったぜ。普通無様な姿晒して助けてもらった相手に求愛するか? 俺ならそんな情けねぇことできねぇな! ドン引きだぜ、なぁアイズ?」

 

 卓の下で足に置かれている手がいつの間にか固い拳になっていた。ふと視線を上げれば、この場で唯一不快感を表しているだろうリヴェリアと目が合った。それだけでも少しだけ手の力が緩んだ。

 笑う周囲に気を大きくするベートは休む間もなくベルへの嘲笑を口にする。やがて我慢の限界となったリヴェリアと口論を始めていた。リヴェリアの叱責に多数のエルフや団員が気まずそうにするがベートは止まる様子がない。むしろ酒を飲んで思考能力が低下しているのに加えて、逆にリヴェリアへの反骨精神で再びアイズへ視線を投げかける。

 

 「アイズはどう思うよ? 自分の目の前で震え上がっていたくせに、みっともなく尻尾振ってくる野郎を。呆れてものも言えねぇってか? だから言葉じゃなくて、投げ飛ばしてトマト野郎を振ったんだろ?」

 

 「……別に振ったわけじゃありません。それに、ベルは情けない冒険者じゃない……と、思います」

 

 確かにベルはミノタウロスに殺されかかっていたが、一人で上層に出た鬼を倒した直後であったし、何よりあのミノタウロスを相手に戦うとしていたのだ。ミノタウロスに殺されかけていた姿しか見ていないベートと違い、アイズにはベルが情けない冒険者とは思えなかった。

 

 「ああん? なんだそのどっちつかずの答えは……じゃあ質問を変えるぜ? あのガキと俺、ツガイにするならどっちがいい?」

 

 その強引な問いかけに、それまで泥酔しかけていた団長であるフィンが驚くように酔いからさめる。

 

 「ベート、君、酔いすぎじゃない?」

 

 「うるせぇ。ほら、アイズ、選べよ。雌のお前はどっちの雄に尻尾振って、どっちの雄に滅茶苦茶にされてぇんだ?」

 

 この時ばかりは、アイズは明確にベートへの嫌悪を覚えた。迷いなく目の前の青年ではなくベルを選ぶ。小さなアイズもそれに賛同するようにベートに対してあっかんべーの動作をしていた。

 

 「私は、そんなことを言うベートさんとだけは、ごめんです」

 

 「無様だな」

 

 「黙れババァ!! ……アイズ、お前さっき振ったわけじゃねぇって言ってたがよ、ならあのガキの求婚を受け入れるってのか?」

 

 高ぶっていた感情に冷や水を浴びせられる。

 心の中を埋め尽くすのは否と不の文字たちばかり。

 あの少年が嫌というわけではない。だが受け入れられるかどうかは別の話である。アイズには何が何でも叶えなければならない願望があり、そのためにベルを振り返ることはできなかった。

 

 「はっ、そんなはずねぇよな。自分より弱くて、軟弱で、救えない、気持ちだけが空回りしてるだけの雑魚野郎にお前の隣に立つ資格なんてありはしねぇ。他ならない、お前がそれを認めねぇ! なにより――!」

 

 そして彼は、それを言った。

 

 

 「鬼狩りなんて臆病者(・・・)ども、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「取り消せぇ!!」

 

 

 「あん?」

 

 直後。

 一つの影が、店の隅から立ち上がった。

 

 「ベ、ベルさん!?」

 

 店員の少女の制止を振り払いながら一人の少年がロキファミリアの、ベートの目の前までやってくる。

 アイズは言葉を失い、体温が抜け落ちていくのを感じた。なぜならそこにいたのは今一番この場にいてほしくなく、今の話を一番聞かれたくない相手だったからだ。

 

 「ベル……」

 

 ベル・クラネル。初雪のような羽織と髪の少年、彼がそこにいた。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 少年は振って降りた幸運に舞い上がっていた。

 それが偶然だろうが必然でも、あるいは運命でも何でもよかった。

 こんなに早く自分の想い人であるアイズを目にできるとは思ってもみなかったから。

 ふと耳を傾ければあの鈴を転がしたような声が聞こえる。

 ロキファミリア総出で現れたことには驚いたが、どこかでアイズに声がかけられたら昨日のことを謝ろうとのんきにもベルはそんなことを考えていた。

 炭治郎はああ言っていたが、もしできるならこの機会にお近づきに……。

 などとどれほど自分は能天気だったのだろう。

 

 『それでよ、いたんだよ。ひょろくせぇ鬼狩りの冒険者(ガキ)が!』

 

 心臓を矢で射抜かれた気分だった。

 冒険者の笑い声と、自分の情けなさを吹聴する狼人の青年。

 後ろ姿しか見えないあの人は今どんな顔をしているのかわからない。

 体の芯が冷えていくのを感じる。

 だが客観的に話を聞いてみればわかることだ。

 

 自分がいかに情けない存在であったかを。

 

 自分が憧れていた立場が逆転した挙句、助けてくれた可愛い女の子にその場で求婚。そりゃ笑われもする。

 自分が憧れていた英雄とは正反対なのだから。もしここから自分がアイズに付きまといだしたらそれこそ、英雄(主人公)に折檻される悪役の出来上がりだろう。

 

 情けない。

 

 否定などできるわけがなかった。

 いつか、あの人に言われた言葉を思い出した。

 

 『弱者には何の権利も希望も与えられない!』

 

 全くその通りだ。

 弱いままの自分が何かを求めても、強い何かに奪われてしまう。

 それが現実だと教えられただろう。

 強くならなくちゃいけない。

 なぜ忘れていたのだろう。

 

 強くなろう。

 

 もう誰にも笑われないように。

 

 強くなろう。

 

 もうあの人に庇われなくてもいいように。

 

 強くなろう。

 

 誇れる自分になって彼女の隣に立てるように。

 

 強くなろう、明日から。ただ今日はもう――。

 

 『鬼狩りなんて臆病者(・・・)ども、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ!!』

 

 

 

 「取り消せぇ!!」

 

 

 

 強くなって、からじゃないだろうッ!!!

 

 「ベ、ベルさん!?」

 

 後ろからベルを止めるシルの声が聞こえるがベルは立ち上がり、目の前に立つベルを訝しむベートの前へと歩を進めた。

 アイズの方を一瞥しようかとも考えたが、今するべきことでもその権利もないとベルは真っすぐベートだけを見た。

 

 「今の言葉、取り消してください」

 

 「誰だよてめぇ……ってもしかして昨日のトマト野郎か!?」

 

 ぎょっとした表情で店中の視線がベルへと集められる。その後の模様は大きく二つに分かれていた。面白そうに興味深げにベルを見る視線と、酒の肴として笑ってしまった本人がいることへの気まずさから目を逸らす視線。幹部陣は主に後者であった。なおもちろんベートはそんな気まずさを覚えるはずもなく。

 

 「なんだよ、馬鹿にされて怒って出てきたのか! おいおい、事実を言ったまでだろ? 雑魚が出しゃばんじゃねぇよ」

 

 確かに自分のことを馬鹿にされ悔しかったのも事実だが、今ベルが怒っているのはそこではない。

 

 「鬼殺ファミリアの皆さんを臆病者と言ったことを取り消してください!!」

 

 「ああん?」

 

 そこでベートは何のためにベルが出てきたのか理解したのだろう。だがそれに対する返答は鼻で笑うことであり、取り消すつもりないようだ。

 

 「事実だろう! 冒険者の癖にダンジョンを攻略する気もない、ダンジョンに入れば安全圏で小遣い稼ぎでモンスターを狩るばかり。普段はオラリオの外でフラフラしてやがって、冒険者の癖に碌にモンスターと戦う気がねぇ奴らのことを臆病者と言って何がわりぃんだよ!!」

 

 「それは! 皆さんはモンスターじゃなくて鬼と戦ってるからで!」

 

 「鬼なぁ! 日の下にすら出てこられない再生力が高いだけのモンスターもどきだろ? あんなのてめぇらの武器さえあれば殺せるんだよ! 実際俺たちだって何回か殺したことがある! 結局あいつらはモンスターと戦う気がねぇから鬼狩りなんて言って、ダンジョンから離れてるんだろ!?」

 

 「なっ……!」

 

 ベルは絶句する。目の前の青年は鬼と戦ったことがあるという、なのになぜ鬼の恐ろしさを理解していないのだろう。確かにロキファミリア冒険者からすれば普通の鬼であれば日輪刀さえあれば倒せるのかもしれない。けれど、冒険者でもない人たちからすればどうだ。ダンジョンの外のモンスターよりも強く、自分たちを食らいに来る存在に、あの日のベルのようになすすべなく殺されてしまうかもしれないのだ。

 

 「あの人たちは、あなたみたいに自分勝手に戦ってるわけじゃない!! 誰かを守るために、これ以上鬼に誰かを殺されないために戦ってるんだ!!」

 

 「それが甘ぇって言ってんだよ!」

 

 「ベートそれ以上はよせ! 鬼殺ファミリアはロキファミリア同等以上の戦力を保持している。もし君の言う臆病者ならばそれほど強くなれるわけないことはわかるだろう!」

 

 ベルの胸ぐらを掴み上げるベートに対し、フィンは咄嗟に仲裁に入る。

 

 「黙れフィンッ!」

 

 ベートは苛立たしくフィンを睨むと、そのまま掴み上げていたベルを入口から投げ飛ばす。

 

 「うわっ!」

 

 「ちょ、ベート何してんの!?」

 

 「これまずいんじゃないんですか……」

 

 「フィンとめろ!」

 

 「…………」

 

 投げ飛ばしたベルを追うようにベートも店の外に出る。通りにいた通行人らは足を止め、店から投げ飛ばされてきたベルをなんだなんだと様子を窺っていたが、その後現れたベートの姿に目を逸らすように歩き出した。

 

 「立てよトマト野郎」

 

 転がるベルを見下ろすベートに周囲の息を呑む音が聞こえる。中にはそのまま寝ていろ、気絶したふりをしとけとまで言うものもいる。

 けれどベルはゆっくりと地面に手をつきながら、立ち上がる。投げ飛ばされただけで、足が笑っている。それでも決してベートから視線を逸らさない。

 

 「てめぇらが臆病者じゃねぇってんならここで証明してみろよ」

 

 そう言ってベートはベルが腰に差す日輪刀に視線を向ける。

 

 「抜けよ。臆病者って言われたくねぇなら俺に一撃入れてみろ。避けねぇでやるから……もっとも」

 

 確かに刃物とはいえレベル1のベルの攻撃ではまともに入れられても大した傷にもならないだろう。

 ベートは振り上げた足を地面に叩きつける。

 

 「その後は知らねぇけどな」

 

 踏み抜かれひび割れた地面が、もし一撃入れるならそのあとお前もこうしてやると物語っていた。

 通行人を含め、酒場にいた冒険者たちの大半はベルがその場でベートに謝り、場を収めることを望んでいるだろう。いつもなら止めに入るであろうリヴェリアはフィンに制止され怪訝な表情をむき出しにしていた。

 

 そんな観衆に見られる中、ベルは自身の持つ日輪刀に視線を落とす。それはこれまでベルと苦楽を共にしてきた借り物の愛刀であり、今回の入団試験で初めて鬼を切った日輪刀であった。もっとも鞘の中ではミノタウロスによってその刀身は半分になってしまっている。それでも刃はついておりベートの言うように一撃入れることは可能だろう。

 戦わなければ生き残れない。例え相手が自分よりもはるかに強くても、あのミノタウロスよりも恐ろしい存在であったとしても。それが家族や恩人を馬鹿にされたことを受け入れる理由にはならない。

 ベルは歯を食いしばり腰に携えた日輪刀を握りしめ。

 

 そして――

 

 

 

 「ベル」

 

 

 

 ベート越しに心配そうに、何かを知ろうとベルを見つめる金色の双眼を見た。

 

 「…………」

 

 ベルの強張っていた力が抜けていく。そして日輪刀から手が離された。

 その様子に周りは安堵の息を吐き、ベートは面白くなさそうに舌打ちを上げると踵を返す。

 だが、少女の耳には届いていた。

 

 

 ヒュゥゥゥゥ

 

 

 その独特な呼吸の音色が。

 

 

 「水の呼吸 漆ノ型」

 

 「あぁ?」

 

 ベルのか細く吐き出された言葉にベートは怪訝な表情で振り返る。

 そして次の瞬間に自身の頬に伝わった衝撃に目を見開く。

 一歩下がることも、仰け反ることも、ましてや吹き飛ぼされることなんてありはしない。

 けれど確かにその拳は。

 

 ベルから突き出された拳はベート・ローガの頬を穿っていた。

 

 「雫波紋突き・拳……ッ!」

 

 一拍の間を置き、観衆の間にもたらされるのは動揺と叫喚。

 もちろんその悲鳴はベートへ向けられたものではなく、これから行われるであろう惨劇を恐れるものなのだが。

 

 「日輪刀は誰かを守るため、敵を倒すための武器です。だからあなたに向けることはできない……! だからこそ! 僕は(弱者)の拳であなたを殴る!! あなたがどれだけ強いかなんか関係ない! あなたがなんであの人たちのことを嫌悪するのかは知らない! だけど、誰かを守るための覚悟がないあなたにあの人たちを馬鹿にする資格はない! 強くなることだけが全てなら一生穴倉に潜ってろ犬野郎!!

 

 拳を戻し、一歩下がったところから叫ぶ口から飛び出すのは普段のベルからは考えられないほどの強気な言葉。

 殴られた直後は口端を大きく吊り上げベルを見下ろしていたベートも、途中から憎々し気に睨みつけていた。

 

 「てめぇ、吐いた唾は吞みこむんじゃねぇぞ」

 

 フィンを含め、ロキファミリアの首脳陣がベートの漏らした一瞬の殺意を感じ取り、飛び出すが間に合わない。

 ロキファミリア最速と名高い凶狼の蹴りがベルの頭に叩きつけられるのをその場にいる誰もが幻視した。

 

 そう、幻視だ。

 

 実際に目にしたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よもやよもやだ!!」

 

 

 

 二人の間に舞い狂う炎。

 

 

 

 「新人の歓迎会を行うと聞いて来てみれば、騒ぎが起こり、渦中の一人は我がファミリアの団員!」

 

 否、それは炎ではなかった。ベートの蹴りを片手で受け止めベルを守ったのは。

 

 「うむ! 事情はこの、”炎柱”煉獄杏寿郎が聞こう!」

 

 炎が如き一人の男であった。

 

 

 

 

 

 




~オラリオコソコソ噂話~

ベル「それにしてもやっぱりロキファミリアの皆さんも鬼とは戦ったことがあるんだなぁ」

アイズ「うん、あるよ」

ベル「ア、アイズさん!?」

アイズ「そんなに頻繁じゃないから私も見たのは数回だけだけど……」

ベル「えっと、どうやって倒したんですか?」

アイズ「日輪刀で……?」

ベル「え、アイズさんも持ってるんですか!?」

アイズ「私じゃなくて、ロキファミリアが一本だけ持ってるの。だから遠征とかで遭遇した時はその一本を使って倒す」

ベル「そうなんですか。あ、でもなんで一本だけなんですか?」


アイズ『オラリオコソコソ噂話。鬼殺ファミリアは希望するファミリアにはファミリアにつき一本だけ日輪刀を売ってくれる。……ただし、ものすごく高い。だから私には使わせてもらえない』


ベル「え、どうしてですか?」

アイズ「……脆いから」

ベル「…………」

アイズ「…………///」


ベル「次回第九幕!”炎柱”」

アイズ「次回もお楽しみ、に?」

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